捨て艦鎮守府の下克上   作:okura1986

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久々の小説投稿です。
※ゴア描写、リョナ描写がありますので、苦手な方は注意してください


第一話「王子は人間になった人魚姫と出会う」

 それは西暦1991年、ハワイに現れた。突然上空から光の雪が降り注ぎ、大きな光の爆発が真珠湾の中心を吹き飛ばし、中から人の姿をした巨大な怪物……後に中枢棲姫と呼称される深海棲艦の女王が現れた。

 女王は大量の自分の仲間達を生み出すと、そのままハワイにいた米軍を壊滅させ、北アメリカ大陸に侵攻、当時中東で戦争を行なっていたアメリカを中心とした国連軍は対応が遅れ、その隙を突いた深海勢は半年でアメリカの国土の四分の三を占領し、生き延びた国民は難民として残った国土や外国へ逃げるしか選択肢はなかった。

 深海棲艦はその後北アメリカ大陸と大西洋を横断しユーラシア大陸とアフリカ大陸にも侵攻、当時現存していた兵器では全く歯が立たず、また大西洋、太平洋が深海棲艦に占領されシーレーンを寸断されたことにより、各国の人々は徐々にその生存圏を狭めていった。

 

 転機は、2011年一月、日本で起こった。

 当時深海棲艦はユーラシア大陸の半分を手中に収め、東南アジア各国や中国大陸の南半分を占領後、その魔の手を台湾に向けようとしていた。当時の日本政府は台湾政府と協力し深海棲艦の迎撃作戦を決行、密かに温存していた兵器“艦娘”を投入し台湾に侵攻していた深海棲艦の撃退に成功した。その後国内で起こった震災の混乱により艦娘の本格投入に遅れが生じたものの、2013年初頭、独立した権限を持つ大本営と艦娘を中心とした本格的な深海棲艦への反抗作戦を決行、現在は東南アジアの大半を深海棲艦から取り戻す事に成功した。

 

 なお、艦娘とは何者なのか、兵器なのか人間なのかは最高機密として取り扱われており、彼女達の正体は各国の一部の軍人と政治家、王族しか把握していない。

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

 ~2015年6月初旬 関東××県××市××駅~

 

 海に面した都市、その中心にあるターミナル駅、そこには平日朝の通勤ラッシュにより人であふれている。ビルの電光掲示板には政治家の汚職、スポーツで大記録を打ち立てた選手の情報、そして……異国の地で戦う少女たちの活躍を伝えるテロップが次々と流れてくる。

 大勢の人々が、平穏な日常を謳歌している。ふと……港の方から一台の赤いスポーツカーが、法定速度をオーバーしながら街の外を目指して走行していく。その危険な運転に、通行人や他の車のドライバー達は危ないなと怪訝な顔をしながらも、すぐに自分たちの日常に戻っていった。

 その時……この平穏な日常を切り裂くようなサイレンが、大都市のいたるところから鳴り響き、町中に設置されているスピーカーから落ち着いた声色の女性のアナウンスが流れてきた。

 

『緊急事態警報が発令しました。鎮守府近海に深海棲艦の大群が現れ、鎮守府を攻撃しています。速やかにお近くの避難所のシェルターに避難するか、街の外へ退避してください』

 

 アナウンスが流れた後、人々はまだ事態を呑み込めていないのか、戸惑いの声が上がる。

 その時……海の方角からドォォォンと轟音が鳴り響き、あたりの建造物がカタカタと揺れた。

 

「おい! あっちで煙が上がっているぞ!!」

「あそこって鎮守府がある方角じゃないか!!?」

「艦娘たちは何をしていたの!!?」

 

 一人が海の方角から立ち込める煙に気付き、徐々に騒ぎが大きくなる。そして煙が立ち込める方角に、黒い飛行物体が複数飛翔しているのに何人かが気付いた。

 

「ねえちょっと! あそこに飛んでいるのって深海棲艦の艦載機じゃない!!?」

「ここまで来ているのか!!? は、早く逃げないと……!」

 

 目と鼻の先まで来ている死の恐怖に、街の人たちはパニックになる寸前だった。

 その時……何台もの陸上自衛隊の車両が現れ、それぞれ中から迷彩柄の隊員服を着た自衛隊員が出てきた。

 

 

『皆さん落ち着いて! 近くの自衛隊員、または警察や消防の指示に従い避難してください!』

 

 一人の隊員が拡声器を使って人々に呼びかける。後ろでは他の隊員たちが迅速にトラックの荷台で艦載機が飛来した際に迎撃できるよう機銃の準備をしていた。

 

「そ、そうだな、早く逃げよう」

「ここにいたら邪魔になっちゃうよね……」

『皆さんご協力に感謝します! そこ! 立ち止まってスマホ撮影しないでください!』

 

 自衛隊たちの呼びかけで冷静さを取り戻した人々は、迅速に流れに乗って避難所の方に歩き始めた。

 

 そんな様子を眺めながら、二人の陸上自衛隊員が機銃の弾薬を運びながら話をしていた。

 

「こっちにも来るんですかね? 深海棲艦……」

「わからん、まったく鎮守府の連中は何をしているんだ? 奴らをここまで通すなんて」

 

 住民の避難と、いざという時の防戦のため、近くの駐屯所から派遣された陸上自衛隊の30代ぐらいの無精ひげの男の稲尾浩明二等陸尉と、その部下の一人である少しあどけなさの残る20代ぐらいの青年の権藤秀二等陸曹……シュウは、慌ただしく動き回りながらも、黒煙が立ち込める鎮守府の方を見た。

 

「たしかあの鎮守府、それなりの艦娘が配備されていましたよね? 見たことないけど美人が多いんですよねー」

「なんだ権藤? お前アニオタなのに三次元に興味あんのか?」

「稲尾さ~ん……俺をなんだと思っているんですか? この国を守る彼女達の事に興味持つのは普通でしょ?」

 

 ジョーク交じりに会話する二人、するとその時、街の外に向かう車の行列から、ガシャーンと大きな音が響いた。

 

「ん? なんだ?」

「事故ですかね?」

 

 そう言って二人は轟音がした方向を見る。そしてしばらくすると、初老の50代ぐらいの女性が二人の元に駆け寄ってきた。

 

「自衛隊さん、ちょうどよかった……あっちでなんか事故起こした人たちがケンカし始めちゃったみたいで、何とかしてくれませんか?」

「わかりました。行くぞ権藤」

「はい!」

 

 そして数分後、二人は女性の案内でトラブルがあった事故現場にやってきた。そこには赤いスポーツカーがワゴン車に追突してバンパーを凹ませており、運転手らしきものたちが言い争い……というより、おそらくスポーツカーに乗っていた20代のYシャツ姿の青年が、反論の余地を残さずもう一方の40代ぐらいの中年男性胸ぐらをつかんで罵声を浴びせていた。ワゴン車には胸ぐらをつかまれているほうの男性の妻らしき女性と息子らしき中学生ぐらいの男の子が、車内から不安そうに様子をうかがっていた

 

「貴様! 急に停止したせいで俺の車に傷がついただろうが!! どうしてくれる!」

「ふ、ふざけるな! こっちはただ信号で止まっただけだ! そっちが勝手にぶつかってきたんだろう!?」

「何を!!」

 

 反論され激高した青年は拳を振り上げ中年男性を殴ろうとする。それを見て稲尾と権藤は間に入って静止した。

 

「あーはいはいストップストップ! やめてくださいこんなところで! 避難の邪魔です!」

「とりあえず冷静になって!」

「なんだ貴様ら!? 邪魔をするな! こいつの車がぶつかってきたんだぞ!」

 

 二人の横やりに青年はさらに声を荒げる、それを見ていた相手の中年や、周りで見ていた避難民たちはいっせいに反論する。

 

「ふざけるな! ぶつかってきたのはそっちだろう!!?」

「そうだそうだ!!! 俺達は見ていたぞ!! お前の車がその人たちのワゴン車に追突したのを!」

「なんなら証拠出します? 私の車のドライブレコーダーに映っているはずですよ」

 

 周辺の人間が敵に回り、頭に血を登らせた青年は冷静な判断ができなくなったのか、さらに周りに向けて喚き散らした。

 

「くそっ……!! なんだ貴様ら!!! 早くしないとここに深海棲艦が……俺に逆らったらどうなると思っているんだ!!? 俺は鎮守府の司令官だぞ!! 俺が艦娘共に命令を下せば貴様らなんぞハチの巣にできるんだぞ!? それだけじゃない……パァパに頼めばお前を刑務所にぶち込むことだってできるんだ!!!」

「え?」

 

 その時、シュウは青年の車の中に海軍特有の白い軍服が無造作に置かれ、胸部分には高官しか身に着けなさそうな勲章が付けられていた。

 

「え? 司令官?」

「うそでしょ? まさか鎮守府から逃げ出して……」

「おいおい……!! じゃああそこは今、司令官なしで戦っているのか!?」

 

 司令官らしき青年の発言に、周囲はどよめき不穏な空気が流れる。そして……稲尾はすぐさま青年を羽交い絞めにして拘束した。

 

「な、なにをする!!?」

「ちょっくらあなたが本当に司令官なのかどうか確認します。権藤、お前は他の隊員と警察と一緒に事態収拾にあたれ、俺は上と海の連中に事実確認をしてくる」

「了解しました!!」

 

 そして稲尾は暴れる青年と共にその場を離れ、シュウは周辺にいた警官や救援に来た自衛官らと共に事態収拾にあたる。

 

「大丈夫ですか? 我々が避難所まで誘導しますのでこちらへ」

「あ、ありがとうございます」

「みなさん! デマや諌言に惑わされず冷静に行動してください!!」

 

 自衛隊らの呼びかけに、避難民らは不安を感じながらも冷静にその場を去っていった。そしてシュウは、もう一度黒煙が立ち込める鎮守府の方を見る。

 

(あそこにいる艦娘さん達、大丈夫だといいんだけど……)

 

 シュウは未だ顔すら拝んだことのない艦娘達の身を案じながら、自分の職務を全うしようと避難民たちの誘導を続けた。

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

 数日前、××鎮守府指令室、そこで20代の若き司令官、八十田(はとだ)は、金髪のロングヘアに青いロングスカートタイプの軍服を身にまとった艦娘……愛宕からとある報告を受けていた。

 

「司令……また装備の解体申請ですか? そこまでギリギリに切り詰めなくても……」

「愛宕、余った資源を貧困にあえぐ他国に寄付するのがいけないことなのか?」

「ですが、それでこの鎮守府には運用ギリギリの資材しかありませんし、待機中の子達の分の装備が足りません、これではいざという時にこの鎮守府の守りが薄くなってしまいます」

「だから何だというのだ? 主力メンバーにはちゃんとした装備を渡しているし、100人以上もいる無駄飯ぐらいを養っているんだ。追い出さないだけ温情だろう?」

「……」

 

 無駄飯ぐらい、その発言に愛宕は不快感を表すが、言葉にも表情にも出さず、ただ無表情に目の前の八十田を見据えていた。それに対して八十田は執務室の机から立ち上がり、そのまま愛宕の肩をポンと叩き耳元で囁いた。

 

「愛宕君……君は余計なことをせず、私の言うことを聞いていればいいのさ。“役立たず”の姉共々、ここから追い出されたくはないだろう?」

「……はい」

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

(役立たず、か……)

 

 愛宕は報告を終えて休憩のため執務室から出た後、はぁーと深くため息をついていた。先ほどの八十田の自分に対する発言を気にしていたのだ。

 

 通常、この世界に権現した艦娘達は、着任後担当の設計者にベースになる艤装を作ってもらい、“改二”等と呼ばれるパワーアップ形態になり、深海棲艦との戦いで重要な役割を果たす。だが愛宕や彼女の姉にあたる高雄、そしてその他一部の艦娘達を担当する設計者はここ数年行方不明であり、改二になる見込みがないのだ。設計者が大本営とトラブルを起こしケンカ別れしたという噂も流れたが、真実はその大本営しか知らないのだからどうしようもない。故に愛宕たちは今はそれなりに使われてはいるが、将来的に強力な重巡が入れば使われなくなるのが確定していた。

 するとそこに、愛宕の姉に当たる艦娘……高雄型重巡一番艦高雄と、妹に当たる3番艦と4番艦、摩耶と鳥海がやってきた。

 

「どうしたの愛宕? また司令官に嫌味言われたの?」

「高雄……まあ、いつも通りって感じかな」

「姉貴ぃ、たまにはガツンと言ってやらないと駄目だぜ? なんならあたしが秘書艦代ろうか?」

「摩耶……そういうこと言ってるから秘書艦に選ばれないのよ」

 

 摩耶は愛宕の憂鬱そうな顔を見て、原因であろう司令官に怒りを感じ指をパキパキ慣らし、それを鳥海が諫める。なお鳥海も怒りを感じているのか、顔にかけているメガネの奥で眉を顰めていた。

 そんな摩耶と鳥海を見て、愛宕は二人を抱き寄せ頬をスリスリと摺り寄せた。

 

「ありがとみんな~! 私の事心配してくれるのね~」

「お、おいやめろよ姉貴……」

「あはは……」

 

 姉の行動に一応嫌がりながらも拒絶はしない摩耶と鳥海、それを見て高雄はやれやれと息を吐く。

 

「二人とも、そろそろ出撃の時間よ」

「ん、ああそうだな」

「それでは行ってきます。愛宕姉さん」

「あ、そういえば今日は沖ノ島沖に出撃だっけ? 私は艤装の不調で出れないけど……」

 

 不安そうにする愛宕に、高雄は優しく微笑みかけた。

 

「大丈夫、いつも行く海域だし、油断しなきゃちゃんと帰ってくるわよ。久しぶりの出撃だし張り切らなきゃね」

 

 そして高雄、摩耶、鳥海は愛宕に見送られながら出撃の準備をしにドッグの方に向かっていった。

 

「……さ、私も頑張らなきゃ」

 

 陰鬱な気分を姉妹達に晴らしてもらい、愛宕はぺちぺちと自分の両頬をたたいて気合を入れて、まだ残っている自分に与えられた仕事に取り掛かるため自室に向かった。

 

 

 

 後に愛宕は、この時の行動を何度も思い起こすことになる。もしあの時高雄達の誰かと出撃を代わっていれば、秘書艦を誰かに代わってもらっていたら、あんなに辛い思いをせずに済んだのだろうか? “彼”とは別の形で出会うことになったのか、もしくは出会うことなく一生を終えたのだろうか?と……。

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

 数日後、鎮守府指令室、八十田司令官は複数のモニターに映し出されているカメラ付き沖ノ島沖の様子を腕組をしながら眺めていた。すぐ後ろには愛宕がおり、戦況を随時報告していた。

 

「第一艦隊、もうすぐ戦闘海域に到着します」

「各自、警戒は怠るな」

 

 沖ノ島沖はほぼ毎月、定期的に深海棲艦が現れ、周辺諸国の安全維持の為にその都度艦隊を派遣し壊滅させる必要があった。出現する深海棲艦はそれなりに経験を積んだ鎮守府なら倒せない程ではなく、壊滅に成功すれば大本営から多大な報奨金と勲章が贈られる。それ故に提督らは自分の懐を温めるためと艦隊の強化のため、この手ごろな海域にこぞって艦隊を送り込むのである。

 

「わかっていると思うが、貴様らには多くの資材と金を投入している。先週の筑摩ら役立たずのような失態は許さんぞ」

『心得ております』

 

 八十田の言葉に、通信機の向こうの高雄は事務的に無感情を装って答える。

 実は先週、八十田率いる鎮守府はこの沖ノ島沖に出撃していた。しかし艦隊に加わっていた筑摩が戦闘海域に入ってすぐに大破してしまい、これ以上進めば轟沈の可能性があるにも関わらず八十田は進軍を強制しようとし、旗艦の日向と、筑摩に庇われて大破を免れていた加古がそれに反発して命令を無視して帰投してしまい、作戦は完全に失敗。筑摩と命令を無視した日向と加古は現在懲罰房に入れられており、そのことで鎮守府内の他の艦娘や職員から元々あった八十田に対する不信感がさらに募っており、そのしわ寄せがこの状況を改善できない秘書艦である愛宕にも降りかかっていた。

 

(はぁ……ハズレだなぁ、この人)

 

 愛宕や他の艦娘達の八十田に対する評価は正直最悪と言っても過言ではない。過去には他所の鎮守府で“捨て艦戦法”と呼ばれる意図的に艦娘を轟沈させて囮に使う戦法が起用されたり、艦娘達を必要もないのに様々な理不尽な理由をつけて性的、肉体的虐待を行うといったブラック鎮守府と呼ばれる物が多く存在していた。それこそ最近はとある大事件が切欠で世間だけでなく政府や別管轄の自衛隊、さらには海外諸国が、大本営や鎮守府の行動に厳しい目を向けるようになっており、そのような極端な行動を起こす輩は減ってきている。しかしこの鎮守府の司令官である八十田はその減ってきている愚かなブラック提督の一人(と、所属の艦娘及び鎮守府の内情に詳しい者たちに認定されてる)であり、自分の思い通りにならなければ癇癪を起して艦娘を使い捨てにしようとする、どう見ても提督の適正はない、子供でもまだ我慢だろう事も我慢できない我儘な人物だった。そんな人物がなぜ提督になれたのか? 政治家である八十田の父が、元々女性関係にだらしなく美人な艦娘囲まれたいという息子のわがままに応えるため、大本営と防大の理事長に手を回し彼を卒業させ提督になるように仕向けた。そして提督になったはいいが適正がない上に不真面目な勤務態度で失敗ばかり、おまけに好みじゃない艦娘の扱いが極端に悪く、本命の艦娘に告白したら玉砕し、その八つ当たりで艦娘達の扱いを更に悪している……などという噂も流れている。どっちにしろ八十田と艦娘達の間には修復しようのない深い溝ができていた。

 それ故に、ほぼ投げやりで秘書艦に任命されてしまった愛宕は、その八十田と艦娘達の間で板挟みになりながらも、深海棲艦からこの国を守るため身を粉にして働いていた。しかし愛宕本人には何の落ち度もないのに一部の艦娘からは八十田の腰ぎんちゃくと揶揄され嫌われており、正直彼女は身も心も疲れ切っていた。

 

(はぁー……この仕事辞めたい。終わったら飲みに行きたい。ショッピングしたいぃ……)

 

 心の中でため息をつきながら弱音を吐く愛宕、それでもこの仕事において自分の代わりはいない、というか誰もやりたがらない(高雄達姉妹は時折立候補しているが、まさか姉妹にこんな罰ゲームみたいなことさせられないと愛宕が断っている)為、自分がやるしかない……いわば責任感だけで自分を奮い立たせて、愛宕は目の前の職務に挑んだ。

 

 その時、モニターの向こうの旗艦の高雄から通信が入ってきた。

 

『提督、前方に敵影らしきものを発見。数は一、射程範囲内です』

「はん、深海のカスのはぐれだろう、とっとと蹴散らせ」

『いえ、どうやら艦む……』

 

 次の瞬間モニターに爆発が移り、ノイズが入ってそのまま映らなくなった。しかし通信機はまだ生きているようで、高雄の切迫した声が鳴り響いた。

 

『こ、攻撃されました!! 摩耶!! 鈴谷ちゃん!!! そ、そんな…!』

「おい!? いったいな「高雄!!!!? 摩耶と鈴谷ちゃんがどうしたの!!?」

 

 切迫した状況に、愛宕は思わず八十田を押しのけて高雄に通信を送る。しかし高雄にはそのような余裕はないのか、自分が指揮している艦隊に指示を出す。

 

『二人は急いで退却して!!! きゃあ!! 何なのあの兵器!? あんなの……!!』

 

 そして爆発音のようなものと共に高雄との通信が途絶え、通信機からはノイズの音しか聞こえなかった。

 

「高雄!? ねえ高雄!!! 摩耶!! 鳥海!! 鈴谷ちゃん!!」

 

 愛宕が何度呼びかけても高雄達からの返事はなかった。その時……鎮守府のいたるところから緊急事態を告げる警報が鳴り響いた。

 

「今度はなんだ!!?」

「ち、鎮守府近海に深海棲艦の艦隊を複数確認!!! 姫クラスが多数いる模様!!!」

「なっ……主力メンバーを向かわせろ!!! スクランブルだ!!!」

 

 八十田の指示に、オペレーターは首を横に振る。

 

「お忘れですか……!!? 殆どの主力メンバーは今、西方と南方海域に展開中です!! 鎮守府にいるメンバーで迎撃するしかありません!」

「ならすぐにそうしろ!!! もたもたするな!!!」

 

 しかしここにいる八十田以外が、それは難しいと感じていた。今ここの鎮守府に残っているのはほとんど練度50以下や実戦経験のない艦娘のみ、しかも艤装などの武器は八十田の指示で殆ど解体・廃棄してしまい、まともに使えるものは殆どこの鎮守府を離れている主力メンバーが持って行ってしまっていた。

 

(あれほど予備の装備は残しておけって言ったのに!!!)

 

 愛宕は心の中で八十田に対し悪態をつきながら状況を打破するために鎮守府内にいる艦娘達に通信で指示を送った。

 

「急いで戦艦を旗艦に重巡3空母2の編成を作って! 残りは鎮守府の守りを固めて! あと日向ちゃん達を独房から出して一緒に迎撃に当たらせて!!!」

「おい!! 司令官である私を無視して勝手な判断をするな!!!」

「すいません黙っててもらえますか!!!?」

 

 愛宕は目の前のことに必死になっており、思わず厳しい口調で上官である八十田を制した。すると八十田は急に押し黙り、ぶつぶつとスマートフォンをいじりだした。

 

「くそっ! なんでこうなるんだ!!? まさか……!」

「あ、司令!!?」

 

 そして八十田はそのまま指令室から出て行ってしまった。それを見たオペレーターは止めようとするが、愛宕はそれを制した。

 

「大丈夫、あの人がいても邪魔なだけです。それより自衛隊に連絡を取って街の人たちを避難させてください」

「そ、そうですね……」

 

 そうこうしているうちに、迎撃の為に出撃しようとしている艦娘達から通信が入ってきた。

 

『おい! 本当にこれだけの装備で出撃しろってのか!?』

『無理ですよこれだけで戦えだなんて!!! 姫クラスに太刀打ちできるわけないじゃないですか!!!』

「本当にごめん……なんとか頑張って」

『くそっ……! 沈んだら化けて出てやるからな!!!』

『転出届出せばよかった……』

 

 仲間の艦娘からの怒りと怨嗟の声に、愛宕は何も言えず唇をかみしめた。彼女自身一刻も早く連絡が取れなくなった姉妹達の安否を確認したい気持ちで一杯だったが、今はこの鎮守府と、自分たちの背中にいる街の人々を守る事に全神経を集中させた。

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

 数分後、八十田は鎮守府の駐車場にある自分の赤いスポーツカーに乗り込んでいた。艦娘達には節制を強制しながら、自分は権力を盾にそれなりに贅沢をしている……愛宕たちが八十田を嫌う理由の一つである。

 

「くそ!! 今までうまくいっていたのに……!! 奴ら、この時の為に協力していたのに電話に出ない!! 裏切ったのか……!!?」

 

 その時、ドォォォンという轟音と共に、鎮守府の工廠から爆発が起こった。姫級戦艦の砲撃が直撃したのである。

 

「ちぃっ!? やつらもうここまで……!! 役に立たない艦娘共め!!! 俺はこんなところで死ぬ人間じゃないんだ!!」

 

 八十田はそう言ってアクセルペダルを踏みこみ、全速力で鎮守府から街の方角に逃げ出した。まだ残っている艦娘や鎮守府の職員たちには何も言わずに……。

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

 深海棲艦が鎮守府を襲撃し、街に避難勧告が出てから一時間後、シュウは稲尾達と共に陸上自衛隊の艦娘救出部隊として、深海棲艦に徹底的に破壊された鎮守府にトラックで向かっていた。

 深海棲艦は鎮守府を徹底的に破壊した後、幸い街への襲撃は行わずそのまま姿を消した。鎮守府に所属していた艦娘達の被害は甚大で、轟沈艦はおらずとも大破艦が多数出ており、おまけに司令官である八十田が鎮守府から逃げ出したことが艦娘達の間に伝わってしまい、戦意を完全に喪失し敵前逃亡を行う者も出ていたと、事前に退避させられていた鎮守府の職員達から、救援要請を送った他所の鎮守府や自衛隊本部に伝えられていた。

 

「どうした権藤? 難しい顔をして?」

 

 移動するトラックの中で稲尾は、隣で難しい顔をしているシュウに話しかける。

 

「稲尾さん……艦娘達は見捨てられたんですよね? 提督や職員達は真っ先に逃げて……」

「あのおぼっちゃんはともかく、職員達は残ろうとしたけど、秘書艦に脱出を促されたらしい、まあ、他の艦娘達はどう思うかはわからないがな」

「……秘書艦の人、無事だといいんですけど」

「だな、俺達が真っ先に救うべき命を諦めるわけにはいかない。皆もそのつもりでこの任務に挑め!!!」

「「「はい!!!」」」

 

 稲尾の鼓舞に、シュウ達自衛隊員らはしっかりとした返事を返した。

 

 しかし十数分後、現場である鎮守府に到着した途端、鼓舞された筈の自衛隊員らの心に絶望が支配した。かつてそこにあったコンクリート製の建物は瓦礫の山と化し、あたりには油や様々なものが焼ける臭い、そして血の臭いが風に乗って隊員らの鼻を刺激した。

 これはもう……。そんな思いが何人かの隊員の脳裏をよぎる。その時、シュウが何かに気づき瓦礫の山に駆け寄った。

 

「隊長! 生存者です!!」

「ううう……」

 

 シュウはそう言って瓦礫の中から黒髪の艦娘らしきボロボロの少女を引っ張り出した。それを見た稲尾や他の隊員達が駆け寄る。

 

「でかした権藤!! 医療班準備急げ!!」

「大丈夫? 自分の名前言えるかい?」

「う、潮です……」

 

 息も絶え絶えにその艦娘……潮は、自分の名前を答える。どうやら見た目ほど大きな怪我は負っていないようだ。

 

「権藤、俺はこの子に状況を聞きながら指示を出す。お前は他の生存者を探せ」

「了解!」

 

 稲尾の指示を受け、シュウは他の隊員と共に他の生存者を探した。

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

 それから一時間後、破壊された鎮守府からは多数の負傷した艦娘と、深海棲艦に恐れをなして隠れていた艦娘達が発見された。

 

(こんな年端も行かない子達が……)

「痛い、痛いよお……」

「くそっ! だから言ったんだ!!! こんな装備じゃ無理だって……!」

 

 シュウは隊員たちに保護され治療を受けている艦娘を見て胸が締め付けられるような思いに駆られた。

 

「艦娘はこれで全員か?」

「あとは海に出て迎撃に当たっていた子達だと思うが……海上自衛隊や保安庁の奴らが当たっているんだよな?」

「俺達人間と違うとはいえ、やりきれないよな……こんな女の子たちに、あんな化け物と戦わせるなんて」

 

 他の隊員たちの会話をよそに捜索を続けるシュウ、その時……彼の目の前に、一匹の小さな二等身のツインテールの小人のような生物が現れた。言葉を発することはできないようだが、ジェスチャーで何かを必死に訴えているようだ

 

「あれ? 何だこいつ?」

「なんだ権藤、何か見つけたのか?」

 

 他の隊員たちも権藤の様子に気づき、彼に話しかける。

 

「いや、こいつが突然現れて……」

「こいつ? なにかいるのか? 何も見えないぞ?」

「え?」

 

 目の前にいる生物が自分以外の隊員に見えていないのに気づき困惑するシュウ、その時隊員の一人があることに気づいた。

 

「なあ……もしかして権藤、妖精が見えているんじゃないか? 提督になって艦娘を率いることができるっていうあれだよ」

「俺が提督……そんな馬鹿な」

 

 提督は通常、誰でもなれるというわけではない。しかもそれは学力等ではなく、資質……艦娘をサポートしている小さな妖精が見えるかどうかが重要なであり、あの八十田も艦娘を率いる器かどうかはともかく、妖精が見えるということでこの鎮守府の司令官になれたのだ。

 

「あ、おい!!」

 

 するとシュウはどこかに行こうとしているその妖精を追いかけようとする。

 

「行ってこい権藤、その妖精、何か伝えたいのかもしれない。隊長には俺達が報告しておく」

「頼んだ、ちょっと行ってくる」

 

 そしてシュウは仲間たちと別れ、その妖精を追いかけていった。

 

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

「う……ううう……ん……?」

 

 気が付くと、愛宕は鎮守府の指令室があった場所の、瓦礫の山に埋もれた状態で意識を取り戻した。体にはいくつもの瓦礫がのしかかっており、制服は焼け焦げているうえに土埃まみれでボロボロ、いたるところに切り傷も散見された。

 

「確か私は……指令室で指揮を執ってて、突破されて戦艦級の砲撃が直撃して、オペレーターさん達を逃がした後にまた砲撃がきて……」

 

 そこまで思い出し、愛宕は自分の現状を確認する。

 

(ずいぶん派手にやられたわね……)

 

 愛宕はその場でもがき、自分の体に覆いかぶさる瓦礫を取り払った。そして脹脛の痛みに気づき、視点をそこに移すとそこには脹脛にガッツリ刺さったコンクリートの鉄筋が突き刺さっていた。

 

「痛い……んぐっ!」

 

 愛宕は涙目になりながら、鉄筋を引き抜いて、上半身だけを起こし辺りを見回した。

 

「もう、戦闘は終わったの……?」

 

 ふと、愛宕は上空から聞こえる自衛隊のヘリコプターの音に気が付き、空を見上げた。

 

「そうか……私、生き延びちゃったんだ」

 

 辺りから立ち込める血と物が焼ける臭いで、愛宕は自分が生きているということと、自分たちが深海棲艦に負けたという事を確信した。鎮守府の皆はどうなっただろう? さっさと逃げ出したあの屑提督は? そして何より高雄達姉妹の安否が気になり、愛宕はよろよろと歩き出した。その時……後方の瓦礫の山からガラガラと音がした。

 

「救助の人……?」

 

 先ほど飛んでいた自衛隊のヘリから察するに、おそらく自衛隊が自分たちを救助しに来たのだろう。そう思い愛宕はとりあえず安どの笑みを浮かべる。

 

 そして瓦礫の山の影から、白い肌に黒髪の黒のワンピース、そして額に角を生やした女性が現れた。

 

「アラァ……コンナトコロニカンムスメガイルナンテ、コノコガオナカヲスカセテイタカラ、メイレイヲムシシテカクレテセイカイダッタワァ……!」

 

 戦艦水鬼、数々の戦場で多くの人間や艦娘の命を奪った深海棲艦が、口だけの双頭の筋肉達磨の化け物を連れて、愛宕の目の前に現れた。

 

「……どこまでついていないんだろう、私……」

 

 愛宕は突然降って湧いてきた絶望に、怒りや悲しみより、諦めの感情を抱いた。

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

 数分後、シュウは妖精に連れられて鎮守府の指令室があった場所の近くにやってきていた。

 

「おーい! 誰かいませんかー? 助けに来ましたー!」

 

 大声で呼びかけながら生存者を探すシュウ、その時……遠方に人影らしきものを発見した。

 

「よかった、どうやら無事……!!!?」

 

 シュウは人影が何かを確認してすぐに、近くの物陰に隠れた。そこではちょうど戦艦水鬼が愛宕を捕獲し、痛めつけていたところだった。

 

「あ、が……!」

「アナタ、イイカラダシテイルワネエ、コノコ……チョウドオナカヲスカセテイタノヨ」

「グルルルル……!!」

 

 戦艦水鬼は愛宕の喉を片手で掴んだまま持ち上げ、愛宕は呼吸が困難になりジタバタと抵抗する。それを隠れて見ていたシュウは、緊張した面持ちで仲間を呼ぶために通信機を取り出した。

 

(あの人殺される! は、早く助けを呼ばないと……!)

 

 その時、離れた場所からドォォォンと爆発音が鳴り響き、銃声や悲鳴まで聞こえてきた。そしてシュウの持つ通信機から切迫した声が響き渡った。

 

『権藤! 今どこにいる!!?』

「隊長!?」

『こっちは今深海棲艦の襲撃を受けている! 奴ら俺達をおびき寄せるために隠れていやがった!! 可能なら救援に……』

 

 通信機にノイズが走り、稲尾の声が聞こえなくなる。シュウは乾いた笑みで通信機を仕舞い、ここに救援が来ないことを確信した。

 

(俺だけでアレを相手にするのか……!?)

 

 相手は深海棲姫、近代兵器はおろか、練度の高い艦娘でさえ倒すのが難しい深海棲艦の上位種であり、自衛隊の基本装備を身に着けているだけの青年一人が挑むのは余程の大馬鹿ものか、自殺行為に等しかった。

 

(隠れてやり過ごせるか……?)

 

 一瞬だけ逃げ出して隠れるという判断がシュウの脳裏をよぎった。その時……戦艦水鬼は愛宕の首をつかんでいる手とは反対方向の手を、彼女の制服の喉元にかけた。

 

「タベヤスイヨウニ、カワヲハイデアゲマスネェ」

 

そしてビリビリと思い切り下に引き裂いた。愛宕の胸元と腹部が露出し、スカートのひもはちぎれてずり落ちた。そして水鬼はそのまま愛宕を無造作に地面に放り捨てた。

 

「あう……!!」

「サア、オタベ」

「ウオオオオオオオオー!!!!」

 

 すると先ほどまでよだれを垂らしてハアハアと興奮気味に息をしていた艤装の化け物が、地面に這いつくばってうつ伏せの愛宕の上に飛び乗った。

 

「ぐええ!?」

 

 愛宕は突然背中から来た圧迫感に一瞬呼吸ができなくなる。化け物はそのまま、愛宕の左肩に背後から思い切り噛みついた。

 

「あああああああああああ!!!?」

 

 甲高い愛宕の悲鳴が辺りに鳴り響いた。化け物は徐々に噛みつく力を強める。すると愛宕の肩はブシュッと化け物の口の中で血を噴出した。

 

「いだい!!! いだいよぉ!! やめでえ!!!」

 

 大粒の涙を流し逃げようと抵抗する愛宕、しかし化け物の力は強力で、口をこじ開けることは到底不可能だった。そして化け物は愛宕の肩を噛みちぎることはせず、口の中で噴出した血を舌でべろべろなめ始めた。

 

「ひいいい……!」

「ウフフ、イイカオ、モットヒメイヲアゲテチョウダイ」

 

 水鬼は手ごろな瓦礫に腰掛け足を組みながら、愛宕が化け物に嬲られるのを面白おかしく観察していた。

 

(私……こんな死に方をするの? まだ何もいいことがなかったのに……何のために……)

 

 愛宕は激痛の中、自分の死を予感し、これまでの不運なめぐりあわせの人生を思い返し、自然と大粒の涙を流していた。

 

(……なぁんにもいいことが無かったなぁ、上司に嫌がらせされて、仲間には嫌われて……)

 

 血を舐め切ったのか化け物の噛む力が強くなる。おそらくこのまま愛宕の肩を噛みちぎるつもりだろう。

 

(せめて一度だけ……素敵な恋をしたかった……)

 

 生きる事を諦めてしまった愛宕の瞳から、光が消え去った。

 

 だが次の瞬間、パンパンパンと破裂音が鳴り響き、銃弾が化け物に打ち込まれる。銃弾は化け物を傷つけることなく地面にぽろぽろと落ちた。

 その場にいた全員が、銃弾が飛んできた方角を見る。そこにはハンドガンを構えたシュウが立っていた。

 

「き、効いてないよなそりゃ……」

 

 相手は爆撃も艦砲射撃も効かない、艦娘ですらダメージを与えるのは難しい化け物。拳銃の玉など効くわけがないのは明白だった。それでも、それでもシュウは、目の前で命を奪われようとしている、今日初めて出会った艦娘を助けたいと、自殺行為だと理解していながらも戦艦水鬼らの前に立ちはだかった。

 

「アラ? エサノシガンシャカシラァ?」

「ウオガアアアアアアアアアア!!!!」

 

 効いてはいないが、鬱陶しい攻撃をして食事の邪魔をしたシュウに化け物は怒り狂い、愛宕を解放し彼の方に突進していった。

 

「こここここ来いよ化け物ぉ!!!!」

 

 凄まじい威圧感に足を震わせながら、シュウは突進してくる化け物に拳銃の弾を打ち込みつつ、精一杯の虚勢で挑発する。化け物は止まることなく、大きな拳をシュウの頭上に向けて振り下ろした。

 

「うおおおお!!!?」

 

 シュウは横っ飛びでその攻撃を避ける。地面に打ち込まれた拳は凄まじい破壊力で地面を破壊した。

 

「勝てるかこんなもんんんんんん!!!!!!」

 

 半ばやけになって寝転がった状態のまま銃を撃ち続けるシュウ、すると化け物は先ほどの愛宕にしたように、仰向けのシュウの体に覆いかぶさるようにのしかかった。

 

「ぐえええ!!?」

 

 シュウは腹部の強烈な圧迫感で若干胃の中の物を吐き出しながらも、拳銃で反撃を試みる。しかし拳銃の弾倉にはもう弾はなく、無情にもカチカチという音しか鳴らなかった。

 

「グルルルル……!!」

(ああ、やめときゃよかった……)

 

 シュウは自分に迫りくる化け物のよだれまみれの口を眺めながら、先ほどまでの自分の行動を後悔した。そして少し離れたところで、信じられないといった様子で身を起こしこちらを見ている愛宕と目が合った。

 

(逃げ切れるかわからないけど、逃げたほうがいいですよ?)

 

 シュウは愛宕に必死に逃げるよう合図を送った後、ふと自分が置かれている状況であることに気が付いた。

 

(よくよく考えてみたら、深海棲艦にここまで接近できたのって俺が初めて?)

 

 深海棲艦らはこの世界に現れてからは一度も人類とは会話のテーブルにすらつかず、攻撃するときもされるときも砲撃などによる遠距離からの攻撃が主であり、人間が生きてここまで近付ける機会など、捕食されるとき以外はありえなかった。

 そして今シュウはそのレアな機会に遭遇している。目と鼻の先には砲撃の雨に守られておらず、無防備な口を大きく開けている深海棲艦がいる。シュウはおもむろに、腰に掛けてあった手榴弾を手に取った。

 

(そういえばゲームとか映画であったなぁこういうシチュエーション。やれるだけやってみるか)

 

 シュウは自分がよくプレイする生物兵器と戦うサバイバルホラーゲームのシリーズで、巨大なハエの化け物の内部に手榴弾を投げ込んで大ダメージを与えた時のプレイを思い出しながら、手榴弾のピンを口で引き抜き、目の前の化け物の咽の奥に放り込んだ。

 

「ガガッ!!?」

 

 すると化け物は器官に食べものが詰まったような感覚に襲われたのか、バッとシュウから降りて、自分の喉に手を突っ込み、放り込まれた異物を取ろうとする。

 だが次の瞬間、化けものの体の中からボコンと大きな破裂音が鳴り響き、化け物はよろよろと数歩歩いた後。

 

「ゲエエエエエエエ!!!!」

 

 血と焼け焦げたり爆発でぐちゃぐちゃになった内臓をドボドボと吐き出しながらズズンと前のめりに倒れた。

 

「え? 嘘? 終わり? 俺の勝ち?」

 

 永遠に動かなくなった化け物を見て、やった本人にも関わらず信じられないといった様子のシュウ、その時……彼の死角から、戦艦水鬼の右ストレートが叩きこまれた。

 

「うげ!!?」

「キサマアアアアアア!!!! ヨクモワタシノカワイイペットヲ!!!!」

 

 可愛がっている自分の艤装を殺され、先ほどまでの妖しい雰囲気とはうって変わって、鬼の形相でシュウに殺意を向ける戦艦水鬼、シュウは数メートル吹き飛ばされたあと、必死に意識を取り戻しながら反撃しようとナイフを取り出そうとする。

 

「ちょちょっと待って……!!!」

「シネエエエエ!!!!」

 

 対して戦艦水鬼はシュウに向かって手刀を振り下ろした。シュウはそれを右腕でガードしようとする。すると……戦艦水鬼の鋭い手刀はシュウの右手首はスパンと大根のように切り落とし、それはそのままボトリと地面に落ち、傷口からまるで蛇口を最大までひねって出てくるホースの水のごとく血がドバドバと流れ落ちた。

 

「え」

 

 シュウは信じられないといった様子で自分の切り落とされた右手首を見る。すると戦艦水鬼は今度はシュウの左の脛を踏み潰し、彼の左足は脛の中心から前に曲がるようになった。

 

「だっ……!!? がっ……!!」

 

 シュウは足に来た激痛に思わず顔をゆがめる。右腕は切り落とされ、左足は向いてはいけない方向を向いている。あまりにも非現実的な自分の体の状況に、痛みや怒りや恐怖よりも“訳が分からない”という感情が沸いていた。

 

「イイザマネエ!! サアシニナサイ!!!」

 

 戦艦水鬼はシュウにとどめを刺そうと手刀を振り上げる。

 

「だめええええ!!!!」

「グオッ!!?」

 

 その時、一部始終を見ており、何とか動けるまでダメージを回復させた愛宕が、シュウの惨状を見て居ても立ってももいられず、彼を助けるため戦艦水鬼に飛びついて押し倒した。

 

「ハナセ!! コノシニゾコナイ!!!」

「ううう……!!」

 

 抵抗する戦艦水鬼を自由にさせまいと必死に食らいつく愛宕、それを見たシュウは右腕の切断部分から出る血を反対側の手で押さえながら、この状況をどうするか必死になって考えていた。

 

(ヤバい……痛いと思ったら絶対動けなくなる! 早く何とかしないと!)

 

 その時、シュウをここまで連れてきて、そのままどこかに隠れていたツインテールの妖精が、涙目で恐怖に震えながらも、金属の筒状の物体……艦娘が使う酸素魚雷のうちの一本を持ってきた。おそらくシュウたちの惨状を見て、自分も何かしないとと思い行動したのだろう。

 

「艦娘の装備? これなら、もしかしたら……」

 

 シュウはすぐさま、拳銃に収まっている空の弾倉を捨て、片手と片足でうまく弾の入った弾倉を拳銃に装てん、そのまま拳銃の安全装置の部分を口で咥えると、先ほど妖精が持ってきた魚雷を受け取り、這いながら愛宕に押さえつけられている戦艦水鬼の口めがけて、魚雷を突き立てた。

 

「オゴッ!? ゴッ!!」

 

 魚雷は戦艦水姫の喉奥まで突き刺さり、おまけにその衝撃で歯が何本か折れ、水鬼が抜こうとしても簡単には抜けなくなってしまっていた。

 

「離れて……!!」

「わ、わ……!」

 

 愛宕と一緒に地面を這いながら、戦艦水鬼との距離を取るシュウ。そして口にくわえていた拳銃を手に取り、水鬼の口に突き立てられた魚雷に向かって何発も撃ち込む。銃弾は最初何発かは外れたが、やがて一発だけ魚雷に命中。大爆発を起こした。

 

「ギャアアアアアアア!!!!!」

「うぉっ!!」

「きゃあ!!」

 

 戦艦水鬼の獣のような断末魔と同時に、愛宕を爆発から守るため彼女に覆いかぶさるように伏せるシュウ。そしてしばらくしてよろよろと上半身を起こし、戦艦水鬼の方を見る。戦艦水鬼の首から上は綺麗さっぱり吹き飛んでいた。

 

「やっ……た……」

 

 水鬼がもう二度と起き上がらないのが分かり、シュウは安心しきったのか、がっくりとその場に倒れこんだ。

 

「だ、大丈夫ですか!!? ねえ!!?」

 

 意識を失いかけているシュウを見て、愛宕は彼に呼びかけながら自分のボロボロだった服を破り、切断されたシュウの右腕を破いた服で縛って止血を試みる。すると血は止まったが、代わりにシュウの体からまるで魂が抜けるように体温がどんどん下がっていった。

 

「ダメ……! ダメ……! 死んじゃう……!!」

(そっか……俺、死ぬんだ……)

 

 自分の死を悟り、静かに目を閉じようとするシュウ、すると愛宕は彼を抱き上げ、一連の出来事で服はボロボロでほぼ裸同然の自分の胸に押し付けるように、シュウの頭を抱きしめた。

 

「ごめんなさい……!! ごめんなさい……!! 私を助けるために……!!!」

 

 自分を助けるために、文字通り命を投げうってしまった目の前の名も知らない若き自衛隊員に、愛宕は様々な感情に襲われ、目から大粒の涙をボロボロと流した。

 一方シュウは、死にゆく自分の為に泣いてくれているであろう、名前の知らない艦娘を見て苦笑する。

 

(なんだよ……みんな彼女達の兵器だっていうけど、全然違うじゃなか……柔らかいし、温かい……女神みたいに綺麗だし……)

 

 お互い血まみれなうえ、先程まで命の危機に瀕していたこともあってか、血以外にも色々な臭いが混じっている。それでもシュウは、自分を優しく抱きしめる目の前の、名も知らないエメラルドの瞳を持つ艦娘を美しいと感じていた。

 

(ああ……俺……おっぱいに埋もれて……死……)

 

 

 シュウは柔らかな感触に心地よさを感じながら、深い眠りについた……。

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 シュウは気が付くと、光に包まれた不思議な世界で、水の中のようにふよふよと漂っていた。

 

(ホントに死んじゃったんだ。俺……)

 

 目をつむると幼い時の思い出が鮮明に脳裏に映し出されていく。幼い時、寝る前に母親に絵本をせがんで、人魚姫の物語の結末に納得できず、どうしてと質問攻めにして母を困らせた事。厳しい人だったけど、数少ない休みの日に自分と遊んでくれて、正しい事や困っている人を助けたら、よくやったぞと優しく微笑んでくれた父。自分が泣いていると、真っ先に慰めてくれた兄。自分を慕い、守ってあげるべき存在の妹。

 子供のころはとある理由でいじめられて友達は少なかったけど、それでも有り余るほど素晴らしい家族に恵まれて、不幸だなんて思ったことは無かった。そしてそんな優しい家族を残して死んでしまうことに、今の職業を選んだ時点で覚悟していたとはいえ、やはり申し訳ない気持ちで一杯だった。

 そして……そんな家族との幸せな記憶を思い出していくうちに、幼いころに起こったある出会いを思い出す。

 

(あの子……今どうしているかな?)

 

 あの時出会った。真っ白な肌をした、銀色の長髪に、エメラルドのような瞳を持つ女の子、交流は短い間だったけど、印象深い出会いが故に度々思い返していた思い出だった。

 

(そういえばあの人の目も、あの子と同じ瞳を……)

 

 その時、シュウは突然浮遊感を失い、どこかの川辺のようなところに着地した。

 

「ここって……三途の川?」

 

 そんな事を呟きながら辺りを見回すシュウ、すると少し離れたところに、50歳ぐらいの坊主頭の中年の釣り人が、川に釣り糸を垂らしてどっしりと手ごろな大きめの石に腰掛けていた。

 シュウはその釣り人の事が何となく気になり、彼に話しかけてみた。

 

「おじさん、釣れます?」

「ん? ああ……ぼちぼちな。にしてもここに来るにはずいぶん若いな」

「ははは……人助けしようとしてドジっちゃって」

 

 中年男性はシュウの話を聞きながら、釣り糸の餌を取り換える。

 

「後悔しているか? 人助けをして?」

「してないですよ……なんて言えないかな。まだやりたいことが沢山あったし、母さんたちきっと悲しむだろうなって……」

「わかるよ、俺も大勢の仲間を助けるために、大勢の仲間を犬死させちまったから。だからあいつらと同じところに行くのはちょっと気が引けてな。今こうしてここの番人をやっているんだ」

「へー、おじさんも大変だったんですね」

 

 話の内容からして、あまり深入りすると目の前のおじさんを傷つけるかもと、シュウは気遣ってそれ以上の事情は聞かなかった。

 そして釣り人は釣り糸を再び川に投げ入れる。

 

「で、どうする? このまま川を渡るのか?」

「え? もしかして戻れるんですか?」

「ああ、でも戻ってももう以前のように生活はできなくなるぞ? 腕ちょん切られた上に足もへし折られたんだろう?」

 

 釣り人の問いに、シュウは一瞬迷ったが、それでも答えをすぐに出した。

 

「戻ります。まだまだやりたい事が一杯あるし、家族や隊長たちを悲しませたくない。それに……」

「それに?」

「もし俺が死んじゃったら、あの助けた艦娘さんがずっと自分を責め続けると思うんです。それじゃ助けた意味がないかなって……」

 

 そのシュウの答えに、釣り人はニカッと笑った。

 

「兄ちゃん、本当にお人よしだな」

「よく言われます」

「そっか、じゃあさっさと戻んな、兄ちゃんを待っている奴らが大勢いるからな。それと……俺から一つ助言してやる」

 

 釣り人は真剣な面持ちで、シュウの肩をポンと叩いた。

 

「臆病と勇気をちゃんと使いこなせ、もし判断に迷ったら……周りの人間と一緒に考えろ。俺は一人で判断して、色々と後悔しちまったからな」

 

 その助言に、シュウは何も言わずにこくんと力強く頷き、それを見た釣り人は再びニカッと笑って彼の背中を、まるで川から遠ざけるように片手で押し出した。

 

「それじゃ行ってこい! 娘達の事、よろしく頼んだぜ?」

「娘? わかりました。えっと……おじさん名前は?」

「“タケオ”ってんだ俺は、100年ぐらいたったらまた来い。ここで釣りして待っているからよ」

「ありがとう、タケオさん」

 

 そしてシュウの視界は強烈な光に包まれ、彼の意識はこことは違う場所に飛んで行った。

 

 

 

 

 

「……さすがは娘が惚れた男だ。さーて、山口んとこで酒でも飲むか」

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 

 

 シュウは目を覚ますと、病院のベッドの上で目を覚ました。右腕と左足はギプスで固定されており、動かそうとしても感覚はない。

 

「権藤!! 目を覚ましたか!?」

 

 するとそこに、ラフな格好をした稲尾が現れ、意識を取り戻したシュウに駆け寄った。

 

「稲尾さん……俺は……」

「お前が助けた艦娘と一緒に発見されて、すぐに病院に連れてかれて、三日間ずっと寝てたんだよ。ったく……無茶しやがって」

 

 稲尾はしっかりと意識を取り戻したシュウを見てひとまず安心し、シュウが倒れた後の事を説明した。

 シュウが意識を失った後、他所の鎮守府から派遣された艦娘達が来たおかげで、自衛隊を襲撃した深海棲艦は撃退され、自衛隊からは数人の負傷者しか出なかった事、そのあとすぐにシュウと愛宕は発見され、危険な状態だったシュウはすぐに病院に搬送、出血性ショック状態であったが、避難民達の献血による協力のおかげで一命はとりとめていた。

 

「お前の記録用カメラ見たぜ。生身の人間が深海棲艦を倒すなんてな……英雄だぜお前」

「はははは……この腕と足じゃもう隊にはいられないですけどね」

「うん、まあ、そうだな……医者の話じゃ腕はちゃんとくっついたし、リハビリを続ければ日常生活を送るのに問題はないそうだ。だが……」

 

 言葉を濁す稲尾に、シュウはすべてを察した。この体では自分はもう自衛隊にはいられない。自衛隊員として困っている人を救うという人生の目標も、これで達成できなくなった。その事実に、シュウは気持ちが落ち込んでいくのを感じた。しかしそれよりも気になることがあり、シュウは稲尾に問いただした。

 

「稲尾さん……俺と一緒にいたあの人は?」

「ああ、あの美人っさんか、すぐに他所の鎮守府に連れていかれて、入渠ドッグに入れられて怪我は全快したってよ。すげえな艦娘ってのは」

「そうですか……よかった」

 

 自分が助けた艦娘が無事だと知り、安心して力が抜けるシュウ。しかし稲尾は一瞬迷いながらも、その艦娘の今の現状を伝えた。

 

「だが……今は大本営に身柄を拘束されている」

「えッッ!? なんで!!?」

「彼女……どうやらあの鎮守府の秘書艦だったらしい。それで今回の件の責任を追及されるそうだ」

 

 稲尾から伝えられる衝撃の事実にシュウは思わず身を起こそうとするが、体の自由が利かずそれは叶わなかった。

 

「今は自分の体を治すことだけに集中しろ。俺達もできるだけのことはしておくからさ」

 

 稲尾の一言に、シュウはとりあえず体の力を抜き彼の言うとおりにすることにした。

 

(そんな……こんな事になるなんて……)

 

 シュウは自分が助けた艦娘の身を案じながら、病室の窓の外を眺めた……。

 

 

 

 




 今回はここまでです。次回は主人公がチートを駆使してヒロインを救って鎮守府に着任するまでを描きます(笑)

 艦これの小説は今回の話を作るまでこの数年何度もリテイクを繰り返し、一回投稿してはしっくりこず削除を繰り返していました。今回こそは完結できたらいいなぁ。
 大体この作品を作るモチベーションは、公式が全然愛宕の季節グラや改二やステの上方修正追加してくれねえええええええ二次小説で愛宕がメインヒロインしてる作品すくねええええええじゃあ俺がやるしかねええええええが大半を占めています。

 小説を書くこと自体久しぶりなんで、色々と恥ずかしいクオリティでありますが、批判されると一マス目で潜水新棲姫に雷撃された艦娘並みに大破しやすいメンタルですので、生暖かく見守ってくれると嬉しいです。

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