ファルメルはサイド7を離れ、予てから要請していた補給を受けるため、合流ポイントに向かった。
途中、損傷によってエンジンが停止するトラブルが発生し、応急処置やシャアのザクでファルメルを押しながらしてようやくパプア補給艦が待つ合流ポイントへ到着する。
「赤い彗星が補給を欲しがるとはな。ドジをやったのか? ……いや、やったな」
パプアの艦長、ガデムは通信を開くと同時に皮肉を飛ばすが、さすがにファルメルの惨状を見ると表情が変わった。
シャアは苦虫を噛み潰した顔をするも、ぐっと堪える。
「ガデム、敵は目の前だ。一刻を争う」
「わかっているよ、わしがそんなにのろまかね? 歳の割には素早いはずだ」
補給作業が開始されると、シャアは副官のドレン艦長に後を任せ、警戒のためMSの格納庫へと向かう。
航路計算をしていたブライトはシャアのファルメルが一隻の船と合流したことに気づいた。状況から考えて恐らく補給艦と思われる。
直ちにヤンに報告するとミライなどの民間クルーが攻撃するべきと主張した。補給中ならばシャアに勝てると考えたようだ。
しかし、ヤンはそれを却下する。
「このままルナツーに向かう」
ヤンが戦闘を回避する理由はこうだ。
第一にホワイトベースは正規クルーのほとんどを失っており、民間人を寄せ集めた状態でどうにか航行できているような状況だったこと。
第二にシャアのMSは未だに健在であること。
そして最後に、先程の主砲の衝撃で医務室にいたパオロ艦長が昏睡状態になったこと。セイラによれば、すぐにでも設備の整った場所で手当てをしないと、手遅れになるそうだった。
「でも、相手がいくら大きい人でも、腰を引いた瞬間とかバランスを崩した時なら倒せるものです。これ、柔道の話ですけど」
柔道の経験者であるハヤトは楽観的な持論を言う。しかし、博打のような考えでジオンの英雄に勝てるとは思っていないヤンはルナツーへ直行するように指示を出す。
「いや、人命を優先する。それに、この艦とMSを失うわけにはいかない。進路ルナツーへ」
「そんな……」
「これは艦長代理としての命令だ。従えないなら、サイド7に戻れ」
正規クルーはこの命令に従った。上官には逆らうなと教えられていることもあるが、今の状態では勝てる見込みは低いと分かっていたからだ。
民間人クルーは不満があったものの、正規クルー全員がヤンの命令に従ったことで戦闘が出来なくなったため、渋々ながら従うことにした。
9月20日。ルナツーに到着したホワイトベースは、パオロ艦長などの負傷兵が降ろされる。
しかし、他の避難民は降りることは許可されなかった。ホワイトベースの対応をしたワッケイン少佐はそのままの状態で地球連邦軍総司令部がある南米のジャブローまで行けと告げた。
理由は軍の最高機密に触れてしまったため、総司令部のジャブロー基地でしか処理出来ないからだ。
艦長代理のヤンは戦闘に参加したアムロやミライ達は仕方ないにせよ、それ以外の避難民は降ろしてほしいと主張するも、ジャブローからの直接命令であることを知ると諦めた。
9月22日。補給は完了したものの、負傷で降ろされた者以外は変わらないホワイトベースはサラミス級マダガスカルを護衛として、ルナツーを門前払いに近い形で出港する。
進路は地球、南米のジャブロー。
ホワイトベースが出港するのをワッケイン少佐は見送っていた。
本当なら民間人を降ろしたかったが、彼にはその権限がない。
素人同然の少年少女達を動員しなければならない程に戦況は悪化してしまった。
そんなホワイトベースにサラミス一隻しか護衛をつけられないルナツーの戦力。
「寒い時代になったものだ」
それは、己への自嘲か、時代への不満か。それとも両方か。
一方、ホワイトベースの艦長シートでだらしなく足を組み、軍帽をアイマスクにして座っていたヤンは考え事をしていた。
ヤンはシャアと戦うべきと主張した民間クルーを命令で黙らせ、ルナツーへ直行した。そこでジャブロー行きを命令され、唯々諾々と従う。
「すまじきものは宮仕え……か」
命令一つで個人の自由と権利が否定され、無意味となる。
軍人としては普通だが、ヤンはそれに嫌悪感を抱いていた。だから軍人には馴染めない。
もっとも、無料で歴史を勉強するために士官学校に入学したヤンが考えるには矛盾しているが。
「どうぞ」
声をかけられて目を向けると、ドリンクが差し出されていた。
またコーヒーかと思ったものの、ヤンは受け取り、口を付ける。
嫌いな軍人をやりながら、嫌いなコーヒーを飲む。なかなかいいジョークではないか。
しかし、飲んでみるとドリンクがコーヒーではないことに気付く。
苦みではなく心地よい渋みのある味。花のような香り。
「これは紅茶?」
ヤンはドリンクを差し出した人物を見る。
亜麻色の髪とダーク・ブラウンの瞳を持つ10歳前後の少年だ。
「紅茶がいいと言っていたので」
「ありがとう。これ君がいれたのかい?」
「はい、家から持ってきた茶葉で。父に仕込まれました」
ヤンの沈んだ気持ちは一気に晴れ、紅茶を飲むことに集中した。
普段はティーバッグしか飲まないが、うまい紅茶とわかる。
「凄くおいしいよ。君、名前は?」
少年ははにかんだ笑みを浮かべ、名を告げた。
「ユリアン・ミンツです」
以来、ユリアン・ミンツはホワイトベースにてヤン・ウェンリーの従卒となる。
それは、生涯の師父との出会いであり、後の義父との出会いでもあった。
U.C.79年9月22日。一年戦争終結まであと101日。
宇宙世紀の歴史がまた1ページ。
原作からの変更点
・ムサイは深手を負った
マゼランを一撃で撃破する主砲をムサイがくらったため。
・パプアとの戦闘を回避した理由
劇場版でカットされたエピソードに理由を付けました。
ヤンなら人命を優先するだろうからです。
・ユリアン・ミンツ
ヤンとアッテンボローが出るなら勿論彼も。
これからも銀英伝キャラをどんどん出す予定です。
ちなみに、この時のユリアンは後に出てくる彼と同い年です。
本当は劇場版のチャプターのように大気圏突入までいれたかったですが、諦めました。
暑い日が続きますが、皆さん熱中症に気をつけて