時が止まってしまえばいい。あの一瞬を、あの刹那を永遠に。時が戻ればいい。もう終わってしまったから、過ぎ去ってしまったから、それだからあの時を取り戻したい、いつも通りのあの日を……
「蘭~、もしかして授業中ずっとこれ書いてたの?」
後ろから声をかけられる。今はもう放課後で場所は屋上、ここに来るのはAfterglowの皆か日菜さんだけだ、いったい誰なのか、確認しなくても声と口調でわかる。
「モカ、勝手に見ないで」
「え~、別にいいじゃん、どうせ新しい曲作ってるんでしょ~?」
「そうだけど……」
ノートを閉じて隠す、きっと顔は赤くなっているだろう。モカはそんなアタシを、照れてる照れてる~、と煽ってくる。
「他のみんなはどうしたの?」
「ひーちゃんは部活で~、トモちんは商店街の方で忙しくて~、つぐは生徒会があるって言ってたかな」
モカはそのまま手すりの方まで行く。アタシもその後を追うようにして手すりに肘をかける。モカと屋上で二人きりなのは何度目だろう、他のみんなといるよりもずっと多い、多分アイツより少し多いくらい。
それなのに、いつも通りなのに、話しかけられない。モカは壊れてしまっている、それを知ってしまったから。暫くそのままでいるとモカの方から話しかけられる。
「蘭はさ、時間が戻ればいいってホントに思ってるの?」
「……少しはね」
どうして時は進んでしまうのだろう。アイツともっといたかった。モカに振り回されるアイツを、つぐみからのアタックを受けるアイツを、巴にお願いされるアイツを、ひまりにバンドの相談をされるアイツを見るのが好きだった。
止まってしまえばいいのに、ずっと続けばいいのにと思うほどに、あの瞬間はアタシにとってかけがえのないもの。
「まぁ蘭も彼の事好きだもんね~」
「はぁ!?」
思ってもみなかった言葉につい大きな声を出してしまう。そんな訳がない、アタシがアイツの事を好きだったなんてありえない。
確かに好きだった、でもそれは友達として、幼なじみとして、仲間として。決して異性的な意味で好きだなんてことはありえない。
「あれ~、もしかして蘭、好きじゃなかったの~。あたしもつぐも、蘭は絶対彼の事好きだと思ったんだけどなぁ~」
「そんなわけないでしょ」
「ほんとかなぁ~」
ありえない、ありえない。そんなことはありえない。なのにどうして、どうしてアイツの事を好きだったよねと言われた瞬間、アタシはこんなにも恥ずかしい気分と、納得した気分になっているんだろう。
「……アイツの事が好きだったのはモカとつぐみだけだって」
「蘭~、それは違うよ」
モカはこちらに顔を向けてくる。何か間違ってただろうか、それともまだアタシがアイツの事を好きだと言うのだろうか。そう思っているとモカが口を開く。
「あたしは~、好き
またこの目だ。トロンと溶けているようで、アタシを、今を見ている筈なのに見ていない。モカは自分の中でアイツはまだ生きていると言った。きっとモカは今でもアイツの影を見ている、いないアイツを作り出している。
「モカは……アイツのことホント好きだね」
「それは蘭もでしょ~?」
だから違うって、と否定しようとするが今度は出来なかった。アタシはアイツのことがホントに好きじゃないのか、今さらわからなくなってきた。
アタシの思い出にはいつもアイツが映っている。他のみんなとの思い出にもアイツだけは必ずいる。欠けずにいる、どの思い出にも、どの記憶にもアイツがいる。
「……どうしたの?」
今思えば、アタシは意識せずにアイツを目で追っていた。アイツに話しかけられると素直になれなかった。アイツがみんなと話しているのを見ると少しだけ嫉妬していた。
「蘭~、聞こえてますか~?」
「……ごめん、聞いてなかった」
「大丈夫? 顔色悪いし」
「何でもないから大丈夫だって」
アタシはどうして気づけなかったんだろう、言われるまで気づけなかったんだろう。どうして今更気づいてしまったんだろう。
「ひーちゃんもつぐも終わったってさ、帰ろ?」
「……ごめん、今は少しだけ、一人にさせて」
「……わかった」
モカはそれだけ言うと屋上から出ていった。いったい誰のせいだと思ってるんだろう、モカがあんなことを言わなければアタシは何ともなかったのに。
ああ、今更すぎる、遅すぎる。でも気づいてしまったのだからもうどうしようもない。
──アタシはアイツのことが、好きなんだ。
好きだった、ではなく好きだ。今気づいたからだろうか、いや、多分この思いは忘れるまで、死ぬまで、消えるまで、過去の物になってしまうことはないと思う。
目の前の景色が急に歪みだした。その証拠に頬を水が伝ってくる。なんだろう、雨が降りだしたのだろうか。手をまっすぐに伸ばしてみるが何も感じられない。
そして気づく、これは雨ではないと。アタシは、泣いているんだと。
涙なんて昔に出し尽くしたと思っていた。アイツがいなくなって、とっくに枯れたと思っていた。
「ねぇ、どうして……!」
声が抑えられない、涙が止まらない。悲しくなって、心がグシャグシャになって、グラウンドにいる人達なんて今のアタシの目には入っていない。
手すりを何度も、何度も足蹴にする。ただの八つ当たり、でもせずにはいられない。涙が溢れ落ちる。悔しい、苦しい、辛い、後悔がアタシを襲ってくる。
こんな風に思うのなら気づかなければよかった、一生知らなくてよかった。なんで今なんだ、どうして今更なんだ、アタシは息が切れるまで蹴り続けると、仰向けにゆっくりと倒れた。
空にはもう蒼はなく、すっかり紅くなっていて、向こう側は少しばかり暗くなってきている。
「いなくなってから気づくなんて、あんまりだよ……」
この思いは届く事がない、伝えることが出来ない。どうして二人とももっと早くに教えてくれなかったんだろう、どうしてアイツがいるときに教えてくれなかったんだろう。
涙はまだ、止まろうとしてくれなかった。
やっと泣き終えた頃には暗闇が空を覆い隠していて、夕焼けは沈みきっていた。だというのに、アタシは仰向けの体勢のまま起き上がることが出来ない。
「あんたがいないいつも通りなんて、考えたくもないよ」
アタシ達の、アタシのいつも通りにはアイツがいる、それはアイツからアタシへの願いだから、アタシからアイツにできる感謝だから、アタシの思いだから。
夕焼けに誓ったいつも通り、みんなで誓ったいつも通り。そこには絶対アイツがいる。アイツのいないことなんて考えられない、考えたくない。だっていつも通りにアイツがいるのは、アイツの
「あの時みたくアタシを助けにきてよ……」
思い出すのはまだ小学校の頃みんなで遊びに行って、アタシが迷子になって泣いてしまった時にアイツが来てくれた時のこと。空に向かって手を伸ばす、あの時アイツが握ってくれたその手は、空を空振った。
時間が戻って欲しい、そして止まってほしい。あの時を、瞬間を、永遠に続けてほしい。例え今を、未来を失ったとしても。でもその願いは叶わない、時間は戻ることはない。
アタシの止まっている時間は今日、後悔で塗り潰された。
赤色ついててびっくりしちゃった。