焼けるような痛み
―――――いつしかそれも分からなくなり
永遠に感じた暗闇
―――――すでに思うものもなく
嗜虐の業と刃物の冷たさ
―――――とうに日常の断片になった
変わらぬものだった
終わらぬものだった
あの日、至極の月を背負うあなたを見るまでは―――――
「おーい! ミツキ! 薪ってこれで足りっかな」
「……ええ、よろしいかと…。夕餉も、これで足りましょう」
深い、深い、人の気など感じられないほどの山奥に、明るい子供の声としわがれた老人のような声が響く。
子供は身の丈の何倍もあるような丸太を玉乗りの玉のように操りながら、しわがれ声の持ち主を仰ぎ見た。
それは青年だった。声に似合わぬ射干玉と藤の髪を持ち、夜空の月を思わせる瞳を持った、耽美な美貌の持ち主だった。
青年、ミツキは、たどたどしくも感じるようなゆっくりとした口調で少年に同意し、自分の手にある戦利品を見せる。
握りしめられていたのは大きな魚。丸太よりも太くたくましい魚が、白魚のように繊細な指で尾を引きずられている。
少年はそれを見て目を輝かせた。
「でっけェ~~!! 旨そうだなあ、最近は肉ばっかだったから、魚は久しぶりだ! 昨日は熊だったしさ」
「ええ、……では、悟空さまは先に、お戻りください……何か付け合わせの果実でも…見繕って、まいりますゆえ…」
「じゃあ魚はオラが持ってくよ」
悟空は気負いなく手を差し出した。それに対し、ミツキ幾ばくか慮るように押し黙る。
幼い体で丸太と魚を運べるのか―――――そんなことを心配しているわけではない。少年…悟空なら丸太も魚も無事持って帰れるだろうということは承知のうえで、躊躇う。
無言で頭を回すミツキ。その沈黙を、悟空は静かに待った。
「しからば…」
結局ミツキは魚を悟空に渡し、果物探しを優先した。ただ、本来は今まで探索していないルートを探しに行くつもりだった予定を変更し、安定して果実のなっている辺りを探索することにした。
少しでも早く予定を済ませ、悟空に合流するというミツキの苦肉の折衷案である。
―――――どこかで聞こえぬ開幕のベルが鳴る
■
「(壱、弐、参……壱拾(とお)つ。これだけあれば、悟空さまの腹も満ちよう)」
ミツキは腕に抱えた果物を見て、小さく息を漏らした。自身が現状お仕えする悟空はとてもよく食べる。―――――そんなことは、生まれる前から知っていたことではあるが。
食べることは問題ではない。ただ―――――悟空の齢は12。まだまだ育ち盛りだ。これから食べる量も増えていくだろうし、もちろん健やかに育っていただくためにも、たくさん食べていただきたい。できれば、バランスよく。
しかし、こんな山奥で安定してバランスの良い食事をとるのは不可能に近い。ゆえに山菜や果物などを献立に混ぜることで調整を図ってみてはいるが、専門に勉強したわけではないミツキにはそこが限界である。
「都に………出るべきか……」
―――――それはもうずいぶんと前から頭の中にあった選択肢だった。償いきれぬ我が身の失態、そして、恩人であり悟空の唯一の家族である孫 悟飯の死。都に出れば十分な食事を提供できる。清潔な環境で暮らしてもらえる。必要な金子などどうにでもなる。……機会は何度もあり、そのたびに先送りにしてきた。
未だ幼い悟空を祖父の思い出の残る山から出し、慣れぬ都会に連れて行くのも酷だろう。そう口にすらしなかった選択肢。―――――そんな理由は、ただの建前だとよく理解している。自身の我が儘だろうと、ミツキの胸を締め付ける。
「(今は、まだ……)………そろそろ、」
一度首を振り、思考を切り替える。それがまた先延ばしにしただけだと分かっていても…ミツキは誰に言うでもなく、戻るか、と呟いた。
―――――同瞬
パンッ!! パンッ!!
「―――――!!!」
突如森に響き渡る乾いた破裂音。―――――瞬時に、駆け出す。
―――――銃声だ。ミツキの頭は冷静に判断する。音からしてハンドガンの類だろう。冷静に判断しながらも、わずかに気がざわめく。銃声が聞こえた方向―――――そこには、悟空がいるはずではなかったか。
「密猟者か………!?」
うめき声のようなつぶやきを落とすと同時に、力の限り蹴った木の枝が音をたて折れ、落下した。
普段のミツキであれば痕跡を残すような真似はしないが、今ばかりは速度を優先した。
もし、万が一悟空の身に何かがあれば―――――その時は。
速度は上昇する。もはや残像すら残さず、ミツキは駆ける。
―――――奥方様がおっしゃった
―――――名が無いのなら与えようと
―――――あのお方がおっしゃった
―――――しからばお前の目を選ぼうと
―――――満ちた月のようなその瞳。ゆえにお前はミツキだと。