汝は魔法少女なりや?   作:花極四季

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初オリジナル作品となります。
以前より二次創作で色々と手を付けていましたが、ここ数年のスランプから始まった執筆離れに一石を投じるべく、まったく新しい試みとして作品を投稿させていただいた次第です。

文章の構築に関しましても、以前とは異なる形式で書いているので、場合によっては見づらいと感じる方もいるかもしれませんが、ご了承ください。

それと、甘えた自分を追い込む意味も込めて、Twitterにアカウントを作りました。
今後は活動報告に限らず、こちらでも情報を出していったり雑談とかも気まぐれに行っていく予定です。

https://twitter.com/Kronos_KSK


灰塵独唱-Flame was born from the ashes-
魔法少女は灰塵と共に


 唐木仏壇(からきぶつだん)を前で鉄柱のような背筋で正座する少女。その眼前には家族である父と母、そして妹の遺影(いえい)が立っている。

 静謐(せいひつ)な空間の中で音一つ立てずに目を伏せてから数秒。蝋燭(ろうそく)に火を灯し、その火で線香を焚く。

 幾度と繰り返された工程。ゆらゆらと揺れる蝋燭(ろうそく)の火と、その奥にある遺影(いえい)を見て脳裏に必ず浮かぶのは、業火によって建物が()べられていく光景。

 

 それは、少女が正しい意味で天涯孤独となってしまった日に起こった悲劇。

 業火と共に倒壊していく建物の中、妹の亡骸(なきがら)を必死に護ろうと身ひとつで足掻いた結果、それを護り通すことは叶ったが、全てが元通りとはいかなかった。

 むしろ、失うものの方が圧倒的に多く、単純な足し引きでいえば圧倒的に損が勝る結果となっていた。

 それでも、少女の心の中には一片の後悔も生まれることはなかった。

 魂が抜け、妹ではなくただの死体でしかないそれを、何故そこまでして護り抜こうと思ったのか。

 冷静かつ合理性の塊と言える少女がそのような無駄を敢行(かんこう)したのは、手を取り合い苦楽を乗り越えてきた過程によるものか。

 

 今日に至るまでの間、科学はさも当然のように発展し、それにより食糧問題が解決し戦争が徐々に鳴りを潜めてきたと同時に、人口の増加によって未開の土地に手を付けなければ生存圏が確保出来なくなってしまっていた。

 科学の力によって荒れた土地も再生し、地球全体を見て明確な貧富の格差が生まれるようなことはなくなり、人類が安定して生きられるようになった、そんな矢先の話である。

 後に『終焉災害(エンドマーク)』と呼ばれる、地球規模の災害が発生した。

 

 『終焉災害(エンドマーク)』が発生してからはや数年。ある日突然、妹のための薬を探すために遠出をしていた父と母が行方不明となり、心構えを持つ暇もないまま病を患った妹と二人だけになってしまった。

 行方不明としてはいるが、その向かった先で巨大な台風が出現したという風の噂を聞いており、その情報から半年が経過した時点で、恐らくは巻き込まれたものと判断せざるを得なかった。

 

 地震、台風、豪雨――言葉だけ見れば珍しくもない災害。しかし、その規模が異常だった。

 地震はマグニチュード7程度当たり前、台風も平均100ノットと、そんな規模の災害が周期的、時には突発的に人類に牙を剥いた。

 必然的に、それらに対して身を護る手段を持たない小さな村から街はなすすべもなく滅んでき、地殻変動によって世界地図は大きく塗り替えられ、大国と称された国であろうとも崩壊していくという光景も決して珍しくはない状態となっていた。

 

 少女が生まれた国である日本もまた、『終焉災害(エンドマーク)』によって半壊。日本に住む人々は生活できる環境を失ったことで、平穏な日常から切り離されることとなってしまう。

 日本国民の大半は、『終焉災害(エンドマーク)』発生以前より各地に建設されていた巨大地下シェルター『雨宿り』を新たな居住地として生活をしている。

 自給自足を可能とした設備を初めとして、閉鎖的な空間ながらも天然自然の溢れる景観を実現させており、地下シェルターのネガティブなイメージとは縁遠い、安らげる空間を現実のものとしている。

 しかし『雨宿り』の名の通り、本来そこは永住を目的とするための施設ではない。

 あくまでも一時しのぎの避難所として提供されている施設であるため、路頭に迷った人間すべてを養えるほどの規模はない。

 各地に点在する『雨宿り』をすべて集結させたとしても、国民が健全な生活を保障できるのはせいぜい三分の二が限度だと言われている。

 そうなると当然、安全というチケットを掴み損ねる人も生まれる。

 少女とその家族もまた、その権利問題で地上に残らざるを得なかった被害者である。

 

 国――否、世界的な危機において、人民全てが平等に権利を享受できるなんてことはない。

 『雨宿り』に避難する権利に関しても例外ではなく、あらゆる分野での技術者が重用される中で、即戦力たり得ない技能や、そもそも働けない子供や老人に至っては、極端ではないにしてもやはり優先順位は劣る扱いをされていた。

 日本が傾かんとしている状況だという理性的な見解を持ちつつも、そんな未来よりも明日を過ごす平穏を望む気持ちは両立する。

 故に、居住権を巡ったいざこざは散見しており、そんな状況を嫌い敢えて残ったというのがひとつ。

 

 もうひとつは、最初の理由にも関わることだが、妹が病を患っているという点。

 病人は、働けない子供や老人以上に疎まれる存在。病を治療するにも安定させるにも薬という貴重品を摂取する必要があり、そこまでしても利益としてはプラスにはならない。

 労働力にもならず、物資を消耗させるだけの置物に、自分の命を犠牲にする覚悟で席を譲る人間が果たしてどれだけいるだろうか。

 何千と収容される閉鎖的な施設の中で、不満の種をたったひとつ植え付けてしまえばどうなるかなど、想像に難くない。

 ましてや、これは努力で改善できる問題ではない。現代の医学を持ってしても、安定させるのが精いっぱいの肺炎のような症状。厄介者として扱われるのは必然だった。

 不満の()け口にされることが目に見えている状況、その中心となるぐらいならば地上で過ごした方がまだ安全で精神衛生上マシであると家族で判断した結果が、少女が自宅で過ごしている理由である。

 その決断は、彼女が孤独となってなお変わらずに残り続けている。

 それだけが、唯一彼女に残された家族との繋がりだから。

 

『――アスカ、反応をキャッチしたよ』

 

 鈴の鳴るような声と共に、アスカと呼ばれた少女の隣に、火で模った鳥のようなものが現れる。

 名前は『フェネクス』。不死鳥と同じ名を持つ炎の精霊であり、彼女が今こうして生きている理由そのものである。

 

 フェネクスとの出逢いは、妹の死体を埋葬しようと廃墟の教会に訪れた日に(さかのぼ)る。

 自宅で静かに息を引き取った妹をまともな場所で弔おうとし、唯一見つけたのがそこだった。

 開拓に開拓を重ねられた近代において、今も確かな形を残していた郊外の丘上に建てられたそれは、何故か『終焉災害(エンドマーク)』の被害を欠片も感じさせないほどに、土地も建物も綺麗に残されていた。

 あまりに都合がよすぎる条件の立地に奇妙なものを覚えつつも、妹の苦しみを一度も癒せなかった彼女はせめてもの手向けとしてそこを墓標にしようと決断した。

 

 石造りの祭壇の上に教会の裏に咲いていた、色とりどりの花を敷き詰めてベッドとし、最期の別れをしようとした瞬間、教会が業火に包まれ、同時に地震も発生したことで瞬く間に教会内に閉じ込められた。

 そうして死を覚悟したアスカの前に現れたのがフェネクスだった。

 

「そうか」

 

 フェネクスの言葉に、アスカは眉一つ動かすことなく相槌を返す。

 少女然としていない雰囲気を纏う身体を軽く動かし、一度軽く呼吸を整えた後おもむろに立ち上がり、部屋を出ようとする。

 部屋から出る一瞬、自分と(うり)二つな妹の遺影を見つめ、僅かな躊躇(ためら)いを取り繕いながら(きびす)を返した。

 

 外は深夜。耳をつんざく静寂と星々の小さな輝きが、彼女の出陣を歓迎する。

 声なき漆黒の中、アスカは火の鳥を掌に添える。

 

「――還り咲け『焔塵(フェネクス)』」

 

 呟くように言葉を紡いだ瞬間、アスカの周囲に炎が逆巻く。

 炎はアスカの身体に巻き付いてくと、次第に形を変えていく。

 炎の揺らめきを想起させる色合いのロングスカートに、肘まで伸びた紅色の手甲。そして火の鳥を握っていた手には、太陽を模った宝石を先端に付けた身の丈ほどもある巨大な杖『陽片(ミーティア)』が出現する。

 ファンタジーが現実に落とし込まれたような光景。それは言葉通りの現実を指し示していた。

 

 

 魔法少女。

 彼女こそ、誰とも知れぬ希望の欠片(かけら)

終焉災害(エンドマーク)』を止めることが出来る力――魔法の力を行使できる少女その人である。

 

 

 

 力強く大地を蹴り上げ、勢いのまま飛翔する。

 自己を媒介とする魔法は、魔法の中で最も簡単な部類に入る。

 一年間という実績のあるアスカにとって、この程度は呼吸するのと何ら変わらない。

 

『北西に複数のイマジナリ反応!』

 

「分かっている」

 

 荒々しい魔力反応を辿っていく内に、目標のポイントに到着する。

 そこには、『終焉災害(エンドマーク)』によって倒壊し、復興の目途が立っていない廃墟しか映らない。

 だが、それは常人の感覚であって、魔法少女にとっては確かにそこにいる(・・)のが分かる。決して見逃せない、無色の悪意による怪物が。

 

「『位相結界(イミテーション・プリズン)』起動」

 

 『陽片(ミーティア)』の石突部分で地面を小突くと、コンクリートの焼ける音と共に、炎環が波紋となって()()の線引きをしていく。

 広がる位相結界に、先程感知した魔力反応が触れると、何もなかった筈の場所に徐々に黒い靄でできた輪郭が、泥人形が如く歪に形取っていく。

 

「虚数座標固定。結界を自律モードへと移行完了。これより戦闘を開始する」

 

 魔法の詠唱とは違う、再確認の為だけの復唱。

 幾度と繰り返してきた工程は、死地に立つ戦士とは思えないほど無機質で、どこまでも作業的な雰囲気が伺える。

 しかしそれ故に、結界に一切の綻びもなければ揺らぎもない。完璧と言って差し支えない、実と虚の狭間に出来た牢獄。

 虚数空間に結界を張ることで現実世界と同じ環境を再現し、虚数空間に存在する生命体『イマジナリ』を実数体として捕捉している。そうしなければ対消滅が起こってしまい、跡形も残らずに虚数の海に沈んでしまう。

 つまり、この結界は彼らを逃さないための檻であると同時に、宇宙服のような役割も担っているのである。

 

 この空間が消える条件は、術者が任意で解除するか、術者が死亡した時のどちらかしかない。

 つまりイマジナリがこの牢獄から脱出するには、アスカを打倒する以外ないということである。

 

『『『『Gaaaaaaaaa!‼』』』』

 

 偏在した獣の咆哮が炎の牢獄に響き渡る。

 眼前に姿を現した無形の獣。これこそイマジナリと呼ばれた虚数生命体の正体であり、魔法少女が打倒すべき不倶戴天(ふぐたいてん)の敵。

 

 その姿は、例えるならば熊ほどの大きさをした狼だろうか。それが一つの影から全く同じ造形で分散していく。

 マイナスで構成された獣に本能があるかは甚だ疑問ではあるが、アスカを敵と断定した獣はその喉笛を噛み切らんと虎視眈々と機会を伺っている。

 一度押し倒されようものならば、嬲り殺しにされるしかない。アスカとの体格差を考えれば、本来なら戦うという選択肢さえも浮かぶはずもない。

 そんな化け物と対峙してなお、アスカに動揺は無い。

 

『数は20体、全部タイプビーストだね。空を飛べば危険は少ない相手だけど、油断しないでね』

 

「ああ」

 

 フェネクスの指示に従いにアスカは空中に移動すると、杖の先端を獣達へと向ける。

 魔力を杖先に集中させ、それを散弾のように発射。タイプビーストと呼ばれた獣形態のイマジナリは、それぞれ四方に散会し回避を行う。

 しかし、回避した先に着地した瞬間、その内の一体の身体が発火を引き起こす。

 業火に悶え苦しむ獣に、間髪入れずに駄目押しの魔法弾を食らわせる。

 

「一体目」

 

 弾幕の撃ち込む角度を計算に入れ、イマジナリが回避する方向を誘導。予想着地点に置く形であらかじめトラップを仕込んでおくことで、次々と業火の塵と化していく。

 アスカの魔法少女としての適性は限りなく低い。

 フェネクス曰く、アスカは標準の魔法少女と比較して魔力変換効率は半分以下。単純に倍の時間を掛けなければ、標準の魔法少女と同等の火力を出せないという致命的な弱点を抱えている。

 だが、それを補って余りある戦術眼と情報処理能力によって、未知の相手であろうとも的確な判断で戦うことが出来る。

 本人の才能もあるが、何よりも彼女が孤独な戦いを強いられていたからこそ、必然的に身に付いた能力である。

 そうでなければ、武道の一切を嗜んだ経験のない素人が、誰からも戦いの何たるかさえ学ぶことなく一年も死線を潜り抜けられるわけがない。

 

「二体目、三体目、四体目――」

 

 淡々とキルスコアを呟き一方的に仕留めていく姿は、歴戦の戦士、あるいはハンターのそれ。

 少女の鋭い眼光は、一切油断なくイマジナリを見据える。それが例え業火に焼かれ力尽きたとしても、消滅するまでは常に視野角の中に収めるように立ち回る。

 それはひとえに、己の弱さを自覚しているが故の行動。

 事実、彼女は無傷ではあるが、魔力に関しては最早限界に近い。

 少ない魔力をいかにやり繰りして、最適解を常に導き出し、ようやく互角。

 むしろ、少女の肉体では一撃でもまともに攻撃を食らえば耐えられないであろうことを考慮すれば、この優位は薄氷そのもの。

 だからこそ、攻撃の手を緩めることはない。

 嬲り殺すぐらいでなければ、此方が嬲り殺されるだけだから。

 

「終わりだ」

 

 最後のイマジナリが消滅するのを見送ったと同時に、結界もまた役目を終えて消滅する。

 それに伴い、アスカも魔法少女の姿を解除する。

 

「お疲れ様」

 

「……問題ない、いつものことだ」

 

「それでも、ね。アスカの戦いは秘匿されるものである以上、誰にも称賛されることはない。だからこそ、ボクぐらいは労ったっていいじゃない」

 

 魔法少女の戦いは、表立って行われているものではない。

 イマジナリは虚数空間でしか存在できない為、虚数空間に入り込める魔法少女でしか観測できない。

 それ故に、その功績は大衆に知られることはない。

 

 イマジナリは、誕生した瞬間から現実世界に干渉しようとする習性を持つ。

 膨大な虚数エネルギーの塊であるイマジナリが現実世界に出現した瞬間、虚数エネルギーがそのまま実数に変換され、自然界に還元される。

 しかし、そのエネルギー量が膨大過ぎるせいで、さながらバケツの水をコップで受け止める要領で溢れかえってしまう。

 その余剰分のエネルギーこそ『終焉災害(エンドマーク)』の正体、らしい。

 

 確証がないのは、情報源がフェネクスの言葉だけであるという信憑性の欠如にこそある。

 しかし、それ以外に納得できる材料はないため、とりあえずはそうであると納得するしかない。

 

 『終焉災害(エンドマーク)』は時間が経てば自然と霧散して自然にエネルギーとして還元されていくが、その間に出る被害は凄惨たるもの。

 一度『終焉災害(エンドマーク)』としてエネルギーが解放されてしまえば、如何に魔法少女といえど止めることはできない。

 本物の災害を前には、如何な奇跡であろうとも太刀打ちはできない。ましてや個人の力であるならば猶更(なおさら)のこと。

 

 身も(ふた)もない話だが、魔法少女とは既存の軍事力を遥かに凌駕するような存在ではない。

 時代が移り変わろうとも、生物は脳や心臓にダメージを当たれば簡単に死に至ることは変わらない。

 効率だけを求めるのであれば、魔法弾一発とピストルの一発が同程度の威力であると仮定して、どちらが効率的であるかなど考えるまでもない。

 虚数空間に干渉できるのが魔法少女だけという制約がなければ、こんな非効率的な行動は誰も取ろうとはしないだろう。

 故に、魔法少女の仕事ととは『終焉災害(エンドマーク)』が発生する前に虚数空間に潜り込み、原因であるイマジナリを倒してエネルギーを霧散させること。それに尽きる。

 

「私は出る杭を打っているだけだ。身に降りかかる火の粉を払うのは自然なことだし、それが例え誰かの救いになろうとも、それは結果論に過ぎない」

 

『……ふ~ん』

 

「言いたいことがあるなら言え」

 

『いや、今日はいつもより遠くまで来たなぁって。ほら、あそこアスカが通ってる学び舎がある』

 

 フェネクスの視線の先には、所々の損耗が見受けられる素朴な校舎が建っている。

 この周辺一帯に限って言えば『終焉災害(エンドマーク)』の直接的被害はアスカの活躍によって免れているが、ならば安全だということは一切ない。

 度重なる地震による交通網の破損、それに伴う次善としての空路も、予測困難な台風によって安定せず、物資の補給もままならない。

 あの校舎も今や勉強をする場所というよりも、避難所と言った方が正しい。

 家屋を失った家族、身寄りを失い路頭に迷う子供、一人で生きるのが困難な老人、それぞれの理由から身を寄せ合って生きている者達の溜まり場。

 

 アスカも本来ならばそこに居るべき立場だが、あの家から出ていく気は無い。

 性格上、あまり集団行動を好まない性質故に、自活できる程度に実家が無事であるならば、多少苦労してでも他人とは距離を取りたいと考えている。

 それに、アスカはとある理由から魔法少女である事実を秘匿することを絶対としている。それこそ、アスカの人生を左右するほどの重い理由がそこにはある。

 そんな私情を抜きにしても、魔法少女という摩訶不思議な存在を秘匿するのは合理的な判断であるため、フェネクスも彼女の判断に口を出すことはない。否、出せない。

 

『……帰らないの?』

 

「少し、様子を見てくる」

 

 静かにそう告げると、フェネクスの返答も聞かずに、アスカは静かに校舎の窓から漏れる光へ向けて飛び立つ。

 夜の帳に身を隠しつつ、窓から中の様子を観察する。

 所々に綻びの目立つ一室に、デスクに向かってパソコンを操作している女性の姿が見える。

 疲れた表情を取り繕うこともせず、しかし作業の手を止めることなく続けている。

 彼女の名は「幸節結花(こうせつ ゆいか)」。図らずもこの校舎を取り仕切る立場となってしまった、責任感の強い女性。

 元々この校舎で教師として働いており、人当たりの良さと三十を超えてなお若く美しい姿も相まって、結構な人気者であったらしい。

 『終焉災害(エンドマーク)』による破滅の波が押し寄せていく内に、学び舎としての維持ができなくなるほど教職員が離れていき、その代わりに新たに避難所として生まれ変わった中、彼女だけは最後までこの場に留まり続け、そうして今に至っている。

 

 詳しい事情は知らないが、彼女の人の好さが災いし、避難民達を見捨てることができなかったであろうことは想像に難くない。

 流石にすべての作業を彼女ひとりでやってはおらず、少数ながらも大人も滞在する中で分担作業を行ってはいるが、この校舎の全容を一番把握しているのは彼女だけということもあり、やはり負担の比重は彼女に大きく傾いている。

 今もこうして、物資の在庫などのチェックを夜中まで続けているのを見れば、まともに就寝できるのは深夜近くとなろう。

 それでも避難民や子供達の前では弱音どころか疲労も一切見せることがないのだから、大した女優である。

 

『そんなことしてないで、真正面から手伝いに行けばいいのに』

 

「下手に私に依存するような環境を作ってしまえば、魔法少女としての行動に支障が出る。彼女の努力を応援するというのなら、私にしかできないことをやるべきだと思うがね」

 

『そういうことじゃないんだけど……はぁ』

 

 呆れた様子のフェネクスを尻目に、用は済んだ言わんばかりに校舎に背を向け、元居た地点で着地する。

 アスカはフェネクスが自分に何を求めているのかをきちんと理解した上で、はぐらかすように無視を決め込んでいる。

 フェネクスの感傷は余分なものだ。少なくともアスカにとっては。

 気遣いの心を否定するつもりはないが、だからといって受け入れられるかと言えば別問題である。

 

 先程フェネクスに対しての言い分は、紛れもなく本心から来たものだ。

 余計なしがらみは魔法少女として生きる中で間違いなく枷となる。その上で、アスカ自身が他者との積極的な交流を控えたいと考えているのならば、それは本来契約者であるフェネクスにとって噛み合ったと喜ぶべきことである。

 にも拘らずこのような世話を焼こうとする辺り、本人の善性が窺い知れる。

 

「明日、少し彼女と世間話をする。それが落としどころだ」

 

『まぁ、それでいいよ』

 

 不満げな声色ながらも納得したらしく、ならばと即座に話題を変える。

 

「フェネクス、それよりも周囲に生体反応は?」

 

『大丈夫、今居る場所なら完全な死角だよ』

 

「そうか」

 

 フェネクスの言葉を聞き届けたアスカは、魔法少女としての姿を解除する。

 一瞬にも満たない発光と共に、その姿はあるべき姿へと還る。

 

 アスカが立っていた場所には、長身の男性が悠然と佇んでいた。

 仏頂面で冷めた印象の瞳を持つ、二十代半ばほどの青年。雰囲気だけを捉えるならば、まさにアスカと瓜二つといえる。

 それもその筈。何故ならば、彼は――

 

『じゃあ、帰ろうかアスカ――じゃなかった、凱虎(・・)!』 

 

「この姿ではその名で呼ぶな。その名前は――」

 

『ごめん。でも僕にとっては凱虎(かいと)もアスカも同じようなものだから、つい』

 

「それでも、その名は彼女のものだ。本来ならば、あの姿であろうとも呼ばれるべきではない。私は、妹じゃないんだ」

 

 青年の名は、(すめらぎ)凱虎(かいと)

 (すめらぎ)飛鳥(あすか)の兄であり、フェネクスによってその亡骸(なきがら)を器とし生き永らえた亡霊。そして人知れず世界の危機と対峙する、魔法少女アスカ。それが、この青年が背負う業。

 終焉へ至る世界に抗う力を図らずも得てしまった、錆び付いた心を持つ少女(せいねん)

 魔法少女という、本来ならば少女と定義される年齢の子供のみが得ることのできる力を使えるのは、その適性が飛鳥(あすか)にあったから。ただそれだけの事実。

 凱虎(かいと)はそのおこぼれに預かっているだけの、ただの死にぞこないでしかない。 

 

「……帰るぞ」

 

 平坦で低い声が、何もない世界に木霊(こだま)する。

 業火に焼かれた身体は灰となれども、その魂は空に昇らず。

 妹の亡骸(なきがら)を辱めてまで生き永らえた命は、(ねずみ)色の瓦礫(がれき)の街で静かに鼓動する。

 喪失に喪失を重ね、唯一の心の平穏と一体となった 凱虎(かいと)が選んだのは、ヒーローのように世界の危機に立ち向かうことではなく、魔法という未知の力で、かつての穏やかな家庭の名残(なごり)を護るべく戦い続けるという、空虚な灰色の戦士としての道。

 身近な人間でさえも手に余るというのに、何故見知らぬ不特定多数のために戦わなければならないのか。

 これで彼が魔法少女として優れていたならば、少しは考えが違ったかもしれないが、現実はいつだって傾いた天秤を戻すほどの希望を与えてはくれない。

 魔法の力は特別でも、自分は特別でもなんでもない。その事実は、彼に決定的な諦観をもたらした。

 

 ならばと、今日も 凱虎(かいと)は大切なものをこれ以上喪わないためだけに、偽りの自分を演じる。

 それが自分が無様に生き延びた唯一の価値であると信じて疑わずに、イマジナリを倒すための歯車として自己を定義する。

 その悲観的な生き方をフェネクスは止められない。

 元より戦うための宿命を背負わせた分際で、それを弁えずに慰めの言葉を吐いたところで、()びた彼の心には決して届かない。

 言葉を重ねたところで、下手をすれば(こじ)れるだけで終わりかねないほど、彼の人間性は希薄になりつつある。

 ただでさえ孤独同然な彼と、今最も身近な存在であるフェネクスとの心の距離が離れるようなことはあってはならない。そうなれば、完全に機械のような存在になってしまいかねない。

 故にフェネクスは(すす)けた決意を宿す背中を、憐憫の情と共に見守ることしかできない。

 

 "――誰でもいい。僕の代わりに、凱虎(かいと)を助けてください――"

 

 無力感を胸に、願わくば彼の心を溶かしてくれるほどの変化が訪れることを祈りながら、フェネクスは一条の流星を見送った。

 

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