チェス
印度を発祥の地とする遊戯
その狂熱は地域ごとに独自の変化を受けながら、病の如く世界中に広がった
例え遊戯とて、殺し合いを弄ぶは人の性だろうか
落ちながら、ケミカルライトを折り、下に投げつける。ヤーナムで起きた最後の獣狩りの夜は19世紀。それから200年近くも経っているのだ。精神が変わらずとも時代は進む。現代の狩人は非魔法的な懐中電灯を用いる。しかし、ホグワーツでは電化製品が使用できないため、ヤーナムに戻った時に買い揃えておいた。
床が近い。何が下にクッションがある、だ。緑の光に照らされているのは、どう見ても石の床だ。五転着地で衝撃を吸収する。見渡してみれば、3人は蔦に締め上げられ、何事かを喚いていた。なるほど、悪魔の罠がクッションとなるはずが、光によって退いていたのだろう。
「しかし、これで悪魔を冠するとは随分と温いことだ」
ライトを放り投げてやれば、3人に絡む蔦は瞬く間に消え失せた。蔦が再び這い寄ってきたが、松明に火を灯せばどうと言うことはない。
「これで帰り道が無ければ雑草刈りが必要だな。酸欠が気になるが、必要であれば燃やすか」
壁には蔦の出入り口と思われる穴がいくつかあった。油壺の用意もある。
「ありがとうマリア。それと、素晴らしい歌声だったわ。また聞かせてね」
「面映ゆいが賛辞は受け取っておこう。だが、お姉様はもっと艶やかな高音が出せるし、お兄様の力強く語り掛ける様なビブラートも良い。ジェラルド……我が寮の7年生だが、あれも多才なものだ。彼のイタリアオペラは素晴らしいの一言に尽きる。誰も寝てはならぬ辺りが聴きやすいが、聴きやすいからこそその歌声の良さが浮き立つ。分かりやすいものを勧めると馬鹿にしてくる人間もいるのだがな、普及しているものを低俗として扱い、珍しいものを高尚なものとしてありがたがる自称専門家どもには辟易する。確かにハンバーガーが世界一美味い物とは言えないだろうが、シュールストレミングこそ違いの分かる人間の食い物などとほざく様な物だ」
「遠足じゃないんだ。さっさと行こう」
ポッターが不機嫌そうな声で言った。
「それもそうだ。呆けて上を見ていても仕方ない」
入り口は遠い。教会の古工房と市街を繋ぐ立坑よりはまだ浅いにせよ、姿勢が悪ければ墜死するだろう高さだ。慈悲の刃を壁に突き立てていけば、登れるかどうか。松明で周りを確かめながら進むと、大きな木の扉があった。獣憑きでもいればいよいよヤーナムじみてくるが、何のことはなくすんなりと開いた。
「あれは……鍵か? となると、あの扉を開く鍵が群れの中の1羽ということか。面倒な」
先程とはうって変わり、扉を開けたそこは星明かりが照らす吹き抜けであった。その高みを羽の生えた無数の鍵が悠々と回遊している。
「いや、考えてみれば、ここに賊が居ないということは、既に扉を開けているのだろう。鍵は不要かもしれないな」
ウィーズリーが取っ手を左右に回し、扉を押したり引いたりしたが、開く事はなかった。
「退け」
教会の石鎚を一振りしてみると、明らかに扉に当たる前に弾かれた。おそらく、頑強な防御がかけられており、鍵によってしか開けられない様になっているのだ。
「駄目か。銀色で、大きい物……あの羽の歪んだ物がそうだろうか?」
鍵と錠とが同じ材質として、目星をつけるならあれであろう。羽は捕獲された時に損傷したものだろうか。
いよいよ分からなくなってきた。何故強固な防壁を張りながら、鍵をその前に置くのか。そして、何故その鍵を獲る為に、箒が備えられているのか。鍵は校長室なり職員室なりに保管するのが当然であろう。犬は森番の口を割れば良く、この場は箒の才があれば良い。いかにもポッターに御誂え向きの状況ではないか。
「気にくわないな。喜劇の端役にでもされた気分だ。狂言回しとしてもこんな茶番には付き合いたくはなかった」
「マリア」
「ハーマイオニー。全てが終わったら安心して話すといい」
やはりハーマイオニーは何かに脅迫されている。故に、この様なふざけた事態に巻き込まれているのだ。聡明な彼女がこの様な愚図共と連れ立っていて、この状況に違和感を持たぬはずはない。それでいて、何も明かさぬとすれば、話さないのではなく話せないのだ。首謀者を断罪し、ハーマイオニーを解放しなければならない。
「さて、憂さ晴らしだ」
大筋はその首謀者の望み通りにしなければならないとはいえ、全て筋書き通りになどしてなるものか。血に意志を込め、悍ましい虫けらが騒ぐ。只の魔術師であれば、それは何のことはない、1年生の初歩の初歩、念動の様に見えただろう。だが、狩人は懐かしき物を幻視するだろう。虚空より現れ、虚空に帰す、アメンドーズの幻の腕を。魔力によって生み出した第三の腕は、知覚出来ぬ壁となって鍵を捕らえた。
「そら」
羽を毟り取り、まるで魚の様に痙攣する鍵を赤毛に放る。心底嫌そうな顔をするが知った事ではない。扉の近くにいたのだからウィーズリーに寄越すのは道理の事だ。それに、豚の尻に腕を突き込む感触に比べれば大抵のことはどうと言うことはないはずだ。お母様は髪留めのリボンを腕に巻き、豚の内臓を肛門から引きずり出すという。少女王等と揶揄されることもあった様だが、古狩人を祖に持ち、そして父と交わる事で上位者に至ったのだからその程度の事造作もないだろう。
「この鍵で合ってるみたいだ。鍵はどうしよう」
「挿したままにしておけ。帰りに閉まっていたら餓死する羽目になる。
……ん? ならばそれも良いな。ここで引き返し、鍵を校長なり副校長なりに渡せば良い。あとは休暇中に干からびた賊の骸を漁るだけだ。
冗談だ。生命の水を得た人間が木乃伊になろうはずもない。面倒だからそう言ったまでの事。次はそうだな……ウィーズリー、おそらくお前が役に立つ事になるだろう」
「なんだよそれ」
「いいから開けろ。何も肉壁として役に立てと言う事ではない。開けた瞬間に矢が飛んできたり、ギロチンが下りてくる事はないはずだ」
「スリザリンらしい物騒な発想だな。確信してるならお前が開けろよ」
「ほう? 騎士道を誉れとする獅子寮は婦女子を盾にすると言うのか。如何なる時もレディファーストとは素晴らしい紳士の振る舞いだな。褒めてやろう」
「狡猾なスリザリンの言う事だから警戒してるんだろう。第一、お前がここにいる事だっておかしいじゃないか」
「ハーマイオニーの為にここにいるんだ。馬鹿2人が犬の餌になろうと、蔦の養分になろうと知った事ではない。だと云うのにハーマイオニーが行くと言うから仕方無しにここに居るんだ」
「いい加減にしてくれ。僕らはスネイプから石を護る為にここに来たんだ」
「利口な事だ。子犬は怯えたから5点減点。冷静なポッターには5点やろう。差し引き0点だ。それとも、あの時の様に、2人で0点は少ないとでも愚痴を漏らすか?
重ねて言う。さっさと開けろ、ウィーズリー」
「……これで死んだら末代まで呪うからな」
「生憎と狩人は既に呪われた身だよ」
赤子の赤子、ずっと先の赤子まで。
狩りのカレル文字とはトゥメル遺跡に於いても見られる、魔力継承を可能とする儀式魔術である。その継承の能力にゴース、あるいは漁村民であるのかは分からないが、それらからの呪詛さえも継承する様になった。
ビルゲンワースが墓暴きに勤しむ頃、既にカインハーストでは些か快楽主義に傾倒していたが、上位者にならんとする試みが為されていたのだから、狩人の起源を漁村に求めることは誤りだろう。だが、血に酔い、悪夢に落ちるという呪いは確かに漁村で生まれた。
狂気の探究心は、墓を暴き、頭蓋を暴く。始まりの女が林檎を食した事が、原罪として後に生まれる者にも累が及ぶとされる様に、ヤーナムの狩人となった者は全てがその罪の記憶を負う。贖罪はその罪の始まり、助言者ゲールマンらによって為されたが、父王によってゲールマンの罪は雪がれ、今や父王こそが上位者にして断罪者である。父王の胤を継ぐ者は、不老の身として、獣を狩り続けなければならない。その終焉はいつになる事だろうか。
戦争の度に獣は増える。魔法族は自らに流れる血が魔力をもたらす虫に汚染されているとは知らず、人の矜持を棄てた時に、血に宿る虫はその身を獣に変える。宗教が廃れても人類は主義の為に戦争を続けた。共産主義の灯が消えようとしているが、次は何によって戦争を生み出すのだろうか。学閥などとくだらない事で差別し、攻撃する有り様からは、夜明けが程遠い事を感じさせる。くだらない事だ。
「ぼうっとして、どうしたの?」
「いや、あまりに不毛な会話に自分でも呆れてな。きっと甘味が足りないんだ。さっさと終えて、ダフネ達の作ってくれた菓子が食べたい」
「……ごめんなさい、マリア」
「気にはするべきだが、悔やむ事はない。意思なき決断には責任などないのだから」
扉を開け、暗闇を数歩進むと、燭台に火が灯る。照らされた広間は白と黒の床があり、石像が立ち並んでいた。
「……ウィーズリー、貴公はチェスが得意なのか?」
「さぁ。少なくとも、兄弟の中じゃ一番だし、ハリーとハーマイオニーよりも上手い自信はある」
「つまり、そういう事だ。ウィーズリーの魅せ場なのだろう」
「お前はどうなんだよ」
「チェスの技量の話か? 規則は覚えているが、8つの時に指示を聞かない駒をすり潰して以来、触った事はないな。私の魅せ場の話なら、そんなものはない。私は招かれざる客だからな」
「どういう意味だよ」
「どうでもいいことだ。さて、この部屋はチェスに勝たなければ通れない。白の駒が動かないということは、我らが駒として上がらねばならない。そうだな?」
手近な騎士の駒に問うと、頷いた。
「なるほど。気にくわん。押し通るぞ」
言いきる前に、騎士は馬上槍を突き出してきた。牽制だったのか、疾くもなく、範囲も極少であり、古老の如き追尾があるわけでもなければ、躱すのに困る事はない。
「ふん。貴公らは盗賊の傀儡となって、白の軍勢を打ち負かし、道を開けたというのか。騎士道とは護りの誓い。貴公は何に忠誠を誓ったのだ。気にくわんとはそういう事だ。己が騎士道に恥じるならば、馬を降りよ。その首斬り落としてやろう」
騎士は震えて槍を落とし、馬から降り、跪いた。その腰から剣を引き抜き、肩に当てる。
「良かろう。貴公の屈辱も分からぬものではない。だが、賊を打ち払うではなく、貴公らが創造主マクゴナガルの学徒たる我らに刃を向けた事。この罪は贖わなければならない。そこに跪き、我らの戦を見ているがいい。ともがらと共に戦列に並べぬ屈辱を受けよ。我らの勝利の暁には勝鬨を上げよ。それが貴公に与える罰である。
ウィーズリー! 貴公が馬に乗れ。私は女王の座をもらおう。2人の配役は任せる」
黒の女王の前に立つと、女王は椅子から降り、一礼をした。自らの騎士をも護れぬ王になど払うべく敬意もないが、礼を失すれば自らの誉れも失う。両手を腹に当て、腰を折る。教会の一礼とされる所作だ。
今の格好はお爺様の狩装束である、神父の狩装束。無論、意匠がそうなっているというだけのこと、現代の狩装束は魔術と科学の最新技術をふんだんに用いた戦闘服である。トロールの一件以来、工房にホグワーツ制服を模した狩装束も誂えさせたが、流石に一点物。5千米ドルを超える価格では、今後の成長も考えると、流石に何着も揃える事は出来なかった。その点、人形の服やマリアの狩装束など不朽の人気を持つ製品は流通量も多く、価格が安定している。
盤面は互角と言っていいだろう。幾分か黒の駒が抜け落ちているが、人間は一人として斃れていない。王だけでなく兵ですら守らねばならない状況で、よく互角にまで持ち込んだものだ。そこはウィーズリーを賞賛しよう。
「ボーン」
「なんだ」
女王の動きを駆使し、敵陣深くに突き進んでいる為、ウィーズリーの顔は見えない。女王の駒は、椅子に座っていれば勝手に椅子が進むだけであったので楽でよい。ポッターは何度か近くの駒が破砕された際の破片で負傷した様だった。額を抑えてうずくまる場面もあった。
「ごめん」
「だから、なんだ」
「あと5手先で、お前がポーンをとってチェックをかけた後に、別のポーンにやられる。その次の手で僕のナイトがチェックをかけた後にやられる。その後、ハーマイオニーのビショップが効いてるから、ハリーのルークが突っ込めばチェックメイトなんだ」
これから5手で何がそうなってそうなるのかは分からないが、そう言うならばそうなのだろう。
「勝ちが見えてるならもう勝利でいいのだろう?」
「いや、駄目だ。チェスは相手が負けを認めるまで終わらない。たとえチェックメイトになることが分かっていても、チェックメイトの宣言がされるまでは負けを認めないはずだ」
「そんな! ロン! 駄目だ!」
「動くなポッター! 動けばルークが動いた事になる。ウィーズリー、他に手は? さっきも見せた通り、私は躱せるが、お前はそうはいかないだろう?」
「無いよ。出来るなら、お前だけを犠牲に出来る指し方をしたかったさ。でも、今の盤面じゃ、これしか手は無い」
「なるほど。覚悟は出来ているのか、ウィーズリー」
「出来るわけないだろ。けど、これしかないならそうするしか無いんだ」
「私を囮にする事は気にくわんが、それはそれとして貴公の騎士道に敬意を払おう。ひとまず、私が獲られるまで進めろ。貴公の生命は鴻毛の如く軽いが、勝利に殉ずる意志だけは認めてやろう」
勝ち筋が見えただけあり、その後の展開は早い。赤毛の言う通り、ポーンが剣を振るい、玉座を刺し貫いた。ハーマイオニーは悲鳴を上げたが、片手を上げて応えてやれば、安堵の息を漏らした。
「ウィーズリー、まだ動くなよ」
盤は降りず、白の王を見据え、言葉を紡ぐ。
「我が名はマリア・アイリーン・ボーン! 旧き血を継ぎ、なおも常に新しきヤーナムの民であり、王の子である! 先の言葉は聞こえたであろう、白の王よ! 貴公らの兵は我等の歩みを阻む事はない。我等が斃れようとも、後に続く者が貴公を玉座から引き倒すだろう! 貴公が地に伏すまで、いたずらに配下の骸を重ねるつもりか。我も王の血を継ぐ者。その痛み、知らずして冠を戴くは愚かなり。王とは冠と共に、臣民と剣とを戴く者なれば。
故に、王たる者として、貴公に慈悲を与えよう。兵の生命が惜しくば、冠を棄てよ! 誇り高く自死せよ! 然らずば、追われた畜生の如き死を選ぶがいい!」
返答は、轟音と共にあった。
白の王が打ち捨てた冠は、石床に落ち、砕けた。
「貴公の意志、確と見届けた!」
振り返れば、黒の騎士が槍を高々と掲げている。
「貴公の罪を赦そう! ともがらと共に、我等の勝利の凱旋を待ち、讃えよ!」
白の軍勢は列を成し、王道を開く。その先に扉はあった。
登場人物を天才キャラに出来る創作者って凄いなと思います。私はマリアちゃんをただビルゲンワースで予習してるだけの脳筋ちゃんとして扱ってますので、これが超天才キャラだったら事細かにチェスの描写を書かなきゃ嘘ですからね。
お辞儀様は普通にチェスしたんですかね。馬の血チートで「燃えよ! 砕けよ! 死に絶えよ!」すれば押し通れそうなもんですが。
狩りは漁村の灯りの近くにある逆さ吊りの死体がモチーフって説もありますが、聖杯4層とかに行くと、狩りのカレルと全く同じ記号が中央に描かれた魔方陣を祀る祭壇がボス部屋にあったりするんですよね。
遺骨などから、狩人は遺志を継承するとされていますから、そもそもが狩りのカレルは上位者にとっては「狩人狩れよ」っていう意味ではないのだと思います。
寄生虫が本体であるわけで、血に酔った狩人とはその寄生虫を多く、あるいは強い寄生虫を保持している可能性が大きいわけです。
なので、そもそも上位者というか寄生虫の意志としては、別段悪夢なんか見せたくて見せてるわけでもないし、そもそもそれが悪夢とすら思っていない。ただ単にお前ら繁殖してねくらいの気持ちじゃないですかね。血に酔うとか、状態異常としての「発狂」とは異なる狂化も、レウコクロリディウムみたいなより強い何かに寄生するための行動じゃないかと。
ボスとしては末裔も古老もロゲもトゥメル人ほんと嫌いです。
深トゥメロマが一番嫌い。PS無さすぎて貧者も愚者も使えないので、結局手前の脇道で人攫い狩ったり焼き鏝デブ狩ったりして脳筋キャラにしてしまうんですよ。