悪戯の神は希望を拾った   作:乾パン中毒者

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第十三話:最初の誓い

「――――というわけでな、別に私としてはどのファミリアに入っても構わなかったのだが、どのファミリアも私に向ける目線が煩わしくてな……」

「はぁ……」

 

 ギルド支部から出て、メインストリートを歩きながらそこに居るだけで目を引くほどの美貌を持つ女エルフ――――リヴェリアさんは吐く様に私へと愚痴を零していた。

 

 彼女曰く、自分は未知を求めて里の外へと飛び出した。その目的を果たすため神の恩恵(ファルナ)を得られるならばどんなファミリアでも構わない――――そんな甘い考えは一瞬で砕かれた。

 

 快楽主義が殆どの神々。自身に下品な視線を向けてくる男ども。嫉妬の目線を絶えず向けてくる女たち(ただし何故かエルフは除く)を何度も見続け、オラリオに来てもう数週間程経っているが、未だにファミリアに加入できていないらしい。

 

 結論としては、色々と大変でもまだ気が楽そうな零細ファミリアに加入した方がマシと判断したのだとか。

 

「……あ、無論そんな理由だけで【ロキ・ファミリア】を選んだのではないぞ? やはり決定打になったのはあの戦争遊戯(ウォーゲーム)……。途中、不安になったところが多々あったが、素晴らしい戦いだった」

「あ、ありがとうございます……」

 

 彼女の数週間もの悩みに終止符を打ったのは戦争遊戯(ウォーゲーム)で私が繰り広げた激闘だったようだ。曰く、今一番勢いに乗り出しているファミリアが【ロキ・ファミリア】だと判断したため、そこに便乗するつもりだとか。

 

 まあ確かに勢いづき始めてはいるだろう。私も準備が整ったのならば”中層”へと足を運ぶつもりであるし、戦争遊戯(ウォーゲーム)で多少なりとも名声や知名度、何より多額の資金が手に入ったことでロキ様も本格的な眷属集めを始める筈だ。

 

 大剣で空にふっ飛ばされたり、一斉に多数の魔剣による爆撃を叩き込まれたり、魔法の反動で全身から凄まじい痛みを味わうなどと言った苦労が報われたと思うと涙が出そうな気分だ。

 

「――――あ、あの酒場でしょうか。何やら少年とドワーフが言い争ってるようですが……」

「ああ、私の知り合いだ。……さぁて、あのドワーフをどう制裁してくれようか……!」

 

 引き攣った笑みで両手の骨を鳴らしながら黒いオーラを出すリヴェリアさん。顔が崩れても美人なのは流石と言うべきか。

 

 私はなるべく隣にいるエルフの怒気に気付かないふりをしつつ、向こうで言い争っていた二人へと近づいた。

 

「――――だぁから、どうせ酒場の空気が気に入らなくて先に宿に帰っただけだろうが! あんな石頭のエルフなんぞわざわざ探す必要なんざない!」

「そういう訳にもいかないだろう? オラリオはお世辞にも治安の良い場所とは言えない。綺麗な恰好をしたエルフが一人夜道を歩いているなんて、それこそ恰好の獲物――――うん? ……あ」

「――――誰が、石頭だって?」

「……ああん? なんだ、近くに居たのか。まったく、外に出るなら出ると先に言って――――」

 

 リヴェリアさん、全力の助走を開始。

 

 そして――――情け容赦のないドロップキックがドワーフの顔面へと叩き込まれた。

 

 

「死に晒せこの脳筋ドワーフがぁぁぁぁぁッ!!!」

「ぐぼるわぁあぁぁあああああああああっ!?!?」

 

 

 蹴り飛ばされたドワーフを鼻血を出して回転しながら吹き飛んでいき、遥か向こうに積んであった薪の山に頭から突っ込んで豪快に薪の山を爆散させた。

 

 華麗に着地したリヴェリアさんはパンパンと服に付いた埃を叩き落として、満足そうな顔で頷く。

 

「よし、帰るぞフィン」

「頼む、待ってくれリヴェリア。君はこんな事をする女性ではないと思っていたんだけど」

「どこぞの誰かが酒場で長々と飲み勝負している間に人攫いに遭えば顔くらい蹴り飛ばしたくなるだろう」

「……すまなかった」

 

 リヴェリアさんが攫われた一因が自分にもあったと思ったのか、金髪碧眼の中々整った顔を持つ少年は申し訳なさそうに深く頭を下げた。

 

「構わん。小人族(パルゥム)の身長では見える物も見えないのだろうよ」

「………………」

 

 冷たく、突き放すような一言でリヴェリアさんは少年、いや小人族(パルゥム)の謝罪を切り捨てた。……どうやら、そこまで仲は良くないらしい。

 

 小人族(パルゥム)はその名の通り、とても身長の低い種族だ。成人してもその体格は子供とほぼ大差なく、外見から年齢が推測できないという特徴を持つ。また、他種族より勇気に優れているとも言われている。

 

 そして何より、遥かな昔に『フィアナ』という数々の偉業を成した騎士団が擬神化した存在を信仰していたのだが、千年前に神々(本物)が降臨したことで信仰対象の非実在が証明されてしまい、心の拠り所を失ってしまった結果現在進行形で衰退中の種族でもある。

 

「……所でそちらの子は? 君の知り合いかい?」

「ああ。攫われそうな私を単身助けてくれた勇気ある子だ。そして――――私たちの探していた人物でもある」

「何――――?」

 

 気まずい雰囲気に苦笑しつつ、私は被っていたフードを脱いだ。別に見せても減る物では無いし、折角私を探してくれていたのだから顔くらい見せなければ失礼だろう。

 

 するとなぜか、小人族(パルゥム)の少年は顔を呆けさせた。私の顔に何かついていたのだろうか?

 

「――――――――――」

「…………? あの」

「あ、いや。……映像で見るのと実物を見るのでは、かなり違うなと思ってさ」

「そうなんですか」

 

 よくわからないが、そういう物らしい。

 

 彼はすっとこちらに手を差し出してきた。意図を察して私もその手を握り返して軽く上下に振る。

 

「フィン・ディムナだ。よろしく、アルギュロス氏」

「よ、よろしくお願いします。あ、それと”アイリス”で構いませんから。多分其方が年上でしょうし」

「わかった。では気軽に呼ばせてもらうよ、アイリス」

 

 ニコリと爽やかな笑みと共にフィンさんはそう言った。何と言うか、美少年が笑顔で自分の名前を言ってくるのはこう、何か複雑な気分になる。照れくさいと言った方が良いか。私の予想では多分、彼はもうとっくに成人はしていると思うのだけど。

 

 そんなやり取りをしていたら、向こうからガラガラと音を立てながら薪の残骸を退かして立ち上がる気配がした。

 

「いたたた……何するんだこの弱虫エルフがぁ! オレを殺す気か!?」

「何だ、生きていたのか。チッ」

「ぐぎぎぎっ……! 攫われたかなんだか知らんが、知識に感けて己の力を鍛えんからそうなるんだ! 自分に降りかかる火の粉くらい自分で払えってんだ!」

「何だと!? 元はと言えば貴様が酒場に入ろうなんて言ったからだろうが! かと思えば情報収集ではなく酒を飲み始めるとはどういう了見だ貴様っ!」

「求める情報を持つ奴が勝負を吹っ掛けてきたから受けて立っただけだ!」

「それで、情報は得られたのか?」

「うぐっ」

 

 痛い所を突かれたようにドワーフの男の人は呻いた。ああ、成程。大体読めてきた。

 

 大方一番力の強そうなドワーフを飲み勝負でひきつけ、同伴していた綺麗なエルフが一人になった瞬間を狙って拉致を行った、とかそんな感じか。つまり彼は見事に騙されたという訳らしい。

 

「フッ……貴様が呑気に酒を飲んでいる内に、私は本人を探し出してきたぞ?」

「なぬっ!?」

「ど、どうも……」

 

 得意げに笑うリヴェリアさんに若干呆れながらも、私は前に出てペコリと頭を下げながら彼に挨拶をする。

 

「アイリス・アルギュロスです。ええと、貴方のお名前は……」

「オレはガレス・ランドロックだ。……にしても、本当に子供だなぁ。こんな小さな子があんな獅子奮迅の戦いを繰り広げるとは……実は成人した小人族(パルゥム)だったりするのか?」

「ええと……実は、記憶喪失で。自分が何の種族かよくわからないんです。主神は多分ヒューマンだと言ってましたけど……――――あっ」

「「「…………………」」」

 

 まずった。初対面の人に話すような内容では無い。おかげで空気がどんよりとしてきた。気づいた時にはもう遅く、既に出した言葉が戻ることは無い。

 

「す、すいません! 別にあなた方が気にすることではないですから、忘れてくださって結構ですので!」

「ハハハ、無理を言わないでくれ。……ええと、一応聞いておくけど、僕らがどうして君を探していたのかは把握しているかい?」

「あ、はい。【ロキ・ファミリア】に加入したい、との事でしたが」

「なら話は早い。どうかオレたちをお前の主神の元に連れて行ってくれないか?」

 

 そのくらいなら別に構わない。構わないのだが……少々間が悪いというか、今の二日酔いに近い醜態を晒している主神を見たら彼らはどういった反応をするのだろうか。きっと良くはない。

 

 と言ってもそれはロキ様の自己責任であるし、私個人としては拒否する理由は特に見当たらないので、私は素直にこくりと頷いた。

 

(……できれば帰る頃には酔いを覚まさせていてください、ロキ様……)

 

 期待半分で祈りを捧げつつ、私は帰路に就いた。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 ロキは呻いていた。だが別に酒が原因による頭痛に苦しんでいるというわけではない。酔いは既に覚めており、彼女の頭痛の原因は目の前の羊皮紙にあった。

 

 彼女が見ている羊皮紙は、少し前に彼女自身が頭の中に残っていた文面を忘れないように書き記したもの。

 

 眷属のスキル、その内の二つの詳細であった。

 

 まずは一つ目。Lv.2に上がる前に発現した【焔神の加護(プロメテウス・セルモクラスィア)】。効果は火・水・氷属性の攻撃に対して耐性を獲得し、炎属性の魔法を行使する際に魔力に補正、そして消費する精神力(マインド)が一定割合減少するというスキル一つが持つにしては多すぎる上に破格の効果だった。

 

 が、効果のことについてはロキはそこまで気にしていない。彼女にトンデモスキルが生えてくるのは今更な話であるし、何よりもう一つのスキルの方がもっと問題だったからだ。

 

 だがコレも決して無視できない問題を抱えているのは間違いない。

 

「……なんでこのスキルは火神(プロメテウス)の名前なんて冠しているんや……?」

 

 プロメテウス。ロキとは別体系神話に属する火神にして、下界に『炎』を齎して文明という概念を開花させた神格。下界に栄えある文化を生まれさせ、そして人々が行う戦争を発展させてしまった神でもあった。その良くも悪くも多大な功績をあげている彼のことは別の神話体系の神であるロキも名前だけは良く知っている。

 

 だからこそわからない。少し前まで天界にいたロキは現在プロメテウスは天界で他の神々と共に下界から来る魂の処理のデスマーチに大忙しだと記憶している。

 

 にもかかわらず、地上で彼の名を冠するスキルが発現した。更に言えば、【ステイタス】更新の際に第三者からの神の恩恵(ファルナ)への干渉も若干ではあるが確認された。十中八九プロメテウスの仕業だとロキは察する。

 

 が、それは本来ならばあり得るはずのない現象だ。確かに天界から下界に干渉することは可能ではある。プロメテウスほどの高位の神格を持つ神の神の力(アルカナム)ならば隔てた世界を貫通しての干渉も不可能ではない。

 

 だがそんなことをすれば間違いなく下界に降りた神々に気づかれるし、ぶっちゃけ天界にいる神々が下界に干渉することは本来禁忌(タブー)である。唯一お咎めが無いのはゼウスやらオーディン、某神聖四文字と言った絶対的な発言力を持った最高クラスの神格のみだ。当然プロメテウスは違う。

 

 唯一自分たちに気づかれず下界に干渉したとするなら、自分に縁の深い存在か神具を利用した間接的干渉しか考えられないのだが、あの場にプロメテウスと縁の深い物があったとは思えない。あり得るとするなら――――アイリス自身にプロメテウスと何らかの関係がある、という線か。

 

「……あり得ない話やないのよなぁ……」

 

 証拠がなかったのならロキは自分で出した結論を鼻で笑い飛ばしていただろう。あの神威の欠片も感じられないただの少女が下界に降り立ってもいないプロメテウスに縁の深い人物であるはずがないと。

 

 だが、もう一つのスキルがその可能性を不可能から可能に変えていた。

 

 それは今回詳細が明らかになった謎の自動回復スキル。【■■■■】とスキル名は相変わらずつぶれているが、効果はある程度明らかになった。魔力消費による肉体の高速修復、常時全能力に小補正、発展アビリティの発現確率に大幅補正、精神系状態異常の無効化。いずれも一つあるだけで大騒ぎになるレベルの効果だ。

 

 そして何よりも、ロキが現在進行形で頭を悩ませている効果。

 

 

 ――――スキル保持者に不老属性(イモータル)付与。

 

 

 最高位死霊(リッチー)吸血鬼(ヴァンパイア)不死王(ノーライフキング)といった伝説クラスの不死者(アンデッド)にしか保有することを許されない特殊属性。即ち不老。どれだけ時を経ても老いる事が無くなる、生きとし生けるもの達の悲願の一つ。神の位階に無断で片足を入れる許されない所業。

 

 それを、アイリスという少女は持っていた。では彼女は不死者(アンデッド)なのか? と問われればロキは否と断言する。神である以上、生者と死者の見分けなど一瞬でつく。見間違えることなどありえない。

 

 だからこそおかしいのだ。これは一介の人間が持ってていい代物では断じてない。

 

「アイリスたん……アンタ、一体何者なんや……?」

 

 神である自分でもわからないことに対し、ロキは戦慄した。もしかしたら、彼女は自分の手に負えるようなモノでは無いのではないかという懸念が彼女の中で生まれ始め――――

 

 

『ロキ様、ただいま帰りました』

「うびょわぁぁああぁああああああ――――ッ!?!?」

 

 

 当人の声がいきなりドアの向こうから聞こえたことにロキは驚愕のあまり絶叫を上げた。

 

「ロキ様!? どうしたんですか急に叫んで!?」

「な、なんでもない! なんでもないで!」

 

 いそいそとスキルの概要を記した紙をくしゃくしゃに丸めて適当な皿の上に置き、蝋燭を使って焼却処分しつつ、ロキは苦し紛れに何でもないように取り繕う。

 

 どう考えてもなんでもなくはない様子ではあったが、特にロキが怪我をした様子も無いのでアイリスは納得しつつ彼女に駆け寄った。

 

「ん? どうしたんやアイリスたん?」

「ロキ様、ついに私たちのところに入団を希望する人達が訪ねてきました。下にお待たせしているので早く行きましょう!」

「ほわっ!?」

 

 突然の入団希望者のエントリーに目を白黒させるロキ。

 

 確かにその存在が現れるのは予測していたが、まだ団員募集のポスター貼りもしてないし、と言うか購入予定の本拠(ホーム)も未だ手続きが終わっていないしと色々前準備が山積みなのに性急すぎやろ! と文句を垂れたいロキであったが――――下の休憩室で屯っている者達を見てその考えは一瞬で反転した。

 

「おや、もう来たのかい?」

「ふむ……(男か女なのか全然わからんな)」

「お~い、女将さん! 酒を持ってきてくれ~!」

「なっ、ななななななな……!?」

 

 ロキは思わず後ずさる。

 

 目の前に現れたのは美少年、絶世の美女、なんか酒臭いオッサン(お前が言うな)。そして同時に神としての直感が告げる――――こいつ等は間違いなく一級の”逸材”だと。

 

 一世一代のチャンス。絶対に逃してはならないとロキは決心した。

 

「こ、こほん。えー、アンタたちがうちのファミリアに入団したいって子達か?」

「はい、その通りです神ロキ。何か入団試験の様な物を行う予定だったのならば日を改めますが……」

「全員合格や!」

 

 即座に、ロキは彼らへとその一言を言い渡した。あまりにもあっけない目的達成に、三人は目をぱちくりとさせている。

 

「勿論適当に決めたわけじゃないで? そも零細ファミリアの立場上、選り好みする余裕なんてあるわけないし――――何よりうちの勘が告げとるんや。アンタらは間違いなく”大成”する」

「「「……………!」」」

 

 ニカッと笑いながら、ロキは断言する。同時に三人は息を飲んだ。その行動が意味するのは未来に対する期待か、あるいは待っている未知への興奮か、それとも未だ出会ったことのない強敵への楽しみか。

 

「んじゃ、早速だけど自己紹介してや。アンタらが何を求めてオラリオに来たのか、是非聞かせてくれへん?」

 

 その声に最初に反応したのは、小さな小人族(パルゥム)だ。彼は今までで見せたことが無いほどの真剣な表情で、重々しい声で己の名前と目的を告げる。

 

「僕は、フィン・ディムナだ。オラリオに来た理由は一族の再興。今も尚衰退していっている小人族(パルゥム)の”勇気”が失われる前に、僕自身が一族の希望に、勇気の旗印になることだ。――――どんな試練が待ち受けていようと、僕はどんな手段を使ってでもこの望みを成し遂げる」

「ほぉう……」

 

 ロキが目を薄く開けて笑った。しかしそれは決して嘲笑の類ではない。隣で聞いていたリヴェリアとガレスは神妙な顔になるも、特に何か言うことは無い。

 

 しかしアイリスだけは周囲と違って顔を凄く輝かせていた。

 

「一族の再興……凄く立派な夢だと思いますよフィンさん! 応援しています!」

「ああ、ありがとう」

「――――では、次は私が言おうか」

 

 タイミングを見計らっていたリヴェリアが手を挙げて名乗り出る。

 

「リヴェリア・リヨス・アールヴだ。どうせいずれバレるだろうから言っておくが、一応王族(ハイエルフ)でもある。本来ならばエルフは森の中で一生を過ごすような種族なのだが、私は里の中にあった様々な文献を見て外の世界に興味を持ち、友人と共に里を出た身だ。そして様々な場所を回った末、未知を求めてこのオラリオにやってきた」

「ハ、王族(ハイエルフ)……!? あ、えっと、リヴェリア、様と言った方が良いのでしょうか……?」

「いいや、そう畏まらなくても結構だアイリス。これから冒険者になる身だ、王族だのなんだのという肩書を押し付ける気はない。むしろ気軽に”リヴェリア”と呼んでも構わないぞ?」

「ぜ、善処します……」

 

 突然の王族宣言に恐れおののくアイリスであったが、当の本人は微笑みながら気軽な接し方を求めてくるのだから参ってしまう。尊い血筋を持つ者に対して敬意を払うなと言われて実際に払えない者など一体どれだけいるのやら。ならず者はお構いなしだろうが。

 

 最後に、ガレスはゆっくりと席から腰を上げ、腕を組んで言い放つ。

 

「オレはガレス・ランドロックだ。オレがこのオラリオに来た目的は他でもない、戦いだ! それを求めてオレは無数のモンスターや数々の強者の集うこのオラリオにやってきた。野蛮だの泥臭いだと思うかもしれんが、だからと言ってオレはこの目的を曲げる気はない。この胸の内から滾る闘争心を、オレは満たしたい! 自分でも想像のできない強者との闘いで!」

「おぉぉぉ……」

 

 パチパチと小さな拍手をするアイリス。共感こそ出来ないが、その熱意に感動したのだろう。その行動に悪意が無いと見抜いたのか、ガレスはニカッと笑ってアイリスの頭をワシャワシャと撫でた。

 

「がっはっは! お前は優しい奴だな! オレはお前さんの事が気に入ったぞ! 今度美味い飯と酒を出してくれる店に連れて行ってやろう! 無論、オレの奢りでな!」

「貴様! 子供に酒を飲ます気かこの常識知らずめ! 貴様にはこの子は任せておけん! 私が預かる!」

「何だお前、横からしゃしゃり出るな! お前の様な頭の固いエルフなんぞに任せていたらそれこそこの子に悪影響だろうが! 子供は大らかに育つべきだ!」

「貴様の場合は大らか過ぎだろうがこの酒乱ドワーフめ!」

「酒が好きで何が悪いんだこの潔癖症エルフが!」

「ふ、二人とも喧嘩はやめてください~!?」

「……はぁ」

 

 瞬く間に喧嘩を始める二人にアイリスは慌てふためき、介在役を強いられるフィンはため息を吐いた。この喧騒を見て愉快気にゲラゲラと笑いながらロキは口喧嘩をしている二人の背中を叩き、無理矢理手を突き出させた。

 

「ま、皆これから仲間になるんや。景気付けとしてやっとくべきと思わへん?」

「な、何故私がこんな……」

「こんな頭でっかちのエルフと仲良くなる気は――――」

「あの皆で手を重ね合わせる奴ですか? 是非やってみたいです!」

「「ぐぬっ…………」」

「ははっ。二人とも、子供には敵わないみたいだね」

 

 突き出されたリヴェリアの手の上にアイリスは自分の小さな手を重ねた。その上にフィンが手を置き、最後にガレスが手を重ねる。

 

「――――さぁ、これが【ロキ・ファミリア】の本格的な始まり(スタート)や。もう一回聞くで……アンタらの望み()は?」

 

 皆は手を重ねたまま、小さく頷いて己が願望を告げた。

 

「熱き戦いを」

「まだ見ぬ世界を」

「一族の再興を」

「え、これ私も言うんですか? ええと……――――家族(仲間)の、幸福を」

 

 アイリスの言葉を最後に、皆一斉に手を上げた。

 

 彼らはまだ知らない。これから待ち受ける数々の試練を、数多の道を、苦難の連続を。だが、それでも彼らが己の望みを見失わない限り、きっとその歩みは止まらないだろう。

 

 いずれ、その名声が世界に轟いても――――。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「――――それで? 急に呼び出して何の用なの、ゼウス」

 

 顔の右半分が眼帯で覆われている女神は、鮮やかな紅色の髪を揺らしながら目の前の老齢の神に燃えるような紅色の左目を向ける。彼女はオラリオどころか世界で名を知らしめている鍛冶派閥、【ヘファイストス・ファミリア】の主神ヘファイストス。

 

 彼女は現在、眷属も連れずに小さな教会跡に来ていた。呼び出したのは他でもない、己が父(ゼウス)である。――――とはいえ、色々な諸事情が重なり彼女(ヘファイストス)(ゼウス)を父と慕ったことは一度としてないのだが。

 

「まずは、息災だったか? ヘファイストスよ」

「……私の前で父親面するのはやめてくれるかしら。反吐が出るわ」

「はぁ……実の父親に対してそこまで邪険になることも無かろうに」

「そうね。実の母親直々に天界から下界に叩き落とされた挙句、どうにか帰ってきたと思ったら労いの言葉ひとつない父親をどう親として見ろというのかしら。……下らない昔の話はどうでもいいから、早く本題に入りなさい」

 

 顔を嫌悪に歪ませながらヘファイストスはゼウスの言葉を叩き切る。此処までそっけない態度に諦めたか、ゼウスは大人しく娘の要望通りに本題に入ることにした。

 

「先の戦争遊戯(ウォーゲーム)、どう見る」

「…………どうって?」

「あの黒い瘴気と、終盤に放たれた炎。見覚えが無いとは言わせんぞ、ヘファイストス」

「わかってるわよ。……『匣』の中身に、プロメテウスの炎、でしょう?」

「やはりか」

 

 参った様にゼウスは頭を抱えた。己の見間違いであって欲しかったのだろうが、()()()()()本人からのお墨付きと、同じ火を扱う神格としての判断が下されてはそんな言葉で片づけられなくなったのだ。

 

「……でもおかしいわ。あの娘はとっくの昔に死んでるし、『匣』も既に太古に開かれた後。中身はもう世界に散らばっているはずよ。なのにどうして同じものが……?」

(…………まさか、な)

「残った中身だって、『希望(エルピス)』だけだった筈。なのにどうして呪いの瘴気なんて……ゼウス、何か心当たりでもあるの?」

「……いいや、確証はない。ただ一つ言えるなら――――」

 

 苦虫を噛み潰したような顔で、ゼウスは言う。

 

 

「――――あの少女は、この下界にとっての最後の試練にして希望かもしれん」

 

 

 

 

 

 

 




匣は開かれて、中身は世界に散らばった。

しかし、最後に希望だけは残った。



ところで、匣に残った希望は結局どうなったのかな?
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