リエージュ司教領布教録 Tuez-les tous, Dieu reconnaitra les siennes 作:手紙
「マリア様、これくらいで少し休憩しましょう」
「はい、先生…」
休憩をいいつける教師の顔は優れない。
ありあまる財力を活用し、魔法教育の先生をお呼びしてはや数カ月。教育は遅遅として進まないままだった。
物理、数学、魔力理論史、魔力‐人体相関論?
すいへいりーべ、何それおいしいの?関数?そんなのなんの役にも立たないよ。
前世の馬鹿な自分が囁く。
柔軟な子供の頭を持っているはずなのに、持って生まれた苦手意識が圧倒的に邪魔をしていた。
メイドが入れた紅茶を飲み、頭にかかる靄をなんとか吹き飛ばす。
「なんだか、むいてないですね…。もっとこう、ぱーっと、ぐおぉーって感じで感覚的にできたら良いのに」
「マリア様はまだ5歳ですから。……軍が許容するかわかりませんが、演算宝珠さえあれば、なんとかなるかもしれません」
少し考えこんだ後、教師は提案する。
「演算宝珠?」
「通常、魔導士は単体では簡単な発火や念動力程度しか発動できません。しかし、軍が開発した演算宝珠を用いれば、術式の発動を補助してくれるため、より安定的に、いってしまえば楽に魔法が使えます」
「すごいです!早速お父様にお願いしてきます!」
全く、最初からそれを用意しておいてくれたらよかったのに!
「あっマリア様!演算宝珠は軍の機密がつまっていますからそうおいそれとは…行ってしまわれた」
何やら後ろから聞こえたけど、父におねだりするのが先だ。
今の時間なら、執務室だろう。
「お父様!」
「あっマリア様!!」
執務室の前は何やらいつもより護衛が多かった気がしますが、それどころではありません。構わず扉を開けると、背の高い軍人が、父と話している。
「マリア…。ちょうどよかった。君の叔父上が遥々来てくださったよ」
振り返った軍人は、顔に刻まれた皺と表情はいかつく、服装と相まって威圧感を与える印象だが、どこか親近感のわく顔をしている。
「やあ、久しぶりだな、マリア。覚えているかな?といっても赤子の頃に会ったきりか。目元が本当に妹にそっくりだな。妹は今も社交界に?」
笑うと更に親近感のわく顔である。
「はい、妻は華やかな場が好きですから。今もお茶会にでています。目元のことをいうなら、妻にもですが、兄上にも似ていますよ」
なるほど、確かに私そっくりの糸目だ。いや、私がそっくりになったというべきだろう。
親近感の正体は目だったようです。
「お母さまの、お兄様ですね?初めまして、マリア・フォン・リエージュです」
習いたてのカーテシーを披露する。
「これはご丁寧に。ハンス・フォン・ゼートゥーアだ、レディ。遅くなったが、5歳の誕生日おめでとう。何かほしいものはあるかな?」
「あっ!それならちょうど今欲しいものがあったのです。本当に言ってもよろしいのですか?」
じゅんしょう。奇しくも軍人なら、持っているかもしれない。
「怖いことを言うな。もちろん、私で用意できるものに限るが。言ってみなさい」
笑ってくれたので遠慮なくいってみるとしよう。
「演算宝珠がほしいです!」
叔父の目が見開かれ、その隙に三白眼が覗く。5歳の子供が見たなら思わず失禁してしまうかもしれない。
「ふむ………。良いだろう」
考えこむ様子で、父をちらっと見たが、叔父は約束してくれた。
「本当ですか!?」
奇跡的なタイミングである。正しく主の思し召しだ。
「兄上!」
「どれだけ遠ざけようとも、本人が望むのであれば仕方あるまい。幸い、伝手はある。用意してみよう」
どこか面白そうな叔父と対照的に、父は不安げな表情だった。
荒事から遠ざけた父と、ゆくゆくは軍に入れたい叔父。