蟇蛙
ホグワーツ城に持ち込むことが許されたペットの一つ
これを愛玩動物と捉える者は少ない
蟇蛙の真価はそれが生み出す毒にある
皮膚を爛れさせ、神経を冒す劇毒は、魔法薬の良質な材料となる
「ねぇ、ヒキガエル見なかった?」
やけになって鎮静剤と血酒を飲み、若干のトリップ状態になっているところ、急にコンパートメントのドアが開かれた。声の主はいやに髪のもっさりした女の子で、加えて高圧的だった。
ノックもなしにドアを開け、開口一番に蛙がどうこうと話す人間には関わり合いになりたくない。おそらく蛙とは先程のアレだろうが、知ったことではない。追い出した後に、また入ってこないようにドアを閉めていたのだ。
「何これ? お酒? 血?」
「そのどちらでもある。我らにとって血とは祝福であり汚瀆である」
「貴方、吸血鬼なの?」
「貴公、友人が少ないんじゃないか? 仮にそうだとして、そうだよと喜んで言う吸血鬼がいるかい? そうでないとして、人外のそれにたとえられた人間は嬉しく思うかな?」
「……貴女の血についての感想はそうとしか思えないわ」
吸血鬼の生態など知ったことではない。脳喰らいなら分かるが、人語を解する脳喰らいがいるとも思えない。あれらは脳を美味と感じているのだろうか。大きなげっぷから、満腹感はあるようだが。
「人の詮索をして憚らないその態度。大方、さっきも同じ様な事を誰かに聞いたのだろうね。そうだな、かの有名なポッターか。今年入学らしいからな。『貴方がハリー・ポッター? 教科書と参考書にいくつも記述があるわ。額の傷を見せて? どんな魔法でヴォルデモートを滅ぼしたの?』とでも」
「概ね間違ってはいないけれど、額の傷については否定するわ。身体的特徴をどうこう言うのは人としてどうかしてるわ」
恐らく、この人物は吸血鬼というものに対して、忌避感情はないらしい。それ故に先程の質問が出てきたのだろう。
伝え聞くところでは、ヴォルデモートに与する者ではなく、廃村や僻地に僅かばかりの集落を築くらしい。直接目にしないことには何とも言えないが、獣に比べれば余程安全ではないか。
「そうか。肌の色や額の薄皮がどんなものであれ、人間の本質に比べれば大したことではあるまい。むしろ、それで騒ぐ連中の方がおかしい」
皮を剥けば獣も人も単なる肉。人たらしめるのはその血に宿る精神である。連盟長曰く糞袋であり血族狩り曰く内側の粘膜とのことだったが。あの粘膜とは子宮を意味するのだろうと思う。上位者の赤子を孕むことを悲願とするカインハーストの一族。故に、その粘膜を裏返すことは根絶やすことが目的なのではなく、血族の象徴を徹底的に破壊するという意思の表れなのだろう。彼の悲願は確かに一度叶えられ、そして無慈悲に破られた。カインハーストの女王は今も健在であり、また、現在のヤーナムはある意味その血族とも言えるものになっている。
「それで、結局あなたは何者なの?」
「人の秘密を詮索するとは感心しないな。だが分かるよ。秘密とは甘いものだ」
眼前の少女は瓶に手を伸ばしていたので、それを掴む。いつかの聖杯で体験したそれ。我が名の元となった時計塔のマリアの真似。強く、気高く、美しく、そして慈悲深い。今のヤーナムに生まれた女は必ず彼女に憧れるものだ。それは、歌劇で言うズボン役に似た倒錯をも含むものだったが。
「人に何かを尋ねる時は、まずは自分から。違うかな」
「質問責めで悪いとは思うけれど、知らない事がいっぱいで不安なのよ。こっちで上手くやっていけるかしらって。ハーマイオニー・グレンジャー。両親はマグル。友達は多くないけど、多く欲しくも無いわ」
そもそも、向こうでも上手くいっていたのだろうか。
「ボーンだ。マリア・アイリーン・ボーン。両親は狩人だ」
「狩人?」
「そうだ。闇祓いの様な物だ。血の契約によって、人外の力を得る魔法の継承者。あぁ、知らない事は恥ではない。魔法界においても珍しい一族だからな」
闇祓いという単語には特に疑念を示さない様であるから、おそらく相当魔法界について予習してきたのだろう。からかうつもりで教科書云々と言ったが、間違いではなかったらしい。
一方で自分はヤーナム以外の魔法界がどうなっているかなど、さしたる興味を持たなかった。来る日も来る日もより良い血晶を求め、聖杯に潜り続けた。むしろ、非魔法界の甘味を求めて小遣いを握りしめ、灯りを用いてロンドンをうろつくばかり。
随分と努力する11歳だとハーマイオニーに感心する。
ハーマイオニーは蛙探しを忘れたのか、対面に座った。当初の印象は不躾な少女であったが、未知に触れ、不安と興奮に震えているのだと考えれば、可愛らしいものではないか。
「それで、どんなものを狩っているのかしら。熊? 鹿? それとも何かの魔法生物かしら」
「人だ。血に酔い、狂った魔法使いだ」
「え」
「そう驚くことでもない。そちらの警察機構と同じ様なものだ。もっとも、我々に警邏任務はなく、犯人を捕縛することもない。対象の殺害を以って狩りの成就とする」
獣喰らいのヴァルトールがそうであった様に、ヤーナムは完全に外部と隔絶されていたわけではない。火薬庫の源流となるオト工房もまた、外よりもたらされたものだ。
現代のヤーナムもまた、人を受け容れないだけで、知識と技術は魔法族と非魔法族の違いなく吸い上げる。故に、ヤーナムはグリンゴッツを利用せずとも、英ポンドと米ドルを蓄えることが出来ている。マリアもまた、興味がないだけであって必要十分程度の非魔法界知識は身に付けている。
工房の職人も、狩人も、ヤーナムの全ては獣狩りの成就の為にある。
「なんだ、言っていることは物騒だけど、特殊部隊みたいなものなのね。とても立派な事をしているのに、知らないなんてごめんなさい」
成果だけに着目すれば、確かに貴い行いであろうが、実態は陰惨で汚濁に塗れた呪いの業だ。特に、あの漁村で起きた殺戮は狩人の恥部であり、人間の好奇心の恥部である。露悪趣味でもないので、ハーマイオニーの好意的勘違いはそのままにしておく。
「気に病む必要はない。狩人の業は狩人自身によって秘匿され、そして他の魔法族にとっても気持ちの良いものではないからな。血統以外の方法で血統魔法を継ぐ、その有様は、特に純血主義にとって都合が悪かろう?」
「純血主義……魔法使い同士で血を繋いでいくっていう思想よね。確かに、魔法を生得的なものではなく、技術として継いでいくという思想は相容れないでしょうね。でも、何故他の魔法族にもその……あまり好かれていないのかしら」
「需要と供給のバランスだろうな。古き時代は狩人が必要とされていた。だが、魔女狩りも減り、信仰が民草を救済する事は減り、狩人の獲物は減った。技術と娯楽は信仰を駆逐する。祈ればそれで救済された気になれる時代はとうに終わったのだ。
魔法族は狂気に呑まれ、その狂気の果てに救済を求めた時、獣に変態する。猿の手は知っているだろう? 血に含まれた魔力が、本人の希望を最悪の形で叶える。だが、このご時世、祈りの寄る辺も、祈るべき価値のあるものもないだろう? 大抵の狂人は、狂人のままその生涯を終える様になった」
「だから、狩人の仕事の価値が分からず、良く分からない人達ということになったのね」
首肯する。
軍人と同じく、暇であることは良い事なのだろう。ヤーナムの民は金に困っているわけでもない。魔法省からの僅かばかりの補助金が今更なくなろうと、さしたる影響もない。
業腹なことに、医療教会が育んできた医療技術はいわば外貨獲得の手段として有効だった。魔法族は魔法によって治療を行う。故に、非魔法族的な外科治療は不得手としている。生きながら頭蓋をこじ開ける、実験と称した凶行は麻酔や切開、縫合技術の発展を生んだ。
医療教会は旧市街を焼き捨て、そして大橋を封鎖し、権威は地に堕ちた。だが一方で、確かにそこにはまっとうな医療者であり、聖職者であろうとした人間も存在したのだ。彼らの遺志と技術は今のヤーナムにも息づいている。
「マリアは入学するまで、どんな事をしていたの? 私は教科書を全て暗記する程読んだし、幾つか呪文を試してみたわ。それくらいしないと、魔法使いの家出身の生徒には追い付けそうにないもの」
呪文を試した、ということには少々疑問が沸いた。未成年は非魔法族の面前で魔法を使ってはならない。ハーマイオニーは非魔法族生まれであるのだから、当然それに抵触するはずであるが、罰則を受けた様子はない。彼女は見栄を張る様な人間にも見えず、おそらくは規則が正しく運用されていないのだろうと結論付ける。
魔法族の倫理観は非魔法族のそれに比べて稚拙である。記憶操作が簡便である事が大いに影響しているのだろう。ヴォルデモートの台頭した時代をある種の宗教的意味を持たせて恐れる割には、ともすれば死傷者の出かねない行為を悪戯として受容する風潮がある。一生忘れられない恥辱や恐怖といったものは、忘却術によって拭い去られるのだから、殺人さえ犯さなければよい。誰しもがそう考えている様に感じられる。
「暗記できているかどうかは分からないが、一通りは目を通したな」
聖杯の中と外では時間が繋がっていない。教室棟には実験器具も書物もあり、そしてその学習結果の標的にも事欠かなかった為、いくらでも実用的な学習が出来ていた。一年生程度の学習で使う教科書に書かれている程度の事は、普段の狩りの中で自然と覚えてしまうものだった。
実のところ、暗記をするつもりは全く無かった。ハーマイオニーにとっては一種の教養として覚えるべきことではあったのだろう。だが、魔法族としては教科書の暗記によって得られるものは教科書通りの事でしかない。そして、それを学びに行くのであるから、入学前にそれらを詰め込んだところで徒労に終わる。
調べれば分かる程度の事を暗記したところで、それが何になるというのか。真に必要になるのは、情報と情報とを統合し、新たな智慧とする事だ。そうした積み重ねによって、父王は秘匿を破り、獣狩りの夜を終わらせたのだ。
西暦993年にホグワーツが開校したことを覚えて何になる。重要なのは、何故今まで魔法学校はなかったのか、何故その時期に魔法学校は作られたのか、どの様な事が開校した影響で起きたのかという、物事の意味と流れである。頭を使わない知識の探求は漁村の惨劇を生み出すのだ。
「ふーん。余裕なのね」
ポッターかどうかは知らないが、他の乗客に語ったときは、何かしらの反応があったのだろう。ハーマイオニーの努力を特に驚きもせず、称賛もせず、否定もしない態度は、11歳にしては大きすぎる自尊心に小さな傷をつけた様だった。
「そうだな。闇祓いと違い、狩人になるには学業の成績等何ら意味を為さないからな。ただの鉄塊で相手を殴りつけるだけの狩人も存在した。それに、授業を受けてみれば自ずと分かるだろう? 努力が足りなければ、より努力すればいい。先んじているのであれば、より先に進めばいい。食べてもいない料理の味を語る術はないさ。
ところで、甘味は好みかな? 入学式が終われば食事会があると聞いているが、どうにも腹が持ちそうにない。スコーンとはいかないが、ビスケットくらいならあるぞ」
懐から取り出すのは、ベルギー産のビスケット。脳が震えるほど甘い糖蜜パイと異なり、僅かな苦みと仄かなシナモンの香りが蠱惑的である。
「嫌いじゃないけど、直ぐに歯を磨けない場所では間食をしない様にしているの。私の家は歯医者だから、虫歯が出来た日には親が泣いてしまうわ」
そう言われてしまえば、自分ひとりだけ食べるわけにもいかない。空腹を堪えて入学式を迎えるのかと考えると、気分は少し落ち込んだ。
「何かしら?」
少し離れた客室から騒ぎ声が聞こえた。騒がしい声は途切れることがなかったが、剣呑な雰囲気を持つ声は珍しい。しかし、どうでも良いことだ。兄弟から聞いたところでは、生徒同士のいざこざで呪いをかけあうなど、日常茶飯事である。
「さぁ? 気になるなら見に行ってみたらどうだ? 蛙が見つかって騒いでいるんじゃないか」
「ああっ! トレバーのこと忘れてたわ! 私、行ってくるわね」
ハーマイオニーが席を立ってしばらくすると、車内に到着5分前を知らせる案内が流れた。5分もあれば、ビスケットをかじるのには十分だ。
「うん、おいしい。全く、甘い物で人はこんなにも幸せになれるというのに、何故上位者の智慧だのなんだの、そんなものに拘る……?」
カインハーストの血は甘いと言うが、糖尿の気でもあるのだろうか。
膝に散らばった破片を払い、立ち上がる。
「さて、ホグワーツの食事が美味しいといいのだけど」
未成年の臭いって字面だけで犯罪の香りがする
ハリーが冤罪で罰則喰らった割に、ハーマイオニーはお咎め無し。
入学前後で取り扱いが違うのかなぁと思っています。
ググったところ、ハリーがブチ切れた時に無意識下で起きた現象は特に違法とされていないということから、杖の有無を理由に挙げている説もありましたが、それは誤りでしょう。
ドビーが使用した浮遊魔法は杖無しかつそもそも魔法使いの魔法ではないのに感知され、ハリーの違法行為として警告された
杖を以って自覚的に行使したハーマイオニーは何ら描写無し
これらからするに、ホグワーツは入学式の後に魔法省に入学生リストを送っているのだと思います。
仮にアーニーがホグワーツに行かず、イートン校に行っていたとしたら、自発的に魔法を行使することはできないわけで、素質がある程度の魔法使いの魔法なんて脅威にもならんわけですから、放置しても問題がないと。
映画版でアズカバン冒頭にハリーが去年の警告を忘れたのか、ルーモス連発していますね。
あれを擁護するなら、特定の呪文に反応するのかもしれないという説を挙げます。
浮遊呪文はどう見てもヤベェ代物ですが、発光呪文は木製のニューラライザーかライトセイバーとでも言い訳出来そうですし。
そういえば、食事をして30分以内に歯を磨くのは厳禁というのは、酸味の強いものを食べてから30分以内はNGという話の様ですね。食後の30分くらい、その食べ物の味に浸るのもいいんじゃないですかね。二郎食べた直後歯磨きとか、芳醇なニンニクと脂の香りと歯磨き粉のミント香りのせめぎ合い。考えるだけで吐きそうじゃないですか。