悪戯の神は希望を拾った   作:乾パン中毒者

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第三話:悪意は唐突に

 剣を振るう。その度にざらついた茶色の皮膚や緑色の皮膚が切り裂かれ、鮮血が舞う。

 

「はぁぁぁっ!」

『グゴァ!?』

『ッギギャ!?』

 

 幅の狭い各通路と連結した、規則正しい正方形構造を持つ広々としたフロア。壁際に追い込まれて窮地に陥らないように細心の注意を払いながら、私は一瞬の隙を見極めて手に持ったブロードソードを振るい、トカゲ型モンスターであるダンジョン・リザードごとゴブリンを両断する。

 

 昨日までは肉を少し深く切り裂くので精一杯だったというのに、更新された【ステイタス】のおかげか昨日の出来事がまるで夢だったかのように軽々と断ち切れるモンスターの肉体。思わず感嘆の声が漏れる程その差は大きかった。

 

 だが油断はしない。堅実に数を減らし続けていると言っても、相手はまだ五匹以上残っている。

 

 まさか移動しながら戦っていたら、移動先で不幸にもモンスターの孵化が起こっていたとは予想外の出来事だった。おかげで現在行き止まりの空間の中でモンスターを大量に相手取ることになってしまっている。

 

 が、そのどれもが低級のモンスター。数は多いが、油断さえしなければ問題はない。

 

「……魔法、試してみよう」

 

 昨日はすっかりその存在を忘却していたが、私は珍しくも神の恩恵(ファルナ)を与えられた時から魔法が発現していたらしい。魔法に精通している種族であるエルフならいざ知らず、ヒューマンでこれはかなり珍しいことらしい。

 

 とにもかくにも、折角魔法が使えるのだから一度は試すべきだ。そう思いながら、私は息を吸って頭の中にある詠唱を口にする。

 

「――――【炎よ、燃え上がれ(プロクス)】!」

 

 超短文詠唱を引き金に、私の中から炎が巻き上がった。

 

 視界を焼くと錯覚しかける高熱が私の全身に纏わりつく。しかし不思議と熱いとは思わないし、直視しても眩しいと思うことは無かった。だがモンスターたちは違うようで、全ての個体が炎を恐れるように後ずさりをしている。

 

 どうやらこの魔法で起こる現象は、術者には影響を及ぼさないようだ。実に便利である。

 

「行くぞ!」

 

 自分の体を炎が包んだことで少しだけ動揺してしまったが、自身にだけ悪影響がないならば話は早い。私は勇ましく笑みを浮かべると、早速モンスターの群れへと一歩踏み出した。

 

 ――――瞬間、予想外の加速。

 

 突然の出来事に驚きながらも、私は強引に体勢を整えながらすれ違いざまにゴブリンを一閃。その胴体が両腕ごと()()()()()()()()()()真っ二つになった。

 

(凄い……!)

 

 両脚で加速の勢いを殺しつつ、再度詠唱。

 

「――――【風よ、舞い上がれ(フルトゥーナ)】!」

 

 身体を包む炎が消え、代わりに目に見えるほどの大気の流れが生まれ始めた。そして試すように私は剣に風を集中的に纏わせ、力いっぱいに横一文字に薙ぐ。

 

 次の瞬間、繰り出される巨大な()()()()がモンスターの群れを襲った。不可視の一撃が高速で迫り、モンスターたちは何が起こったのかもわからない呆けた表情のまま身体を両断され、絶命。

 

 五匹もいたモンスターの群れは、一分も経たずに全滅した。

 

「……わぁ」

 

 それを確認した私は魔法を解除し、感動の声を上げる。先程までチマチマとやっていたのが馬鹿みたいな結果だ。私の思っている以上に、魔法というものは強力な武器だったのだ。

 

 ただし頼り過ぎるのはいけない。魔法は精神力(マインド)を消費して発動するのだが、それは体力と同じで有限だ。使い過ぎれば枯渇し、精神疲弊(マインドダウン)と呼ばれる現象が起こってほぼ確実に気絶する。

 

 ダンジョンの中でそんなことが起こればどうなるのか? ――――余程運が良くなければ、待っているのは確実な死以外あり得ないだろう。

 

 故に乱用するのは控えるべし、と私は浮かれている自分を戒めた。拾ってくれた主神(ロキ)様への恩を返す前に、そんな下らない理由で死ぬつもりはさらさらないのだから。

 

「よしっ、今日は5階層まで潜ってみよう」

 

 全滅させた魔物から魔石を回収し終えて、軽いストレッチを済ませた私はそう呟いた。

 

 現在私の居る階層は4階層だ。主に駆け出しはある程度基本アビリティが成長するまで、ここで地道に経験を積む。それ以上潜るのならば二人か三人程のパーティを組むのが基本だ。

 

 何故5階層の探索はパーティが推奨されるのか。その理由は大きく分けて三つだ。

 

 まず出現するモンスターが変わってくる。カエル型のモンスターであるフロッグ・シューターは今までのモンスターと違いその長い舌を撃ち出すことで中距離攻撃を仕掛けてくる嫌らしいモンスターだ。ゴブリンやコボルトで慣れた冒険者たちがこぞって油断して一方的にやられるのはそう珍しい光景では無い。

 

 そして何よりも迷宮構造の複雑化。地図もなしにうろついた結果長時間迷い続け、疲弊した所をモンスターに襲われてそのまま――――なんて光景も珍しくない。

 

 最後に、モンスターの出現間隔が4階層までとは比べ物にならないほど短い。戦闘が終わったかと思ったら背後の壁からモンスターが生まれてそのまま奇襲されて全滅するなんてことも十分ありうる。

 

 だからこそギルドは普段から集団での探索を推奨している。そもそも迷宮単独探索(ソロ・プレイ)なんてダンジョンを熟知している者からすれば論外なスタイルなのだ。

 何が起こるかわからない場所で、できることが限られている単身で挑むなど。

 

 が、今の【ロキ・ファミリア】は私以外眷属が居ない零細ファミリアである。主神も下界に降り立ってまだ一週間弱なせいで他のファミリアとの伝手も存在せず、他に共に潜ってくれる者を確保できない状況なのだ。

 

 だからこうして限られた人員で最大限の成果を上げられるように努力するしかない。

 

 死なない様に細心の注意を払いながら、着実に少しずつ。

 

 周囲を警戒しながら進むこと一時間、私はようやく5階層にたどり着いた。証拠として外観が薄緑色の壁面に変わり、空気も何処か様変わりしたように感じた。

 

 少し進めば、早速モンスターと遭遇(エンカウント)。見えたのはゴブリンやコボルト、フロッグ・シューターの群れだった。数は全て数えて十体。駆け出しのソロならまず撤退し、パーティでも十全な状況で無ければ撤退を選ぶだろう規模だ。

 

 だが私はその真逆の選択をした。

 

「――――【地よ、震え上がれ(エダフォス)】!」

 

 魔法の詠唱を唱え終えると同時に私はモンスターの群れへと駆ける。体に纏うは魔力で生成された岩石の浮遊装甲。私の襲撃に気付いたフロッグ・シューターがすぐさまこちらへとその長い舌を撃ち出すが、私の周りで浮いている岩石がそれを防いだ。

 

 攻撃を防いだことを確認しながら私は跳躍し、群れの中心部分の地面へと両手に持ったブロードソードを思いっきり叩き付けた。すると突然岩盤が盛り上がり、岩石で出来た巨大な棘がモンスターの群れを襲う。

 

『ィイア!?』

『グギャア!?』

「――――【水よ、噴き上がれ(プリミラ)】!」

 

 私の周りで浮いていた岩石が崩れ落ち、それを補うが如く水の塊が幾つも生み出された。それを私は手に持った剣に纏わせると、全力で地面へと突き出す。

 

 剣が地面に刺さると同時に剣に纏わりついていた水が地面へと伝播し、水圧の刃が形成されて周囲のモンスターへ襲い掛かる。突然の急襲に未だ対応することもできないままのモンスターたちは哀れにも全員高圧の水刃に体を切り裂かれて、そのまま絶命した。

 

 5階層における初めての戦闘。間違いなく快勝だった。

 

「っ――――」

 

 だが気を抜く前に、周囲の壁からひび割れが発生し始めた。その小さな隙間から這い出てくるのは、ゴブリンなどのモンスターの腕や足。所謂モンスターの孵化である。

 

 初めて見る光景に息を呑みながら、私は剣を構え直した。

 

 今日はとことんこの階層で暴れさせてもらおう。

 

 

「はぁぁぁぁぁぁぁああああっ!!!」

 

 

 雄たけびを上げながら、私は剣を振るい続ける。己を救ってくれた神様への恩返しのために。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「5階層ぉぉぉぉ~~~~~!?!?」

「ひぃぃぃぃぃっ!?」

 

 ギルドの中で怨念の籠った怒号と少女の怯えた悲鳴が同時に響き渡る。

 

 あの後数時間にわたり5階層の探索を続けた私は魔石入れの袋がパンパンになったのを期に、その日の探索を切り上げギルド本部へと凱旋した。そして昨日の数倍の稼ぎでルンルン気分になりながら、己の専属アドバイサーへと近況報告をしに行ったのだが――――この様である。

 

「昨日私言ったよねぇ? 危なくなったらすぐに逃げるって。死んだら元も子もないって。君は5階層がどれだけ危険な場所かわかっててそんな無茶をしたのかな?」

「い、いえ、別に危険じゃなかったし……まだ余裕があるから大丈夫かなと……」

「そうやって慢心する人から死んでいくの! いい? 今の貴方は武器は貧弱、防具も着けていないの。もし異常事態(イレギュラー)が発生して下層から危険なモンスターが上がってきて、攻撃をモロに受けたら死んじゃうんだよ? 怖くないの?」

「怖くない、訳じゃありませんけど……」

 

 言葉を濁しながら、わたしはたどたどしい調子で返答をしていく。

 

 確かに武器はギルド配給の最弱級。防具も稼ぎの問題で購入すらできない始末だ。だが私だって好きでこんな状態で居るわけじゃない。お金がないから装備もろくに買えず、人手が居ないから安全な方法を取ることが出来ないのだ。

 

 かと言って1、2階層では私の力を大きく持て余してしまうし、最弱級のモンスターをいくら殺したところで稼ぎは微々たるものである、ならば多少深く潜るのは仕方ないことなのでは――――と受付嬢さんに言った瞬間、とてもとてもいい笑顔を私へプレゼントしてくれた。

 

 ただし目は笑っていなかったが。

 

「ねぇ、アイリスちゃんって冒険者になってまだ二日目だよね?」

「え、あ、はい」

「普通そのくらいの冒険者は1階層か2階層で少しずつ経験を積み重ねるの。理由はわかるよね?」

「えっと、装備を整えるお金や冒険者としてのスキルを整えるためです……」

「そうなの。でもアイリスちゃんは何でか、装備も、スキルも整ってないまま5階層まで行ったの。これって普通は”とっても危険な事”なの。わかるよね?」

「アッハイ」

「……で、私の言いたい事はわかるかな?」

「暫くは4階層から下には潜らないようにします。ハイ」

「よろしい」

 

 般若の如きオーラを背から出しながら、とても優しい声で強迫を行う受付嬢さんはモンスターの群れより遥かに恐ろしく感じた。実際後ろで何やら騒いでいた冒険者たちは全員無言になっており、受付嬢の後ろを通るギルド職員も心なしか彼女の近くでは早足になっている。

 

 実はギルドの隠れた実力者とかだったりしないかな、この人。

 

「とにかく、ちゃんと装備を整えるまで5階層まで行くことは禁止します。言いつけを破ったら……ちょーっとだけ一緒に”お勉強”しましょうね?」

「は、はいぃ……!」

 

 その言葉を最後に恐怖の面談は終わった。モンスターと戦闘するより受付嬢さんを相手にする方がよっぽど怖いってどういうことなんだ。

 

 すっかり張り詰めた肩をほぐしながら、私はバベルの外に出てオラリオを赤く照らしている夕日を見上げる。

 

 朝早く潜ったにも関わらず、もうこんなに時間が経っているとは。ダンジョンに居ると時間間隔は麻痺しやすくて参ってしまう。早く帰らないとロキ様に心配されそうなので、私は今日の稼ぎを手にしながら帰路に着いた。

 

「…………?」

 

 そうして数分間歩いていると、何か違和感を感じる。いや、これは視線か?

 

 足を止めて振り返ったが、そこにあるのは変わらず大通りを歩いている人々の姿。こちらを見ている人は確認できる限り誰もいなかった。少し考えて、気のせいかと片づける。

 

 そしてまた歩き出そうとして――――路地裏から伸ばされた手に肩を掴まれた。

 

「え?」

 

 勢いよく私の体は路地裏に引っ張られ、地面へと放り投げられた。だが私の頭は状況が全く理解出来ず、抵抗らしい行動もできないまま自分に狼藉を働いた者の顔を見上げるしかなかった。

 

「おう、お嬢ちゃん。今日は随分稼いだみたいだな。で、ものは相談なんだが、おじちゃんにその袋を貸してくれねぇかな」

「な、ぁ」

「今おじちゃんちょーっとばっかり金が無くてな? そんなおじちゃんにお金を貸してくれると助かるんだわ。あ、勿論ちゃんと返すぞ? ……いつか、な」

 

 ガシリと、黒い髪をオールバックにした、左頬の裂けた恐ろしい風貌の中年の男が、今日稼いだヴァリスの入った袋を鷲掴みにする。

 

 そしてようやく私は目の前の男が自分に何をしようとしているのかを理解した。それは強制的な金銭搾取。カツアゲと呼ばれる行為そのものだった。

 

 思わず男の両手を掴んで抵抗しようとするが――――次の瞬間、頬に男の裏拳が叩き込まれる。

 

「っぁ――――」

 

 呻き声を上げることすら叶わず、私の体は路地裏の奥を転がった。腰にあった袋は、既に男の手の中に。

 

「ったく、大人しくしていりゃこっちも手を出さなかったのによぉ。子供は大人しく大人の言うことを聞いてりゃいいんだよ」

「お、団長! またカツアゲですか?」

「馬鹿野郎。俺はちょっと”借りてる”だけだ。ちゃんと返すさ」

「そう言って返したこと一度も無いじゃないっすか」

「そりゃあ何時返すとは言って無いからな。こういうのは、奪われる奴が悪いんだよ」

 

 茫然とする私を尻目に、ガラの悪い男たちはそのまま立ち去ろうとする。その様子を見て、私の中で憤怒の炎が上がった。

 

「待てっ! 返せっ!!」

「――――うるせぇなこのガキがッ!!」

 

 今出せる全速力で男に飛びつこうとして、だけど男はその太い腕を振るい私の鳩尾に正確な一撃を叩きこんで吹き飛ばし返した。

 

 何度も地面に叩き付けられて肺から空気が吐き出され、乾いた咳だけが出てくる。何度も制止の声を出そうとして、だけど終ぞその声がでることは無かった。

 

 気づいた時には男たちの姿はもう無く、身体を震わせる小娘一人が路地裏で座り込んでいる。

 

「っぐ、ぅぅ…………っ!」

 

 初めて、人の悪意をこの身で受けた。

 

 自分の体を精一杯動かして、ようやく稼いだお金をまともに抵抗することもできずに奪われた。

 

 何故、どうして。そんな弱音が私の頭の中で反響する。その度に私の両頬を温かい水が流れ落ちる。両拳を痛むくらい強く握りしめる。嗚咽が口から漏れそうなのを必死にこらえる。

 

 まだ、駄目だ。

 

 まだ、始まったばかりなのだ。

 

 まだ、恩を返しきれていない。

 

 此処で私が折れるわけにはいかない。こんな所で一人惨めに立ち尽くしているわけにはいかない。あの優しい神様の期待に応えるためにも、立ち上がらねばならない――――。

 

「私、はっ――――まだ、終われないッ……!!」

 

 震える両脚で立ち上がり、路地裏を抜けて再度バベルの方へと足を踏み出す。

 

 奪われたなら、その分また稼げばいい。今の私には、それくらいしかできないのだから。

 

 崩れそうな心を保ちながら、私はまた迷宮に挑む。

 

 世界の悪意に、抗うために。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「遅い」

 

 自分の借りている部屋に立て掛けられた時計の針を見て、ロキは苛立ちを隠しもしないドスの利いた声音で呟いた。微かに神威が漏れ出ているのではないかというほど歪められた怒りと不安の形相。時計の針が刻む無機質な音が彼女の心境を無視して苛立ちを加速させていく。

 

 時計の指している時刻は午前三時。既に深夜帯であり、未だ己の眷属は帰還していない。

 明らかに何か異常事態が起こっているとロキは断じ、もう看過できなくなってボロい上着を着て近辺を散策したのがおよそ三時間前の出来事だった。

 

 収穫はゼロ。少女の影も形も見当たらない。故にロキは殺気に似た何かを遠慮なく周囲に振りまいている有様。先程一度だけ隣の宿泊客が文句を言いに来たが、ロキは一睨みで追い返した。

 

 今の彼女は触れれば切れるナイフ。かつての悪神の如き心が形成されかけ――――一度深いため息を吐いて気を取り直す。

 

「一体どこ行ったんや……?」

 

 何か面倒事に巻き込まれたのはほぼ確実だろう。でなければまだ(外見は)幼い彼女が深夜になっても帰ってこないなんてことはありえない。まさか面倒な事件や変なファミリアの勧誘に巻き込まれているのでは、というところまで想像し、居ても立ってもいられなくなったロキはもう一度探索に行くことを決意する。

 

 そしてドアノブを捻ろうとして、不意にノックが聞こえてその手が止まる。

 

 またクレームかいなと思いながらロキは怒りの表情のままドアを強く開いて――――ボロボロになった自分の眷属(アイリス)を見て、絶句した。

 

「ア、アイリスたん……?」

「ロキ様……すみません、遅れ、ました……ちゃんと、お金――――」

 

 その言葉を最後に、アイリスは瞼を閉じてそのまま崩れ落ちる。咄嗟に自身の胸で抱きとめるロキだったが、やはりその顔からは動揺の色が抜けきっていなかった。

 

 血と土塗れの、さながら雑巾としか言えない衣服。全身に刻まれた裂傷と打撲の数々。赤黒く固まった血液や青く腫れ上がった肌が思わず目を覆いたくなる惨状だ。更に背負っていたブロードソードは倒れ掛かった際に床に転げ落ち、鞘から飛び出て欠損だらけの刀身を見せてくる。

 

 一体どんな戦い方を、どれだけ戦い続ければこの様な惨状になるのか。

 

 歯噛みしながらロキはいつものスケベ心を無にしながらアイリスの衣服を引き千切り、シャワーで全身を軽く洗い流す。そして可能な限り綺麗に水を拭き取ってからベッドへと寝かし、薬箱から傷薬や包帯をありったけ取り出して彼女の治療を始めた。

 

「ああもう! なんやねんもう!」

 

 何故アイリスがこんな事になっているのかはわからない。だが怪我の様子から察するに恐らくダンジョンで負った傷だろう。

 

 ロキは今朝直感的に理解していた。彼女の実力ならば初心者のボーダーラインと呼ばれる4階層までならほぼ無傷で済むだろうと。ならばこの傷は5階層以下にまで潜って負った傷なのか? 様々な推測が頭の中で飛び交うが、情報が不足している以上どれも断言はできない。

 

 とにかくロキはアイリスが気が付いたら説教する気満々であった。

 

「こんな無茶されても全然嬉しくないっちゅーに……」

 

 一通りの治療が終わり、ロキはベッドで寝ているアイリスに毛布を掛けて椅子に腰かけた。

 

 そして、彼女が手にしていた麻袋を机の上に広げて中身を見てみる。

 

「……五〇〇〇ヴァリス、やな」

 

 おかしい、とロキは思った。

 

 あれだけの傷を負う戦闘を行って、たったの五〇〇〇ヴァリス? 自分の目が鈍ったのか? いいや、そんなことは有りえないとロキは断ずる。何億年も生きてきた中で彼女の観察眼が鈍ったことなど一度もなかった。

 

 ならば何故なのか。何処かで浪費したのか、誰かに与えたのか。確かにそのような理由であればもう一度ダンジョンに潜って稼ぎ直したのかもしれない。だが彼女がそんな理由で、こんな大怪我を負うまで戦い続けるか?

 

 否、とロキは結論付けた。そんな理由ならば、彼女は自身に申し訳なさそうに報告して終わりだ。

 

 にもかかわらずこんな無茶を行ったのは何故か。与えたでも、使ったでもない。ならば――――

 

「…………なぁるほど、そういう事かいな」

 

 奪われた。

 

 オラリオは世界中から様々な人々が集まる。当然ガラの悪いゴロツキも例外では無い。故に世界的に見ればオラリオは決して治安のいい街とは呼べない。

 無論、ギルドも違法行為に対しては目を光らせているし、一部のファミリアは純粋な正義感によって憲兵のような役割を買って出ている。だがやはり、悪どいことをする輩は必ず現れるものだ。

 

 ここオラリオでは窃盗など日常茶飯事だし、恐喝、買収、賄賂等々、探そうと思えば不正行為や犯罪行為など山の様に出てくるだろう。しかしロキはそれらを責めるつもりなど一切なかった。どこぞの誰かがそんな下らないことをしていようが彼女にとっては微塵も興味の無い出来事なのだから。

 

 

 問題は、自分の眷属(所有物)に手を出したという事である。

 

 

 詳しくはアイリスから根掘り葉掘り聞き出すつもりだが、ほぼ確信の域に至ったロキは胸の中でドス黒い殺意を渦巻かせて、己の可愛い子供に手を出したファミリアに大して憎悪を迸らせた。

 

「覚悟せぇよ……絶対に後悔させたるわ……!!」

 

 悪戯の神は、暗闇の中で静かに嗤った。

 

 

 

 

 




お金をぶら下げてる年端もいかない少女が一人歩いてたら、多少治安の悪い町ならこうなるよねって話。
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