悪戯の神は希望を拾った   作:乾パン中毒者

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第七話:魔竜征伐

 モンスターは稀に魔石を食すことで冒険者が【ステイタス】を更新するように、その能力が大きく変化する場合がある。ゴブリンやコボルドのような格下モンスターの魔石ならばほぼ変化は無いが(同種が食らうならまた別の話になるが)、仮に何らかの要因で自身と同格かそれ以上のモンスターの魔石を食らった場合、その基礎能力は大きく跳ねあがる。

 

 冒険者たちはその変化したモンスターを総称して”強化種”と呼んでいる。

 

 強化種は通常個体と比べて基礎能力だけでなく行動パターンも大きく変化している。まるで()()()()()()()()()()()()()()()。故にその危険度は元の個体と比べ物にならず、酷い場合は大規模な討伐隊が組まれる程だ。

 

 そして目の前に居るのは、インファント・ドラゴンの強化種。

 

 上層の階層主とまで言われるその小竜は元の姿と比べて二倍近い巨体へと変貌し、琥珀色だった鱗も鮮血の様に赤く変色している。何より特徴的なのは、身体の表面を血液の様に迸っている赤黒い魔力の流れ。

 

 推定Lv.2以上。駆け出し(Lv.1)が相手にするには絶望的過ぎる魔竜は、矮小な冒険者たちを嘲笑うように唸り声を上げる。

 

「っ、ぁ、あぁ……」

『オォォオオォオォオオオオ――――ッ!!!』

 

 後ろの冒険者たちの様に、理解を超えた現実に硬直してしまう私の体。本能が叫ぶ絶叫に反して、身体は全く動かない。恐らくこの現象は強制停止(リストレイト)。相手に一切の行動を許さない強者にのみ許された王者の一喝。

 

 Lv.2ならば抵抗出来たかもしれないが、此処に存在する冒険者は全員Lv.1。抗える道理など無く、インファント・ドラゴンは笑みの様な物を浮かべながらその体を大きく振り、長大な尻尾で私を含む冒険者の一団を無慈悲に薙ぎ払おうとした。

 

「ッ――――【地よ、震え上がれ(エダフォォォォォォス)】!!」

 

 その尻尾がこちらへと当たる前に辛うじて復帰に成功した私は完全に己の直感に任せて動いた。超短文詠唱を唱えて岩石を召喚し、それを手に纏わせて地面に叩き付ける。

 

 直後、厚さ二十Cもの分厚い石の壁が眼前に生成される。インファント・ドラゴンの尻尾による薙ぎ払いはその壁に直撃し――――しかしその勢いを殺し切ること叶わず壁は破壊され、地面を抉りながら私たちは全員纏めて尻尾に殴り飛ばされた。

 

 身体から聞いたことも無いような、何かが()()()音が響く。

 

「がふっ……!?」

 

 激痛と共に地面を転がる。どうにか上体を起こそうとするが、左胸から貫くような痛みが走ってその邪魔をする。これは、間違いなく肋骨が折れた。

 

 だがこれはむしろ幸運と言える。肋骨一本程度ならまだ戦うことはできるし、何より咄嗟に壁を作らなければこの程度のダメージでは済まなかった。

 

 後ろを見れば冒険者の一団も復帰不可能なダメージは負っていないらしく、全員フラフラと立ち上がり始めている。

 

「みんなっ、逃げて! 私たちじゃ敵わない!」

「わかってる! おいお前ら、早く撤退を――――」

 

 アレは無理だ。一匹目のインファント・ドラゴンは不意打ちに近い形で倒せたものの、こいつは格が違う上に正面から相対することを余儀なくされる。勝ち目は限りなく低い。故に私は戦闘継続か即時撤退かの二択を突きつけられ、ノータイムで撤退を選んだ。

 

 そしてその選択は全く間違っていなかった。

 

 間違っていたとしたら――――私たちは、強化種という存在を侮っていたことだろうか。

 

 

『ウォォォオオォォオォォオオオオオオオ――――ッ!!』

 

 

 咆哮と共にインファント・ドラゴンはその大きな口腔を限界まで開いた。瞬間、その口内で膨大な魔力が収束し始め、やがて炎熱へと変換されていく。

 

 まさか。

 

 そう思った直後に、ソレは放たれる。

 

 高圧縮の炎の塊が大砲から撃ち出される砲弾の如く、凄まじい速度で私たちが向かおうとしたルームの出入り口の天井へ直撃。盛大な破砕音をまき散らしながら天井は崩壊し――――出入り口は崩落する岩盤の山で埋められてしまった。

 

 全員が、言葉を失う。

 

 何故か。

 

 出入り口は塞がれてしまったが、別に脱出口は此処一つでは無い。もう一つ、ある。

 

 ただしその前にインファント・ドラゴン(絶望)が立ちはだかっているという最大の問題が存在するのだが。

 

「なんっ、なんだよ……っ!!」

 

 誰かが零した言葉は全員の心を代弁するものだった。

 

 当然だ。確かにインファント・ドラゴンは竜種に類するものではあるので、炎も吐けるだろう。だが決して迷宮の一部を大きく崩落させるような威力では無かったはずだ。モンスターが生まれたばかりで穴だらけになっているならともかく、健常な迷宮の壁を此処まで破壊できる威力なんて上層にいるモンスターではまずあり得ない。

 

 だが、目の前で起こった現象は紛れも無い現実だった。現に先程まで無事であった出入り口は見事に塞がれてしまっている。これではもう逃げることはできない。

 

 そうやって狼狽える私たちを見て、あの強化種(理不尽)は嗤うように唸り声を漏らした。

 

「っ…………!!」

 

 唇を噛みながら、手から零れそうな《アグノス・ソード》を構え直す。

 

 やるしかない。

 

 生き残るには――――あの魔竜(インファント・ドラゴン)を倒すしかない。もはや、それ以外に道はなく、もう一つの死を受け入れるという選択は断固として御免だった。

 

 

「全員っ――――構えろぉぉぉぉおおおおおおおッ!!!」

 

 

 周囲に満ちる恐怖を吹き飛ばしたい一心で、私は腹の底から鼓舞するように叫んだ。

 

 私一人では無理だ。ならば後ろにいる彼らの手を借りる他ない。冒険者は迷宮内では互いに不干渉という暗黙の了承(ルール)があるが、今はそんなもの糞くらえだ。一人でも多く生き残るために嫌でも協力してもらう。

 

「どんな手段でも構いません! あのインファント・ドラゴンの動きを止めてください! その隙に最速の一撃を急所に叩き込みます!!」

「む、無茶だ! できるわけない!!」

「できなければ死ぬんです! 選んでください、戦って勝つか、何もせずに死ぬか!」

「っ……!」

 

 私の言葉に全員が息を飲んだ。迷っているのだろう、アレに立ち向かうことに。

 

 気持ちは、わかる。私も怖い。逃げたいさ。だけど、それでも――――約束したんだ。

 

 

 生きて帰るって。

 

 

『ヴォォォォオオォォオォオオオオォオォオオオオッ!!!』

 

 

 インファント・ドラゴンが咆える。そしてその太く強靭な四肢を動かして移動を始めた。その様はさながら自走する小山だ。ぶつかれば一溜りもないだろう。

 

 そして竜は跳躍し――――その前脚を大きく振りかぶった。

 

「避けろぉぉぉぉッ!」

 

 後ろからの声に応えて私は全力で側面へと飛び込んだ。直後背後から爆弾が爆発したような破砕音が轟き、私の背中へと石つぶてが幾つか叩き込まれる。背中からミシリと嫌な音がしたが、まだ許容範囲だ。

 

 地面を転がって素早く立ち上がり、私はインファント・ドラゴンを睨みつける。

 

 顎の下、一つだけ逆さに生えた鱗。逆鱗。巨竜の持つ唯一の弱点。

 

 アレさえ突ければ――――。

 

「っ――――!!」

 

 すぐさまインファント・ドラゴンはもう一方の前足を振り上げて、私の方へと振り下ろしてきた。回避は体勢を整えたばかりで間に合わない。私は回避を捨てて防御を選び取り、力を纏わせた手を地面へと打ち付けて隆起する岩を私を包む殻の様に形成し、すぐに《アグノス・ソード》の腹に手を添えて盾の様に構える。

 

 瞬間、衝撃。

 

 岩の殻を悠々と貫通したインファント・ドラゴンの手は《アグノス・ソード》と衝突した瞬間小さなクレーターを形成。そのあまりの威力に両手が悲鳴を上げて、抵抗空しく片膝が地面に突く。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああっ……!!」

 

 インファント・ドラゴンは私の悲鳴が面白いのか、まるで搾り取るようにゆっくりとその手に加える力を増していく。その度に地面の罅が広がり、私の全身が絶え間なく悲鳴を上げ続けた。

 

 まず、このままだと、死――――。

 

 

「――――【アイシクル・バースト】ォッ!!」

 

 

 強烈な冷気の爆発が起こる。

 

 思わず声のした方向に目を向ければ、名も知らぬエルフの女性が震えながらも杖を構えていた。彼女は、勇気を振り絞ってこの魔竜に立ち向かうことを決意したのか。

 

 おかげでインファント・ドラゴンの注意が私から逸れて力が緩む。その隙を逃さず全力でインファント・ドラゴンの手を弾き飛ばそうとして――――煩わしい虫を払うように吹き飛ばされた。

 

「ぁ――――」

 

 宙を舞い、地を転がる。幸いだったのは吹き飛ばされた方向が冒険者たちの居る方向だったことか。おかげで分断されて孤立せずに済んだ。

 

「立てお前ら! こんな小さな子供が戦ってるんだ……俺たちが諦めてどうする!」

「そうだ……俺はこんな所で死にたくない!!」

「どんな手段を使ってでもいい! あのモンスターの足止めを!」

 

 一人の勇気が伝播するように、やがて冒険者全体へと広がる。

 

 (希望)が、届いた。

 

「総員、魔剣用意!! 【()()()()()()()()()】の意地を見せろォ!!」

「【()()()()()()()()】の底力を舐めるなぁッ!!」

 

 倒れた身体を、《アグノス・ソード》を杖代わりにして立ち上がる。不思議と、彼らの声を聞くと力が湧いてくる。希望が満ちるたびに喜びがあふれてくる。たとえ絶体絶命の窮地に陥っているとしても――――勝てる可能性が残っているのならば、私は諦めない。

 

 

 ――――【■■■■■■】。

 

 

「え……?」

 

 頭の中で何かのスイッチが入ったような、おかしな感覚が生じた。

 

 何が起こったのかはわからない。だが身体の奥底から何かが湧いてくる。これは……力? それが全身に染みわたるようで、不思議な気分になる。

 

 ただ、今言えることは一つだけだ。

 

 

 これなら、()()()

 

 

「【慈悲無き冷気よ、命を摘む極寒の風よ。今こそ敵を凍てつかせ給え――――】」

「【罪人を戒めるために現れる黒曜の鎖。悪しき物を縛り付け、頭を垂れさせよ――――】」

 

 

 二つのファミリアの魔法使いらしきエルフたちが詠唱を始めた。それを察知したのかインファント・ドラゴンは雄たけびを上げながらまたもや口を大きく開く。

 

 

『オオォォオオォオオォオォオオオオオオオオ――――ッ!!!』

 

 

 咆哮と共に畜力(チャージ)される業焔の塊。衝突すれば冒険者の群れなど一瞬で蒸発するだろうその攻撃に魔法使いたちは悲鳴を上げそうになるが、盾を構えた冒険者たちが前に出てくることで恐慌は避けられる。

 

 撃ち出される炎の塊。悍ましく揺らめきながら迫るソレは、明らかに駆け出し(Lv.1)の扱う盾程度では防ぎきれない代物。

 

 だが――――その威力を減衰させる方法は、ある。

 

 

「――――【水よ、噴き上がれ(プリミラ)】ァァァァァァァァッ!!!」

 

 

 私の叫びと共に盾を構えた冒険者たちの前に水の壁が展開された。

 

 インファント・ドラゴンへ突撃するための余力を残しながらも、可能な限り最大限の出力で作り出した冷たい水の装甲。それは竜の吐いた炎弾とぶつかり、水分の大半を蒸発させながらその火力を大きく減衰させることに成功する。

 

 貫通した炎が盾にぶつかる。元の威力を保っていれば容易く消し炭にして有り余る威力だったのだろうが、水の壁でその勢いのほとんどを殺された炎弾は冒険者たちの構えた盾で十分に防ぎ切れるレベルまで劣化していた。

 

 攻撃を防ぎ切った。同時に魔法使いの詠唱が完了する。

 

 

「【アイシクル・バースト】!!」

「【バインド・オーダー】!!」

 

 

 二重に展開された魔法円(マジックサークル)の中で冷気の爆発が起こり、直後に無数の黒い鎖がインファント・ドラゴンの全身を縛り付けた。火炎放射という大技を使った直後のインファント・ドラゴンに回避する暇は無く、冷気によって身体の機能を低下させられ、無慈悲に全身を拘束されたのだ。

 

 そして魔竜は今、完全に身動きが取れない状態に陥った。

 

 これが最初にして最後のチャンスだ。

 

 

「――――全員下がれぇぇぇぇぇええええええええッ!!!」

 

 

 絶叫、そして、疾駆する。

 

「【風よ、舞い上がれ(フルトゥーナ)】ァァァァァァァアアアアアッ!!!」

 

 轟嵐を纏っての超加速。Lv.1では捉えることすらできない超絶的な速度で私は魔竜へと突撃する。巻き起こる強風で進路上にある全ての障害物を破壊しながらルームを駆け抜ける。

 

 

『オォォォオオオォォオオオォオオオオオオオオオオオ!!!!』

 

 

 ようやく自分の命が刈り取られる恐怖を感じ始めたのか、インファント・ドラゴンが全力で身を捩り始めた。その結果起こったのは鎖の一部を破壊しての腕の振り上げ。マズイ、これでは――――。

 

「撃てぇぇぇぇぇぇええええッ!!!」

 

 背後から幾つもの魔力の奔流が飛び出し、振り上げられたインファント・ドラゴンの腕を弾き飛ばした。

 

 一瞬だけ背後を見れば、何人もの冒険者が魔剣――――魔法が込められた剣を手に、私を見つめていた。

 

 そして口が動いた。――――行け、と。

 

 視線を魔竜に戻して、私は跳躍した。風の弾丸となった私は《アグノス・ソード》を限界まで引き絞り、加速のままその剣の切っ先を――――魔竜の逆鱗に、叩き込んだ。

 

 だが、まだ終わらない。こいつが絶命する最後の一手を私は切った。

 

 

「――――【炎よ、燃え上がれ(プロクス)】ゥゥゥウウウウウッ!!!!」

『ガァァァアアァアァアァアアアアアアアアァアアッ!?!?』

 

 

 全身から炎が迸り、それが《アグノス・ソード》へ収束し――――魔竜の体内で炎熱の奔流は炸裂した。

 

 内からの爆発。どれだけ頑丈な表皮や鱗を持っていたとしても、身体の内側からの爆発を防ぐ術など存在しない。そして《アグノス・ソード》が突き刺したのは逆鱗の奥。即ち()()である。

 

 動脈の中で起こった超高温の爆発。刃伝いに炸裂した炎が血管の中で荒れ狂い、それでもわずかな抵抗を試みるインファント・ドラゴンだったが――――機能不全となった脳が、その巨体からすべての力を奪う方が早かった。

 

 その巨大な眼から光が消える。

 

 噴き出した血液で滑り、《アグノス・ソード》の刃が竜の体から滑り落ちて私の体は地面に落ちた。ほぼ同時に、インファント・ドラゴンの巨体が倒れる。その様を誰もが無言で見つめ、大きな地響きが起こっても誰も言葉を発することができずにいた。

 

 ……ようやく、静寂が訪れる。

 

 絶望が、切り裂かれた。

 

 

「い――――よっしゃぁぁぁぁぁぁあああああああああ!!!!」

 

 

 その声を起爆剤に、冒険者たちは歓喜の声を上げた。理不尽とも言える脅威を退け、生き残れたことに多大な感謝を捧げた。諸手を挙げ、互いに抱き付き合い、涙を浮かべて喜び合う。

 

 できれば私もそれに混ざりたかったが……残念ながら、もう意識が持たない。

 

 精神疲弊(マインドダウン)。文字通り全ての精神をつぎ込んだ一撃を放ったせいで、意識を保つことすら難しくなっている。願わくばあの冒険者たちが私を地上に連れ出してくれることを祈りながら、私は瞼を閉じた。

 

 少し、疲れてしまった。

 

 

 ちょっとだけ、寝よう――――。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 壁に立てかけられた時計が夜の十時を刻むのを見て、アイナは手に持った書類の束を机に叩いて整えながら、ぐぐーっと背伸びをする。

 最近色々とゴタゴタしているせいか身体に疲れが溜まっているようで、もう書類を数えるのも疲れてきたため息を吐きながら荷物をまとめて同僚への挨拶を済ませてからギルド本部を出た。

 

 陽は既に沈み、暗闇の中で真っ白な月が空に輝いている。

 

「……アイリスちゃん、大丈夫かな」

 

 自身が専属のアドバイサーとして付いている冒険者の少女、アイリスについてアイナは思いを馳せた。

 

 今日から本格的に遅くまで潜ると言っていたが、まさか今もまだダンジョンの中にいるのではないか? そう思うと沈鬱とした気分が彼女の中で広がった。朝では非常事態であることとロキの決死の説得によって12階層まで潜る許可を出したものの、やはり少女に茨の道に進み出す後押しをしてしまったという罪悪感が渦巻いているのか。

 

「こういう事態にならないための大人なのにね……」

 

 ギルドは冒険者やファミリアの管理をしているが、その自由意思までは縛れないし、何より中立の立場だ。片方がどれだけ凶悪だろうと、片方がどれだけ善良であろうと、どちらかに肩入れすることは許されないのだ。

 

 それはギルドが設立された千年前からの鉄則であり、個人の意思で曲げられる物では無い。

 

 どれだけ一人で頑張っている少女を助けたいと思っても、アイナ個人でできることなんて高が知れている。かと言って職員としての権限を濫用するわけにもいかない。

 

 深い、深いため息が彼女の口から漏れた。

 

「あ」

 

 顔を上げれば、いつの間にかアイナはバベルの前まで来てしまっていた。考え事をしながら歩いていたせいで、体が勝手に此処まで歩いてきてしまったらしい。

 

 一応、彼女の住宅がある北のメインストリートに通ずる場所ではあるのだが……アイナは苦笑いをしながら、軽くバベルの中を見て回ることにする。

 

 もしかしたら、あの少女が中にいるかもしれないと思って。

 

「……うん、もし会えたらご飯でも買ってあげよう!」

 

 励ましの言葉や、こんな物しか買ってあげられないけど、それでも個人として全力で彼女を応援しようとアイナは既に決めている。彼女の中ではもうアイリスは世話のかかる妹の様な存在になっていた。

 

 実際アイリスの方もアイナの事を怖い姉のようだと思っていたりする。

 

 バベルの門をくぐり、深夜近くになっても未だ活気が消えない巨塔の中を見渡す。

 

 しかし目当ての少女は見当たらない。まあ、そう都合よく見つかるわけがないよね、とアイナは苦笑しながらバベルの中を通り過ぎて北のメインストリートへと繋がる門を潜ろうとして――――

 

「――――おい急げ! ちゃんと息はしてるよな!?」

「安心しろって。ただの精神疲弊(マインドダウン)だ。大きな怪我も見当たらないから死んだりしねぇよ」

「いいから早くしなさい男ども! 助けられた恩くらいキビキビ返しなさい!」

 

 そんな、やけにはっきりと聞こえる声に思わずアイナは振り向いた。

 

 そして――――冒険者の集団が、よく見知った顔の少女を抱えているのを見つける。そこからのアイナの行動は早かった。

 

「あっ、あの!」

「あん……? なんでギルドの職員が……」

「こ、この子のアドバイサーなんです! 一体何があったんですか!?」

 

 よく見れば少女、アイリスの顔色は酷く悪いものだった。息こそしているもののかなり弱っており、今にも死にそうな様子である。そしてアイナはこの現象を知っている。

 

 精神枯渇(マインドゼロ)。文字通り、全ての精神力(マインド)を絞り切った状態。治療をせずに放っておけばそのまま衰弱死しかねない危険な状態である。

 

「その、詳細は省くけど、私たちがインファント・ドラゴン二体に襲われて」

「……は?」

「一体はこの子が倒したんだけど、もう片方の一体が倒したインファント・ドラゴンの魔石を摂取して強化種になって」

「……ん?」

「その場にあった全戦力でこれを倒したんだけど、この子が無理をし過ぎて倒れて。ポーションの類はもう無いから、早く治療するために急いで地上に出てきたのだけれど……」

「んんん???」

 

 アイナは頭がどうにかなりそうだった(三回目)。

 

 インファント・ドラゴンの二体同時遭遇は、まあいいだろう。前例が無いわけでは無いし、運が悪ければ十分あり得ることだ。

 

 そしてインファント・ドラゴンの強化種。これも許容範囲だ。強化種になるモンスターに制限など無いのだから。起これば最悪の事態だが。

 

 で――――それを倒した? この少女が? 上層の階層主と呼ばれる小竜の一匹を倒し、剰え強化された個体まで?

 

 口から泡を吹いて倒れそうになる衝動を限界まで抑えつけながら、アイナはかぶりを振る。こんな事で驚いてる場合じゃない。一刻も早くアイリスを治癒施設へと運ばねばならない。

 

「っ……こちらです! 急いでください!」

 

 バベル中央の魔石昇降機(エレベーター)に乗ってアイナたちは塔を登った。公共用の医療施設まで運ぶために。

 

 昇っている最中に、アイナはヒューマンの男性の腕の中で眠っている少女の頬を撫でる。

 

 

「……ちゃんと、約束守ってくれたんだね」

 

 

 色々言いたいことはあるが、それでもまず彼女は彼女の帰還を祝福した。

 

 心なしか、少女が笑みを浮かべたような気がした。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 意識が、起き始める。

 

 瞼の僅かな隙間から差し込む光に気付いて、少しずつ目を見開いていくと、見覚えのない天井がまず見えた。白く清潔な石の天井。そして窓から差し込む陽日。ふかふかのベッドと枕。

 

 上体を起こせば身体にかかっていた毛布が崩れ落ち、自分が今アーマードレスではなく、無地の患者衣を着ていることに気付いた。そしてやっと、自分が今いる場所が病室だと気づく。

 

「確か、私は……インファント・ドラゴンを倒して……」

 

 そこから記憶が途切れている。自力で此処まで来た覚えがない、という事はあの冒険者の一団がちゃんと私を地上まで運んでくれた、という事か。

 

 感謝しなければ。

 

 そう考えた矢先、ガチャリとドアノブが鳴る。看護師でも訪れたのかと顔を上げてみれば、見えたのは朱色の髪と細目を持つ、よく見知った顔だった。

 

「……ロキ様?」

「ん? ……あぁぁぁぁぁぁやっと起きたぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 そんな絶叫を挙げながらロキ様が飛びついてきた。もう慣れたので私も手を広げて抱きとめる。

 

 途端に、私の中で安心感が広がった。――――ああ、帰ってこれた。

 

「ホンッッット心配したんやからなぁ! 何でインファント・ドラゴンの群れに突っ込むなんて無茶したんや! そんなやられてうちが喜ぶとでも思ったんかいな!?」

「……ごめんなさい。でも、見捨てられなくて……」

「はぁぁぁ……優しすぎるのも難点やなぁ……」

 

 正直、自分でもおかしな行動に走ったとは思う。頭では無茶無謀とわかっていた。だけど、今はもう居ないあの冒険者の目が、助けを請う意思を見たら、居ても立ってもいられなかったのだ。

 

 絶望している彼らに、希望を与えたかった。

 

「ま、大きな怪我は無いようやし、今回は許したる。むしろゼウスとヘラのジジババに恩を一つ売れたってだけでお釣りが来るわ!」

「……? あの、ロキ様。私肋骨が折れたと思うんですけど……」

「へ? あ、あー、それな。……んー、そろそろ隠すのもキツくなって来たし、教えるしかあらへんか……」

 

 何か違和感を感じる。骨が折れたのならそれは十分大きな怪我であり、自然治癒で完全に治るのはあり得ない。もしポーションで治療を済ませていたとしても、治療の代金を請求する医者がそれを主神に報告しないだろうか。

 

 それともまさか骨折は私の気のせいだったのか? ……いや、あの生々しい音と痛みは確かに……。

 

「実はなアイリスたん……アイリスたんは自動回復系のスキルを持ってるみたいなんや」

「え……ええええ!? スキルですか!? 私に!?」

()()()やけどな」

 

 そう言いながらロキ様はかなり難しい顔をした。そして、言い方が妙に曖昧だ。どういうことなのだろうか?

 

「実は、アイリスたんの持つスキルは()()()()なんや。うちでもどうしてかそんなことが起こっているのかよーわからんけど、とにかく詳細が表示されないせいで効果が全くの謎なんよ」

「なるほど……その詳細不明のスキルが自動回復系のスキルかもしれない、と」

 

 詳細不明の自動回復スキル。確かに便利だとは思う、が……”代償”がわからない以上かなり扱いが面倒そうだ。

 

 スキルの詳細が分かれば正確な運用もできるのだが、ロキ様曰く何故か解読不能らしい。神の恩恵(ファルナ)に不具合でも起こったのだろうか? それとも私の体に何か異常が起こって……?

 

「ま、とりあえず此処で【ステイタス】更新しよか。どうせ今日もダンジョンに潜るつもりやろし、人が来ないうちにさっさと済ませておくべきやろ」

「あ、はい。お願いします」

 

 患者衣を脱いで背中を晒し、ロキ様へと背を向けた。それから数秒して、彼女の指が背中を走る。

 

 幾ばくかの間無言が続いて――――

 

 

「――――ぶほわぁぁぁぁああああああぁっ!!?」

「!?」

 

 

 静寂はロキ様が悲鳴を上げながら吹き出すのと同時に卒倒したことで終わりを告げた。

 

「……………ゴフッ」

「えっ、ロ、ロキ様!? ロキ様ぁぁぁぁぁぁあああああ!?」

 

 その日、バベルの病室で少女の悲鳴が轟いた。

 

 

 

 

 アイリス・アルギュロス

 Lv.1

 力:E482→SS1026

 耐久:G257→A854

 器用:E428→S997

 敏捷:D512→SSS1120

 魔力:G254→S980

 《魔法》

 【■■■■■】

 ・現在使用不可

 【フィシ・ストイケイオン】

 ・付与魔法(エンチャント)

 ・速攻魔法

 ・地、水、火、風属性から選択可能

 ・■■■■■■

 ・詠唱式【地よ、震え上がれ(エダフォス)】【水よ、噴き上がれ(プリミラ)】【炎よ、燃え上がれ(プロクス)】【風よ、舞い上がれ(フルトゥーナ)

 【】

 《スキル》

 【■■■■■■】

 ・生きている限り試練が訪れ続ける

 ・窮地時に全能力の超高域強化

 ・獲得経験値(エクセリア)の大幅増加

 ・諦観しない限り効果持続

 ・自分と周囲が希望を抱くほど効果向上

 【■■■■】

 ・解読不能

 【■■■■】

 ・解読不能

 

 

 




Q.こんな成長おかしいだろ。加減しろ馬鹿
A.自分と”周囲”が希望を抱くほど効果向上

自分だけでなく周りの影響も受けるんですよこのスキル……。
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