悪戯の神は希望を拾った   作:乾パン中毒者

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第十四話:意外な対面

 早朝。まだ眠っている人も少なくないだろう時間帯でも、ギルド本部は喧騒に包まれている。

 

 ギルドに来る人間の目的は様々だ。基本的には魔石の換金や、更新された情報を張ってある巨大掲示板からの情報収集、同業者同士での情報交換、商業系派閥の新商品発売の知らせや、希少種の目撃情報等々冒険者に取っては決して見逃せない情報は大体ギルドに集まっていく。故にそれを求めて人も集まる。自明の理である。

 

 何より最近話題なのは――――やはり、【ロキ・ファミリア】。

 

 今まで全くの無名だったその零細ファミリアは数日前とは比較にならないほど有名になっていた。やはり衆人観戦のできる戦争遊戯(ウォーゲーム)で切った張ったの大立ち回りをこれでもかというほど見せつけた影響だろう。今ではどこでもその話題で持ちきりだ。

 

 何より数日前に殺到したレベル詐称疑惑に対してギルドが正式に件の冒険者――――アイリス・アルギュロスを入念に調査した結果、たった一週間程度前に登録したばかりの新人であったことも話題に発破をかけた。

 

 Lv.1が小規模とはいえ一つのファミリアを単身で相手取り勝利した。冒険者業を長く続けている者からすれば絶対にありえない光景に卒倒しているのと対照的に、オラリオは現在お祭り騒ぎの最中。

 

 おかげ様でここ数日間ギルドの受付は冒険者業を目指してオラリオにやってきた若者から何度「【ロキ・ファミリア】の本拠(ホーム)は何処にあるんですか!?」という質問をされたのかわからない。因みにギルドも彼らの正確な所在は把握していなかったりする。

 

「――――はぁぁぁぁぁぁ……」

「アイナさん、大丈夫~?」

「あ、うん。大丈夫大丈夫……はぁぁぁぁぁぁ」

 

 そんなギルドの窓口で職員の一人であるアイナは本日何度目かわからないため息を付く。

 

 彼女がここまで心身疲れ果てている理由は単純、此処最近仕事がてんてこ舞いだったからである。戦争遊戯(ウォーゲーム)に関する書類仕事に事後処理はまだ良いとして、その後に舞いこんできた【アパテー・ファミリア】が抱えていた大量の犯罪行為の証拠を処理にするのに自宅に帰ることすらままならなかったからだ。

 

 それは彼女だけに当てはまる話では無く、事実彼女以外の職員の何人かも目の下にくっきりと隈を作っている。たださえ戦争遊戯(ウォーゲーム)の準備で大忙しだったというのに、止めを刺すように怒涛の仕事が舞いこんできたのだからもう阿鼻叫喚の地獄絵図だ。

 

 が、それも今日で終わりを迎える。大量の証拠を片付け終え、最後の犯罪者の収監を見届けて悪夢の如きデスマーチはようやく終了。数々の苦難を乗り越えたおかげでギルド職員の間には固い絆が生まれており、長い仕事が終わった祝いとして今夜は宴会をするつもりである。

 

 本来こういった催しは肌に合わないため参加してこなかったアイナも、今回ばかりは豪勢な食事で息抜きしようと決心をした。

 

 彼女の様な堅物も偶には息抜きがしたいのだ。

 

「あ、アイナさん。あの子は……」

「!」

 

 後ろから発せられた後輩の声に反応して、アイナは眠りこけそうになった顔をガバッと上げる。

 

 見れば、ギルドの正面入り口からそわそわとした様子で、腰まで届く長い銀髪を揺らしながら一人の少女がこちらへと向かって来ているではないか。普段のアイナなら迷子を疑っているだろうが、その少女は顔見知りであり、何より最近はオラリオ中の話題になっている人物でもあった。

 

「アイナさん! 数日ぶりです!」

「アイリスちゃん!」

 

 およそ二日間だけであるが、ここ最近の仕事の忙しさからまるで長らく会っていなかった我が子を思うような気持ちでアイナは少女を歓迎した。本人は気づいていないが、半年近く夫と我が子に会っていないせいで彼女の精神も大分キているようである。

 

「その、本当なら昨日訪ねるつもりだったんですけど……ちょっと色々あって」

「あー。まあ、仕方ないよ」

 

 何せ大勢の前で奇跡の様な番狂わせ(ジャイアント・キリング)を実現してしまったのだ。まだ冒険者になっていない者だけでなく、既に冒険者になった者はその秘訣を探りに、そして神々は彼女を引き抜くために今も尚オラリオを奔走中であろう。

 

 むしろそれらの目を掻い潜って此処までやってこれた少女にアイナは感嘆の声を漏らした。

 

「それで、今日は何の用で来たの? 実は挨拶だけだったり?」

「いえ、実はちょっと報告することがあって」

「報告?」

 

 アイナがそう問うと、アイリスは向日葵色に輝く笑みで言った。

 

 

「私、二日前にLv.2になったんです!」

 

 

 ギルドから音が消えた。まるで時間が止まった様に。

 

 職員も、冒険者も、皆一同に話題の人物が何を語るのかが気になったのだろう。好奇心から耳を澄ませて、そしてとんでもない爆弾が落とされたのを感じた。

 

「……ごめん、もう一回言ってくれないかな」

「二日前にLv.2になりました!」

「Lv.2?」

「はい!」

「二日前?」

「はい!」

「嘘じゃない?」

「嘘じゃないです!」

「アイリスちゃんって冒険者になってどれくらいだっけ?」

「ええと……神の恩恵(ファルナ)を貰ったのが大体二週間前で、冒険者になったのは十一日前くらいでしょうか」

 

 アイナは笑顔だった。だが不気味なほどに感情が籠っていない。そしてアイリスが「そんなに早かったのかな……?」という言葉をきっかけに――――

 

 

「――――きゅぅ」

 

 

 流麗のエルフは仕事疲れや夫と娘に会えないストレスの上に常識を逸する己が担当冒険者のとんでもなさに対する感情が重なった結果、脳の許容過多(キャパシティオーバー)によって思考が停止。そのまま椅子ごと後方へとぶっ倒れた。

 

「えっ、ちょ、アイナさん!? アイナさぁぁぁぁぁぁぁん――――!?」

 

 静寂に包まれたギルド本部に少女の叫びが響き渡った。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 夢を見ている。ちょっとだけ昔の夢だ。

 

 何処を見渡しでも木々だらけの、森に囲まれた故郷。いつも通り変わらない爽やかな風が吹く中、アイナは少し離れた所で腰を下ろして本を読んでいる翡翠色の髪を風で揺らしているエルフに声をかけた。

 

『リヴェリア様、一体何の本を読んでいるんですか?』

『ん、ああ、アイナか。……この里の、外についての本だよ』

 

 彼女が本を閉じて表紙をアイナに見せると、それは確かに里の外について書かれた本だった。どうやらはるか遠くの、港街に付いて記されているらしい。

 

『どうして、そんな物を?』

『そうだな。やはり、海というモノがどんなものか知りたくてな。……視界を埋め尽くすほどの広大な湖、だそうだ。私はそれを見たことも、感じたことも無い。それを少しでも知りたくて書庫から持ち出してきたのだが……やはり、字ではわかりそうにないな』

 

 少し寂し気に、エルフの王族は微笑んだ。

 

 エルフは余程の酔狂者でもなければ基本的に森で一生を過ごす一族だ。潔癖症、とでも言えば良いのか。己の血に高い誇りを持つ種族ゆえか、他の文化や血が流れ込まない様に外界を拒絶している。

 

 故に、海など見る機会など訪れはしない。此処に在るのは豊かな緑と、一族が細々と受け継いできた文化のみなのだから。

 

 一応、偶に訪れる移動教室の『学区』から多種多様な知識が流れ込むことはあるし、それに乗り込んで外の世界へと飛び出すエルフも居るには居るが、ごく一部の話だ。

 

 それに彼女は王族だ。尊き血を受け継ぐ者として、その責任を負う義務がある。

 

『海、見たいんですか?』

『……見たいと言えば見たい。が、それは無理な話だろう。王族(ハイエルフ)たる私は里に残って、皆を率いる義務が――――』

『じゃあ見に行きましょうよ! 海に!』

『は?』

 

 アイナの言葉に、リヴェリアは呆けた。どうやら彼女の突飛な言葉に理解が追いつかなかったらしい。

 

『ま、待て。私の話を聞いていたのか? そもそも私は王族で――――』

『そんなの関係ありません! 見たい物が見れない人生なんて、間違っています! リヴェリア様だって今の生活が窮屈だって、前言っていたじゃありませんか!』

『あ、いや、確かに言ったが……だが、私は』

『大丈夫です! ”立派な王族になるため”とかそんな理由をこじつければ行けます! 最悪今度やってくる『学区』にこっそり付いて行けば大丈夫です!』

『何が大丈夫なんだ……。だが、そうだな――――』

 

 呆れるような表情を浮かべたリヴェリアだったが、すぐに愉快そうな笑みに変わる。

 

 思えば、自分はとんでもない事をしていたなとアイナは思った。だが、自分を友と呼んでくれた王女を、どうして裏切れようか。何時かの日に思ったのだ。彼女を、心から笑顔にさせてみせると。

 

『悪くは、ない』

『はい! 一緒に行きましょう! 外の世界に!』

 

 その時の彼女はもう、ノリにノリまくっていた。長年の夢の一つが叶うと舞い上がり、いつもは絶対にしないだろうレベルのスキンシップまで行い、後になった死にたくなった覚えがある。

 

 しかしあの時の感触は一度として忘れたことが無い。こうして彼女のサラサラで柔らかい頬を触れた時の心地よさは、もう天にも昇るようで――――

 

 ――――次の瞬間、夢の光景が歪んで、目の前に己の慕う王女(リヴェリア)の顔が映し出された。

 

 久々に見る顔だ。数年前、一目惚れした男性を追うために『学区』を飛び出して以来一度も会っていない。度々手紙でのやり取りは交わしていたが、一年前程からリヴェリアも『学区』を降りたのかしばらく音信不通になっていて、その時は自分もお腹の事情があって探しに行けなかった。

 

 故に、実に懐かしいと思う。今は何をしているのだろうか。そんな事を思いながらアイナは自身の手が頭に送ってくる感触を楽しみ続け――――違和感に気付く。

 

(……あれ? なんか、感触が現実的過ぎるような……)

 

 フニフニと触る。とってもリアルな感触だ。まるで此処が現実で、自分は本物を触っているようで――――

 

 

「……アイナ、そろそろ私の頬っぺたから手を放してくれないか?」

 

 

 目がパチクリと覚めた。

 

 周囲を見渡せば、ギルド本部の休憩室。そこに設置された大きなソファで、自分はとある人物の膝を枕にしながら横になっていることを自覚する。

 

 その人物は、夢の中に出て来た王女(リヴェリア)にそっくりで。

 

「…………………リヴェリア様?」

「ああ、久しいなアイナ。直接顔を合わせるのは五、六年ぶりか? 元気そうで何よりだ」

 

 微笑みながら、頬を握られたままのリヴェリアはそう挨拶を送ってきた。

 

 

「リヴェリア様ぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~っ!?!?」

 

 

 アイナは絶叫しながら上半身を跳ね起こして――――上から彼女を覗き見ていたリヴェリアと額を見事に正面衝突。致命的でこそないにしろかなりの痛みが二人の頭を襲った。

 

「ッ~~~~~~~~!?!? な、なんで!? どうして!?」

 

 頭を抑えてソファとリヴェリアの膝から転がり落ちながらアイナは悲鳴にも似た声を上げる。それもそうだ。一年前から連絡を取っていない友人、というか偉い人がいきなり目の前に現れたのだから。こんな状況でも動揺しない者が居るなら、それはよほど肝が据わった者だろう。

 

 そんな騒ぎを聞きつけたのか、休憩室の出入り口の扉を開けて飛び込んでくる者が現れる。

 

「アイナさん! リヴェリアさん! 何かあったんですか!? ……って、何ですかこの状況……?」

「ア、アイリスちゃん……」

「だ、大丈夫だアイリス。これは事故の様な物で……い、意外と痛いなこれは」

「あああああすいませんすいませんすいません!」

 

 アイナはほぼ反射的に極東から伝わる謝罪の意思を伝える最上級テクニック『土下座』をぶっつけ本番ながら完璧に披露して見せた。数年ぶりに会って早々こんな狼藉を働くことになるなんて、とアイナは穴があったら入りたい気分になる。

 

 返ってくる反応は、面白い物を見たかの様な笑い声だけ。どうやら、怒ってはいないらしい。

 

「全く、顔を挙げてくれアイナ。元はと言えば私が何の連絡も無くここに来たのも一因なのだからな」

「ううう……すいませぇん……!」

「あの、やっぱりお二人はお知り合いなので?」

 

 アイリスはしょぼくれているアイナをソファに座らせながらそんな質問をしてきた。アイナはどう答えようかと迷って、いやというかそれはこっちの台詞なんだけど――――と言い放つ前に、リヴェリアが先に口を開く。

 

「彼女は、私が里に居た頃からの旧友でな。私を外界に連れ出したのも彼女なんだ。自慢の親友だよ」

「へぇ~」

「そ、それよりお二人は一体どういった関係で……?」

「ん、ああ。そう言えばまだ言って無かったな。――――私は昨日【ロキ・ファミリア】入った。今日はその登録をしに来たんだ」

「へ?」

 

 頭が、二度目のフリーズを起こす。

 

「――――おい! 何時までこんな所に居る気だテメェら! 窮屈でかなわんわ!」

「ガレス、女性たちの居る部屋にノックも無しに入るのは流石にどうかと思うんだけど……」

 

 どうやらアイナの受難はまだまだ終わらないらしい。

 

 

 

 

 

 

 ランクアップ。与えられた神の恩恵(ファルナ)の器を昇華させ、()()()()()()()()()()()儀式。

 

 一つ違えば次元違いの戦闘力を発揮することが可能であり、故に冒険者同士の戦闘でレベルに一つでも差があれば、低い方は基本的に勝ち目はないとされる。しかしランクアップはある一定の基本アビリティが無ければ条件が達成できず、尚且つ《偉業》――――神々が認めるほどの功績を上げることができなければいくら基本アビリティが高くても行えないとされる。

 

 その条件達成の難しさから基本的にLv.2になれるものはLv.1の中でもかなりの少数。そしてそれに必要な時間は最低でも2年以上を要する。だからか冒険者の間ではLv.2に上がることは”(ふるい)を抜けた”と例えられることも少なくない。

 

 つまり、だ。ランクアップとは、決して短時間で成し遂げられるようなことでは無い。数年間もの努力を積み上げて初めて辿り着ける領域である。

 

 決して、決して十日前後などと言う超短期間で達成できる代物では無いはずなのだ――――!

 

「冒険者登録から四日以内に11階層到達……数百ものモンスターを単独(ソロ)で討伐しつつ集団でインファント・ドラゴンとその強化種の討伐……最後に戦争遊戯(ウォーゲーム)でLv.1を三十人前後とLv.2を二人、Lv.3を単身で撃破……」

 

 クラッ、とアイナは後ろによろける。

 

 彼女の報告を聞いて何度卒倒しそうになったことか。いや、知ってはいた。知ってはいたのだが改めて報告されると目の前の少女がとんでもない事を仕出かしたという事実をはっきりと認識できてしまう。

 

 周りにいるエルフと小人族(パルゥム)、ドワーフが明らかに顔を引きつらせていることから自分は正常なんだと己の正気を再確認しつつ、アイリスから直接聞き出した彼女の活動記録を羊皮紙に書き記していく。これは異例のランクアップを成し遂げた彼女の行動を公開することで、『彼女を参考にしてどんどん強くなってください』と広報するためだ。

 

 でも正直言ってアイナはこんな記録絶対に意味がないと確信しているのだが。こんなの出したところで誰もやらないしそもそも出来ない。やる奴は余程の馬鹿だけだ。それを言ったら目の前の少女は極めつけの馬鹿ということになってしまうが、あえて口には出さないでおくアイナであった。

 

 一応真偽を確認しておくが、彼女がインファント・ドラゴンの強化種を撃破したのは【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】の団員から既にギルドへと報告されているし、その魔石が換金されているのも記録済みだ。

 

 あの二大派閥が口を揃えて言ったのだ。間違いなく事実だろう。

 

「あー……チュール氏、一応聞いておくけど、Lv.1の冒険者が彼女の真似をしたらどうなるのか聞いてもいいかい?」

「間違いなく死にます。確実に。だから絶対に真似しないでください……」

「そ、そうか……」

 

 金髪碧眼の小人族(パルゥム)、フィンが好奇心でアイナに問うが、返ってきたのは切羽詰まった断言だった。迷宮についてある程度前知識のあるフィンもこの返答について予想済みではあったが、ソレを実行してのけた実例が隣にいるのだから実に頭が痛くなる。

 

 一体どんな奇跡が起こればこんな所業を成せるのか、アイリス以外のこの場にいる全員が同じことを思う。

 

「そっ、その、今後は自重する方針で行きますので……今回のようなことは多分、もう無いかと」

「そうしてくれると助かるかなぁ……」

 

 これ以上同じことがあったら胃に孔が空きそうだとアイナは涙目になりながら独白した。

 

「んん! ええと、とにかく三人の冒険者登録は無事終了しました。一応専属のアドバイサーを付けるかどうかをお聞きしますが……」

「必要ない。迷宮(ダンジョン)については何週間も前から学んでいるからな」

「右に同じく。まあ、彼女ほど詳しくはないだろうけどね」

「面倒なのは嫌いだ」

「そうですか……」

 

 全員からきっぱりと断られたことにアイナはがくりと肩を落とす。そう、別にアドバイサーは強制では無い。大手のファミリアなら同じ派閥(ファミリア)に所属している他の冒険者が勝手に面倒を見るし、たとえそうでなくても「面倒くさい」という理由で断られることもままある事だ。

 

 そういう者は大抵の場合ダンジョンの中でモンスターの餌へと早変わりするのだが。

 

「では、私たちはこれから軽い腕試しにダンジョンに潜るとしよう。幸い、全員装備はもう整っているしな」

「それじゃあ、皆とはここで一度お別れですね」

「むっ、何か用事でもあるのか? アイリス」

「はい」

 

 リヴェリアの問いに対し、アイリスは背にある鞘から剣を少しだけ引き抜き、中身を見せた。

 

 見るも無残な、原型こそ留めていても、とても剣とは呼べない代物がそこにはあった。

 

「――――自分の相棒を、ちゃんと直してあげないといけないので」

 

 欠損だらけの刀身が、陽の光を反射してキラリと輝いた。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 オラリオ北東のメインストリート。迷宮都市の名産品である魔石製品製造の心臓部であり、ギルドに雇われた無所属(フリー)の労働者から各種派閥(ファミリア)の職人まで集まる第二区画、工業区が設立されている場所。

 

 そういった生産系の仕事が集中しているからか、この場所を歩いている殆どの者は作業衣に身を包む者であった。筋骨隆々のヒューマンやドワーフが闊歩している様は、まるで此処が別の国なのではないかというほど雰囲気を様変わりさせている。

 

 周囲に蔓延る筋肉質の者が付近を横切る度にビクビクと肩を震わせながら、私ことアイリスはとある平屋造りの建物の前で足を止める。

 

「……ここが」

 

 アイナさんに前もって相談し、勧められた【ヘファイストス・ファミリア】所有の工房。主にLv.2以上の上級鍛冶師(ハイ・スミス)が作業を行っている場所だ。

 

 息を飲みながら戸を開く。すると目に飛び込んできたのは暗闇の中で光る炉の光。部屋の中にはまともに魔石灯も灯されておらず、辛うじてぼうっと光っている炉の輝きで何とか部屋の構造を把握できる程度の光源の無さに思わず足がすくむ。

 

 覚悟を決めて中に入ると、強い鉄の香りが鼻を刺激する。慣れない香りに少しだけ顔を歪めながら辺りを見回す。――――すると、視界の端で壁に背を預けながら職人たちの鉄を打つ様を眺めている、右目に大きな眼帯を付けた赤髪の女性を発見した。

 

 直感的に彼女が放つ神威を感じとり、”偉い立場の人(主神)”だと確信した私は「あの」と小さく声をかけた。

 

「ん……? 私に何か用――――ブッ」

「え?」

 

 女性は私の顔を見るや急に吹き出した。私の顔に何かついていたのだろうか。――――あ、いや。そう言えば私、戦争遊戯(ウォーゲーム)のせいで顔も名前も広く知られているんだったっけ。

 

「あ、あなた、何でここに……!?」

「その、武器を直して欲しくて……」

 

 背に回していた鞘ごと、私は《アグノス・ソード》を彼女へと手渡した。少々難しい顔をしながらそれを受け取った彼女は剣を引き抜き、その無残な姿を見て目を丸くする。

 

「……随分、無茶をさせたみたいね」

「す、すみません……大切に扱おうとはしたんですけど、色々と無理しなきゃいけなくて」

「ええ、わかっているわよ。戦争遊戯(ウォーゲーム)で貴方がこの剣を無茶苦茶な使い方をしていたことなんてこの目で見てたわ」

「うう……」

 

 剣は攻撃に使うもので防御に使うものでは無い。一応相手の攻撃を迎撃するのは間違った使い方ではないが、盾の様に構えて相手の攻撃を正面から防ぐ物では断じて無いのだ。

 

 しかし私はそんな使い方をインファント・ドラゴン強化種とグリード・アルパガスとの闘いで何度か行ってしまっている。Lv.2相当の怪物とLv.3冒険者の一撃を正面から刀身の腹に叩き込まれたことで生じた負荷は生半可な物では無く、こうして無残な姿になってしまっている。

 

 まあ、それ以外にも魔法を纏わせたことによる負荷もあるのだろうが。

 

「でも、剣は喜んでいるわ。……本当に大切にされていたのね」

「え?」

「いえ、何でもないわ。えっと、結論から言わせてもらうと、修理は無理よ。芯まで罅が入っている以上一度鋳潰して作り直した方が早いわ」

「そう、ですか……あの、それでもいいので、お願いします。ちゃんとこれからも使っていけるように、生まれ変わらせてあげてください」

「……ふふっ、勿論。――――椿(ツバキ)! お客さんよ!」

 

 女性が少し離れた工房へと声を飛ばすと、向こうから鉄を打つ音が止んで一分ほど間を置いた後、中から凛々しい褐色の女性が後頭部に結んで纏めた髪を揺らしながらこちらへとやってきた。顔には無数の汗が滲み出ており、しかし褐色の女性は不快そうな顔をすること無く爽やかそうな表情で首に回したタオルでそれを拭き取っている。

 

「おう、主神様。手前に客とは、珍しいな? まだLv.2になって数ヶ月しか経ってないはずだが」

「正確に言うなら、今やってきた客の依頼は貴方が適任だと私が判断したのよ。注文はこの剣を修復する事――――」

「あ、あとこの素材を使ってほしいんですけど……」

 

 思い出したかの様に私は背負っていた袋から”素材”――――インファント・ドラゴン強化種の(ドロップアイテム)を取り出した。

 

 そしてそれを見た瞬間、褐色の女性の目の色が変わった。まるで獲物を見つけた肉食獣の様な――――。

 

「童よ、それは何だ?」

「インファント・ドラゴン強化種の牙、です」

「ほぉう……」

 

 強化種、と聞いて褐色の女性は更に顔を子供の様に輝かせた。

 

「いいぞ! その依頼受けよう! 報酬は言い値で構わん。何せ手前がLv1の時に最後に打った作品とめぐり合わせてくれた上に、こんな上等な素材も提供してくれるのだからな!」

「え? こ、この剣、貴方が作ったんですか!?」

 

 まさかの事実に私は衝撃を受けた。意外な所で製作者とご対面するとは、凄い偶然だ。

 

「ああ。手前がレベルアップする前になけなしの貯金をはたいて買った素材で作った『Lv.1としての最高傑作』だ! 苦労して作り上げた鋼鉄をベースに波紋鋼(ダマスカス)硬結晶銀(シルバー・クリスタル)重量金属(ヘヴィメタル)を少量ずつ慎重に混ぜ合わせた特殊合金を二日間寝ずに鍛え上げた代物でな! うん、あの時の達成感は実に素晴らしい物であった!」

「そ、そんなに凄いものだったんですか……!」

「まあ、その後寝ぼけて値段設定を間違えて出したことに大分後になって気づいたのは苦い思い出にもなったがな……」

「えぇ……」

 

 どうりで品質に対して格安過ぎると思ったよ。いや、そのおかげで色々と助かったので感謝すべきか。

 

「あの、とっても良い剣でした。この子には凄く、助けられました」

「そうかそうか! そう言ってくれると手前も嬉しいぞ! ――――っと、自己紹介が遅れたな。手前は椿・コルブランドだ。よろしく頼むぞ童よ」

「アイリス・アルギュロスです。今後ともよろしくお願いしますね、椿さん」

 

 褐色の女性――――椿さんが満面の笑顔でこちらに手を差し出してきた。私がそれを握り返すと、手の中には厚くなってザラついている手皮や胼胝(たこ)の固い感触、そして何よりも炉のように熱いものが伝わる。そしてそのままブンブンと遠慮なく上下に腕が振られた。

 

 どうやら、彼女はかなり愉快な性格の職人らしい。

 

 その後、私は椿さんとこれからの予定を話し合いながら注文の最終確認を行い、工房を後にした。今後の予定の整理や準備を加味して、剣が出来上がるのはおよそ一週間後。最高の出来に仕上げてくれるというソレを、私は期待して待つことにした。

 

 愛剣(アグノス・ソード)強化小竜(インファント・ドラゴン)の牙が合わさったらどんな剣が仕上がるのか、実に楽しみだ。

 

 

 

 

 

 

「外見は似てるけど……”中身”が違うわね。まるで、『匣』そのものを……」

 

 

 そんな(ヘファイストス)の声は、工房に響き渡る金属音の中に消えていった。

 

 

 

 

 

 

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