ホグワーツと月花の狩人   作:榧澤卯月

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跨ることで、飛行を可能とする
滑稽にも、それは秘部を擦り付けている様に見える

おそらくは、それが起源なのであろう
陶酔と浮遊とは同義なのだから






 初週を生き残ったせいか、どの新入生も緊張の色が薄くなってきた。特に、非魔法族生まれの者にその傾向が大きい。生まれによって淘汰される事は無く、死は等しく手を抜いた者に降り注ぐという事が分かったのだろう。

 馬鹿と蔑まれるハッフルパフ生ですら蔑むロングボトムだが、高名な闇祓いの息子で、純血という事だった。確かにロングボトムの名は聞き覚えがあるが、そのロングボトムがこのロングボトムだとは思うまい。

 この事実は大多数の魔法族生まれに衝撃を与えた。血こそが能力の源であり、マグルやマグル生まれよりも魔法族は生物的に優勢種であると、心の底で考えている人間だ。それは決して少ない数ではない。自分に出来る事が出来ない人間を劣っていると、子どもの純粋な感性が訴える。

 彼らの理屈が正しいのであれば、ロングボトムは非常に優秀なはずだが、奇跡の人(ハッフルパフ生曰く、入学出来たことが奇跡の意)ロングボトムはどの分野でも逆方向に非凡な才能を見せた。

 この都合の悪い事実に対し、レイブンクローが提唱した仮説がある。

 

「ロングボトムは蛇寮から獅子寮へ送られた工作員である。だから穴熊寮ではないのだ」

 

 という説だった。

 荒唐無稽に思えたが、スリザリンを憎悪する者からすれば「スリザリンならやりかねない」であろうし、ロングボトムは「グリフィンドールらしくない」生徒であり、「ハッフルパフではない」という事実は、誰の心にも消すことができない靄を生み出したのだった。

 先日の生体腐食事件も、本人は多少の出来物が出来た程度で、その周囲にいた獅子寮の生徒の方が大きな被害を受けた事もその言説に合致した。いわば彼は自爆テロリストだった。

 レイブンクローがグリフィンドールの内部不和を生み出す為のプロパガンダだと、おそらく真実であろう反論をする者もいた。だが、それまで「寄るな、馬鹿が感染る」とロングボトムを病原体扱いしていたスリザリン生は「ロングボトムは我が英雄、我が誉れ」と歓呼し、そして即座に「自ら犠牲となって寮に尽くすなんて、グリフィンドールお得意の騎士道精神じゃないか! 血の裏切り者め!」と掌を返すのだから混沌を極めた。

 

 グレンジャーは冷徹な知能と高慢な慈悲によってロングボトムを更生させようとした。

 

「ネビル、あなたがからかわれるのは、あなたがちゃんとしてないからよ。分からないことがあればなんでも言って。しっかり教えてあげるから」

 

 それがかえって惨めな少年の僅かばかりの自尊心を蝕んでいることは分からない様だった。憐れ、彼女に人の心は分からない。魔法界の常識で言えば有能であるはずの自分が、マグル生まれの異性に一挙一動を漏らさず叱咤される。男子の間であれば、教授への愚痴であったり、あるいは猥談だったりと気を紛らわせることも出来ただろうが、彼女の吐く正論は彼の逃げ場を塞ぎ、処刑台に追い立てるのだった。

 彼の困り果てた力のない笑顔を、映画で見た覚えがある。何だったかと思えば、レイブンクローの上級生が放った「微笑みデブ」の言葉で思い出した。

 

 

 当然、二週目も同様の惨劇が生まれるだろうが、先週より酷いことになりそうだった。

 

「この時を待ってたんだ。一年生は自分の箒を持ち込んではならない。一年生はクィディッチの代表選手になる資格がない。全く、無能なマグル生まれの為にどれだけ僕たちが我慢させられてるんだ? なぁテオ」

「そう言うなよ、ドラコ。我らが親愛なるロングボトム君が、ホグワーツは純血にも優しいってことを知らしめてくれるさ」

 

 木曜日の朝食。大広間に集う一年生は皆一様に飛行術の話をしていた。非魔法族は不安から、魔法族は期待から興奮し、マルフォイはいつにも増して自慢話を盛るのだった。彼の話はいつもヘリコプターを危うく躱したところで終わるが、今度はそれを追跡し、追い抜いたということになっていた。

 彼の家柄であれば、敢えて魔法界の秘匿を破る事などしないだろう。とすれば、彼の話に嘘があるか、彼は接近してくるヘリコプターを認識できない程に飛行が下手なのだろう。

 

「君はどうなんだい、マリア」

「気安く女子の名前を呼ぶものじゃないぞ、マルフォイ。で、何がどう、なんだ」

「何って、箒に決まってるじゃないか。君の兄君も姉君も代表選手だろう」

 

 お兄様とお姉様はチェイサーである。自分自身はそこまで興味がないが、お兄様は来年度が最高学年となるので、その1年だけはチームに加わりたいと思っている。自分に才能があるのかどうかは分からないが、人並み程度には乗れるだろう。高低差が尋常ではないヤーナムでは、飛行術は非魔法族の自転車と同じ程度に必須の技術である。

 

「さてね。精々恥をかかない様にと祈るばかりさ。ああ心配だ」

「やっぱり魔法族でも出来る子と出来ない子がいるのね。あぁ良かった」

「グレンジャー、アンタのカレシは出来ない子よ」

 

 どこから湧いて出てきたグレンジャー。パーキンソンは野良犬を追い払う様な仕草をした。

 

「ネビルはそんなんじゃないわ」

「じゃあ何? アンタの子? マグルから生まれたのなら、あの無能さも納得ね」

「勝手に言ってるといいわ。それでマリア、何かコツとかないの? 飛行術に関する本は図書館で片っ端から読んだけど、どれも箒が身近にあるってことを前提にしているから、より上手く飛ぶコツばかり紹介していて、何の役にも立たないわ。魔法界ってやっぱり教育制度が稚拙だと思うわ。だから倫理や社会性が欠如しているのね」

「それこそご勝手に、よ。所詮、アンタは魔力を持ったマグルでしかないもの。魔女じゃないわ」

「そう、そのマグルに一つでも試験の成績が勝てるといいわね」

 

 パーキンソンの言うことは純血主義狂信者のそれであり、スリザリン生の中には顔を顰める者もいた。スリザリンに入寮したからと言って皆が純血でもなく、むしろ両親が非魔法族であるという者もいる。他寮にとっては意外に思われるだろうが、彼らの序列は最下層ではない。純血が尊ばれることは間違いないが、純血でないことによって蔑まれることはない。聖血とまで称される純血はたった28の一族であり、それ以外の者が圧倒的に多いのだから、そこで純血以外を排除しようという考えは現実的ではない。何より、組分け帽子がスリザリンに選んだという事実は、血は異なれども同じ性質を持つ者として、少なからず連帯感を生んでいた。スリザリンの最下層とは、蛇寮、即ち家族を裏切る者であり、裏切りとは他寮に敗北することである。純血が最も尊ばれるという風潮はあるが、純血がそれに違わず優秀であることも事実だった。

 

「感覚というものは教える、教わるというものじゃないだろう。君が誇る変身術の様にね」

「マリア、まだ燐寸棒を針に出来ないの? マクゴナガル先生が言ってたじゃない。具体的なイメージが大切だって」

 

 しばらくは獣血の丸薬を飲むことがないだろう。今のグレンジャーの言葉を思い出すだけで、獣性が高まる。

 

「マリア、抑えて。ステイ、マリア。ステイ、よ」

「そうかダフネ、スープを満足に飲むことも出来ない貴公は変身術が出来ない私を人以下の犬畜生だと思っているというわけか。そうかそうか。姉上に言いつけるからな」

「グレンジャー、ハウス。私に飛び火させないで」

「生憎と私は可愛らしい子犬じゃないわ。私を帰らせたいなら飛行術のコツを教える事ね」

「なんなのコイツ? 狂犬病じゃないの……?」

「狂犬病? 魔法界にもそんな医学知識があったなんて新しい発見だわ。魔法界には細菌やウイルスなんて概念がなくて、病気は全て呪いで起きると思ってるんだと考えていたけど。ちなみに目の前のものへの攻撃性は犬にしか起きない症状で、ヒトが感染した場合は水を恐れる様になるわ」

「いいからもう帰りなさいよ」

 

 

 幸いなことに、忌まわしい時間はそう長く続かなかった。

 フクロウ達が手紙や荷物を運んできたので、グレンジャーもグリフィンドールのテーブルに戻っていった。ここで手紙を開けば、たちまちブルストロードあたりに取り上げられ、音読されただろう。ブルストロードは大抵の男子よりも長身だった。後数年すれば男子の成長期がやってきて、追い越されるだろうが。

 

「思い出し玉だ!」

 

 ロングボトムが叫んでいた。見れば、手に小さな水晶玉を持っていた。

 

「何か忘れてると、この玉が教えてくれるんだ。見てごらん。こういう風にぎゅっと握るんだよ。もし赤くなったら……あれれ」

「なぁネビル、その玉が思い出し玉って知ってるんだよな? その玉は前から持ってたのか?」

「うん、そうだよ。ばあちゃんは僕が忘れっぽいことを知っているから……」

「多分、その玉を家に忘れたことを忘れてるんじゃないか」

「……うん、そうだったみたい」

 

 一度赤い煙が立ち込めた水晶玉だったが、白色に戻った。

 

「へぇ、面白い物を持ってるじゃないか。忘れたことだけを教えて、忘れた物は教えてくれないっていうのか。実に馬鹿らしい」

 

 馬鹿らしいのはいちいち絡みに行くマルフォイもそうだろう。

 ポッターとウィーズリーは大きく音を立てて立ち上がった。それに応じるこの2人も馬鹿らしい。

 

「何だマルフォイ。パパにねだって買ってもらったらどうだ」

「残念だなぁ。僕の家の様に、格式ある家ではこういうおもちゃは買ってもらえないんだ。まぁ、ウィーズリーの家じゃ、娯楽に費やす金はないんだろうけど」

 

 ウィーズリーの髪と顔が同じ色になった。ポッターはマルフォイの鼻を殴るか顎を殴るか見定めている様だった。

 

「「おおぅ、言ってくれるじゃないか、マルフォイ坊ちゃま」」

 

 彼らの後ろから、双子の赤毛が現れた。まるで台本を用意しているかの様に、全く同じ台詞を吐く。彼らはグリフィンドールのビーターで、お姉様が仰るには、連携攻撃に優れ、翻弄されるということだった。双子の容姿を利用して、自らの位置を偽装し、相手を混乱させるとも。

 

「いやいや、落ち着いてくれよ。別に喧嘩にしゃしゃり出てくるつもりはないんだ」

「義兄としてはね」

「どういうことだよフレッド!」

「聞いてくれよジョージ! どうやら僕らのロニーはモテ期が来てるらしいんだ!」

「何だってフレッド! 俺たちだってフレンドがいないんだぜ!」

「悲しい事実はさておいて、僕らの妹、ロニーはスリザリンのマルフォイ坊ちゃまから懸想されているらしいんだ!」

「わぁーお! なんてこった! 僕らの可愛い妹に!? でも残念だな、グリフィンドールとスリザリンじゃ、障害は大きいぞ!」

「障害が大きいからこそ、愛は深まるってもんだぜ! ああ、ロニー、ロニー、どうして貴女はグリフィンドールなんだ!? ってね」

「そうか、だからこうして事あるごとにグリフィンドールに近づいてくるってわけか! 健気じゃないか! ロニー、投げキッスの一つでもくれてやれよ!」

「焦らせる女の方がセクシーだぜ」

「さて、ドラコ坊ちゃん、どっちがフレッドでどっちがジョージでしょうか」

 

 余りの勢いに面食らっていたマルフォイは、漸く自分に対する侮蔑を理解した様だった。病的に青白い表情は今やウィーズリー兄弟の髪よりも赤く染まっていた。グリフィンドールの男子生徒は指笛を吹き鳴らし、女子生徒は黄色い声を上げていた。

 

「……僕を同性愛者だと言うのか! 血を裏切った血族が!」

「どうかしたのですか」

 

 冷徹。その声を評すなら、その一言だった。一瞬でグリフィンドールの生徒達は静まり返り、紳士淑女の清々しい朝食風景を作り上げた。それは魔法の様で、人形たちが変身術をかけられた様に思えた。

 

「……ロングボトムが思い出し玉を見せびらかしていたので、見てあげようかと」

「そうですか。気は済みましたか」

「はい」

「ならば食事に戻りなさい」

 

 マクゴナガル教授は為政者ではなく、処刑者だった。

 

「「さすが寮監! 愛してるぜ!」」

「でしたら、変身術の授業も愛して欲しいものですね」

 

 

 良く晴れた日だ。時折吹く穏やかな風が、遠くに見える禁じられた森の木々を揺らした。それは波の様に一体となり、森そのものが一つの生き物の様にも思えた。

 こんな日は、サンドウィッチでもかじって小腹を埋め、温かな日光を背中に浴び、可憐な花に集く蝶を愛でながら、狙撃の練習をしたくなる。ヤーナム聖杯に昼はなく、その他の聖杯はそもそも地下遺跡なのだから、日の光がある時はそれを満喫したい。

 そんなことをぼんやりと考えていると、フーチ先生がやってきた。

 

「遅い!」

 

 グリフィンドールの生徒達は、我が寮よりも大分遅れてやってきた。蛇寮は大半の生徒が魔法族生まれであり、日常的に箒に乗っているのだから憶するものがない。一方で、獅子寮の生徒はそうでないのだから、服装の支度をするにしても、心の支度をするにしても時間がかかるのだろう。スカートで飛行するという破廉恥な事をしたいのであれば別となるが。

 

「さっさと箒の傍に立ちなさい!」

 

 フーチ先生ではない、フーチ教官が言った。

 

「右手を箒の上にかざし、上がれと言いなさい。そうすれば、自ずと箒が掌に飛び込んできます」

 

 生徒は一斉に上がれと言った。そんなことをせずとも、身をかがめ、拾えばいいだけの事だが、これもまた箒を乗りこなすための儀式の一環なのだろう。普段の女子組は「上がってごらんなさい」だの「上がって頂戴」だのと気取った言い方をするのかと思えば、上がれとだけで、期待外れだった。

 

「お嬢様は箒になんて乗らないのかと思っていたよ」

「スプーンを持つよりは上手いと思うわ」

「貴公、いい加減にしたまえよ」

「絶対に忘れないからね」

「恨むならロングボトムを恨むことだ。アレの凶行で貴公が醜態を晒すことになったのだから」

「醜態って言ったわね?」

「撤回しよう。痴態だ」

 

 箒で尻をはたかれてしまった。

 未だ箒を痙攣させるに留まっているロングボトムを待っている間、男子生徒は早く飛びたいと跨っていた。途中でグレンジャーが泣きついてきたので、仕方なしに教えてやった。

 

「貴公はいちいち包丁を握る度に、「握る!」などと叫んで握るのか? それをいちいち意識することもないだろう? それと同じことだ。上がるかどうか等、そもそも意識することがおかしい。包丁は切るためのもので、箒は浮かび、飛ぶものだ。物事の本質を見れば、自ずと結果はついてくる。

 教官の言ったとおりだよ。自ずと箒が掌に飛び込んでくる――そうだ」

 

 箒を上げたグレンジャーはキスでもしてきそうな勢いで喜んだが、ひとしきり喜んだあとで、「飛行術でも負けたわね」と狂犬病を再発させた。

 

 次に教官は箒の跨り方、握り方を示した。大きく変わることはないが、家で乗っている箒と製造元が異なれば、若干のズレが生じる。また、飛行術専門の家庭教師を雇う家等あるはずもないのだから、それぞれにとっての体得した正しい乗り方というものは異なる。教官はそれを許さず、全ての生徒に誤りを指摘した。マルフォイもまた教官に指摘され、それをポッターとウィーズリーは嘲笑っていたが、それで飛行出来るのであれば問題はあるまい。マルフォイも同様に考えているらしく、教官が離れた途端に、慣れた握り方に変えていた。

 

「しかし酷い物だなこれは」

「そうね。見てこれ。全て右によれてるわ。多分、ぶつかった後にしっかりと整備しなかったんでしょうね」

「こっちは柄がぐらついている。こんなもので速度を出せば空中分解するだろうな」

「ちょっと脅かすのはやめてよ」

「残念なことに私たちも怖いんだ。よくも男子はこんな箒で楽しそうに騒げるものだ。ロングボトムがスリザリンの回し者なら、あれらもグリフィンドールの回し者なのではないか?」

「グレンジャー、マリアの言う通り、冗談で言っているわけじゃないの。整備不良の箒に説明不足の教師。またロングボトムがやらかすわ」

 

 ダフネの予言通り、ロングボトムは勝手に飛び上がり、勝手に加速し、勝手に落下した。行為の主体がロングボトムなのか、箒なのかは分からないが、生徒達の眼前で手首を折ったことは、言うまでもなく生徒全員に飛行の恐怖を与えた。

 

「これで箒に正しく乗ることの重要性が分かったでしょう。ロングボトムを医務室に連れていきます。それまで、地に足を着けている様に」

 

 箒に正しく乗っているか否かが原因とは思えなかったが、生徒は一様に壊れた人形の様に首を上下させていた。それに従わなければ次は飛行中に叩き落されるだろう。

 そもそも、この程度の事故は予想されて然るべきであるし、事実そうだったのだろう。我らの持つ箒の至る所に激しい衝突痕や擦過痕があった。それでいて、フーチ教官はロングボトムが墜落するまで、戻ってこいと罵倒するばかりで、何ら対処をしなかったのだ。ホグワーツの淘汰圧はこんなところにも及んでいた。

 その様な恐ろしい現実を目の当たりにして、哄笑するマルフォイには狂気を感じた。

 

「やめなさいよ、マルフォイ」

「へぇ、グレンジャーだけじゃなくて、パチルもあいつに気があるってわけ。流石我らのロングボトム。浸透工作は完璧ね」

 

 パーキンソンとパーバティがにらみ合っていると、マルフォイは草陰にかがみこみ、何かを拾い上げた。その手に握られていたのは、ロングボトムの思い出し玉だった。

 

「ロングボトムのバカ玉だ。いくら何でも、奴は骨折の痛みを忘れないだろうな。おっと、どうやら僕も何かを忘れているらしい。なんだろうな、奴の惨めな泣き顔かな。もったいない、むこう1年はあれで愉快にさせてもらえると思ったのに」

 

 バカ玉呼ばわりしておいて、いざ自分が握ると赤い煙が出始めたのだから、マルフォイも馬鹿なのだろう。女性の方が精神の発達は早いと言うが、同年代の男子とはここまで馬鹿なものだろうかと呆れる。隣のダフネは完全に興味が失せていて、可哀想な箒の枝を整えている最中だった。

 

「それを返せ、マルフォイ」

「ああ返すさ。君ではなく、ロングボトムにね」

 

 マルフォイは箒に飛び乗り、我らの上空を旋回した。

 

「どうするつもりだ! マルフォイ!」

「我らがロングボトム、彼の練習に付き合ってあげようと思ってね。どこか高いところに置けば、頑張って飛行術を覚えるだろう? 半年もすればきっと取り戻せるさ。もっとも、奴はこれを失くしてしまったことさえ忘れてしまうかもしれないけどな!」

「やめろマルフォイ!」

「嫌だね。僕は善意でやっているんだ。君の自己満足な正義感を振りかざすなよ。やめてほしければ、ここまで上がってくるんだな」

「ああそうしてやるさ! お前の手首を折り取って、ネビルの前に飾ってやるよ!」

 

 ポッターは自殺願望でもあるのだろうか、箒の柄を握った。マルフォイの自慢話は誇張されていただけで、概ねは事実に基づくものだった。整備不良の箒を危なげなく乗りこなしている。

 

「ダメ、ハリー! フーチ先生が仰ったでしょう。動くなって。あなたの規則違反が寮全体にとって迷惑なの。マルフォイがどこにあれを置いたって、先生に言えば取り戻してくれるし、マルフォイが罰を受けるだけよ。マルフォイの言う通り、あなたの自己満足を振りかざさないで」

 

 グレンジャーが飛び出し、ポッターに叫んだが、ポッターは無視し、獅子寮生はグレンジャーを軽蔑の眼差しで見た。だが、確かにグレンジャーの言う通りだ。ポッターが英雄気取りでマルフォイに突貫したところで、無様を晒すだけだろう。仮に、ポッターが上手くやれたとしても、得られるものは彼の自己満足でしかなく、教師に任せた方がいい。

 それでも、ただ1つ、得られるとすれば、それは誇りだ。たとえ無様を晒したとしても、賢しらに振る舞ったところでは得られないものだ。

 夜明けを迎えた狩人は、誇りを失わないからこそ、獣に身をやつすことがなかった。いかな絶望にさえ、歩みを止めず、神という名の上位者に祈ることがなかった。ルドウイークが己の導きを狩りの中にのみ見出した様に、誇りとは、人が人である為の導きの光なのだ。

 マルフォイもまた、誇りを持つ。純血の家に生まれ、成功を約束させられている。幼稚な性格から甘やかされて育っている様にも思えるが、彼の学業成績は優秀な部類に入っており、修練の形跡が見られる。故に、自らの導きである魔法使いの血、その誇りを穢すロングボトムの無能さに怒りを覚えたのだろう。彼にとってポッターの物言いは、まさしく己の正義感を満たすためだけと感じられただろう。事実、そうなのだから。

 

「行くぞマルフォイ! 箒から叩き落としてやる!」

 

 ポッターは地面を強く蹴り、宙に上がる。少し地面を離れたところで急上昇し、マルフォイの居る高度まで上がったところでループし、マルフォイに向き合った。箒に乗ったことはないだろうに、歪ながらも十分な機動だった。

 何事かを言い合い、ポッターはマルフォイに肉薄する。マルフォイはロールして躱したが、ポッターは急激なヨーイングで追撃態勢に入っていた。ウィーズリーが大声で解説し、獅子寮の連中は拍手までしている。マルフォイにせよ、ポッターにせよ、整備不良の箒でこの様な機動を行うとは、死にたいとしか思えない。それでいて、やはり惹きつけるものはあった。

 

「ああっ! あの野郎!」

 

 マルフォイが思い出し玉を放り投げた。不安定な箒の上とは思えない綺麗な姿勢で放られたそれは、9月の蒼く高い空に、僅かな煌めきを残して曖昧となっていく。結果として、思い出し玉を失うこととなったが、マルフォイの敗北で、ポッターの勝利だ。マルフォイは建前上ロングボトムの為に思い出し玉を奪ったのだから、それを放り投げたということは、自ら敗北を選んだのだ。ドラコお坊ちゃまの矜持はこの程度か。

 思い出し玉を目で追うのを止め、宙の2人を見上げると、ポッターが前傾姿勢をとっていた。

 

「追う気か?」

 

 確かに、ポッターの腕は並みどころか才能ある部類だが、いかに才能溢れた者とて、道具が無ければ何にもならないのだ。素手で獣を狩ることは出来ない様に。

 だが、ポッターは玉を追わなかった。地表に向かって飛んでいく。遂に制御が利かなくなったと観衆が悲鳴を上げた。そこでようやく、ポッターの思惑に気づいた。玉の軌跡を追うのではなく、玉の終着点のみに狙いを定めて飛行している。そして、獲った。

 爆発の様な歓声を受け、ポッターは思い出し玉を掲げた。それは陽光を受けて輝き、そして赤い靄が生まれた。

 

「えっ」

 

 なんともしまらないものだ。

 

「ハリー・ポッター!」

 

 その声は明らかに冷静を欠き、普段よりも高くなっていた。声の主は、聖職者の獣、マクゴナガル教授。

 

「なんということを……首の骨を折ってもおかしくなかったのですよ……? こんな事はホグワーツ史上でも……」

 

 どうやらポッターの首の骨が折れる事を期待していたらしい。獅子寮の生徒は彼を擁護したが、マクゴナガル教授は一顧だにしなかった。憐れ、ポッターは恐怖に震えながら、マクゴナガル教授に連行されていった。

 

「見たか、あの小鹿の様なポッターを。残念だなグリフィンドール諸君。君らのポッターは学校をお辞めになるそうだぞ」

「マルフォイ、黙れよ。お前は無様な敗北者だろ」

 

 ウィーズリーが勝ち誇って言った。ウィーズリーが何かをしたわけでもないのだが。

 

「敗北者? 取り消せよ、今の言葉!」

「絶対に取り消すもんか! だってそうだろう? ハリーは初めて箒に乗ったのに、お前を追い詰めて、あのサイコーにクールなダイビングキャッチを魅せてくれたんだ。

 それに比べてお前はどうだ? 普段から自慢している割には、ハリーが怖いからって、思い出し玉を投げたじゃないか! ハリーから逃げたんだろう? とんだ腰抜け野郎じゃないか! 自慢がしたいならパパとママに聞いてもらうんだな! もうお前みたいな敗北者の自慢なんて、ホグワーツじゃ誰も聞いてくれないぞ!」

 

 マルフォイは顔を紅潮させ、下男たちに目配せした。

 

「止せ」

「なんだマリア! 君まで僕を馬鹿にするのか!」

「私をファーストネームで呼ぶな。見ろ、教官が戻ってくるぞ」

 

 フーチ教官は一同を見回し、皆が地に足を着けていることを確認した。

 獅子寮は英雄であるはずのポッターが受ける仕打ちを想像して震えており、蛇寮はマルフォイの傷を抉ろうと思う程、子供じみてはいなかった。

 

「ハリーが退学となっても当然よ。言い付けを守らなかったんだから」

 

 グレンジャーは獅子寮の輪に戻らず、ダフネに話しかけていた。箒の状態について嘆いていた時、ダフネに無視されなかったことは、少なくとも知人程度の関係性を構築したと考えているらしい。こういう事を言っているから自寮で友人が居ないのだろうが、スリザリンであれば友人が出来るとでも思っているのだろうか。

 

「さぁ。でも、マクゴナガル教授は彼を罰する様な雰囲気じゃなかったと思うけど」

「だったら連れて行ったりしないわよ。その場で減点を言い渡してお終いでしょ。ああ、減点されなくて良かった。それにしても、どうして減点されなかったのかしら」

「貴女に人の心はないの?」

「同じ寮になっただけの他人だもの。彼は私が変身術の授業で獲得した点よりも多く減点されてるのよ。可哀想だけど、自業自得だわ」

 

 人の心はないらしい。

 

「しかし、確かに妙だ。ポッターを連れて行ったのなら、事の次第を見ていたのだろう? 何故マルフォイも連れていかない?」

「うん。気になるよね。もしかしたら、マルフォイ家は教授も手が出せないんじゃないかな」

「いや、それこそ、ポッターだろう。彼を退学させてみろ。英国魔法界がホグワーツを消し飛ばすぞ」

「きっとスネイプ先生に伝えるわ。ハリーだけを連れて行ったのは、私の寮監がそれだけ公平ってことね。信賞必罰よ」

 

 グレンジャーの言葉には、確信というよりも願望の色があった。

 




ヤーナムは秘匿こそされていますが、家電は動きますし、電話も引いています。
遠く歳の離れた兄姉や、ボーン家でない狩人は電話一本で獣狩りに伺います。

マルフォイの忘れた物:箒の正しい持ち方
ポッターの忘れた物:フーチ教官の言い付け

あと、パーキンソンはアズカバンの囚人準拠。パグ顔ではなく、普通の可愛い子です。
スリザリンisブスand性格ブスみたいなのはあまり好きではないんですよね。
だがブルストロードは格闘技経験者だし、ウィーズリーは許さない。
炎のゴブレットで私を裏切った血を裏切った家の末弟を私は許さない。
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