ホグワーツと月花の狩人   作:榧澤卯月

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空飛ぶフォード・アングリア

マグル製品不正使用取締局の局長、アーサー・ウィーズリーが所有する車
改造によって飛行、迷彩、空間拡張の機能を施されている
彼はその職権を利用し、法の欠缺を意図的に生み出すことによってまでこれを得た
好奇の探求にひた走るその様は、極めてビルゲンワース的であったろう



空飛ぶフォード・アングリア

 休みの間にあったことと言えばグリーングラス邸を訪れたことくらいで、それ以外は聖杯での鍛錬を繰り返したり、アンナリーゼ女王に拝謁したり、ビルゲンワースの書庫整理を手伝ったりと変わらぬ日常だった。

 ハーマイオニーの都合が合えば、魔法史の宿題として課された、隠蔽された魔術の痕跡について共同研究をするという話があった。グリーングラス邸に近いコヴェントリーで、ゴダイヴァ夫人の街全体に放った魅了術を考察してみるという計画をしていたが、生憎ハーマイオニーはロンドンで次期の準備をしなければならないとのことで、単身の訪問となった。

 ダフネの妹、アストリアは天真爛漫だった。学校で見せる姿と異なり、姉が静かな月であれば妹は太陽といった具合だった。姉が学校に行くようになり退屈であろうと思えば、以前から絵を趣味にしているので然程でもないとのことだった。キャンバスを見せてもらうと、邸内から眺める朝方の庭が描かれていた。絵画に造詣があるわけではないが、10歳の描く画とは思えない美しさだった。朝靄に柔らかく霞む陽光や、それに照らされる薔薇の瑞々しさが静的でありながらも力強さを感じさせる。アストリアを言葉足らずに褒めると、照れながらも嬉しそうに頷いた。

 供されたサンドウィッチは邸内の菜園で獲れたキュウリを用いていると言い、香気に富んでいた。それを片手に交わす茶飲み話では、マルフォイがシーカーになると息巻いていることや、来期の防衛術教諭は校長の強い意向でロックハートになるらしいと知った。グリーングラス家とマルフォイ家の繋がりを感じるが、それ以上に職権を振りかざし、教科書とも言えぬ自著をこれだけ購入させるとは恥知らずもいいところだと呆れる。

 

 登校日の空模様は、小雨の降っていたヤーナムとは異なり、ロンドンはよく晴れていた。

 キングスクロス駅までケントと同行し、プラットフォームまで送った。ケントは別段不安がる様子もなく、去年の自分がそうした様に乗車口から離れた端の席をとり、のんびりと水筒から茶を啜っていた。

 ボーン家の応接間に戻ると、お兄様はソファーでごろりと寝ている。お姉様とドロテアはファッション雑誌のネイルケア特集のページを開いていた。ヘルマンは離れたところで浮遊術を使ってトランプタワーを作っている。

 

「そういえばヘルマン、ドロテアとの外出はどうだった」

 

 トランプタワーが崩れたところで、こっそりとヘルマンに聞くと、心底面倒そうな顔をした。

 

「なんでそれを君に言う必要がある」

「そう邪険にするな。ドロテアの機嫌が最近良いから、悪いものじゃなかったんだろう?」

「……まぁね」

「なら何故渋い顔をしているんだ」

「女性との買い物は面倒だなと改めて思っただけさ。「ねぇ、これとこれどっちがいい?」なんて、既に自分の中で答えが出てるからね」

「ああ、ドロテアはそういうところがあるな。で、なんて答えたんだ」

「無視して僕が選んだのを渡した」

「で?」

「何故か機嫌が良くなった」

「成程」

「理由が分かるのかい?」

「これでも乙女の端くれだからな」

「教えてくれないか」

「ダメだ。それはドロテアに悪いからな」

 

 おそらくドロテアが提示したものは、どちらともヘルマンが指摘した様な年相応のものではなかったのだろう。ヘルマンが本当に面倒に感じているのであれば、どちらかを雑に選んでしまえばいい。そうではなかったからこそ、機嫌が良くなったのだろう。

 元よりケントが画策した逢引は、ヘルマンがドロテアの為に選ぶという事が目的であり、その結果がドロテアの好みであるかどうかは関係がない。ヘルマンがドロテアの為にあれこれと考える事が大切なのだ。

 

「それで? どこに行ったんだ」

「ピカデリーだよ。その後中華街に行っておしまいだ」

「ほう。いずれ私が恋愛に興味を持ったら詳しく聞かせてくれ」

「一応訂正しておくが、恋愛じゃない。ただの買い物だ。それで、今は興味が無いのかい?」

「他人のを眺めている方が面白いからな。それに4寮女子交流会ではロクな話を聞かない。獅子寮は先輩と付き合っているのに子供だの、鷲寮は自慢ばかりだのと。ま、11歳の恋バナなんて甘酸っぱさも薄味というものだろう。

 もっとも、そのカレシの家格や顔で自分の価値を誇示する者もいるし、寮内の中心人物や上位の者が狙っている男に手を出さない様にという情報収集の意味もある。恋愛に興味が無くとも、恋愛の話は聞いていて損は無いな」

「全く、女子は怖いな」

「そうだな、同じ歳の男子より2つか3つは上と思って接するといい」

「ドロテアがそうとは思えないんだが」

「貴公が甘やかしてきたツケだろう?」

 

 いま一つドロテアの感情が恋慕なのか親愛なのか分からないが、いずれにしてもヘルマンを好ましく思っているのは間違いない。先程本人が否定した通りに、ヘルマンの抱くものは手のかかる妹に対する様なものに思えるが。

 

「それより、ヴォルデモート卿の話は何か進展はあったかい? ヴ卿の生存だとか、ホグワーツ教員が死亡したとか、全く報じられていない。何か御当主から伺っていないかな」

「ヴ卿……お父様に話したらそれきりだ。確かにこれが報道されていないのはおかしいな。ウィーズリーが学内に愉快な冒険を喧伝していたし、それにまつわる校長の所業は貴公が暴いた。親に話す生徒がいてもおかしくはないのだが」

「認知バイアスかもしれないな。そんな事が学校で起きるはずがないという」

「あるいはヴ卿の生存……と言っていいか分からないが、未だなお消滅していなかったというのは、大戦期を知る人間には認めたくない事実だろうしな」

 

 ヤーナムとて大戦の影響がなかったわけではないが、繋がりは薄かったと言われる。

ボーン家は上位者として傲慢に人の世の流れを乱す事があってはならず、かといって仇成す者には容赦せず。その在り方から、ヤーナムは魔法族にとって得体の知れない武装集団として見られる様になった。結果、ヤーナムはグリンデルバルドやヴォルデモートといった暴徒にも与せず、かといって積極的に魔法省に与することも無かった。ただ獣が生まれそうな地に赴き、獣を狩り、そしてその骸を持ち去った。

 多くの者は獣が何たるかを理解せず、獣の病の伝承が絶えて久しい今では、魔法省はヤーナムを害獣駆除業者として扱っている節がある。

 

「魔法省にしても、ダンブルドアにしても、それぞれの思惑が何であれ、僕らは備えるだけだ。人の世がより善くなる事を願うばかりだよ」

「全くだ。学校にしても、今年は何も無いといいんだが」

「去年が異常なだけだ……とは言い切れないな。僕の5年間の経験だと、ホグワーツは学徒達が卑劣に呪いを掛け合う蠱毒だが、死が関わるところではなかった。だが、クィレルが昨年の間に何を仕込んでいるかは分からない。くれぐれも油断は無い様にするんだ」

「校長にも睨まれているしな」

「それに……校長がポッターに入れ込んでいる以上、彼がいる限りは昨年と同じ事が起きないとも限らない。グレンジャーを言葉で縛った様に、より狡猾で、より残酷な手段を以ってね」

 

 それからしばらくして、ずっと寝続けていたお兄様を揺すって起こし、狩人の工房に向かう。今や忘れられた古工房は巨大な結節点となっており、非魔法族に於ける立体駐車場の様に墓石が宙で廻っている。その中からホグワーツの墓石を呼び出し、プラットフォームに飛んだ。

 

「マリア、こっち。こっちに隠れて」

「ん?」

「新入生しか居ないはずなのに、あたしたちが居たらおかしいでしょ」

「なるほど。それより、酷いじゃないか。去年はお兄様とお姉様しか来てくれなかったじゃないか」

「ああ、それは兄と姉が居れば十分だって2人が言うから。ジェラルド先輩は聖歌隊……本当に歌う方の聖歌隊に歌唱指導で呼ばれてたし、ヘルマンは面倒だって言ってたし」

「面倒とは言ってない。その時は、今忙しいって返したんだ」

「何が忙しかったんだ」

「ドロテアに読めと言われたロックハートが何冊も溜まっていてね」

 

 この男、嫌いなものはずるずると先延ばしにする性格なのかもしれない。

 携帯ランタンの光を落とし、ドロテアに貰った飴を舐めていると、暗闇から大きな人影とそれに続く列が近づくのが見えた。こっそりと近づくとケントも気付いた様で、列を離れて来た。

 

「どうだった、ホグワーツ特急は」

「尻と背中が痛いです。車内販売は甘い物ばかりで、センベイとかスコンブが欲しかったですね。あと、車って空を飛ぶものなんですね」

「何の事だ?」

「車外に見えたんですよ。古い車が空を飛ぶ……走る? のを」

「俺も知らんな。まぁいい、その先に灯りがある。こうして後輩を迎える時にしか使わないが、一応契約しておけ」

 

 ケントは軽く頷くと歩いて行った。

 

「空飛ぶ車かぁ……戦車は要らないけどさ、装甲車とか飛ばせないかなぁ。火器にもNBC兵器にも防御力のある飛行手段とか、いいよね」

 

 ドロテアが夢見がちに言う。魔法界での飛行は箒、絨毯といった道具、他には天馬や竜といった魔法生物を用いる。天馬に引かせる馬車はあるが、文字通り馬力でしかないために装甲化は不可能である。こうした事情から道具、生物共に動力源が曝露されているため、飛行は非常に脆弱な移動手段となる。

 

「確かに箒に保護を付与するよりは安全だろうな」

 

 お兄様は顎を撫ぜながらドロテアに応えた。特に思考を巡らせているわけではなく、伸び始めた髭の感覚が気になるのだろう。

 

「最高級の競技用箒なら優れた魔術防御はありますが、逆に物理防御なんて紙みたいなものですしね。それだけに、ポッターの乗る箒に干渉したクィレル、あるいはそれに憑依していたヴ卿の能力が窺えます」

「いや、恐るべきは寮監だ。箒の制御を上書きしたクィレルの術式をさらに書き換えようとしていたという事だからな。クィレルには準備期間があっただろうが、寮監はそんなもの想定の仕様がない。既知の反対呪文もない術式を初見で解析して再構築する? 馬鹿げているにも程がある。

 普段は「教科書に書かれている手順すら理解し得ぬとは。ホグワーツとは忌々しい球遊びの訓練場かね? グリフィンドール5点減点だ」等と宣っている割に、実戦も可能という事だぞ」

「ディルク先輩似てますね」

「ミス・グリム、君に発言を許可した覚えはないのだが」

 

 お兄様が眉間に皺を寄せながら粘り気のある抑揚でスネイプ教授を真似ると、イングリットお姉様が口元を抑えて笑った。

 

「言葉も口調も、ドロテアを叱る時そっくりね」

「今年は何度言われるかなぁ」

「ミス・グリム。君には学ぶという言葉の綴りから教えなくてはならないのかね? これ以上繰り返す様なら、実に……実に不可思議なことながら、かぼちゃジュースにちょっとした魔法薬が混ざっていることもあるかもしれませんな」

 

 ドロテアは噴き出した。「それ見てたんですか?」と笑いながら言葉を紡ぐが、笑い事ではなく寮監の前では真面目に黙っているべきだろう。

 

「何の話ですか?」

 

 ケントはもう戻ってきていた。

 

「空飛ぶ車の話だ。もし装甲車を飛行させられたならどうかとな」

「そうですね。見たところ慣性が大分働いてたので、IFVとか戦車みたいな大砲は無理でしょう。撃った瞬間に中は挽肉じゃないですか。ま、そもそもガンシップを強化した方が魔術の秘匿にもなりますし、火力だって十分でしょう。ヘリは飛ぶもの、車は走るもの。汎用性は専門性に劣るものですし」

「うわぁ。この新入生はロマンがないねー。スーパー・スターデストロイヤーとか憧れない? おっきい、かたい、つよい!」

「設定はともかく劇中だとクソザコじゃないですか。僕はAウイングですね。一撃離脱戦術、高速戦闘と最もヤーナム的ですよ」

「ヤーナム的というならTIEシリーズじゃないか? 攻撃偏重、防御皆無、ハイパードライブもない」

「ダース・ベイダー専用機にはシールドもハイパードライブもある。僕としては可変機構を備えていて全く形態が異なるBウイングがヤーナム的だと思う」

 

 珍しくヘルマンが下らない話に加わった。

 新入生の列を追いながらミレニアムファルコン量産計画やデス・スターとスーパー・スターデストロイヤーの費用対効果比較等、あれこれと狩人達が意見を交わす。トニトルスを改造すればライトセーバーを作れるか、といった話もあった。トニトルスの弱点は耐久性だが、ライトセーバーなら斬ったところで壊れないのであるから、実用化出来れば変人アーチボルトの汚名は雪がれるだろう。

 

「ケント、湖は――」

「ええ、姫様から伺っております。イカに気を付けろ、ですよね」

「ならいい。では城で会おう」

 

 ケントが再び新入生の列に加わり、小舟が出航するのを見届ける。灯りを用いて城に向かえば、既に在校生は馬車で入城していたのか、玄関には鞄やペットの籠が詰み上がっていた。

 

「少し話に夢中になりすぎたか」

「その様ですな」

 

 スネイプ教授が壁際に立っていた。視線を上げず、綴られた羊皮紙に何かを書き込んでいる。

 

「こんばんは、教授。今年度もよろしくお願いいたします。今年は寮監が登校確認ですか」

「左様。ところで、諸君が最後かね」

「さぁ。同郷の者で歓談に耽っておりました故、他の生徒についてはっきりとは」

「何か庇い立てしている様であれば、分かっているかね」

 

 顔を見合わせるが、皆一様に思い当たる者は無い様だった。

 

「あの、何か?」

「これを見たまえ」

 

 スネイプ教授が法衣の懐から取り出したものは、予言者新聞の夕刊だった。その一面には「空飛ぶフォード・アングリア、訝るマグル」と大きく印字されている。

 

「ああ、それですか。車が飛んでいたことは存じております。それ以上には何も」

「教授のお考えでは、その車に乗っていた学徒がいると?」

「私達ではありませんわ。乗用車を飛ばしたところで、趣味の悪い遊び以外の何物でもないでしょう。落ち穂を拾う寡婦の前に麦をばら撒いて楽しむ様な下賤な行いはいたしませんわ」

「つまらないものはそれだけで良いものでは在り得ないってのがあたしたちの箴言にありますけど、ただ飛ばしたところで面白みは無いですし、目的もなくただ面白そうだからやるなんてトーサク的じゃないですか」

「娯楽で人の世を賑やかすならまだしも、車が飛んだところで何が面白いのか。道化の配る風船の方が余程人に喜ばれましょう」

「確かに僕らも装甲車や戦車を飛ばせないかなどと話してはいましたが、ただの車を飛ばすなんて。手間や危険性に比べて、得られる便益が余りにも釣り合わないですね。真面目に自動車を飛行手段として作るなら、外見は軽飛行機に偽装するか、観測者がそう錯覚する様に魔術を仕込みます。それらが実装されていたとして、不具合が起こり得る段階でロンドン上空を飛ばすなんて真似、僕らはしませんよ」

 

 それぞれがあれこれと寮監に言葉を放つと、手を挙げて静止された。

 

「もう結構。それで? 何故これを知っているのかね」

「ホグワーツ特急の上空に飛行中の車らしきものがありました。その記事に載っている物と同一かは断言できませんが」

 

 実際に見たのはケントであるが、行為者を言っていないだけで嘘はない。家が近い者は鉄道を用いずに直接登校しているが、遠く離れた地から狩人の灯りを用いているというのは説明するにも理解されるにも面倒だというお兄様の考えだろう。

 

「ふむ。行ってよろしい」

「では歓迎会で」

「吾輩は馬鹿共の登校を待たねばならん」

「そうですか。ではごきげんよう」

「吾輩の機嫌がこれ以上悪くなる前にさっさと行きたまえ」

 

 広間では生徒の多くが未だ着席もしておらず、列車内で顔を合わせなかった者と挨拶を交わしていた。女子生徒であれば他寮にも多少は面識のある者もいるので、軽く手を挙げて応えておく。

 蛇寮の席に近付くと、男子の先輩に話しかけられていたダフネが近寄ってきた。

 

「遅かったじゃない。先輩に口説かれて大変だったんだから」

「慣れたものだろう?」

「大して話もしてないのに下心で肩に手を回されるなんて。そんな安い女に見られたのは初めて」

 

 ダフネは今すぐにでも服を焼いてしまいたいとでも言いたげに、触られたのであろう肩を見た。

 

「ご愁傷様だ。美人税などとふざけた事を言うつもりはないが、価値があるだけいいだろう? 私にはそんな事をしてくる同輩も先輩もいないぞ」

「血塗れ女帝に気易く話しかける人がいると思う? 後輩でも囲ったら?」

「後輩といえば、ヤーナムから新入生がいる。妙なところはあるが、仲良くしてやってくれ」

「貴女より妙な1年生なんているとは思えないけど」

 

 校長が席に着いたため、生徒もそれにならう。

 

「マリアだけではなく、俺だってダフネ嬢と話してもいいだろう? いかがかな、レディ」

「ええ。今年もよろしくお願いいたします」

 

 ダフネの様子を見ていたのだろうお兄様が席を選び、その隣にダフネを座らせた。先程までダフネに絡んでいた先輩はお兄様を睨むが、お兄様は羽虫を払う様に手を振って返した。

 

「こちらこそ。マリアが土産に頂いた茶はとても良いものだった。感謝する」

「先輩のお気に召した様で何よりです」

 

 程なくして扉は開かれ、副校長を先頭に新入生達が入場した。昨年の通り、新入生は組分け帽子の前に並んでいる。ケントは組分け帽子について親から聞いているとのことで、不安げに周りを見回す新入生をよそに泰然としていた。

 組分け帽子が、歌い始める。

 

「器に合わせて注がれる

 大きい器にはどばどばと

 小さい器にはちびちびと

 器を選ぶは君であり

 器を作るも君である

 

 どんな形がお好みか

 どんな色がお好みか

 

 器に合わせて注がれる

 大酒飲みにはとくとくと

 下戸の君にはそろそろと

 何を注ぐは君次第

 どれだけ注ぐも君次第

 

 どんな味がお好みか

 どんな香りがお好みか

 

 知ってる君は選ぶといい

 知らない君は悩むといい

 

 グリフィンドールは赤色の

 熱い勇気を注ぐだろう

 

 レイブンクローは青色の

 冷たい智慧を注ぐだろう

 

 ハッフルパフは黄金色

 甘い誠意を注ぐだろう

 

 スリザリンは緑色

 輝く希望を注ぐだろう

 

 私は老いたソムリエで

 被った者の好みを聞いて

 悩める者に助言しよう」

 

 帽子が歌い終わると、新入生達は帽子を被るだけという事を理解したのか、希望する寮を思い浮かべている様だ。去年もそうだったが、「スリザリンは嫌だ」と言って憚らない者が多い。蛇寮は入ってしまえば、友愛に篤いとされる穴熊寮よりも連帯感がある様に思う。他寮から敵視されているためにそうならざるを得ない部分もあるが。

 

「あの歌は去年と違うな」

「ああ。毎年異なるぞ。俺の時はラップだったな。沸き立つフロア、一夜で生まれたフォークロア、本物のヒップホップがそこにあった。帽子は年中校長室で来年の曲を考えているらしい」

「……度し難い。それにしても、「輝く希望を注ぐ」とは水銀の様ですね」

「錬金術だと水銀は蛇を意味するからじゃない?」

 

 ダフネが事も無げに答える。

 

「物質的でありながら魔術的、毒でもあり薬でもあり、それは天と地、太陽と月、生と死、分かたれたものを結び付け、超越させる触媒。金と違ってそれ単独で完全を表すわけじゃないけど」

「随分と詳しいじゃあないか」

 

 お兄様がダフネの説明に驚いた。

 ホグワーツに於いて、錬金術は常設科目にない。特に受講を希望する者が多い年度に於いて、6年生以上だけに開講される事が有る、という程度である。非魔法族の研究に端を発するものが魔法界に於いて軽んじられているという事もあるが、単純に習得の難易度が高すぎるという理由が最たるものだろう。

 また、錬金術の過程はひたすらに地味な上に、その成果も分かり難い。杖を一振りすれば砂漠でも水を生み出せる魔術と、様々な素材の性質を調べ上げて綿密に計算した上で魔術を用いてそれらを掛け合わせて普通の水よりも優れた水を生み出す錬金術。後者に魅力を感じる者はそう多くは無いだろう。

 

「去年の件で、賢者の石やそれに関わる錬金術にも興味が湧いたので」

「成程。マリアは調べなかったのか?」

「言い訳がましいですが、魔法省対策にかかりきりでしたから。結局圧力も何も無かったので拍子抜けでしたが」

「時間ならいくらでもあっただろう」

「……戦闘技術の反省ばかりをしていたのは事実ですが、それ以上に魔法省対策が煩雑だったことも事実です」

 

 ビルゲンワースによる資料捜索はグリンデルバルド時代にまで遡り、魔法省からの協力要請や当時の通達、高官からの私信、お父様やアンナリーゼ女王の起居注さえもまとめてあった。魔法省は文書を元に権力を用いる一方で、過去のものが精査されていないのか、旧来と真逆ともとれる内容であったり、重複するものもあったりと、それらについて逐一ビルゲンワースが注釈を加えていた。まさに繁文縟礼と言うべき状態で、鋸鉈一本で全てを解決出来る狩人職が羨ましいと司書達の怨嗟が酒場に響いていた。彼らもかつて狩人として聖杯を踏破したであろうに。

 当時学生であったジェラルドも含め、獣に関わった者には魔法省からの聴取への想定問答集を与えられたが、それらが役に立つことはなく、魔法省からの連絡はクィレル・クィリナスの死亡について文書回答を求められただけであった。無論、これについては死亡したという回答がお父様より為され、以降は変わらぬ日々を過ごした。

 

「まぁいい、今度教えてやろう。ダフネ嬢も望むのなら時間を作るが」

「ありがたいお話です。でも、もう少し勉強してからでなければ恥ずかしいです」

「その気になったらいつでも言ってくれ。7年生だからさして忙しくするつもりも無いしな。

 ウィーズリーはまたグリフィンドールか。Wだからそろそろケントか?」

 

 ヤーナムにもクシランダーという姓はあるが、英語圏でXで始まるものは少ない。次に来るとすればYのヤマムラだろう。

 

「ヤマムラ・ケント」

 

 副校長に呼ばれ、ケントが帽子の前に進む。使者の灯りにそうする様に、僅かに膝を折り、帽子の天頂に触れると、「スリザリンでお願いします」と語りかけた。

 

「よかろう、スリザリンだ。ところで、古ぼけてはいるが、私は定期的に手入れされている。手垢塗れならとうに黴でダメになっているだろう」

「ああ、やっぱり心が見えてるんですね。今度洗剤でも贈りましょうか」

 

 被ることなく帽子が答え、何とも奇妙な組分けとなった。

 

「ええ……? こんなことありました?」

 

 ダフネがお兄様に問う。

 

「7年生として言うが、初だな。それもあるが、ケントがあそこまで嫌悪感を表わすのを見たのも初めてだ。余程嫌だったのだろう」

「紳士としてあるまじき態度では?」

「見ろ、副校長が伝統を馬鹿にされたと思ってお怒りだぞ」

「伝統ある式典で帽子を被らずに組分けを済ますなど、副校長からすれば暴挙と言えるでしょう。まぁ、私も汚い帽子だなとは思いましたが」

「あぁ、やっぱりみんな思うものなのね。去年は私も早くシャワーを浴びたいって思ったわ」

 

 ケントは全校生徒の奇異の目を物ともせず、蛇寮の席に着いた。

 

「あー、ヤーナムの人ってやっぱりこうなの?」

「7年もすれば俺の様な紳士になるぞ」

「それはまぁ……ディルク先輩もヘルマン先輩も紳士だと思いますけど、イングリットお姉様とは方向が違うなぁって」

「アストリアとダフネだって大分違うだろう」

「あの子は……そうね。そうかも」

 

 顔立ちや気品は似ているが、慈愛を湛えるダフネと快活なアストリアとは異なる。同じ親から生まれていてこうなのだから、親も師も異なるヤーナムとで同じになるはずもないだろう。

 

「何だ。俺は冗談で言ったのだが、否定してくれないとこちらが恥ずかしいだろう」

「先輩は本当に紳士だと思っていますよ。ええ、ちょっと過激な妹想いだなとも思いますけど」

「マリアの友人であるダフネ嬢も妹みたいなものだからな。あと1年しかいないが、存分に頼ってくれ。お兄様と呼んでもいいぞ」

「……はい。よろしくお願いしますね」

 

 ダフネは苦笑した。これさえも奥ゆかしい微笑みに見えるのだから、まこと美人とは罪である。

 最後にゼフィリヌスという女子がレイブンクローと宣言され、組分け儀式が終わった。

 

「さて、まずは新入生の諸君。入学おめでとう。わしが校長のアルバス・ダンブルドアじゃ。フルネームは覚えんでもよい。魔法史の試験にも出ないからの。覚えてほしいことは、これから話す連絡事項じゃ。

 例年通りじゃが、いないとは思うが持ち込み禁止の品を知りたい者はアーガス・フィルチ管理人に確認すること。それと、森は今年も教職員の同行なしに立ち入る事は禁じる。少し気になるのじゃが、禁じられた森への立ち入りを禁じなくなった時には何と呼べばいいのじゃろうか。その日の為に、生徒諸君にはぜひ相応しい名前を考えてもらいたい。

 今年の事じゃが、東棟4階の廊下は入っても構わん。もう何も残っておらんので、かくれんぼくらいにしか使えないがの。それと、多くの女子生徒には朗報じゃろう。今年の闇の魔術に対する防衛術の先生には、ギルデロイ・ロックハートが就いてくださる」

 

 悲鳴の様な歓声が広間を包む。他寮に比べ少ないながらも、蛇寮からも歓声は上がった。去年は相当にはまっていたと思われるドロテアを見やると、案外平静としていた。

 

「割と我が寮は落ち着いているな」

「だって、あんなに凄い業績があるのに社交界に出てこないんだから、何か裏があるんだろうって噂があるもの」

 

 夏の訪問時にダフネが大した興味も示さずに話していたのはこれが理由であったか。得心していると、お兄様がダフネに問う。

 

「ほう? 少なくとも新進気鋭のイケメン作家だとは思うが。ダフネ嬢の感想は?」

「顔立ちの良さであれば私の方が上だと思います」

「これはまた随分と大きく出たな」

「先輩が去年惨めに泣いている私を褒めてくださったじゃないですか。その……体もですけど」

「そこだけ切り取ると誤解が生じるからやめてくれ。それに、それはヘルマンが言ったことだ。まぁ見目麗しいという表現に否定の言葉はない。作家としては?」

「冒険活劇として読むなら面白いですけど、内容としては信用なりませんね。彼の著書『一般家庭の害虫』、あれを真に受けた者が温室を1棟壊滅させましたから。一部は本当に彼の活躍があるのかもしれませんが、実態は幾人かの体験談を幾人かの著者がギルデロイ・ロックハートというブランドで売り出しているんじゃないでしょうか」

「ヘルマンも近いことを言っていたな。文体が似ては居るが知識の幅にムラがありすぎると」

「実際、古くからの使用人は「お嬢様、事実と創作は分けてお考えください」と。全く聞いたこともない新農法を試しもせずに鵜呑みにする様な者を雇い入れたのが悪いとはいえ、グリーングラス家の者は蛇蝎の如く嫌っていますね」

「グリーングラス家の事業は繊維だったか? とすると温室とは繊維かあるいは染料か」

「はい、染料です。ホグワーツの制服にも使われている藍ですね。染料も生き物ですから、毎年同じ様に栽培して毎年同じ色が出るとは限りません。それを数世紀に亘って同じ色で出荷するところが我がグリーングラスブランドの技術と誇りです。身近なところで言えば、マダム・マルキンで扱う生地の7割は私の家が関わっています。ヤーナムのものは違うみたいですけど」

「ほう、気付いたか。僅かに織り柄が仕込んであってな、魔術式として機能する様になっている。例えば、包丁で刺しても刃が欠けるくらいには強化されている」

「お兄様、それは言ってはならないことでは」

「む。見惚れて口を滑らせたな。忘れてくれないか」

「フフッ。なら、もっと先輩とお話ししたいです」

 

 ダフネがお兄様に向けるのは、歳に合わない色を含んだ笑い。少し会わないうちに、ダフネが強かな女になっている。去年は気付かなかっただけかもしれないが。

 校長が手を挙げ、広間の狂乱が僅かに静まった、その瞬間、広間の奥からその男が表れた。

 

「やぁ、私だ」

 

 およそ人の声とは思えない叫びが幾つも上がり、幾人もが倒れた。

 

「んほぉ」

「心肺停止したじゃん訴訟」

「呼吸辛過ぎお詫びに人工呼吸して」

「しんどい。ひたすらしんどい」

「待って????? 殺す気?」

「死んだけど蘇生したわ」

「人類の奇跡過ぎる」

「排卵! 排卵キタ!」

「ギル様産んで授乳したい」

「もう産んだ認知して?」

「生まれてきてくれてありがとう」

 

 地獄か。

 主に鷲寮女子生徒達が狂人としか言いようのない譫言を垂れ流している。

 

「ドロテア、これが僕から見た去年の君だ」

「ちょ止めて! あんなのと違うから!」

 

 ドロテアは割と強くヘルマンの頬を張った。当然だろう、あれと同じ生物扱いは相当な侮辱である。隣のケントもヘルマンの崩れた余波を受け、椅子から落ちた。

 

「恋する乙女とは大変だな」

 

 お兄様が鷲寮の狂態を見て呻く。

 

「アレは乙女ではありません。メスとして限界の何かです」

「まぁ男にも妖女シスターズから胎教で歌って欲しいとか子守唄を聞きながら授乳されたいとか言う輩はいるが……」

「妖女シスターズって男性ですよね……ディルク先輩はそうなのですか?」

「ああ、俺も言っていて狂気を感じる。

 それはそれとして、母性のある女性は好きだな。自分をと言うより、自分の子を慈しんでくれるだろうという安心感こそ、母性に惹かれるということではないかと思う」

「あらお兄様。お兄様の蒐集物と言っている事が違うのではなくて?」

 

 身近な母性と言うと、自らをお姉様と呼ばせるアリアンナ女王、その娘たるイングリットお姉様であろうか。事実、アリアンナお姉様はイングリットお姉様と母子ではなく姉妹であると言われれば納得する距離感である。

 そのイングリットお姉様が冷ややかにお兄様を見ていた。ダフネもイングリットお姉様をお姉様として呼び慕っているので、お兄様に妹分をとられて腹が立っているのだろう。自分でも関係性が分からなくなってくる。

 

「……何を勘違いしているのか分からんが、やめろイングリット。妹とはいえ許さんぞ」

「妹の同輩を妹扱いする様な倒錯はよろしくないのではないかしら」

「何が言いたい」

「申し上げている通り。ダフネを妹扱いするのと淑女として扱うのは違いますわ」

「断じて言うが、俺の蒐集物は妹モノでもないし、仮にあったとしてもヘルマンのだからな」

「あら。ならドロテアに伝えておきましょう」

「止めろ! ヘルマンにも人権はあるんだぞ!?」

「それを貶めているのはお兄様ではないかしら」

 

 敬愛して止まないお兄様も年頃の男である。そういう物は持っているだろう。とはいえそれを認めず、ヘルマンを売る姿勢は少し軽蔑する。

 ヘルマンはよく分からない。ドロテアにあれだけ迫られていて何の気後れもしていないのであるから、奴は不能なのか女性を愛せないのかもしれない。あるいは本当に妹として見ているのかもしれない。

 ダフネには男兄弟がいない為か、顔を赤くして俯いている。免疫がないわけではないはずだが、知人の性事情は聞きたくないという事もあるだろう。

 騒ぎが収まる、というよりは狂乱している連中が失神した後、ロックハートは口を開いた。

 

「こんなにも素敵なレディ達に遭えて私は幸せだ。ここに招いて頂いた校長に改めて感謝を。私は君たちにとって先生という立場ですが、ホグワーツの先輩という立場でもあります。遠慮なく、分からない事は何でも聞いてくださいね――おっと、もちろん、その他の先生よりその道に詳しいなんてことは申し上げるつもりはないですがね。それと、質問の為にと偽ってサインを求めに来ても困りますよ? ですが、勉学に励んだご褒美としてなら、いくらでも時間を取りますよ――もっとも、あまり遅い時間になると、男子生徒が嫉妬してしまうでしょうから程々に。では、明日からの授業をお楽しみに」

 

 何と評すべきか、品がない。お兄様の猥談にしても品がないのはそうなのだが、ロックハートのそれはより軽薄な印象がある。いい年をした大人が何を言っているのか、という事だろうか。大人と子供は等しく1つの精神であるとはお父様の言であるが、それはそれとして大人には大人としての言動や雰囲気というものはあるだろう。

 何より、真面目に勉学に向き合おうとする学生を揶揄う様な態度が気に食わない。

 

「どう思う?」

「あれの書いた本に我がグリーングラス家の財貨が支払われたと思うと虫唾が走る、かな」

 

 ロックハートの挨拶に新たに沸く広間の喧騒、それに負けない様にダフネに話しかけると、つまらなさそうにダフネが返した。お兄様も力強く肯いている。教科書の回し読みを提案したヘルマンは正しかった。

 

「ありがとうギルデロイ。諸君、順番は違うのじゃが、校歌を歌ってから食事にしよう。どうやら今のままでは感動し過ぎて食事が喉を通るまいて」

 

 校歌はそれぞれが好きな旋律で歌う。昨年はウィーズリーズによる葬送行進曲が目立ったが、今年はヘルマンとドロテアが始めたBWV147終曲「主よ、人の望みの喜びよ」が別格だった。非魔法族にとっても聞き覚えがある為に新入生は寮を問わず大合唱となったが、これによりヘルマンは陰険眼鏡の名を不動のものにした。

 ヘルマンの昨年度末大演説の内の一節「心と口と行いと生活で」は、BWV147の事である。職権を用いて学校運営をほしいままにするという事に、何ら良心の呵責は無いのかという文脈であった。これを翌年度の初日に公式行事で行うという生き様はクラシックにしてパンク過ぎる。ダフネから聞いた、校長の意向でロックハートを招聘したらしいという事が相当に気に食わないのだろう。

 

「うむ。新入生にも配慮された、良い選曲じゃった。残念ながら、学期前であるからして加点は出来んがの。それでは諸君、宴の始まりじゃ!」

 

 何だこの老人はと思う程の大声と共に、テーブルには湯気の立つ食事が現れたが、大多数の生徒達は立ったままであり、新入生達は先輩が座らないので困惑しつつも同じく立ったままである。広間を包むのはいわゆるドン引きという空気であった。元凶であるヘルマンとドロテアは自身に向けられる視線を一瞥した後、さっさと着席してナプキンを取った。

 

「これくらいでいい?」

「もう少し。流石に腹が減ったからね。そうだ、クルトンをもう少し入れてくれ。それとサラダにはたっぷりとドレッシングをかけないと」

「あ、お母さんに言い付けるからね?」

「やめてくれ。ようやく母親の味から逃れられたんだ。健康を気にして薄味だなんて、精神の健康を害する」

 

 ドロテアが当たり前の様にヘルマンの皿にサラダを盛り付け、ヘルマンはそれに文句を言う。昨年幾度となく見た食事風景が還ってきた。

 これを見てその他の生徒もようやく我に返り、それぞれの皿にそれぞれの好物を盛り付けていくのだった。

 

 腹も膨れ、学徒の群れが寮に向かう。今年の蛇寮新入生は去年よりも僅かに多い。比率で言えば男子の方が圧倒的に多かった。卒業生が多かったため、女子房については新入生も雑居房ではなく独房行きとなる様だ。

 

「監督生は今年も同じだ。アレサンドロ・フランキと」

「ジェマ・ファーレイが務めるわ。よろしくね」

 

 壇上の監督生達に盛大な拍手が贈られる。寮杯7冠の功労者達であり、昨年同様に蛇寮を栄光に導くに違いない。

 

「さて、新入生の中で、実はスリザリンに入りたくは無かった、家族に何と手紙を書けばいいのだろう。そう思っている者もいるだろう。よく聞く話だ。確かに、かつて少なくない重犯罪者を生んだことは間違いではない。しかし問おう、君たちは犯罪者になりたいのか。そうではないだろう?

 我らが蛇寮は、求めば与えられる場所だ。知識を求めれば知識を与えられ、栄光を求めれば栄光を与えられる。己が信念に基づき、己が為すべきを為せば、必ず同胞が応えよう」

「去年も言ったことだけど、例年の監督生が言う事だから伝えておきます。あのマーリンはスリザリン出身者です。そう、マグルの伝説にもある、あのマーリン。確かに、闇の帝王を生んだ寮でもあるけれど、大賢者マーリンを生んだ寮でもあります。

 組分け帽子の歌った通り、どうあるべきかは自分次第です。血筋は関係ありません。私も聖血とまではいかないけれども、ここ数世代は魔術師の家系です。けれど、それが理由でここに入寮したわけでもありません。血筋によって組分けられるなら、ウィーズリーやマクミラン、ロングボトムといった生徒がスリザリンではない事がおかしいでしょう。

 何を欲するかが選定の基準です。アーサー王は聖剣に選ばれたわけではありません。聖剣を引き抜くことをアーサー王が選んだのです」

「知らぬ者もいるだろう、知っている者は黙って聞け。ホグワーツでは、1年ごとに、4寮で栄誉を争う。それは個人の試験成績とは異なり、授業態度や素行、その他学則、後はクィディッチチームの勝利数に照らして評定される。我らスリザリンは他寮から敵視されているが、昨年は悲願の7冠を得た」

「そういった事情から、家の金で得点を買っただとか、コネで繋がったクズだとか、純血主義で固まった差別主義者だとか、他にも……いえ、これ以上は淑女として言えませんが、とにかく酷い言葉で他寮、特に獅子寮は私達を攻撃してきます。だからこそ、私達は強く団結しなければなりません」

「イタリア人の俺からすれば、英国魔法界の純血がどうこうといったしきたりもしがらみも知ったことではない。肌の色も、訛りもどうでもいい。宗教についてはイエスは処女マリアから生まれたと信じているが。

 俺が重視するのは、それが蛇寮にとって有益か否かだ。純血であろうと蛇寮に仇なす者であれば当然に不穏分子として扱うし、非魔法族から来た者であろうと蛇寮に貢献するならば取り立てよう。別の寮に対して何を言おうと何をしようと、それが蛇寮に有益ならそれで構わん。だが、蛇寮内部での卑劣な物言いや行いは赦さん。何故か」

「「「我らは家族だからだ」」」

「上級生諸君、唱和ありがとう。

 さて、ここにはいらっしゃらぬセブルス・スネイプ魔法薬学教授が寮監だ。あり得ざる仮定の話をするのは無意味と分かってはいるが、仮に……まさに驚くべきことに寮監が人間らしい感性を持っていれば、流石に7冠を得た後も我らに贔屓をする事は無いだろう。レイブンクロー寮監のフリットウィック教授やハッフルパフ寮監のスプラウト教授は、内心苦々しく思いながらも7冠は偉業ということで我らに得点を与えたし、スネイプ教授の不当な採点基準についても黙認していた。これで今年もスネイプ教授が我らに贔屓をし続けるのならば、職員室内はシベリアよりも冷えていてキューバよりも熱いことになるだろう。諸君には教職員の助力を見込まず、各員の健全なスリザリン的戦術での奮励努力を期待する。

 第一の貢献として、新入生には各教室の配置を覚えてもらう。最初の一週間は上級生が案内するので、朝食後は直ぐ談話室に集合する様に。

 さて、上級生にとっての連絡となる。クィディッチについて、マーカス」

 

壇上にフリント先輩が気だるげに上がる。

 

「スリザリンクィディッチチーム、キャプテンのマーカス・フリント、6年だ。使えるヤツは使うし、使えないヤツは落とす。選抜は行うが、それが全てではない。2年生から4年間、選手をやってきたオレの経験で言えば、シーズン中、怪我で飛行恐怖症になるヤツもいた。色に溺れて調子の上がらねえヤツもいた。試合日が罰則期間で飛べなかったヤツもいた。だから、二軍は用意している。たとえ今週の選抜で落とされたとしても、飛ぶ気のあるヤツは二軍に入って練習しろ。

 今年のスタメン空きはキーパーだ。まぁ不人気のポジションだから期待はしてねーが、埋まらなかったらビーターのヘルマンにやらせるからな。就活のあるヤツも、学業が忙しいヤツも、1年生でも、純血だろうがマグル生まれだろうが、飛びたければ今週金曜に来い。

 ああ、例年の事で分かっているとは思うが、暇なヤツは草刈りに協力してくれ。誰であろうと競技場に近づけば呪う、これはどこの連中もやっていた事だが、昨年は遠眼鏡で城内から見ているヤツもいた様だ。入学早々のこんな時期にホームシックで外を眺めている奴はいない。疑わしきは発見次第縛れ。見せしめに広間の飾りにしてやろう」

 

 相変わらずのクィディキチ具合だった。だが気になるのは、1年生もという言葉だ。育成枠だろうか。

 

「1年生でも? マーカス、どういう事だ?」

「アレックス、熱心な監督生のお前には悪いが、普段は興味もねー学則を確認した。まず、1年生は自分の箒を持ち込んではならない。次に、1年生は代表選手になれない。

 さて、話は飛ぶが、ここで伝えておこう。今季のシーカーはドラコでいく。同学年の連中は知っているだろうが、飛び方にクセはあるが実力もある。マルフォイ家からは箒を寄贈してもらった。最新型のニンバス2001だ。ヤーナムの連中分は要らねえと言ったが、寮に贈るのであって選手に贈るわけでもないとのお言葉で、息子の分とは別に計7本だ。つまり、自分用の箒なんぞ持っていなくとも、飛ぶことは出来る。

 次のルールだが、1年生は代表になれない。果たしてそうかな? そう、ポッターが前例を破った。これはもうルールとして通用しねえ。元々どういう立法趣旨だったかは知らねーが、1年からクィディッチにのめり込み過ぎて授業も参加しねーだとか、試合中にカモられてボロ雑巾にされただとか、何らかの事実に基づいた前例だろう。ホグワーツにそんな事を気にする時代があったとは思えねーが……とにかく、その前例がまさに破られたというわけだ」

 

 フリント先輩は言葉を切り、新入生達を睥睨した。選抜選手の座を勝ち取ってやろうという気概を見せる者も居れば、そもそもクィディッチとは何かを理解していない非魔法族出身の者も居た。いずれにしても、粗野な言葉でありながら、ある種の宗教を思わせるフリント先輩に尊敬ないし畏怖を感じている様だった。

 

「よって、どこの寮であれ、能力がある1年生がいれば選手になっても許される……と、解釈されるべきだ。オリバー・ウッド、ミネルバ・マクゴナガル……校内屈指のクィディッチ狂いが揃いも揃ってポッターの居るグリフィンドールだ。あいつら以外に1年生の出場に反対する気のあるヤツはいねーし、あいつらは反対する資格がねえ」

「キャプテン、よろしいですか」

「おう、ヘルマン。言った通り、ビーターやる気ねえならキーパーに転向させるからな」

「ビーターではなくクィディッチに興味がないんですよ。それはそうとして、マルフォイ君のシーカーとしての実力は?」

「ああ、実戦経験がないだけで新人シーカーとしては並み以上だ。夏の間にオレが確認したし、それ以上に鍛えてある」

「そうですか。よろしく、マルフォイ君」

 

 ヘルマンの挨拶に、普段は高慢なマルフォイも素直に応えた。陰険眼鏡に敵対されたときの報復を恐れているだけかもしれないが。

 フリント先輩は演台を下りてソファーに腰かけると、スコッチをグラスに注ぎ、一気に呷った。

 

「そういうわけで新入生諸君。ようこそスリザリンへ」

「では、今日は解散ね。明日から授業なので、入寮歓迎会は金曜です。女子房はこっち。新入生は荷物を持って。2年生も今年から独房だけど、割当は内見してからね」

 

 ファーレイ監督生に「はい看守長」「イエスマム」などと返しながら、上級生達も連なっていく。

 

「新入生は独房だの雑居房だの意味不明だろうな。しかし、独房行きか。寂しくなるな、ダフネ」

「うーん、マリアが良ければだけど、また同じところを使わない?」

「……まぁ構わないが。どうした?」

「えーっとね、私妹がいるじゃない」

「そうだな」

「いつも妹と一緒に寝てて、去年は貴女と寝てて……」

「なるほど、慣れてないと。私も同室であれば一々ダフネの部屋を訪ねるよりは都合がいい。だが……独りで寝るのも慣れた方がいいのでは? 来年アストリアが入学したら同室を希望するのか? 流石に学年を超えては認められないだろう」

「んー、どっちかっていうと貴女の方が心配なの。去年私を置いて行ったでしょう。放っておくとまたどこか行っちゃいそうで」

「それを言われると返す言葉も無いな。精々貴公の忠犬でいよう」

 

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