アムロは重い体を引きずるようにして、ガンダムから降りた。MSでの大気圏突入は想像以上の負担で、連日の戦闘も合わさり心身共に疲労が限界にまで達している。
着替え終わるとフラウが現れた。手には差し入れを持っている。
「アムロ、食事よ。アムロ? どうしたの?」
「なんでもないよ」
「熱でも」
「ないよ」
「疲れてるんなら食事やめる?」
「サイド7を出てからこっち、ぐっすり眠ったことなんかありゃしない。そのくせ、眠ろうと思っても眠れないしさ」
「セイラさんに相談してみようか? お医者さんの卵なんでしょ?」
「うるさいなあ」
「いい加減にしなさいよ、アムロらしくない」
その言葉に苛立ちを覚える。アムロはまだ16歳の少年だ。機械いじりが好きな平凡な少年。それが自分らしいはずだ。
それなのに、いきなりMSで戦争をしているという事態は彼を追いつめていた。自分がわからなくなっている。
疲労が邪魔をして、言い返す気力が起きない。結局弱々しく反論しただけで、食事も取らずに自室に戻った。
ホワイトベースの指揮はサラミスのカプセルに搭乗していた、リード中尉が執ることになった。先任ということもあって、艦長代理であるヤンは指揮権を譲渡したものの、すぐにそれを後悔する事になる。
彼はホワイトベースがジオンの勢力圏である北米に降下したことを嘆くだけで、具体的な指示は一切出さず、ヤンに丸投げしていた。
結局何も変わらず、作戦を考えるという名目で自室に戻ったヤンはユリアンの淹れる紅茶を飲みながら一休みしている。一息つくが、作戦案ではなく溜息が出るだけだった。
「中尉、大丈夫ですか? 溜息をつくと幸せが逃げると言いますよ」
「それは困った。そうなればこの美味い紅茶が飲めないな」
ジオンの勢力圏のど真ん中にあったものの、ユリアンの紅茶はささやかな癒しになった。
紅茶を飲むためにも、溜息はやめようと決意するが、直後に敵接近のアナウンスが流れ、再度溜息をつく。休憩は終わりとなった。
「休む暇もない」
まだ半分しか飲み終えてないカップを置き、名残惜しくもブリッジへ向かう。
ジオン公国軍地球北米方面軍旗艦のガウ攻撃空母「
シャアはブリッジでガルマと再会した。
「いよう、シャア。君らしくもないな、連邦軍の船一隻にてこずって」
「言うなよガルマ。いや、地球北米方面軍司令官ガルマ・ザビ大佐とお呼びすべきかな? それとも疾風ガルマか?」
「士官学校時代と同じガルマでいい」
「あれが木馬だな?」
モニターには白馬のようなシルエットのホワイトベースが映っている。
大気圏を突破したというのに、特徴的な白いボディには焦げ目もないようだった。
「うん。赤い彗星と言われるほどの君が仕留められなかった船とはね」
「わざわざ君が出てくることもなかったと言いたいのか?」
「いや、友人として君を迎えに来ただけでもいい、シャア」
「大気圏を突破してきた船であるということをお忘れなく」
「ああ。その点から推測できる戦闘力を今、計算させている。君はゲリラ掃討作戦から引き続きだったんだろ、休みたまえ」
「お言葉に甘えよう。しかし、ジオン十字勲章ものであることは保証するよ」
「ありがとう、これで私を一人前にさせてくれて。姉に対しても私の男を上げさせようという心遣いだろ?」
「フフッ、はははは、ははは。君は欲張りだな疾風」
「笑うなよ、兵が見ている、赤い彗星」
傍目には友人同士が笑っているように見えたが、シャアは内心でほくそ笑んでいた。
もしかしたらあの木馬は自身の計画を前倒すかもしれない。仮にそうでなくても自身の武勲を立てるので、デメリットがなかった。
アムロは眠れずにいた。毛布を頭まで被ろうが、何度も寝返りをするも、眠れない。
不眠はストレスとなり、アムロをさらに追いつめていた。
「うっぅぅぅ……」
いつの間にか涙が出る。それでも、眠れなかった。
この時、誰かがアムロを気遣っていれば、こうはならなかったのかもしれない。
誰かに不満をぶつければ。
誰かに悩みを打ち明ければ。
誰かが慰めれば。
だが、その誰かはいなかった。誰もが自分の事で精一杯で他人を見ている余裕はなかったのだ。
ホワイトベースのブリッジにジャブローから通信が入った。内容は「敵の戦線を突破して海に脱出することを望む」。それだけだった。
その指令にヤンは頭を抱える。
海への進路にはジオン軍が通常ではあり得ないスピードでガウ攻撃空母の一個中隊を展開していた。この迅速な部隊運用は地球北米方面軍司令官ガルマ・ザビ大佐によるものだと予測がつく。
この状況を単艦で突破するなど、不可能でしかない。
ジオンの戦闘機ドップの編隊が出撃して戦闘が始まった。その中にはガルマの専用機であるブラウンのドップが見える。
カイのガンキャノンとハヤトとリュウのガンタンクで応戦するも、地上から戦車のマゼラアタックの部隊が展開した。
多勢に無勢で敵に半包囲されつつあるが、ガンダムの姿がなかった。アムロが命令を拒絶して部屋に閉じこもってしまったのだ。
「何をやっているんだあいつは!」
ブライトはシートから勢いよく立ち上がり、アムロの部屋へと向かう。それをヤンは呼び止める。
「ブライト少尉、航路は……」
「ここを突破しない限り不可能です!」
「それはそうだけど……」
困惑するヤンを無視し、今度こそブリッジを出て行った。堅物なブライトが職務放棄をしたことにブリッジは静まりかえる。
その静寂を士官学校からの付き合いであるアッテンボローが破った。
「たまにとんでもない事するから怖いんだよな」
でも、それが面白い。
U.C.79年9月24日。一年戦争終結まであと99日。
宇宙世紀の歴史がまた1ページ。
原作からの変更点
ミッターマイヤーの乗艦です。