悪戯の神は希望を拾った   作:乾パン中毒者

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第二話:初めてのダンジョン

 今日のオラリオは快晴。いつも通り変わらない日差しが巨大な迷宮都市を照らしている。まだ朝だというのにそこら中は多くの人々で賑わっており、世界で最も盛り上がりを見せている街という噂は伊達では無いようだ。

 

 そんなオラリオでもバベルへと続く大通りをそわそわしながら歩いている少女が一人。

 

 まあ、私の事なのだが。

 

「広いなぁ……」

 

 私はそんな声を零しながらそこら中の建物や露店を不思議そうに見まわす。記憶喪失というのは実に難儀なことだが、全てが新鮮に感じ取れるこの感覚は悪くないと思った。

 

 道中、露店から漂う美味そうな匂いに釣られかけるが、何とかこの誘惑を振り払った。

 

 食い物もタダではないし、何より時間が勿体ない。私は足早に露店の前を過ぎ去る。

 

 ふと、視界の端に細長い何かが目に入り、空を見上げればソレは見えた。オラリオ中心地で空高くそびえ立っている石造りの塔――――バベル。

 

 バベル。迷宮の真上に建っている五十階建ての巨塔。

 

 雲を突き破るのではないかという迫力を持つその建物はオラリオでも随一の迫力を誇っている。オラリオのどの場所にいても少し視線をあげればあの塔は姿を現すだろう。アレを作った者は大層な奇人に違いない。

 

 ハッ、と呆然としていた自分に気づき、雑念を払うように首を横に振りながら、私は止まっていた足を再度動かし始める。

 

 今私が向かっているのはギルドと呼ばれる組織の本部だ。ギルドが行うのは主に冒険者および迷宮の管理、魔石の売買等々。どちらもオラリオでは重要な役目であり、故にそれらを厳密に管理するギルドはオラリオにはなくてはならない存在だった。無論、黒い噂が無いわけでは無いが。

 

 が、それについては今の私には微塵も関係のないことだ。今私がやるべきことは自分を冒険者として登録することと、早くお金を稼いで私の所属するファミリア――――【ロキ・ファミリア】を立派な探索系ファミリアに育て上げる下地を作り上げること。ギルドの白黒など気にしても仕方のないことである。

 

 歩くこと十数分。オラリオでも滅多に見ることのない、神殿のような巨大な建物を眺めながら正面の大扉をくぐると、早朝にも関わらず沢山の冒険者の姿が見えた。朝でこれ程の数とは、人々が活発に動き始める昼になったらどれくらい混迷とするのだろうかと想像しながら、私は近くの順番待ちの列に並んだ。

 

 そして周りが自分を奇怪な視線で見ていることに気付く。まあ、仕方がない。明らかに十二、三歳の、一四〇C(セルチ)くらいしか無い背丈の女の子がこんな場所に現れたのだ。まず迷子か何かと疑うだろう。とても今から冒険者になる者とは思うまい。私もきっとそう思う。

 

 少々肩身の狭い思いをしながら十分ほどで私の番が来た。緊張をできるだけ押さえながら、私はほっそりと尖った耳に住んだ緑玉色の瞳、セミロングの薄緑色の髪を持ったエルフらしき受付嬢の前へと出る。

 

「ギルドへようこそ。要件は……って、え?」

 

 エルフの受付嬢さんがニッコリと綺麗な営業スマイルを浮かべていたが、私の姿をみるや呆けた顔に変わってしまう。ある意味順当な反応か。

 

「あ、あの……迷子になったのかな? お父さんとお母さんは何処にいるかわかる?」

「いえ、その……冒険者登録に、来ました」

 

 それを言うと、受付嬢さんは黙りこくってしまった。そして次の瞬間、真剣な表情を浮かべて私の両肩を掴んでくる。

 

 えっ、なに。

 

「ねぇ、もしかして誰かから強要されたの? 大丈夫、お姉さんに言ってくれれば力になるから!」

「い、いや、違います。ちゃんと登録しに来たんです!」

 

 いきなり身体を触られたせいで少々テンパりながらも私は興奮し始めた受付嬢さんを宥めるべくハッキリと言い返した。それを聞いて受付嬢さんは非常に複雑そうな顔で唸り始め、やがて私へと問う。

 

「もしかして、商業系とか制作系のファミリアだったり?」

「いえ、主神からはバリバリの探索系を目指す、と」

「……今すぐその神様を連れて来てくれないかしら? ちょっとシバくわ」

「ちょ、待って! 落ち着いて!」

 

 額に青筋を浮かべた受付嬢さんは今にも全てをぶち壊しながらロキ様へと突撃しに行きそうだった。何でそんなに興奮してるんですか。

 

「これが落ち着けるもんですか! こんな小さな子にモンスターと戦わせるなんて、きっと凄く悪どい神に違いないわ! 叩けば埃なんてジャンジャン出てくる系の!」

「違いますから! ちゃんと合意の上ですからぁぁぁぁ!?」

 

 確かに第三者から見れば己の利益のために少女に肉体労働を強いるという吐き気を催す絵面ではあるが、ちゃんと本人の合意有りの契約だ。私だって滅茶苦茶危険だと判断したならばすぐに手を引いて、何か別の仕事で彼女への恩返しにするつもりだ。死にに行くつもりは一切無い

 

 そう言う事をできるだけ丁寧に教えると、受付嬢さんはようやく怒りを鞘に納めた。何で登録する前からこんな困難が訪れるのか。

 

「……なるほど。最初に少しだけ試して、無理だったら別の方法でお金を稼ぐ、と」

「はい。ちゃんと主神と話して決めたことなので、心配には及びません。……そろそろ登録してもいいですか?」

「んー……わかりました。では必要事項をご記入ください」

 

 ようやく渡された用紙に私は備え付けの羽ペンを走らせた。三日四日かけてどうにか習得しきった共通語(コイネー)を一文字ずつ確認しながら丁寧に記入し、受付嬢に提出する。

 

 当り前だが、必要事項には名前や年齢もある。年齢については適当に決めればいいが、未だ本名不明な私がどうやって名前記入を乗り切ったかというと、単純に偽名を使うという選択肢だった。いや、仮称と言った方がいいか。

 ともかく「不便だから」とロキ様によって私は仮の名を付けられた。

 

 その名は――――

 

「はい。え~……アイリス・アルギュロス氏、十三歳、ヒューマン、女性ですね。所属ファミリアは【ロキ・ファミリア】……聞いたこと無いわね」

「あ、はい。私が初めての眷属なので」

「むぅぅ……十三歳の少女以外一人も眷属が居ない零細ファミリアなんて……ちゃんとサポートしないと大惨事じゃない……!」

 

 ブツブツと何やら怨念じみた何かを纏いながらつぶやく受付嬢さん。何だろう、早くこの場を離れたい気分で一杯になってくる。この人怖いよ。

 

「こほん、わかりました。ではこの後簡単な講習を受けてもらいますが、お時間はよろしいでしょうか?」

「はい、問題ありません」

「では早速此方へ。……誰かー! 交代お願いできる?」

「んあ? あーはいはい、わかりましたよ~」

 

 受付嬢さんは近くに居た者と席を後退しながら、私を連れて別室へと移った。

 

 そして目の前に広げられる数枚の羊皮紙。中身はダンジョンについての簡単なテストと言ったものだ。いずれも冒険者を志すならほぼ常識レベルの問題ばかりである。

 

「それじゃあ、時間内にこの問題を解いてね? 採点後、今の貴方が迷宮に挑んでも大丈夫かをチェックします。……まさか前知識なし、とか言わないよね?」

「はっ、はい! 頑張ります!」

「よろしい。では、始め!」

 

 ダンジョンに挑むつもりが何故か筆記試験が始まった。

 

 どうしてこうなったと心の中で呟きながら、私は鋭く目を光らせている受付嬢さんに見守られながら羽ペンを動かす。

 

 人生、そう上手くは行かないらしい。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「むう。八割正解……上層についての知識は大丈夫みたいね」

「あはは……ふぅ」

 

 迷宮について事前に図書館などで調べていたのが幸いして、筆記試験は問題無くクリアできた。受付嬢さんとしては知識が不足していれば問答無用で特別教室を開催する予定だっただろうか、幸か不幸かそれが開かれることは無かった。

 

「それじゃあ、次は装備の準備ね。一応聞くけど、持参品とかは?」

「ありません。宿代だけで割と貯蓄がカツカツらしく……」

「う~ん……じゃあ借金することになるけど、ギルドから支給品として安価な装備を提供することになるわ。何か希望はある?」

「では、剣でお願いします」

 

 受付嬢さんに希望を伝えると、数分後彼女は少し小さめの、しかし私からすれば十分すぎる程の大きさのブロードソードを持ってきてくれた。

 

 こちらに渡されるソレを握って軽く持ちあげる。刃渡りは大凡六〇C。素人目に見ても決して良い武装とは言えないが……うん、これがいいな。

 

「えっと、お値段は」

「三五〇〇ヴァリスよ」

「高っ……」

 

 見てくれは安っぽいのに意外と値が張る。実は隠れた名剣とかだったり……。

 

「ごめんね? ギルドの上の人がちょっと金にがめつくて……早く死なないかなあのクソデブエルフ……」

「あ、あはは……」

 

 やはり見た目通りの品質らしい。受付嬢さんの殺意を纏った姿を見てそう直感した。おかしいな、ギルドの人は全員恩恵無しだと聞いたのに、バベル入り口付近で見た冒険者より彼女の方がよっぽど恐ろしく感じてしまう。

 

 色々あって、ようやくバベルにあるダンジョン入り口までたどり着いた。さて、これでやっと探索開始だ。

 

「いい? 危なくなったらすぐに逃げるんだよ? 死んだら元も子もないんだから」

「わっ、わかりました!」

 

 わざわざついて来てくれた受付嬢さんからのありがたい言葉を貰いながら、私はダンジョンへ続く緩やかな巨大螺旋階段をゆっくりと下る。

 

 そうして辿り着く薄青色の壁で構築された洞窟。冒険者なら誰もが一度は潜る1階層である。

 

 初めて見る天然洞窟にドギマギしながら歩くこと十分ほど。その頃に私はようやく初めてのモンスターと遭遇した。知識と照らし合わせれば、見つけたのはゴブリン。それが数匹程群れている。

 

「すぅぅぅ……はぁぁぁ……」

 

 小さく深呼吸して、高鳴りそうな心臓の鼓動を抑えつける。興奮するな。落ち着け。私はやれる。そんな無数の自己暗示を何度も頭の中で反響させつつ、背中に背負ったブロードソードを抜剣。柄を両手で握りしめながら、身を低くして突撃の態勢に入る。

 

 その態勢で数秒だけ固まり――――弾けるように、私はゴブリンの群れへと雄たけびを上げながら突撃した。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁっ――――!!」

 

 完全な奇襲にゴブリンたちは対応できず、私と一番近い距離に居たゴブリンの喉がブロードソードによって切り裂かれる。まずは一匹。

 

「グギャッ!?」

「ガガギャッ!」

 

 残りの二匹がようやく自分たちが襲われていることを覚ったのか不気味な声を上げた。だが遅い。私は既に二匹目への攻撃に入っている。

 

 大きく踏み込んでの素早い突き。二匹目のゴブリンへと繰り出される一撃は容赦なく喉へと突き刺さり、勢い余って反対側まで刃が貫通した。これで二匹目のゴブリンは声を上げることもできずに絶命する。

 

 が、攻撃後の隙を突いて三匹目のゴブリンが私へと襲い掛かろうとする。武器はゴブリンの肉体に突き刺さったまま。私は歯噛みしながら剣から手を放しゴブリンの攻撃を回避。そして間髪を容れずにその小さな体を全力で蹴り飛ばした。

 

 遠くに吹き飛ぶゴブリンを尻目に、死体に突き刺さったままのブロードソードを力任せに強引に抜いて――――それを思いっきり遠くで転がっているゴブリンへと投擲した。

 

 狙った結果か偶然か、投げつけられた剣は正確にゴブリンの眉間へと突き刺さる。間違いなく致命傷だ。

 

 先程まで音に満ちていた空間が静寂へと変わる。念のため周囲に別のモンスターがいないかを確認し、安全であると理解した私は胸に張り詰めていたモノを息として吐いた。

 

「……やった。やったんだ、私!」

 

 最弱のモンスターとはいえ、集団相手に勝利を収めた。これは幸先が良い。

 

 喜びのままにゴブリン達からブロードソードを使って魔石を剥ぎ取り、袋に収めていく。予想外に順調すぎて小躍りしたくなる気持ちが出てくる。

 

 が、此処はどんな危険が訪れるかわからないダンジョン。そうしたくなる気持ちを抑えながら、私は奥の空間へと目を向ける。更なる道が眠るダンジョンの奥へ。

 

「よーし、頑張るぞー!」

 

 私の冒険は、まだ始まったばっかりだ。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 ロキ。かつて天界のトリックスターと呼ばれて畏れられ、数々の神々を煽って争わせた、天界における友達にしたくない神の五指に入るだろう悪戯好きの神は地上で何をしているのか気になる神々は多い。

 

 何せ天界でも散々好き勝手暴れ回った神の事だ、地上に降りても碌でもないことをやろうとしているに違いないと誰もが思っている。大多数の神がそんなことを戦々恐々と思っている中、その当事者は――――

 

「うーっし、皿洗い終わりっと。……なーんでうちがこんな事やらなあかんのや……」

 

 世話になっている宿の厨房で皿洗いをしていた。

 

 かつて天界のトリックスターと恐れられた神が。

 

 皿洗いをしていた。

 

 例え神であろうと超越存在(デウスデア)としての能力をほとんど封じている今の状態では飲食や睡眠が必要不可欠となっている。そのためには勿論金が必要だ。

 

 だがなにもしないで金が手に入るほど世の中は甘くない。人であろうと神であろうと別口で収入源が無ければ己の肉体で銭を稼ぐしかないのだ。

 

 ようやく眷属が作れたといっても、まだ一人目。そしてダンジョンに潜るのは今日が初日である。持ち合わせている貯蓄など微々たるものであり、宿が不要になるのはかなり先の話になるだろう。

 

 もし彼女を古くから知っている神がこんな光景を見れば爆笑必死だ。何処の世界に宿屋で皿を洗って日銭を稼いでいる神がいるのだ。

 

 此処にいた。

 

「うーん、アイリスたん遅いなぁ……」

 

 エプロンを脱いで洗濯籠に放りながらロキは小さくぼやく。考えているのは数日前ようやく作ることができた初めての眷属の安否。

 

 確か今日初めてダンジョンに潜る予定だったはず。軽く様子見程度にしておくと言っていたが、やはり心配なものは心配だ。もしかしたら迷ったのかもしれない、もしかしたら大怪我を、いや最悪死――――と、初めての子供についつい過保護になってしまうロキ。数千年前の彼女が今の彼女を見れば「誰だこいつ」としか言えない様だ。

 

「いやいや、ちゃんと信じなあかんな。大丈夫、うちはアイリスたんを信じるで!」

 

 己の中で渦巻く不安を無理矢理振り落としながら、ガッツポーズをしながら宿屋前の小さなベンチに腰掛けるロキ。口ではそう言っても行動がコレなあたり、心配性は暫く消えそうにない。

 

 待つ。待つ。待つ。

 

 待つこと一時間、オラリオで上空で輝く夕日が沈み始めた頃にはロキの右足は高速で貧乏ゆすりを行っていた。もし顔に不機嫌メーターが浮き出ているなら負の方向に振り切れているだろうほどにイライラしている。

 

「あーはよはよはよはよ……! 気になって夜も眠れへんわもう……!」

 

 呪詛の様にブツブツと呟くロキの醜態は、一つの人影が見えてきたことで終わりを告げる。

 

 視界の端で捉えたのは流水の様に流れている長い銀髪に少女らしさ抜群の童顔。全体的にほっそりとしたシルエット。直感的に自分の待っていた人物だと確信したロキの行動は早かった。

 

 

「おっかえりぃぃぃぃぃいいいい~~~~!!」

「わわわっ!?」

 

 

 全力疾走からの両手を突き出して件の人影に飛びつくロキ。飛びつかれた少女――――アイリスは驚きながらもどうにかロキを抱きとめる。

 

「ロ、ロキ様? どうしたんですかいきなり飛びついて?」

「そら可愛い可愛い子供の帰りやからな! くぅーっ、アイリスたんのモチモチ肌最高やぁ~! グヘヘヘヘ」

「も、もう、公共の場でやめてくださいよぉ……!」

 

 ニヘラと笑うロキにアイリスは苦笑を浮かべつつ、二人は既におなじみとなった宿屋の個室へと移動する。

 

 それからアイリスは血だらけになりボロボロになった服を洗濯籠に入れて、体に付いた血を備え付けのシャワーで洗い流した。モンスターは魔石を抜かれると例外なく灰化してしまうが、灰化する前に体から分離した血液などはそのままになる。が、肉片は残らず灰化するのだから実に不思議だ。

 

 そうして簡単に体を流し終えて、アイリスは上着を着ないまま寝室に戻って待機していたロキへと背を向けて椅子に腰かけた。

 

 念願の、【ステイタス】初更新の時間である。

 

「で、今日は何処まで行ったんや? 様子見とか言っておったし、やっぱ2階層くらい?」

「えっと、3階層ですね。まあ、ちょっと見て帰ってきただけですけど」

「3階層! ほえぇ~、意外といけるもんなんやな」

「その……実はアドバイサーの方にそれを言ったら怒られてしまって……。『武器も防具も整えて無い内に深入りしない!』って」

「ま、そらそうやな。どれだけ【ステイタス】が高くても、装備が弱かったら話にならんし。……ほいっと」

 

 二回目だからか慣れた手つきでロキがアイリスの背の紋様(エンブレム)から朱色の【神聖文字(ヒエログリフ)】を浮かべ上がらせる。

 その状態で神血(イコル)をもう一滴背中に染みこませると波紋が生じ、綴られていた【神聖文字(ヒエログリフ)】が薄まり、新しい文字が描かれていく。俗に言う【ステイタス】の更新だ。

 

 神の恩恵(ファルナ)を刻まれた眷属たちは【経験値(エクセリア)】と呼ばれるものを魂に貯蓄し、神の手によってそれは抽出される。そして抽出された【経験値(エクセリア)】は眷属たちの力の礎へと変換されていくのだ。

 

 勿論ながら【経験値(エクセリア)】はそう簡単に溜まる物では無い。自己鍛錬でも多少は溜まるが、やはり迷宮に住むモンスターか手強い実力者などの類と戦闘を行わなければ基本的に生じないものだ。更に言えば、同格か格上のモンスターとの戦闘で無ければ碌に貯まらない。

 

 格下との戦闘で簡単に貯蓄されるのならば、今頃オラリオは強力な冒険者であふれかえっている。

 

「――――ほわぁっ!?」

「?」

 

 【ステイタス】の更新が終了した瞬間ロキは奇声を上げた。その様子に驚いたアイリスがピクリと肩を震わして振り向こうとするが、ロキは反射的に手を突きつけて待ったをかける。

 

 そして数回深呼吸をした後、無言で羊皮紙に更新分の【ステイタス】の概要を記していった。その内容は――――

 

 

 アイリス・アルギュロス

 Lv.1

 力:I0→I68

 耐久:I0→I22

 器用:I0→I45

 敏捷:I0→I81

 魔力:I0

 《魔法》

 【フィシ・ストイケイオン】

 ・付与魔法(エンチャント)

 ・速攻魔法

 ・地、水、火、風属性から選択可能

 ・詠唱式【地よ、震え上がれ(エダフォス)】【水よ、噴き上がれ(プリミラ)】【炎よ、燃え上がれ(プロクス)】【風よ、舞い上がれ(フルトゥーナ)

 【】

 【】

 《スキル》

 【】

 

 

「へぇ~……意外と伸びるものなんですね、【ステイタス】って」

「そ、そやな……レベルとかアビリティの熟練度が低いうちは上がりやすいから、そんなもんやろ」

 

 ロキ、渾身の誤魔化しが炸裂した。

 

 確かに【経験値(エクセリア)】が溜まれば溜まるほど【ステイタス】は大きく成長する。だが【経験値(エクセリア)】とはそんな簡単に、そして大量に獲得できる代物では無いのだ。

 

 少なくとも一階層と二階層を半日弱程度だけ潜って得た【経験値(エクセリア)】でこんな爆発的な成長はあり得ないと、潤沢な前知識を保有するロキは断言できた。初めての眷属といえど知識とここまで齟齬があればやはり異常性は認知できるものである。

 

 当初、スキルの事をアイリスに告げようとしたのだが、すぐにロキはそれが悪手だと気づいた。

 

 巧妙な嘘で誤魔化すにはアイリスはまだ幼すぎる上に純粋過ぎるし、あり得ないとは思うが万が一このスキルの詳細を知って慢心しかねないと思い、もうしばらくは黙っていようとロキは判断したのだ。

 

(あかん……スキルの効果完全に舐めとった。このペースならランクアップもそう遠くないでコレ……)

「あ、そう言えば魔法あるのすっかり忘れてました。早めに練習して勘を掴んでおかないとな……」

「そか。ま、無理のない範囲で頑張ってや。焦らずにゆーっくりでええんやで?」

「はい!」

 

 できれば二年くらいかけてゆっくりとランクアップへの道を進んでくれと願うロキであった。勿論自身の眷属が着実に強くなってくれる分には文句は欠片たりともないのだが、そのペースが問題なのだ。

 

 現在打ち立てられているLv.1からLv.2への世界記録(ワールドレコード)はおおよそ二年前後だ。これは最長記録ではなく、最短記録である。

 

 普通ならば年単位の時間をかけてようやく達成される偉業(ランクアップ)。それがもし大幅に更新されたらどうなるのか。当然、話題を集める。

 

 そして娯楽に飢えた神々がソレを聞き逃すはずもなく、確実に何らかの干渉が起こり始める。最悪ファミリア同士による抗争――――戦争遊戯(ウォーゲーム)による引き抜きもありうる。それだけは絶対に避けなければならない。

 

 故に短くとも二年間はLv.1のままじっくりと育ってほしいというのがロキの本音であった。何せ初めて出来た眷属なのだ。どんなことがあっても手放さないし、奪おうものならあの手この手で肉体的社会的問わず全力でぶち殺しにいく腹積もりだ。

 

(まぁ、いっそ世界記録(ワールドレコード)ぶっちぎって一気に最強! って道もあるけど……ま、今は堅実が一番やな)

 

 昔の自分ならともかく、今は分の悪い賭けはしないべきだとロキは結論付けた。

 

 彼女は、アイリスは自身の手にある唯一の財産にして宝物なのだ。どんなことがあっても守り通すという覚悟だけが彼女の中で満ちている。

 

「ま、それはそうとアイリスたん! 今日の稼ぎはいくらや?」

「えーと、大体五〇〇ヴァリス弱、ですね……」

 

 一言で言えばショボかった。Lv.1の冒険者の一日の平均収入は大体四〇〇〇から五〇〇〇程。初めてのダンジョン探索とはいえ、平均の一〇分の一は流石に低すぎるとアイリスはうなだれる。

 

 だがロキは対照的に戦慄していた。

 

 なぜならば――――たった五〇〇ヴァリスしか稼げないような戦いで、あそこまでの成長を見せたのだ。単純計算しても恐らく並の冒険者の数倍以上の成長率に、ロキは震えあがらざるを得なかった。

 

(……真面目に最強一直線ルートを視野に入れてもええかもしれんな)

 

 そこまで考えてロキはブンブンと首を振って落ち込んでいる眷属の肩を叩く。そんなことを考えるのは後でいい、今優先すべきは目の前で落ち込んでいる家族の方なのだから。

 

「ええやん! 初めてにしてはようやったと思うで! 次は目指せ五〇〇〇ヴァリス! さっきも言ったやん、少しずつでええ。焦って転ぶほうが、うちにとっては悲しいことなんやから」

「……ありがとうございます、ロキ様」

「よーっし、まだまだ【ロキ・ファミリア】は始まったばっかりや。油断せずに気合入れて明日も頑張るでー!」

「おー!」

 

 右手を挙げながら、二人は着実に長い長い道を登り始める。

 

 いずれ最強と呼ばれるまでの、長く険しい道を。

 

 

 

 

 




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