悪戯の神は希望を拾った   作:乾パン中毒者

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第八話:神会の行方

 神会(デナトゥス)

 

 神々の主催で行われる三ヶ月に一回の定期的な集会。外面上は神々が神意をぶつけ合う厳粛な雰囲気の元進む会議――――と思われているが、事実上の神々に取っての暇つぶしの雑談場である。

 

 そもそも元をたどれば一部の神々が退屈しのぎに企画した一種の集会であり、時間を持て余した神々が些細なことを駄弁り合うというもの。参加する神々が多くなるにつれ、やがて最新情報の交換場という風に変質こそしたが、やはりというか本質に変わりはない。

 

 とはいえLv.2に昇華(ランクアップ)した冒険者に二つ名を付けるという重大な役目も担っているのでそう馬鹿にできるものでは無いのだが。

 

 そんな神会(デナトゥス)が行われるのは、都市中央に位置する摩天楼(バベル)の地上三十階。

 

 塔を改装し一つのフロアを丸々使って出来た大広間はほぼすべての仕切りが取り払われ、広い空間にぽつんと巨大な円卓だけが置かれている。また、奥の壁際には硝子が周囲に張り巡らされているおかげで何処からでも空を一望できるのも特徴だ。

 

 上に階層があることを知らなければ、さながら空中に浮かぶ神殿の様に思えるだろう。

 

「――――んで? 今日の議題これで終わり? つまんねぇ~」

「しゃーねーじゃん。最近王国(ラキア)も大人しいし。ゼウスんとこの団長に一発ぶちかまされたのが相当堪えたんだろ」

「あー、アレか。本隊に『神域雷霆(ケラウノス)』落とされたんだっけ。アレはすごかったなマジで」

軍神(アレス)が発狂寸前になったらしい。草生える」

「プギャーwwwwwwwww」

 

 一度話題が盛り上がり始めると其処彼処から嘲笑の声が聞こえてくる。その後も神々は各々の話を好き勝手喋っては適当に駄弁っている。

 

 そんな無秩序な様子に、今回の神会(デナトゥス)初参加のロキはうんざりしていた。

 

 彼女のファミリアはLv.2を保有していない故に本来ならば神会(デナトゥス)に参加する資格はないはずなのだが、今回は特例として参加を許可されたのだ。そして何が起こるかわからないので気を引き締めていってみれば、この様である。

 

 思わずため息が漏れるのを抑えることも叶わず、ロキは騒ぎが自然消滅するまで頭を抱えながら耳を塞いだ。

 

 

 ――――そして、とある女神が片手を挙げたことでその騒ぎは沈静化を見る。

 

 

 縮れた長い黒髪の、不気味な笑みを顔に張り付かせている女神。アパテー。今まで神会(デナトゥス)に殆ど顔を出さなかった女神が突然手を挙げるという行為を行った事で、騒いでいた神々は興味津々になり、騒ぐより耳を傾けるのを優先したのだ。

 

「ふむ……どうやら私は予想以上にお前たちの興味を集めているらしいな。では本題から入ることにしよう。――――【ロキ・ファミリア】と戦争遊戯(ウォーゲーム)を行うことになった」

『いぇええええええええええええええええええッ!!』

戦争遊戯(ウォーゲーム)なんで何時ぶりだよ! てかロキ下界に来てたのかよ。全く気付かなかったわ」

「久々の宴だぜー! ……あれ? 【ロキ・ファミリア】ってLv.2居たか? てか名前を聞いたことすらないんだけど?」

「おいロキ、お前いつ下界に降りてきたんだ?」

「……一ヶ月くらい前や」

「??? じゃあ眷属の数は?」

「一人」

 

 ロキがそう答えた瞬間、今までの盛り上がりが嘘のように冷めていった。先程まで顔を輝かせていた神々は例外なく道端に転がった犬の糞を眺めるような顔をする。

 

 それはそうだ。神々は娯楽を求めはするが面白味のない出来勝負(レース)を見たいわけでは無い。面白そうなら出来勝負(レース)であろうと全力で楽しもうとするだろうが。

 

 しかし今回の場合は主催が悪評高き悪神(アパテー)のファミリアである。関わると絶対に碌なことにならないし、そもそも関わり合いたいともあまり思えないため、大半の神は不干渉を決め込もうとしているのだ。

 

「すまないな、皆。だが眷属に手を出された私は怒りを晴らす正当な権利がある。だろう?」

「ハン! ドロップアイテム横取りしようとしたアホの腕を飛ばしただけでなぁにを騒いでいるんだか。それにアンタ、眷属(子供)を大切にするような性格やないやろ」

「フフフッ、君の眷属が横取りしようとしたのだろう? ――――まぁ、事の真偽などもうどうでもいい。戦争遊戯(ウォーゲーム)を行うのはもう確定事項だからな」

 

 チッとロキは舌打ちしつつ、戦争遊戯(ウォーゲーム)の打ち合わせを始めた。

 

 まずロキとアパテー、両者の必要書類の自署や手続きを周囲の監修の元行っていく。

 

「で? アンタの要求はなんや?」

ロキ()の強制送還と眷属の公開処刑」

「―――――――――ア゛?」

 

 ロキの神威が全開になる。普段は細めている目は限界まで見開かれ、かつて天界で最大規模の終末戦争(ラグナロク)を引き起こした狡知の神は過去最大級の怒りをまき散らした。

 

「……うちがこれくらいキレたのはあの洞窟に長々と幽閉された時以来や。お前――――()()()()()()()()()()()()()()?」

「クククククッ……! ああ、できているとも。其方が勝った場合は煮るなる焼くなり好きにするといい」

「だったらうちが勝った場合、言う事全部聞いてもらうで。そっちがその気ならうちが何要求しようが構へんやろ?」

「どうぞ、お好きに」

 

 周囲の神々が顔を真っ青にするロキの神威の直撃を受けているというのに、アパテーは全く動じず張り付いた笑みを崩さないでいた。自身の行動が無駄だとわかったロキも円卓を蹴り上げながら神威を収める。

 

 そして互いの要求を書記の神へと明文化させると、次は戦争遊戯(ウォーゲーム)の勝負形式を決める話へ移行する。

 

「勝負形式は当然一対一、【ファミリア】の代表者の一騎打ちや。まさか一人を寄って集って袋叩きにするつもりじゃあらへんよな?」

「おかしなことを言う。別に戦争遊戯(ウォーゲーム)で『相手を袋叩きにしてはいけない』というルールがあるわけでもあるまい。……まあ、言葉で決めても永遠に平行線になるだけだ。ならば、天運に任せてみるのも一興だと思うが?」

「あぁ?」

 

 愉快気に笑いながらアパテーは懐から面によって窪みの数が異なる正六面体の物体――――賽子を取り出す。

 

「偶数なら君の望む一騎打ち、奇数なら私の望む形式――――ふむ、総力戦を行う、というのはどうかな? 安心したまえ、この賽子には一切仕掛けなどしていない」

「ッ…………」

 

 自分がこの神の弱みを一つや二つ握っていれば良い条件を引き出せたのだろうが、全く掴みどころのない悪神(アパテー)は全く隙らしい隙を見せない。ロキは歯噛みしながら思考する。

 

 確率は1/2。外せば勝利は絶望的。だが当たれば希望は見えてくる。

 

 分の悪い賭けではあるが、これ以上の妥協案を引き出せない以上、乗るしかなかった。

 

「……ええやろ。ただし振るのはお前やない。別の神に振らせぇや」

「そのくらいは了承しよう。誰か振りたい者はいるか?」

 

 アパテーが軽く円卓を見回すが、誰も声を上げない。誰があの天界きってのトリックスターの恨みを買う様な真似をしたいのか。――――と思っていると、一柱が手を挙げた。

 

 そしてほぼ全員がその神を見てギョッとする。何故なら、手を挙げていたのはこのオラリオの中でも最大最強の派閥の主神である――――

 

「……どんな風の吹き回しや、天空神(ゼウス)

「なぁに、このまま話が膠着するのも面倒だしのう。それに、儂だったらお前の恨みを買っても大してダメージは無いじゃろう?」

 

 顎から長く生やした白いひげを撫でながらゼウスは笑う。確かに彼ならばロキですら下手に手を出せない神物だ。他の神々やアパテーもそれに納得したのか、ゼウスの目の前に賽子は放られる。

 

 ゼウスは肩をすくめながら賽子を握り、円卓の中央へとそれを放った。

 

 ロキは祈る、頼むから偶数が出てくれと神頼みをする。本人が神なのに、というのはご愛嬌だ。

 

 そしてアパテーは結果が出るまで真顔に浮かべ――――結果が出ると同時にニタァと顔を歪ませた。

 

 

 出た目は――――3。

 

 

 戦争遊戯(ウォーゲーム)の形式は総力戦に決定した。

 

 

 ダァンッ!!! と怒りの形相を浮かべたロキの拳が円卓に叩き付けられる。それと対照的にアパテーの狂気的な笑い声が部屋中に木霊した。

 

「ヒハハハハハハハハハッ! これだから運頼み(ギャンブル)というのはやめられん! ……まぁ、どちらが出ようと私としてはどうでもよかったのだが……ああ、お前のその表情が見れただけでよかったよ」

「お前ェ……ッ!!」

「恨むならゼウスを恨みたまえよ。それと、前もって言っておくが形式に変更はないし、助っ人も認めない。ゼウス、例えお前が口を挟んでこようが私は意見を変えん」

「ほう……儂の怒りを買っても良い、と?」

「そうだ」

 

 最高神相手にそんな世迷言を断言してのけるアパテーにほぼ全員が彼女は狂ったと確信する。このオラリオで天空神(ゼウス)の怒りを買うという事は死刑宣告と相違無い。にも関わらず笑みを崩さずにそんなことを言ってのける様は他の神々にとってはアパテーは勇者か愚者にしか見えなかった。

 

 それ以降誰も何も言わないのを確認して、アパテーはゆっくりと腰を上げた。

 

「戦闘場所は適当な平原で構わんだろう。開催日はギルドとの相談をかねてやる。まぁ、攻城戦でもない限りは二日三日以内に始まるだろうがな。……では、そろそろ解散でいいかな?」

 

 アパテーは司会役の神へとそう問いかけ、その神は汗を垂らしながら頷くと彼女は手を振りながらそのまま広間から立ち去った。その後残った神々も気まずそうに席を立って広間から出ていく。

 

 残ったのはロキと、ゼウス。そしてヘラのみ。

 

「あー、そのぉ……すまんかったのう、ロキ」

「謝んなや。賭け(ギャンブル)で負けて進行役(ディーラー)を恨むアホはおらんやろ……はぁぁ」

「……昨日うちの子が世話になったから、その恩を返したかったんだがのう」

「だったら今すぐあのクソ女神の本拠(ホーム)をふっ飛ばしてくれへん?」

「いや、それはちょっと……」

 

 いくら天下無敵の【ゼウス・ファミリア】と言えど無断で他ファミリアの本拠(ホーム)を襲撃すれば多大なペナルティが科されてしまう。いくら恩があるからと言ってもそこまでの危険を冒す程の物かと言われればYESと言えないゼウスであった。

 

 そんな二人を見てため息を吐く、腰まで届く長いウェーブ掛かった金髪の女神。その名をヘラと言い、【ゼウス・ファミリア】と双璧を成す最大派閥の主神である。

 

「私は貴方がロキに対していくら借りを作っても知ったことでは無いのだけれど、せめて私の夫としての体裁は保ってくれないかしら、ゼウス?」

「あーはいはい、わかったわい。ったく……ロキよ、何か要望があるなら聞くぞ? 叶えられるかどうかは別じゃがのう」

「対人戦が得意な奴何日か貸せや。できれば剣と魔法が使える奴なら最高やな」

「魔法が得意な子なら私の方が良いわよ? とびっきりの子が今暇を持て余しているのよね~」

「ふむ、では儂のところからは剣が得意な暇を持て余している眷属を行かせよう」

 

 妙に協力的な態度の二柱にロキは少しだけ不信感を募らせる。まさかこれに便乗して恩を売りつける気では? と思ったが、その心を見抜いたのかゼウスは「心配せんでいい」とだけ言った。

 

「借りは返すが恩は押し売りせんよ。お主が心配していることは起こらん」

「私も同じよ。……そろそろあの女神(アパテー)も目障りになってきたし、勝手に排除してくれるなら手間が省けて助かるわ」

「……その言葉、信じるで」

 

 いくらオラリオ最大派閥の二つに恩が売れたとはいえ、己が眷属の無茶な所業に内心複雑であったが、おかげで良いタイミングで援護を受けられたことに対しロキはアイリスに対して最大級の賛辞を送った。

 

 ロキは思う。

 

 これならばもしかすると――――もしかするかもしれない、と。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「昨日は本当に助かった! 一団(パーティ)を代表して礼を言う!」

「私からも、本当にありがとう。貴方が居なかったら本当に全滅していたわ」

 

 既に昼が過ぎ、そろそろ夕日が差し掛かってくる頃、私はギルド本部の魔石換金所の近くにある休憩場所でヒューマンの男性とエルフの女性から頭を下げられていた。

 

 どうやら二人は昨日の一団(パーティ)のリーダーらしく、その全員を代表して態々私に礼を言うためにオラリオ中を探し回ったらしい。

 

「い、いえ……私の方も助けられてしまいましたし、お互いさまですよ。だから二人とも、頭を上げてください」

 

 インファント・ドラゴン強化種との死闘。アレは恐らく私一人だったら間違いなく負けていた。勝利できたのはひとえに彼らが協力してくれたおかげであり、故に私は頭を下げるほどのことでは無いと二人に論ずる。

 

 それに私は地上まで運んでもらったこともある。こちらもそれについて礼をすべきだと私の方も頭を下げた。

 

「私の方こそお礼を言わせてください。倒れた私を、疲れていたでしょうに地上まで届けていただいて……本当に、感謝しています」

「くっ……ま、眩しいっ。この少女は在り方が眩しすぎる……!」

「やだなにこの子、持ち帰りたい……。ね、ねぇ貴方、良ければ【ヘラ・ファミリア】に移籍する気はないかしら? 団員()の推薦があればすぐに入団試験ができるし、あなたの実力なら問題なく入れるわよ!」

「ちょまっ、ズルいぞお前! 入るなら【ヘラ・ファミリア】なんかより断然【ゼウス・ファミリア】だ!」

「はぁ!? あんなむっさい男ばっかりのファミリアにこんな可愛い子を入れるつもり!? 貴方正気なの!?」

「お前のところだってケバい年増だらけだろうが!」

「なにおぅ!?」

「けっ、喧嘩はやめてくださいー!」

 

 自分を置いてエスカレートしそうな言い合いをどうにか止めつつ、移籍の話はやんわりと断りながら私は二人の話を引き続き聞くことにする。度々視線で花火を散らす二人であったが、話は問題無く進み始めた。

 

「こほん、とりあえずうちのパーティではあのインファント・ドラゴン討伐は貴方の手柄として結論が出たわ。だから、はいこれ。あの強化種の魔石よ」

「俺らのとこもほぼ同じ結論だ。命を救われてドロップアイテムまで貰っちゃあ、漢とファミリアのメンツが廃る。ほら、強化種のドロップアイテムだ」

「えっ?」

 

 机の上に置かれた二つの物体。紫紺色に輝く拳大もある大きな魔石と、四十Cにもなる血管が迸る巨大な牙が私の目の前に差し出された。

 

 私は彼らの言ってることが理解出来なくて茫然としてしまう。

 

「あ、あの、でも私、トドメを刺しただけで……」

「あの窮地を乗り越えられたのは貴方の力が大きいと判断したのよ。少なくとも、私たちだけじゃ確実に全滅していたわ。だからお願い、受け取ってくれるかしら?」

「俺からも頼む。俺たちのためと思ってコイツらを受け取ってくれ」

 

 二人はもう一度、私に頭を下げた。

 

 正直あまり気は進まない。確かに私は彼らの命を助けたが、彼らも私の命を助けてくれた。それで貸し借りはゼロになったつもりだと、私は思っていた。しかし彼らはそうは思っていないようで、こんな希少なアイテムを私に提供しようとしてくれている。

 

 かと言って、拒否できるような状況でもない。彼らは恐らく私が「はい」と言うまで粘り倒す。直感的にだが私はそれを理解する。

 

 彼らは私に恩を売りつけるつもりは無いだろう。むしろ返そうとしている。だが私が”納得”できるかどうかはまた別の話で…………一分間たっぷりと考えた末に、私はため息をつきながらコクリと頷いた。

 

「わかりました。ありがたくいただきます」

「そうしてくれると助かる。――――っと、そろそろ本拠(ホーム)に戻らねぇと。じゃ、縁があったらまたいつか会おうぜ!」

「ええ。……【ヘラ・ファミリア】に興味が出たら是非とも頼って頂戴ね?」

「あはは……」

 

 そうして私はギルドを去る二人に手を振って別れを告げた。

 

 手元を見れば大きな魔石に牙。結局未だに「貰ってしまったなぁ」という後悔が脳裏をよぎる。いや、この調子ではだめだ。相手があげると言ったんだ、素直に貰っておこう。何時までも引き摺らない。

 

 その後私は貰った強化種の魔石を早速換金に出した。――――その額、何と一つ八〇〇〇ヴァリス。Lv.1冒険者の一日の稼ぎの平均を優に超える額に顎が落ちた。やはり強化種という存在は特別なようで、特に上層の階層主と呼ばれるインファント・ドラゴンの強化種魔石だ。高値で売れもするだろう。

 

 が、問題はドロップアイテムの方だ。最初こそ売り払おうとしたのだが、なんだか勿体ないと思うようになってきた。

 

 ダンジョンに住むモンスターの中には爪や角、あるいは牙の中に金属の性質を持つものが存在する。その金属の名は、アダマンタイト。ダンジョン内でしか採掘されない希少金属(レアメタル)である。

 

 アダマンタイトは装備の素材としては一級品であり、その凄まじい硬度はちょっとやそっとでは折れず曲がらず。これで出来た武器は並の鋼の武器を悉く砕いても無傷と言われる程。しかし当然その産出量はわずかなものであり、上層ではほとんど取れない上に中層や深層でも採取できるのは僅かな量のみである。

 

 そして、そんなアダマンタイトの取れるダンジョンの中で生まれるモンスターの一部もその組織に金属の性質が反映されているのか、爪や牙などの武器的な器官にのみ金属属性(アダマント)が現れる。

 

 つまり、この牙は武器や加工できるという訳だ。

 

 インファント・ドラゴン、それも強化種の牙。ちゃんとした職人に任せて武器として形作ればかなりの業物が出来上がるに違いない。が、これを加工してくれる鍛冶師にコネがあるかどうかと言われれば無いわけで。しかしいつかできるかもしれないのだから取っておいた方が良いのかもしれないと、そう思ったのだ。

 

 結局私は牙を売ることはせず、そのままギルドを出て散歩がてらにオラリオのメインストリートを歩く。

 

 夕日が街を赤く照らしている。後数時間もすれば夜になるだろう。……ロキ様は遅くに帰ってきても構わないと言った。しかし今日の私はダンジョン探索を早めに切り上げた。

 

 普段ならば夜になるまで籠り続けていたのだが、今日を境に12層までのモンスターに()()()()()()()()()()()()。恐らく【ステイタス】更新の影響だろう。どれだけモンスターを屠っても、上質な【経験値(エクセリア)】が入ってくるような感じは全くしない。

 

 かと言って受付嬢さんから許可が出たのは12階層まで。そして私も13階層に行くつもりにはならない。あそこはLv.2になってようやく適正と呼ばれる場所、最初の死線(ファーストライン)。13階層を境にモンスターは魔法による遠距離攻撃を行うようになる。そんな場所に何の対策も無く単身で突っ込むほど、私は馬鹿にはなれなかった。

 

 しかしこのまま何の手ごたえも無いモンスターを相手にしていて大丈夫なのだろうかという不安が頭の中を離れない。いっそインファント・ドラゴンの強化種を人為的に作ろうかとも思ったが、流石にやめた。失敗した場合のリスクがデカすぎるし、ギルドから何を言われるかわかったものではない。

 

 では、何をしようか。

 

「……自主練でもしよう」

 

 考えて出した結論はそれだった。どこか適当な開けた場所、公共の場である公園のベンチに腰掛けて、近くに誰もいないことを確認しながら私は両手に意識を集中させる。

 

「――――【風よ、舞い上がれ(フルトゥーナ)】」

 

 今回は全身ではなく、自分の両手の部分だけに魔法の効果を発現させる。普段の戦闘ではとりあえず唱えてから必要部分に力を集約させていたが、それでは無駄が多過ぎる。

 

 必要な部分だけに展開することで精神力(マインド)の消費を極限まで抑える。ダンジョンに潜っている間幾度もモンスターと戦闘を行うことを強いられる以上、こういった工夫は今後必須になってくるだろう。何度も全身に魔法を展開させて無駄遣いを重ねれば、それだけ精神疲弊(マインドダウン)は足早に近づいてくる。

 

 である以上、今私が習得すべきなのは魔法の繊細なコントロール能力である。が、腕はガクガクに震えており、風も妙に荒々しい。あの手この手で収めようとするが、全然上手く行かな――――

 

 

「――――不思議な子ね」

「ッ――――!!?」

 

 

 両手に纏わりついている風をどうにか操ろうとしていると、近くから突然声をかけられた。思わずびっくりして両手の風が霧散してしまう。ああ、折角の風が。

 

 困り顔を浮かべながら俯かせていた顔を上げれば――――女神の様な美貌を持つ女性が、私を見つめていた。

 

「え……」

「あ、ごめんなさい。びっくりさせちゃったみたいで」

 

 神と見間違うほどの美しさ。腰まで伸びる黄金の如き輝きを放つ金髪と、金色の眼。白いイブニングドレスに身を包んだ彼女の姿が、夕日に照らされてはっきりと、凪の様に柔らかい笑みが見える。

 

 同性であっても、思わず見とれてしまうほど彼女は美しかった。

 

「あなたは、そう。自然に愛されている。だけど精霊とも、神とも言えない。いえ、人ではあるけど……何かが、混ざっているのかしら?」

「…………?」

「……ふふっ、ごめんなさい。少し難しかったかな。――――驚かせちゃったお詫びに、魔力を扱うコツを教えましょうか?」

「へっ?」

 

 その女性は私の横に腰掛けて、ピンと人差し指を突き出す。そして軽く揺らせば――――美しい風の流れがそこには生まれていた。暴れることも無く、ただ自然的に、かつ精巧な流れ。それだけで普段から風を扱っている私は隣にいる彼女がとんでもない使い手であることを覚る。

 

「魔力は流れ。押し留めるのでも、固まらせるのでも無い。ただゆっくりと、流れる場所を作ってあげるの。焦ることなく、無理に動かさず、行くべき場所に”導く”のよ」

「っ、はい!」

 

 彼女の言う通りに、私はまた両手――――いや、全身に意識を集中する。

 

 一か所の流れではなく、全身の流れを利用する。無理矢理引っ張ったり押したりするのではなく、流れるように、導く様に両手へと――――。

 

「……すごい、もうコツを掴めたみたいね」

「――――わぁ……」

 

 先程のような乱暴な風では無く、穏やかな、しかし速い流れが私の腕を包んでいた。今までとは段違いの効率で風が流れている。

 

 その光景に、私は子供の様に目を輝かせた。これなら、今まで以上に強力で、そして効率よく魔法を操れる。

 

 隣を見れば件の女性がニコリと笑顔を浮かべていて、照れくさくて私は思わず俯いてしまう。

 

「ふふっ……そろそろ帰らないと。貴方も、あまり保護者を心配させてはダメよ?」

「っ、あ、あのっ!」

「うん?」

 

 腰を上げてこの場を去ろうとする女性を私は反射的に呼び留めた。そして数秒間だけ考えて、己の気持ちをそのまま伝える事にする。

 

「もう一度、会えますか……?」

「……ええ、また会いましょう? 小さな冒険者さん」

 

 夕日が沈むと共に、笑みを残しながら彼女は何処かへと姿を消した。

 

 先程の出来事が夢のように感じて、しかしこの手に流れる風がその疑念を否定している。そして思う。私はまだ、彼女から色々なことを学びたい、と。

 

 

「……あんな人に、なりたいな」

 

 

 その呟きは、私の中で心地よく響き渡った。

 

 

 

 

 

 




試練「試す相手が圧倒的に不利な試練こそ主人公(英雄)へ与えられるにふさわしい試練だと思います」
フレイヤ「わかる」

駆け出し一人でそこそこの規模のファミリア相手に単騎で戦えとか圧倒的不利ってレベルじゃないと思うんですけど(凡推理)
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