マダラスの笛
禁域の森の住人、マダラスの双子の笛
言葉すら介さず、毒蛇と共に育った双子が
人ならぬ友誼を交わした絆であろう
腑分けされた獣を餌とし、毒蛇は途方もなく育った
また死した後も、悪夢の内から双子の笛に応えるという
「熱い雰囲気のところ申し訳ないんですけど、聖歌の鐘を使えばいいのでは。あれって血に依らない治癒の力ですよね。聖歌の鐘ガンガン鳴らしながら輸血液注射すれば、ドロテア先輩に残るまともな虫は輸血液を正しく呑むでしょうし、イングリット様も追加の丸薬飲むまでの猶予が出来るでしょう」
黙りこくっていたケントの言葉に、医務室は静寂に包まれた。
「……ケント、おまえはかしこいなぁ」
お兄様が抑揚なくケントを褒めた。幕を隔てて見えないが、その声がくぐもって聞こえるのは顔を覆っているせいだろう。ヘルマンも同じだった。
「僕はもうマリアに何も言えない。我を忘れていたよ」
「言うなヘルマン。去年の私は貴公に八つ当たりまでしていたんだ。そこで自分を卑下されると私の立場が無い。するべきはケントの賞賛だろう」
「所詮、俺達も年端のいかぬガキという事だ。二度と同じ経験はしたくないな。ヘルマン、ケントにキスしていいぞ」
「僕に男色の趣味はありませんが、ヘルマンがしたいと言うなら仕方ありませんね」
「うるさい。墓生やすぞ」
ヘルマンは耳を赤くしながら、聖歌の鐘を取り出した。それは一般の狩人が持つものとは異なり、幾分か大きく、より細やかな装飾が施されている。
「何だそれは」
「メンシスの悪夢、そこに聖歌隊の狩道具がわざわざ箱に収められているのはおかしいだろう? あれはエドガールが間諜としてひっそりと持ち込んだ品で、僕の持つこれこそが聖歌隊に伝わる本当の聖歌の鐘さ。ディルク、イングリットに解毒の準備を。マリアはドロテアに輸血の準備を」
「分かった」
ヘルマンが鐘を振ると、澄んだ音が部屋に響き渡り、温かな光の粒が溢れた。通常のものよりも光の照らす範囲は広く、触れた指先も温かい。術者の技量もあるのだろうが、効果が大きい分消耗も激しいといったことは無い様で、ヘルマンは幾度も鳴らし続けている。
普段よりも白くなっているドロテアの腿に注射器を打ち込むと、その部分からゆっくりと元の色に変わっていく。血の槍もそこから崩れていった。
「お兄様」
隣からはお姉様の声がした。ひとまず安堵しつつ、慎重に押子を動かす。お兄様の仰った通り、ドロテアの血になじまないままに大量の輸血をするわけにはいかない。
「イングリット、生きていてくれてありがとう。まずは丸薬を飲め」
「そう手を握られたままでは出来ませんわ。それとも飲ませて頂けるのかしら」
「起きて直ぐにこれとは、らしいと言えばらしいか」
2本目を使い切る頃に、ドロテアの胸は上下し始めた。ようやくヘルマンは鐘を鳴らすのをやめ、欠乏した魔力を補うために自身に輸血した。言わずともヘルマンの荒い呼吸から察したのか、ケントが自身の鐘を鳴らし始めた辺り、良く出来た後輩である。
†
3本目を打ち終え、ドロテアの傍にヘルマンを残し、お姉様を連れて職員室へ向かう。3本より多くの輸血をしても効果はない。後はドロテアが意識を取り戻すのを待つのみである。
廊下を行くお姉様は復讐の炎を燃やすかと思えば、雪を払う春風の様に優しく微笑んでいる。
「私の残した言葉について、ヘルマンの推理がほぼ正解ですわ。逆に、お兄様の推理は間違っていました。私がドロテアを救ったのではなく、ドロテアがいなければ共々命を落としていたことでしょう。ドロテアが私の代わりに魔眼の呪詛を受け、その隙に私が蛇を焼いたのですわ。その後、ドロテアに鎮静剤と輸血液を与えていたところに、次の蛇が現れたのです」
「……もしや」
「ええ。石になったからと言って、意志を失ったわけでもありません。ドロテアもきっとそうでしょう。3本も輸血液を使って起き上がらないはずもありません。気恥ずかしくて起き上がらないのか、ヘルマンと2人きりになりたいのか、どちらでしょうね。それとも、今頃ヘルマンにキスをせがんでいるのかしら」
くすくすと笑うお姉様から、お兄様が顔を逸らした。
「ヘルマンのドロテアに向ける感情が恋慕か親愛かは分からないだろう。ドロテアの身を案じての事だ。男が弱音を吐いた事を揶揄ってやるな」
「ふふ。お兄様だって「ケントにキスしていいぞ」なんて揶揄っていたでしょうに。ドロテアからヘルマンに向ける想いは分かっていらっしゃるでしょう? 想い人からあんなにも熱のある言葉を向けられるなんて羨ましい限りですわ」
「熱と言うより湿度でしたけどね。姫様はどう思います?」
「分からん。頑なにドロテアとは何でもないと言い張るからな。もしかしたら、自分にそう言い聞かせているのかもしれないな。ほら、あの男は……失敗したくない男だからな」
「僕が聞いているのはそういう事じゃないんですが……まぁ、ドロテア先輩の気持ちに確信が持てないんでしょうね。もし、先輩が自分にただ甘えてきてるだけなら、関係が壊れてしまうって怖いんでしょう。親公認の仲でしょうに」
私室に勝手に入る事を母親が許可するという関係性である。単なる幼馴染と言うには些か行き過ぎている。そこから考えるに、ソフィアおばさまはドロテアの後押しをしているのだろう。
「だからこそだろう。普段のあいつは偏執的で神経質だが、裏を返せば不安感の表れだ。だから思考や言動も否定から入る。期待を裏切られたくない、だから期待しない様にする。まぁ、その性格に幾度も助けられているからな。友人としてはそれを咎めはしないさ。揶揄いはするがな」
お兄様とヘルマンは同性で年が近いこともあり、そういった話をする事はあるはずだ。ヘルマンとドロテアの関係に迂遠な言い回しをするのは理由があっての事だろう。それがこうしたきっかけで剝き出しにされていくのはヘルマンとドロテアにとって良いことなのだろうか。
「そのくせ服はああしろ髪型はどうしろ香水はこれ、だなんて」
「どういう事だ?」
「自分の好みになれって言ってる様なものでしょう。えっ、まさか姫様……」
言われてみればその通りだが、分かるかそんなもの。あれはいつも通りの悪態としか思えなかった。
「そういうところが可愛いのだけれど。ヘルマンもマリアも……お兄様も」
「やめろイングリット。そろそろ仕事の時間だ」
「ええ、その様に」
職員室の扉は開け放たれていた。普段はせわしなく人が行き交い、紙が飛び交う場所だが、クリスマス休暇である事を前提としても、閑散とし過ぎている。人がいない。
「そこの」
「はい、ゴルギアスに何か」
お兄様が窓を磨いていた屋敷妖精に声をかける。雑巾を後ろ手に隠しながら恭しく頭を垂れたので、こちらも腰を折って挨拶を返す。
「これは一体どういうことだ? 何故職員が誰も居ない?」
「はい、ファッジ大臣とマルフォイ理事がお越しになりまして……その……少々面倒が」
「秘密の部屋に関わる事か」
「ええ、その容疑者を引き渡せとのことで」
「容疑者? 魔法省では目星がついているのか」
校長が把握している事ではない。そうであれば寮監が狩人に伝えているはずだ。となると、魔法省は独自に動いていたのだろう。故に、面倒が起きたというところか。
「いえ、それが……50年前の容疑者でございます。あの半巨人です」
「森番か?」
「ええ、ええ。ですがゴルギアス共は半分信じて半分疑っております。あの粗忽者は幾度もこの城や皆様に危険な事をしております。ですが、それは悪意を持ってしようとした事ではない事も分かっております。もしあの半巨人が此度も秘密の部屋の騒動を起こしたと聞けば納得します。そうではなかったと聞いても納得します」
「煮え切らんな。それで、俺達も職員に伝えなければならない事がある。どこに行った?」
「半巨人のねぐらでございます」
「そうか。ゴルギアス、感謝する」
「滅相もございません」
妖精に礼を述べると、妖精はさらに頭を下げた。料理番とは面識があるが、こうした清掃員とは言葉を交わす機会も無い。知らないだけで様々なところで様々な妖精の世話になっているのだろう。
小走りで森番の小屋に向かうと、人だかりが出来ていた。学徒達が小屋を遠巻きに眺めている。その視線の先には、校長と森番、大臣、マルフォイ理事と思しき身なりの良い男性と、何故かポッターとウィーズリー、そしてドラコ・マルフォイが居た。
「寮監」
寮監は群衆を監視していた。森番が犯人だったんだと喚く者もいれば、その者の胸倉を掴む者も居た。この程度クィディッチの観戦中であれば日常茶飯事ではあるが、震えた手で杖を握り、小屋に火を放ちかねない程に狂乱している者も居る。
副校長が「寮に帰りなさい」と群衆に必死で呼び掛けている一方で、寮監は「何故吾輩がこんなことを」と、あるいは「全員失神させてしまえばよかろう」と言わんばかりの表情であった。声を掛けるとその双眸が一瞬、大きく開かれた。
「……何故ミス・ボーンが」
「狩人の特異体質ですわ。ドロテアもじきに。ご心配おかけいたしました」
「無事で何より」
「無事でもないのですが、収穫はありましたわ。それで、森番なのですか?」
「吾輩も知らん。諸君が知る以上の事を何も聞かされておらん。50年前となると、詳細にそれを知るのは校長と当人だけであろう。当時は副校長でさえ教鞭を執られていない。それで、何用か」
「秘密の部屋の入口と、その怪物が分かりました」
「……少し待ちたまえ。その間ここを任せる」
寮監が小屋に近付くなり群衆が近寄ってきたが、お兄様が張っていた障壁に鼻を強かに打ち付けた。口汚く罵倒する者も居たが、お姉様が微笑みかけると蒼褪めていた。
「この中に居るのかしら」
「居るとすれば震えているだろうな。森番が都合よく容疑者に仕立て上げられたと思っていたら、殺したはずの邪魔者が普段と変わりなく笑っているのだから」
「あら、これでも私は相当怒っているつもりですわ」
お姉様の足元の雪は静かに融け、そこから覗く土肌も乾き始めている。妖艶な笑みは獲物を絡め捕る蜘蛛の糸の様である。
一方で、大臣と理事に詰め寄られた森番はその巨躯が小さく見える程に覇気が無く、大蛇に絞められた鹿の様であった。
群衆は死んだはずにも関わらず微笑んでいるお姉様に怯え、その隙を副校長達が城内に追い込んだため、狩人はお役御免となり、小屋に近付くこととなった。マルフォイはその場に残ろうとしたが、父親に命じられると蛇寮生の一群に加わり、城へ戻って行った。
「ハグリッドは違う! そんな事するもんか!」
「森番が潔白であるかどうかはこれから調べる。喚くなら自室にしたまえ。我々は子供の安全を預かり、英国魔法界を守る者としてここに来ている。それとも、君たちはこの騒動について責任を取れるのかね?
あぁ、英雄のミスター・ポッターが反対した。その通りだ、ハグリッド氏は容疑者ではない。大臣、今日に至るまで何らまともな報告も無かった校長から事件解決の便りを待ちましょう。
そんな事がまかり通ると思っているのかね。我々の仕事は子供の癇癪を受け止める事ではないのだよ」
理事は羽虫を払う様にポッターをいなした。大臣が直々に来校し、応接室で待つでもなくわざわざ森番の小屋に出向いているのだから、相応の理由がある。ただ森番の潔白を訴えたところで何の意味もないだろう。
「責任と言うがの。学校の責任ならばまず校長に在るのではないかと思うのじゃが。それに、さっきから繰り返し伝えた通り、ハグリッドを連れて行ったところで事件は解決せんよ」
「その通り。校長は責任者として頑なに魔法省の介入を拒み、いたずらに犠牲者を増やした。質問に返される要領を得ない報告に、私をはじめ、理事たちの我慢も限界でしてな。
では校長がその職位に在りながら、事件解決に向けて魔法省と協調しない理由を魔法省の友人達から聞いてみれば、なんと……50年前の事件の容疑者が、職員として任用されている。しかも、愚息が悪夢でも見たのだろうと聞き流していたのですが、森番は昨年も重大な違法行為に関わった疑惑がある。そこで森番の潔白を訴える小さな友人達もまた同様に。
どうやら、早急にお話を伺うべきだろうと来校すれば、クリスマス休暇だと言うのに校内が騒がしい。どういうことかと愚息に訊いてみれば、在校生きっての優秀な……それも我が後輩にあたる者が2名も犠牲になったという。
この責任、どう果たそうとお考えか」
マルフォイ氏の言葉が真実ならば、校長の不作為は余りにも馬鹿げている。馬鹿々々しいと一蹴したはずの疑いが、50年前の容疑者という事実によってさらに鎌首をもたげた。
寮監をはじめとする教職員たちにも何ら説明せず、ただ時の流れるままにしていた理由は森番を守らんとするがため。真に校長が森番の潔白を確信していたとして、竜の不法所持は事実であり、素行から余罪は有るだろう。それらを隠蔽するために擁護しているとするならば道理も通る。
「わしの目が正しければ、今日犠牲となったものは元気に過ごしておる。何かの誤解じゃろう。
責任。それはもちろん、事件の解決じゃよ。それにあたり、ハグリッドを連れて行くことは大きな損失となる。生徒達を森に入らせず、森の獣たちを城に入れさせぬのはハグリッドの仕事じゃ。先生方はわしを信じ、事件解決に向けて努力しておる。そこに、森番の仕事も任せなければならないのは、責任者として受け容れ難いことじゃて」
「職員が職能を発揮する最善の環境を整える事が責任者の仕事……ご高説ごもっとも。ならば大臣、魔法生物規制管理部の支援を要請します。マグルで混雑するロンドンより、懐かしい母校の空気を吸いたい職員も多くいるでしょう」
「要請とな。それこそ、わしの仕事であろう」
マルフォイ氏は唇を歪め、懐から羊皮紙を取り出し、宙に貼りつけた。
「私の、仕事だ。
理事会を代表し、アルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドア氏の停職を命じる。同時に、事態の収束に向け、魔法省への協力を要請する」
「何の冗談だ!」
森番が吠え、小屋の窓硝子が揺れた。静かに降り注ぐ雪は音を呑むはずだが、音圧で耳を張られた様に感じた。
「冗談? 幾人もの生徒が襲われているにも関わらず、何ら指揮能力を発揮せず、他方では学校の独立を盾に魔法省の介入を拒否。生徒達に対する防衛策は一切講じられず、生徒間では効果の検証されていない自衛用品が法外な価格で売買されている。凶器を携帯する自警団が校内を巡回し、自警団同士で抗争が起きている。
その様な現状に抗議しても、副校長の名によって解決に精励しているとだけ返される保護者達の状況の方が冗談としか思えん」
狩人が凶暴な自警団扱いは納得しがたいが、マルフォイ氏の現状認識は概ねその通りである。寮監によると保護者へ送られる手紙の検閲はしていないとの事だったが、真実だったのだろう。
「先程の生徒達の目を真っ直ぐ見られるかね。いつまでこの事態が続くのか分からない恐怖、自分達を不安に貶める者への憎悪。あの時代の民衆のそれに似ていないかね。隣人が服従しているのではないかと疑い、呪詛を投げ始める。あるいは、そうされるのではないかと恐れ、先に仕掛ける。継承者と彼の帝王を入れ替えても、成り立つ話ではないか。
私はあの時代を生きた者として、息子たちの世代にあの目をして欲しくはないのだ。そしてその解決を阻んでいるのは、ダンブルドア、貴方としか言い様がありませんな」
血の騒めきは日毎に増している。赤い月のそれとは比べ物にならぬ程の微かな揺らぎではあれ、それは狂気の萌芽である。故にこそ、マートルの様子も日頃とは変わって上機嫌だったのかもしれない。
校長が継承者であると考えた事は無いが、校長が解決の障害となっている事は間違いない。マルフォイ氏の出来過ぎた言動や態度に政治的な思惑を感じなくも無かったが、それを鑑みても校長の排除は狩人にとって有利に働くだろう。
「その混乱を生み出したのはお前だろうが元死喰い人め! それに分かっちょるのか!? ダンブルドアが居なけりゃ今度は死人が出るぞ!」
「……どうやら錯乱している様ですな。彼は自分の立場を分かっていない。50年前には実際に死者が出た。その事件の容疑者だというのに」
「いやいやいや、ルシウス、待った。今ここでダンブルドアが居なくなるのはマズイ。非っ常にマズイ。あくまで森番は容疑者だ。事態の解決にあたって彼が居ないのは困る」
「大臣、その解決の為に、理事会は停職を命じたのです。魔法省の介入も可能になる。大臣にとっても悪い話ではありますまい。職位にしがみつくかつての英雄を座して見守り、死者を出すのか。それとも、大臣が手ずから辣腕を振るい、事態を収拾するのか。無論、理事会としては魔法省に協力を要請すると同時に、全力で協力することを約束しましょう」
大臣は口髭を舐めながら唸っている。
50年前の容疑者とされていながら森番は処刑されておらず、今年の事件も有効な解決策はとられていない。つまり、50年前の事件は自然に終息しただけであり、未解決事件である。となれば、大臣は今年の事件も同様に時間経過によって収束する可能性があると考えているのだろう。その場合、責任の所在を校長に置いたままの方が、大臣にとっての危機管理上都合のよい結果となる。解決しなかったとしても校長の失態であり、解決したところで校長の手柄であり、大臣の減点は無い。大臣にとっての決断の刻は今ではないのだろう。
損得勘定の理解は出来るが虫唾が走る。
「よろしいでしょうか」
お姉様が微笑みを湛えながら、にらみ合う大人たちに呼びかけた。大臣はだらしなく顔を緩めたが、マルフォイ氏の表情の変化はお姉様の美貌によるものではなく、大臣の説得を邪魔された事への苛立ちによるものだろう。
「森番が犯人であるかどうか、それは私達には分かりませんし、校長が停職となる事も理事会の皆様がお決めになられた事であれば、理解は出来ますわ。ですが、納得となると多くの学徒にとって少々難しいのではと。先程森番が仰った様に、校長を信じる者は校内に多くおりますもの。けれど、マルフォイ様の仰った通り、校長として為さっている事に安心している生徒は少なくとも私の周りにはおりません。
ですから、小娘の浅知恵ですが……停職はするとしても、魔法戦士として任じてはいかがでしょうか。それならば、大臣がお望みになった解決のための必要性は残したまま、マルフォイ様の……失礼、理事会の下で運営出来るでしょう?
校長は高名な戦士ですもの。校長という肩書が無い方がより自由に動けるのではありませんか? それで解決出来ないのならば、英国の誰にとっても難しい事件だった……そう、世の大人たちは考えるのではないかと」
「おお、成程成程! それはいい! いいとこ取りという訳だ! ルシウス、その方向で我々としても進めていきたいと本省で検討したい。理事会としてもどうだね」
「私としては反対ですな。中途半端に影響力を残しておけば、現場はやりにくくなるでしょう。ここに派遣される魔法省職員達は誰の指示を仰ぐのです? 本省にいる貴方か、理事会の定めた校長代理か、それともかの古く名高い魔術師でしょうか」
お姉様の発言によって、自分の浅はかさを恥じる。
校長の行いが狩人にとって無益であっても、校長の存在自体は支柱となっている。森番がそうである様に、現状では何ら成果の無い校長を盲信する連中にとって、校長の不在は恐慌の呼び水となる。そもそも、多くの学徒にとって、校長を校長として認識するのは行事のみである。校長としての立場より、戦士という立場はむしろ魅力的に感じる者も居るだろう。
一方、ダンブルドアという個人を排除したいのだろうマルフォイ氏はこれを受け容れられない。反論理由も筋が通っており、学内にダンブルドアに縋る者がいるのならば大臣の求心力が減じられるというのは当然の事だ。
「理事」
「他人行儀はよしたまえ、セブルス。共に学んだ仲だろう」
「……ルシウス先輩。ぜひ、この娘の言葉を検討してもらいたい。この子等は吾輩の助手であり、そこの獅子寮生と違いどれも皆優秀な蛇寮生だ。紳士の社交に口を挟み、笑顔で媚びを売る背伸びした馬鹿な小娘ではない。吾輩もドラコの為に尽力しているつもりだが、これらもまた同様に、ホグワーツの行く末を案じている。呑んでくれとも、この場で判断してくれとも申し上げるつもりはないが、後輩の頼みを聞いてはくれまいか。無論、やはり先輩の仰る通りに支障が出る様であれば、当初のお考え通りにすればよろしい」
寮監の助け船が出た。精神の揺らぎ、その結果の獣の病。会話の成り行きであったとはいえ、寮監に行った説明は奇貨となった。
マルフォイ氏は片眉を動かし、杖を撫ぜた後に頷いた。
「後輩の頼みとあれば。約束は出来かねるが」
「恐悦至極」
「とはいえだ、こちらも手ぶらという訳にはいくまい。森番は連れて行く。50年前の容疑者という事は生徒達にも知れ渡った。ここに置いておけば余計な不安が広がるだろう。
それでよろしいですな、大臣」
「もちろんだ。そのお嬢さんの件、理事会の方でもよろしく検討してくれたまえよ」
大臣としては既定路線となった様で、さっさと職場か家に戻り、熱い紅茶を飲みたいといったところだろう。
「ふざけるな! 良いわけあるか! ハグリッドが悪いことをしたなんて証拠はあるのかよ!」
「……ウィーズリー君。父君は君に何も教えていない様だが、逮捕というのは犯罪者ではなく、犯罪の疑いがある者を連れて行くことだ。それに、証拠とは言うがね、50年前の容疑者だった。それだけで魔法界にとっては重大な証拠となり得るのだよ」
マルフォイ氏は面倒そうにウィーズリーを一瞥した。その視線を赤毛は真っ向から受け止めたが、マルフォイ氏の言葉が続くにつれ、その顔は歪んでいった。
「ふむ、ルシウスの言う通りじゃの。して、その逮捕権がおぬしや大臣に有るという根拠を、とんと思い出せんのだが、教えてくれまいか」
「逮捕、という言葉が悪かった様ですな。少しばかり学校を離れてもらい、魔法省の職員達と話をしてもらいたいというだけのこと。
ですが、先程申した通り、この者がここに居続ける事は一理事としても一保護者としても非常に心配でならない。明らかに疑わしい人物でありながら、それを信じるとだけ言い張り、無根拠に擁護する校長も」
「それじゃ脅迫だ!」
「脅迫というのは、相手に不利益を与える事を告げることだ。私はただ単に懸念を伝えただけ。法の話をしたいのであれば、まずは父親に話を聞くと良い。マグル保護法の違反者に」
校長はマルフォイ氏に顔を向けていたが、氏は鼻で笑った。閉心術の心得があるのだろう。
「まぁまぁまぁ、何も問答無用でアズカバンに入ってもらうってわけじゃない。アーサーだって罰金刑で済んでいるんだ。そもそもそんな大きいベッドがある房があったかな。紅茶にほんの少し、いや君の場合はたっぷりか、ブランデーを注いで、怪物について話を聞く、それだけだ」
大臣は場を和ませるための小粋な冗談を飛ばしたつもりらしい。これでよくも大臣にまで成れたものだと思うが、何か特筆すべきものがあるのだろう。
「いいんだ、ロン、ハリー、ありがとうな。ここに居ちゃ校長先生に迷惑が掛かる。あー……お前らが蜘蛛を追っかけるみたいに、解決の糸口を掴んでくれれば、俺は直ぐに帰ってこれるさ。
そんじゃあ、校長先生。ちょっくら行ってきます」
森番は項垂れ、「ちょいと待った、最後に」と愛犬に山盛りのドッグフードを与えてから大臣と理事に連れられていった。
「さて、わしらも戻ろうかの。しかし、ボーンさん。老いぼれに戦えとは、随分と酷いことを言うものじゃの」
「生涯現役、そう仰せでしたので。それより、あれでよろしいでしょうか? 校長も学校を離れたくはないでしょう? 校長として、それともミスター・ダンブルドアとしてかは分かりませんが。
私達も私達の利益の為に、校長には残ってもらいますわ」
「……良いじゃろう。わしを求める者がいるならば、わしはここに残る。それがわしの役目じゃよ。ポッター君達はわしが送ろう。君たちはスネイプ先生と秘密のお話があるのじゃろう」
お姉様は、校長と目を合わせていた。
ポッター達は狩人達が校長を守ったのか、森番を売り渡したのか判断が付かない様で、困惑した顔でこちらを睨んでいた。口の形だけで「失せろ」と伝えると「クソが」と返って来た。
連中の姿が見えなくなってから、お姉様は寮監に頭を垂れた。
「ありがとうございました。寮監のお言葉が無ければ、紳士の社交に口を挟む馬鹿な娼婦になるところでした」
「……嫌味か」
「いえ、本心から感謝しておりますわ」
「俺からも感謝を。少しばかり猶予が出来ました。イングリットの意図によく気付いて頂いた」
「理事の「目を見たか」という言葉で、諸君が望むだろう事は分かっていた。それで、説明を」
「はい。
まず、秘密の部屋の入口は、マートルのトイレと呼ばれる3階廊下の女子トイレに在りました。そこからおそらく地下に続く通路があります。マートルが言うには、地下に魔術保護のかかった区域があり、それが秘密の部屋だろうと推測しています。
次に、怪物はバジリスク。といっても、雄鶏が産む卵を蟇蛙に孵化させるという、一般的なバジリスクではありません。秘密の部屋という儀式魔術によって召喚される、魔術的な疑似生命です。故に、痕跡は残らず、城内のどこにでも現れ、殺しても儀式を終えるまで蘇り続けます」
寮監は暫く黙考した後、首を振った。
「その魔力はどこから得ている? 怪物の正体は実際に襲われたのだから真実であろう。だが、その儀式を誰がどうやって続けられると言うのだ。守護霊の様なものであろうが、校長でさえその様な強力な術を使い続ける事は出来ないだろう」
「それは……」
お兄様が言い淀む。
まだ分からない。それは継承者の資質によるものか、あるいは術の特性によるものか。いずれにしても、儀式を打ち破るにはそれも解き明かさねばならない。
「あ、仮説ならありますよ。荒唐無稽かもしれませんが」
「何?」
ケントが夕食の献立を思いついた様な気軽さで言った。
「排泄物……つまり、糞です」
「それは言い換えなくても分かる」
「ドラゴンの糞が魔力を含む良質な肥料になるなら、魔術師のそれを集めても同じ事は言えるんじゃないでしょうか。尿はともかく、便の大半は水分と腸内細胞の死骸ですから、新鮮であれば魔力は揮発していないはずですよね。その魔力を使っているんじゃないでしょうか」
「あまり真面目に考えたくはないが、それならトイレが入口である理由も分かるな。マートルの言う、訳わかんない魔術、それがクソの転換機構だとすれば……」
「もう少し上品にならないかしら」
お姉様は窘めるが、話を止めろとは言わなかった。それだけ、ケントの話に聞く価値があると考えているのだろう。
「ケント、お上品に説明しろ」
「マリアの事よ」
「……姫様、何一つ擁護出来ませんが落ち込まないで。
とにかく、続けます。仮にこの儀式が下水を燃料に行われているものだとして、対策としては各便器に一時的な消失機構を付け、供給を絶ちます。汚泥のままという事はないと思いますが、おそらくは何らかの形で魔力は貯蔵されているでしょう。そこで僕らが秘密の部屋に潜り、貯蔵分の蛇を殺し尽くして、その上で転換機構を破壊することで儀式は継続できなくなるでしょう。
いかがです、教授」
「非常に理に適っている。他に湖や森の中に何かがあるのかと考えてはみたが、そういった何か異常な装置があれば、水中人やケンタウロスが黙ってはいないだろう。城内で怪しまれず、かつ継続的に魔力供給が出来る機構として、排泄物を利用することは非常に合理的である。
しかし、吾輩がこれを職員室で説明する姿を、諸君は想像できるかね」
寮監は心底嫌そうに表情を歪めた。ドロテアがここに居れば減点対象となる程に大笑いしただろう。
「普段の様に淡々と無表情で説明すれば良いのでは? 冗談で言っているとは思われないでしょう。「諸君、聞いて頂きたい。吾輩の助手が此度の事件を打ち破る方法を考案した。トイレを改設するのです」とでも始めればよろしいでしょう。お困りなら代わりに俺が説明しましょうか」
「吾輩の真似か? ふざけているのかね」
「至って真面目です」
隣で聞いているお姉様の口の端が軽く痙攣していたが、笑いださないのはせめてもの寮監への敬意だろう。ケントは腿をつねっている。
「俺も糞溜めに飛び込みたいわけではないので真面目に考えましたが、現状、儀式に対する魔力供給について考え得る手段はこれくらいです。楽しい遠足気分になれる様な場所に祭壇が在るならば、喜んでその可能性に飛びつくでしょう」
「半日。半日あれば改修は終わるだろう。クリスマス食事会、その時であれば全員が参集される。諸君はその時に動いてもらう。その間、継承者が暴れ出せば、教授陣が抑えに動く様に働きかけよう。人質の多い広間の方が諸君にとっては厄介であろう」
「ではその様に」
†
寮監と別れ、マートルのトイレに行くとヘルマンとドロテアが待っていた。
「ドロテア、良くなったか」
「はい、先輩。イングリットのおかげさまで。あと、ヘルマンに聞いたけど、ケントもありがとうね」
どうやらドロテアは聞いていなかった事にするらしい。お兄様が目配せをするので、頷いて返す。
「森番が連行されたそうですね」
「ああ、それは別にどうでもいいが、ケントが儀式の秘匿を暴いた様だ。解呪に続き、またお手柄だ」
「へぇ? 聞かせてくれ」
ヘルマンが眼鏡を抑えた。
「僕がと言うよりも、正確には寮監の言葉が決定的でした。どうやって儀式の為の魔力を供給しているのか。それは、トイレです」
そこまで聞いて、ヘルマンは一つ頷き、眼鏡を拭き始めた。
「ああ、そういう事か。魔術師の排泄物に残存する魔力を使っているのか。地下にあるのはその転換施設。そこで転換された魔力が動力と。だからそれを壊せば儀式は破綻する。よく気付いたね」
「それだけで分かる貴公は大概ですよ」
「推理なんてそんなものだろう。最後の1つが揃わなければ何もかも分からない事もあるし、1つの欠片が全てを埋める鍵になることもある。まぁ、継承者の動機は未だに分かっていないけれど、まずは儀式を終わらせよう。それで? いつ行くことになったんです?
……いや、食事会か。学徒を人質に取るだろうから、護る為にはひとところに集めた方がいい」
本当に1つの欠片で何もかもを察したらしい。
「いや待って待って、全然分かんないんだけど。じゃあ何? 私とイングリットはその……誰のだか分からないそれにやられたって事? 私汚されちゃったの?」
「ドロテア、お願い。止めて」
お姉様がドロテアを真顔で見るので、ドロテアも口を噤んだ。
「……まぁ、万物は流転するわけですし、その中の魔力を利用しているだけですからそう悲観的に捉えないでください。破傷風の危険も無いはずですし」
「ケントも止めろ。慰めているつもりだろうが、考えさせるな」
ケントは肩を竦めた。
「まぁ、どの様なものであれ、攻撃を食らいたくは無い。そこで僕も考えました。考えた末に、初歩的な術で事は足りると気づきました」
「湖の盾を使った耐久ではなく?」
「そもそも、湖の盾なんて持っていない魔術師たちは、どうやってバジリスクという生物兵器と渡り合ったのか。目を潰せばいいだけです。それも、物理的にでもなく、1年生でさえ扱える術で何とかなるでしょう」
「勿体ぶった言い方をするな」
「僕が悩んだ事をあっさりと後輩に読み解かれて悔しい気持ちを分かってください。作戦決行前には伝えますよ。教授陣にも死なれては困りますし。今は入口を開きましょう。これで開きませんでした、という訳にはいきません。蛇がダメだったとして、マリアでさえ砕けないなら本格的に爆破を検討しますが」
お兄様は笛を取り出すと、お姉様に視線を向けた。お兄様が蛇を呼び出し、お姉様が服従させる、という役割である。
「言葉は「開け」でいいのかしら? 他に試すとしたら……「我は求め訴えたり」ならどうかしら」
「魔術的ではあるが一般的に過ぎないか? 秘密の部屋に関わるなら、「我は継承者なり」はどうだ」
「穢れた血に死を」
ケントが至極平坦に言う。冗談のつもりもないらしい。
「物騒だな。私なら「純血の為に」だな」
「そりゃ物騒な事するための儀式なんだし。あたしは「光あれ」」
「あぁ、正解」
「何が?」
「バジリスク殺しの方法だよ。魔眼が脅威なら目を眩ませて遠距離で叩く。これだけで殺すには十分の時間を得られるだろうけど、ピット器官が有ったとして火炎瓶を投げればいいし、嗅覚は血の酒、聴覚はオルゴールを使えばいい」
「模造品とはいえ、お母様の想い出の品を囮に使うのは嫌だ」
「なら時限爆発瓶でも使えばいい。僕らにとって聞き慣れた音でも、畜生にとっては意味不明の駆動音と爆音だ」
「そうね。それで、ヘルマンは何を言って欲しいのかしら」
「単純に「開け」でいいと思う」
「その心は?」
「判断材料がないから。蛇語話者特有の慣用句があるかもしれないし、コブラとアナコンダでは発音が違うかもしれない。こればかりは開くと思ってあたるしかない。
ダメならマリアを見習って押し入るだけさ」
「馬鹿にしているのか?」
「いや? 鍵がないなら錠を壊すのは至極合理的だろう」
「そうね。ではお兄様、お願いします」
お兄様が笛を吹き鳴らし、飛び退いた。赤紫の光が放たれ、悪夢と現実とを繋ぐ道が開かれる。そこから、牙を持つ大蛇の首が飛び出した。お姉様がそれに杖を向け、目を閉じた。
「効いたか?」
「ええ」
蛇はゆらゆらと揺れながら、入口となる柱を見ている。お姉様が口を開くと、表音出来ぬ声が蛇から発せられた。
「ほう……帰っていいぞ」
お兄様が撫ぜると、蛇は静かに悪夢へと微睡んでいった。
柱は床に飲み込まれる様に沈み、水道管が剥き出しとなった。そこには穴が穿たれ、人が通れる様になっていた。中は急な坂となっており、進むならば滑り降りるというよりも落ちるという表現の方が似つかわしい。
「「開け」で本当に開くなんて……」
「もしかしたら蛇語なら何でもいいのかもしれないな。それを話せると言うだけで継承者候補程度には成れるのかもしれない」
「では俺達も継承者か。随分と安い資格だな。
さて……行きはよいが帰りはどうする? 見たところ、レバーや踏石といった制御装置はなさそうだ。秘匿を考えれば、開いたままという事も考えられまい。
と、言っているそばからこれだ」
柱が床からせり出してきた。踏みつけて抑えるが、その速度が緩んだ程度であった。
「姫様、全力ですか?」
「靴底が割れそうな程にな。武器を噛ませた程度では止まらないだろう」
「十分だ。脚を離していい」
「はい、お兄様」
脚を離せば、緩やかに速度を上げた後、柱は配管を覆い、元の手洗い台となった。
「あんな狭所で蛇を呼び出せば、そのまま悪夢に引きずり込まれま……いえ、そもそもマダラスの蛇である必要がないじゃないですか。ヘルマン、何故マダラスの蛇を?」
「狩人と親和性が高いからね。鳴き声ならともかくとしても、言葉を発せというのは単純な蛇に命令出来るかな。腑分けの双子や蛇の寄生者、それにヤーナムの影程、僕らは蛇を知悉しているわけじゃない」
「まぁ、心配することも無いんじゃない? この構造なら、継承者も蛇に押し上げてもらってんだろーし。あたしらも地底で蛇を召喚して、それに乗っかって行けばいいんじゃない」
「それに中がどうであれ、放置していれば緩慢な狂気が蔓延る事になるでしょう。学徒は少なく、一堂に会する今日この日を除いて、機会はありませんわ」
お姉様もドロテアも普段からすれば幾分前のめりになっている様に感じられるが、復讐心に駆られているわけではない。不意を突かれたとはいえ、狩人でありながらも逆に狩られた。その毒牙が、本当に只人に向かって突き立てられたならば。そう考えれば、解決を急ぐのも無理はない。
ただ血気に逸り、無謀に突入しようというわけでもない。特異な構造の聖杯では、脇道と本道が繋がっているものがあり、そこではレバーを動作させずとも裏から封印された扉を開くことが出来る。この入口もまた同様の可能性があると言えるだろう。
「まぁ、帰れなかった場合を考え、開き方は寮監に伝えておこう。最悪、ポッターならば開けるはずだ」
「そういえば、ポッター先輩が継承者という可能性もまた浮上したのでは? ここを開いて継承者の権能を得たら魔力も無尽蔵でしょう。蛇の召喚も可能になるのではないでしょうか。
彼が継承者であるとして、その立場からすれば、彼のしてきたことは自殺行為だというのは分かるんですが」
「可能かどうかで言えば可能だろう。だが、俺が彼であればマルフォイ少年を殺すだろうな。付きまとってくるクリービーや継承者だと囃し立てた穴熊寮生より、余程殺意が湧くだろう。
もっとも、犠牲者は彼に都合が良い人物ばかりである事とは矛盾する様だがな」
ポッターはクリービーから向けられる熱意に気を良くしている様子は無く、フレッチリーとマクミラン襲撃にしてもごく短期的に考えればポッターの悪評が拡散されることを留めていた。直後に口を封じたと恐れられる様になっただけだが。
では、お姉様とドロテアは何故か。
「継承者は今まで狩人を襲わなかったが、何故今になって……それだけ切羽詰まった、という事だろうか」
「僕らはトイレの前でたむろしてましたからね。女子トイレの前に男子の集団が出来ていれば、変態と思うか、それとも……」
「秘密の部屋の入口が曝露されたと焦る。確かに何人か通ったな。ディルク、ケント、覚えはありますか? 穴熊の7年、蛇寮の3年……あとは獅子寮の双子は除いていいです。僕は途中でトイレに行ったので、その間は誰が?」
お兄様はこめかみを軽く叩き、ケントは目をつむる。
「鷲寮と獅子寮の監督生だな。獅子寮の方は赤毛の一族だ。その後に双子が来た」
「あの監督生達は何か疚しい雰囲気でしたよね」
「まぁ……逢引をするのに隠れる必要があるのか、というのは分からんが」
「ご自分はどうなんです? モテるのにそういう噂がないのはどういう事だって噂されてますけど」
「妖女シスターズに憧れる女子がいたとして、付き合いたいかは別だろう。それに俺は普段から妹が学内で最も美人だと言っているからな。イングリットと顔の出来で争いたい女が居るか?」
お姉様が咳ばらいをした。
「僕の学年だとドロテア先輩もカワイイ系で大人気ですよ。面倒見良くて距離感が近いのも高評価の理由ですね」
「私はどうなんだ」
「獅子殺しとして崇められてますね」
「美醜の話でそれか」
「それです」
ダフネに教えを乞うべきだろうか。
「それでウィーズリーの……パーシヴァルだったか? 確かにあいつは俺達の捜索について、何度も夜間外出は止めろと言ってきたな。監督生の責務とやらに血道を上げていたが、それが実は継承者として捜査妨害を試みていた、ということも言えなくはない」
「腹芸が出来ない様に見えてそれさえも演技というなら、一流の工作員になれますよ。あの無能よりよほど。「私にかかれば秘密の部屋はもう見つけたも同然です――あと、ほんの少し、皆さんの信頼を分けて頂ければね」だなんて、よくも言えるものです。僕らが2人も犠牲を出して、漸く掴んだ糸口だというのに」
「ヘルマン。貴公の苛立ちは分かるが、後にしよう。愚者の戦は腹ごしらえから、だ」
ヘルマンは仕込み杖、それも刃鞭形態を得意とする。傷を負わないその戦闘法から、血が満ちている時に力を生み出す血晶を好む。
お姉様やドロテアが傷付けられた事の怒りは、臓腑を焼き切る様な熱を持っている。しかし、怒りに我を忘れて武器を振るってはならないとしたのはヘルマンだった。そのヘルマンがこうまでも心を揺り動かされている。その事実にどの口が言ったのかとも思うが、それと同じだけ嬉しく思う。常に冷静で在れとした彼の言葉は、狩人としての矜持に因るものでもなく、同胞を案じるが故の言葉であると改めて思い知った。
ヘルマンの矛盾をそう受け止めるだけの心の置き場は、ケントの狩人だからと平静でいる方がおかしいという言葉によるものか。幾らか心が軽くなった気はする。
「……そうですね。確かに、僕らは食事会にはいけない。今の内に何か食べておきましょう」
「クリスマスのプディングは格別なんだが、残念だ」
「その代わり、血の酒の一等品を出そう。勝利の後に飲む酒、それに優るものはあるまい」