リエージュ司教領布教録 Tuez-les tous, Dieu reconnaitra les siennes 作:手紙
「リエージュ司教様、並びにご息女マリア様のご入場です」
高らかに、そして荘厳に。
重厚な扉は開かれ、舞踏会の開催を告げるべく、音楽が鳴り響く。
主役然として現れたのは、1組の親子だった。
一人目。
煌びやかな祭服に身を包んだ中年の男。リエージュ司教である。見る人によって、人がよさそうか気弱そうか判断はわかれそうな面持ちであったが、足取りは堂々と赤絨毯の上を進んでいる。
2人目。
先の男にエスコートされた、うら若き乙女である。上品な佇まいは、上流階級そのものである。
笑んだ目は糸目に近く瞳の色はわからなかったが、左の涙黒子は印象の薄いはずの目元にどこか不思議な魅力を宿らせている。平凡な茶髪は、しかし煌びやかな髪飾りに彩られ、光り輝いていた。
2人は慣れた所作で入場し、方々に挨拶をしていく。
帝国が厳しい戦火にある中、今日も社交界は贅の限りを尽くしていた。
私からすると、人生とは栄達と挫折の混合物だった。ついでにいうと、現実味のない世界でもあった。
人並み以上の頭は有った。良くも悪くも、小学校では学校で一番優秀で、其の時は幸せでいられた。私立の進学校に合格した時、初めての躓きを経験した。
進学校において、数多ある小学校で一番程度の頭では、平凡程度の評価しか与えられない。
辛うじて中の下程度にまでは喰い込むことができたが、逆に言えばそれが限界であった。今まで努力をせずともなんとかなってきた人間が、今更努力などできようはずもなかったのだ。
まあ、内面は屈折している。
なにしろ、小学校で培った高いプライドを満たせぬままくすぶっているのだ。
当然のように、僅かでも自分より劣っている連中を見つけては見下すことで、自分を保ってきた。
何かへの、逃避。
それは、当然のこととして、惹き起こされる。
授業以外の時間はほぼ全て、いや、授業中でさえも。本やゲームなど空想の世界に浸っていた。
そして、通学中。
歩きスマホをしていた学生がホームから転落するのは。
果たして偶然だろうか。
気づくと老翁が、こちらを注意深く観察していた。
あたりは一面、白い。
夢か。
「夢ではない」
低くしわがれた声が耳に届く。確かに、夢に音は存在しない気がする。
「そなたは死んだのだ、自らの不注意で線路に転落した」
「…」
死?生の終わり。何もかもの終わり。
線路ってことは、電車にひかれたのか。うら若き乙女に相応しくない死体になっただろうな。
しかし、体と一緒に脳もぐちゃぐちゃになったはずなのに、意識はあるものなのか。死んだら消滅するものだと思っていたから、今自分がこうして思考できているのは不思議な感覚である。
「狂った魂め。解脱、涅槃以前に輪廻転生すら信じていないとは」
狂った魂?狂っているかどうかはさておき、私は今魂の状態ということだろうか?
それに、解脱、涅槃……。
そんなものが実在するのか。ということはもしかして……あなたは神様ですか?
「どいつもこいつも、解脱して涅槃にいたるどころか、信仰心のかけらすらない!とても六十億の管理など賄えぬ!あの男なぞ言うに事欠いて存在Xなどと嘯きおって。…………今、なんと言った?」
神様なんですね。今までの無礼をお詫びいたします。申し訳ありませんでした。
「いきなり殊勝な態度だな…。信仰に目覚めたのか!?」
この目で見て、体験しているんですよ?もちろん信じます。
「しかしあの男は対面した上で悪魔と…!十戒など歯牙にもかけず」
その人のことはわかりかねますが…。恐ろしさのあまり悪魔といったのかもしれませんね。念入りに殺して輪廻させた方がよろしいかもしれません。
「うむ…。既に転生させている。あの男がいう、信仰を妨げるもののない劣悪な世界にな。つまり、科学の発達していない世界で、女で、戦争を知り、追い詰められる世界だ。予想外の結果であったがそなたにもあの男と同じ世界に転生してもらおう。何か良い影響を与えるやもしれん」
畏まりました。私はその男が改心するよう導けばよろしいのですね?
「そのとおり。ある男、いや今は少女だが、を改心させるのだ。そして、我が信徒を増やすように」
はい。不肖の身なれど、精一杯務めさせていただきます。その少女の名前はなんというのですか?
「……ターニャ・デグレチャフだ。そなたには準備期間としてかの者が産まれるより少し早く転生してもらう。出自も恵まれたものにしよう。励むのだぞ」
モノローグは完全にオマージュです。大人と子供の差、男と女。ついでに頭も主人公のほうがだいぶ下なので、その辺を加味して。