悪戯の神は希望を拾った   作:乾パン中毒者

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平成最後の記念にちょっと投稿予定時刻を繰り上げて投稿です。


第十九話:月下を駆ける

 太陽はすっかり身を隠し、それが生み出す夜闇の下で煌びやかに輝く繁華街を、私は歩いていた。

 

 夜遅くまで外を出歩くのは諸事情なりで何度かあったが、こうして繁華街にまで足を運ぶのは初めてだった。辺りを軽く見回せば、昼のオラリオとはまた違った類の騒がしさがあちらこちらに満ちている。

 

 普段から此処に入り浸っている人からすれば何も珍しいことではないだろう。が、そう言った記憶に乏しい私からすれば、凄く不思議なものに思えてしまうのだ。

 

「うわぁ……凄いなぁ……」

 

 立ち並ぶ木造、石造の店舗。無数に展示された食品や土産が豪奢に吊られている魔石灯に照らされて、まるで宝物のように輝いていた。初めて見る光景に四方八方に目を奪われながら、私はついつい『新商品販売!』と書かれた看板の前に立って、屋台で山のように積まれているソレを見た。

 

 それは細かく切り刻んだジャガイモと溶かしたチーズを混ぜて、そのまま一口サイズに焼き上げた食べ物だった。芳ばしいジャガイモとチーズの香りが食欲をそそる。

 

「これ一つください!」

「あいよ! おや、お嬢ちゃん、一人かい? もしかして迷子だったり……」

「迷子じゃないです……」

 

 悲しいかな。やはり外見年齢12歳が夜の街を出歩いて居るのはかなり不審な光景らしい。

 

(早く大きくならないかなぁ……)

 

 未来の自分への微かな期待を胸に抱きつつ、私は店主のおじさんに十ヴァリス支払い商品を受け取った。早速一口齧れば、カリカリとした食感と共にジャガイモとチーズの味が口に広がる。シンプルながら美味しいの一言だ。

 

「ん~……美味しいです」

「だろう? でも最近はちょいと売れ行きが良くなくてなぁ……。素材は良い物使ってるのに、何でだろうな」

「そう、ですね。……飽きやすい、とかでしょうか?」

「ふむ」

 

 このジャガイモのチーズ焼きというべき商品、味は決して不味いわけでは無い。が、やはりというか味が凄く単調だ。偶に食べるならともかく、日常的に軽食にできるかと言われれば答えづらい。

 

 だったらバリエーションを付ければ良いのでは? と思うが、残念ながらこのチーズ焼きは付け入る余地が少ない。精々がケチャップやらマヨネーズやらに付けて食べるくらいだろう。つまり汎用性が不足している。

 

 だったらジャガイモ単品で商品を作り、そこに何種類かのソースを付属して売りに出すのはどうだろうか。と、私は店主のおじさんに提案してみた。

 

「なるほど、あえて未完成の品を作り、そこから完成に至るようなソースを……ありがとな嬢ちゃん! 参考に色々試してみるぜ!」

「あ、はい。頑張ってください!」

 

 どうやら良いアイディアを出せたらしい。

 

 ご機嫌な店主のおじさんに見送られながら、私はそろそろ【フレイヤ・ファミリア】の本拠へと赴こうとする。何故自分の本拠に帰らないのかというと、単純にロキ様の迎えのためだ。

 

 神に手を出す不届き者が居るとは思いたくないが、それでも万が一という言葉があるように慎重になって悪い事は何もない。それに、こうした方がロキ様も喜ぶだろう。安全も機嫌も得られる、一石二鳥の良案だ。しない理由はない。

 

 折角だし、何か手土産の一つでも買っていこうかな――――そう考えながら歩いて居たら、不意に誰かとぶつかってしまった。

 

「おん?」

「わっ、す、すみません! 大丈夫です、か……」

 

 崩れたバランスを取り繕いつつ、私は素早く謝罪をしながらその人物を見上げた。

 

 するとどうだろうか。そこには、見たことのある顔がこちらを向いていた。アマゾネス特有の露出の多い民族衣装から露わになっているすらりと伸びた手足に、褐色の肌。流れるような黒髪とその奥から覗く金色が輝く爬虫類のような瞳。

 

 身長はおおよそ一七〇C前後、だろうか。私より三〇Cも高い高身長が故に、必然的に首を大きく上げて見上げざるを得ない。

 

「……ん? 世界最速少女(レコードホルダー)ちゃん? 奇遇だね~」

「リュゼ、さん……でしたっけ?」

 

 こんなヘンテコな形で、私は少し前にバベルでこちらとひと悶着起こしたアマゾネスの女性、リュゼ・レジーナと奇跡的な邂逅を果たしたのであった。

 

 彼女は扇情的な恰好を恥ずかし気も無く見せびらかしながら、片手に持った瓶からワインらしきものを呷りつつ、前と同じ様に凄まじくフレンドリーにこちらの肩に手を回してきた。思わず反射的に逃げようとしたのを察知されたのか、妙に手の力が強まっている。

 

 どうやら向こうに逃がす気はないらしい。

 

「いや~! 偶然って怖いね。まさかこんな所で会うなんて。あ、一口飲む?」

「あ、いえ。お酒はちょっと……」

「まあまあ、そう言わずにホラ。先っちょだけでいいから!」

「えっちょ、むぐっ!?」

 

 強引に拘束された状態のまま、リュゼさんは私の口に瓶の口を突っ込んだ。そこから鼻をツンと刺すような匂いの液体が勢いよく流れ込んできて、その苦さと渋さに案の定すぐにむせた。

 

「ごっほ! げほげほごぼっ!?」

「ありゃ、まだお酒は早かったか。残念」

 

 未だにむせている私の手を引っ張りながら、リュゼさんは近くに在った小さなベンチに私を座らせた。その後自身も乱暴に腰を下ろしつつ、瓶に残った酒をグイッと全て呑み干す。

 

 酒の味はよくわからないが、ラベルの数字からしてかなり強い一品だろうに、彼女の顔は赤みすら帯びていない。とんだ酒豪だ。

 

「で、味の感想は?」

「え? それは、ええと……苦い、としか」

「だよね~。ま、アタシも味なんて毛ほども気にしてい無いんだけどさ。アタシからすれば麦酒も醸造酒も果実酒も大差ない。酔えれば味なんて二の次さ」

「はあ……」

 

 クックッ、と小さく笑いながら彼女は私にワインの瓶を押し付けてきた。改めて瓶のラベルを見れば、どうやら【ディオニュソス・ファミリア】製のワインの様だ。値札も張られており――――その値、五〇〇〇〇ヴァリス。その数字を見て即座に私は吹き出した。

 

 こんな高級品をあんな下品なラッパ飲みで味わうなんてとても信じがたい光景だったのだから。

 

「酒はいいよぉ~。酔ってる間はパーッと嫌なこと忘れられる。まあ、飲み過ぎたら翌朝が地獄なんだけど」

「……そういうのって、依存症って言わないんですか?」

「人間生きていれば、必然的に何かに依存するさ。そうでもしないとやってられないよ、辛いことばかり起きるこんな世界で生き続ける事なんて」

 

 腕に付けた古びた二つのミサンガを見つめながら、その言葉を零す瞬間にだけリュゼさんは顔に濃い哀愁を浮かべていた。

 

こんな好き勝手生きているような人でも、やはり過去に何かしらのしがらみを抱えているらしい。

 

「そのミサンガは……?」

「あー…………姉二人からの贈り物だよ。私が初めて儀式……いや、勝負事に勝った記念に、自分の髪で編んだヤツをアタシにくれたんだ。いつか離れ離れになっても、これを見て自分のことを思い出してくれるように、ってさ」

「……いいお姉さんなんですね」

「ああ。アタシにはもったいない姉たちだった。……本当に、アタシなんかには」

 

 ミサンガを付けた側の手で強く握りこぶしを作りながら、リュゼさんは声を震えさせる。その怨嗟や憎悪のこもった声に背筋に冷たいものを感じ、私はそれ以上この話題に触れないことにした。

 

 これ以上深入りすれば、おそらく凄惨な光景が作られるだろうということは想像に難くないのだから。

 

「――――あ、一応聞いておきたいんだけどさ世界最速少女(レコードホルダー)ちゃん。もし仲間が誰かに攫われたらどうする?」

「はい? え、ええと……そりゃもちろん、どんな手を使ってでも助けに行きます」

「なら、『指定の場所に一人で来い』って脅迫状を送られた場合は?」

「……一人で行きます」

「罠だっていうのはわかるのに?」

「私は、仲間が傷つくなら自分が傷つくことを選びます」

「ふ~ん……」

 

 突然すぎる問いではあるが、特に困るわけではないので私は素直にその質問に答えた。

 

 もし仲間が何らかの危機状況に陥った場合、私は全てをかなぐり捨ててでも救出に向かうだろう。たとえ罠だろうと何だろうと、使える手を全て使って助けて見せる。己の肉が裂け、骨が砕けててでも、必ず。

 

 ――――それが、私が誇示できる唯一の存在証明なのだから。

 

「……ま、参考にしてみるよ。んじゃ、そろそろヤツらもやってくるだろうし、ここらでお暇しますかね」

「あ、待ってください!」

「おん?」

 

 もう用は済んだのか、リュゼさんは手を振りながらこの場を足早に立ち去ろうとする。しかし私はふと、とあることを思い出して彼女を呼び止めた。

 

 特段難しいことでは無い。単純な話――――私は、まだ彼女に自己紹介をしていなかったのだ。

 

「私の名前は、アイリス・アルギュロスです。次に会う時は、アイリスって呼んでください」

「……んふふ、じゃーねー。アイリスちゃーん!」

 

 一瞬だけ茫然とするも、リュゼさんは直ぐにニカッと笑みを浮かべながらこの場を去った。

 

 次に会うのは何時になるかはわからない。だが不思議と、その時は決して遠くないと、そんな気がした。

 

 さて、そろそろ帰ろうかと私は踵を返し――――振り返った瞬間、眼前に付きつけられた槍の穂先を見て硬直した。

 

「――――え?」

「ようやく見つけたぞ、この盗人め……!」

 

 グツグツと煮込んだ釜の中身を思わせる憤怒が籠った声をぶつけられた。だがいきなりそんなことをされても、私は何が何だかさっぱりわからなかった。

 

 すぐにここ最近の過去を思い返してみるが、やはり何か恨みを買う様な行為をした覚えはない。まさか【アパテー・ファミリア】の生き残りか、と思ったが私の事を「盗人」と呼んだ故に、恐らく違うだろう。

 

 盗人? 私が? いや、何かの間違いだろう。何かを盗った記憶などあるはずが――――

 

 

(―――――――まさ、か)

 

 

 もう一度、よく考えてみよう。

 

 私は何かを盗んだ記憶はない。だが相手は何らかの要因でそれを勘違いしている。その要因が外的なものであるならば、最近誰かに渡されたモノに他ならないだろう。

 

 で、だ。先程私は誰かに何かを受け取っていなかっただろうか。

 

 具体的には、空になった酒瓶を。

 

 

 私が自身が盗人と勘違いされた答えにたどり着いた頃には、目の前には槍の穂先だけでなく剣の切っ先や鏃などが追加されていた。だが、焦ってはならない。我々は話し合える生き物だ。冷静になって対処するんだ、私。

 

「あ、あの、これは誤解で――――」

「――――皆に問おう。我らが女神の所有する館の蔵に入った不届き者に相応しい処罰は、何だ?」

『死刑! 死刑!! 死刑!!!』

 

 私は今日新しいことを学んだ。

 

 こちらが平穏かつ平和的に解決しようとしても、相手がそもそも交渉する気がないのならば、その試みの努力は全くの無駄であると。

 

 現状の不味さを理解した私は全身から汗を拭き出しつつ、一歩だけ後ろに下がる。相手もその隙間を埋めるように、少しずつ近づいてくる。

 

 話し合いの余地は無し。戦力差、味方は私一人、相手は確認できるだけで十名以上。考えるまでもなくこちらが圧倒的に不利。

 

 これらの情報から導き出される最適な行動は――――逃げる。

 

 

「「「――――殺せェッ!!」」」

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいいっ!?!?」

 

 

 殺意塗れの怒号を合図に、私は彼らに背を向けて全力疾走を開始した。同時に響き渡る男たちの怒りの咆哮。

 

 先程まで楽しそうな騒がしさで満ちていた歓楽街が一瞬にして騒然と混乱の渦中に叩き落とされるのを感じながら、私は人混みを掻い潜りながら逃げる。何処に逃げればいいのかはわからない。だがこの場において私の手元にある選択肢は、これしか残っていなかった。

 

 迫りくる無数の足音。理不尽への怒りからくる頬を伝う涙。そして変わらず絢爛に輝き続ける歓楽街。

 

 私は運命の悪戯というものを呪いながら、夜の大逃走劇を開始した。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 駆ける。駆ける。駆ける。

 

 今まで一度もしたことのない全力逃走。後ろに流れる夜景を尻目に、私は背後から迫る死の軍団の足音に反応して心臓の動悸を早めながら無心に足を動かし続ける。

 

 人混みという名の盾を抜ければ、相手は遠慮なくその手に持つ凶器をこちらへと放ってくる。本能に従って背後をチラリと見れば早速数本の矢が豪速でこちらに向かって来ていた。

 

 私はそれを見て即座に回避行動に移り、避けきれないと判断した矢は素早く腰から抜き放った剣で切り払う。この行動によって追跡者たちとの距離が少し縮んでしまうが、身体を矢で射抜かれるよりは遥かにマシだろう。

 

「逃がすなァ!!」

「ぐぅっ……!?」

 

 すかさず背を向けて走れば、うなじに悪寒が走る。反射的に伏せれば頭上を投擲槍(ジャベリン)が掠めた。

 

 やはり、あちらはこちらを生け捕りにする気はあまり無いらしい。

 

 涙目になりながら私は過去最大級に頭を回転させて現状を打破できる手段を考える。今取っている”逃げる”という行為は問題を先延ばしにしているだけに過ぎない。根本的な解決ができなければ今夜を凌いだ所で明日また追手が掛かるだけだ。

 

 ついでに言えば、今日中に事態を改善しなければ、確実にファミリアの仲間にも被害が及ぶだろう。何せ顔は割れている。探られれば確実に所属ファミリアがバレてしまう。

 

 何とか無罪を証明しなければならない。幸い、方法はある。被害に遭ったファミリアの主神か、第三者の立場にいるファミリアの神に掛け合って私が盗みを働いていないことを証言してもらえばいいのだ。

 

 問題は、そうする前に彼らに殺されそうなことなのだが。

 

()ったァッ!!!」

「ッ――――【風よ、舞い上がれ(フルトゥーナ)】!!」

 

 いつの間にか回り込まれたのか、前方にあった路地から追跡者の仲間らしき者がハルバードを振り上げながらこちらへと飛びかかろうとしていた。私は息を飲みつつ、周囲に市民が居ない故に遠慮の必要も無くなったことを確認して魔法を詠唱。

 

 超短文詠唱から紡がれる暴風の加護を以て私は跳躍。爆ぜるようにその場から飛び上がり、近場の建物の屋上へと着地することで追手をどうにか撒く。

 

「何!?」

「関係無い! こちらも上がるぞ!」

「いぃっ!?」

 

 しかし追手たちは諦めず、私と同じく驚異的な身体能力を以て建物の屋上へと一足で飛んだ。これは一般人やLv.1冒険者にはまずできない芸当。つまり追手全員がLv.2以上の強者ということになる。

 

 第三級冒険者が十人以上在籍しているファミリアとは、あのバカゾネス(リュゼ)は一体どこの大所から盗みを働いたんだ……!?

 

 私は既に姿を消してしまった全ての元凶に心の中で恨み辛みの言をぶつけつつ、加速。並の冒険者ならばまず追いつけない程の加速で一先ずこの場に居る追手を振り切ろうと試みて――――

 

「――――死ねェ!! 【フレア・バースト】ォ!!」

「嘘ぉっ!?」

 

 背後から魔法により生み出された炎弾が飛来し、ソレは私が足場にしていた建物に着弾。即座に内包していた莫大な熱量を炸裂させて、建物は溶けるように崩落した。

 

 マズイ。こいつ等、周囲の被害を度外視しているッ……!?

 

 爆発の衝撃で体が宙へと押し出され、抵抗する暇もなく私は何処かの建物の窓へと衝突。甲高い音と共にその内部へと突っ込み、転がりながら耳から在住者のものであろう悲鳴を捉える。

 

「きゃぁあっ!? な、何!? 子供!?」

「す、すみませ――――危ない!?」

 

 直ぐに謝罪の言葉を口にするが、視界の端から閃光が見えた瞬間私はすぐさま在住者の女性に飛びかかり、無理矢理その場に伏せさせた。直後、雷撃が建物を貫き爆発させる。

 

 雷が肩を掠めて肌を焼く痛みを歯を食いしばって堪え、降りかかる瓦礫を風で吹き飛ばしながら、私は近くにあった木製の物干し竿を掴む。

 

「いい加減に――――しろぉぉぉおおおおおおおッ!!!」

 

 怒りのまま、全力投擲。半ば無意識に物干し竿へ風を纏わせたせいか、投げた物干し竿は予想以上の速度を叩き出しながら、宙に浮いていた追手の鳩尾に打ち込まれる。

 

 瞬間、強烈な爆発音と凄まじい衝撃波が空を蹂躙し、生じた風は攻撃に当たった者だけでなく、その周囲に居た者すら巻き込んで吹き飛ばした。

 

「……え?」

 

 久しく全力を出してなかったせいか、私はこの結果に狼狽えてしまう。

 

 これは、とてもマズイ。加減しないと死人が出てしまう。そうなれば、もう後戻りはできない。ファミリア同士での戦争すらありうる――――!?

 

 先程攻撃を当てた者が死んでないことを切に祈りながら、私は覆いかぶさっていた女性に小さく謝罪を告げてすぐに建物を飛び出して逃走を再開する。

 

 追手はまだ半数以上残っている。吹き飛ばした者たちだってすぐに復帰してくるだろう。そしてこれからは人気の少ない場所を通らなければならない。でなければ余計な被害が広がってしまう。

 

(なんでっ、なんでこんなことにぃっ……!?)

 

 全力で両手を振りながら走り続ける。心の中を満たすのは困惑と、怒りと、痛哭。

 

 どうしてこうなった。ただ神様をパーティーの会場に送り届けて、終わった頃に迎えに行って家に帰るだけだった筈なのに、何故こんな命懸けの鬼ごっこをしているのだ。理不尽だ、不可解だ。

 

「反撃された! 盗人の分際でこちらに刃を向けるとは!」

「首を断て! 心臓を貫け! 奴をこれ以上生かすなッ!」

 

 殺意が背中を叩く。

 

 捕まったが最後、狩られる。一片の慈悲も無く、死という結末を与えられる。

 

 四肢をもがれ、首を刎ねられ、無惨にも亡骸を蹂躙される。

 

 悲惨で、無惨で、惨憺たる結末が、今向かって来ているのだ。

 

(嫌だ)

 

 走る。

 

(嫌だ嫌だ嫌だッ! こんな所で、まだ、わたしはっ――――!!)

 

 ひたすら、走る。

 

 死という未来から逃れるために、一心不乱に足を動かし続ける。

 

「こんなっ、所で――――死ねるかぁぁぁああああああああっ!!!」

 

 双眸から零れ落ちる涙を振り払いながら、私は死に物狂いで加速した。

 

「なっ、加速しただと!?」

「クソッ、逃してたまるか!」

「援軍はまだか!?」

 

 両脚からブチブチと嫌な音が立て続けに頭に響く。関節が激痛という悲鳴を上げている。それでも私は足を止めない。背後から飛んでくる矢や魔法、路地や建物の屋上から飛びかかってくる者達の襲撃を紙一重で躱しながら、できる限り彼らとの距離を離すために走り続けた。

 

「このまま誘導しろ! 本拠(ホーム)の壁に追いこめば袋の鼠同然だ!」

 

 そんな言葉が、風に流れて私の耳に届く。

 

 誘導。どういう、事だろうか。その言葉はまるで、私がどこかへと意図的に誘いこまれているということで――――。

 

 私は少しだけ、自分の向かっている先に何があるのかを意識してみた。するとどうだろうか。

 

 ――――二〇M以上の巨壁が、そこには鎮座していた。

 

(嘘ッ――――!?)

 

 いや、この壁は知っている。【フレイヤ・ファミリア】の本拠である『戦いの野(フォールクヴァング)』を囲んでいる四壁だ。城塞の如く君臨するソレは、いかなる侵入者をも阻むだろう威圧感を放っている。

 

 直ぐに方向転換しようとするが、視線を向ければ既に大量の追手が両脇を固めていた。これでは進行方向を変えても直ぐに嬲られるだけだろう。

 

 だが前方には巨大な壁。今保有している最大火力を叩き込んで万が一壁を貫けたとしても、その後の隙を突かれて死亡(デッドエンド)を迎えるだけだ。

 

 では、どうする。どうするどうするどうする。考えろ私――――!!

 

 左右に逃げても駄目。壁を破壊するのも無駄。後退など論外。――――だったら。

 

 

「――――【炎よ、燃え上がれ(プロクス)】ッ! 【風よ、舞い上がれ(フルトゥーナ)】ァァッ!!」

 

 

 巨壁を眼前にして少し大きく跳び上がりながら、私は二重付与魔法(ダブル・エンチャント)を発動。全身が軋むのを感じながら、自身の躯体を轟炎と暴風で包み込む。そしてその力を両脚に極限まで集約させ、着地の瞬間に合わせ――――解放。

 

 

「跳、べぇぇぇぇぇえええええええ――――ッ!!」

 

 

 足裏から生じた極大の爆発は、私を夜空へと押し上げた。

 

「な、ぁっ!?」

「嘘だろ!?」

 

 予想外の光景に狼狽える追手たちの声が遠ざかっていくのを感じながら、私は爆発に依る推進力で二〇M以上はあるだろう壁を悠々と跳び越えた。土壇場の一芸ではあったが、何とか上手く行った……!

 

 後は着地だけだ。と、どうにか両手両足の推力を調節してなるべく安全かつ迅速に降りようとして――――

 

 

 

「――――逃がさん」

 

 

 

 ゾクリと、背筋を鋭い悪寒が走り抜けた。

 

 弾かれるように後ろを振り向けば、誰も居ない筈の宙に「巌」のような巨漢が、巨大な剣を大上段に構えていた。

 

 鋼鉄の如く鍛えられた四肢。そこらのヒューマンならば軽く圧倒するだろう二M近い巨躯。そして錆色の髪に紛れて獣の様な耳が生えているのが見える。それ即ち、彼が亜人(デミ・ヒューマン)である証拠。しかもかなり戦闘に特化した種であろう。

 

 そんな存在がまるで弓の弦のように両腕を引き絞り、私へと致命的な一撃を叩き込まんとしている。

 

 何故、私の後ろに。いや、どうやって(ここ)まで!?

 

(まさか――――嘘でしょっ!?)

 

 微かにではあるが、男の身に付けているブーツの周りには石材の粉末らしきモノと細かな大量の傷があった。そこから導き出される結論は――――恐らくあの巨壁を踏み砕く勢いで()()()()()()

 

 不可能、という訳では無い。だが私の跳躍に追いついたという事は、私の行動の後瞬時にその行動に移ったという事。こんな無茶苦茶を即時に実行する胆力には舌を巻く思いだ。

 

 だが感心している場合では無い。そんな荒業を実現したことからあの男は恐らくLv.2以上、それも力や敏捷と言った肉体系基本アビリティに特化していると推察できる。流石の私でもそんな奴の全力攻撃を無防備な背中で受ければ、死ぬ。

 

「う、ぁぁあああああああああああッ!!!」

「何――――ッ!?」

 

 バランスの維持を即座に中断し、私は鞘に収納していた《アスプロス・ソード》を抜き放って、今繰り出せる最大の一撃を背後へと振り抜いた。

 

 

 

「――――ハァァァアアァァアアアァアアアアアッ!!!」

「――――オォォォォオォオォオォオオオオオオッ!!!」

 

 

 

 ――――雄叫びと剣がぶつかり合い、爆音が空へと四散する。

 

 生じる一瞬の拮抗。風によって出力を増した炎によって強化された私の一撃は寸分違わず私の体を裁断しようとした大剣の一撃を捉え、衝突と同時に金切り声と火花が空に反響する。

 

 ミシリ、と互いの剣が悲鳴を上げ――――直後、私と巨漢の体は爆ぜるように別々の方向へと弾かれた。

 

「ッ――――!?」

「くっ――――!」

 

 死に繋がる一撃は防ぐことはできた。だが今の私は全く喜べる気持ちにはなれなかった。

 

(しまっ……バランスがっ……!?)

 

 相殺による反動はおおよそ私に制御できるようなものではなかった。

 

 必死に両手両足の推力を調節してバランスを保とうとするが、強烈な衝撃による慣性力と歪な姿勢で弾かれたことによりきりもみ回転を始めた身体を整えるには、今の私はあまりにも未熟過ぎた。

 

 

「う、わぁぁあぁぁああぁああああああああっ!?!?」

 

 

 私ができることは無様に悲鳴を上げることと、迫りくる石造りの建物の天井とぶつかる衝撃に備えて頭を両手で覆う事くらいしか無かった。

 

 数瞬後、強烈な衝撃と破砕音が全身を叩く。

 

 幾度も体を硬い物に叩き付けられ、その最中に一際強力な一撃が頭へ打ち込まれ――――。

 

「ぁ、――――――――」

 

 間の抜けた声を漏らしながら、無慈悲にも私の意識は闇に呑まれた。

 

 

 

 

 

 




アイリス「神様をパーティに送り届けて迎えに行くだけの簡単な仕事だと思ったら突然盗人呼ばわりされて弁解の余地なく襲われたでござる。ふざけんな」

試練「(予定通り幼い少女に困難が降りかかる様を見ながら)やったぜ」
フレイヤ「(自分の領域に迷い込んで来た極上の原石を発見しながら)やったぜ」

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