リエージュ司教領布教録 Tuez-les tous, Dieu reconnaitra les siennes   作:手紙

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R-15注意


第四話

「マリア様、落ち着いて下さいね。全てその演算宝珠が補助してくれるはずなので、まずは簡単な切り傷を治してみましょう」

 

「はい、先生!」

 

今日は初の魔法演習の日だ。

簡単な治癒術式を、ちょうど厨房仕事で指をきった見習いのジェフに施すこととなった。

普段私と会う機会のないジェフは、恐縮しきった様子で立っている。

髪と同じ明るい茶色の目はそわそわと絢爛な室内の装飾を眺め、そばかすの浮いた頬を引きつらせていた。

 

 

治癒は専門ではないですが、という前置きはあったが、切り傷は単なる表皮の損傷なので、簡単な治癒促進の術式をかけるだけで治癒するはずだ、というのが先生の説明。

演算は全て宝珠が行ってくれるそうなので、私はただ引き金を引き、魔力を流すだけでよいそう。1+1=2。私が負担する演算はそのレベルであり、失敗するはずはない。

 

 

「さあ、指を」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

先生に促され、ジェフは指を恐る恐る私の前に差し出した。

大丈夫、そんな意図をこめて微笑むと、ジェフも、へらりと笑い返してくれた。

傷に目を凝らせると、薄皮一枚の小さな切り傷は出血もなく、明日にでも塞がりそうな具合だった。

 

「では、宝珠に魔力を流して起動させましょう」

 

魔力を流すという感覚野を持ち合わせていないため、全くやり方はわからなったが、胸につけた宝珠をそっと左手で触ると、熱を持った気がした。

 

「そうです。では、始めましょう」

 

これで流せたようだ。

左手に触れる宝珠はどんどん熱くなり、胸は火傷しそうな程だった。光も眩しいほど発している。

間違いなく起動はしているようなので、目を閉じて、集中する。

 

1+1=2、1+1=2。

 

何度も念じながら両手をかざす。

光と熱は更に加速し、瞼ごしでも光が焼き付いてくるようだった。

 

 

 

 

 

「マリ……さ………やめ…………っ!」

 

 

 

何か先生の叫び声が聞こえたような気もしたが、音すらも遠くなって、よく聞こえない。

 

 

これは、もしかして不味いのかもしれない。

けれど、使命を果たすまで主が私を見捨てる訳がない。

 

 

 

 

 

「主よ…………!」

 

 

 

 

哀れな僕を見捨て給うな。

 

 

瞬間、閃光があたりを切り裂き、遅れて爆発音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

恐る恐る目をあけると、辺りは大惨事としか言いようがない状態だった。

豪華絢爛で可愛らしかった私室は隣の寝室毎見る影もなく、瓦礫と化し、天井は吹き抜けとなってしまっている。

私は奇跡(・・)的に無傷だったが、先生は咄嗟に張ったのか、防御術式のような障壁が周囲に浮かんでいるにもかかわらず、煤だらけで服はぼろぼろ、意識も朦朧としているようだった。

間違いなく生きている。明らかな外傷はないが、衝撃で頭でも打ったのかもしれない。

 

 

大変なのは、ジェフだった。いや、ジェフだったもの、という方が正しいかもしれない。

爆発を直近でくらった皮膚はほとんどが熱傷により真皮もしくは筋まで欠損し、浸出液を垂れ流し。衝撃を間近で受けた身体は開放骨折の嵐、特に左腕は吹き飛んでしまっていた。

一目で、生きてはいないと他者に悟らせる惨状だった。

 

 

 

 

「う……ぁ…」

 

 

しかし、その塊は蠢き、小さな呻き声が聞こえた。この状態にもかかわらず、不幸にもまだ意識があるようだった。

この教会で働いているということは、ジェフは、敬虔なる信者であり、生きているのならば、全力を持って救わなくてはいけない。

何より、この不自然な爆発も主のご意志あってのことではないだろうか。1+1=2。その程度なら難なくこなせる程度には前世で計算している。間違えようもない。

試練とやらだろうか。

 

 

 

 

 

「Kyrie…… eleison!

 

主よ、哀れみたまえ。

 

救いたまえ」

 

 

突然起きた訳の分からない事態への混乱と焦りは一向におさまらないが。

祈りながら。歌いながら。

自身を奮い立たせ、ジェフに近づく。

方程式、関数!式さえ立てればあとは演算宝珠が計算してくれる。何でもよい、中等教育は済ませてるんだ、死ぬ気でやれば何とかなるかもしれない。

演算宝珠とやらも幸い無傷だ。今度こそまともに働いてもらわなければ。

 

 

 

まずは、全身の骨折だ。公式はなんだっただろうか。

焦りで余計に働かない頭を酷使しなんとか思い出し、骨をつなぎ合わせることができた。しかし、この骨をどこに戻したらいいのか?

懐から人体模型図を取り出す。

 

治癒を正しく行うためには、まず人体の構造を暗記しなければならない。

 

そう言った先生に、時間がある時は眺めて覚えるよう持たされたこれを、お手本にするしかない。

あーでもない、こーでもないと図形と見比べながらパズルさながらになんとか骨を元の位置らしきとこに戻す。

 

 

次は、火傷だ。これはさっきより簡単だろう。切り傷の次に演習する予定だったから、ちゃんと公式も予習している。

範囲は広いけど、真皮、表皮を整復しつつ回復させれば良い。

全身に汗が噴き出すのを自覚しながら祈り続けると、外見上は元通りの皮膚で覆うことができた。

 

最後は、左腕だ。料理人の命なのだから、なんとしてでも元通りにしなければならない。

欠損部位の回復なんて術式は習わなかったけど、肩から治癒促進式をかけまくるしかないだろう。

1+1=2、1+1=2、1+1=2!!折角持って生まれた魔力量があるんだ、力まかせに何とかするしかない!

 

左腕が無事生えたことを確認すると、思わず笑みがこぼれた。

疲労感は全身を重苦しく包んでいるが、成功したのだ。

安心すると、治癒に必須といわれていた痛覚の遮断術式とやらを失念していたのに気づいたが、おそらく意識もそこまではっきりしていなかっただろうし、助かったからよいでしょう。

 

主に栄光あれ、アーメン!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教会併設の病院に、レルゲンはいた。ご息女の教師として招かれた時、まさか爆発に巻き込まれて骨折をするなどとどうして思っただろうか。

あの後、ご息女の治療するという申し出を丁重に断り、事故の責任を取り職を辞す旨を伝えた。

 

火傷と骨折の治癒術式は方程式や関数を有する。まだ、ご息女には教えていないはずの術式だった。ましてや、部位欠損の治癒術式など、ないはず。

それを、初めての演習で使いこなす。

リエージュ司教領の人々は口々に神の御業だなんだと誉めそやしていたが、これは奇跡なんかで成せる技ではない。確かな知識に裏付けされて初めて行える技だ。

間違っても、5歳の子供が行えるものではない。

それに、そんな才能のある者が、演算宝珠の暴走など起こすだろうか。

ましてや、自分だけは完全に無傷なのだ。そんな奇跡のような爆発を暴走とは言わない。

 

 

 

これは、意図的(・・・)なものだ。

 

 

 

その思考に陥った時、レルゲンは冷や汗が流れた。

まだ5歳の可愛らしい少女が。何故。

 

 

あの爆発の直後、おぼろげながらレルゲンは見ていた。自分が渡した人体模型図を見ながら必死にジェフを治していたご息女の姿を。

そして、この世のものとは思えない苦痛の叫びをあげていた青年を。

 

痛覚の遮断術式を使っていなかったのだろう。部位欠損すら為せる者が。

聞けば、あの青年は職を辞したらしい。身体は問題なく治癒していたが、怪我を恐れ、包丁を持てなくなったそうだ。

 

 

 

あの微笑みは、どういう意味を含んでいたのか。

彼女の意図はわからない。

 

 

しかし。どの推測も、空恐ろしいものだった。

 




ようじょこわい

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