ホグワーツと月花の狩人   作:榧澤卯月

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鼠を駆除するために家畜化された動物
過去のヤーナムでは、その多くが死血を得て肥大化した鼠に駆逐されたが
僅かに生き残った猫は、狂人達が求めて止まなかった万物についての究極の疑問の答えを得たという
求める者よ、猫と和解せよ





 ハロウィンがやってきた。元々ヤーナムにハロウィンを特別視する習慣はなく、ホグワーツにしても昨年の事件のせいでそう愉快な気分になれるものではない。それはそれとして甘味は素晴らしい出来で、厨房に感謝を伝えるとさらに大量の菓子を渡された。

 ケントが教えたという日本文化は既に反映されていて、南瓜を模したネリキリとかいう菓子が可愛らしく、味も好ましかった。その菓子は季節に応じて形を変え、春であれば桜、夏には向日葵といった具合らしい。ヤマムラ家からコンペートーなる砂糖菓子を貰った事はあるが、ネリキリは初めてだった。

 屋敷妖精が言うには、ドイツ料理の幾つかもヤーナム人が持ち込んだという話で、その名を訊けば、確かに遠く歳の離れた兄の名だった。ドイツではダームストラングに通う者が大半である。ドイツ系であるカインハースト、その所領であるヤーナムから伝わるまでは、ドイツ料理と言えばキャベツの酢漬けとソーセージだったのだろう。

 生徒から感想や要望が来る事は珍しいらしく、あってもアレルゲンフリーの除去食申請者が大半であるから、生徒が純粋に食を求めて訪ねて来るのは楽しみであるらしい。ウィーズリー家の双子も何故かここを知っているらしく、同じ様に突然やってきて菓子パンや軽食を受け取っていくという。クィディッチにしても、懲罰対象者にしても、学内でその名を聞かないところはないと感心した。

 

「で? まだ食べるつもり?」

「太らないからな」

「糖尿になっても知らないからね」

 

 ダフネが呆れながら言うが、屋敷妖精達が満面の笑みを浮かべて差し出してきたのだ、それを受け取らないわけにもいかない。盆いっぱいに並ぶ南瓜色のパイやケーキやマカロンを、落とさない様に慎重に廊下を進む。

 従者を自称するケントこそこの盆を持つべきであろうが、厨房から広間に戻る頃には誰も居なかった。

 

「おっと、急に止まってくれるな。落としたらどうする」

「お菓子ばかり見ないで、ちゃんと前を向いて歩きなさいな。それより、見て?」

 

 パンジーの指し示す方に、人だかりが出来ていた。地下牢とは逆方向、上階に続く階段で立ち止まり、何かを見上げている。

 最後尾にいる者に何だと訊けば、何も分からないが皆が居るからと言い、状況が全く分からない。反響音から、フィルチ管理人が怒鳴っている事は分かるが、「私の――!」「お前が――!」などと、内容はよく分からない。子音がよく聞き取れないが、推測するに「私の帽子」「お前が病気にした」と聞こえる。性病か何かの隠語かだろうか。

 

「なんだろ」

「どうせろくでもないことだろう」

「気になるけど、野次馬は品がないわね」

「ドラコあたりが教えてくれるよ。行こ」

 

 ミリセントが遠回しにマルフォイを馬鹿にしたことにパンジーは気付いていないらしい。

 管理人が生徒に怒鳴っているのはさして珍しくもなく、ハロウィンの宴で羽目を外した生徒が何かをやらかした程度の事だろう。そう思って階段を下り始めて、甘い菓子の香りに異質な臭いが混じったのに気付く。

 

「血だ。血の匂いだ」

「え?」

「多分上の騒ぎは流血沙汰だな。それも結構な量だ。殴られて鼻を折ったとか、鉄柵で肌を切ったとか、そんなものじゃない。おそらくバケツ程はあるな……巨人でも無ければ致死量を超えている」

「人が集まるのも当然ね」

「ちょっと見てくる。菓子は私とダフネの部屋に置いてくれ。マルフォイの下男に食べられては困る」

「はいはい、行ってらっしゃい。お茶淹れておくからね」

 

 盆をダフネに渡し、階段を上がる。1段上がるごとに、その香りは濃厚になる。

 生徒の間をすり抜けながら3階まで上がると、ハーマイオニーとポッター、ウィーズリーに詰め寄る管理人と、その騒ぎを眺めている狩人達が居た。

 

「また君か。ゴーストの集会ももうお開きといった所かな」

 

 数日前、ハーマイオニーから「絶命日パーティーって出席したことある?」と誇らしげに聞かされた。生者の為の饗宴では無いのだから行ったところで後悔するだけだろうと思ったが、溢れんばかりの知的好奇心と僅かながらの優越感を滲ませる彼女に何も告げられる言葉は無かった。

 

「マリア! ええそうなの。それで、えーと……成り行きでここに来たら、こんなものが」

「成り行き! 成り行きでお前達は私の猫を殺したのか! 殺してやる……殺してやるぞハリー・ポッター!」

 

 管理人がポッターの胸倉を掴んで叫ぶが、ヘルマンがその襟首を掴んで引き離した。管理人は脚をもたらせて倒れ、濡れている床に尻を着く。

 

「お兄様、どういう事です?」

「分からん。血の匂いと怒鳴り声がするから来てみれば、グレンジャー嬢とお仲間達が管理人に詰問されていてな。見ろ」

 

 お兄様が指し示した方を見上げると、「秘密の部屋は開かれたり。継承者の敵よ、気を付けよ」との文が、血で記されていた。むせかえる程の血の匂いの源はこれだろう。

 その脇の松明には、管理人の愛猫が尻尾を絡ませてぶら下がっている。成程、先程聞こえた管理人の怒声は「私の猫」「お前が殺した」だったか。

 

「継承者……何のことか分かりますか?」

「いや、さっぱりだ。知識を継承するという意味なら、学生全てが対象となるが……ならば猫を襲う意味も分からん」

「謎解きはともかく、猫が可哀想でしょう。おろしてやりましょう」

「触るな! 殺したんだ……お前達が殺したんだ……っ! これ以上あの子を痛めつけるな!」

 

 血走った眼で睨まれたので、両手を上げて猫から離れる。殺したも何も、ここに来たばかりの者に何を言っているのかという気はするが、それだけ気が動転しているのだろう。

 

「というわけだ」

 

 お兄様は面倒臭いという心情を隠すことなく表していた。

 

「はい。わかりました。この血文字、ヒトではありませんね。揮発しているのか分かりませんが、遺志が余りにも少ない」

「そうだな。ヘルマン、何か分かるか?」

「見た以上の事は何も。ドロテアは?」

「猫ちゃんかわいそって事くらい」

「ただの感想じゃないか」

「違うよー。猿じゃないんだから、体重を支えられる様な尻尾はしてないでしょって。だから身体がカチンコチンなんでしょ」

「なるほど。イングリットは?」

「秘密の部屋なんていつも開いているでしょうに、と」

 

 昨年のトロール侵入事件から、あのトイレは秘密の部屋と呼ばれている。

 復旧されてなお、大半の学徒にとってトロールがそこで殺されたという衝撃はそこで用を足す気を削ぎ、密談をするにはうってつけという事もあって、秘密の部屋と呼ばれる様になっていた。

 

「ケントは?」

「トイレの継承者って、何を継承するのでしょうね?」

「……下衆で卑猥なことしか思いつかないので、俺はノーコメントで」

「否定したいけど僕も同じく」

「あのさぁ」

 

 管理人が怒鳴り散らしているのをよそに、狩人は至極平静である。何か動物が死んだことは間違いないが、人が殺されたわけでもなく、獣に関わる様な狂気もない。狩人としての役割であれば、先日のピクシー駆除の方が余程適している。

 男性陣のふざけた回答に呆れた視線を投げるドロテア。お兄様に何事かを耳打ちされたヘルマンは溜息を吐いて応えた。

 

「情報が少なすぎるが、少し考えてみようか。大抵、こういった謎めいた犯罪予告というのは、実際は犯罪そのものを目的とはしていない。承認欲求、特に自己顕示欲の表れだ。目立ちたい、自分に注目してほしい、自分の価値を認めてほしい。だから、犯罪を起こすことで、多くの人が自分に関心を寄せている状態を楽しむんだ」

「怨恨とか脅迫の場合だってあるんじゃないの? 後は、テキトーな事書いて捜査の攪乱?」

「それらも考えたが、この文章からはそれが感じられない。例えば、『裁かぬ神に代わり不義に鉄槌を下す』とか『キングスクロスを爆破されたくなければ、1千万ポンド用意しろ』とか。

 捜査の攪乱についてはまだ断定出来ないな。既に何かが起きているのか、これから何かを起こすのか分からないから」

「猫とは関係ないのかしら。こうやって明らかに普通ではない形で見せつけるなんて、何かの意図が在りそうなものだけれど」

「妖怪猫吊るし……日本にそんなものはありませんが……猫に纏わる怪異……ああ、ケット・シーとすれば読めますね。猫の王の継承権争いじゃないですか。猫……副校長でしょうか。校長が近く退任するとして、後任は副校長でしょうから、それに反発する派閥の決起声明だとか? 昨年度の事件から未だ半年も経っていませんから、幹部人事が今まで動かなかっただけで、実は校長の退任は決定している、なんてこともありそうです。犯罪者を教員にしていただなんて引責辞任ものですし。秘密の部屋はシャドウ・キャビネットの事でしょうか」

「わしはまだまだ退任するつもりはないのう。生涯現役じゃ」

 

 生徒達を掻き分け、校長と教員がやってきた。何故か笑顔のロックハート、若干機嫌の悪そうな副校長、非常に機嫌の悪そうなスネイプ寮監。特に副校長はケントを凝視していた。

 

「……ふむ。何故諸君がここに居るのかね?」

 

 松明にぶら下がっている猫を一瞥し、寮監はこちらに視線を動かした。

 

「あたしは野次馬です」

「僕はその付き添いです」

「先輩に連れられて、ですね」

「騒がしかったものですから」

「私は血の匂いがしたので」

「つまり、騒動が起きていて血の匂いがするため、先日のピクシーと同様かと思い、まかり越したというわけです」

 

 それぞれが雑に並べた理由をお兄様が統合する。

 

「気は済んだかね」

「今分かる範囲では。少なくとも、ミスター・ポッターがこれをしたのではないだろうこと以外、何も分からないという事が分かりました」

 

 悪びれもせず、ヘルマンは肩を竦める。

 

「ほう? 日常の苛立ちを猫で憂さ晴らししたのではないと何故言えるのかね。ミスター・ウィーズリーと共に凱旋飛行したことも、無関係ではないと吾輩は思うのだが」

「分かっていらっしゃるでしょうに、寮監も人が悪い。実際の動機も経緯も知りませんが、ロンドン上空を飛行したことは自己顕示欲に起因すると推測することもできます。ですが、それで罰則を受けてなお、犯罪行為で自らの名を知らしめようなどと思うでしょうか」

「アレは違う! 急にキングスクロス駅のプラットフォームに入れなくなったんだ!」

「そうですか。事実であれば英国魔法界を揺るがす大問題ですね。もしかしたら、壁を壊せば白骨化した失踪者が見つかるかもしれません。魔法省のそういった発表は寡聞にして知りませんが。あるいは君達が急に魔力を失ったのでしょうか。魔法器系が完全に機能しなくなるなんて、聖マンゴで検査を受けるべきでは?」

 

 ウィーズリーが吠えるが、ヘルマンはにべもなく言葉を返す。馬鹿にした様に、実際馬鹿にしているのだろう大きな溜息を吐き、眼鏡の掃除を始めだした。

 

「ひとまずプラットフォームの秘匿機能不全が事実であると仮定しましょう。では、何故その場で待たなかったのです? ミスター・ウィーズリーの保護者はいつまでも入構しない君達を探していたでしょうし、生徒の保護者達は9と3/4番線に住んでいるわけでもありません。その場に居れば、戻ってきた魔法族の誰かしらを頼ることも出来たでしょう。

 と、こういったわけで、彼にしても彼の友人にしても頭が悪い。頭が悪いという事は、出来る事も限られます。猫にしても血文字にしても、彼らが何ら痕跡を残さずにこれを為すという事は不可能でしょう。血は未だ乾いていません。どうやって血を運んだのか、どうやって塗り付けたのか、どうやってそれらを処分したのか。幾つか方法は提示できますが、聞き及ぶ彼らの学力で破綻なく行える方法はありません」

 

 血文字に関して言えばハーマイオニーは可能だろうが、藪蛇だろう。彼女は先程、ここでは説明できない何かがあると言外に示唆していた。それを分かっているからこそ、ヘルマンはハーマイオニーの名を出さなかったのだろう。

 

「さっきからベラベラと! こいつらがやったんじゃないと言うなら、お前だ! お前がやったんだろう! だからそうやって誤魔化しているんだろう!」

「ご冗談を。僕がやったのなら、ミスター・ポッターにかけられた疑いはそのままにしていた方がいい。それに、僕であればより効果的な方法で、より凄惨にハロウィンパーティーをぶち壊しにしますよ。この程度を僕のせいにする? 馬鹿にしているにも程がある。クリスマスにトナカイのBBQ大会を開催しようとウィーズリーズに誘われた事の方がまだ理解できる」

 

 野次馬の中から「「ヘイ、パイセン! 今年こそやるかい?」」と声が聞こえたが、ヘルマンは無反応だった。たとえ話では無かったらしい。彼らとこの皮肉屋とにそんな友好的な関係が生み出された経緯は全く分からない。

 ヤーナム人であればBBQと聞くと思い浮かべるのはあの獣狩りの夜の陰惨なキャンプファイヤー、あるいは生きながら火炎瓶に焼かれる罹患者達の姿である。そのせいか、豚肉の串焼き等はヤーナムで最も狂気的な食物とされている。

 聖杯は過去の記憶の再現装置とはいえ、力及ばずお母様の幻像を豚の贄としてしまった狩人もいる。あるいは、オドン教会まで同行する道中でお母様が豚の肛門から臓腑を引きずり出す様を見た者もいるという。また、トゥメルの聖杯で堆く積まれた豚の遺骸と、そこから生じる蛆と腐臭は酸鼻を極める。いずれにせよ、ボーンの血を引く者であるなしに関わらず、ヤーナム人は豚肉が嫌いである。

 聖杯の中では馬も同様に惨たらしい遺骸を見かけるが、何故か禁域の森の馬の遺骸では「素晴らしき美味」「食事の時間だ」「レバーの病だ」「ああ、協力者よ!」などといった手記が多く残されている。ドロテアの言った通り、馬をよく用いていたヤーナム人の舌に馬肉は馴染み深いものだったのかもしれない。

 

「もうよいじゃろう。アーガス、一緒に来なさい。ポッター君、ウィーズリー君、グレンジャーさん。君達も来るのじゃ」

「ダンブルドア校長、私の部屋が一番近い――直ぐ上です――どうぞご自由に――」

「ありがとう、ギルデロイ」

 

 校長が猫を抱えると、喜色満面のロックハートが校長に並び、何かよく分からない妄言を垂れ流している。管理人、ハーマイオニー達がそれに続いた。副校長は寮に戻って休めと生徒達を散らした。

 

「僕らは無罪放免ですか?」

 

 しばらく壁を眺めていた寮監にヘルマンが尋ねると、寮監が振り返った。その表情は苛立っている様に思えるが、ヘルマンに向けられたものではない様だった。

 

「後で痛くもない腹を探られるのは御免ですよ」

「所見を述べたまえ」

「動機は自己顕示欲に類する何かでしょう。類するというのは、文言にせよ状況にせよ、自己顕示欲と断定するには要素が薄いためですが」

「続けたまえ」

「単なる加害目的であれば、より狙いやすい獲物から始めますし、この様な犯行声明は行わない。

 動物虐待の多くは、自身が受けている虐待を転嫁することで解決しようとする代償行為、あるいは他者を加害することで性的興奮を覚えるといった精神病質によります。単なる加害欲求であれば、例えば鳥かごの中の梟、学生のペット、それが激化していって、学生を襲う様になる。

 他寮生に呪詛を投げつける事が常態化している生徒もいますが、それは復讐や自寮の為だとか言って自らを正当化した場合か、自身の優越性の示威でしょうか。

 ただ、管理人に恨みを持つ生徒は多くいるでしょうが、これ程の呪詛を行う生徒ならばあの管理人程度に見咎められる様な間抜けではないでしょうし、示威行為は他者の目が存在する場合に於いて意味を持ちます。人知れず猫を虐げてやった等と吹聴したところで弱者を足蹴にするカスとしか思われませんからね。つまり、リンチをするなら大勢の前で、という事です。

……寮監、何か?」

「構わん」

 

 寮監の表情は酷く苦々し気であり、構わんという言葉とは乖離していたが、ヘルマンは促されるがままに言葉を紡いだ。

 

「動物虐待及び加害を目的としていなかった場合、猫を強力な呪詛で石化した事は、こうした文言を残したことも合わせ、何らかの意図を表したものだと考えられます。

 そもそも、違法行為をするのであれば、自らの痕跡を敢えて残すという事は愚の骨頂です。にもかかわらず、痕跡をこうも大々的に残すのは、自身の存在を知らしめたいが為。こんな事が出来る自分は素晴らしい、素晴らしい自分を見てくれ、そう言っているようなものです。故に、承認欲求、特に自己顕示欲の発露と。

 ……あの、寮監? 具合が悪いのであれば、日を改めて研究室に伺いますが?」

「構わんと言っただろう! 続けたまえ! 諸君がこうやって余計な事に首を突っ込んだ以上、吾輩は諸君の潔白を校長に進言しなければならん! ピクシーを惨殺した件で諸君の立場が悪くなっていることが分からんか!」

「余計な事と言うのは否定できませんが、立場が悪い? 成程、校長とは頭が悪くとも出来る職業なのですね。どう考えても、生徒の安全性を確保できない授業を行う教員とそれを任用した責任者の方が悪いでしょうに。

 続けますが……犯人の動機は自己顕示欲としましたが、それにしては、余りにも犯人に繋がる情報が無い。

 自己顕示欲を充足するための犯罪は、意味のないパズルや言葉遊びはしない。かといって、特定されたら破滅するわけですから、その葛藤として、何かに擬えた偽名や、自分の名前のアナグラムを用いるものです。そうして、他人が自分に興味を持っている状況を楽しむわけです。もっとも、その自ら創りあげた偶像に陶酔して、それになりきってしまうという倒錯もあり得ますが。

 ……ドロテア、何か飲み物を持って来てくれ。寮監のお加減かご機嫌が非常によろしくない。

 本件に照らしてみれば、秘密の部屋だとか、継承者だとか、何かを臭わす文言はありますが、決定的ではない。

 まず、答えに行き着かないという結論を前提にお話しします。

 何故今日なのか、から考えてみました。ハロウィンパーティーという年に一度の催事。ですが、文言は全くハロウィンに触れていない。例えば、ケルト人にとって、ハロウィンは父祖の霊との交わりを意味し、それと共にやってくる悪霊に触れないように、魔術的な防御として蕪で作った仮面を纏った。

 この学校で行われている、南瓜料理と南瓜菓子を食べて音楽を聴くなんて、ケルト文化の継承者にとっては文化、即ち精神の冒涜でしかない。ですから、生徒を含む学校関係者全員が継承者の敵で、ハロウィンの雰囲気を壊すためにケルト人がこれをしたというなら、一応の道理は通ります。しかし、猫とこの場所という要素がハロウィンと繋がらない。

 ケントの言うケット・シーは確かにアイルランドの伝承ではありますが、ケルト文化ともハロウィンとも関係がない。それに、ハロウィンムードをぶち壊したいなら、広間の目立つ場所に書けばいい。ハロウィンパーティーに参加するのは基本的に全校生徒です。やるならここを通る特定の寮だけではなく、全校生徒が暗澹となる様な場所に書くべきだ。僕ならパーティー開催中の広間の壁や、その食卓に並ぶ皿に血文字が突然描かれる様にしますよ。

 ではハロウィンは何らかの偶然の一致で、犯人にとっては大した意味がないとします。ハロウィンそのものではなく、今日という日、3階という場所、水浸しの床、秘密の部屋という文言、それを結び付けるとしたら、昨年の今日、マリアがトロールを殺した日です。これならば筋が通る。

 ……マリアにはトロール・イーター、緋色の淑女、血塗れ女帝といった二つ名が有る」

「止めろ、名乗った覚えはない」

 

 好き好んでそんな名で呼ばれているわけではない。では教員であればあの時どうしたのかと考えたとして、やはりトロールを殺害する他なかっただろう。流血の有無はあっただろうが、結局は為すべき役割を代わりに為したというだけの話であり、恐怖や暴力の象徴として扱われる事は甚だ不本意である。

 

「緋色の淑女は鷲寮の灰色の淑女をもじったもの、血塗れ女帝は蛇寮の血みどろ男爵をもじったもの。そして、トロール・イーターはデス・イーターをもじったものだ。ここで新しい要素を加える。トロール・イーターはクィレル・クィリナスを殺害することで、闇の帝王を打ち破った。とするならば?」

「まぁ、闇の帝王の継承者、それに敵対する者は私ということになるか。3階の廊下といっても、秘密の部屋はこの棟ではないから、継承者は去年の出来事には詳しくはない……つまり、新入生とも推測出来るな」

「そうだ。それで、猫の要素は何だと思う?」

 

 猫から連想されるもの……副校長。4つ足。ヒゲ。耳。日光浴。欠伸。かわいい。尻尾。ミルク。魚。湖……違う、飛躍し過ぎか。眼。鳴き声。気儘。かわいい。爪。牙。獲物。狩猟。捕食者。脊椎動物。ネコ科。

 

「ああ成程、猫を獅子に見立てたのか。つまり、継承者とは獅子に敵対する……おそらくは蛇寮の者で、かつ1年生。その正体は死喰い人の意志を継ぐ者と。で、つまりこれは私に対する犯罪予告だと。

 ふぅん、殺そ」

「と、マリアを揶揄うのはここまでとして、結局最後の欠片が合わない。『継承者の敵よ、気を付けよ』とは、どういう事か。継承者が死喰い人として、何故警告するのか。わざわざ闇の帝王を示唆しておきながら、警告にとどめる意味が分からない。『赦しを乞うて死ね』とか『死を以って贖え』とか、怨恨を感じさせる文言ではない。そうなると、わざわざこんな事をするほどの熱量と、その表現方法に整合性がなくなる。

 それに、そもそも死喰い人であれば、恨むのはマリアではなく、ポッターです」

 

 解き明かす様で揶揄われていた。ヘルマンの脛を蹴り飛ばしてから問う。

 

「ポッター? 先程の猫の話と合わないだろう」

「ポッターを継承者の敵として、猫はポッターの所属する獅子寮の象徴として置いたとすれば道理は通る。むしろ自分が蛇寮生である象徴とするよりも合理的だ。

 しかし、ポッターは昨年のハロウィンの件に限って言えば、関係者ではあれ当事者ではない。とすると、何故学校なのか、何故3階か、水との関わりは何か、何故殺害予告ではなく警告なのか、これらの要素がポッターと結びつかない。

 それに、僕が死喰い人であって、本気で彼を殺害するつもりであれば、昼食時の広間で嬲りながら命乞いをさせて始末しますよ。闇の帝王を打ち破った英雄を公衆の面前で無様に殺す、死喰い人の本懐でしょう。犯行時には必ず徴を打ち上げる連中です。それだけある種の儀式に拘りのある犯罪者集団が、自らの存在を秘匿しながら犯行に及ぶとも思えません。つまり、この落書きは死喰い人によるものではないと言えます。

 死喰い人ではなく、単にポッター……いえ、それが何を対象とするかは特定しないとしても、犯人がどの様な者であれ、加害が目的であればわざわざ殺害目標も教職員も警戒させる様な真似はしないでしょう。よって、加害が目的ではなく、加害する事によって自己顕示欲を充足するものと思われますが、前述した通り、ここに在る要素は余りにも茫洋としている。ここで論理が破綻する。

 かといってただの悪質なお遊びとするには、実際に動物の血を使う辺り手も込んでいる上に、寓意に富み過ぎる。

 なので、結局のところこれが誰によるもので、誰に宛てたものなのかも分かりません。しかしながら高度な呪詛、証拠の隠蔽方法から、ポッターではないと」

 

 ヘルマンは長々と喋り続けた後、長々と喋っている間にドロテアが厨房から持ってきた林檎酒を一息に飲み干した。寮監は杯を受け取るが、口は付けずにヘルマンを思案顔で眺め続けた。

 

「それで? 諸君が犯人ではないとする論拠は?」

「ありませんよ、そんなもの。むしろ、猫が死んでおらず呪われているだけと僕らが判定していたからこそ、校長も寮監も疑っているのでしょう? 犯人以外に何故知っているのかと」

「……何故分かったのかね? 疑っていることも、呪詛のことも」

「疑っていることについては、寮監がポッターの聴取に行かず、ここにいらっしゃるという事が何よりの状況証拠です。あの教師とは名ばかりの無能が何故ここに来たのかは知りませんが、寮監が私室から遠いこの廊下にいらっしゃったのは、校長が招集したからでしょう。しかし、ポッターからの聴取を差し置いて、校長がここに寮監を残したのは、ここに僕らが居たからです。

 猫の状態については、狩人の魔術ですね。開示出来る情報としては、僕らは死血……死んだ魔法生物の血液から魔力を感じ取る事が出来ると言えば理解して頂けるでしょうか。あの猫は管理人と意思疎通し、自主的に学徒を監視していますから、只の猫ではないでしょう。ですが、あの猫からは死血を感じ取れなかった。故に生きていると判断したまでです。管理人があれほど興奮していましたから誤認を否定することはしませんでしたが、校長が説明するのでしょう?

 と、いうわけです。校長には、僕らが潔白を証明することは出来ませんので、疑うのはどうぞご自由に、罰するならば挙証をとお伝えください」

 

 寮監は長い溜息を吐いた。これだけ話に付き合わされて、何一つ収穫がないばかりか、校長の思惑すら見抜かれていたのだ。それを報告する立場にしてみれば、徒労感はひとしおだろう。

 

「ツァイス。君の推理は実に面白いものだった。完全に前提が狂っているという点がね」

「どういう事ですか?」

「秘密の部屋とは、生徒諸君が考えている様な手洗場の異称ではない。ポッターを庇うのであれば、もう少しまともな話をでっち上げたまえ」

「お見通しですか。まぁ、犯人は僕らや連行された彼らの中にも居ないでしょう。見物に来た生徒達の中に居るはずです。放火魔が燃え盛る建物を眺める様に、自身の成果物が周囲からどう評価されるか、気になって仕方ないはずですから」

 

 寮監は林檎酒を飲み干し、その杯をヘルマンに押し付けてから廊下を去った。

 

「ご苦労だった、ツァイス教授」

「僕がハンニバル・レクターなら犯人はとっくに自殺してますよ。いくらポッターが可哀想だからと、即興であんな与太話考えさせられる身にもなってください。オッカムの剃刀は刃こぼれしすぎてもう鋸になってますよ」

 

 お姉様がヘルマンを労い、空になったヘルマンの杯に杖を振り、再び酒で満たした。ドロテアは「飲み過ぎでしょ」と叱るが、ヘルマンは「明日は日曜だ」と言い返す。

 

「ケント、途中からだから経緯が分からないんだが」

「ああ……マルフォイ先輩が、ポッター先輩を継承者の敵だと言っているのに、周りは管理人の妄言を信じていたんですよ。あの場で誰かを疑ったところで、答えなんて出るはずもないのに。それでディルク様がヘルマンに擁護する様命じたんです。人を馬鹿呼ばわりして同時に擁護する論法は初めて見ましたよ」

「そうか」

「あの様子だとマルフォイは秘密の部屋が何であるか知っているな。彼の性格と技量からして彼は犯人ではないだろうが」

 

 壁の血文字に手を伸ばしながら、お兄様が言う。長躯のお兄様でさえ届かない位置に書かれているのだから、浮遊術か脚立を使ったのだろう。

 

「様子が尋常ではなかったのはハーマイオニーもです。ポッターやウィーズリーがこれをやったとも分かりませんが、ここに居た理由は何か後ろ暗い理由があるのでしょう」

「だろうな。校長がポッター達に出来る事ではないと知りながら、彼らを連れて行った理由はそこだろう。開心術か真実薬を投与するつもりだろうな」

「これで結局、ポッター達は校長に連行されたと生徒達から認識される。僕の弁舌もまさしく徒労というわけさ。ま、寮監もありがたい助言をくれたわけだし、その辺りから調べてみようか」

 

 寮監が去った後も手掛かりを求めて付近を調べたが、何も新しい知見は得られなかった。これがヒトの血ではない以上、狩人として緊急の事態ではない。継承者の敵が猫だとするならば、なおの事狩人が立ち入るべきものでもない。ヘルマンがほろ酔いとなった辺りで撤収することとなった。

 

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