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ホワイトベースは補給を兼ね、今までの戦闘による損傷の修理が実施されていた。この補給で離艦を希望する避難民は全員下ろされることとなる。
ヤンはマチルダ中尉から東ヨーロッパの作戦に合流するよう、指示を受けた。
「頼んだわよ、艦長」
「私は代理ですが……」
「レビル将軍がそうおっしゃってますよ。そのうち通知があるでしょう」
いちいち勝手だと思ったが、ヤンにとっては補給物資の嗜好品に付け加えられていた、キャゼルヌからのブランデーのほうが重要だった。
ボトルには「今度会う時はこんな安物でなく、上質なものを奢ってやる」と書かれたメモがついている。
「もしかしたら、貴方達はニュータイプと呼ばれるものなのかもしれないわね」
「買いかぶりすぎですよ。我々はただ必死で戦っていただけです」
ジオン公国の前身国家、ジオン共和国の首相ジオン・ズム・ダイクンが掲げたジオニズム思想の一部であるニュータイプ論はヤンも知っていた。しかし、自分達はそんなものではないと考える。
生物学的に異なる環境で生物が進化するのはあることだが、それは何世代も長い時を重ねた先にあるものだ。
人類が宇宙に生活圏を広げて、まだ百年もたっていない。人間がそんな短期間で突然変異のごとく進化するはずがないと思う。
ヤンは犠牲を最小限するべく、逃げ回り、負けないようにしていただけだ。軍事ロマンチシズムに反していたが、決して特別なことをしたわけではない。
明け方、補給と修理が完了したホワイトベースはミデアと別れ、ヨーロッパへと舵を切る。
U.C.79年10月6日。ジオン公国の首都ズムシティにある公王庁では、ガルマ・ザビの国葬が大々的に執り行われていた。
公王デギン・ソド・ザビは、密葬を望んでいたが、総帥ギレン・ザビによって、国民の戦意高揚のためにプロパガンダとして利用されることになっていた。
粛々と葬儀が進む中、シャア・アズナブルの名を耳にしたジオン軍突撃機動軍司令のキシリア・ザビ少将は部下を呼び、ある命令を出す。
ヨーロッパ大陸に到達したホワイトベースを出迎えたのは、大気圏から降下してくる敵のザンジバル級戦艦だった。
戦闘配備のアナウンスが流れるが、アムロは自室から動けずにいた。
アムロは追いつめられていた。母との決別がきっかけでまたも精神をすり減らしてしまったのだ。
リュウに無理矢理ガンダムのコックピットに押し込められたが、それでも心ここにあらずであった。
「アムロが新米の兵隊のよくかかる病気になっているんだ」
「なんだと? かまわん、アムロにも出撃させろ。それしかザクは防げん」
「荒療治って訳か」
無茶ではあったが、ブライトの判断は功を奏する。
カタパルト発進の衝撃で、虚脱状態だったアムロの意識は覚醒した。
眼前に敵の青い新型MSが立ちはだかっていた。
ランバ・ラル大尉は「青い巨星」の異名を持つ、一年戦争以前からゲリラ戦を戦い抜いてきた白兵戦のスペシャリストであり、MS開発計画でテストパイロットとして関わってきた生粋の職業軍人だ。父ジンバ・ラルがザビ家の政敵であったダイクン派に属していたことや
そんな彼が新型MSを与えられ地球に降りてきたのは、所属するジオン軍宇宙攻撃軍司令のドズル・ザビ中将よりガルマ・ザビの仇討ちという任務を命じられたからだ。
今回の戦闘は新型の慣らしと小手調べだったが、敵の白いMSは手強かった。
「やる、あのMSのパイロットめ」
ランバ・ラルの搭乗するYMS-07B 先行量産型グフはザクをベースに陸戦、対MS格闘戦用に開発した機体で、地上戦と白兵戦に特化している。
対MS格闘戦に特化し過ぎたが故に汎用性ではザクを下回ってしまい、一般パイロットには扱いづらく、操縦性に難点があった。しかし、この欠点は逆に言えば、ランバ・ラルのような熟練パイロットには扱いやすいものだった。
以上のことからこの機体は──
「──ザクとは違うのだよ、ザクとは!」
その後、ランバ・ラルは深追いは禁物と撤退し、木馬を見逃したのだった。
ガルマ・ザビの国葬は中継放送によって、世界中に流れていた。
葬儀が進み、ギレン・ザビの演説が始まる。この演説は後に出された、ジオン公国の歴史書やギレン・ザビの個人史に必ず載る歴史的なものだった。
『私の弟、諸君らが愛してくれたガルマ・ザビは死んだ! なぜだ?』
バーのカウンターで、ガルマを守れなかった罪で任を解かたシャアは葬儀の模様を冷ややかに見つめていたが、その演説に思わず呟く。
「坊やだからさ……」
自分を殺そうとしていた人物を親友とし、側に置き続けたあげくに殺され、しかも覚悟していたなど、甘ちゃんの坊やでしかない。
ガルマの副官ダロタ中尉から帰還後、ガルマからの言付けを伝えられた。「最後にこう言っておいででしだ。──シャアに詫びておいてくれ」と。何を詫びたのだろうか、その答えを聞くことはシャア自身によってできなくなった。
復讐を果たしたシャアだったが、今は何の高揚感も、感動もない。虚しさでポッカリと穴の開いた自分の心だけだ。
冷静に考えれば、シャアと同い年で父の暗殺時にはまだ子供だったガルマがその陰謀に関与しているはずもない。
復讐のためだけに唯一の肉親と別れ、名前を変え、知識を蓄え、体を鍛えた。それに多くの時間を費やしたというのに、ただむなしさが残るとは、シャアは自分を笑う。
そもそも、復讐して何をしたかったのだろう。ザビ家に償ってほしかったのか、もしくは詫びてほしかったのか。そして元の地位に戻りたかったのか。
答えは出ず、酒に逃げた。
「マスター」
「それは私に奢らせてもらおう、いいかね?」
シャアに酒を奢ったのは、キシリアの手の者だった。
ホワイトベースのブリッジでも、ガルマ・ザビの国葬を見ていた。
葬儀が終了すると、各々が感想を述べる。
「こ、これが、敵……」
アムロは自分の戦う相手が個人や兵器ではなく、国家という巨大なものであることを知った。
「何を言うか! ザビ家の独裁をもくろむ男が何を言うのか!」
「くたばれ、眉なしハゲ!」
ブライトは独裁を悪という単純な図式と捉えていた発言だが、ヤンは独裁は悪ではないと考えている。
名君というのは稀にしか存在せず、それに頼りきる政体は危ういからこそ独裁は良くないのだ。一旦腐敗が始まれば民衆が止める術を持たない政治体制。だからましな政治体制である民主主義が主流となったのだ。
対照的にアッテンボローはただの悪口だった。
「中尉、この人は何を言ったんですか?」
幼いユリアンは演説の意味が分からず、ヤンに紅茶を淹れるがてら尋ねる。
「まだ戦争を続けるってさ」
「よくわからないですね。どうして弟が死んじゃたのに戦うんでしょうか?」
「やめたら自分が裁かれるからさ。戦争を始めたギレン・ザビにはもう後がないんだ」
一年戦争はジオン公国の独立戦争だった。敗北すれば戦争指導者のギレン・ザビは戦犯として絞首刑となる。
歴史上、戦争に敗北した国の指導者が処刑されるのはよくあることだった。
(戦場から遠く離れた安全な場所から言ってなけば、見事な演説だな)
自身は安全な場所から弁舌で戦争を扇動する。ヤンの嫌いなタイプの人物だった。
心に蕁麻疹が出そうになり、薬としてキャゼルヌからのブランデーを紅茶に混ぜる。
「中尉、お酒飲んじゃだめですよ」
「固いこと言うなよ」
久々のアルコールで至福のひと時を堪能したヤンだった。
U.C.79年10月6日。一年戦争終結まであと87日。
宇宙世紀の歴史がまた1ページ。