悪戯の神は希望を拾った   作:乾パン中毒者

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第九話:覚悟を抱く意味

 アイリス・アルギュロス

 Lv.1

 力:SS1026→SS1051

 耐久:A854→A884

 器用:S997→SS1003

 敏捷:SSS1120→SSS1146

 魔力:S980→S998

 

 

「むぅ……」

 

 いつもの宿屋のベッドの上で、私は昨日更新された【ステイタス】を見て唸っていた。やはり何度見ても、伸びが滞ってきている。

 

 アビリティと言うのは極めれば極める程その成長速度は落ちていく。まるで壁にでも遮られ始めたように。今回の場合は倒したモンスターたちから得られた【経験値(エクセリア)】の質が悪かったというのも一因しているだろうが、今まで順調に成長していたからか私は今回の伸びに酷く不満と不安を感じてしまう。

 

「いや、十分おかしい伸びやからなアイリスたん? 普通その辺りの冒険者の成長はほぼ微々たるものやからな? ていうかSSとかSSSって何なんやマジで……」

「う~ん……」

 

 言われてみれば確かにSSやSSSという表示に対しては私も疑問を持ち得ざるを得なかった。

 

 基本アビリティの限界値(カウントストップ)は999であり、熟練度のランクもSで止まる筈である。にもかかわらずそれを当然のように突破して尚止まらないアビリティの熟練度には私もロキ様も頭に疑問符を浮かべている。

 

 ロキ様の考察では私のスキルが関連していると思われるのだが、件のスキルは相変わらず詳細不明で解読不能。

 

 神の恩恵(ファルナ)に関して一番通じているだろう(ロキ)様ですらお手上げなのだから、もうどうしようもない。

 

「どうしよう……」

 

 だんだん私の中で焦りが大きくなり始める。【アパテー・ファミリア】との戦争遊戯(ウォーゲーム)開催日は恐らくそう遠くない。ロキ様の話では勝負形式は総力戦。文字通りファミリアの全戦力をぶつけ合わせる戦いである。

 

 それを行うには特に難しい条件は必要なく、少し広い場所を用意してやればすぐにでも始められるだろう。一応ギルドにおける書類の処理や周囲への勧告書の流布などがあるだろうが、今回は極めて小規模な戦いだ。

 

 情報ではLv.2を一人だけ在籍させているだけの眷属総員三十人前後程度の【アパテー・ファミリア】と、一人しか眷属が居ない上にLv.1しかいないというドが付くほどの零細ファミリアである【ロキ・ファミリア】の戦争遊戯(ウォーゲーム)。大手ファミリア同士の戦いの準備と比べれば遥かにお手軽の筈である。

 

 だからこそ時間はもう残り少ない。まともな鍛錬に回せるのは恐らく今日だけ。たった一日を使ってどうやればこの身を限界まで酷使できるのか私の頭は思いつけなかった。

 

 いっそ無茶を承知で13階層に潜るか――――?

 

「あ、そうやアイリスたん。今日はアイリスたんのために他のファミリアから人手を借りてきたんや」

「え?」

 

 唐突にロキ様はそんなことを言い出した。話に付いて行けず間の抜けた声が口から出てしまう。

 

「要は指南役呼んだんよ。アイリスたん、対人戦闘のスキルはほぼ無いやろ? 付け焼刃でも無いよりはマシなはずや」

「で、でも一体どこから……?」

「ゼウスとヘラん所や。安心せえ、別にうちが頭下げて乞うた訳やないから」

 

 【ゼウス・ファミリア】、そして【ヘラ・ファミリア】。どちらもこのオラリオに暮らす者ならば嫌でも耳に入る一大勢力。オラリオという街ができてから約千年間頂点に君臨し続けている神の軍団。

 

 その名前が出てきて、剰えそこから人員を引っ張ってきたと言いのけたロキ様に私は背筋を凍らせる思いだった。私たちの様な零細ファミリアがその正反対とも言える最強の集団にそんな狼藉を働いても大丈夫なのか、と。

 

 だが確かに魅力的な提案ではある。

 

 ある程度の戦闘はできても、私は対人戦の経験などほとんどない。そして戦争遊戯(ウォーゲーム)では嫌でも人の相手をすることになるだろう。たとえこのままモンスターとの戦闘を続けたとしても人間相手とは勝手が違い過ぎるし、何より”躊躇い”というモノは大なり小なり必ず生まれるはずだ。

 

 一応過去に一度だけ遠慮なく人の腕を斬り飛ばしたことはあるが、もう一度やれと言われたら苦い顔しかできない。私も別に好きで人を斬った訳では無いのだから。

 

「んじゃ、早速待ち合わせの場所に行こか。一刻も時間は無駄にできへん」

「はっ、はい!」

 

 色々言いたいことはあるが、もう取り付けてしまったものは仕方がない。彼の【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】の団員を待たせるのも失礼だと思い、私は急いで戦闘服に着替えてロキ様へと付いて行った。

 

 何もトラブルがなければ良いのだが……。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 オラリオは上から見ると広大な面積を誇る円形状の形をしており、堅牢な市壁に取り囲まれている。そんな市壁の上は巡回や外敵を迎撃するためのスペースがあり、しかし現状ほとんど使われていないのが現実である。

 

 何故かと言えば、冒険者という存在が大きい。

 

 Lv.1は神の恩恵(ファルナ)を得たばかりなら常人とそう変わらないものの、ある程度能力が伸びてしまえば確かな差が生まれ始める。Lv.2からは恩恵を受けていない者を多数相手取っても軽く蹴散らせるほどの戦闘力を保有する。Lv.3から上は、最早人の形をした怪物(モンスター)と言っても過言では無い。

 

 何よりオラリオに攻め入ろうとする馬鹿が現れれば耳ざといギルドが即座にその情報を掴み、その都度迎撃の準備に入るのだ。そして一騎当千の第一級冒険者たちを投入して遍くモノを蹴散らして終わらせる。

 

 要は巡回など必要ないのである。だからこそこの市壁の上は事実上のフリースペースと化していた。

 

 私はロキ様と共に市壁の内部に入り、その中に設置された階段を上って市壁の上へと出る。するとどうだろうか、此処から内部の都市の姿を一望でき、反対側に目を向ければ広大な草原が広がっている。中々の絶景だ。

 

 だがそれに見惚れている場合では無い。私は軽くあたりを見回して目的の人物を探す。

 

 そして少し離れた場所に、三つの人影は見えた。

 

「――――お、もう来たのか。意外と早かったな」

「……アンタらがゼウスとヘラの遣いなんか?」

「おう」

 

 少し大きめの木箱に腰掛けていた、見た目三十五前後の中年が立ち上がりながらロキ様の質問に答えた。

 

 灰色の髪に紅い瞳。そして顎に薄く髭を生やした男の人は一目でかなりの強者だと肌が感じ取る。態度こそ軽そうだが、中身はトンデモない重々しさだ。しかしそんな雰囲気など吹き飛ばすように、彼は笑顔を浮かべながら私へと手を差し出した。

 

「アルケイデスだ。よろしく頼む」

「あ、はい。よろしくお願いします、アルケイデスさん」

「……驚かないんだな」

「え?」

「いや、何でもない。……おい、お前たちも自己紹介くらいしたらどうだ?」

 

 アルケイデスさんがそう言うと、彼の後ろにいた人物たちが姿を現した。一人は黒髪黒目の、長い襟巻に薄手の防具、銀の長剣を携えた青年。もう一人は、金髪金眼の、白く柔らかそうなシルクのドレスを着こなす女性で――――

 

「――――ふふっ、また会ったわね。小さな冒険者さん」

「あ……えっと、その、こっ、こんにちは……」

 

 昨日会った、綺麗な女性だった。まさかもう再会することになろうとは。喜ぶべきなのだろうか?

 

「なんだ、知り合いだったのか? アリア」

「ええ。と言っても、昨日一度だけ会っただけなのだけれど。でも何だか運命の様な物を感じてしまうわね?」

「成程、この子が昨日お前が言っていた……俺はアルバートだ。まあ、俺はアリアの付き添いで来ただけなんだがな」

「私はアリアよ。よろしくね?」

「ア、アイリスと言います。よろしくお願いします!」

 

 緊張でガクガクと震える身体をどうにか動かして深く頭を下げた。憧れの女性に再会できたのもあるが、直感的に私は理解した故に震える。()()()()()()()()。少なくとも私が死に物狂いで立ち向かっても羽虫の様に片づけられる。

 

 なので最大の誠意を以て頭を下げる。これはもうほぼ本能的な行為だった。

 

「にしてもなんや。全員名前に『ア』が付いてるなんて変な偶然だと思わへん?」

「ハハハ! そうだな、では名前繋がりの(よしみ)だ。お手柔らかに稽古を付けてやろう」

「っ――――」

 

 ロキ様のどうでもいい話に対してアルケイデスさんは高らかに笑いつつ、先程まで座っていた木箱を力で抉じ開けて、中から二つの木刀を取り出した。早速稽古を始めるつもりなのだろう、ロキ様やその他二人は私とアルケイデスさんから距離を取る。

 

 私は背負った《アグノス・ソード》を抜いて、構えた。対してアルケイデスさんは二つの木刀を両手に、その場で立っているだけ。構えることも無く自然体のままこちらを見つめていた。

 

 息を飲み、私は片足に力を入れて駆ける。そして剣を振り上げ、彼の持つ木刀へと一撃を――――。

 

 

()()

 

 

 瞬間、アルケイデスさんの片腕がぶれて、気づいた時には《アグノス・ソード》がけたたましい音を放ちながら両手から弾き飛ばされていた。一瞬だけ思考に生じた空白が収まると、私の喉元に木刀の切っ先が突きつけられている光景が飛び込んでくる。

 

「あ…………」

「踏み込みの速さに比べて腕の動きが遅すぎる。――――お前、躊躇ったな?」

「は、い……」

 

 図星だった。

 

 相手がそれこそ、同情の余地が無い悪党ならともかく、私は知り合ったばかりの人間に全力で切り込めるほどの精神は持っていない。何だそのキチガイは。

 

 いや、勿論私の剣が彼を傷つけることは無いと理解しているのだ。実力が違い過ぎる故に当たらないだろうし、当たったところで薄皮を一枚斬るだけだ。ダメージ以前の問題である。だが――――やはり、刃物を人に向けるというのは、良い気分はしない。

 

「お前の事情はある程度理解している。その上で断言するが――――今は”優しさ”や”気遣い”は枷になるだけだ。その一切が例外なくお前の未来を暗い物にする」

「それは……」

「いや、別に俺は嫌いじゃないぜ? 心優しい少女。大いに結構だし大変好みだ。が……時間がないんでな。荒療治にはなるが、やるしかねぇか」

「え――――ッ!?」

 

 そう告げた瞬間、アルケイデスさんの纏った空気が一変した。

 

 (ビースト)怪物(モンスター)災害(ディザスター)。荒ぶる神威が人の形を以て顕現する。辺り一面に張り詰まったおどろおどろしい空気は何の魔力も流れていないはずなのに荒れだし、近くを飛んでいた鳥は悲鳴のように鳴き叫びながら遠ざかっていく。

 

 肺から空気が絞り出される。体中から汗が流れて止まらない。

 

 縋りつく様に地面を転がった《アグノス・ソード》を拾い上げて構える。ヤバイ、ヤバイヤバイヤバイ――――ッ!! 殺されるッ!!? 呑まれて潰される――――ッ!!?

 

 

「さぁて、全力で抗えよ。でないと死ぬぜ?」

 

 

 ただの木刀が今まで見たあらゆる凶器より恐ろしく感じる。一撃受ければ死ぬ。間違いなく。

 

 直後、アルケイデスさんの腕が消えた。既に一度見ている私は完全に勘任せで回避行動を取り、咄嗟に体を捻って視認不能の一撃を躱しきった。そして、余波である衝撃波だけで一直線に抉れる市壁を見て顔を青ざめる。

 

「言っておくが、俺に一撃与えるまで止めるつもりは無ェ。安心しな、加減はする。()()()()()()()()()()()()()

「ッ…………!!」

 

 アルケイデスさんが踏み込み、そこから嵐のような連撃は始まった。

 

 見切るのも一苦労な、受けた際に内臓が悲鳴を上げるような一撃が当然のように数十数百と襲い掛かる。私は全身を使ってそれを弾くか防ぐかしているが、攻めに転じることができないままじわじわと私の体力は削られていく。

 

 恐らく本気だ。アルケイデスさんは私を本当に死の淵に追い詰めるつもりでいる。

 

 攻防の微かな合間に息を吐く。――――此処を乗り越えられなければ、どの道未来は無い。此処で死ぬか、【アパテー・ファミリア】にすり潰されるかの違いだけだ。だが乗り越えられれば、光は見えてくる。

 

 

 希望を見失うな。

 

 

 覚悟を抱け。

 

 

 私の抱くべき覚悟とは――――

 

 

(暗闇の未来を切り開くために――――譲れない何かのために前へと進む心ッ!!)

 

 

 誰かを傷つけることを恐れるのは間違っていない。だけど、譲れないもののために勇気を出せ。恐怖心を乗り越えて、一歩だけでもいいから前へと進め。己の、守りたい物のために。成し遂げたい物のために。

 

 ちっぽけな勇気を、振り絞れ。

 

 自分を救ってくれた主神(ロキ)様を助けるために――――

 

 自分を心配し、応援してくれている受付嬢さんの思いに応えるために――――

 

 

「――――【炎よ、燃え上がれ(プロクス)】ゥゥゥゥゥゥゥゥウウウッ!!!!」

 

 

 手足を猛々しく燃える炎が包む。それを見てアルケイデスさんは一瞬だけ手を止めて距離を取り、驚いた表情を見せるが、すぐさま獲物を定めた獣の如き笑みを浮かべた。

 

「オォォォォオオオォオォオオオオオオオオオッ!!!」

「その意気だ――――!!」

 

 炎を加速に利用した爆速の刺突。Lv.3程でもなければ反応することすらできず貫かれるだろう一撃はアルケイデスさんを貫くことは無く、木刀の一本で軽やかに往なされてしまう。そしてもう片方の木刀はこちらの移動経路へと私の加速に合わせて振るわれていた。間違いなく直撃コース。

 

 だが私は刺突が凌がれた時点で彼の行動を見切り、加速しながら仰け反ることで横薙ぎの一撃を回避。両足でブレーキを掛けながらアルケイデスさんの方に体を向き直らせ、炎を背中で爆発させて強引に追撃を行う。

 

「何っ――――!?」

「はぁぁぁぁああぁああああああ!!」

 

 とんでもなく無茶な機動に全身が軋む。それを無視しながら剣に炎を纏わせアルケイデスさんに一閃。今度は躊躇など無く、全力の一撃だ。炎の加速も乗せた焔剣の一撃は流れるようにアルケイデスさんの左腕に叩き込まれ――――直後にカウンターの一撃が私の腹にめり込む。

 

「がっ、は――――」

「――――合格だ」

 

 私が最後に聞こえたのはアルケイデスさんの歓びに満ちた声と、吹き飛ばされた自分の体が見張り台の壁に衝突する破砕音だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

「人様の眷属に何やっとんやこのゴリラァァァァァァ!!!」

 

 ロキは憤慨しながらアルケイデスの脛を蹴り飛ばした。だが悲しいかな、超越存在(デウスデア)と謳われる神々は下界に降り立った瞬間並の人間と同程度の能力しか持たなくなる。そして気迫からして間違いなく第一級冒険者以上であるアルケイデスに常人が蹴りを入れようが、それは金属相手に全力で蹴るのと同じわけで。

 

「ったぁぁぁぁああぁぁあああッ!?」

「はっはっは、愉快な神様だなアンタ」

 

 予想以上の肉体の強靭さによる反動にロキは蹴った足を抑えて悶えた。当然の帰結である。

 

 愉快そうに笑いながらアルケイデスは見張り台の壁にめり込んだアイリスの体を剥がして、木刀を取り出した箱の中に詰められている高等回復薬(ハイ・ポーション)の瓶を取り出した。最高品質でこそないが、Lv.1の冒険者では手の出せない高級品であることには間違いない。

 

 アルケイデスは瓶の蓋を軽々と指で弾き飛ばして中の液体をアイリスの口に流し込む。アイリスは軽く咳き込むが、数秒してその呼吸からは苦しさが抜けていった。

 

「随分手荒にやったな【英雄雷霆(ケラウノス)】。お手柔らかに、とか言って無かったか?」

「ほざけ【聖王(ペンドラゴン)】。お前だって俺の立場なら同じことをしていただろうぜ? ――――こんなとびっきりの”原石”は見たことがねェ。おい神ロキ、こいつ本当にLv.1か? 今のこいつならLv.2だって相手にできるぜ?」

「間違いなくLv.1や。……それ以上は何も言わんで」

 

 不貞腐れながら渋々とロキは告げた。それを聞いてますますアルケイデスの悦びは増す。コイツは間違いなく『逸材』だと。己たち(英雄)を越える者になりうると。

 

 だからこそ残念に思う。

 

「【ゼウス・ファミリア】に入れてぇなぁ……。なぁ神ロキ、こいつうちに入らせないか? 今なら特別待遇も考えるが」

「殺すぞクソガキ」

「ちぇっ、残念」

 

 自分のところのファミリアに入っていれば手塩にかけて育てていたのに、と愚痴るアルケイデスであった。

 

「ま、これで俺の役目は終了だ。後はお前たち二人でやってくれ」

「は!? ちょっ、待てや! この子散々ボコっておいて放置かい!?」

()()()()()。だろ?」

「うぬっ……」

「それに、俺の剣は人様に教えられるようなモンじゃねぇよ」

 

 それを言われてロキは次の言葉が言えなくなる。

 

 アイリスが詠唱を叫びながらアルケイデスに突貫するあの瞬間、ロキは確信した。アイリスは冒険者として一皮剥けたと。次の段階(Lv.2)に進むための準備が()()()()()()()と。

 

 あの子は優しすぎて何処か遠慮しがちなところがあったのだ。一度覚悟を決めてしまえば無茶苦茶をやり遂げてしまうが、余程窮地に追い込まれでもしなければ覚悟は決まらないし、おかげで普段から引っ込み思案な所がどうしても目立つ。

 

 そういう意味ではアルケイデスの荒療治はアイリスにとっては最適解とも言えるだろう。彼女は窮地に追い込まれて初めて輝くタイプなのだから。

 

「件の戦争遊戯(ウォーゲーム)、アンタらの勝利を祈ってるぜ。じゃあ、縁があればまた」

 

 それだけを言い残し、アルケイデスは市壁の上から地上へと飛び降りた。普通の人間ならば投身自殺ものだが、彼の者は軽やかに、階段を一段降りただけの様な何気なさで地面に着地する。

 

 まるで嵐の様な男だったと、ロキは辟易とした顔でため息をついた。

 

「すまなかったな、止められなくて」

「止めなかった、の間違いやろ。まあええわ、アンタらがちゃんとアイリスたんの教育をしてくれるんなら文句はない」

「うふふっ。任せてくださいな、神ロキ」

「……………?」

 

 そう言いながら眠っているアイリスの頭を己の膝に乗せ、彼女の頭を子供をあやす様に優しく撫でているアリア。傍目から見ればそんな親子の様なやり取りだった。

 

 だがロキは微かに、アリアと呼ばれた女性に異様な雰囲気を感じ取る。

 

 人の様でいて、()()()()()

 

「そんなにその子の事が気に入ったのか? アリア」

「ええ、とても。何と言えばいいのかしら……この子は、真っ暗闇の中で微かに光るような。そんな感じがしたの」

「暗闇の中の微かな光、ねぇ……」

 

 アリアの呟きを聞いて、ロキは思う。

 

 

 ――――それはつまり、”暗闇の中でしか輝けないのではないか”と。

 

 

「……アホらし」

 

 自分の考えがガラにも無い物だと思って、すぐにロキはそんな考えを吐き捨てた。何にせよ自分は、この少女が道を踏み外さない様に見守ることしかできないのだから。

 

 ……ふと、唯一の眷属の可愛い寝顔を見て、笑みを浮かべている自分に気付く。

 

「……変わったなぁ、うち」

 

 そんな呟きは、オラリオに吹く風に流れて消えていった。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「――――自分と魔力を別々の物として考えてはいけないわ。言葉で分けられていても、在り方は一つなの。自分の中に魔力を溶かすように、自分の手足を動かすように、一体となって動く様に意識してみて」

「は、はいっ!」

 

 既に天辺まで昇った太陽が沈み始めて数時間、青かった空は既に夕焼けに包まれており、あと数刻もすれば月がその身を照らし始めるだろう頃。私は既に数時間にも上る修練にラストスパートをかけていた。

 

 アルケイデスさんによる、抵抗意識の殻破り。

 

 アルバートさんによる、対人戦における駆け引き。

 

 アリアさんによる、より精密かつ大胆な魔法の制御。

 

 以上の修練をたった一日、されど一日中受けたことで私の中には確かな技術の研磨が生まれていた。少なくとも朝の自分と比べると、意識も肉体も技術も遥かに洗練されたと断言できる。

 

「――――【風よ、舞い上がれ(フルトゥーナ)】」

 

 既に何十回も何百回も発動してきた魔法の詠唱を唱える。瞬間、今私の周囲で流れている風の流れが()えてくる。目では無く肌で、頭では無く心で捉える。それと同化するように、私は大きな流れに身を任せた。

 

 そして、小さく地を蹴る。

 

「……やった、の?」

「すごい! もうこんなに上達するなんて!」

「マジかよ……」

「嘘やろォ!?」

 

 飛んでいた。私の体は確かに宙に浮いていた。

 

 噴射による強引な飛行では無く、風の(ヴェール)に包まれるような穏やかさを以て空を飛んでいる。それが面白くて、嬉しくて、満面の笑みが顔に浮き出てくる。

 

「ははっ、あははは! 凄い! 私、飛んでる!」

「マジか……マジで夢やないんか……人が神の力(アルカナム)無しで飛ぶとか信じられんわ……」

「うんうん、アイリスちゃんはとても呑み込みが良くて教え甲斐があるわ。自由飛行を習得するにはもう何日か掛かると思っていたのだけれど……」

「アリア以外に風で空を飛ぶ奴が生まれるなんてな……何が起こるかわからないもんだな」

 

 意識を行きたい場所に向ければ、風が後押しするようにその方向へと飛んだ。速度はそこまで早くないが、それでも思った通りに空を自由に動き回れるというのはこの上なく気持ちの良い事だった。

 

 勿論魔力の消費は決して軽くないし、実戦で使えるレベルには程遠いが、今の私にとってそんなことは些事だ。

 

 精神疲弊(マインドダウン)が起こる前に、私は市壁の上へと戻り着地する。そしてすぐさま主神(ロキ)様が私に抱き付いてきた。

 

「アイリスたぁぁぁぁぁん!! 最高や! もう絶対手放さへんからな! アイリスたんは未来永劫うちの子や!」

「あはは……ありがとうございます、ロキ様」

「あらあら、残念。貴方が良ければ【ヘラ・ファミリア】に入れたかったのに」

「……アルケイデスと同じことを言うのは癪だが、俺らのところに来る気があるなら何時でも歓迎するぞ?」

「えっと、その、すいません。私はロキ様に付いて行くって、決めたんです。どんなことがあっても、これからずっと」

「アカン死ぬっ。うちの眷属が可愛過ぎてキュン死してまう……!?」

 

 胸を抑えながらそんなことを言い出したロキ様に私たちは苦笑しかできなかった。

 

 さて、そろそろ陽も沈み切る。心底惜しいと思うが、彼らとももう別れなければならない。私はアルケイデスさんが残した大量の薬品の類がしまわれていた筈の木箱の中から辛うじて一つずつだけ残った最後の高等回復薬(ハイ・ポーション)精神回復薬(マジック・ポーション)をベルトポーチに収めつつ、改めて二人に向き直った。

 

「今日は稽古を付けていただき、本当にありがとうございました。何から何までお世話になってしまって……」

「いや、俺としても久々に鍛えがいのある奴に出会えた。お前と出会えてよかったよ、アイリス」

「私の方からもお礼を言うわ。ふふっ、弟子なんて取ったことは無かったのだけれど、これは中々悪くないわね」

 

 二人は笑顔で、私の頭を撫でてくれる。

 

 父親と母親が居たら、こんな人だったのだろうか。夕日のせいか、別の要因かはわからないが、視界の端が捉える自分の顔が赤くなったような、そんな気がした。

 

戦争遊戯(ウォーゲーム)、応援している。勝ってくれよ」

「無茶は、しないでね?」

「っ、はい!」

 

 去っていく二人に、私は彼らの姿が見えなくなるまで手を挙げて見送った。

 

 気づけばすっかり陽は沈み、夜の帳が空を覆っている。魔石灯はそれを境に点灯を始めて、オラリオは人々の作るイルミネーションに包まれ始めた。それを初めて見た私は、そんな場合じゃないというのに少しだけ感動して目を輝かせてしまう。

 

 ふと隣を見れば、ロキ様は一枚の羊皮紙を握り締めて苦い顔をしていた。

 

 それは、少し前にギルドから届いた書状。戦争遊戯(ウォーゲーム)開催日時と、その他詳細の通達。チラリと見れば――――戦争遊戯(ウォーゲーム)開催は二日後の正午。場所はシュリーム古城跡地付近の平原。森も丘も存在しない平原の真ん中で戦いは始まる。

 

 移動はおよそ丸一日かかるので、明日の朝にでも出発しなければならない。今日彼らの協力を得られて本当によかったと思う。でなければ絶対に戦争遊戯(ウォーゲーム)開催まで間に合わなかった。

 

 ……息を吐く。

 

 勝てるかどうかは私にはわからない。だけど私の中では一つの決意が存在している。

 

「ロキ様」

「ん? なんやアイリスたん?」

「必ず、勝ちますから」

「…………そか」

 

 誓うように、私は告げた。

 

 悪戯の神(ロキ)は一瞬だけ呆けて、ニカッと笑った。

 

 

 

 

 

 アイリス・アルギュロス

 Lv.1

 力:SS1051→SSS1254

 耐久:A884→SS1038

 器用:SS1003→SSS1172

 敏捷:SSS1146→SSS1386

 魔力:S998→SSS1193

 《魔法》

 【■■■■■】

 ・現在使用不可

 【フィシ・ストイケイオン】

 ・付与魔法(エンチャント)

 ・速攻魔法

 ・地、水、火、風属性から選択可能

 ・■■■■■■

 ・詠唱式【地よ、震え上がれ(エダフォス)】【水よ、噴き上がれ(プリミラ)】【炎よ、燃え上がれ(プロクス)】【風よ、舞い上がれ(フルトゥーナ)

 【】

 《スキル》

 【■■■■■■】

 ・生きている限り試練が訪れ続ける

 ・窮地時に全能力の超高域強化

 ・獲得経験値(エクセリア)の大幅増加

 ・諦観しない限り効果持続

 ・自分と周囲が希望を抱くほど効果向上

 【■■■■】

 ・解読不能

 【■■■■】

 ・解読不能

 

 

 

 




基本アビリティの熟練度が酷いことになっている件について。

原作はもうちょっと過去の出来事についての情報開示をするべきだと思うの……おかげでアイズの両親関係は名前以外ほぼ捏造状態だよ!
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