ホグワーツと月花の狩人   作:榧澤卯月

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バジリスク

雄鶏が産み、蟇蛙が温めた卵から生まれる蛇の王
その毒と視線はあらゆる生命を死に至らしめる
狩人にとっても恐るべき生物であるが、まことに恐れるべきはこれを生み出した狂人だ
産まれぬはずのものから生み出すという矛盾は、上位者を求めた熱狂と近しいものだ



バジリスク

 結局、ポッターがスニッチを掴んだとしても圧倒的な得点差は変わらず、醜聞をまき散らす実況者を叩き伏せ、その上で獅子寮にも勝利した事から、祝勝の宴は盛大に行われた。

 最終的な差は30点だった。お姉様によれば、あまりにブラッジャーの挙動がおかしい為、身に覚えがないとはいえ気が引けたからだという。言われてみれば、頻繁にクアッフルのパス回しをしていたことを視界の端で捉えていた。

 キャプテンにとっては理想とする明確な勝利とは程遠いものであったため、「たかが1勝に一々浮かれてんじゃねーぞ」と不機嫌だった。

 

「ドロテアとの連携攻撃見てたよ! 凄かったね」

 

 ダフネからの賞賛に喜びは湧くが、返せるものは苦笑しか無い。

 

「いや、誇れる様なものは何も無い。思いついたのはドロテアだし……結局勝利には貢献していないからな。マルフォイにも言われたよ。シーカーを守れなかっただろうと」

「それただの負け惜しみでしょ。雨が酷かったからよく分からなかったけど、自分の後ろにあったスニッチに気づかなかった方が悪いんじゃないの?」

「よせミリセント。パンジーに聞かれるぞ」

 

 マルフォイ贔屓のパンジーは、マルフォイに酌をしていた。度数の低いものだろうが、既に何杯も呷っており、マルフォイの耳は赤くなっていた。

 生死を賭ける狩りに比べればどうという事はないとはいえ、やはり運動後の食事は心に沁みる。お兄様は鴨のハムとチーズを肴にワインを楽しんでいたが、「伝統的なマリアージュとして正しくはありますが、チーズの脂肪分は味覚をボカすのでワインには本来向きませんよ」と薀蓄を垂れるヘルマンの頭を小突いていた。ケントは緑茶を啜り、お姉様とドロテアは蜂蜜酒を舐める様に呑んでいた。

 

「マリア、寮監が呼んでる。他の同郷の子も呼べって」

 

 後ろからファーレイ監督生に声をかけられ、談話室の入口に目を向けると、騒がしい室内に心底嫌気がするといった表情でこちらを見ている寮監が居た。

 

「何だろ」

「心当たりはないな。クィディッチの件でこんな深夜に寮監が動くとも思えない」

「だろうね。「どうやらミスター・ポッターはブラッジャーに頭を打たれて宿題という言葉を忘れたらしい。グリフィンドール20点減点」とか言ってそうだし」

「ミリセント、寮監の真似ならお兄様が得意だ。今度拝聴するといい。では行ってくる」

 

 言葉通り、狩人に声をかけて寮監の下に向かうと、寮監は声も無く扉を開けて出ていった。

 そのまま無言で寮監の背を追うと、連れられたのは薬学の教室だった。最後に入室したケントが扉を閉じると同時に、寮監が口を開いた。

 

「コリン・クリービー。グリフィンドールの1年生。両親はマグル。先日の猫と同様の状態で、階段付近に倒れているところを1時間前に発見された。どう思うかね」

 

 寮監の声は、密やかでありながら教室に響いた。

 クリービーはポッターの信奉者、パパラッチ、ストーカー、どの呼称が正しいかはともかくとして、ポッターの関係者と言える者ではある。少なくとも、先日襲われた猫よりは関連がある。秘密の部屋とは校長が用意したポッターの冒険譚であるとすれば、まだクリービーの方が適切だろう。

 しかし、校長は狂っているが、流石に教え子を直接手に掛けてまでその様な策謀を実行する程ではないだろう。これは備えられた冒険ではなく、現実の脅威なのだと、認識を切り替えた。

 

「情報が少な過ぎてなんとも。秘密の部屋の伝説は知りましたが、それだけです。寮監が我々を疑っていて、犯人しか知り得ない事を漏らすのを期待しているとすれば、推測を口にするのは憚られます。推測が理に適っていればいるほど、我らへの疑いは濃くなるでしょうから」

「校長の思惑は吾輩の及ぶところではない。クリービーに関して、一教員として吾輩が知っている事は諸君に全て伝えた」

「……この聴取は校長から指示されたものか、あるいは寮監個人の意思に因るものでしょうか」

 

 お兄様は常に不遜な態度をとっているわけではなく、ヤーナムとしての立場を求められる場合はそれに応じて慎重になる。つまりこれはそういう場なのだ。

 

「どちらでもあると言える。校長は必要性を仄めかしていらっしゃったが、吾輩としても怪物とあらば諸君に話を聞くことは有効だと思う」

「ならばヤーナムに連絡を。我らに専門家としての知見を求めるならば筋を通して頂かなければ。加えて、狩人として申し上げるならば、ただの怪物であれば専門外です。我らは害獣駆除業者ではない。単に慣れているだけであって、魔法生物に知悉しているわけではありません。単なる学徒の一人として申し上げるならば、即座にホグワーツを一時閉鎖し、魔法省か専門家を投入するべきです。もっとも、魔法省に連絡したところで幾つかの仲介者を経てヤーナムに出動要請が入るだけでしょうが」

「校長は休校をお望みではない。魔法省の介入もだ。理由は伺っていないが、ここにしか居場所がない者もいるといったところだろう。特に、ポッターの様に」

 

 寮監の言葉を反芻する。つまり、校長は何ら対策を講じ得ず、学徒に危害が及んだ今になってさえ、現状維持を続けるつもりか。それは緩やかな破綻である。

 校長の余りの狂気にお兄様が言葉を失っていると、ヘルマンが口を開いた。

 

「僕たちは校長の策謀を疑っていました。今年度のポッター英雄化計画だろうと。ところが、こうして生徒から実際に被害者が出たためにそれは違うと思いました。しかし、その後の対応からはやはり何かの筋書きがあると考えざるを得ません。

 運営者が何ら解決に向けた行動を起こせないのに、生徒を留め置き、外部への協力を拒む? 脅威を統御しているとしか思えない方針ではないですか。そうでないのならばますます校長の正気を疑う。僕らの必要性を仄めかしたなど、単に我々が校長にとって都合の悪い行動をしない様に監視したいという意図にしか聞こえなくなったのですが。

 寮監。誠実にお答え頂きたいのですが、これはポッターに纏わる校長の計画ですか?」

「尋常ではない。諸君がそう思っている以上に、より近しい者がそう思っていると察して頂きたいものですな。

 ポッターについては知らん。確かに校長はポッターに対し特別の興味を持っている事は明らかだが、少なくとも今年の学校運営に何ら連絡はない。

 人事についてでさえもだ。あのような無能を教員として迎え入れれば、同僚となる吾輩の品位も損なわれる。一教員として学徒たる諸君に伝えるならば、あんな馬鹿げた男に学ぶより、薬学を究める方が余程闇の魔術への防衛には役立つこととなるだろう」

「まぁあんなので給料もらってるなんて先生の仕事ぶり馬鹿にしてる話ですよね。ご愁傷様です」

「ミス・グリム。吾輩を労うならもう少し真面目に講義を受けるという発想はないのかね」

「期末試験で真面目さは出ていると思いますけど? 同学年上位5人くらいには入ってますよね? あたし達だけ設問は違うし採点も厳しくなってんのおかしくないですか」

「君とミス・ボーンが同率3位だ。教科書に書かれている程度の事しか記述しないなど君達の実力からすれば怠慢という他あるまい」

「妹達の成績はともかく、この件に俺達に何かを期待するのは止めて頂きたい。学生という枠組みの中で出来ることは限られている。ヤーナムを通した正式な依頼であれば当然尽力しよう。だが、俺達の取り組みがどうあれ周りの学徒は一度疎開させるべきだ。マンドレイクの治療薬があるとしても、別段それは校内に留まらせる理由になるものではない。聖マンゴでも治療は可能だろうし、次の事件の予防と考えれば当然だろう」

 

 ランプの芯がじりと音を立てたきり、静寂が教室を包む。

 お兄様が語調を荒げて放った言葉が全てである。獣狩りも害獣駆除も、要人救出作戦ではない。狩場に狩人以外の者がいるというだけで、その行動は著しく制限される。それは獣と化したクィレルと対峙した時にポッターが寝転がっていたことで強く実感した。

 

「では個人的な依頼であればどうかね。吾輩の助手として相応の給金も出そう」

「……何故そこまで? 失礼を承知で申し上げますが、教授はこの様な事にそれ程の関心を寄せる方ではないと過去6年間の学生生活から考えておりますが」

「吾輩はこの学び舎の卒業生だ。決して……決して楽しい学生生活ではなかったが、その間に少なからぬ友誼を交わした者も居る。その子供が通っていれば、それを守ろうとするのはおかしなことではあるまい?」

「だとしても、教え子にその解決を請うのは道義に悖るものでは? まずは為すべき者が為す、それが正道というものでしょう」

「無論、吾輩も吾輩の為すべきを為そう。とはいえ、言質を取った様で恐縮だが、学徒で在る前に狩人である、昨年君はそう言ったはずではなかったかね」

「ん……確かに都合よく学徒と狩人としての立場を切り替えるのは卑怯な物言いでした。改めましょう。俺としては後輩も妹達もおりますので、事態の解決に協力することはやぶさかではありません。目の前に怪物が現れれば武器も奮いましょう。

 しかし、やはりこの場で承諾は致しかねます。依頼主が誰であれ、前提として狩人の力を奮う事を要求されるのであれば、まずはヤーナムに確認をとらねば。俺から父に連絡をしておきますので、それで許可が下りれば寮監の助手に就きましょう」

「それでいい。感謝する」

 

 寮監は僅かに頷くと部屋を出ていった。

 

「ダメだ、揺さぶりも効かなかった」

「ああ、やっぱり演技でしたか」

 

 ヘルマンの応答から、お兄様のいきり立った態度は演技だったらしいことが分かる。全く気付かなかったのは妹として恥じ入るばかりだ。隣のケントも愕然としている。一方、お姉様が一言も口を開かないのは本気で苛立っているからだと分かる。右の中指が一定の律動で腿を打っていた。

 

「こんな魔力の多い土地で、子供とはいえ魔術師が集団で恐慌に陥る? 月を呼びかねない。ならば疎開させる他ないだろう。だが寮監が私人としてでも解決を依頼してくるとは予想出来なかった。現場責任者を突き上げて校長を動かそうと思ったが、まさかそこまで見抜いていたか?」

「うーん……どうでしょーね。あたしの軽口に反応してたし、校長に不満があるのは間違いないと思いますよ。ほんとに校長は動かないだろうなって寮監も諦めてたんじゃないかなと」

 

 どうやらドロテアもお兄様の演技を見抜いていた様だった。その澄み渡った瞳でヘルマンを見る事が出来れば彼の態度も幾らかは変わるだろうが、恋は盲目というものだろうか。

 

「嫌な信頼関係だな。君と寮監にしても、寮監と校長にしても」

 

 ヘルマンが苦笑とも嘲笑とも取れぬ笑みを浮かべているのに対し、お姉様は機嫌の悪さを隠さずにお兄様に向き直った。

 

「それで? お父様にはどの様に報告するのです?」

「暇な狩人を待機させる様にお願いしようと思う。あの様子だと父上から協力を提案しても校長は拒否するだろう。実際に月が顕現したら突入やむなしだな」

「お父様はお怒りでしょうね。今年もかって」

「帰りたくないな……だが年長者としての責任だ。仕方ないな。来年同じ様な事があったらヘルマン、貴公が行くんだぞ」

「嫌ですよ。ボーン家じゃないんだし。イングリットが順当でしょう」

「この流れでそれですか? こう、先輩らしいところ見せてくださいよ」

「さいてー」

 

 ケントとドロテアの攻撃にヘルマンは心底面倒臭そうな顔になり、俄然として眼鏡を拭き始めた。彼なりの苛立ちの表れだろうか。

 

「どう考えたって正論だろう。報告書は代筆してもいいけど、年長者である事とボーン家の事情は別だろう? ヤーナムに連絡するっていうなら、御当主様じゃなくてビルゲンワースに通すのが筋じゃないか。実態はともかくとして、街の意思決定はビルゲンワースとボーン家とカインハーストの合議だろう。黙っているけど、マリアはどうなんだい。イングリットはくすくす笑っているだけだし」

「私にも振るな。まぁ、連絡先についての抗議は分からないでもないが、後輩としてはやはりケントの言葉通りだ。

 ……ああそうだ、お兄様が言っていたな。妹モノが良いんだったか? よろしくね、お兄ちゃん」

「何を言ってるのか分からないけど、なんとなく事情は分かったよ。ディルク、ほんと貴方クソですね」

「言葉が悪いぞ?」

「ほんと貴方お排泄物ですね」

「よし」

「よしじゃないだろ反省しろよ」

 

 ジェラルドからの鉄拳制裁への恐怖がなくなったせいか、ヘルマンの態度は昨年と大きく異なる。これも新しい一年か。といっても、昨年と変わりないホグワーツの騒乱がすぐ傍に来ていることをじっとりと感じていた。

 新入生であるケントを見やると、目が合った。

 

「何か?」

「いや……お前が随分と順応している様に思えてな。学び舎の中で得体の知れぬ何かが学徒を手に掛けたんだ。その状況にしても、それをして何ら対策を取らない運営者にしても、異常という他ないだろう? それ故にお姉様は苛立っているわけだが、貴公は平常そのものなのが気になったのさ」

 

 ケントは幾度か目を瞬かせた後、口を開いた。

 

「まぁ、怪物だか継承者だか知りませんけれど、ボーン家に害を為すなら斬るだけですし。複雑に考えても結局は敵か味方かってところに落ち着くわけで、それはどこでも変わらないですから」

「達観してるな。ゼンとかいうやつか」

「全然違います」

「そうか。私を馬鹿にしてないか?」

「お戯れを」

 

 翌朝、結局狩人全員がヤーナムに帰り、ボーン家で朝食を摂りながらクリービーの件をお父様に報告することとなった。お父様はトーストにマーガリンを塗りながら「ふぅーん。ふぅぅぅぅぅん。うん、分かった」と目を虹色に光らせて激怒しながら、にこやかに寮監への協力とヤーナムからの支援体制の構築を承諾した。

 もっとも、放置すれば夜を迎える事になる可能性を鑑みれば、承諾しないという手はないだろう。校長がこの様な状況にヤーナムを巻き込んだ事への怒りを募らせているのだろうが、怒気を振りまくのは止めて欲しい。ドロテアが蒼ざめている。

 

「それでね、ハロウィンの直後からビルゲンワースには秘密の部屋について調べてもらってたけど、ちょうど昨晩に中間報告があったよ。50年前にも秘密の部屋が開かれたとされる事件があったらしい。詳しいことは資料を読んでね。ま、さっき聞いたクリービー君の件を加味するとまた調べる事は増えそうだ。しばらくは俺も彼らも残業続きだね。ハゲそう」

「……そうですか。父上、その時期のヤーナムの在校生は?」

 

 お兄様は自分の髪に手をやってから、話を逸らす様に質問を紡いだ。

 

「当時は第二次大戦だったからね。ホグワーツには行かせてないんだよ。ヤーナムの民はみんなビルゲンワースで学んで、戦場で獣を狩って、幾人かは戦禍でそのまま……ね。だからビルゲンワースでも資料は集まりにくいんだ」

 

 非魔法族の戦争ではない。国と国の戦争である。国に帰属意識のある者であれば、魔法族であれ戦地に赴き、敵を殺した。狂気の渦巻く土地に魔術師が居れば、それは上位者の呼び水となる。

 狩人とて、夢の中でなければ殺されれば死ぬ。銃弾で心臓を貫かれようと輸血液があれば回復はするが、死の呪詛だけは死を免れ得ない。あれは死をもたらすものではなく、肉体と魂の結びつきを絶ち分かつ技法である。輸血液によって肉体が回復しようと、その肉を動かす魂が入っていないのであるから、即ち死を迎える事となる。ビルゲンワースではその克服を目的とした研究が続けられているが、直接的な対策は未だ確立されていない。

 

「当時から技術も武器も防具も進化し続けている。だからといって君たちが死なないなんて保証はない。無事に帰ってきてくれ」

 

 お父様は幾人もの帰らぬ狩人を待ち続けたのだろう。長命であることは、別れもそれだけ多くなる。人たる上位者のボーン家に生まれた者として、あと数年もすれば成長が止まり、あと10年もすれば秘匿の為にダフネやハーマイオニーと逢うには容姿を変化させることとなる。それでも、老いていく彼女らの息災を祈る事は出来る。だが、死者に祈りは届かない。

 食べた気のしない朝食を終えてホグワーツに向かい、そのまま寮監の研究室を訪ねた。

 

「ボーンです。よろしいですか」

「入りたまえ」

 

 お兄様が扉を叩くと、直ぐに返答が返ってきた。

 入室した瞬間、熱気が肌をなぞる。ドロテアも「あっつ……」と声を漏らす。部屋中で大鍋が火にかけられ、柄杓がひとりでに中身を撹拌している。寮監が自動撹拌鍋を用いずに自身の魔術でそうしているのは、原料の状態や部屋の環境に合わせて調整をするためだろう。

 

「父の許可が下りました。我々が寮監の下で解決に尽力することはお約束します。また、我らがしくじり、狩人としての仕事を為さなければならない場合は、ヤーナムより戦力が投入されます」

「父君に感謝しよう。対価は――」

「一般的には1人あたり稼働日毎200ガリオンというのが最低条件ですが、本件に関しては我ら全体で成功報酬50ガリオンです。我らが狩人として未熟ということもありますが、寮監の心意気に応える様にと父より伝えられております」

 

 一般的、というのは魔法省の出動要請に対する請求額である。当然魔法省にも魔法生物規制管理部という生物災害に対する専門部署があり、その能力を超えた場合に出動要請が掛かる。単純に危険生物の繁殖期で処理能力を超過している場合や、駆逐対象に対応者の生命すら危ぶまれる程の脅威が存在する場合である。当然にその対価は高額なものとなる。

 他方、獣の病については魔法省も理解しておらず、それを知る者はごく僅かという。あるいは、マグルと嘲る生物との違いが自らの血に巣食う虫であり、その果てが獣への変態という真実を直視したくはないせいだろうか。光の御子と呼ばれた魔法戦士、伝説におけるその猛り狂った姿は獣そのものであるのだが。

 

「重ねて感謝する」

「解決にあたり、夜間外出許可を頂きたく。また、毎週月・木曜日に寮監に状況をお知らせする、これでよろしいでしょうか」

「構わん。許可証は追って渡そう」

「それで、何か職員方では何か進展はありましたか」

「皆無だ。吾輩がこうして幾つかの薬を調合している様に、他の教員も何かしら自身の分野で解決を図っているとは思うが」

「色と香りから察するに真実薬ですか。魔法省の許可は?」

「……調合することは違法ではない。それに吾輩は既にある程度の量までは所持することを許可されている。その内の幾つかを紛失したところで誰が気付くと言うのかね」

「強請るつもりはありませんよ。寮監の本件解決に向ける意思を確認したまでです」

 

 真実薬は所持・使用共に魔法省の許可を要する薬品であり、仮に犯人が学生だとすれば、使用など認められるはずもない。それでもこれを用意するという意味は重い。寮監の黒髪は汗で濡れ、額に貼り付いている。長時間に亘って鍋の制御を行っている証左だ。

 

「昨晩語り聞かせた通りだ。吾輩は吾輩の為に吾輩の出来る術を以ってこれにあたる。諸君に助力を請う恥は、護りきれなかった絶望を考えれば取るに足らぬものだ」

「……我らも我らの仕事を為しましょう。会議をしますので、空き教室を使ってもよろしいですか? 部外秘の資料もありますので、いかな寮監とはいえここで話し合うわけにはいかないのですが」

「地下3番を使いたまえ。内鍵がある」

「ありがとうございます。では」

 

 3番教室。そこは滅多に使われないが、理由は単純である。狭く、寮や薬品庫から遠いため、利便性が悪い。逢瀬に用いられそうな条件だが、寮監の管理下に在る部屋であるという一点でどんな利点も霞んでしまっている。

 各自が適当に選んだ机と椅子に薄く積もった埃を吹き飛ばし、ビルゲンワースの資料に目を通し始めた。お兄様は机に腰かけ、宙に一枚一枚を留めている。お姉様とドロテアは横並びに座り、2人で一緒に眺めている。ヘルマンは頬杖を突きながら、ケントは普通の学生の様に。

 

『秘密の部屋とはホグワーツの伝説であり、学祖スリザリンとその他の学祖との間に運営方針を巡る紛争の果て、スリザリンが残した施設とされている。その施設にはスリザリンの意向に反する者を排除する怪物が存在し、その施設の管理者をスリザリンの継承者であるとされている。

 検討の結果、秘密の部屋が実在するとしても怪物の存在は疑義が残り、秘密の部屋の伝承とは先鋭化した純血主義者による犯罪行為を表わすものと考えられる。

 

 ホグワーツ創設者に関する複数の伝承を俯瞰的に考察した場合、実際にスリザリンが秘密裏に何らかの施設を作成したとは考え難い。元より前提が破綻している。即ち、他の学祖3名の合同勢力を排除できる怪物を生み出し、使役することが可能であれば、そもそもスリザリンはグリフィンドールに敗北し、城を退去することは無かったはずである。また、城の設計者はレイブンクローとされており、その能力に干渉して自らの思想のみに都合の良い施設を構築することは不可能であろう。

 過去150年に亘って遡り、ボーン家をの他ヤーナムよりホグワーツに通学した400名以上の研究報告書を通読したものの、そうした施設の報告は無い。上位者、あるいはそれにまつわる能力によって秘匿されているのであれば、それに気付かぬはずもない。従って、秘密の部屋が実在するとすれば、一般の生活空間から物理的に隔絶された場所にあると考えられる。

 上記の通りスリザリンによる秘密の部屋の設置は疑わしいものの、1942-43年にかけて秘密の部屋はホグワーツの歴史上初めて開放され、複数名の学徒が被害に遭ったとされている。高度な呪詛に因る石化が共通しており、関連性は不明ながら、死亡者も発生している。その被害者は一様に非魔法族の両親を持っており、秘密の部屋の伝承と合致する。この事実は秘密の部屋という伝承に擬えた儀式的犯罪であるか、あるいは秘密の部屋そのものがそうした儀式を表わすものであると考える事が可能である。

 ホグワーツ築城以来、増改築が繰り返されており、その過程で秘密の部屋という概念あるいは施設が備えられたと見る事が現実的と考えられる。時期については、今日に於ける保守的純血主義思想と伝承の親和性が高く、純血主義思想の勃興と重なる14,15世紀以降とする事が合理的であろう。

 

 50年前の魔法界ではグリンデルバルドら純血主義思想過激派による破壊活動があり、かつそれら勢力がかねてより主張していた通り、技術の発展による大量殺戮が現実のものとなっていた。従って、これに同調した者が学内の非魔法族に由来する魔術師の排除を画策し、秘密の部屋を開放したとすることは蓋然性がある。一方でヴォルデモート卿らによる大戦期に於いて開放されず、今年に開放された理由は不明。その時点では継承者が存在していなかったか、何らかの事由によって開放が不可能であったか、いずれにせよ考慮要素が不足しているが、本稿に於いては伝承と純血主義思想の類似から継承者は純血主義者であると仮定して論を進める。

 伝承から、継承者とはスリザリンの継承者を指すと考えられるが、それが血縁であるとは言い難い。魔法族は非魔法族に比べ出生率は低いものの、平均初婚年齢は若年である。1,000年間の世代更新を鑑みれば、廃絶を考慮するとしても、スリザリンの血を引く者は数多に存在することになる。それらが継承者であれば、今日に於いて秘密の部屋とは秘匿された存在ではあり得ない。従って、秘密の部屋を開くことが可能である継承者とは、何らかの道具あるいは技法を継いだ純血主義思想を持つ者であろう。

 

 秘密の部屋の怪物について検討を行う。序論で述べた通り、怪物と称される魔法生物の存在は疑問である。まず、その生物がスリザリンに所以のあるものだとすれば、蛇あるいは敷衍し竜に関連する魔法生物であると考えられる。石化能力を持つ蛇に関連する魔法生物はバジリスクが挙げられるものの、ヒトを殺傷せしめる程の能力を持つに至るまで成長した個体では少なくとも半世紀を絶食状態で生存することは不可能である。秘密の部屋は50年前に初めて開放されたのであり、秘密の部屋が開かれる時期にのみ摂食機会があることとなるが、1942-43年の事件に於いて食害は記録されていない。湖内に秘密の部屋がある場合はヤーナムの民による踏査は不可能であるものの、継承者・怪物共に水中人から目撃されていない事から、湖は排除出来る。

 魔力を食餌に変換する事はガンプによる元素変容法則に知られる通り不可能であり、継承者が給餌するか、あるいはそうした装置が必要となる。しかし、過去の継承者らが数十世代に亘って教職員及び学徒から秘密裏に給餌を行う現実性は乏しく、給餌坑といった設備も発見されていない。秘密の部屋自体にそうした魔力転換機構が備えられている可能性を否定出来ないが、願望の通りに状況を再現する機能という点ではヤーナムに於ける聖杯よりも強力である必要の部屋に於いてもそうした機能はない。なお、5日間絶食した後に必要の部屋に入室したところ調理器具だけが完備されていたという事例報告が為されている。

 怪物が自律的に秘密の部屋を脱出し、透明化や認識阻害の様な低観測性を持ち、湖や森、あるいは校内の鼠や梟を捕食していたとしても、排泄物や被食者の遺骸といった痕跡が残るはずであるが、これについてもヤーナムの民や教授陣がそれら全てを発見していないという事は考えられない。アメンドーズの様に夢と現実を移行する能力を持つとしても、その様な上位者に比肩する能力を持つ存在であればなおの事狩人がそれを感知出来ぬはずもない。

 以上より、怪物とは生物ではないと言う事が出来る。

 

 怪物の性質から離れ、生物を用いるという点から考察すると、生物兵器を使役する利点は制御することが可能である限りヒトよりも優れた能力を利用できる事である。訓練された猟犬・軍用犬に只人がほぼ対抗する事が出来ない事は検証するまでもない。他方、50年前の事件が真に秘密の部屋の怪物によるものとすれば、怪物は何らかの呪詛を用いて石化及び殺傷した事になるが、その様な能力を持つ魔法生物を馴致ないし服従せしめる魔術師であれば、元より自らの魔術によってそうした加害行為が可能であるとすることが妥当であろう。人外の生物と意思疎通を図った上で本能による捕食ではなく殺傷のみを遂行させることと、呪詛術式を構築し相手の抵抗力を上回るだけの魔力を投射することであれば、後者の方が平易である。

 魔法生物の馴致にあたっては前述した継承者の継ぐ特別な道具・技法が怪物についての知識を意味する場合は可能性を否定し得ないものの、スキャマンダーら魔法生物の権威でさえ竜の馴致による生物兵器化に失敗しており、怪物を馴致するにあたっては刷り込みを利用する他に方法は無いと考えられる。

 なお、怪物が疑似生命であると仮定した場合、生物としての問題点を解決し、ある程度は可用性を高める事となる。一般にみられる鳥や蛇等を作り出す魔術や、獣狩りの夜に於ける蛇玉や蜘蛛等が存在する様に、疑似生命は変容法則には矛盾しない。なお、トゥメル人による神の再誕はヤーナム及びトゥメル人の血肉から成る素体に上位者の精神を結び付けた技法であり、疑似生命には合致しない。しかしながら、呪詛とは魔力の放出であり、その魔力で稼働している疑似生命にとって、未成熟といえども魔術師を殺傷せしめる程の呪詛は自殺的である。魔力供給を行う事でこの問題は解決が可能であるが、触媒があるとしても転換効率を考えれば前述の通り使役者本人による呪詛の方が遥かに高効率である。今日に伝えられる蛇寮の特性とは目的の為に手段を問わぬ合理性であり、伝承に於ける秘密の部屋の目的に照らしてみれば、極めて不合理である。

 

 秘密の部屋及び怪物が発見された事は無く、目下調査中ではあるが、事実として提示できるものは50年前に怪物によるものとされた事件が発生したことだけである。

 怪物が実際の生物あるいは疑似生命のいずれにせよ、それを使役するにあたり要求される高度な技量に対して得られた効用は学生の殺害のみである。伝承の通り外敵の排除が目的であれば、元より死の呪詛を投射すれば達せられるものである。これらを鑑みるに、50年前及び本年の事件については、秘密の部屋の部屋を用いたものではなく伝承に擬えたに過ぎない見立て犯罪であるという意見も諸研究員から提示されている。

 ビルゲンワースの現時点での共通見解としては、怪物の育成及び運用は現実性に乏しいことから、秘密の部屋及びその怪物とは純血主義者によって生み出された概念であり、純血主義に基づく破壊活動あるいはそれに用いる魔術儀式をこそ秘密の部屋の開放と称し、その手法を継承されているとすることが相当である。従って、本件の解決は秘密の部屋及び怪物の捜索よりも継承者の調査が有効である。

 

補遺

 在校生に向けた魔法史の説明。

 純血主義思想の勃興は元来魔法族のみの土地・文化を形成していた集団(以下「集団A」)に対する、非魔法族と接触を持っていた集団(以下「集団B」)の流入による。旧来の魔法族は、より古代の魔術師排斥運動の経験から、いわゆる隠れ里として集団Aを形成していた。一方で、事故等により魔法生物の血を取り入れた非魔法族や放逐された無能者を起源とする魔術師は集団Bを形成した。14世紀以前に散発的に発生していた異端審問及び魔女狩りは集団Bが原因と考えられる。集団Bは発展に伴い、非魔法族を軽視する様になり、火刑の感触を楽しむために故意に魔術を暴露する等の凶行に及んだ。これによって14世紀には非魔法族の魔女狩りが欧州で加熱し、多数の非魔法族が冤罪によって火刑に処された。このことから、集団Bの大多数は非魔法族との接触を避け、集団Aに流入していくこととなる。集団Aにとって集団Bは魔術の秘匿、即ち自身の安全を脅かす存在であったが、集団Bの持つ非魔法族の社会制度や技術は集団Aで形成されたそれらを陳腐化させるものであり、その権威や利益は競合することとなった。このことから、魔法族は魔法族のみで文化を形成することが望ましいとする初期純血主義が勃興した。集団Bからも排斥された自省のない集団Bの一部はアメリカ大陸に渡り、凶行(殺人・傷害・詐欺・窃盗・脅迫等の不法行為を指す。当時の米国魔法界にはそれらを裁く機関はなく、魔法族・非魔法族を問わず被害者となった)の果てに17世紀のセーラム魔女裁判を引き起こす事となる。

 これらによって国際魔法使い機密保持法が制定されることとなるが、その反動から生物として上位である魔術師が人類を主導するべきであると主張する純血主義思想過激派が生まれることとなった』

 

 

「うわぁ……これ書いたのきっとソフィアさんだ」

「だろうな。文字量が尋常ではない」

「話の進め方がそっくりだ。消去法と言うか、否定から入ると言うか……」

「良かれと思って蘊蓄を入れるところも」

「そんなに似てますか?」

「「「「「似てる」」」」」

 

 ヘルマンが顔を顰めるが、どうしようもなく彼の御母堂に似ている。

 

「バジリスクって蛇の王でしたっけ。蛇と鶏が癒着した謎の生き物」

「それはコカトリスだ。どちらも石化能力があるから混同するが。とはいえ、禁止されるまでは普通に飼育されていた魔法生物だ。資料の通り、ヒトを殺す程の魔力を持つには数年では効かんだろう。

 教員に劣らず学徒も変人ばかりだが、怪物の餌やりに出歩いていそうな人間など、6年この城を徘徊していて一人しか知らんな」

「お兄様はもう継承者がお分かりなのですか?」

「継承者かどうかは知らんが、怪しいのは森番だ。三つ首の犬を思い出せ。ケルベロスを模したあんな醜悪で不憫な生き物を飼う狂人だ」

 

 まさか接ぎ木の様に造られたわけでもあるまいが、酸鼻極まる何かをされた事は疑いようもない。あれはケルベロスではなく、まさに三つ首を持つだけの犬であった。

 

「あの犬、異様な肥大化が祟って心臓に来たのか、首同士が喧嘩をしたのか、はたまた用済みだからと殺処分させられたのかは知りませんが、死んだらしいですよ。森に埋められたとケンタウロスが言ってました」

「まぁ、犬の躾も出来ないのに竜を飼う狂人だからな。竜が恋しくて蛇の化物を飼い出したとしても不思議はない」

「……校長に動きがないのもそのせいで?」

 

 森番が下手人として、魔法省を介入させないのは逃がした蛇を捕獲するまでの時間稼ぎだろうか。

 

「いや、怪しいのは事実ですが、血文字を書く理由がない。いくらあの森番といえども、少しばかり豪華な蛇を飼い始めた位で校内に落書きはしないでしょう」

 

 お兄様も分かっていたのだろう。ヘルマンの言葉に鷹揚に頷いた。一学生が思い至るのだから、教授達は怪物という単語だけで森番を想起したことだろう。それは、校内の人間から継承者らしき者を絞り込むことが困難である事を表す。高揚にせよ沈鬱にせよ、ハロウィンの翌日から様子のおかしい者はいくらでも存在している。クリービーの件が周知の事実となれば、ますます反応は読めなくなる。

 

「しかし、継承者を洗うとしても……どうする? ヒューミントやプロファイリングの技能など持ち合わせていないしな」

「今年開放されたのですから、今年度からホグワーツに来る様になった者から始めるべきでしょうか。教員、学徒、妖精……他には流通関係でしょうか。食材や学用品を城内で生産しているわけではないでしょうから。

 ああ、ロックハートは除外しましょう。普段の講義で無様を晒しているのが演技としても、あれは校長が招聘した講師ですからね。クリービーの件をポッターの大冒険とするには流石に度を超えている」

「業者に関しては寮監に対処をお願いしよう。俺達が調べるわけにもいかないからな。となれば今年の入学生になるが……4寮で200名超。ヴォルデモート明けのベビーブームでここ数年の最多入学者数か。埒が明かないな」

「逆に考えましょう。クリービーは何故狙われたのか? 非魔法族の両親を持つといっても、その程度の条件なら蛇寮にも極僅かながら適合者がいます。むしろ、スリザリン信奉者であれば、蛇寮生の中に居る純血主義者にとってスリザリン的でない者は冒涜にも思えるでしょう。ところが、そういった者ではなく、クリービーが被害者となった」

「つまり、継承者はクリービーに近しい人間。どうだケント。思い当たる者は居るか?」

 

 同学年のケントだからこそ見えるものもあるだろう。しばらく目を瞑った後、ケントはこめかみを叩きながら話し始める。

 

「蛇寮であるとすれば、新入生ではないですがドラコ・マルフォイ先輩が筆頭ですね。クリービーがポッター先輩の写真を撮っている時にマルフォイ先輩から邪魔されたと愚痴を漏らしてました。あれだけポッター先輩を嫌っているんですから、その信奉者とも言えるクリービーを標的にしてもおかしくはないでしょう。

 それにナメクジの件ですね。純血主義者という見立てにも合致しますし、何より彼の性格上、ナメクジを吐いている場面の撮影なんてされれば、報復に走るのも納得できます」

「いや? あれは他人を痛めつける事に、本心では恐怖している。付き合いは少ないが、あれが自身で攻撃したのは、報復の恐れが少ないロングボトムだけだ。しかもその方法は足を縛り上げただけで、殴ったり切りつけたりしたわけではない。復讐の炎に身を焦がれながら秘密の部屋を利用するという計画を練り、実行する胆力があるとは思えない」

「同学年の姫様がそう仰せならそうでしょう」

 

 否定の言葉に、ケントは嫌な顔もせずに同意した。自分がヘルマンやドロテアといった先達に否定されたとき、そのまま納得出来ていただろうか。そう考えると、ケントを不快にさせてはいないだろうかと気になる。何を伝えるべきかと思い巡らすが、その間にケントが口を開いた。

 

「では、獅子寮1年生のグレンダ・フロスト。魔法族の生まれです。クリービー程ではありませんが、ポッター先輩のかなりのファンです。ファンではあるんですが、クリービーとは解釈違いとかいうものらしくて、理解が浅いだとかにわか野郎だとか言ってクリービーを詰めていたことがあります。現在に至るまでポッター先輩に対する態度の違いは見られず、未だにお熱の様です。筋金入りですね。特に動機は思いつきませんが……例えば、継承者の敵としてポッター先輩を祀り上げれば、より強く英雄ポッターの名を知らしめることになります。そう仮定すれば、英雄をミーハーがもてはやすのは苛立たしいことこの上ないでしょう。

 次にジネブラ・ウィーズリー。ええ、あのウィーズリーです。クリービーとは授業で隣の席だったかと。入学当初は随分と我儘……いえ、勝気な印象でしたが、血文字事件以降はかなり憔悴している様ですね。あのハロウィンを何か魔法界の素敵な催しだとクリービーは思っていたらしく、撮影した血文字の写真を周囲に見せて回る彼に対して、ウィーズリーが止めろと叫んでました」

「つまりどちらも純血主義思想ではないな。特にウィーズリー家は血を裏切る者として名を馳せる一族だ」

「そうなんです。ただ、ポッター先輩とクリービー、その両方に関わりのある人間となると僕が知る限りこのくらいしかないんですよね。それに、技量の問題が解決しません。秘密の部屋の怪物を使役するにしても、秘密の部屋にかこつけた何らかの呪詛を用いるとしても、結局は教員も凌駕する技術力を要求されるわけですから。

お力になれず申し訳ないです」

 

 頭を下げるケントの頭にお兄様が手をやった。

 

「何も謝ることはない。俺だって秘密の部屋なんぞ6年居ても聞いたことは無かったんだ。これでお前を責める道理がどこにある」

「そもそも日頃から獅子寮の生徒を注視していることもないでしょうし、ケントはクリービーの事を嫌いそうですしね。「日本人がなんでここに居るの? マホウトコロってところに通うんでしょう? 魔法界ってやっぱり不思議だなぁ。スリザリンって悪い魔法使いが通うところって聞いたけど、日本人だといじめられたりするの?」とか言われてそうだ」

「陰険眼鏡の二つ名は伊達じゃありませんね。大正解です。そんな解像度の高い想像が出来るのにどうして事あるごとにドロテア先輩を泣かせてるんですか?」

「うるさいな」

「ケント、個人の性的嗜好に口を挟むのは野暮ってものだぞ」

 

 ドロテアが泣く度に毎度困った顔はするので、泣かせるのは本意ではないのだろう。本心から泣かせているのならば軽蔑するが。それよりも、ケントの方がややこしい事情を抱えている。

 ケントの怒りとは、クリービーにとっては日本人の血を引いていることが軽んじられる理由になると考えた事に起因するのだろう。ヤーナムに根差しているとはいえ、文化を今もなお継いでいるヤマムラ家にとって、日本とは特別な土地なのだ。その日本が軽んじられる理由であるという事は、ケント本人ではなく父祖に唾を吐かれた事と同義である。だがそれはクリービーにとっては別段違和感も悪意も無い、純粋な疑問なのだろう。故に、クリービーを殴ればどうにかなるものでもなく、クリービーを嫌うという形でしか解決できないものなのだ。

 

「寮監に伝えられる情報はなさそうだな。伝承通りの秘密の部屋の怪物なる生物は存在し得ないだろう、といった事くらいか。おおよそあちらもそうした推測はしているだろうが、狩人の踏査や上位者の事からより確度が高いと言うだけだ。それらを伝えるわけにもいかないとなると、怪物とは生物ではないだろうとしか伝えられん。まぁ、俺達が歩き回る事で継承者も警戒するだろうから、それで燻せば見えてくる者も居るだろう」

「報告ついでに50年前の事件について詳細な情報を求めましょう。ビルゲンワースの資料も、所詮は外部が調べられる情報と推測に基づくものです。教員のみが知る情報もあるでしょうから」

「ええ。寮監がご存知でなくても、当時の資料はまとめられているはずよ。禁書庫の入室許可も頂こうかしら」

「もう勝手に入り込んでいるくせにか?」

「忍び込むより楽ですもの」

 

 お姉様は袖口から鍵束を取り出した。合鍵まで作っていたらしい。お姉様の魔術師としての技量に改めて隔絶を感じた。扉を物理的に破壊していた自分が恥ずかしい。

 

「ちなみに防御を抜いたのがイングリットで、あたしが合鍵を作ったんだ。どやぁ」

 

ドロテアも同じ鍵束を取り出し、指に絡めて得意げに振り回している。

 

「へぇ。やるじゃないか。ヤーナムの僕の部屋の鍵もあるのかい? 勝手に入られた形跡があるんだけど」

「それは業務上お答え致しかねますってやつだね」

「何の業務だよ」

「禁制品の不法所持疑惑について家宅捜索?」

「そんなものあの母親の下で持っていられるわけないだろ。それにどう考えても不法侵入している君の方が犯罪者だ」

「そのお母さんからいいよって言われてるし」

「僕がダメと言うだろうとは思わなかったのかな」

「思ってるだけじゃ伝わらないよ? 言葉にしなきゃ」

「僕の、部屋に、勝手に、入るな。これで満足か」

「理解はしたけど同意はしなーい」

 

 ヘルマンとドロテアを置いて教室を出る。2人がああしてくだらない話をしているのも、ストレス解消の一環なのだろう。仮定に仮定を重ね、それでも結局は分からないという現状は立つべき足元がない不安感を作り出す。

 後代の狩人はビルゲンワースに学び、その後に先代月の魔物の墓、聖杯と化したヤーナムの獣狩りの夜に挑むことになる。だが、お父様には事前知識がなかった。

 ゲールマンの不明瞭な助言とギルバート、アルフレートからの情報を基に聖堂街を駆け回り、そして頼るべき教会は既に獣の病に沈んでいたことを知った。

 ローレンスの頭蓋に触れ、ビルゲンワースに知識を求めれば、そこには得体の知れない虫人間と問答無用で襲い掛かってくる狩人ユリエ、そして首から黴の生えた学祖ウィレーム。

 ウィレームの指し示すままに湖に飛び込めば、蜘蛛とも言えぬ、獣とも言えぬ何かが這いまわっており、それを倒せば赤い月に見えた。

 ここで獣の病とは何か、獣とは何か、ヤーナムを包む狂気そのものに対峙することとなった。

 そうして夜明けを迎え、漸く肉の眠りにつけば、目覚めるのは診療所であった。その失望、その焦燥はいかばかりか、推し量ることも出来ない。

 

「じゃあ、マリアとケントはグレンジャーさんにクリービーさんの事と50年前の秘密の部屋事件を伝えてくれるかしら。それと、無闇に独りで出歩かない様にと。私とお兄様は寮監に伝えてくるわ」

「分かりました。では後ほど」

 

 お姉様達と別れ、ケントを連れて東棟へ向かう。

 日曜日の10時ともなれば、広間や内庭でテーブルゲームやカードゲームに興じる者も多いはずだが、人が少ない。ケントも首を傾げていたが、その理由は直ぐに分かった。

 

「何をしに来た! コリンが殺られたのを嗤いに来たのか!?」

 

 殺されてはいないだろうが。

 クリービーの件は既に学内に広まり始めているらしい。獅子寮の談話室前に並ぶ自警団らしき集団が、鬼気迫る様子で杖を向けてきた。棒切れを振り回し、罵声を投げかけてくる様は獣狩りの群衆そのものである。

 ここでハーマイオニーを呼び出そうものなら、彼女にどの様な危害が及ぶか分かったものではない。

 

「近くを通ったら騒がしかったもので。特に他意はありません。失礼します」

「ここにスリザリンが何の用だってんだ!」

「そうよ! 私達の寮以外何もないのは知っているでしょう!」

「腐れスリザリンが! 馬鹿にしやがって!」

 

 獅子寮の連中は普段胡桃程の脳もなさそうな思考回路をしているくせに、被害妄想を膨らませる事については一級品だった。

 

「あの人たち自分の叫び声で鼓膜ぶっ壊れてんじゃないですか? きっと文字に起こしたら全ての文節に感嘆符ついてますよ」

「言ってやるな。奴らは声の大きさで階級が決まる生き物だ。一番声の大きい一匹が一番大きいバナナを貰える仕組みなんだ」

 

 呆れた様子のケントに小声で返す。こうも話が通じないのは腹立たしいが、かといって煽ったところで何の益にもならない。

 ふと、この連中がクリービーの事を知っている理由に思い至る。

 ポッターだ。

 クリービーが医務室に運び込まれたのならば、ポッターはクリービーの身に起きた事を知っているはずだ。そこから獅子寮内に広がったのだろう。ならばポッターを呼び出し、ハーマイオニーを連れだす様に伝えればいい。ポッターが承諾するかどうかはともかく、現状取り得る手段で最も可能性があるのはこれだろう。

 

「先程はああ言いましたが、実のところ、ポッターがクィディッチで腕を失くした件について、予後はどうかと気になりまして。可愛い後輩とクィディッチの話をしていたら、ポッターもそろそろ骨も生えそろった頃だろうかと。

 まぁ、あの競技に怪我は付き物とはいえ、暴走していたブラッジャーを迎撃し損ねた私にも責任の一端はある様にほんの僅かながら、スニッチの重さ程度には感じておりますので、見舞いに行かなかった事にタンポポの綿毛程には疚しさがありまして」

「姫様本音隠しきれてないですよ」

 

 ケントが耳打ちしてくるが、こうもポッターに対して下手に出る様な言葉はたとえ方便だとしても受け容れ難い。

 

「だったらリーにも謝れよ! お前とお前の兄貴がブラッジャーで殺しにかかってきたんだろうが!」

「もうむり。かえる。

 これ以上付き合いきれん。ここの公用言語は英語ではないらしい」

「独語でも日本語でも意思疎通出来ないと思いますよ」

 

 どう理屈をつけてもハーマイオニーに話が出来る未来が見えない。

 

「戻ったら茶を淹れてくれ。少し冷えた」

「usuchaでよければ点てますけど、いかがです?」

「ウスチャ……ジャパニーズティーセレモニーの一種か? ダフネも呼んでみようか」

「あ、それなら菓子はあまり甘くないものにします。あの方はきっとおやつの時間とか気にされるでしょうし」

 

 こうして無為に時間は過ぎ、月曜日にもなるとクリービーが倒れたという情報を城内で知らぬ者はなかった。どうせ知っているのならばと教員達が考えたかは分からないが、在校生に向けた運営側からの告知は何ら無く、それぞれが自衛策を講じる様になった。

 寮監に伺っても「校長は無為に不安を煽らぬ様、普段通りを心掛ける様にと仰せだ」と苦々しく語るだけであった。つまり、学校として対策を検討する事さえ出来ていないという、驚くべき危機管理体制を知る事となった。

 

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