悪戯の神は希望を拾った   作:乾パン中毒者

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第十話:戦争遊戯

 ガタリ、ガタリと不規則に訪れる揺れが私の意識の覚醒を促す。

 

「ん……」

 

 体を包む毛布を退かして見回せば、未だ自分が天幕の張られた馬車の中にいることを理解した。仕切り布の隙間から顔を出して空を見上げれば、広大な天空で輝く太陽はまだ南中していない。だがあと数時間もすれば開始時刻である正午に達するだろう見込みだ。

 

 一度は到着するまでもう一度寝ておこうと思ったが、緊張からかすっかり目が覚めてしまっている。しかし目的地到着まではあと一時間はかかりそうだ。それまで何もせず座りっぱなし、というのも少し落ち着かない。

 

 涎の跡がついた口元をふきながら、私は背負っていた《アグノス・ソード》を鞘ごと外して自分の膝に置き、鋭い摩擦音を立たせながら抜き放った。

 

「……大丈夫かな」

 

 一応、毎日手入れはしている。血糊は念入りに拭き取っているし、欠けた場所があれば携帯式の砥石で気休め程度に研いでいる。だが所詮は素人の応急処置だ。買ってからたった数日とはいえ、これまで散々酷使した《アグノス・ソード》は買った当日の様子と比べればいくらか輝きが鈍っている。

 

 今朝鍛冶屋でメンテナンスをして貰うはずだったのだが、名も知らぬ鍛冶師曰く「時間がかかり過ぎる」らしいので諦めた。どうやらこの《アグノス・ソード》、使われている素材が鋼鉄をベースにした波紋鋼(ダマスカス)硬結晶銀(シルバー・クリスタル)などが混ざった特殊な合金らしく、まともな整備をしようものなら半日以上かかるらしいのだ。

 

 それに整備にかかる費用もかなりキツかった。時間も予算もオーバーする以上、断念するしかないだろう。

 

 というかこんな剣が五〇〇〇〇ヴァリス以下で販売されているとかどうなっているんだ【ヘファイストス・ファミリア】の価格設定は。明らかに駆け出しが管理しきれるものじゃないだろコレ。

 

「……一緒に頑張ろうね」

 

 ぶつくさと考えている内に《アグノス・ソード》に付着していた汚れを全て拭き終わった。念のために刀身に植物油を薄く塗りつつ、願うように我が愛剣に激励の言葉をかけて鞘にしまいこむ。

 

 気づけばもう目的地が見えてきた。辺り一面、草しか生えていないだだっ広い平原。目を凝らせばかなり遠くで野営地らしきものが建っている。恐らく【アパテー・ファミリア】の野営地だ。

 

 そしてさらによく見ると、まだ昼間だというのに大人数が酒や肉を食い散らかしている。

 

 戦いの前に何て能天気だとは思うが、まあ、当たり前かもしれない。相手にするのが小娘()ただ一人である以上、楽勝ムードが漂う事は仕方がない。

 

 だが、私は負けるつもりなんて欠片も無い。

 

 ――――絶対に勝つ。

 

 尊敬する主神(ロキ)様に誓ったのだ。これを違えるものか。

 

 鞘にしまった《アグノス・ソード》を背に掛け、馬車の座席から腰を上げる。

 

 

 さぁ――――戦争の時間だ。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)。ファミリア同士における諍いを収めるための最終手段にして全面戦争という物騒な内容ではあるが、一方で人々や神々にとっての娯楽という側面を孕んでいる。

 

 簡単に例えるなら闘技場(コロシアム)のような物だ。

 

 人知を超えた力を持つ冒険者たちが剣を手に取り争い合う。巻き込まれる側は顔を青ざめるだろうが、見ているだけの側からすればこれ以上無いまでに刺激的な催しだ。人も神も退屈こそを嫌悪する。故に戦争遊戯(ウォーゲーム)という存在は神々が便乗(悪乗り)して都市を盛り上げるための一種の起爆剤として働いているのだ。

 

 ――――が、今回は極めて小規模な戦い故に、オラリオはそこまで熱気に包まれては居ない。

 

 片や中堅にも届かない【アパテー・ファミリア】。

 

 片や無名かつ眷属一人の【ロキ・ファミリア】。

 

 神々の間では天界のトリックスターであるロキがどんな悲惨な末路を辿るのかと言う悪辣な動機でワクワクしている者もいるにはいるが、やはり一対多というイメージはかなり悪い。こんな見る必要もなく結果のわかり切った戦いを見る者はギャンブルに飢えた者か他者が嬲られることに喜びを感じる変態くらいだろう。

 

 事実喧伝もそこまで広く伝わってはおらず、この催しを見に集まった他地域の者もかなり少数である。

 

「うっわぁ……戦争遊戯(ウォーゲーム)前とは思えない盛り上がりの欠けっぷりやなぁ……」

「だってあのアパテーだぜ? アイツの眷属の被害に遭ったファミリアがどれだけいることやら……」

「ただのリンチじゃねぇか。せめて派手に散ってくれよロキん所の子供」

「あ゛?」

 

 ロキがバベル三十階の窓からオラリオを見下ろしながらそんなことを呟くと、背後の円卓から神々が不満そうに声を漏らしている。第三者からすれば犯罪者の巣窟紛いのファミリアが零細ファミリアを戯れで潰そうとしているような光景だ。

 

 もし【ロキ・ファミリア】のただ一人の眷属が何か大きな功績を上げていたのならば神々は「次は何をしてくれるんだ!?」といった感じで興奮しながら煽り散らすだろうが、残念ながらそんな事実はない。

 

 故に退屈な遊戯(ゲーム)。神々は退屈な日常を忌むが、退屈な遊びは更に嫌う。

 

「ふむ……ロキ、もうすぐ戦争遊戯(ウォーゲーム)が始まるが、何か言いたいことはあるかな?」

 

 頬杖を突きながらニヤニヤと薄気味悪く笑っているアパテーがそう問うと、ロキは神々の予想に反してニタリと悪戯を考えている子供の様な顔で彼女を見返した。

 

「そうやなぁ……アンタらの期待を裏切るようで悪いんやが――――巨人殺し(ジャイアント・キリング)、見られるかもしれへんで?」

『!』

 

 ロキの言葉に死んだような目をしていた神々が顔色を変える。アパテーは何故か更に笑みを深める。そして懐から懐中時計を取り出して、現在時刻がもうすぐ正午を迎えることを確認した彼女は顎を上げて宙へと話しかける。

 

「ウラノス、『力』の行使の許可を」

 

 

 

【――――許可する】

 

 

 

 ギルド本部の方角から重々しく響き渡る神威の籠った宣言が聞こえると同時に、先程と打って変わって目を輝かせた神々が一斉に指を弾き鳴らした。

 

 瞬間、オラリオ中に虚空に浮かぶ『鏡』が出現する。これこそ下界で行使が許されている『神の力(アルカナム)』――――『神の鏡』。千里眼の能力を有する、遥か遠くの出来事を一部始終見通すことができる唯一の特例だ。

 

 そしてその頃ギルド本部前庭では仰々しい舞台が勝手に置かれて、そこに接地された拡声器から女性の声が聞こえ始める。戦争遊戯(ウォーゲーム)名物、実況中継である。

 

『あー、あー。よし……改めまして、皆さんこんにちは。今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)の実況を務めさせていただきます、ギルド職員のアイナ・チュールです。そして隣にいるのはゲストとして立候補していただいた――――』

『――――俺が、ガネーシャだ!!』

『――――えっと、はい。少し前に【苦労顔】シャクティ・ヴァルマ氏がLv.2に上がった時のテンションを未だに忘れられずにいる【ガネーシャ・ファミリア】の主神、ガネーシャ様に来ていただきました。今日はよろしくお願いしますね?』

『――――俺がっ……ガネーシャだ!』

『はい、ありがとうございました。では改めて説明させていただきますね。今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)は【アパテー・ファミリア】対【ロキ・ファミリア】、戦争形式は総力戦。両陣営の戦士たちは既に指定場所に待機しており、今にも鐘が響くのを待ち構えている様子です』

 

 酒場や大通りなど場所に合わせて大きさが異なる円形の窓に、それぞれのファミリアの勢力が映っている。【アパテー・ファミリア】はおおよそ三十人以上の厳つい、確実に人を何人か殺している風貌の男たちが映っている恐怖の絵面であるが――――もう片方は、さながら精巧に作られた人形の如き美しさを持つ少女が映っていた。

 

 ここで戦争遊戯(ウォーゲーム)を見ていた神々が騒ぎ立て始める。ロキの眷属がたった一人だとは聞いていたが、こんな可愛らしい少女だとは欠片も思わなかった故。

 

「おいぃぃぃぃぃぃ! ちょっと待って! 幼女!? 幼女ナンデ!?」

「今すぐ中止だ中止! あの子は俺がお持ち帰りする!」

「幼女prprしたいお( ^ω^)」

「殺すぞアンタら」

 

 同時に別の場所では、たった一人の少女が大勢の大人に嬲られる光景を想像して大半の者が顔を青ざめさせている。一部ニヤついている者もいるが、それはごく少数だ。

 

 酒場ではどちらが勝つかを賭ける賭博が行われていたが、配当手当て(オッズ)はアパテーとロキで五十対一。事情を知らない者からすれば完全に出来勝負(レース)だと思われており、一部の酔狂な者(馬鹿)以外に【ロキ・ファミリア】へと賭けようとするものは居なかった。

 

 異様な空気が漂う中、実況者であるアイナの声が上がる。

 

『それでは、間もなく開始時刻になります!』

 

 カチリ、カチリと針が進み続ける。そして見ている者の興奮が最高潮(ピーク)に達した瞬間――――大鐘の音は鳴り響いた。

 

 

『それでは戦争遊戯(ウォーゲーム)――――開始です!』

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 風の弾丸が平原を駆けた。

 

 一歩踏み出せば一瞬で数十Mの距離がゼロへと変わり、更に一歩踏み出せば速度が増す。風という大自然の後押しを受けながら少女()は十秒も使わず【アパテー・ファミリア】との距離を無に帰した。

 

 そして目の前で高く跳躍。最大火力を群衆の中央に叩きこむために詠唱を紡ぐ。

 

 

「――――【炎よ、燃え上がれ(プロクス)】!!」

 

 

 両手にのみ炎が生じ、巻き起こる劫火は手を伝って私の握る《アグノス・ソード》へと流れるように移っていく。

 

 作り出される刃渡り数Mの巨大な焔剣。私はそれを未だ茫然としている【アパテー・ファミリア】へと振り下ろした。

 

「はぁぁぁぁぁああああああッ!!!」

 

 碌に指揮系統も陣形も構築していないならず者の集りと変わらない【アパテー・ファミリア】は()()()()を除いてこの攻撃に対処すること叶わず、至近距離で生じた炎の大爆発に巻き込まれて十名以上が戦闘不能へと陥る。

 

 そして、爆発で作られた巨大なクレーターの中心に着地。見事成功した強襲の成果に満足げに微笑みながら、私は《アグノス・ソード》の切っ先を辛うじて残った【アパテー・ファミリア】へと向けた。

 

「――――来ないの?」

「なっ、舐めやがってガキがァァァ――――!!」

「殺せ! 魔剣も使え!」

「早く魔法の準備しやがれノロマ共がッ!」

 

 ここで恐慌状態に陥らなかった事を褒めるべきか、それとも怒りのままに無策にも突撃しようとしていることを蔑むべきか。生き残った【アパテー・ファミリア】は私の安い挑発によりほぼ全員が怒りの形相を浮かべて持ちうる限りの全ての武器を持ってこちらへと攻撃を仕掛けようとする。

 

 が、襲い掛かろうとしている者は全員Lv.1。そして私は恐らくではあるが、オラリオ中にいるLv.1の中でも間違いなく最高の基本アビリティを持つ者。更に、技術はたった一日とは言え高位の冒険者に扱かれたことにより、そこらの木っ端冒険者と比べれば天と地ほどの差が生じていた。

 

 故に、烏合の衆を蹂躙できない道理は無く。

 

 前予想とは正反対の、【ロキ・ファミリア】によるたった一人の無双が幕を上げた。

 

「フッ――――!!」

「なっ、速――――ぎゃぁぁぁああッ!?」

「う、嘘だろ! 見えながぁぁぁぁああ!?」

 

 【アパテー・ファミリア】団員による一斉攻撃は悉くが回避され、逆に私が剣を振れば何処かしらから鮮血が飛び散るという光景が広がっていた。腕を斬られ、足を貫かれ、胴を切り裂かれ――――数刻前まで彼らの中で広がっていた楽勝ムードは既に影さえ見えなくなっている。

 

「このっ、死ねぇ!!」

 

 少し離れた場所から団員が手に持った魔剣を振るい、味方を巻き込むことなど知ったことかと剣に内包された魔法を解き放った。少し大きめの炎塊が剣から吐き出され、背を向けた私へと突き進み――――轟音を立てながら着弾。

 

 誰もが「やった!」と確信し――――炎が晴れた瞬間、絶句する。

 

「――――【水よ、噴き上がれ(プリミラ)】」

 

 水を纏っていた。どこからか湧き上がる流水は私を守るように渦巻いており、先程放たれた炎塊は跡形も無く消し去られている。そして水が剣に移り、次の瞬間には剣が振るわれて生じた水圧の刃が多数の団員を吹き飛ばす。

 

「なっ、何なんだよアイツ! 魔剣が効かねぇぞ!?」

「おい! 魔法の完成はまだなのかよ!」

「――――放たれし雷撃は敵を撃ち貫】ぎゃぁぁぁあああぁあああッ!?」

「遅い!!」

 

 遠方で杖を握りながら魔法を唱えていた団員の両腕は一瞬で距離を詰めていた私の握る《アグノス・ソード》によって切断され、顔を蹴り飛ばされてそのまま気絶。逆転の一手を潰されたことで団員の顔から次第に血の気が失せていく。

 

 だが、そんな彼らは私の前に出る三人の冒険者を見て少しずつ活力が戻っていった。

 

「だっ、団長! お二方! 遠慮なくやっちまってください!」

「これでテメェも終わりだクソガキ!」

「…………」

 

 私は目の前の男三人を睨みつける。そして脳内の情報と照らし合わせ、彼らが【アパテー・ファミリア】の団長と幹部であることを把握する。

 

 碌に手入れもされていない乱雑な赤髪の槍使い、リックス・バルバロン。

 

 スキンヘッドで顔も体も傷だらけの槌使い、ブロス・スカー。

 

 そして【アパテー・ファミリア】団長。オールバックの黒髪と大きく裂けた左頬。背中に背負う大型の重量金属(ヘヴィメタル)製の大剣がトレードマークの中年男。――――意外な所で再会してしまった、初めて私から何かを奪った忌々しい存在。

 

 第三級冒険者(Lv.2)、【無法者(デスペラード)】グリード・アルパガス。

 

「――――さて、久しぶりだな嬢ちゃん。こんな形で再会するとは思わなかったぜ」

「……あの時の貸しを、返してもらう」

「おいおい。たった六〇〇〇ヴァリスを奪われたことでそう熱くなるなよ? ちゃんと返すって言ったろ?」

「うるさい」

 

私の中に数日前の路地裏の出来事が今でも鮮明に思い返される。

 

 初めて受けた人の悪意。当然のごとく行われる悪行。飄々とした顔で誰かの物を無理矢理奪うこの男を、私は許すことができない様だ。先程からグツグツと胸の奥底から激情が沸騰しそうになっている。

 

「今の私が数日前の私と同じだと――――思うなっ!!」

「お前ら、こいつの相手をしてやれ!」

「へいさぁ!」

「ヒヒャハハ!!」

 

 私は地面を踏みしめてグリードへと襲い掛かろうとするが、振るわれた剣は彼の隣で待機していたリックスとブロスの得物に遮られてしまう。彼らの動きにわずかな違和感を感じながら即座に飛び引き、彼らへと標的を移す。

 

 よくわからないが、あの二人は他の団員と比べて強い。グリードを倒そうにも彼らが健在である限り大将首を獲るのはかなり困難だろう。

 

 だから――――速攻で片を付けさせてもらう!

 

「【地よ、震え上がれ(エダフォス)】!」

 

 地の力を集わせた手を地面に打ち付け、岩石の棘が二人へと襲い掛かる。Lv.1の冒険者ならばこれで仕留められる筈――――

 

「おお、凄ぇや。地面から棘を生やしやがった!」

「ハッハァ! 無駄無駄ァ! 吹っ飛べやぁ!!」

「ッ――――!?」

 

 リックスは地面から飛び出す無数の棘を軽々と躱し、ブロスはその手に持った巨大な槌で周りの地面ごと棘を砕いて吹き飛ばした。完全に予想外の事態に少しだけ狼狽えてしまうが、すぐに態勢を整える。

 

 予想よりも強かっただけの事に動揺してはいけない。気を強く持て、私。

 

「そらそらそらァ!」

「くっ――――!?」

 

 無数の棘の上を飛び移りながらリックスは私との距離を詰めて、その手に持った長い槍で連続突きを放ってきた。一撃目を剣で弾き、二撃目を身体を捩って回避するが、更に速度が上がった三撃目が左肩の肉を少しだけ抉る。

 

 何だ、こいつの速さは。他の奴らと差があり過ぎる。本当にLv.1なのか……!?

 

「死ねやァァァァァァッ!!」

「!?」

 

 進路を阻む土の棘を破壊し尽くしながら、巨大な槌を振りかぶってくるブロスを見て私は即座に回避しようとする。が、一瞬の隙を狙ってリックスが私の脚に槍を刺し込もうとする。反射的に回避して――――しかし、無理に避けたせいで体勢が崩れてしまう。

 

 マズイ。避けきれな――――

 

「ッ――――」

 

 反射的に《アグノス・ソード》を盾代わりにして防御。巨大槌の威力はある程度減衰したが、それでも私の体を吹き飛ばすには十分だった。ブロスの槌は振り抜かれ、私は十M以上の距離を吹き飛んで地面を転がる。

 

 そうして、ようやく確信する。

 

 たぶん、こいつ等二人はLv.1などでは無い。先程蹴散らしていた団員と能力に差があり過ぎる。私の様に基本アビリティが無茶苦茶に高いのか、それともスキルの効果なのかはわからない。だが戦闘能力は間違いなくLv.2クラスだ。

 

 ふと、とある言葉が頭を過る。

 

 ファミリアは規模や功績により、ギルドからIからSまで等級付けされている。等級が高くなるほど、ギルドからの月間徴税額も上がってしまうが、それは「そのくらいのファミリアならば十分稼げる額」だと判断されるからだ。

 

 が、人間だろうと神だろうとお金は貯めたいものである。ギルドの大量徴税を避けるため敢えて眷属のレベルアップ報告をせず下位に留まる違法なファミリアは詳細こそ不明だがそこそこの数が存在しているらしい。

 

 もしかしたら、【アパテー・ファミリア】はその内の一つかもしれない。そう思うと見えてきた希望が遠ざかったようで歯噛みしてしまう様な気持ちになってしまう。

 

「おいおい、どうしたよさっきまでの威勢は。”Lv.1”相手に苦戦しちまって、大丈夫なのか?」

「ヒヒヒッ、さっさと降参したらどうだい? ああ、そういや負けたら処刑なんだっけ? 必死に抗う訳だ~」

「大人しくしてれば俺らがここで苦しまずに死なせてやるぜ?」

「ッ……!」

 

 《アグノス・ソード》を杖代わりにして身体を起き上がらせる。三人のわざとらしい言葉と浮かべた嘲笑が非常に腹立たしい。剣を握る力が自然と増していく。

 

 ――――こいつ等を、倒す。

 

 その一心を持って、私は手から零れ落ちそうな希望を掴むために地を駆けた。

 

 

「オォォォォオオォオオオオオオオオオオッ!!!」

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

『幼女TUEEEEEEEEE!!』

「おいおいおい嘘だろッ!? あれホントにLv.1かよ! ロキィ! お前レベルの虚偽報告してないだろうな!?」

「しとらんよ~。うちの名に誓ってあの子はLv.1や」

「複数属性の付与魔法(エンチャント)持ち! 出力も尋常じゃねぇ! しかも可愛いとか大当たりじゃねぇかクソッ!!」

 

 朝の沈鬱とした雰囲気は何処に行ったのか、バベル三十階層は現在どんちゃん騒ぎが起こっていた。

 

 前予想では【アパテー・ファミリア】のリンチで終わると予想されていたのに、今現在鏡から見えるのは間違いなく【ロキ・ファミリア】による幼女無双。完全に予想外の光景に【アパテー・ファミリア】に賭けていた神々は悲鳴を上げ、【ロキ・ファミリア】に賭けていた神々は歓喜の絶叫を上げていた。

 

 当のロキ自身も眷属の予想以上の大暴れっぷりにケタケタと笑っている。

 

「ふーはははははっ! どやぁ? うちのアイリスたんは最高やろ!?」

『アイリスたんサイコーーーーーー!!』

『チクショォォォォオオオオオオオ!!』

 

 こんな騒ぎは別にバベルの中限定では無く、各所の酒場でも似たようなことが起こっていた。具体的には幼女に金をつぎ込んだ大人が「ヒャッハー!」と喜び回るというアレな絵面が。

 

 そんなこんなで予想を上回る展開にオラリオの住人たちは沸き上がり、小さな少女が厳つい男ども相手に無双するという爽快感抜群の絵面によって戦争遊戯(ウォーゲーム)開始時と比べて数倍以上の盛り上がりを見せていた。

 

『す、すごい! アイリスちゃん、蹴散らしています! 【アパテー・ファミリア】の団員が一方的に屠られていきます! ホ、ホントにLv.1だよね……?』

『あれは、そう……ガネーシャだ!!』

『あっ、ここで【アパテー・ファミリア】の団長と幹部が止めに入りました! ……え? な、なんかこっちもLv.1にしては強すぎるような……ガネーシャ様、何かわかりますか?』

『あれは――――ガネーシャか!?』

『すいません。聞いた私が馬鹿でした』

 

 実況ではそんな小コントが起こりつつ、しかしアイナの言葉によって一部の高位冒険者の目が少しだけ細められた。微かな違和感が言葉で指摘されたことで浮き彫りになったと言う方が正しいか。

 

「なぁ、おかしくないか? あの子供も大概だが、あの槍使いと槌使い、明らかに動きが()()()()

「【アパテー・ファミリア】って犯罪紛いの事も普通にやるんだろ? ……報告してないんだろうさ」

「オイオイ、マジだったらあの少女の勝ち目ねぇだろ。Lv.1がLv.2に敵うかよ」

「【無法者(デスペラード)】がいる時点で今更だろ」

 

 そんな声は酒場だけでなく、バベルの中でもわずかに芽を出していた。

 

 ロキは先程とは打って変わって鏡の中の光景をキツく睨みつけている。アイリスの異常性を理解して居るからこそロキは周りが天井知らずに盛り上がる中違和感の正体に気付いていた。

 

(あのクソ女神(アマ)ァ……! 眷属のレベルアップ報告しとらんな!? しかも二人以上ッ……!)

 

 Lv.1の中では間違いなく最強だと断言できるアイリスが若干ではあるが押されている。それは即ち相手がLv.2以上だということに他ならない。万が一レアスキルの類で強化されていたとしても、普通の冒険者とアイリスの基本アビリティ差は限界突破(SS以上)の有無という絶対的な開きがある。

 

 そんな差を埋められるスキルがある訳がないとは言わないが、一番可能性が高いのはやはりレベルアップの未申告だろう。

 

 チラリとロキがアパテーに視線を送れば、ニタニタと生理的嫌悪を刺激する笑みが返ってくる。それを見てロキは彼女は黒だと判断するが、何も言わずに歯噛みした。

 

 何故ロキが何もしないのか。――――単純に、アパテーが眷属のレベルアップを申告していないという確たる証拠は無い故に何もできないのだ。

 

 あったとしても戦争遊戯(ウォーゲーム)はもう止まらない。盛り上がりが最高潮に達している以上、今更ロキが何かを喚いた所で周りの神々は止まりやしない。

 

 ロキは無力感に苛まれながら、不意に最悪の予感が脳裏をよぎるのを感じる。

 

 

 あの中に第二級冒険者(Lv.3以上)が交じっているという可能性を。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 金属と金属がぶつかる度に花火が散る。

 

 既に何十と繰り返されている攻撃の嵐。槍と槌によるコンビネーション連撃を全力で凌ぎながら私は彼らの攻撃に隙が出るまで忍耐を続ける。

 

「オラオラァッ! 反撃しないと死んじまうぞォ!」

「耐えるだけで精一杯ってかぁ!」

「うぐっ……!!」

 

 同時攻撃を受け止める。両腕が軋み膝を突きそうになるが全力で堪える。

 

 魔法はまだ使っていない。()()Lv.2の【無法者(デスペラード)】が後に控えている以上、前座の二人程度に乱用するわけにはいかないからだ。最小限の消費で彼らを倒さなければたださえ低い勝ち目がさらに低くなってしまう。

 

 そして逆転の機会(チャンス)はやっと訪れた。怒涛の隙が無い攻撃は今の同時攻撃で一旦の終了を迎えた。

 

 此処しかない。

 

 

 ――――カチリ、と何かのスイッチが入る音が頭の中で響く。

 

 

「【風よ、舞い上がれ(フルトゥーナ)】ァッ!!」

「なん――――!?」

「ぬおォッ!?」

 

 

 身体から強烈な風の爆発を起こし、受け止めていた二人の武器を吹き飛ばす。結果、二人の両腕は上に跳ね上がり、胴はがら空きになった。すかさず風を剣に集め――――二度、剣を払う。

 

「はぁぁぁぁあああああああ――――ッ!!」

「がぁっ――――!?」

「うごぁぁああああ――――ッ!?」

 

 圧縮された風の壁が幹部二人を上から地面へと叩き付け、二度目に放たれた本命の一撃が二人を風と地面にサンドイッチにされた状態のまま吹き飛ばした。彼らは土を抉りながら三十M以上も吹き飛んでようやく停止。両者とも白目を剥いて倒れている。

 

 前座は片付いた。これで、ようやく大将を狙える。

 

 大量の土煙が上がる中、肩で息をしている私の前に空気を含んだ拍手をしながら近づいてくる影が一つ。シルエットから見える巨大な剣は間違いなくグリードだ。

 

「はははっ、すげぇや。実はお前もレベルアップの申告をしてなかったりするのか? Lv.1の冒険者が一人でLv.2二人を同時に倒すなんて聞いたこともねぇ」

「……お前、も?」

 

 何か含みのある言い方だった。

 

 こいつは、何を言っているんだ。その言い方だとまるで、彼ら二人だけでなく()()()()()だと言っているような――――

 

「ああ、主神(アパテー)からは『言わない方が面白い』って言われてるから、今まで色々と誤魔化していたが……此処で明かすのも、お前のイイ表情を見れそうで悪くは無さそうだ」

「なに、言って」

 

 グリードは背負った重量金属(ヘヴィメタル)の大剣を抜き放ちながら、空いた手の指を三本だけ立てる。

 

 

 

「俺のレベルは3だ」

 

 

 

 その言葉と同時にグリードの姿が掻き消え、次に目に入った光景は彼が低姿勢のまま大剣を振り抜こうとしている姿だった。

 

 比重の高い重量金属(ヘヴィメタル)を大量に使用して作られた超重量の鉄塊が迫る。完全な反射行動で《アグノス・ソード》を振り下ろしてそれを相殺しようとするが――――刃が衝突した瞬間、私の持つ《アグノス・ソード》の刀身に無視できないレベルの罅が入る。

 

「な――――――――」

「吹っ飛べ」

 

 絶句。そして、両腕ごと体が弾き飛ばされる。

 

 辛うじて両手に握る剣は手放さずにいられたが、その対象として私の体は数M上空をきりもみ回転した後地面に叩き付けられた。

 

「うわぁ、これで死んで無いとかマジか。どんだけ頑丈なんだこのガキ……。ま、どうせだし盛り上げてやりましょうかね」

「がっ、あ、ぅ…………!」

 

 呻きながら、立ち上がる。両手に握った《アグノス・ソード》は、もう見るも無残な姿だ。形こそ保ってはいるが、これ以上無理をすればその中ほどから真っ二つに折れてしまうだろうダメージを負ってしまっている。

 

 しかし私の武器はこれしかない。この剣が折れてしまえば、アレとどう戦えば――――

 

「【我等が欲は尽きることなく。痛みに悶え、憎悪に燻られ、不信の幻惑に縛られる】」

「ッ――――!?」

 

 グリードの口から魔法の詠唱が呟かれ始める。正面から押せば倒せるはずなのに、わざわざ魔法の詠唱? ――――間違いなく碌なことをしない。今すぐ止めねば、確実に不味いことになる。

 

 即座に私は彼へと駆けて、今にも壊れそうな剣を振るう。

 

 だが、容易く弾かれる。もう一度振るって、弾かれて。何度振っても、届かない。

 

「ッ、ぐ、ぉぉぉぉおおおおおおお!!」

「【手足に杭を打て、痛みを与えよ。その憎しみが無為と知らしめるために。その体に流れる物を惑わしてでも自由を奪え。家畜が祈る神など無し】」

「届けっ……届けぇぇぇぇぇええええええッ!!!」

 

 止まらない。グリードは嘲笑を崩さずに戦闘を行いながら詠唱を続ける。――――平行詠唱。本来ならば暴走して自爆しかねない魔法の行使を、高速移動や戦闘をしながら唱える離れ業。

 

「【炎よ、燃え上がれ(プロクス)】ゥゥゥゥゥッ!!!」

「【嗤え民衆よ! 磔にされた哀れな家畜を見上げよ! 彼の者から一切の力を奪いたまえ!】」

 

 精神力(マインド)をありったけつぎ込んだ炎で全身を包みながら、剣を振り上げる。

 

 

「【カデナ・デセスペランサ】」

 

 

 そしてその刃がグリードの頭を撃ち砕く――――寸前、手足の関節が何かに()()()()

 

 

「な、にが――――」

 

 

 痛みは無い。だが身体がピクリとも動かない。全身の炎も解除した覚えはない無いのに、霧のように掻き消えて――――私は理解のできない事象を前に、呆けることしかできなかった。

 

「拘束と魔法発動阻害の魔法だ。今からお前は三十秒間一切の身動きも、魔法を発動することもできやしない」

「ッ…………!?」

 

 手足の関節を、地面の魔法円(マジックサークル)から生えた真っ黒な鎖付きの杭が貫いていた。

 

 動かない。まずい、完全に拘束された――――!?

 

「さぁて! おいお前たち! 後は魔剣で調理してやりな!」

 

 気づけば、少し離れた場所から私を囲む様に十人程度の【アパテー・ファミリア】の団員が魔剣を構えている。幹部と団長が稼いだ時間の間に、準備をしていたのか。

 

「じゃあなクソガキ。来世は幸せに暮らせるといいな」

 

 それだけを言って、男は踵を返して手を振りながら遠ざかった。

 

 

 周囲の者達が手に持った剣を振るう。

 

 

「ッ――――【水よ、噴き上がれ(プリミラ)】ァァアアァアアアアアアアアアアッ!!!」

 

 

 拘束魔法の時間が切れる。だがもう回避が許される時は過ぎている。

 

 私は詠唱を絶叫するように叫びながら水の膜で己を保護する盾を形成するが――――魔剣による一斉攻撃は、この程度の防御で防ぎ切れるようなものではなかったようだ。

 

 

 数秒もせずに水は蒸発し切り、炎と爆音が全身を焼き始める。

 

 

 悲鳴を上げることもできないまま、私の視界は閃光に包まれた。

 

 

 

 

 

 




負けたな、迷宮破壊してくる。

Q.地味にLv.2二人相手に当然のごとく勝利しているのは何なの
A.アホみたいに高い基本アビリティ+付与魔法(エンチャント)による能力向上+謎スキルによる全能力強化=Lv.2「\(^o^)/」

???「追い込まれた狐はジャッカルより凶暴だ!」
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