小鳥の
目覚ましさえも上等な代物となった時代。文明の利器に頼らなくなった生活は、皮肉にも人間の健全性を取り戻す結果をもたらしていた。
『おはよう凱虎』
「おはよう」
視界外からフェネクスに見送られ、そのままベッドから起き上がる。
ベッドメイクから始まり、そのまま淡々と着替えと食事を済ませていく。
習慣化された日常の始まりを告げる儀式。そこにはかつての温かみはなく、惰性と微かに残った人間性が後押ししているに過ぎない。
食糧は絶対に絶やさないように、身体も服も可能な限り清潔に、最低でも五時間は寝ること。
それは自ら定めた決まり事ではなく、フェネクスの口うるさい諫言に渋々従っているに過ぎない。
元より凱虎としての姿は、魔法によって再構成された肉体でしかなく、少々不潔にしていたところで肉体が劣化するような仕様にはなっていない。
これはベースの肉体である
節水できることに加え、衣服を調達する必要性もない。その事実を知ったときは、何もかもが不足しているこの時代において、魔法という力を得られたことを何よりも有難いと思った瞬間であった。
「あ、髪跳ねてる。もう、だらしない!」
「この程度、今時誰も気にしないだろうに」
「駄目ったら駄目!今日はあの人に会うんだから、そういうところは特に気を遣うの!」
「無駄に気を張っているのはお前だけだろう」
フェネクスは怒りを露わにしながら、咥えたブラシを凱虎に差し出す。
小さく溜息を吐き、渋々とブラシを受け取り鏡の前でしっかりと整える。
フェネクスがここまで頑なな態度を取るのは、何も幸節結花と会う予定があるからではない。
こうした小さなことでも口を出していかなければ、彼は簡単に堕落していく。
死ぬ理由がないから生きている――彼の現状を指すならば、まさしくそれだ。
他人からの評価に頓着はなく、ましてや自分自身さえも雑に扱うことに
過去のイマジナリとの戦いの中でも、死中に活を求める選択を取ることはままあり、それが結果として常に最適解であったことからフェネクスもある程度黙認はしているが、いつかその選択が致命的な過ちへと繋がりそうで気が気ではないのが本音である。
『
なまじ万能であったが故に大抵のことは一人でこなせたせいで、人と人の輪を広げることへの価値を見出せず、今もこうして独りで在ろうとする。
閉鎖的な人間関係を加速させたのは、それがすべてではない。
妹の
青春真っ盛りな時期、ただでさえ人付き合いを好まない男が妹との時間を作る為にそれ以外を遮断してしまえば、今のような性格になるのは必然であった。
だからこそ、フェネクスは幸節結花に
凱虎に今何より必要なのは、人間との交流――すなわち人の温かみを知ること。
理由は判然としていないが、フェネクスが知る限りは家族以外に彼が大きく関心を抱いているのは、彼女以外に知らない。
故に、この機会を逃さないようにと必死に世話を焼いていた。
何せ感情自体が無自覚である可能性があるのだ。発破をかけなければ永遠に表層化しないのでは、と疑念を抱くなという方が無理がある。
「行くぞ」
『忘れ物はない?ハンカチ、お昼ご飯、ゴミ袋――』
「問題ない」
身支度を終え、自宅を出る前にフェネクスに持ち物確認されるという最後の朝の儀式を終え、車庫に向けて歩を進める。
シャッターを開けた先に真っ先に視界に入るのは、銀色の洗練されたフォルムの大型バイク。
この時代において、化石燃料は大変貴重なものとなっており、それは終焉災害が発生する以前よりの問題であった。
そこで開発された最新のエンジン。それは太陽光を取り込むことで内燃機関に熱を送り、その熱を放出させることなく循環させることで、疑似的な永久機関を実現させたもの。
とある鉱山から発掘された、太陽光を取り込むことで熱エネルギーを限りなく無限に近いレベルで生み出す、そんな奇跡のような鉱石が、それを可能とさせた。
かつて『聖地』と呼ばれた土地で発見されたそれは、とある特別な加工法によって太陽光を通すと内側に向けて無限に乱反射し続けて、最終的に真っ黒に変色する現象を生み出し熱エネルギーを発生し始めるようになるという、人類の革新とも呼べる結果を導き出した。
太陽光以外は透過してしまうことと、太陽光を通した後の色合いから『ナノコロナ』と名付けられたそれは、想像を絶する量が出てきたことから、世界中にその恩恵を与えることができた。
このエネルギー革新が世界がひとつになる切っ掛けになったとも言われており、十年ほど前に加工技術を解明し世界に広めた「ステイシー=カース」という男は、当然の如く一躍時の人となった。
表舞台に出るのを嫌うのか、メディアに素顔込みで報道されたのはただの一度だけで、度々成果が公表されても本人が出てくるようなことはなかったが、その功績の数々はこの凄惨たる未来を見通し、それを乗り越える為に先んじて作られていたかのようなものばかりであり、その知名度はかつて存在していた『信仰』という概念が復活しかねないほどにまで高まっている。
そんな彼の知名度に反比例して、彼自身が今どうしているかという情報は欠片も出てこない辺り、噂にある死亡説もあながち冗談では済まないだろう。なにせ彼を喪うことは、人類を繋ぎとめる楔が一本外れるのに等しいのだから。
そんなナノコロナも、完全無欠とは言い難い程度には欠点が残っていた。
意図的に循環を止めなければ常に稼働し続ける為、その分消耗は激しくなり、結果として定期的なメンテナンスが必要になるというものだが、この問題はフェネクスによって解決されている。
『再構成』――それはフェネクスが持つ特性であり、本人は権能と呼んでいる。
精霊は固有の特性をひとつ所有しており、それぞれの能力は魔法少女に適応される。
再生のように徐々に元に戻すのではなく、一度魔力に分解して同じものを創り上げている。
分かりやすく例えるならば、再構成したばかりのこのバイクは、中古として売り払い、その売値で新品の同一品を買いなおしたようなものである。
例えどれだけ劣化していようとも、それに見合う魔力リソースさえあれば、瞬時に元通りになる。
これは科学が発展していた現代においても再現不可能な現象であり、イマジナリを倒せる以外に持つ魔法少女の絶対的な利点である。
一見何でもありな能力にも聞こえるが、制限は多い。その理由は、使用者の性能限界に依存していることにある。
質量保存の法則を無理矢理に魔力で補っているため、魔力がなければ扱えない。
必然、魔力が多ければ多いほどそれに相応しい結果を出すことができるのであれば、逆も然り。
使用者であるアスカの魔力総量が低いせいで、戦闘を優位にする為の手段として利用できず、巨大だったり複雑な物質は相応に魔力を消耗するため、対象に出来るものには限界があるということ。
本来ならばこれほどのテクノロジーを再構成するのは不可能に等しいのだが、彼の万能性は最新鋭のエネルギー機械工学にまで手が届くほどであり、構造や原理を把握した上で再構成する箇所を厳選しているのである。
そもそもこのバイク自体、既製品をそのまま利用しているわけではなく、凱虎が荒廃した道でも快適に運転できるように魔改造を施したものである。
外観こそバイクそのものだが、その実態は軍用車両も裸足で逃げ出すほどの耐久性と地形適応性を持つオーバーマシン。
各地を転々と探し回りパーツを再構成して自前のバイクに肉付けするという、継ぎ接ぎも良いところの構成であるにも関わらず、それを完璧に組み立ててしまうのが、凱虎という男なのである。
"凱虎、またあんな顔してる……"
フェネクスは、バイクの暖機運転中に静かに目をつぶる凱虎の顔を見つめる。
貼りついたような、しかしそれでいて堂に入った
思考に没頭している訳でも、想い馳せる訳でも、心落ち着けている訳でもない。
時間を潰す過程で何をするでもなく、まるで石像になって動くこともない。
それはまるで、命令を受信していないロボットそのものである。
静音エンジンが微かに発する唸り声以外には音のない世界。
それでも、ヒトは生きている。絶望ばかりの世界でも、必死に生き足掻いている。
たとえそれが惰性であろうとも、生きていることにこそ価値がある。
今が無為であろうとも、歩みを止めなければいつかは新しい価値を見つけられると。そう信じたい。
それはきっと、この世界に生きる誰もが抱く祈り。凱虎にも同じ
そうでなければ、凱虎が積極的に魔法少女として働こうとする理由がないから。
一年。凱虎との付き合いは長いようで刹那的で、短いと語るにはあまりにも濃密だった。
フェネクスの知る彼は、最初からこんな感じだった。
空虚で、無機質で、無感動で――とにかく人としての感性の悉くを削ぎ落した、歪な木彫り人形のような人格。
元々感受性の強いタイプではなかったところに、連続した家族の死によってこうなったのではと推測しているが、真実を確かめたいとは思えない。
そんな彼のスタンスは、必要最低限という言葉に集約される。
他人と接触するのも、会話をするのも、食事も睡眠も休憩も――生きる為に必要な分だけの仕事を終えれば、それ以外はずっと家族がいる仏壇の前に居る。
それは家族を寂しくさせないための優しさからくる配慮か、それとも無意識に孤独を埋めようとしているのか。
或いはその両方か。どちらにせよ、それが良い傾向とは思えない。
「行くぞ」
合図とともにフェネクスはバイクのサイドバッグに入り込む。
フェネクスのような精霊は魔法少女にしか観測されないが、非実体生物というわけではないので、こうして移動の際には工夫を凝らす必要がある。
それは声も同様であるが、傍から見れば独り言を話しているようにしか見えない為、念話で会話する手間が掛かる。
留守番させることは可能だが、フェネクスなくして魔法少女にはなれない。道中でイマジナリ反応が観測された場合、それを止める手段がないというのは致命的である。
例え実家から遠く離れた場所であろうとも、災害の惨劇による皺寄せは、いつか確実に自分の身を蝕む。
なればこそ、戦いから逃げるという選択肢など最初から存在しない。
逆に言えば、バタフライエフェクト染みた迂遠な方法で被る被害を考慮する程度には、凱虎は生きたいと考えているとも考えられる。
こうして推測ばかり立つが、真実に至ったことなど極僅かでしかなく、それほどまでに凱虎は心を閉ざしている現実ばかり改めて突きつけられるばかり。
それがフェネクスにはもどかしくてたまらなかった。
『今日はどんな頼まれごとするのかな』
「知らん。正当な対価さえ貰えればそれでいい」
『あの学校、あんまり好きじゃないんだよね……。なんか空気がピリピリするっていうか』
「俺には関係ない」
『……心配する素振りぐらいさぁ』
「したところで、お前がこれからもその痛みを苛み続ける現実は変わらんぞ」
サイドバッグを軽く閉じ、凱虎はバイクを発進させる。
昨夜は夜の闇に紛れて判然としなかった世界が広がる。
罅割れた壁や地面、人が離れて風化しつつある家屋の数々。
一見悲惨たる光景だが、この程度は序の口もいいところ。
魔法少女として活動している凱虎の存在もあって、終焉災害による直接被害は未だにこの周辺一帯では起こっておらず、その余波や自然劣化が被害のほとんどである。
終焉災害の発生率が異常に高い地域などもあり、まさに地獄そのものとしか形容できない光景であった。
そう――凱虎はそれを見たことがある。
終焉災害が発生した直後。まだ電波が今よりも安定し、中継などがネットワークを通じて見られた時期のこと。
素人が投稿していたのか綺麗な映像ではなかったが、それでも記憶に鮮明に残っている。
かつての『聖地』が名を変え、そこをを巡って争っていた国をひとつに纏め上げてできた新生国家。その名はパルデス。
神殿のような旧時代の景観がとても印象深い国で、機械化が著しい国家の中では群を抜いて異質なことからも記憶に強く残っている。
彼の国の建国こそ、世界平定の決定打と言っても過言ではなく、それ以降は国家同士の戦争や紛争はひとつとして起こることはなくなり、平和の象徴として沢山の記念碑が建てられたとされている。
そんなパルデスは、今では誰の目にも留まることはなくなってしまった。
終焉災害によってできた巨大竜巻がパルデスそのものを覆いつくし、そのままパルデスは消滅した。
台風の目となったパルデスの国は、台風が晴れた後に綺麗さっぱりとなくなっており、そこだけが何故か砂漠化を起こしていたという、あまりにも異質な光景は記憶に新しい。
すべてが無に帰した光景。あれが人類が到達する結末であるかのような、ゼロへの回帰。
あんなものと比べれば、文明が形として残っているだけでも上等なレベルである。
『そんなこと言って、そんな態度だと敵を作るだけだって何度も言ってるでしょ?』
「まともな奴は見れば分かる」
『そのまともな人がそこそこ貴重なんだから、それを大事にしなさいって話だってこと!貴重な顧客になるかもしれないんだから』
「……配慮はしているつもりだ」
凱虎はバイクという今では貴重となった移動手段を利用した、配達員のような仕事をして生計を立てている。
仕事と言ってはいるが、貰っているのは給金ではなく物資である。
自給自足が困難な環境で生活している以上、それを取り寄せる手段がなければいずれ破綻してしまう。
自力で見つけ出せればそれで問題ないが、それにも限度がある。
だからこそ、物々交換のようなシステムを利用せざるを得なくなる。
物資を得るための代償行為として、相手の求めるものを探したり運んだりするのが彼の仕事である。
終焉災害によって経済が破壊されたように見えるが、実際はそうではない。
東京のような、都市の中心かつ重要人物が集まりやすい場所においては、あらゆる面において他の都道府県よりも土地が整備されており、核が落ちても地面一つ揺れず、放射能も通さないドーム型の巨大シールドを代表とした設備が集約されていることもあり、そこだけに関して言えば『終焉災害』以前と変わらぬ活気があると言われている。
極端な話、東京は今や新たな日本であり、外部を切り捨てたところで、東京に住む住人にとっては何の痛手にもならない程度には、あの都市は完成されている。
外国に頼らずとも、東京が生きていればすべて事足りる。それが現代の東京が持つ『力』と言っても過言ではない。
そんな日本では唯一と言ってもいい、地上で最も安全かつ豊かな場所である東京を中心に、食糧や生活用品が量産され各地に配給され始めている。
しかし、都市の中心であればあるほどに『終焉災害』の被害が大きい傾向から、東京そのものは護れても外側はどうしようもなく、未だに復興の兆しも見えないほどに荒廃しているせいで、移動ルートを確保すること自体が困難な現状では、安定した供給は見込めない。
道中で終焉災害の被害を受けた例も決して少なくはなく、まずは地盤を固めるという意味でも、各地に東京の巨大シールドの簡易版を設置してそこを中継地点とする計画も徐々に進行しつつある。
『雨宿り』そのものを増設する可能性も考えられたが、周囲の地盤崩壊や居住者の負担になることを筆頭に、現実的ではないと推測している。
基本的に地下設備の存在する場所には誰かが住んでいるのが常であるため、それを脅かそうとする存在は、例え長い目で見ればプラスに働く結果であろうとも迫害される。それは『雨宿り』の件でも分かる問題だ。
明日を生きられる保証もないこの時代。少しでも安穏と過ごしたい時間に土足で踏み込まれるというのは、考え得る以上に精神に負担をきたす。
凱虎自身がその典型的パターンであるが故に、こうして独りで生きられるようなやり方で食い繋いでいるのは分かるが、彼の場合は度が過ぎているからこそ、フェネクスが世話を焼いて人付き合いを改善させようと頑張っているのだ。
「あれ、あそこにいるのって……」
フェネクスが半開きのサイドバッグから覗いた光景の先では、昨日校舎の窓から見た女性――
バイクを彼女の前で止めると、おもむろにあちらの方から近付いてくる。
「おはようございます、凱虎さん」
「おはようございます」
「いつも通りの時間に来てくださるおかげで、お出迎えがちゃんとできて良かったです」
昨日一人の時に見せていた疲れた顔などは一切見せることなく、心の底から歓迎を示す結花。
そんな彼女の反応に対し、凱虎は手探るように会話を続ける。
「それよりも、今日の配達の件について」
「あ、そうでしたね。では、応接室にご案内します。凱虎さんの為に、良いお茶を用意してたんですよ」
「いや、別にそこまでしてもらうつもりは――」
「凱虎さんのおかげで助かっている人達は大勢いますから、むしろこれぐらいしか恩を返せないことに申し訳ないと思ってるんですよ?」
申し訳なさそうに俯きがちに見上げる結花。
凱虎はその反応に対し二の句を告げずにいられるうちに、いつの間にか手を取られそのまま引っ張られるように歩かされる。
「一名様、ご案内で~す!」
結花にされるがまま案内をされる凱虎が唯一できた抵抗は、小さな溜息だけだった。
魔法少女+TSものなのに、どちらも一切関わらない話を投稿する作者がいるらしい。
でも、そんな作品があったっていいじゃない。(地の文が予定の倍以上増えて書きたかった展開まで届かなかったなんて言えない)