悪戯の神は希望を拾った 作:乾パン中毒者
今回は完成度8割のモノに少しずつ手を加えてようやく完成したモノなので、本格的な再開は4月からになりそうです。
冷えた夜の下、多数の松明とそこから散る火の粉が石製の
血液のこびり付いた石の台。風によって生じる冷やされた冷たい感触とは裏腹に、その周囲を囲んでいる女たちの声は対比するように熱狂そのものだった。
『――――
仮面を被った女たちは吼える。さながら称えるように目の前で血みどろになりながら争い合っている両者を鼓舞するように。
『――――はっ、はぁっ……はぁっ……!』
『――――――――』
歪な、蛇を模った仮面を被った少女が、同じく蛇を模った綺麗な仮面を被った少女を見下ろしている。両者の様子は対照的であり、片方は息が絶え絶えといった調子なのにもかかわらず、もう片方は息すら切らしていない様だ。
弱弱しいほうの少女が、目の前の女に語りかける。
『……私を殺し、あなたは……生き残る。……これで、よかったんだ……』
『――――なぜ、本気を出さなかったんだ。姉さん』
『馬鹿だなぁ。――――あなたが強くなったんだよ? 私の妹を、あなた自身のもう一人の姉を殺して……』
自嘲するように、少女は呟いた。その瞳にもう力はなく、全てを諦めたように脱力している。子供にすら簡単に倒されそうなほどに弱っている彼女を見かねたのか、対面していた歪な仮面の少女は何も言わずに鋭い金属爪の付いた腕を振り上げる。
『……ねぇ……最後に、お願いして……いいかな?』
『――――言え』
『カーリーを……神を、殺して……この国を、私たちの部族の誇りを……あんな幼稚な神の好奇心から生まれるものなんかに……させないで――――』
それだけを微笑みながら、少女は目の前にいる者にだけ聞こえるよう声で言い切った。
同時に、腕が振り下ろされて少女の首が宙を舞う。それを見て
そして、その光景を一番高い場所から見下ろす童子のような姿を持つ
『――――ッオ、ォォォォオォオォォォオォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!』
その叫びに篭っていたのは歓喜だったか、怒気だったか――――それとも、絶望だったのか。
今となっては、誰にもわからない。
◆◇◆◇◆
炉の中の炎が猛々しく光り、部屋全体の温度をじわりじわりと上げていく。薄着であっても全身が汗だらけになるような高温環境の中、金属を強く打つ音が一定間隔で響き続ける。
褐色の女性――――椿は一心不乱にその手に持った金槌を目の前で赤熱し続けている剣に振り下ろし続ける。呻き声一つ上げることなく、ただ小さく呼吸だけをしながら、眼の傍を流れ落ちる汗すら気にせず金槌を振るった。
Lv.2になった事による、常人とは一線を画する驚異的な身体能力をフルに使い鋼を打つ様は正しく鍛冶師。振り下ろす力を微細に変えながら何回も、何十回も、何百回も、何千回も同じく動作を繰り返す。普通ならもう腕が痺れて動かなくなってもおかしくないというのに、彼女は一向に鍛冶の手を止めなかった。
今の椿は、まるで鬼にでも憑りつかれたかの様な気迫を発している。彼女よりも上のレベルの鍛冶師ですらその鬼気迫る空気に恐れ戦くほどに。鍛冶狂いとしか言いようがないその光景に、傍で彼女を見ていた赤髪の女性――――主神ヘファイストスは薄く微笑む。
それに合わせて今まで無表情だった椿の顔が歓喜に歪み始めた。もはや狂ったのではないかと思える程の笑みを浮かべ、鋏で掴んでいた刀身を持ちあげて間近で見つめた。
「――――主神様よ、コイツは手前がLv.2で作る作品の中で最高の
「ええ、みたいね」
殺人的な熱気に炙られ、滝のような汗を流しながらも椿は笑みを少しも崩さなかった。
目の前にあるソレが、今の自分が作れる最高の剣だと確信したが故に。
「待たせたなアイリスよ! ようやく完成したぞ、お前の
全身を汗まみれにした椿さんが工房の奥から快活な声と共に出てきた。達成感に満ちた顔の彼女は持っていた浅い箱を私の前に降ろすと、中に入っていた剣を手に取ってその全体をこちらへと見せてきた。
その刀身は白を基本色としていながら、表面に血管のような模様が走っていた。元の銀色は一体何処に行ったのやら、その面影は大まかな形状くらいしか残っていない。が、私に不満は無い。むしろ十分以上に満足できる出来である。
「ああ、模様について気になるのか? おそらく武器に混ぜ込んだドロップアイテムの影響だろう。剣として出来上がった瞬間、まるで生き物のように浮かび出おった。……嫌だったか?」
「いえ、すごく強そうだと思います。とっても!」
「はっはっは! そりゃよかった、もしコレにケチを付けてきたらどうしようかと思ったぞ?」
実に機嫌よく笑いながら椿さんはあらかじめ用意していたであろう鞘に剣を収めて、私に手渡してきた。それを受け取り、早速抜剣。白色の刀身が陽光を反射して美しく輝く様は見惚れる他ない。そして見た目だけでなく、強度も切れ味も凄まじい事を肌で感じる。
正しくLv.2に許される中では最高の剣と言っても過言では無いだろう。
「では名前も付けないとな。今までの名では、コイツも満足すまいよ」
「名前、ですか?」
言われてみれば、形状以外はほぼ別物と言っても過言では無いこの剣に元々の名である
「ふぅむ……《フィロ・ウェッソ》、いや《イルミナム・エスパーダ》とかは――――」
「――――《アスプロス・ソード》というのは、どうでしょうか?」
私の考案した名を聞いた椿さんは目を閉じて何度か頷くと、太陽のような笑みを浮かべて親指を突き立てた拳を突き出す。どうやら彼女も納得できる良い名であったようだ。
そうやって私たち二人が武器の命名式を終えると、工房の奥から赤髪の女性が出てきた。
彼女こそ椿の所属する鍛冶派閥【ヘファイストス・ファミリア】の主神兼社長、ヘファイストス様である。
「ちゃんとした名前が決まったようで何よりだわ。折角私が第三等級武装として認めたんだから、変な名前を付けてたら今頃一発怒鳴りつけてたわね」
「あ……ヘファイストス様。こ、こんにちは!」
「ええ、こんにちはアイリス。……ところで椿、貴方この剣の代金は言い値で良いとか言っていたわよね? でもあなた、最近金欠気味とかって言ってなかったかしら?」
「あっ」
ヘファイストス様に指摘されて初めて自分の財布事情について自覚したのか、椿さんは今までの様な豪快さが嘘の様な間の抜けた声を漏らす。……職人気質過ぎるのも問題か、これは。
苦笑しつつ、私は背負っていた袋を手に持っていた剣と入れ替えるように前に回した。中に入っているのは大量の金貨。ざっと二十万ヴァリスか。なけなしの貯金とロキ様から餞別として渡された【アパテー・ファミリア】との
「二十万ヴァリス程入っているはずです。足りないなら後日また持ってきますけど……」
「いや、十分だ! 手前としても良い仕事をさせてもらえたからな! もし刃が欠けたり、切れ味が鈍ったと思ったら遠慮なく手前に持ってきてくれ。何時でも整備してやるぞ!」
「はい! ありがとうございます!」
少し抜けた所はあるが、椿さんは実に気の良い鍛冶師だと思う。できれば今後とも長く付き合っていきたい。
その後彼女と少しの世間話を交わしながら、私は工房を後にした。本当なら今すぐダンジョンに籠って新たな愛剣を試し斬りしたいところだが――――残念ながらそれはしばらく先になりそうだ。
何故なら、今の私は――――。
◆◇◆◇◆
巨大な蟻系モンスター、キラーアントが目の前の獲物を貪り食わんと跳躍。が、その攻撃が届くことは無かった。その跳躍に合わせて鋭い突きが繰り出され、キラーアントの関節部へと的確に穂先が突き刺さり、魔石が砕かれて灰となってしまう。
その光景を見ながらフィンさんは不敵な笑みを浮かべつつ視点を戦場の俯瞰に
「アイリス! ガレスのフォローを!」
「了解です!」
そして後方で巨大なバックパックを背負って待機していた私は背中から剣では無く簡素なクロスボウを取り出し、弦を引いて矢を装填。素早く照準を定めて引き金を絞り矢を撃ち出した。
弦の張力によって撃ち出された鉄製の矢は高速で飛翔し、目標であるガレスさんの背後にいたキラーアントの”目”に突き刺さる。唯一甲殻に覆われていない弱点個所に矢は深々と食いこみ、キラーアントを絶命させることに成功した。
背後からの襲撃を警戒する必要が無くなったガレスさんは笑みを浮かべながら両手の大戦斧を強く握りしめ振りかぶる。
「ふんぬぅぅぅぅぅぅっ!!」
気合の雄たけびと共に繰り出される全力の薙ぎ払い。キラーアントの硬い甲殻ですら弾けない破壊力を以てガレスさんは真正面から二体のキラーアントの体を真っ二つに叩き割った。武器の攻撃力はそこまで高くないにも関わらずこのような光景を実現させられるのは、やはり持前の剛力が成せる業か。
「【吹雪け、三度の厳冬――我が名はアールヴ】!」
「二人とも、魔法の準備が整いました!」
「わかった! ――――ガレス、後退の時間だ!」
「むぅ……承知した!」
リヴェリアさんの詠唱が完了し、彼女の足元に展開されていた翡翠色の
そして前衛の二人が下がり、ルームの奥からキラーアントの群れが殺到し始める頃を見計らってリヴェリアさんは己の魔法を炸裂させた。
「【ウィン・フィンブルヴェトル】!!」
彼女の凛とした声が魔法名を紡ぎ、同時に極寒の吹雪がダンジョン内に吹き荒れる。回避することすらできずにキラーアントの群れは一瞬にして氷漬けにされ、刺々しい氷のオブジェの中に閉じ込められた。
そしてすかさずガレスさんが手に持った大戦斧を氷へと振り下ろして粉砕。これによって二十近く居たはずのキラーアントはあっけなく全滅することとなった。
その後、ようやく部屋に訪れる静寂が戦闘が終了したことを告げる。
「はぁ……複数のキラーアントの群れと遭遇した時はどうなるかと思いましたが、何とかなりましたね」
「まさか部屋で生まれた直後に別の部屋から群れが迷いこんでくるとはね。僕も予想外だったよ」
額を濡らす冷汗を袖で拭いつつ、私は辺り一面に転がったキラーアントの死骸から魔石とドロップアイテムの回収を始める。
今の私の役目は、所謂『サポーター』と呼ばれる存在とほぼ同じだ。
冒険者が前に出てモンスターと直接戦うのに対して、彼らは後方で見ているだけという側面は確かにある。だが同じくダンジョンに潜っている以上危険性は間違いなく存在しているのだ。それに居るのと居ないのでは、得られる収入やダンジョンに潜り続けられる時間は段違いと言える。
サポーターが居なければすぐに荷物が満杯になってしまうし、地上から持ってこれる食料などの必需品がかなり限られてしまう。たとえ戦えない荷物持ちであっても、ダンジョン探索においてはちゃんと需要は存在することを忘れてはいけない。
まあ、非戦闘員故に乱戦時には確実に足手まといになるというのは否定できないが……。
ともかく、今の私はそんな役に徹していた。一応緊急時に援護できるようにそこそこの性能のクロスボウ(お値段一二〇〇〇ヴァリス)を装備しているが、基本的には戦闘は三人に任せている。
これは別に私が戦闘を面倒くさがっている訳では断じてない。単純に私が前に出て戦った所で良質な【
浅い上層からLv.2である私が前に出てしまうと一人で全てが片付いてしまう。それではいつか痛いしっぺ返しを食らうだろうという判断からフィンさんと話し合い、こういった形に落ち着いた。
そして彼ら三人が冒険者として登録してからおよそ一週間。探索はかなり順調に進んでおり、もう既に7階層まで足を踏み入れていた。初っ端から複数のモンスターの群れと遭遇するというアクシデントこそあったが、こうして無事に勝利を収めていることから中々良い出だしと言えよう。
「ほらよ、アイリス。キラーアントのドロップアイテムだ」
「はい、ありがとうございます。ガレスさん」
「いいってことよ。……で、そこのエルフは何もしないのか?」
「むっ……」
ガレスさんが拾い集めてきたキラーアントのドロップアイテムをバックパックに詰め込みながら、私は「またか」と頭を抱える。チラッと見れば、またもやリヴェリアさんとガレスさんは視線で花火を散らしており、今にも爆発しそうな雰囲気だ。この三日間でウンザリするほど見た光景である。
一応別の場所でモンスターの死骸から魔石を回収しているフィンさんに視線を向けるが、あちらも呆れてものも言えない様子である。
「し、仕方ないでは無いか! モンスターの死骸に触れるなど……」
「汚いからやりたくない、ってか? フン、エルフの王女様ってのは冒険者になっても随分とまあお高くとまっていらっしゃる。こんな子供に重労働押し付けて平気な顔してるなんて、とても真似できねぇぜ」
「なんっ――――……アイリス! 私も手伝うぞ!」
「え?」
怒りで顔を真っ赤にしたリヴェリアさんが懐から何やら豪華に装飾された儀礼用ナイフを抜き放ちながらズンズンとこちらに近付いてきた。私はその様子に思わず恐怖して一歩後ずさり彼女に道を譲ってしまう。
そしてキラーアントの死骸の前に立ち、その手に握った儀礼用ナイフを振り上げるリヴェリアさん。数秒間の葛藤後、彼女は覚悟を決めたような顔付きでキラーアントの腹にナイフを振り下ろした。飛び散る体液を顔や服に浴びながらも、リヴェリアさんは不快感に顔を歪めつつ体内の魔石をはぎ取ることに成功した。
「や、やったぞ! どうだアイリス!」
「あ、は、はい。よくできたと思います」
「フッ……どうだガレスよ、私だってやればできるのだ!」
「……魔石一つ取り出しただけでなーに得意げになってんだか」
「ぐぬぬっ……! フンッ!」
今更であるが、エルフとドワーフは種族的に非常に仲が悪い。エルフという種族は閉鎖的かつ潔癖な者が多く、ドワーフは豪快な性格の者が多いと聞く。故に性格的な相性がお世辞にも良いとは言えない。
何より自然を愛し自然と共に暮らすエルフにとっては、金属の扱いが非常に得意で文明発展をこれでもかというほど後押ししているドワーフは非常に気に入らない存在だろう。何よりドワーフは身の清潔をあまり重要視していないことも一因か。
それ以外にも太古にて何かしらの因縁があったとか何とかと本で書いてあったが、情報が今一不明瞭なので深くは知らない。今確かに言えるのは、リヴェリアさんとガレスさんの関係を改善するのは一苦労しそうだという事である。
「こほん! ええと、とりあえず今日はこれで切り上げようか。バックパックもそろそろ満杯になりそうだし、リヴェリアも此処までかなりの数の魔法を撃ったから
「なぁに、オレはまだまだ行ける。そこの軟弱なエルフと違ってな」
「私だって後二、三発は撃てるぞ? 何ならそこの生意気なドワーフに一発撃ちこもうか?」
「アァン!?」
「フンッ!」
フィンさんは無言で空を仰いだ。私も少し頭が痛くなってきたが、文句を言わずに早めに援護射撃を行うことにする。
「あ、あのー……私もそろそろ肩が疲れてきたので、此処で切り上げたいな~、って……」
「むぅ……なら仕方ない」
「すまんなアイリス、何時も負担をかけてしまって」
秘技、自分をダシにして喧嘩を収めるの術。これはこの一週間で二人の喧嘩をフィンさんと共に何度も宥めている内に嫌でも習得してしまった術である。そしてできればいつかは封印したい術だ。
その後、私たちは魔石やドロップアイテムの回収漏れが無いかを念入りに確認しつつ帰路に就いた。今まで散々会敵して来たのが嘘のように、帰りの道でモンスターと遭遇することは無かった。
潜るときはほぼスカスカだったバックパックの中身がパンパンに詰まっているせいで少々負担を感じはしたが、流石はLv.2の身体能力か。特に問題無く、私は子供二、三人分の体重くらいはあるだろうバックパックを一度も降ろすこと無くダンジョンから脱出できた。
そして有無を言わさずすぐさまギルドの換金所へ直行。魔石やドロップアイテムで中身がみっちり詰まったバックパックをギルド職員へと押し付けて、私たちは一緒のテーブルに腰掛けて深いため息を吐きながら一休み。
が、ただ休むだけでは時間が勿体ない。故に共にダンジョンに潜った日から、皆が集っている戦利品換金時に反省会を開くことにしている。
反省会と言ってもその日の人物の評価みたいなものだが――――蔑ろにする理由は、無い。
「さて、今日も皆の行動を
「ふむ……五点の減点はどういった理由か、聞いてもいいかい?」
「はい。ええとですね……フィンさんは指揮と戦闘に対して別々の視点を持ってますよね? 個人としての視点と、俯瞰者としての視点。貴方はそれを切り替えながら戦っています」
フィンさんはこの
だが、二つの役割を同時にこなしているからこその欠点が存在している。
「フィンさんは視点を切り替える時に僅かにですが隙が生まれます。まだ浅い上層ならば特に問題は無いと思いますけど……いつかその隙が致命的なモノに変わらないという保証はありません」
「……なるほど。では君は『俯瞰者としての視点を保ったまま前衛の役割を十全に熟せるようになるべきだ』、と言いたいんだね?」
「要約すれば、そうなります」
「二つの役割を別々に行うのではなく、一つに合わせるか……ありがとう、参考になったよ」
私の出した意見に納得したのか、フィンさんは何度か頷きながら感謝の言葉を口にした。
言葉をオブラートに包んだが、言ってしまえば年下の子供に「お前は中途半端だ」と言われた様な物なのに反論の一言も言わないとは、中々懐の広い人だ。
さて、次はガレスさんの番だ。
「ガレスさんは変わらずパーティの頼れる前衛を果たしていると思います。下手な雑魚相手なら軽く蹴散らしてくれますし、生半可な攻撃ではビクともしません。敵を押し留めてくれる
「ふっふっふ……三十年以上鍛え上げた肉体は伊達では無いという事だな!」
「――――ですがフィンさんの指示を実行に移すまでかなり
「うぐっ」
恐らくこれは彼の
中身が成熟しているとわかっていても、自分より弱く見える者の命令を素直に聞き入れる程、ガレスさんのプライドは低くないらしい。そしてこれは集団戦闘においては致命的である。
命令を聞かない兵士など、指揮官に取ってはこの上なく厄介な存在なのだから。
「……まあ、これについては時間をかけて解決していく他ないですね。それでは次はリヴェリアさんですが……固定砲台としては、特に言うことはありません。火力もありますし、詠唱の速度も申し分ありません」
「フッ、そう褒めてくれるな。照れるではないか」
「ですがこれは
「うっ……」
魔法を扱わぬ物にとっては軽視されがちだが、魔法と言うのは多大な集中力と膨大な練習によって初めて成り立つ武器である。制御が乱れれば魔力が暴走して自爆――――
が、その弱点をそのままにしておいていいのかと言われれば当然「否」である。前衛の防御が絶対で無い以上最低限の自衛力は必須であり、事実この一週間でリヴェリアさんが詠唱中にモンスターから肉薄された回数は二十を優に超える(全て私が対処して事なきを得たが)。
この辺りは前衛の問題もあるだろうが、だからと言って全ての責任を男二人に擦り付けるわけにもいかない。ダンジョンではあらゆる危険性が付きまとってくる。火力だけが取り柄の固定砲台など、何時通用しなくなるかわからない。
「とりあえず、リヴェリアさんは並行詠唱の習得を目標にしましょう。難しいとは思いますけど、動きながら魔法を唱えられるのは間違いなく大きな利点になりますから」
「……善処する」
リヴェリアさんは苦い顔をしながらもコクリと私の言葉に頷いた。
並行詠唱。激しい動きの中でも魔法の制御を誤らないことを要求される高等技術。言葉にすれば簡単ではあるが、この技術を実際に激戦の中で行えるのはオラリオの中でも一握りだけだろう。特に後方で長文詠唱を行う後衛魔術師でこれを行える者は一人もいないと聞く。
何せこの並行詠唱、後衛で魔法を撃つだけの魔導士にとってはまず必要ないであろう白兵戦の技術をある程度要求してくるのだ。そして強力な魔法を扱う者にそんな技術を磨く酔狂な輩は居ない。何せ味方が守っている間に後ろから一発ドカンと撃って終わりなのだから。
が、私はそれで満足したくはない。潰せる弱点は潰す。死に繋がる要因は無くしておいても損は無いはずだ。
何より人員不足である現状を鑑みれば、魔法を唱え終えるまで前衛が防衛線を維持できる可能性は決して高いものとは呼べない。そしてそれがいつ解決できるかわからない以上、並行詠唱の習得はかなり優先度が高いと言えよう。
「……ところで、皆さんは私に対して何かコメントはありますか?」
「いや、僕からは特に何も」
「そもそもお前と一緒に戦ったことが無いから何とも言えないのだが……」
「援護射撃については文句無しにバッチリだったぞ」
……やはり一度は前に出て戦うべきか。こちらから容赦のない駄目だしをしているのに向こうから何も言われないというのは、その、辛い。
そんなこんなで反省会は此処でお開き。窓の外を眺めればもうすっかり夕暮れ模様。早朝から籠ったので、だいたい半日近くモンスターと激戦を繰り広げていたという事か。でも一人で切り盛りしていた時よりずっと精神的に疲れているのは何故だろうか。
……うん、考えない様にしよう。それが一番だ。
私は疲れた顔を浮かべながらコップに注がれた水で喉を潤す。人と人の仲を取り持つというのも、そう簡単ではないらしい――――
「――――おっ、
「ぶぅぅぅぅぅぅっ!?」
突然の指名に動揺のまま口に含んだ水を噴き出してしまい、更にその拍子に水が気道に入り込んでむせた。ごほっごほっ、と咳き込んでいる私の気持ちを知ってか知らずか、いきなり背後から現れた女性は気安くこちらの肩を叩いてくる。
横目で見れば、露出度の高い服を着た褐色の女性が長き黒髪を揺らしながら、蛇の様な目つきで私を見ていた。
当然、初対面だった。
「えっと……どなたです?」
「アタシ? アタシの名前はリュゼ・レジーナ。見ての通りアマゾネスだよ」
リュゼと名乗った女性はいつの間にか私の腕を掴んで強引に握手させた。何と言うか、ガツガツとした女性だ。今まであったことが無いタイプの同性にどう対応していいかわからず、私はついついされるがままになってしまう。
「いやぁ、この前の
「え? いや、その」
「そ・れ・と・も、何かレアスキルでも持ってたのかなぁ?」
「えっ、あっえっと、その……!?」
「にゅっふふ~。動揺しちゃって、可愛いなぁ」
ペロリと舌なめずりしながら、彼女は獲物を定めた蛇の如く睨んできた。それが酷く恐ろしくて、何も言えずに委縮してしまった。
「おい、強引な詮索はやめてもらおうか。それ以上やるなら、こちらにも考えがあるぞ」
「あん? 人の会話邪魔してんじゃ――――……ああ、アンタが噂の超絶美人のエルフか。ほぉ~ん」
割って入ってきたリヴェリアさんに対してリュゼさんは殺気を滲ませた視線を飛ばしたが、すぐにその視線は物珍し気な、そして可哀相な物を見るような目に変わる。
行動の一々が理解出来ない。一体何なんだこの人は。
「ま、アンタが誰に目を付けられようがどーでもいいんだけどさ。――――それじゃあ
「……はい?」
最後に舐め回すような視線と訳の変わらない言葉を残して、彼女は去ってしまった。他の三人に目を向けるが、恐らく私とほとんど同じことを思っているだろう。「何だったんだアイツ」と。
本当に、何だったんだろうか、彼女は。
◆◇◆◇◆
その後私たちは戦利品を換金した金を手に、数十分ほど歩いていつもの宿屋に帰還した。
……まあ、諸事情の都合としか言えない。具体的に言うなら、ギルドが安全確認のために【アパテー・ファミリア】の
事故物件ってレベルじゃない場所に住むなど真っ平御免なので、現在新しい
「ロキ様、ただいま帰りました~」
「おかえりぃ~……」
部屋の扉を開けば、ぐでんぐでんに酔ったロキ様が机に突っ伏している光景が真っ先に見えた。一体何があったというのだ。
「なぁんでどいつもこいつも『ランクアップの秘訣は』とか『住んでる場所が古臭すぎる』とか言ってくるんや……! 来るならちゃんと自分の夢と覚悟を持ってこんかいッ!!」
「完全に酔ってますね、これは……」
どうやら眷属集めが思うようにいかなかった結果の自棄酒らしい。
彼女としてはちゃんとした自分の目的を語れる者を引き入れたいのだろうが、良くも悪くもおかしな形で有名になってしまった弊害か。入団希望者は大体が私が早期にランクアップした秘密を探りたい者らしい。そしてロキ様はほぼ例外なくそいつらを叩き返している。
曰く、目の前の利益しか見えていない奴には将来性が無いからダメだとか。
「だぁぁぁぁぁぁ! リヴェリアたぁーん! 気晴らしにおっぱい揉ませぶぎゃっ!?」
ロキ様は台詞を言い切る前にリヴェリアさんによる酒瓶投擲を顔面から受けてノックダウン。流れるようなアンダースローに思わず拍手をしてしまう私。
「……正直、お前がこのファミリアに居なかったら即座に脱退を決意していたぞ。アイリス」
「すみません、本当に……」
悪い神様では無い。決して悪いはずでは無い、のだ。たぶん、恐らく、きっと。ただ酔うと中年オヤジのスピリットが表面化してしまうというか。酒癖が酷く悪いというか。
「あはは……それじゃあ僕たちは部屋に戻るよ。それじゃあまた明日」
「私も部屋に戻ろう。早く汗を流したいのでな……」
「はい、また明日会いましょう皆さん」
「おいフィン、この後酒場に行かねぇか? 昨日美味い店を見つけて――――」
皆と部屋の前で別れつつ、私は部屋に散らかった酒瓶を片付けて、完全に気絶してしまったロキ様をベッドに寝かせる。
酔っている上に酒瓶が頭に直撃したのだ。暫く起きないだろう。この様子では今日の【ステイタス】更新は無理か。
その後床に零れた酒を雑巾で拭きつつ、およそ二十分ほどで部屋の片づけがひと段落した。
私もそろそろシャワーを浴びて、軽い食事を済ませて寝ようかとエプロンを外そうとして――――不意に、部屋をノックする音が聞こえて手が止まる。
『アイリス、少しいいか?』
「リヴェリアさん?」
特に優先することもなかったので私は素早くエプロンを脱いで、部屋の扉を開けた。すると体を洗い終えて肌から少しだけ湯気を立ち昇らせているリヴェリアさんの姿が。
何か私に用事なのだろうか。
「ええと……その……この後何か予定はあるか?」
「いえ、ありませんけど……」
「で、では――――私と食事に行かないか?」
「へ?」
予想すらしなかった申し出に、私の口から変な声が漏れた。
主人公が男だったらリヴェリア√入ってるな……
その場合はリヴェリアママが年下趣味とか言われるようになるけどな!