しかも間を空けての執筆の連続だからガバが広がってないか?状態なのは許し亭ゆるして。
更に言えば、構想的にそこまであと二話は掛かる。なろうでなくてもとっくに見切られてるぜ。
理解と納得は別物であるとはよく言ったもので、目の前の少女が妹ではないことなど現実的な観点からして当然であるというのに、それでも縋りつくかのように歩みを少女へと進めている自分がいる。
一縷にも満たない希望、裏切られることが確定した未来。それでも歩みは止まらない。
そうして、遂に彼我の距離は目前にまで至る。
少女は荷物を降ろしたばかりで、疲労から頬を伝う汗をハンカチで行儀よく拭う。そうしてようやくこちらに気が付いたようで、おもむろに顔を此方へと向ける。
ああ――やはり、違う。
瓜二つであることは依然変わらないが、妹は自分と同じく黒髪で長髪は邪魔だと嫌っていたのに対し、少女は腰まであろうかという金髪。
薄氷を想起させた瞳も、紅蓮の如き赤色で染まっておりまるで対極。
病人とは思えないほどに血色の良い顔立ちは、最早自分でさえ記憶にないほどに幼い頃の情景であり、故にそれが少女と妹が別人であるという決定打となった。
「こんにちは、お兄さん!」
「……ああ、こんにちは」
呆気に取られていると、少女の方から元気な挨拶をされる。
少女にとっては、見知らぬ成人男性が顔を見るが否や呆けるような変人に映っただろうに、声色からは一切の忌避感はない。
今の自分は少女に無言で近付いたかと思えば、名乗りもせずに棒立ちしていた不審者。幸いにも客観的に見れば明らかに通報されていたであろう光景は、誰にも見られずに済んだらしい。
如何にコミュニティの輪から外れて生活しているとはいえ、こんなことで爪弾きにされるなんて冗談ではない。
「お兄さん、私に何かようですか?」
『お兄ちゃん、どうしたの?』
心臓が跳ねる。
笑顔と共に兄と呼ばれた瞬間、妹の姿が一瞬重なった。
殆ど差異のない錯覚は、まるで実像を得たかのように鮮明で――そのような幻想を視た己に、明確な殺意を覚えた。
「――私を兄と呼ぶな」
絞り出すような言葉で、そう辛うじて返す。
分かっている。彼女の発した兄と言う言葉に、そのような意図がないことぐらい。
だが、理解と納得は別。その顔が発する兄と言う言葉は、心に宿す穏やかな小波を嵐を伴う荒波へと変容させる。
これ以上感情を乗せてしまえば、罪のない少女へと呪詛を吐いてしまいそうで、それだけは駄目だと僅かな理性で押し留める。
それでも、一切の平静が保てていた訳ではないのは確かで、謂れのない感情が僅かでも自身にぶつけられようものならば、多感な子供は敏感にそれを受け止めてしまう。それが普通であり、自然な反応。
「じゃあ、お名前教えてくれませんか?」
しかし、少女はまるで気にした素振りを見せない。
少女然としない、型に嵌らない不気味さを感じたものの、そもそも子供の何たるかを語れるほど人生経験豊富ではない自分に少女への所感を語る資格はない。
それよりも、己の不始末を少女に気遣わせた事実を反省すべきであろう。
「……皇凱虎だ」
「カイトさん、ですね。私は
「幸節……ということは、君は幸節結花の娘か?」
「えっと、はい。そうですけど……?」
……何だこの偶然は。
娘の存在を聞かされた途端に出くわしたかと思えば、その姿は亡き妹と瓜二つ。
三流劇のような流れに戸惑いを隠せずにいる間にも、蘭は言葉を続けていく。
「そういえばお母さんが良く話す人の名前も、カイトさんとおんなじ名前なんですけど、もしかしなくても本人ですよね?」
「そう言われても答えようがない。確かに彼女とは幾度か接点はあったが、世間話に出るほどの関係を築いた覚えはない」
「いえ、絶対にそうです!お母さんが言ってた特徴と一致していますから」
「……そうか」
皇凱虎なんて名前がこの世に二人といるとは考えにくい。そういう意味では蘭の推理は的を射ている。
だが、結花が自分のことをよく話す理由がまるで思いつかない。そのような話題にされるぐらいに接点も交流もした記憶はない。
「あ、信じてませんね?」
「生憎と心当たりがない。いや、あるにはあるが必然性が感じられない」
個人で物資を運ぶなんて奇特な真似をしている人間なんて自分ぐらいのものだろう。
しかし、希少性と話題性は必ずしも一致する訳ではない。
とはいえ、娯楽に乏しい現代においてはこの程度でさえも話のタネぐらいにはなるのだろうが、蘭の様子では一度や二度の話ではない。
結花の琴線に触れる何かがあったのかもしれないが、それを理解するには至れない。
そもそも、自分は誰かに対して「共感」を覚えたことはない。
他人は当然として、血縁であろうとも自分でないのであれば究極的には他人でしかない。
共感という言葉の意味を理解しているからこそ、軽々しく共感したつもりになっている人間を見るたびに、無責任であると軽蔑してきた。
共感に限った話ではなく、他人と同調するような言葉を容易く吐く人間は、得てして同調した側の立場が不利になれば躊躇いなく掌を返す。そうして何食わぬ顔で、自分は関係ないと有利な方へと迎合する。
そんな意志薄弱で無価値な人間が嫌いで、だからこそ理解せざるを得ない家族以外の相手とは接点を断ってきた。
期待するだけ無駄、数合わせ以外の価値しかない、そんな十把一絡げの為に時間を割くぐらいならば、理解できる家族の為に時間を割くのは何ら不自然なことではない。
投資と賭博は似て非なるもの。自分にとって他人を利用することは後者を指す。
その思想は今後も変わらない、はずなのだ。
では――何故、いつまでも立ち尽くしているのか。
一時の衝動に身を任せ、それが無為に終わったのだから、潔く立ち去るべきなのに。足が楔になったかのように動こうとしない。
「お母さん、言っていました。皇さんのおかげで凄く助かっているって。いえ、お母さんに限った話ではなくて、みんながです」
ぽつりぽつりと、蘭は語り出す。
その声色は、ただただ惰性に今を過ごしている子供には出せない、明確に現状を理解しているからこその悲壮感と苦悩、そして私に対しての感謝を宿していた。
「この一帯はどうしてか災害の被害が少ないおかげで、こうして地上で住むことも出来ていますが、離れた場所では被害が甚大で、陸の孤島みたいになっているのはご存じですよね?」
「……ああ」
「地下と違って安全に地続ぎになっている場所もないし、シェルターみたいに設備が整っていないから自給自足も難しい。物資の調達を外部からの供給に頼り切っている状況で、カイトさんの存在は本当に有難かったんです。神様の遣いなんて言葉も大げさじゃないぐらい、カイトさんがここに来てくれるようになってから生活が楽になったんです」
静かに、しかし必死に意思を伝えようとゆっくりと言葉を紡いでいく様は、知に疎い子供であることを忘れさせるほどに聡明である。
結花の教育の賜物か、蘭の気質によるものか。どちらにせよ、自らを聡明だと勘違いした小賢しい大人と比べて、彼女の方が随分と話しやすい。
「一人分の保存食を分け合うことで配給日までの飢えを凌ぐ必要もなくなって、今ではあんな風に子供達が元気に外で遊び回れるぐらいには余裕ができたんですよ?以前は、動けばお腹が空くからと部屋の隅で大人しくしている子達ばかりで……」
言われてみれば、確かにここを訪れた当初に比べて活気づいている。
子供達の喧騒こそがその最たる要素ではあるが、たったそれだけでも以前に比べてマシと言える。
初めてここを訪れた時は誰もが半死半生と言った有様で、どこを見渡しても目も当てられない光景ばかりだった。
それこそ、仮にここをビジネスの場に選んだとして、見返りなどまるで期待できない程度には。
「その割に、君は遊びの輪に入らず仕事をしているようだが」
「それは……」
「言いたくなければそれでいい。ただ、君の母親を思えば、君がそうしていることを良くは思わないだろう」
先程とは打って変わって、気まずそうに言い淀む蘭。
しかし一呼吸置いた後、決意した様子で此方の目を見て、言葉を絞り出した。
「――お母さん、毎日大変そうにみんなの為に走り回ってて、だけど辛いって言ってくれなくて、我慢してばかりで……」
「だから自分の出来る範囲で手伝っていた、と」
無言で頷く。
打算の欠片もない、純粋な善意がひしひしと伝わってくる。
しかし、善意だからと言って何をしても上手く事が運ぶわけではない。
意識的でも無意識でも、自分の行いが胸を張って正しいと言えないという事を理解しているからこそ、助けたいという純粋な善行に後ろめたさを覚えている。
「それで、その荷物はどこへ持っていくつもりだったんだ?」
「……え?えっと、確かあっちの――」
唐突な質問に対し、要領を得ない態度を取り始める蘭。
「よもや指示された訳でもなく、自己判断で動いていたのか?」
「……はい」
半ば確信に似た問い掛けに、蘭は小さく肩を強張らせる。
まるで点数が低い答案用紙が親に見つかった時のような態度は、此方の問い掛けが正しかったことを何よりも証明している。
「ハッキリと言わせてもらうが、君の行動は無駄の極みだ。母親の手伝いをしたいと息巻いている癖に、その行動は推測による場当たり的なもの。母親に止められることが分かっているからこそ、そのような迂遠な手段に出たことは想像に難くない。しかし、そのような半端なスタンスでは非効率的どころか、むしろ邪魔をする結果にさえなる。すべてが潤沢で余裕のある環境ならば社会勉強の一環……先行投資と割り切ることも出来るが、第三者目線で現状を顧みたとして、恣意的で褒められた行動とは言えないな。最悪、君の身勝手な判断が母親だけに限らず君自身をコミュニティから爪弾きされることさえ懸念される。それは君にとって本意ではないだろう。ならば――」
衝動の限りのまま、考えられるデメリットを羅列していく内に、蘭の変化に気付く。
自分を見上げていた表情は俯きがちになり、その模様は伺えなくなっている。
しかし、前後の状況を鑑みれば彼女の反応はおおよそ想像がつく。
子供相手に強く言い過ぎだ。いくら前提の知識があったとして、初対面である相手からここまでこき下ろされる謂れはない。
思えば、見知らぬ他人と距離を取ってきた理由のひとつには、この言動が受け入れられなかったことが大きな要因としてあった。
毒を除く薬としての助言も、他人からすれば大きなお世話。
正論という蜘蛛の糸を垂らしたところで、それを跳ね除け地獄に進んで残ろうとする愚鈍な人間と関わるのは無駄。実利を供わない徒労をにいつしか切り捨てるようになった。
善意が必ずしも良い結果を運ぶとは限らない。だが、目に見えた欠点を見ぬ振りをして、他人に指摘されて顧みるタイミングがあったとしてもそれも無視して、感情論で突き進んだ結果泥沼に沈む。その果てに行き着いた愚鈍な人間の成れの果てを、腐るほど見てきた。
だが、それはあくまで同年代に向けた対応であり、これを妹と同じぐらいの子供に対して当て嵌めて良い道理はない。
知識も情緒も倫理観も未発達な子供相手に大人の理屈を叩き付けたところで、それこそ感情論が優先されることが簡単に想像できるだろうに。
それに気付けなかったのは、やはり無意識に妹と蘭を重ねていたからに他ならない。
妹の知識量は趣味の読書が高じて、同年齢の子供と比較にもならない程に高水準の域に達していた。
それこそ、知識量という観点のみにおいては、一般的な大人にも引けを取らないと贔屓無しで言い切れる程に。
無知で居ることが我慢ならないタイプであった彼女は、自分や家族との会話や読書の中から出てきた見知らぬ知識に対して、それを貪欲に我が物としていった。
優秀な科学者の血を受け継いでいることもあってか、地頭の良さは保証されている。
加えて、一般人では調べようと思わなければ知り得ない知識も、研究資料として保管されているものから気軽に閲覧ができる環境であった為、それを読解する為に前提となる知識を探し、積み重なっていく。
その知識に向けた貪欲さの根幹にあったものは、自らを蝕む肺炎のような症状の治療手段を見つけるという決意。
遥かに発達した医療を以てしても解明できなかったソレを、ならば自分で解き明かしてやろうという傲慢。だが、必然の流れとも言えた。
そんな決意の蕾は、無慈悲な現実に容易く手折られてしまった。
残されたのは、夢も展望もない出涸らしでしかない自分だけ。
神などとうに廃れた概念ではあるが、もしこの運命を玩弄する存在がソレだと言うのならば、その顔面に一発喰らわせなければ気が済まない。
「――あのっ」
時間にして、十秒にも満たない時間。しかし、その何倍にも体感を経て蘭の絞り出すような声が発せられる。
しかし、泣き腫らしていたと予想していた表情は、予想外にも困惑一色で満たされていた。
故に、彼女が何を思っているのか予想がつかず、懸命に可能性を脳内で羅列していく。
些細なことであろうとも、不確定要素を取り除かずにはいられない。
「えっと、私の為に怒ってくれているのは分かるんですけど……」
「けど?」
次の言葉を、僅かに身構えて待つ。
「……よくわからない単語とかばかりで、何が言いたいのかが分かりません」
「……すまん」
辛うじて出てきた言葉は、先程まで子供相手に持って回った言い回しをしてきた男のものとは思えないぐらい、陳腐で無味乾燥な謝罪だった。
「そうだな、つまり――素直に手伝いたいと伝えることから始めるんだ」
「で、でもそれだとお母さんが……」
「ああ、断るだろうな。君が傷つかないような言い回しで、それとなく遠ざけようとするだろう。だが、そこで諦めてこっそり手伝ったところで今みたいな状況になるどころか、彼女のことだから君に負担を掛けていることを負い目に感じるだろうな」
短い付き合いではあるが、まさかあのお人好しの塊のような女が、他の子供達が遊んでいる手前自分の子供にだけ労働を強いるなどは考えられない。
こんな時代では最早天然記念物レベルの奉仕精神の持ち主である彼女のことだ。自分が至らないが故に娘に苦労を掛けてしまっている、という思考に帰結するのは必然に等しい。
その娘は娘で、母親の負担を見て見ぬ振りが出来ず、子供なりの知恵を絞って手伝いをしている。
善意の堂々巡りで、互いの身体に爪を立てる関係。傍から見ればなんと滑稽なことか。
赤の他人ならば一瞥する程度の価値しかない劇だが、この親子が舞台で踊っているとなれば気にせずにはいられない。
だからこそ、普段の自分では考えられないぐらいに言葉を尽くす。
「だが、そうしなければいつかは取り返しがつかなくなる。人間関係はたかが、されど、と言える程度の小さな出来事が傷を広げていくものだ。無理を通してでも母親を手伝いたいぐらいだ。無自覚なまま、気付けば傷付けていたなんてことは嫌だろう?」
無言で何度も頷く蘭。
正直、誇張もいいところだが、これぐらい強く言えば馬鹿な真似はしないだろう。
通常の人間関係ならば、他人を傷つけるよりも自分が傷つくことを恐れる。リスクとリターンさえ噛み合い、かつ自分に痛みが伴わないならば、むしろ傷つけることも辞さないと考えるのが人間のサガだ。
しかし、この親子に限って言えば相手を傷つけた罪悪感で苦しみ、その姿を相手が見てさらに苦しむという負のスパイラルが容易に想像つく程度には善人気質だ。腐った人間を幾度と見てきたからこそ、それは絶対の根拠となる。
「なら、今すぐにでも伝えに行くんだ。荷物の見張りぐらいならやってやる」
「いえ、そこまでさせられません。これからお仕事なんですよね?これ以上引き留めてしまうわけにはいきません」
言い出した手前、確かに過保護が過ぎたと思い直す。
この時代、自立出来ないようでは未来はない。親元に居るとはいえ、少しでも一人で何事も為せるようになれるに越したことはない。
「そうか。じゃあ、しっかりやれ」
「はいっ」
そういうが否や、荷物を抱えて校舎内へと走り出す。
時折荷物の重さに引かれてふらつきつつも、しっかりとした足取りで進むその姿を見送り、バイクへと再び向かう。
『――あっ、ようやく届いた!いつにも増して遅かったけど、何かあったの?』
突如、フェネクスの声が脳内に響く。魔力による通信の範囲内に入った影響だ。
「何もない」
『……ならいいんだけど。じゃあ仕事の概要を教えて。計画立てなきゃでしょ?』
「移動しながら説明する。今は時間が惜しい」
『うん、早く行こう行こう!』
フェネクスに急かされる形で、バイクに跨り移動を開始する。
舗装されていない起伏のある道とはいえ、車のような移動手段が廃れていることもあり、衝突の心配をすることなく臨機応変に障害を避けていく。
『エリアサーチの必要はある?』
「まずは近場を当たる。無駄に速度を落としたくない」
フェネクスはナノコロナの熱を魔力に変換することで、虚数空間の外でも中距離間の魔力通信や、魔力をドーム状に展開することで一定範囲内のあらゆる情報を瞬間的に観測できる広域探索魔法「エリアサーチ」を使用できる。
理論上無限の熱量を出せるナノコロナとはいえ、バイクの燃料としても同時利用する場合は、出力の安定を測る上でも迂闊に範囲を広げられない上、情報の更新は発動した瞬間のみでリアルタイムの観測は出来ない為、バイクの移動をより安定させる使い道が主である。
『今から探してもあんまり成果はなさそうだね』
「万全に事が運ぶことが稀だろう」
『転移魔法が使えたらな~。昔は良かったなぁ、このぐらいの距離はパパッと移動できたんだよ?』
フェネクスの懐古的愚痴を聞き流しながら、話題に出た魔法について考える。
かつて超常と呼ばれた現象が科学によって解明・再現が可能となった現代。その最たる例として、神の存在があった。
フェネクス曰く、古代の生活の基盤にさえなっていた神への信仰は、人口の増加や文明の発達により次第に希薄になり、現代では遂に表に出ることはなくなった。
人間の生は須らく人間のみの力によって保証できる。
神なんて存在しないし、魔法なんてものは空想の産物でしかない。
科学の発展を極めたことで人類がそのような幻想に縋らずとも生きていけるようになった。
誰もが目の前の現実に幸福を見出すようになり、見えざる手に見向きもしなくなったことで、その存在は次第に希薄になっていったが、事実として幻想だと思っていた事象は確かに存在していたのだ。
魔法と呼ばれた超常も地球上に確かに存在していた。それを行使するための燃料として、大気に満たされていた魔力を運用していたという。
その魔力の源泉たるは信仰。超常が当たり前に存在するという認識が、世界に超常が存在することを許していたのだと。
そして、その信仰を受信した神の力によって、魔法が現実のものとなっていたらしい。
かつては神の方が優れていたが、人間が文明を発展させていくに連れて、神の時代は過ぎ去り次第に人間が地球上のヒエラルキーの頂点となっていった。
指数関数レベルの人口の増加は、個々の脆弱性を補って余りあるほどの多様性と可能性をもたらし、遂には神さえも否定するに至った。
人間が上位者となったことで、人間の認知は神の存在までも塗り潰してしまった。
神が存在しなくなった世界で、魔力が存在出来るのは虚数空間のみで、稀にナノコロナのような膨大なエネルギー物質から絞り出すことは出来る程度。
この世界に、最早超常の居場所はない。
――ならば、目の前にいる人語を介する火の鳥は何者なのだ。
超常が否定されているならば、何故そんなものが現代に存在し得るのか。
そんな奴が生み出す魔法少女とは一体何なのだと。
当然追及した。しかし、答えは「わからない」の一点張り。
どれだけ強く問い正しても、答えは変わらず。真に知らないのか、言えない理由があるのか。
なんにせよ、これ以上は無駄であるとこの話題はそれっきりだ。
正直な話、神や魔法が存在しただの、どうでもいい。
知的好奇心に駆られはするが、興味の延長でしかなく、知っても知らずともどうにでもなる内容だ。
無い物強請りは出来ない。魔法であれ科学であれ、どちらにも優劣足り得る要素はあるだろうし、一概に上位互換であるということは考えられない。
イマジナリの討伐は魔法少女でなくては出来ないように、今ある技術で事を為すしかないというのが代えがたい現実であり、普遍的で論理的な考えだ。
『あ、見えてきた』
市街、郊外と抜けてしばらく走り抜けた先、終焉災害によって破壊された残骸に足を取られつつも辿り着いたのは、子供用の玩具を販売していた大型店。
比較的自分達の拠点から近いこともあってか、終焉災害による被害はほぼ見受けられず、単純な野ざらしによる風化が目立つ程度で、やろうと思えば野宿も可能な程度には状態が良い建物だ。
食料品店等は終焉災害が始まった当初に粗方荒らされ尽くしており、今では瓦礫のみが残る無法地帯でしかないが、こういった生活に直接根差していない物に関しては、今でも現存している可能性はある。
しかし、長らく放置されていたこともあり状態が良いものを見つけるのは困難を極める。だからこそ、この仕事に価値が付く。
「エリアサーチ展開」
『はーい』
魔力がフェネクスを中心に波紋のように広がる。
店内の構造を確認すると同時に、先客や野生動物が居るかどうかを確認する。
野生動物に関しては可能性は低いが、生存していた場合飢餓と野生回帰の相乗効果で襲われる可能性が非常に高い。
それよりも最も恐ろしいのは人間だ。
好意的な接触が出来れば理想だが、そうであることは非常に稀だ。
地上に住んでいる人間は、椅子取りゲームに負けた敗北者が殆ど。望んでその権利を得た訳ではない。
そんな人間が、毎日災害に怯え、飢餓に喘ぎ、それでも死にたくないと必死に生き足掻いているならば、現状への不平不満が溜まるのが当然。
自分が恵まれていれば施しを与えられるのが人間ならば、そうでなければ奪う側に回ることを辞さないのもまた人間だ。
人間が外道に走らないようにするために法律が存在するのであり、一皮剥けば人間など十把一絡げに自分本位の塊だ。
善意も悪意も、究極的に言えば自己満足へ帰結する要素でしかない。
『うん、悪性反応はなし。当然だけど生命の気配もないよ』
フェネクスの返答を聞き届け、速度を上げて建物へ接近する。
近くで見れば、想定よりも損壊の少ない建物に中への期待が高まる。
『結構近場にあったのに、今まで見落としてたなんて勿体ないね』
「玩具売り場の、ましてや前時代なものともなれば、足を運ぶこと自体が無駄だ。不要な物を抱えていてもかさばるだけだ」
『だからって毎度後手後手なのもどうかと思うけどなぁ』
「俺は商人じゃない、運び屋だ」
相変わらずの小言を漏らすフェネクスに辟易しつつも、建物に入る。
やはりと言うべきか、外壁の損壊度を思えば及第点な保存状態に足取りが無意識に軽くなる。
今の時代、玩具というのはAIを搭載した自律型ロボットだったり、フルダイブ技術による第二の現実として没入するゲームが普及していることもあり、子供も大人も娯楽に対する感性に大きく違いはない。
しかし、それらは当然として電気な設備があってこそ成立するものであり、この崩壊した環境下ではそれを望むべくもない。
『それじゃあ、僕はあっちを見てくるね』
「好きにしろ」
まるで秘密基地を見つけた子供のような浮足立った様子と共に、フェネクスは奥へ奥へと進んでいく。
フェネクスが奥を探索するならば、自分は入り口からじっくりと探索できる。
エリアサーチは物質の性質などを判別できるほど精度の高いものではない為、物資調達はどうしても自身の目と足が求められる。
そういう方向性の魔法はないのかと聞いたことがあるが、存在はするが属性が異なる為に無理だと言われた。
フェネクスはその名の通り不死鳥としての性質も持ち合わせており、契約した者に治癒や生命力を増やす力を与えることが出来る。
本来の契約者――妹の飛鳥ならば、生命力を操作して傷を癒したり、それを他者に行えるなどと言った利便性の高い魔法を得意とする魔法少女となっていたらしいが、非正規の契約によって生まれた偽りの魔法少女である俺では、属性の解釈が捻じ曲げられているとのこと、
その結果が『再構成』――非生命体に限定した、分解からの再生という荒療治と言っても差し支えない強引な治癒ということである。
扱える魔法の性質は使用者の精神の在り方にも左右されるようで、フェネクス曰く俺が常人では考えられないレベルでひねくれているから、このような真逆の性質になったのではと言われたことがある。
生憎とそれが功を奏している現状において、そのような言葉など痛くも痒くもないし、故に顧みるつもりもない。
そもそも、ひねくれているからなんだと言うのか。
四六時中斜に構えた態度を表に出しているならばいざ知らず、商談等においてそれを露呈させるようなことはしていない。この性格を知っているのは、今ではフェネクスぐらいしかいない。
それに、他の人間も多かれ少なかれ同じような思考に行き着いたことはある筈だ。
他人の思考を覗くことは出来ずとも、この考え自体は普遍的なものだ。
それが社会通念においてや人間関係構築において不都合足り得るからこそ、誰もがそれをひた隠す。
どれ程に優れた人間であっても、群を超越することは出来ない。どのような考えを持っていても、それが社会にとって不都合と解釈されれば潰される。
だから隠す。結果が分かりきっているのにそれでも敢行するような人間は、ただの狂人でしかない。
俺はその社会の在り方は一切間違っていないと考えている。いつだって大きく物事を変えようとするのは、過激な思想を持つ人間だ。
その考えの善し悪しに関わらず、その過程で社会は大きく乱れる。そして、そういう輩はその過程によって与える被害など欠片も考えてはいない。
奴らにとって自分の考えこそ絶対正義であり、だからこそ何をやっても許されると考えているからこそ、急激な革命を求める。
更に言えば、そういう輩の大半は大層なお題目を掲げておきながら、本質は独善塗れの自己満足の塊であるが故に簡単にボロが出る。
面倒なことに、社会的に抑圧されている民衆にとってそういった過激な思想は魅力的に映るものらしく、その流れに乗ってストレスを発散しようと企む者も一定数存在する。
例え出発地点が誰もが認める素晴らしい思想であったとしても、思想に共感した者達が増えていくことで組織化し、いつしか歪んだ解釈を掲げる者が現れる。
かつて宗教としてはメジャーであった聖書の言葉でさえ、魔女狩りという悪辣極まりない結論に行き着く者を生み出してしまうのだから、さもありなんとしか言いようがない。
個が如何に優れていようとも、群になれば凡夫となるのが人間であり、だからこそ俺は他者と必要以上に接触することを拒む。
他者との接点が増えれば増えるほどしがらみは増えていき、雁字搦めになる。無能な足手纏いを足枷にされるようなことは損にしかならない。
ましてや、そんな弱い他人の為に尽くすなんて、救いようのない馬鹿としか言いようがない。
そう考える度に、脳裏に浮かび上がるのは幸節結花の姿。
この思想の対極を行く奇特な女。この俺を以てして、あの善性は認めざるを得ないと思わせた例外。
陳腐ではあるが、彼女という存在は地獄に仏と呼ぶに値するだろう。或いは、地獄に居るが故に仏に見えるだけか。
平時であればいずれ埋没する善意の行いも、今の世の中では神の如き所業とさえ映るだろう。
そして、人間は神という偶像を利用して私利私欲を満たす生き物でもある。彼女の行いが広まっていけば、いずれ仇として返ってくることは目に見えた。
人間は、失敗しなければ後悔できない愚鈍な生物だ。――否、失敗しても滅多に後悔できない、であった。
仮に後悔してもそれらは大抵刹那的なもので、時間の経過と共に感情が風化していく。そういう風に人間が作られていることは理解していても、その結果人間は過ちを繰り返してきた。
人は歴史に学ぶなどと語る輩もいるが、真にそれが適応されるのであれば、文明はもっと早急に発達しているし、戦争や貧困によって命を落とす無辜の民はもっと少なかった。
学習能力という点においては、人間は機械に何世紀も前から敗北している。
今でこそ文明は滅びの一途を辿ってはいるが、もし順風満帆に科学が発展し続けていれば、人間が機械に管理される未来とやらも笑い話では済まなかったことだろう。
感情や欲望によって他者が人を害する事例は枚挙に暇がない。
ひと昔においても、未成年が一度悪意に手を染めたにも関わらず、未成年であるという理由で軽々しく罪を軽くした結果更なる悲劇を引き起こしたなど、考えるまでもない結論が出て騒ぎになった事例などが幾らでもあった。
それでも、少年法が改められるまでは長い時を有した。やれ子供だからだの可哀想だの、そんな感情で語る民衆の声もあれば、改善されると不都合となる政治家の横槍で遅々として話を進ませない等、まさに感情や欲望が間接的に加害者となっているケースだ。
間接的であるが故に明確に罪には問えず、間接的であるが故に痛みを伴わず同じことを繰り返す。
反省も後悔も痛みを知ろうとも時間の経過で摩耗する代物ならば、痛みを伴わない行いには反省も後悔も訪れない。
ただの結果として解釈され、どのような結果であろうとも自分に非があるなどと考えず、自らの主張が通るまで延々と繰り返す。これが歴史の実態であり、そこから零れ落ちたプラスの結果にフォーカスを強く当てているせいで、真に表沙汰になるべき要素が埋没されてしまう。民衆が腐敗した王制を打倒したなどという美談ばかり表になり、実態が歯止めの利かなくなった民衆の暴走の果てに不必要な地獄を進み続けたフランス革命のように。
こんなものは所詮一例に過ぎず、規模を縮小すれば同じような事例など砂漠が出来るほどに存在している。
大衆にとって、歴史なんてものは『かつてあった出来事』でしかない。そこに何を見出すかは個々人によって左右される以上、そこに強制力どころか規範とさせる力なんてものはない。
そもそも、歴史自体が勝者によって飾り立てられた美談を数珠繋ぎにしているのだから、同じことが繰り返されるのも必然ではある。
年月にして二十年と少し。医療技術も発展し百歳生きることも珍しくなかった時代において、自分は青二才とさえ呼ぶにも値しない程度にしか生きていないが、それでも理解できることはある。
それは――どれほど時代を経ても、どれだけ技術が発展しようとも、それが人類の質を引き上げることに寄与することはなかったということだ。
だからこそ、俺は他人を信じない。そんな不確かなものに縋ってしまえば、いずれは破滅する。ギャンブルにしたって分の悪い賭けにも程がある。
自らが招いた破滅ならば納得もしよう。だが、他人の足枷でそうなるのは耐え難い。
今の生き方が理想であり、これからもそれが変わることはないだろう。
「……こんなものか」
思考を巡らせながらも、身体は自然と素材の回収も余念なく行い続けた結果、最低限の収穫を得ることは出来た。
素材そのものは意外と潤沢に残っていたが、吹き曝しによる経年劣化もあって実用に耐えうる状態を維持していた箇所はそこまで多くは無かった。
単一のカテゴリにおいて、必ずしもすべてが同じ用途に使用できる訳ではない。
牛や豚では味も栄養素も可食域も何もかもが異なるように、肉と言うカテゴリひとつ取っても選択肢は枝葉が如く広がっていく。損壊している箇所を補うのは、限りなく同一の箇所でしか成立しない。
とはいえ、物資も娯楽も何もかもが乏しい時代だ。あり合わせのものであってもあの善人親子なら嫌味ひとつ言うことなく感謝することだろう。
しかし、それは悪魔の誘惑だ。妥協を覚えれば、いつしかそれが常態化してしまう。
それしか方法がなく、労力と対価に釣り合わないのであればいざ知らず、そうでないならば常に最善を求めるべきだ。
ましてや、今回求められているものは食事のような生死に関わるものではない。ちょっとした小物レベルの玩具ならば猶更だ。
『か、凱虎!』
此方へと飛び立ちながら念話で話しかけてくるフェネクス。
ただの経過報告だけならば念話だけで事足りる。それはすなわち、何かしらの懸念材料が生まれたからと考えられる。
「何があった」
『え、えっと。エリアサーチ内に突然人間の反応が増えたんだ。それだけなら珍しいことではないんだけど――』
「早く言え」
『――その反応はエリアサーチの内側から突然観測されたんだ。普通なら効果範囲の境目から反応がある筈なのに』
「そうか。数は?」
『一人。移動速度は徒歩レベル。あの謎の反応以外に不審な点はないね。……いや、ちょっと待って。真っすぐこっちに来てる』
「何?」
前提として、まず一般人が外を歩いていることが珍しい。
俺と言う前例がある以上、絶対に無いとは言い切れない。しかし、それでも単体で行動するのは解せない。
物資が不足し、止むに已まれず外界に希望を求めて行動するとしても、基本は複数人で行動するのが基本だ。
敵は終焉災害だけではない。人間が逃げ潜むようになったことで、野生動物がかつての人間のテリトリーに足を踏み入れるようになっている。
終焉災害によって自然も荒れに荒れ果て、動物達も止むに已まれず新天地を探し求めるしかなかったのだろう。
人間にとって、外は最早未開のジャングルに等しい。腹を空かせた肉食動物にいつ襲われるかもわからない、そんな環境に一人で行動するなど自殺行為にも等しい。
そして、そんな中で徒歩による移動。俺のようにバイクによる高速移動と騒音の二重構造で動物を寄せ付けないといった工夫をするには、人間一人はあまりにも身軽過ぎる。
何よりも、エリアサーチの反応傾向。フェネクスの言葉を信じるならば、文字通りエリアサーチの範囲外から瞬間移動したかのような反応だ。そして、その反応はこちらに近付いているという。
総合して、警戒すべき相手であることは間違いない。
『どうする、逃げる?』
「不審な行動を取るな。もし相手が明確な意図を持ってこちらに近付いているとすれば、それに気付いているという情報を相手に与えることになる」
現状、こちらは相手の影を辛うじて掴めた程度の情報しかない。
確認しようとすれば、そのタイミングから気付いていると疑心を与えてしまう。弁明する機会を与えてしまうこと自体がディスアドバンテージとなる。
この建物以外に身を隠せる場所は無いに等しく、安全に離脱するのは不可能。
それに、その手段を取るということは、バイクを捨てるということに繋がる。
あれは変えの利かない特別性だ。あれがないとすべてが立ち往かなくなる。
外側はどうとでもなるが、ナノコロナだけはどうにもならない。現状、二つとあれば奇跡と言える代物だ。決して失いたくはない。
「お前は適当に隠れていろ」
『凱虎は?』
「このまま作業を続ける。俺が呼ぶまで動くな」
『……わかった、気を付けてね』
俺に出来る最善手は、無害な一般人を貫くこと。
何を目的にこちらへと近づいているかは知らないが、下手な行動はそれだけでマイナスな結果を引き寄せかねない。
人格の善悪はともかく、不審であることに疑いようはないのだから、警戒するに越したことは無い。
もし相手が悪人ならば、相応の対応を取ればいいだけのこと。
規則的な砂利を擦る音が徐々に近付いてくる。
音に対して真正面に向かず、しかし視界の端に捉えられる角度でしゃがみ込み、一足飛びで遮蔽物に逃げられるように足に力を溜めつつも自然な所作でジャンク漁りをする。
緊張を押し殺し、動揺を表に出さないように心を静めてその瞬間を待った。
"まさか、本当に人が居るとはな。嘘は言ってなかったってことか"
流暢な英語と共に現れたのは、ベリーショートの黒髪を持つどこか愛嬌さえ感じる壮年の黒人男性だった。