わたしがウロボロスだ。   作:杜甫kuresu

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本来別の短編にする予定だったもののサルベージです。


臆病の暴風

 私のバイザー越しに映る景色は、いつも血と残骸塗れ。

 鉄血がそういう組織なのだと気づいたのは部隊に入って二日目、「鉄血の辞書に撤退の文字はない」なんて大声で嘯いてた阿呆上官のぐっちゃぐちゃの惨死体を見たときだろう。

 

 いつも煽動者として一流でも指揮官として三流と太鼓判を押していた私だったが、アイツの死に様は笑った。指示が通りきっているかも分からないのに突撃しやがったのだ。

 ガード上がりはこんな奴ばかりなのか、とオブラートを三重ぐらいに包んで同僚のガードに聞いてみたことも有るのだが、アレは特別馬鹿だったらしい。ちょっと安心した。

 だが馬鹿も秀才も等しく残機ゼロなのが戦場だ。無能がちゃちゃっと中の生体パーツを引きずり出す形で私の生存本能を呼び覚ましてくれたことぐらいは、まあアイツの上官としての責務の全うを感嘆せざるを得ない。

 

 今でも思い出す。

 

『こんな筈では』

 

 と呻くあの馬鹿の声。蜂の巣で、瓦礫に胴をぶっ刺されて、歯をガタガタさせて、焦点のあってない眼で私に呻いたあの声を。

 

 あんなのはお断りだ。私は知っている、私は分かっている、私は気づいている、この世界では私達が悪者。

 I.O.Pは、人間様は正しいと世界観が決めつけている。創作物は往々にして偏った視点から事を進めるものだが、この世界も似ていることを私は知っている。

 

 私はイェーガー、猟兵だ。

 私は使い捨て、よく居る文字列上の存在。

 私は凡人、主人公には敵わない。

 

 だから。まずは生き延びることを最優先事項とすることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おやおや、また「鼠部隊」の隊長さんのお帰りですかぁ!?」

「…………」

 

 煽ってきたのは同期で成績の出ているヴェスピド、アダ名はカメムシ。由来は「自尊心の保持のために人形に臭い口上を垂れる虫レベルのやつ」だから。

 バカ丸出しの舌回しの多いコイツは、部下を捨て駒のごとく突撃させてかの人間魚雷的なやり口で戦果を上げてるクズ。

 

 大変自己表現にご執心なナルシスト人形で、こうやっていつも負傷してた私達の部隊が帰投する度に嘲笑いに来る。暇なやつ、要するに。

 正直こちらは疲れているので相手取る気はないのだが、ほっとくと部下を煽りだすのでたいへん面倒くさい。仕方なく軽く皮肉で返す。

 

「突撃馬鹿のカメムシ殿はねぎらいの言葉もないんだ。スズメバチのタイプに当たって正解だったな、アンタは一発まち針を刺して部下をおっ死なせるだけの能無しなんだから」

「――――ッ! 言ってくれるじゃん!? 功績の一つも挙げてないくせに!」

 

 ああーカッカしだした、煽り耐性の無いやつに限って煽ってくるのは世の常か。

 コイツは戦果だけは上げている。上司からもそのアホな采配に苦情はない。憤らないが、不思議な事だ。

 

――私は分からない。特別戦果はあげない、大体作戦も微妙な結果に終わる。

 鉄血は部隊を使い捨てにする作戦が多い、私みたいに全員を生き残らせる事に終始してる部隊では作戦概要と噛み合わなかった。

 

 喚き出したカメムシを適当にいなす。

 

「逃げ帰るだけが取り柄のアンタが他の人形のこと言えるの!?」

「言えるよ。私は部下をロストしたことはない」

「それが――――――」

 

 それが何だって、などと言わせてやるか。私も苛つく時は苛つく。

 ちょっと睨めばすぐに情けない声を出す。他の部下を馬鹿みたいに軍にぶつけてるだけだから、自分自身は脆い昆虫風情なのも分かっちゃいないらしい。

 

「ロストしないことは最大のプラス。一々訓練状況のリセットも発生しないし、ボディの費用も少なく済む」

 

 実際この無能、いっつも再教育してるからな。そりゃそうだ、部下が育つ前に死んでるんだから。

 後ろから部下が私を引き留めようとするが断る。偶には言わないとコイツは調子に乗る。

 

「実際私の部隊は確かに大きな戦果は挙げてない。でも最小限の被害で最大限のパフォーマンスを発揮してる、ただの量産品としちゃいい仕事してるはずだよ」

「屁理屈だけは達者なことで!?」

「うるさい。馬鹿はもう黙ってた方が良いよ、アタマが悪いのがどんどんバレていって収集がつかないったらありゃしない」

 

 後ろから掴みかかってきたカメムシを思い切り壁に投げつける。

 

「臭いから触らないで。部下を殺して遊んでる暇有ったら消臭スプレーでも貰ってきな」

 

 後ろでまだ喚いていたが、面倒くさいので部下を引き連れて休憩に向かうことにする。

 

 

 

 

 

「メットさん、何であんな言い方」

「馬鹿はカッカさせておいたら一人で喚いてるだけで逆に楽だから」

 

 新参のリッパーの苦言は切って捨てる。アレに慣れている側からすれば、まあそれは間違いだ。

 取り合いたくないから最低限突っつくのだ。蜜蜂の巣でも適度に切り取らないと面倒だから。

 

「まあ大方アイツ、最近は新造の――――――ええっとウロボロス? だったかな。その上級AIで頭いっぱいなんでしょ」

 

 何だかあの馬鹿が気に入る鉄血の時点でロクでなしのようだが、まあ私には関係ないのでどうでも良い。

 

 機嫌取りに執心してるようだが相手にされてないご様子、煽り方ですぐ分かる。どうやらウロボロスとやらは人形を人形とすら思わないトンデモ言動で、そして単体性能が馬鹿で、まあアホの期待の星のようだった。

 

 横目にパーツを取り書いて小さく呻くガードを眺める。

 

「うっ…………イッタァ!」

「もうちょっとですから、頑張ってくださいね」

 

 整備士も毎日毎日人形の呻き声と眉間に皺の寄った顔ばかり見て大変ご苦労さまという感じだ。

 

 鉄血兵は頑丈がウリで、多少パーツがもげたぐらいじゃ絶対に死なない。だから早めにパーツを取り替えてやらないと大変痛む。

 痛覚遮断なんて豪華な機能はグリフィンと鉄血でも一部のハイエンドモデルだけの特権だ。俺達がまず覚えるべきは「腕がもげたときに上手く痛みに耐える方法」だったりする。

 

 リッパーがぼんやりと眺めていた私に尋ねる。

 

「メットさんも四肢が取れたりしたこと」

「有るに決まってるじゃん、酷い時は両腕なかった」

「えぇ!? どうやって生き残ったんですか!?」

「どうやってって…………関節外して腰のフラッシュバンを口で咥えたりしたよ」

 

 死ぬよりマシ。飾りだけの女性的感覚が一体何の役に立つのやら。

 

 鉄血は命を投げ捨てる。負傷も忘れてるし、死ぬまで戦う。

 私は其れが出来ないから変人扱い。死にたくもなければ死なせたくもない、ふつうのことなのに。実際コスパも良い。

 

 別に私達下級の鉄血が上級AIに媚びても配属固定はないのでメリットはないが、多分そのウロボロスも私はお気に召さないだろう。だって、鉄血としては下の下だし。

 

「強いんですね」

「鉄血では弱いよ。あのバカメムシはある意味正論だ、まあ私はアイツと一緒で初期ロットだから隊長なだけだよ」

 

 そうだろうか、と目を凝らすリッパー。返答はしかねる。

――まあ、戦果はないしね。実際、役になんて。

 

 思っているうちに、あの喧しい声。

 

「えっえっ、何でウロボロスさんが此処に!?」

「喧しいぞバカメムシ、お主なんぞには会いに来ておらぬから安心しろ」

 

 女のキツイ口調、メットの呼んだ名前と媚び方。そして妙に鉄血がざわついて数も増えた。

 どうやら件の鉄血様がご来訪らしい。私はぶっちゃけ面倒くさいので顔はあげない、銃のメンテナンスに集中しているふりをしてやり過ごす。

 

 ガヤガヤとカメムシちゃんは騒がしい。

 

「い、いやそれはともかく!? 一体こんなゴミみたいなところへ何の用で?」

 

 ともかく、ねえ。気にしてるくせに、後で私に当たってくるなめんどうくさ。

 ウロボロスの声が響く、凛として悪くない声だ。意外と嫌いじゃないかも。

 

「――――――あのな、先に言っておいてやるが。お主が此処をゴミ溜めか何かと勘違いしてる限り、わたしはお主のような低能な阿呆は相手にせん」

「というより失せろ。顔を叩き割るぞ」

 

 随分な物言いだ。媚びるのもろ失敗してるじゃん、とひっそり笑う。

 

――カメムシの耳は地獄耳。運がなかった、アイツが喚き始める。

 

「臆病風のメットさんが笑える立場ですかねえ!」

「…………うるさいな。声が大きいと大好きでたまらないウロボロスさんにも振り向いてもらえないんじゃない?」

「雑魚よりはマシよ!」

 

 まだキャンキャン言いそうであーしまった、と後悔している所で声が挟まれて会話が止まる。

 

「やかましいと言っている。わたしが用が有るのは、その雑魚だ」

 

――今、ナンテ?

 冷や汗がやばい。珍しく焦ってる、いやあ上司に怒られるのはもう勘弁だなあ。

 

 いつもだ。いつも私は怒られる。ただ安全第一なのにそれが間違いと言わんばかりに、しかも頭ごなしじゃなくため息混じりに、「出来るのになぜしない」みたいな感じで。

 アレは嫌だ。疲れる。アレに抵抗し続けるのは疲れる。抵抗の余地は捨てないけど疲れる。

 

 こつこつ、とヒールのような。でも金属質な足音がこちらに近寄ってくる。逃げ道はない、口がへにゃりと焦りで歪む。

 必死でスライド内部を掃除する。

 

「おい」

「…………」

「おーい、もしもし? 臆病風のメット殿ォ?」

「…………」

「こっちを見てくれるまで四肢を蹴り砕いてもオッケーなんだぞっ☆」

「はい返答遅れて申し訳ありません何でしょうか!?」

「素直でよろしい!」

 

 そんなピース決めながら怖いことを言ってきた鉄血、初めてだ。思わず全容を見た。

 

 目付きの鋭いツインテールなんかしちゃった女子高生みたいな見た目だ。肌の白さ、そして上級AI特有の黄金色の瞳を見なければ上官とは分からなかっただろう。威厳と言ったものはあまりパット見感じない、綺麗な見た目であるとは感じるが親しみ深さの方が上回ると言うか。

 

 軋む腰を立たせて礼をし直した、怒られる。というか下手したら四肢が今日はないかも。

 笑顔が怖い。

 

「メ、メット! ウロボロスさんに失礼極まりないだろそれ!」

「だーかーらー、黙ってろカメムシ。何だ? 二度とわたしに近寄れないようメンタルモデルに恐怖でも刻み込まれたいのか?」

「はあん♡ 喜んで!」

「「やべえなコイツ相当イッちゃってるよ」」

 

 声がハモる。ウロボロス、意外と私を嫌わなさそうな稀有な上司かもしれない。

 

 思わず目を合わせてしまうが、彼女の表情は底抜けに明るい。私に怒っているという感じもしないし、何なら上機嫌にすら見える。

 私が言うとアレだけど変な鉄血だ。

 

「さて、お主が臆病風のメット。だったか?」

「あ、はい。上級AIを無視した罰は私だけに留めていただければと」

「いや当たり前だ。連帯責任でも何でも無い、というかその対応――――――いっそ無礼に過ぎてわたしは気に入っているぞ」

 

 へ、変人だ。私いまさっき後悔しまくってデータ消去すら想像したのに。

 ウロボロスはどっかりと私の横のソファに座り込むと、いきなり酒を投げつける。

 

「す、少しお待ち下さい。注ぐには手が空いていません」

「いや、くれてやる。気が向いたら飲むといい」

「は、はあ…………」

 

 分からない、何を考えているのかさっぱりだ。

 寛いだウロボロスは私達をじーっと観察する。横から出てくるカメムシは完全無視、アイツがちょっと可哀想なくらいだ。

 

 どうやら整備をしているのが気になるらしいが――――――と、不意に天啓が降りて立ち上がる。

 

「ん? どうした、別にこのまま見てるだけのつもりだったが」

「いえ。ウロボロス様」

「呼び捨てで良い、堅苦しいのは大の苦手だ」

 

 その口調で? とつい口をついて出そうになる。実際、堅苦しくさせない何かが有るらしい。

 

「ウロボロスさん。見てもらえれば分かるのですが――――――当部隊は銃が傷んでいます」

 

 ちらりとリッパーの銃を見ると、傷だらけで型もやや古い。とても最前線で扱うためのものではないアンティークである。

 

 臆病風、という渾名の通り私と部隊はあっさり逃げて、だから壊れない。頻繁に傷一つ無いボディの人形が入ってくる他所と比べると銃が摩耗してしまっていた。

 新品ごと銃を卸す方式の問題だ。

 

「ほう――――――」

「それで」

「分かった。代理人殿にこう、何かうまく言ってやろう」

 

 話がトントン拍子過ぎて思わずすっ転ぶ。カメムシは口をあんぐり開けてウロボロス投げ出された左手をツボマッサージしながら揺さぶる。

 

「ウロボロスさん!? 何でこんな阿呆相手にそんな優遇を!?」

「は? 阿呆はお主だバカメムシ。今後わたしの行動に異を唱えるような事をしてみろ、頭を蹴り飛ばしてアンパンマンよろしく新品に取り替えてやる」

 

 もうボコボコである。とうとうカメムシも限界になって出ていった、恐ろしいことに此処まで来ると私に絡み酒を始めるのだ。めんどうくさ。というかアンパンマンとは一体。

 

 何だアイツは、と肩を竦めたウロボロスが私に顔を向け直してニヤリとする。

 

「しかし、そうさなあ。代理人殿は結果を出さない者に武器など恵んでくださらぬだろう――――――どうする?」

「何でも仕事は請け負いましょう。死なないことに関しては私の人形生命と鉄血的倫理に誓ってコイツラは一流に近いものです」

「よし。話の分かる人形だ、気に入った」

 

 私は妙な上官に目をつけられた。

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