しかし「最新話読むまで感想書いてはいけないのでは??????」というシンプルな怯えと「それはそうと辛すぎて一章までしか読めてない…………」というジレンマが大爆発している最中。
という訳で、今回は影響されてAR-15の話をしましょうか。
「…………おー、これマジで火起こし出来るんだな」
擦ってぽっかり穴の空いた枝から、仄かに煙が燻っていた。青白い顔に似つかわしくない笑顔が私には気色悪い。
帳も落ちた深夜、もうどれ程ぶりかという火の温かさが肌に沁みてくる。顔に出してしまったのだろうか、私の目を見るなりウロボロスは得意げに笑う。
何故鉄血のハイエンドに火なんて起こされているんだろう、正直目が回りそうだ。
「随分淋しげに火を眺めるんだな、まあ追われる身でキャンプファイヤーとは行かないか」
「誰が追いかけてんのよ、誰が」
「まあオレの知り合いだな」
全くだ。
M4達とも離れ離れ、SOPもどこに居るのかは分からない。眼の前の女の言葉を戯言と一蹴しないなら、どうやら敢えて引き離されているようだった。
当然のように首のない鳥を斬っていくウロボロスは、しかし血塗れの腕を見ても不思議と恐ろしくはない。
「おいAR15、何か喋れよ。黙々と鳥を解体するのはオレだってクルものが有るって」
「何喋ればいいのよ」
「そうだな、じゃあAR小隊のくだらない話をしろ」
緊張感のないやつ。
「嫌よ」
「あんまり変に逆らうと弾丸が――――――」
ウロボロスの言葉より前に、私の耳元を弾丸が通り過ぎた。
どうやら周りには尋常じゃない数の鉄血が居るらしく、それはウロボロスも否定しなかった。
曰く
『付いて来いとは言ってないんだけどな、罰代わりの偵察でも付いて来る』
という事らしい。随分と心配されているものだし、実際それが正解だ。
私を報告するでもなく、あまつさえ個人的に接触しようなどという酔狂な輩にはこの見張りも生ぬるい。
当然のように鳥肉を焼き始めた。消えない血生臭さに少しだけ顔を顰める。
「ああ悪い。血なまぐさいと食えないタイプか?」
「そうでもないけど、まあ嫌ね」
「ちょっと水持って来る、待ってろ」
そそくさと歩いていってしまう後ろ姿は、聞いていた奇人変人と言うよりは年相応の子供という感じ。あんまり敵だという感覚もないし、馴れ馴れしくも見える態度は意外と嫌とも思ってない。
暇になったので火に当たりながら思い起こす。
アイツは突然やって来た。本当に突然、気づけば目測10メートル。咄嗟の銃撃は飄々と避けながら、「ストップストップ」なんて軽い調子で言ってのけて。
私がボソリと「セーラ○ーンの黒髪女子高生…………」と「アイツ」のおかしな特徴報告をボソリと呟いて確認すると
『おい!? 今オレの髪型の事何つった!?』
なんて凄まじい喧騒で怒鳴り散らしてきたのも記憶に新しい。
こうやって夜を過ごす理由を何度聞いても「別にない、暇つぶし」の一点張り。口調も聞いていた尊大で古めかしい、というのとは真逆でフランクで少し昔の若者臭い。
はっきり言って混乱していた。
そして、混沌の渦中。件の人形が小走りに戻ってくる。
「お、焼けてるっぽいぞ。ほら食え」
「アンタから食べなさいよ、焼いたのアンタだし」
「遠慮はするな、どうせあのゴミみたいな味のする配給ばっかり食べてるんだろ?」
別に、と目を逸らしてみたがお腹は正直だった。ニヤニヤと顔を覗き込んでくるのが本音を言うとちょっぴり恥ずかしい。
実際問題、配給は冗談でも口いっぱいに頬張りたくなるような味じゃない。極東にくさやという食べ物が有ったそうだけど、言ってしまえばアレの匂いが味になったのではというレベル。もしくは不味いドリアン。
本当に適切なのは生ゴミを食べている感触で、ウロボロスの言は大袈裟じゃない。
「…………美味しい」
「素直じゃん。え、何オレを殺す算段でも整ったか? 多分無理だぞ」
「違うわよ! 素直に褒めてるんじゃない、アンタ捻くれてるわね!」
「冗談だけど」
「――――――チッ!」
面白いと言いながらケタケタ笑って鳥肉に口をつけ始める、やっぱりコイツは嫌いになれない以上に掴みどころがなくて苦手だ。
何でも言いそうだし、何を言われてもコイツなら納得してしまいそうな凄みがある。冗談を冗談と受け取りかねてしまう。
何だかもったいなく感じて、少しずつ口に含んで噛み締めてしまう。
「しかしお前、何というか…………よくオレと飯食えるな」
「アンタが脅してるのもデカイと思いますが?」
「あそっか。悪い悪い」
黙々と食事を続けていると、ふとウロボロスが前置いたことを思い出す。
――そう。そう言えば私が素直に従っているのはそれだった、目的を見失う手前だった。
コイツは自分の質問に答えなくていいし、私の質問に余程の問題がなければ答えると言ったのだ。意図はさっぱりだが、今までの行動を見るに意図はない。
おそらく、私達とは別次元の前提を持って物事に当たっている。要するに、私から見ても意図があるように見えるわけがないし、そう見えるなら実際に意図はないようなものという話だ。
「そう言えばアンタ、人形を殺したことは有るの。前回が初陣に見えるけど」
「殺したと言えば死体の山に立てるほどに殺した。殺してないと言えば、オレは虫一匹だって殺しちゃいない」
「どういう回答よ、真面目な話をしてるのよ」
とんちじゃないんだから。言う前に顔を見てぞくりとした。
火を眺める金の瞳が、何かもっと悍ましい物を見つめているように揺れている。火の中に何を見たかは分からないけれど、其処に映るのは血みどろの何かに違いないと有りもしない直感が喚いている。
コイツは数も殺したし、私も想像だにしないものに対面した経験がある。無いはずの直感が確信じみた様相で語る、形も大きさも不明瞭な事実。
一度瞬きした頃にはその瞳に炎はなかった。
「――――――オレは、そうだな。オレは電脳空間に立って、無数の人形を殺したな」
「ど、どういう事よ」
「鉄血の実験だ。「数千のAIの殺し合いの果てに、良質なAIは完成するのか」というな、その時を数えて良いのなら、オレはこの世界の歴史上でおそらく最も多くの人形を殺したことが有る可能性がかなり高い」
歴史上。あまりにスケールの大きな話に視線がゆらゆらと拠り所を失った。
それも味方同士。唯の実験。それはきっと上官に言われ、彼女は納得してしまったに違いない。「ああ、そうか。これは実験だったのか」と。
だって。おかしいじゃない。
その数千を殺す理由が「実験だったから」。そんな事で納得できる?
出来る訳がない。それは自分が其処にいる理由としては成り立っているかもしれないけど、だからと彼女が殺した全てを肯定する答えになんてなりようがない。
遊び半分で殺しをさせられたと言っても本人の感覚として何も間違いはないはずなのに。
私の怖気に気づいたのか、ウロボロスは今までと同じようにニヤリと口端を上げた。
明確に怖い。何を考えてるかが一気に分からなくなる。
「待って。ちょっと…………アンタ、それで納得」
意味のない質問。答えは分かりきっていた。
だから返答もすぐだった。言葉を切って、あっけらかんと。
「納得するか? お前は」
「する訳ない! それが何かを奪う理由として適切に思うならアンタのAIはその実験の価値に値しないゴミクズ以下よ!」
「じゃあ、それが答えだろ?」
当然のように答えたそれに、私は其れの後ろに悪鬼羅刹の類でも幻視するところだった。
それなら普通に、論理的に、めちゃくちゃに物を考えると酷い結論しか出ないから。
最悪の答え合わせが風と共に耳に捩じ込まれる。
「納得しちゃいない。だからオレは、数千を殺した鉄血だって事を忘れた覚えはねえよ」
「だからオレは、殺したやつの数だけは忘れてない。全部背負おうなんて傲慢だが――――――数くらいはな」
枝を火に投げ入れる。
「昔話すっか。いやまあ、オレにとっては数十年来の話だし、お前からすればたった数ヶ月で起きた因縁だけどな」
実験終わり際。オレは簡潔に言うと、別に殺すことにそこまで慣れていた訳ではなかった。
殺すことは手慣れていたが、死んだやつの声を時々夢に見た。恨み言も聞いたし、まあ悪夢の種類はよりどりみどり。大体の精神的苦痛は味わった。
元々人殺しなんぞ出来るタイプじゃないからな。慣れないことをしたら誰だって抵抗が身体なり、頭なりに出るだろ? オレも例に漏れずって事だ。
まあ。だからその悪夢が終わって、さあ上司が目の前だって時に――――――オレは何も言わずに殴りかかった。
『アンタ、やったことの意味分かってんのか』
そんな事を言った。今はそうは思わないが、あの人は仏頂面で動じてるようには見えない人でな。オレの不意打ちの拳を当然のように握りしめると、無理やり下に叩き落としてじぃっとオレを見た。
罵倒でも聞くつもりなのか、とその時は思ってあらん限り罵倒した。
ふざけんな。何人殺させる。何故味方を殺す必要がある。お前は物を軽々しく見過ぎだ。まあ色々。
もう馬鹿の一つ覚えみたいに枯れた語彙力で馬鹿だ阿呆だ屑めナンタラカンタラってな。
――ああー、先に言っておくとそれに大した意味が有るとは思わないぞ。これで騒ぐのは要するに、偶々当たった不幸に逆上してるだけだしな。新聞に書かれた記事は平然と流し読みできるやつがやって良いことじゃない。
散々ごちゃごちゃと言われたその上司は、息切れしたオレを確認すると見下すような目つきで喋りだした。
『――――――――それで、貴方があの最中で得たのはそんなくだらない恨み言?』
くだらない。と言われて、オレは逆上も出来なかった。何というか、何だろうな。
それは彼女が他人だからそう言っているのではなくて、恐らく自分の身に起きてもそう言い切ってしまう。そんなもう、何処と無く焼ききれたようなものが眼から感じ取れたからだと思う。
『わたくしを恨もうが、殺そうとしようが勝手です。あなたの行動に興味なんて無いわ。ただ――――――――貴方が何を言っても過去は変わりませんし、わたくしを殺しても誰の弔いにもならない』
巫山戯た物言いだったが、こんな身勝手な性分でも言ってることはわかった。
当たり前のことで、感情論は何も変えられない。
『文句があるならこれが罷り通る世界にでも反抗してなさい。わたくしはわたくしの目の届く限りに最大限の利益を与える事しか考えていません。その結果、名も知らない味方らしきものが何千死のうが興味が無いわ』
『貴方は戦争中に殺した兵士に一々葬式をしろとでも言う気? 違うなら、これが当然である世の中にでも当たり散らしたほうが建設的でしょう。わたくしを殺しても、この行為の不当性なんて誰も証明しない』
突然機械みたいに、割に明瞭な声でそうずらずらとオレの言葉を踏みつけた最後の一言が
『貴方みたいなのが成果物と言われても、それこそ他のAIに何と言えばいいか――――――わたくしには言葉が見つからないわ。はっきり言って、鉄くず以下』
よくもぬけぬけと、と思ったが。
同様に反論できず。
ついでに言えば、おかしな話――――――――その言葉。意外と納得してしまった。
まあ責任転嫁した言論だというのは一理あるし、実際首謀者である所の人形が言うにはあまりに都合のいい言葉だと思うし、要するに否定できる。というか、それこそ「感情論で」糾弾は出来たと思うんだが…………オレは出来なかった。
それがその場凌ぎでもなければ責任逃れでもなくて、オレの憤りをそれなりに汲んで、それなりに、他人行儀に解決してやろうとしていた――――と思ったからだろう。
オレは自慢じゃないが、言葉の薄っぺらさはすぐ分かる。オレ自体が薄っぺらい言葉ばかりの人間だったし、付き合ったやつもそんなやつばかりだったからだ。
そして――――――オレに人生で一人だけ、真正面から向き合ったやつも居て。
女の顔つきは、その馬鹿にそっくりだった。
「と言う訳で。オレはこれまでたった一度しか得られなかったものをもう一度、あの人から貰った」
「それだけで戦う理由には十分すぎる。アレだけ都合のいい言葉を、オレの為に言ったのだと思わせる女についていく。馬鹿馬鹿しいが、死ぬのに足りうるかもしれないだろ?」
ケタケタと笑ってまた枝を放り込む。話が重ったるいったらありゃしない、なんて考えつつ肉を口に含んだ。
――戦う理由なんてそれぞれ?
考えてはみたが、さあどうだろう。私の知る限り、私達は人類の為に戦う。人の為に生まれて、人の為に生きて、人の為に戦って、人の為に死ぬ。
其処に本質的な戦う理由とか、そんないかにもレトロな映画チックなものはきっと無い。
――無くて良いのだろうか。
「何かあんた、思ったよりアホね」
「自分が掴みたいものもないのに人に言われて戦う馬鹿の集まりに言われても、オレは笑い飛ばしてやることしか出来ないな。むしろお前らの方が阿呆で、哀れだ」
思っていたことをずばりそのまま突かれた。
「でもあんた達より高尚よ、人殺し」
「高尚などという時代でグラグラしっぱなしのくだらない価値観は抜きで、お前は何の為なら死ねる?」
突然ナイフでも突きつけるように尋ねてきた言葉、正直言い淀んだ。
戦う理由なんて考える人形は私が思うに二流だった。だってそれを考えるって事自体、もう意味がないのは見えてるから。大体、それを考えないために人形として存在するのに。
それを突然考えろなんて、わざわざ非効率に励めと言われているようなものだ。
「分からないわ、考える必要がない」
「馬鹿。その中途半端な感情を吐き出すAIは何の為に有る…………AR小隊は数少ない『人間の為以外に戦うことで利益を成す』人形の集まりじゃないのか」
「考えたら、考えたら――――――――」
「考えたら、何だ?」
「いや、何でも」
「考えろ。お前達は考えることで初めてハイエンドモデルの値段の価値を持って、そしてオレ達を殺すに値する人形になる」
分かる訳ない。分からなくて良いんだから。
――だけど、敢えて言うなら。
「まあ、AR小隊が窮地なら駆けつけるかもしれないわ」
「命令は?」
「場合によっては無視よ。だってその方が実績が出るから」
「なら良し。オレは酒でも飲んで寝るとしよう」
満足気に頷くと、ウロボロスはこの後本当に酒を飲んで私の目の前で寝てしまった。
刺し違えれば殺せたし、何なら殺して逃げ切れたのかもしれないけれど――――――何故だろう。
私は結局、撃つことも出来ず。しかも恐ろしいことに隣で寝てしまった。
「で、あんたはあんたでお腹いっぱい食事して鉄血をにらみながら徹夜した。と?」
「そうだよ! 心配したんだけどなー!」
SOP Ⅱの喚き声が今日もうるさい。時間が経ったとは言え、まだ寝起きなんだから加減というものは有るべきだ。
起きてから見回したが、酒を飲んだくっていたアイツの形跡は見事にゼロだった。アイツの喋り口から想像のつかない小綺麗な字で『つまらんものだが。付き合ってもらった礼だ。』とメモのついた配給が置いてあった。
ついでに酒らしきものもちらりと見えたが、流石に冗談だと思いたい。
「というかあんた、よくあいつらが寄越したものを食べたわね」
「わたしだって最初は警戒してたよ。でも夜中にウロボロス? だっけ、変な鉄血が来て眼の前で食べ始めたから、まあ大丈夫なのかなーって」
ああ。確かにアイツならそういう事を――――――。
「待って。アイツ夜中にあんたの所に来たの」
「え? 来たけど、AR-15が寝てるから行っちゃったのも気が付かないんじゃない?」
ちょっと焦り気味にさっき読んだメモの裏を見る。案の定何か書いてある。
『寝顔が可愛かったのでお酒はおまけしてやる。後な、幾ら何でも敵だから寄りかかってくるのはオススメできない。あー安心しろ、オレは口つけてないから別にそういうのはない。』
「アイツ――――――ッ!」
瞬間的に叫びそうになったのをSOP Ⅱに抑えつけられた。
一生の恥だ…………アイツだけは私が殺さなくちゃいけない。
誤解しないでもらいたいが、オレは別に代理人に関して恋愛感情はこれっぽっちもない。
ただ何となく、オレが適当に生きて適当に死ぬよりついていった方がマシだ、と感じたのがあの人だけだったという話だ。
よく誤解されるからな、真面目に。