「お願い…お父さん、お母さん…生きてて!」
少年のか細い声が木々の揺れる音と2人の足音でかき消される。
フィレスとクラーナは10分ほど森の中を駆けていた。
「もうそろそろです!」
見慣れた村のシルエットがフィレスの視界に入る。
「ハァハァ…」
息を荒らげながら自分の家まで駆け込む。
ドアを勢いよく開けフィレスは叫んだ。
「父さん、母さん!!!」
「おおフィレス、早かったな、どうした?」
「と、父さん…ごめん。」
「間に合わなくて…」
聞こえてきた声は幻聴だった。
分かってた。
クラーナさんの制止する声は聞こえてた。
遠目からの景色を見ても。
笑い声じゃなく、うめき声が聞こえてくる村の広場も。
漂う血の匂いと重たい空気。
僕は叫んだ。
「うあぁぁぁぁあ!!!」
「あ゛ぁ…」
呼応するようにうめき声が目の前の父さん“だった”ものから零れる。
「だから止まれと言ったんだ…」
クラーナさんの声が聞こえた。
「なんでこんな…酷いじゃないか…」
「なんでボクだけ生きてるんだ…」
ボクの存在がブレていくような感覚…
少しずつ…少しずつ…ボクが無くなっていくような。
「フィレス!!」
『火球』
クラーナさんの口から短い物語が紡がれる。
「あ゛ァ…」
父さんは一瞬で燃え吹き飛んだ。
テーブルと共に吹っ飛ぶ父さんを眺めながら僕はただ呆然としていた。
突然起こった出来事に脳の処理が追いつかない。
「あれ?父さんは?」
「逃げるぞ!この村はもうダメだ!」
「うぇ…?」
うなだれていた僕をクラーナさんが横腹に抱えて走り出した。
「まっ…て…お父さんが…お母さんが…」
「あんな所にいたらお前もああなるぞ!!ぐっ…邪魔だ!」
火球の音で集まってきた亡者を焼き払いながらクラーナさんは森に向かって駆けた。
「一旦逃げるぞ!確か篝火が向こうの方に…」
抱えられた僕の目に、燃え上がる家がうつった。
「なん、で…」
フィレスの意識はここで途切れた。
森の中
フィレスの寝息と、篝火の音だけがクラーナの耳に入ってくる。
日は陰り、辺りは暗く風もない。
フィレスはうなされていて苦しんでいる。
あまりに急な出来事。
10歳になってすぐの子供が許容できるものじゃない。
「それでもお前は逃げられないだろうな。」
手の甲を見ると不死人の証であるダークリングが刻まれていた。
「…亡者になんかなるんじゃないぞ。」
フィレスの頭を撫でながらそう呟くと、
「…んぁ…?お母、さん?」
フィレスが目を覚ました。
クラーナを見ると周りを見渡す。
目に映るのは家では無く木と篝火の火のみ。
「あ、れ?また…森?」
フィレスの脳がだんだんと、状況を理解していく。
化け物になってしまった父親の顔、そこには生気と呼べるものは宿っておらず、老衰したような肌にがらんどうの瞳。
「…………あぁそっか、いなくなっちゃったのか。」
涙が流れた。
「なっ…なんで…なんでぇ、」
「…」
泣くフィレスを優しく抱くクラーナの心中には、かつて
異形となってしまった姉妹の姿があった。