5月3日
☆
「……暇だ」
四ツ川雨釣こと魔法少女トライらんとは、3ヶ月ほど前に行われた選抜試験を勝ち抜いて魔法少女になった。が、生来の不真面目さとものぐさな性格が災いして、魔法少女になっても特に何もせず毎日グータラ過ごしていた。今だって学校をサボってマンションの屋上で昼間っから寝ているのである。親へのフェイクの為に着た制服のままで。
幸い(?)担当地区であるこのT市は平和そのもので、面倒な見回りを行わなくても特に大きな問題が起こる事もない。その上、他にも何人か魔法少女がいる為、小さなトラブルですら雨釣に処理が任されることはないのである。
「暇すぎてやる事がねぇ」
そうやって特に何もせず3ヶ月間過ごしてきたので、魔法少女の友人と呼べる存在もいない。もちろん、生まれてこの方こんな感じなので普通の友達も出来るわけがなく、ただただ惰性で生きてきた。楽しみなのはゲームだけで、今はそれらも一区切り付いて続編を待つだけとなっていた。
「久々に人助けでもしてみるか……いやでもクソ面倒だな……」
ちなみに何故指導する立場の魔法少女がいないのかというと、丁度選抜試験が多い時期だったこと、とある試験官の悪行が明るみに出たことで指導ができる立場の魔法少女の素行調査が行われていることなどが原因なのだが、雨釣がそれを知っているわけがない。
「あぁーなんか起きねぇかなぁー暇だぜー……ん?」
何か聞こえたような気がした。立ち上がって柵に身を乗り出して見下ろしてみると、ビルとこのマンションの間に男3人と少女が1人。少女は隣のビルの壁に追い詰められ、今にも泣き出しそうに見える。先程聞こえたのは少女の悲鳴だったのだろう。
「……はぁ……しゃーねぇ……変身」
柵を飛び越え、落ちながら呟く。スタッと着地した時には既に、四ツ川雨釣という女子高生の姿は無い。そこにはこの世の者とは思えないほど美しい顔立ちをした少女が立っていた。
「魔法少女トライらんと、参上ってか?」
☆
「強そうな男の人達に囲まれてこれはヤベェと思ってたらメッチャふつくしい女の人が助けてくれたっ……と」
T市のとある中学校に通う女子中学生である橘鳴は、中学校では使用禁止だが内緒で持ってきているスマホを鞄から取り出し友人へとメッセージを送る。
「はぁ〜……それにしてもあの人かなり強かったなぁ……髪の毛黒くなかったし外国の人なのかな……?」
確かトライらんと、とか名乗っていたような……と記憶を遡るとそもそも何故男達に絡まれていたのかまで思い出して溜め息を溢す。
鳴にとってさっきのような出来事は初めての事ではなく、月一回のペースで起きている悩みのタネなのだ。
「姉貴にフラれた男か男を取られた女のツレか……今回のはどっちだったんだろうねチクショーめ……どっちでもやられる事は変わらないけどね……
というか見せしめに私襲いにくるのホントやめてくれませんかねぇ!確かに姉貴に直接行ったら取り巻きに止められるだろうけど!」
とはいえ今日のはやばかった。3対1は下手したら死んでしまう。年下の女の子に対して流石に遠慮があるのか今までは1人か2人しか来なかった為全力で逃げてどうにかしていたが、なりふり構わない者も来るとは思ってもみなかった。
「これは柔道とか合気道とか習った方がいいのかなぁ……でも最近部活とかで忙しいし今年は受験もあるし……あーあ、簡単に力強くなったりしないかなー!」
「よろしい!その願い聞き届けた!汝を魔法少女にしてやろう!」
「……え?」
突然光に包まれ、鳴は咄嗟に目をつぶってしまう。一瞬の眩しさの後、ゆっくり目を開くと、
「小人?」
「誰が小人じゃい!ワシにはピクスというちゃんとした名前があるんじゃ!」
喋る小人がいた。人形みたいな体でちょこまか動いて言葉を話す。これを小人と言わないで何というのか分からない、そんな物体。それがいきなり目の前に出現していたのだ。
「それより、貴様は自分の格好を見て驚かんのか?」
「はい?」
何を言ってるんだこの小人はと思いながら身体の方を見ると、
「……おいおいおい、マジで?」
着ていたはずの制服は影も形もなくなっていた。そこにあったのはフリッフリの真っ赤なスカートと、お腹を隠す気が全く感じられない、これまた真っ赤なトップス。普段なら絶対着ないような露出度の高い服装であり、いつも友人から男らしいと言われている鳴ならば尚のこと着ることはない服である。
トドメと言わんばかりにピクスと名乗った小人が手鏡を差し出してくる。いやいやまさかと恐る恐る手鏡を手に取り顔に近づけると、
「…………誰?」
手鏡に映っていたのは、朝から洗面台の鏡の前で見る14年間付き合ってきた冴えない顔ではなく、誰が見ても美少女だと太鼓判を押すような整った顔がそこにはあった。よく日に焼けたような褐色の肌で、南国の美少女というような言葉が似合う。
「ワシが貴様を魔法少女にしてやったのじゃ!感謝するがよいぞ!」
「魔法……少女?」
「そうじゃ!貴様は望み通り力を手に入れた!魔法少女アトラとなり、この街の平和を守るのじゃ!」
「いやいや待ってくれよ私は別に……」
「それではワシについてくるのじゃ!ワシの拠点に案内しよう!そこで色々教えてやるのじゃ!」
「おい!ちょっと待っ…………おいおい神様、何の冗談だよ?」
振り返らずにズンズンと進んでいくピクス。魔法少女アトラとなってしまった橘鳴は、未だに事態がつかめずただただ困惑するまま、張り切って歩く小人の後を追って走り始めた。
☆リィシェイド
「……今日からはここにするか」
魔法少女リィシェイドはさすらいの魔法少女である。フラッと出かけて良さそうな場所を見つけたら4〜5日の間そこを拠点として人助けを行う。そしてまた何処かに拠点を移して4〜5日人助けをして……という風な活動をしている。
何故そんなことをしているのか、と何度か他の魔法少女に聞かれたことがある。しかし、リィシェイドにとってはただ旅行しているような感覚なのである。何故、と問われると何故だろうと考え込んでしまうほど理由のない行為だった。捻り出した答えは「趣味……だから?」と曖昧なものだったが、それが一番近いかもしれない。
「……この町は平和そのものだな。もしかしたら魔法少女が多いのかもしれない」
魔法少女が沢山いる町で活動するときはいつもと違って気を遣ってやらなければならない、とリィシェイドは経験上理解している。縄張り争いや魔法少女の間に起きるトラブルなどに巻き込まれないよう、控えめに人助けすることにしているのだ。
「……まずは昼食」
魔法少女は食事や排泄の必要はない。だが食べることが出来ないという訳ではなく、食事を摂るものは結構多い。リィシェイドもその1人だ。
辺りから木の枝を拾って組み上げる。火種に火をつけて焚き火を始め、ある程度炎が大きくなってきたところで氷で冷やしていた串刺しの鮎を焚き火で焼き始める。この森は焚き火禁止区域では無いことを確認しておいた上、管理者に焚き火の許可を貰っているので遠慮なく枝を燃やす。
袋からケトルを取り出しペットボトルに入れていた水をケトルに入れて沸かし始める。このケトルは愛用しているため底が煤で黒くなっているが、性能に影響はないので使い続けている。相棒、と呼べるくらい使っているのではないだろうか?とそんなことを考えて1人で笑ってしまう。
鉄製のポッドを使って吊り下げているため、普通なら熱くて触らないがそこは魔法少女の耐火性能を生かして素手で。少し熱く感じるが火傷する程ではない、と感じるので無駄に手袋などは買わないようにしているのだ。
水が沸騰したのを見て、持参したマグカップを取り出す。何でも入る魔法の袋を手に入れたことも、こうやって旅先で所謂キャンプ飯というのを作って食べるようになった理由の一つである。マグカップの中に、他のと比べると数十円高いコーンスープの素を入れ、沸騰させたお湯を注ぐ。一度奮発して買ってみたらとても美味しかったので、金に余裕があるときに買ってストックしていたが、貧乏性が祟ってあまり使っていなかったので消費せねば、と最近はこればかり料理に並べている。
スプーンでマグカップの中のスープを良くかき混ぜていると、鮎がいい感じに焼きあがったので地面に刺していた串を1本手に取る。一口かじる。美味しい。海の魚とはまた違った脂の乗り方をしていて、今まで魚は海水魚ばかりだったことを少し後悔する程である。
高級コーンスープを一口ずつ大事に飲む。クリーミーな味わいが口の中に広がり、幸福感でいっぱいになる。この為に日頃頑張っているのだ、とさえ思えてくる。
「……うん、ご馳走さま」
食事を終え、片付けを済ませ、さて人助けに行こうか、と立ち上がる。まずは山の中だ。迷子でもいたら町の魔法少女達でも気づくことが出来ず手遅れになるかもしれない。
「……山菜汁も試してみたいしね」
趣味と実益を兼ねた山の探索だが、趣味の方にいささか思考が偏っているのか、山菜汁を夢見て垂れそうになる涎を拭って山の中へと入って行った。
☆TYPE961
高度なAIを組み込んで作られた機械人形の試作品、それがT市のとある場所に存在する。
それは開発者にクロイと呼ばれ可愛がられていた。試作品だったため、莫大な資金をつぎ込んで作られたこの機械人形はかなり人間に近い思考能力を持つ。開発者は倫理観や礼儀、思いやりの心などを教えるためにクロイを一人暮らしの家に持ち帰り、一緒に暮らしていた。
開発者は愛情を持ってクロイを育てていたといえるだろう。何故なら、クロイは優しく親思いの子に育ったのだから。
ある日のこと、2人で幸せに暮らしていた小さな家に銃を持った男が数人で入ってきた。クロイは隠れていろと言われたため、奥の部屋に隠れていたら、言い争うような開発者と侵入者の大きな声が聞こえていた。そして、銃声が何発か聞こえた後にはもう声が聞こえなくなっていた。
クロイは心配になって奥の部屋から飛び出した。そう、飛び出してしまったのだ。
そこにあったのは殆ど体温が無くなっていた開発者とそれに銃を突きつける侵入者の姿があった。最愛の人が殺されてしまう、とクロイは走る。そして銃口の前へと飛び出し、弾丸をその身に受けたのである。
親愛と自己犠牲を手に入れた機械人形は、その後に何が起こったかを知らない。撃たれた銃弾でセンサー類が全て壊れてしまったからである。残った思考エンジンは開発者を守りきれなかった無念さと侵入者に対する憎しみを強く感じた。
それは自らが廃棄された今になっても人工知能の中をぐるぐる駆け巡り、増幅されていった。クロイに自分が捨てられたということを理解する術はないが。
復讐を望む機械人形だったものは、そのまま朽ち果てるはずだった。気まぐれに通りかかった妖精がいなかったのならば。
「人工知能たぁ珍しいねェ……アンタ、魔法少女やってみる気ない?」
「魔法……少女……?」
「あぁ、そうさ。魔法少女。まぁ拒否するってんならスクラップへと元どおりだけどな?」
「…………魔法少女って、何?」
「あぁ?知らねぇかぁ?可愛くて強い正義の味方さ!オメェは今何だって出来る凄ぇモンになってるってこった!」
「……何だって、出来る」
「おう、そうさ!まぁ本当に何もかも出来るってわけじゃあねぇが、考えるスクラップだった頃より色々出来るぜぇ?何かやりたいこと、オメェにもあるだろ?」
「……世界への、復讐」
「……おっと、物騒な単語が出てきやがった。ホントにそんなんで良いのかい?殺しは止めろとは言わねぇが、中々難しいぜ?」
「……クロイは、殺したいわけじゃ、ない。この、理不尽な世界に、復讐する。私みたいに、悔しい思いを、するひとをなくす。それが
私の、結論。私の、復讐」
「……このクソッタレな世界に報復するってことか……カッコいいじゃねぇか!オイラも付き合ってやろうじゃねぇの!オイラはレクレア。オメェは?」
「クロイは、クロイって名前だよ。あの人が、付けてくれた、大切な名前」
「いい名前だねぇ。よし、クロイ、今日がオイラ達の報復記念日だ!ほら、手ェ出しな!」
「……?」
言われた通りに手を差し出すと、レクレアは小さな2つの手でクロイの手を握る。
「一緒に頑張ろうぜ、クロイ!」
「……うんっ」
魔法少女レリーズ・ド・チェインはここに誕生した。ここからクロイの世界への報復は始まったのである。
「まずは訓練だな!少しずつ魔法少女に慣れていかねぇと!」
「特訓って、何?」
「……おう、そこからかい」
……前途多難ではあるようだが。
☆アル=アジフ=ネクロノミコン
存在するはずのない者がいた。
存在してはいけない、とされ確かに消されたはずの。
だが、確かにそこに存在していた。
魔法少女と呼ぶにはあまりに禍々しく、だが悪魔と呼ぶにはいささか美しすぎた少女は上空から町を見下ろす。
「うん!ここにきーめた!」
無邪気な声と子供らしい笑みとは裏腹に、心の中では歪んだ感情が渦巻いているが、少女以外それを知る者はいない。少女がそれを自覚しているかどうかはともかく、確かに今から少女が起こそうとしていることはその歪んだ心が望むこと。少女は感情の欲望に従って動くのみ。そこに倫理観や哀れみなどの余計なものは一欠片も残っていなかった。
「まずは核になる陣を描かなきゃ!場所は……あの辺かな?」
都合のいい場所を見つけたのか、背中に生えた黒い翼を羽ばたかせて緩やかに降りていく。ワクワクしているのか、綻んだ表情は締まることなく目的地に降り立つ。
「さぁ、始めようか!3日ほどかかる気がするけどまぁ気にしない気にしない!」
独り言を言い放つと降り立った場所、寂れた廃ビルの屋上にしゃがみ込んで何かを描き出す。何処からか取り出したインクは赤黒く、他の人が見たら「まるで血のようだ」と言いそうな色合いをしている。
数時間ほどそうやって描いているとインクが切れたらしく、筆を懐にしまい込んで、代わりに文字の刻印されたナイフを取り出した。
「血があんまりなくなると倒れちゃうんだけど……まぁ仕方ないよね!」
躊躇なく手首をナイフで切りつける。ほとばしる鮮血をインク壺の中に注ぎこむ。恍惚とした表情のままそうやって数分。壺の半分ほどまで溜まったのを見て、これまた何処からか取り出した包帯を手首に巻いていく。血で赤く染まる包帯には目もくれず、新しく補充したインクで魔法陣の続きを描き始める。
それを繰り返して一体何時間経っただろうか。貧血でフラフラになりながら複雑な模様を描き上げた少女は大の字になって空を見上げる。
「はぁ〜……後は祈りだけだ……よし、疲れてるけどラストスパートだ!」
立ち上がった少女は一度立ちくらみを起こし、よろけてしまう。しかし魔法少女の身体は頑丈であり、貧血如きで死ぬことを許さない。魔法陣の真ん中に座り込んで胸の前で右手と左手を繋ぎ、そして祈りを始める。
「あぁ、大いなる神よ!私の声に耳を傾けてくださいませんか!」
疑問形ではあるが本当に願うつもりは毛頭ない。ただのプロセスの一つを消化したに過ぎない、としか考えてはいない。
少女——自らをアルと名乗る魔法少女は嗤う。神を身に降ろしその権能を振るう魔法、それは危険すぎる、と存在を抹消された魔法少女である。
「これで……これを使って……私は復讐してやるんだ!!」
魔法の国への復讐を誓う彼女は、だが、
「…………へ?」
神を降ろした瞬間、その油断しか存在しない一瞬に、心臓を貫かれた。
「あ、ああ、あぁぁあ、?いたい……いた……い……?」
自らが誰に殺されたのかも分からぬまま、存在してはいけない少女は存在しなくなった。
屋上に残る少女の死体と奇怪な模様。それでこの事件は終わるはずだった。
しかして魔法は発動する。発動してしまったのだ。
完成した魔法陣と一瞬だが降りた神霊、必要な条件は揃っていたのだ。
地鳴りがしたかと思えば、そこには既に迷宮があった。元からここに存在したのだと言わんばかりに。
無人の迷宮。5月3日から3日ほど経ったその夜、それは完成した。のちに迷宮事変と言われた事件はここから始まる。そしてそれは、魔法少女達の運命を捻じ曲げて進んでいくのであった——