「酷く痛みを伴う死を恐れるならば、近寄るなかれ」
校長の言葉は危険を知らしめるものではない
学徒の探求心を煽るものだ
禁忌とは破られるためにある
噂のハリー・ポッターはグリフィンドールと宣言されていた。その際、生徒達はざわざわと、あるいはひそひそと話しながら、彼の事を観察していた。背は高くもなく低くもなく、黒い癖っ毛をそのままに、酷いセンスの丸眼鏡をかけていた。それだけの事だった。
つまり、彼は生き残った子であるだけで、勝ち抜いた子ではない様だ。ただ、それは本質的には本人にしか関係のないことで、周りがとやかく言うものではないだろう。隣に座るダフネもまた、さして興味のない様子だった。
全ての生徒の組分けが終わると、宴となった。
些か下品に感じる金の大皿には、肉料理と芋と豆、つまり英国料理が盛り付けられている。家庭の事情で食べることが出来ない豚肉を除き、味は確かに素晴らしいと思えるものだったが、彩がない。スープが無いことも不満だ。魚料理と思われるものはフィッシュアンドチップスである。食事というよりは、パブランチである。これが、英国の食事文化。
聖杯の中において、食事を摂ることはない。浴びる血が満腹感と誤認されるのか、腹が減ることは無い為に。それは尋常な精神を持っている者にとって、幸せだと言える。人が臓物をまき散らし、それを啜る獣たち。病巣の臓器。とろけた胎児の死骸。腐った黄色い背骨。それらに囲まれながら摂る食事とは、どの様な味がするのか考えたくもない。
その様な過去があるせいか、現在のヤーナムは食に対して貪欲である。近いところでは独仏伊、遠くは日本まで、様々な国の料理が食卓に並ぶ。全ての民が狩人であるわけではない。むしろ、狩人となるのは圧倒的少数。しかし、その想いは一つ。二度とあの様な悪夢は繰り返さないと。故に、様々な技術を発展させていったのだ。食文化の流入は技術の吸収と共に在った。
食事と言うべきか、軽食というべきか、ともかく肉と芋と豆を味わった後、食卓に出されたのは数々のデザートだった。
「甘味。それこそが魔法。そうは思わないか」
「マリア、身体壊すわよ」
ダフネはラズベリーとマスカットのアイスクリームを皿に盛っている。ここまで素晴らしい甘味を前にして、よくもそこまでお上品に食べられるものだと感心させられた。
「甘味を控えれば、長生きはするだろう。だけど、だけどね。健康に良いものを食べて心貧しく死ぬよりは、幸せに食べて早死にするべきだろう!
人間というものは、甘味と塩を求めて止まなかった。歴史を紐解けば、いくらでもその象徴的出来事がある。塩は身体に必須だが、甘味はそうではない。熱源を得たいのであれば、豆でも食べていればいい。だが、そうはならなかった。つまり、甘味とは、精神にとっての必須栄養素。魔法を学ぶと言うならば、まず真っ先に製菓を学ぶべきだ」
喫茶文化が発展したせいか、英国の甘味事情は他国のそれに劣らない。劣悪な土壌や水質、腐敗が前提の流通、それらを誤魔化す為に非魔法界の英国人達は調味料を発展させた。だが、菓子はそれらの影響を受けない。基本的に、小麦と砂糖があれば甘味は出来るのだ。他方、魔法族は百味ビーンズやペロペロ酸飴などといったものを作り上げた。味覚に対しての冒涜である。
「面倒臭い事を言っているけれど、甘い物が大好きってことよね」
「大好きにさせる甘い物が素晴らしいという話をしているんだ。ダフネ、いったい私の何を聞いていたんだ?」
「……何も聞いてないわ」
「そうか。いつかきっと貴公も分かるだろう。ああ、そっちのプディングをとってくれないか。未だ食べていな――なんだと?」
未だ大皿には美しく震えるプディングが残っていたというのに、一瞬にしてテーブルからは一切のデザートが消えてしまった。これが甘き夢の目覚め、全て忘れてしまうのか。
ダンブルドア校長が立ち上がった。
「さて、全員よく食べ、よく飲んだことじゃろうから――」
「未だだ、未だ食べていなかったのに……おのれ校長」
「静かにしてなさい」
ぼそりと呟いた呪詛をダフネが咎めた。
兄や姉たちに甘やかされて育ってきた為、こうして対等に物を言う存在は非常に新鮮だった。グレンジャーもまたそうであったが、彼女の場合は交流というよりも、情報交換といった趣だった。ダフネはまだ友人というわけではないが、その萌芽にむず痒さを感じた。
「――構内にある森に入ってはならん。これは上級生にも、特に何人かの生徒にも注意をしておこう」
その目はグリフィンドールのテーブルに注がれていた。赤毛の双子が肩をすくめている。
「次に、フィルチ管理人より、授業の合間に廊下で魔法を使わない様にと注意があった。他には、今学期は2週目にクィディッチの予選がある。寮のチームに参加したい人は、フーチ先生に届け出る様に」
校長が指し示した先には、短い白髪の女性がいた。猛禽を思わせる鋭い眼をしている。
「最後となるが、酷く痛い死に方をしたくない人は、今年いっぱいは4階の右側の廊下に入ってはならん」
やはりホグワーツは魔界である。
危険がある。それを放置し、単に注意喚起があるのみ。
死にたくなければ近づくな、近づいた者は勝手に死ねということだ。常識で言えば、その様な危険があるのであれば、全力で排除しようとするだろう。学期が始まる前に危険があることを認識していながら、何の対処もせず、生徒の自己責任とは、教師が聞いて呆れる。
宣告を聞く上級生たちも別段騒ぐことが無いのであるから、ホグワーツでの生活は常に危険に満ちており、死と隣り合わせであることが分かる。入学試験を生き残ったからと言って、安穏としてはいられまい。常に淘汰の圧力が生徒にかけられている。この程度で命を落とす様な不用心な人間は、魔法界の秘匿を破る事態を起こすということだろう。種族保存の為、弱者を切り捨てる。実に野生的でありながら、学生という未熟な状態にある内にそれを処理するという、人ゆえの合理性はある種の美しさすら覚える。
先程は無警戒に食事をしてしまったが、迂闊だった。毒が入っていたらどうする。
魔法使いを魔法使いとする原因は、その血に住まう虫である。一般的に魔法界での認識がどうなっているのかは知らないが、少なくとも狩人の間では常識だった。その虫が精霊たる軟らかな瞳を媒介とし、上位者の住まう宇宙への交信を行う。そして神秘の魔法を顕現させるのだ。
獣狩りに用いられる、あるいは獣が用いる毒の類はその虫に作用するものであり、正しくヒトにとっての毒ではなかった。つまり、魔法族であるか否かは、その毒を摂取することで分かるのだ。非魔法族の前で毒に苦しめば、直ちに露呈する。おそらく、異端審問の時代にはそうして選別された者が火刑に処されたのだろう。
幸い、一度に大量に摂取しない限りは、虫自身がそれらを無毒化する。組分けに因って知った、クラッブとゴイルという名のマルフォイの下男の様に、貪り喰わなければ影響はない。テーブルマナーを覚えさせつつ、毒の対処法を覚えさせ、そして学ばない者に死を与えると考えれば、これほど都合の良いことはあるまい。
良家の生まれであるマルフォイもダフネも、その食事の所作は美しいものだったが、それは家格が原因ではなく、生存を理由としていたのだ。甘味に我を忘れてしまった事を恥じる。ダフネの「身体を壊す」とは、正しく忠告であり、気づきを与えようとしていたのだ。組分けしかり、食事しかり、ダフネの柔和な面持ちの中に、冷静さがあり、かつその表情通り慈愛が溢れている。ああ、素晴らしき協力者よ。
「ダフネ」
「何?」
「生き残ろう」
「……近づかなければいいだけじゃない」
「甘い。デザートよりも。ここは、ホグワーツだ。貴女は二度も私を救った。報恩はいずれ」
何の事やら、と困惑しているダフネ。恥をかかせまいと、その様に惚けるのだろう。何と高貴な振る舞いか。次の長期休暇はアンネリーゼ女王に拝謁し、身の振る舞いを学ぶことを決意する。
「さて、寝る前に校歌を歌おう」
校長が杖を振るうと、黄金のリボンが滑らかに流れ出て、空中に文字を描いた。それは、尋常ならざる奇妙な歌詞だった。
ホグワーツ ホグワーツ
ホグホグ ワツワツ ホグワーツ
教えてどうぞ僕たちに
老いても禿げても青二才でも
頭には何とか詰め込める
面白いものを詰め込める
今は空っぽ 空気詰め
死んだ蝿やら がらくた詰め
教えて 価値のあるものを
教えて 忘れてしまったものを
ベストを尽くせば あとはお任せ
学べよ脳みそ 腐るまで
尋常ではない、だが、理解できた。全ての源流を。
教会が脳に瞳を求めたその狂気を。
狩人が脳に文字を刻むその意味を。
メンシスの狂人が肉体を木乃伊とした理由を。
脳が震えそうだ。
思わず身をかき抱いてしまう。
この歌詞は、上位者との再会を求めている。遥か古の、神代の頃に魔法族を魔法族たらしめた上位者への再会を求めているのだ。上位者に見えるための智慧を求め、そして、上位者の赤子である事を思い出せと。
月の魔物の子たる我らヤーナムの民。それは、更なる上位者に見えるための、英国魔法界の成した儀式の一環なのだ。かつてヤーナムが悪夢に飲まれたのは、メンシスの狂人共が上位者になる為だと考えていた。しかし、この悍ましい歌を聞いて思う。彼奴らは上位者となり、更なる上位者に見える為に月の魔物を呼び寄せたのだ。
月の魔物が何故人の血を流し、上位者としてあまりにも人に近い姿をしていたのか。あれは、偉大な上位者ではない。太古の上位者の使者なのだ。そして、その性質を今のヒトに継ぐ為の供儀の贄。
特別な赤子とは、我らの事ではない。我らより遥かに血を濃くした、いずれ来る我らの子と太古の上位者との赤子の事。
即ち、獣狩りの夜は、未だ明けていない、という事だ。
ウィレームに学んだ学徒は上位者との血の交わりを情けない進化と蔑んだ。人として上位者に伍するという、ウィレームの教えによるものだろうと考えていた。だが、違う。上位者となり、更に旧き上位者に見えようとするその行いを、退化だと断じていたのだ。
ウィレーム先生は正しい。その言葉に含まれた意味は、重い。
足取り重く、監督生に連れられて向かうは地下牢。学徒でありながら囚人である様は、実験棟の患者と同じものを感じる。あの校歌の通り、頭に詰め込んだ結果が、失敗作ではないか。
スリザリン寮生は他寮に比べ少ない。全校生徒約1千名であり、4寮が存在するのだから、多少のばらつきはあれど、1つの寮毎に250名であるはずだが、スリザリン寮生は200に満たない。故に、上級生には個室という名の独房が与えられ、下級生には4人の共同房が割り当てられる。今年の新入生は少ないが故に、2人で使用して良いとのことだった。
ダフネには旧知の新入生が何名かいたが、同室となってくれた。普段から家の付き合いがある為、ここでも一緒では変わり映えがしないとのことだったが、後で詳しく聞けば、それらは面倒な人間だからだという。躱し方を知っているだろう人間と、対して数時間しか一緒にいない自分の方が面倒ではないかと訊けば、知っていてなお面倒に思う人間に付き合うより、自分と付き合う方がまだ好意を持てる可能性があるということだった。
打算に基づくということを率直に言われたのは、こちらの反応を試しているのだろう。好意を持てることを期待している、ということだ。同室であることを許す程度には心を許しているという意思表示であり、友人となろうという意思表示だ。
明日の授業の支度を終え、寝床に入る。いかな狩人の装束の収納機能が優れているとはいえ、直ぐに取り出すには整理が必要だった。トランクが不要であることにダフネは驚いたが、原理はトランクに掛ける空間拡張の魔法を服のポケットに施したものと説明すれば、得心がいった様だった。次の休暇には、仕立屋に同じ細工をさせてみると言う。
「おやすみ、ダフネ」
「おやすみ、マリア」
疲れているのに、ダフネの静かな寝息がする頃になっても、眠れなかった。
父王と女王達は何故この様な場所に我らを通わせるか。あれだけ我らを愛し、育む者達が、何故その吾子を死地に送り込むか。
それには理由がある。
王たちは仰せなのだ。
秘儀を破れと。
完走できるか、という感想を頂いてますね。感想に返信するのは、本当にエタった時が怖いので控えてます。
ハリー・ポッターもエターが多い様ですが、その示準は賢者の石編を超えられるかどうか、というところのようです。つまり、賢者の石編はガスコイン神父。
その次が炎のゴブレット終了後。お辞儀様復活後のオリ主展開は、エブたそや黒獣みたいな一本道ルートを外れたり、地底人になって修行イベントを与えねばならないので。
まぁ、最悪の場合、これもまた悪夢であって、ミコラーシュみたいな目覚めを迎えるという夢オチが可能じゃないですかね。
あと、今更ファンタビ見まして、マグルの事を「非魔法族」って言うのを初めて知りました。
マグルの身としては、マグルって言葉自体が蔑称に感じるんですよ。トロール、ゴブリン、スクイブ、マグル、みたいに、魔法使えなければ人に非ず的な。
なので、価値観が「獣か人か」「虫に寄生されてる魔法族の方がキモくね」って思っているヤーナム民は「非魔法族」を使っているっていう設定を作っていたんですが、ヤーナムには米国の血が混じっているみたいですね……。
なお、多くの方がお気づきかと思いますが、ホグワーツは原作基準のままです。特別な智慧を持つマリアちゃんが盛大な勘違いをしているだけです。
ビルゲンワースは確かにホグワーツが元になっていますが、意識高い系の連中が意識他界しちゃった結果ああなったという感じで考えています。なので、ダンブルドアはホグワーツを実験棟にしようとは思っていないです。ただ、オドンによって無意識でそうしてるってのも面白いなぁと思いますが。
お辞儀様は最早人の魂を為してないので、狩人にはなれません。
殺人が魂を引き裂く行為であるのだから、元は人である獣を狩りまくっている人たちの魂はシュレッダーにかけられる様なもんです。なので、弱った魂は契約を結べずに獣化する。お辞儀様は狩人の事を知ってから後悔したでしょうねぇ。おお、適当に作った「狩人はあんまり魔法族にも知られていない」設定が、マグル育ちのトムは狩人の事を知らないという設定に派生しましたね。
物語中ではないところで設定語るのもなんだかなぁって思うんですよ。
けど、残念ながら文章力と構成力が無いんでそれが出来んのですよ。
設定だけで別話として投稿される方もいらっしゃって、そういう方々をけなしてるわけではないです。
フロムって、明確に何かを教えてくれないじゃないですか。蒙を啓いて瞳を持ったフロム脳じゃないと理解できない。それをお話として表現するには、設定として分けて書いちゃならんなぁと。
私の書きたい様には私の力がそうさせてくれないっていう。
まぁ、啓蒙高い貴公らにとって、私のブラボ解釈は噴飯ものでしょうから、設定なんてあってもなくても変わんないんですけどね。