アテンダント   作:雄良 景

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 犬と呼ばれる。不快ではない。
 もとより下賤の身。畜生にも劣るもの。

 なにより、私はあの時から、あのお方のものなのですから。
 あのお方の犬と呼ばれることに、何の不満がありましょう。





3話

 

 

 

 ―――――方向性の決まった一行は、次なるドラゴンボールを目指し1200km先の西の方角を目指すこととなった。

 

 ブルマは悟空に壊された車の代わりを出すため、ホイポイカプセルの入ったケースを取り出し考える。

 悟空は割かし能天気な野生児だということが分かった。しかし、ミツキはいまだ謎だ。

 ……根本は悪い奴ではないと思うけど、と唸る。

 

 ついさっきのことだ。結局食べなかった魚を森の動物に渡してくると言って消えたミツキ―――直前まで『余計なことするなよ』とばかりにブルマを睨み付けていた―――を待つ間、悟空と自己紹介をしたとき。

 ブルマは、自分の名前を言い渋った。正直、『ブルマ』なんて名前は恥ずかしくって好きじゃない。今までどれだけ笑われからかわれたことか! 悟空もまた指をさして笑ってきた。

 もちろんブルマは怒った。―――――けれど、どこか諦めもある。こんな名前じゃしょうがない、という気持ちだ。笑われるのは仕方ない。きっと自分が悟空でも笑っただろう、と。

 

 しかし、ミツキは違った。

 帰ってきたミツキは笑い転げる悟空を見、理由を聞き、悟空をたしなめたのだ。

 

 

「悟空さま。名とは、親が、子に授ける……一等特別な、祝福にございます。名を、笑うことは…そこにある思いを、笑うことにございます。………悟飯氏が、貴方に『悟空』と…名を、与えたように、……『ブルマ』もまた、ご両親の……無償の愛の、形そのものなのです」

 

 

 悟空が理解できるようにと静かに重ね伝える言葉は、同時にブルマの心にも響いた。―――――そうだ。名前はセンスがないから気に入らないと言っても、両親を嫌いになったことはなかった。だってあの二人に名前を呼ばれるたびに、そこには温かい愛情を感じていたから。……あのふたりに呼ばれること自体は、嫌いではなかったから。

 

 

 恥ずかしがるから恥ずかしかったのだろうか。

 

 

「名を笑うのは、その者が、名に、ふさわしくない場合………誇りもなく、みじめであることを、受け入れるさまを、笑うのです」

 

 

 だったら、この大天才ブルマ様に、名を笑われる謂れがあると? ―――――あるわけないじゃない、そんなもの!

 

 

「ねえ、わたし、ブルマよ! あなたの名前、聞かせてちょうだい!」

 

 

 ―――――ミツキ、と短く答えたその男と、ブルマは仲良くなりたくなった。だから唸るのだ、彼を知りたくて。

 結局その後、悟空はずいぶんと素直にブルマに謝罪したため話は掘り下がることなく、実は礼も言えていない。機を見て、とブルマは意識にとどめておく。その時は、礼をして、いろんなことを聞いてみようと。

というのも、ブルマに誤った悟空が―――実際ミツキが言ったことをどこまで理解できたのかは疑問だが―――それ以降、ふと思い立ったようにミツキの名を呼ぶのだ。「ミツキ」「はい、いかが、されましたか…悟空さま」「ん~なんでもねえや」「左様でございますか」バカップルか。急にふたりの世界になるため、さすがのブルマも割り込みにくいのだ。

 

 

「ん~んんん……あ、どいてどいて!」

 

 

 ボムッ!!

 

 

 ブルマは9番のカプセルを放り投げた。煙が舞う―――――まあ、これから時間はたくさんあるのだから、少しつ仲良くなればいい。

 

 

「て、あちゃーっ!」

「うわーっ! なんだこれ!? おまえやっぱ妖術使いだろ!!!」

「悟空さま、これは、都の技術でございます」

 

 

 出てきたバイクを見て、思わずブルマは頭を抱えた。今は悟空の喚き声も、世間知らずと思いや意外や意外、ミツキの知識も気にならない。

もともとこの旅、一人旅の予定だったのだ。―――都会育ちのお嬢様がよくぞ思い切ったなと言われそうだが、ブルマは図太く抜けているので『多分何とかなる』くらいにしか考えていなかった。―――とりあえず、一人旅だったブルマはもちろん乗り物も大人数で乗ることを計算しておらず、出てきたのはバイクだ。流石に3人は乗れない。手持ちの陸上移動のできる乗り物で唯一3人以上乗れたのは悟空の壊した車だけだった。

 

いくらブルマでも、初対面のイケメンと密着二人乗りはちょっとハードルが高い。―――――実は神龍への願いが『素敵なコイビト』であると打ち明けた時、ブルマはちょっとミツキでもいいかな、なんて思っていた。殺されかけた(忘れてなかった)が、実際随分と美形だし、たぶん腕っぷしも強いだろう。声は非常に残念だが、まあ妥協してもいい。

 

―――――けれど、ブルマの女の感がストップをかけたのだ。

 

今までの一連の流れでブルマはあえて一度も指摘しなかったが、ミツキの悟空に対する敬い方は普通ではない。もしや悟空はボンボンか、とも思ったが、こんな山奥でボンボンも何もないだろう。けれど『悟空さま』なんて呼び方からしてミツキが悟空に対して仕える立ち位置というのは分かった。言っていることは教育係のようだが、しぐさや態度は従者に近い。

悟空があっけらかんとしているのは恐らく、今まで比較対象がいなかった分普通が分からず、違和感を覚えていないからだろう。

 

―――――閑話休題。

とりあえず、そんな一連の態度からミツキの優先順位の頂点に悟空がいるというのは窺い知れた。そして、きっと、それ以上に成れる人はいない。

 

ブルマは二番手なんてごめんだ。ゆえに自らの女の勘を信じ、ミツキをコイビト候補から除外したのだ。

 

 

―――――が、イケメンはイケメン。密着するのは役得でありながら恥ずかしい。

 

ブルマが悶々と悩んでいる間、悟空をなだめすかしたミツキは出されたバイクを見、ブルマの悩みに気づいていた。

―――――しばし考え、嘆息する。悟空を信用のおけない人間のそばに長時間置くのは気が進まないが、ブルマを利用し世界規模の旅をするのだから多少友好的にするべきだろう。それがミツキの結論だった。

 

 

「お―――――」

 

 

 女、と言いかけ、止める。先ほどブルマの名を笑った悟空をたしなめたばかりだ。だのにミツキがブルマの名を呼ばず『女』と呼ぶのは道理にあらず。悟空も不信感を持つだろう。

 

 

「ブルマ嬢」

「ぎゃあっ!」

 

 

 ブルマがひっくり返った。考え事をしていた上に名前を呼ばれるなんぞ思いもしていなかったからだ。ついでに言えば『ブルマ』と『嬢』の組み合わせの悪さが留まるところを知らない。

なにはともあれ、少なくとも他人に名を呼ばれたリアクションとしては最低の部類に入るだろうブルマの態度も、ミツキは気にしていなかった。

 そもそもミツキは忍だ。―――――『悟空を守る』という大義名分があるがゆえに尊大な態度をとってはいるが、本来はブルマのような良家に『使われる』立場である。実際の身分など一般市民に劣る存在。そんな忍が不遜な態度をとられたところで、当然の扱いであるのだから。

 

 

「私は、その、カバーの上で結構……」

「えっ! え、そんなとこ乗る場所じゃないわよ!? 危ないじゃない」

「……貴殿は、運がいい……本来、この山道を…獣に会わず、通り抜けるなど、不可能に近い。……即座に、対処が可能なように、…用心をするだけ、でございます……」

 

 

 嘘だ。実際獣に会わないというのはあり得る。なにせ、パオズ山は緑が豊かでエサに困らないのだ。それなら見たこともない鉄の塊にわざわざ襲い掛かる必要がない。テリトリーに入られようが、あまりに未知な風貌、においである。通り過ぎるだけなら様子見をするだろう。

 下りにいたってはミツキと悟空が付いていく。この山でふたりにわざわざ向かってくる獣はもう少ない。わざわざ用心しなくても、実はそこまで危険はないのだ。

 

 それでもそういう言い回しをしたのは、ある意味ブルマへの気遣いだった。年頃の娘の葛藤くらい察せるものである。―――――それに、繰り返すようにミツキは忍である。本来であれば、手が触れるどころか視線が合うだけでも処分を受けるような身分である。ゆえに、触れる事を極力避けるべき、という忍としては当然の思考があった。

 

 たとえ仕える者でなくとも。たとえ一度仕える相手に危害を加えられたことがあったとしても。少なくとも、悟空とブルマが敵対しておらず且つブルマが利益をもたらすのなら、ミツキもまたブルマに対し多少身分を弁えた態度をとることにしたのだ。

 

 

 ミツキの思惑など知らず、ブルマは身震いした。悟空たちに会うことなく猛獣に食べられた未来があったかもしれなかったのだと、わが身の行く末に血の気が下がる。

 不安はあるが、とりあえずここはわが身可愛さにミツキの言うことを聞こう。そう決めた。

 

 

「ん? ん?」

「ほら、えーっと、孫くん! 早く後ろに乗って。落ちないように私につかまるのよ」

「なんだ、乗ればいいんか? ヘンテコなやつだな~ほんとうにダイジョブなんか…」

「グダグダうるさいわね~! 男でしょ? 早く乗りなさい!」

「いいっ!? わ、わかったよ」

 

 

 ―――――まるで姉弟のような会話だ。そんな感想を抱きながらミツキは卵のように丸い形状をしたカバーの上に乗る。……カバーといっても、正確には屋根のようなプロテクトだ。風よけでもあるだろうそれはつるつるとしているが、ミツキはなんの振動もたてず静かに飛び乗った。

 ブルマはやはりまだ不安そうにミツキを見るが、ええい成るように成れっ、とエンジンをかける。ドゥルルン、唸るバイクに悟空の興奮も高まっていき、何度もバイクや上に乗るミツキを交互に覗き込んだ。

 

 ―――――バイクが走りだす。速度はおよそ時速40km。

 

 

「ブルマ嬢。…速度を、上げていい、…倍は、差し支えない」

「ええーっ、う、うう、もう! 知らないんだからね!」

 

 

 上に乗るミツキを気づかったそれも、本人に両断されてしまえば行く当てがない。ブルマはやけになってハンドルを回し、スピードを上げた。

 

 

 ギュオオン!!

 

 

「いやっほー! 早ぇえ早ぇえ!! これオラが走るより早ぇえぞ!」

「当たり前でしょ機械なんだから!」

「ミツキよりも早ぇえかな!?」

「知らないわよそんなの!」

「なぁミツキー!!」

「ちょっと叫ばないでようるさいわね! それにこんだけスピード出してりゃ声なんて聞こえないわよ!」

 

 

 ぎゃあぎゃあと騒ぎ声が森に響く。動物たちは驚き隠れたが、そんなことは気にしない一行は、現在時速82kmという高速で山を下って行った。

 

 

 

 

 

 

走り始めて5分ほど。すでに山道を抜け少しなだらかな平原地に出たころ。ブルマは運転に集中し、悟空は今まで来たことのない範囲の景色にワクワクと辺りを見渡し、ミツキはただ不動だった。

 

正直、走り始めの悟空の問いかけは聞こえていた。あえて沈黙を貫いたのは別に風圧により口を開けなかったわけではない。

―――――ただ、考えに没頭したかったのだ。そして、その顔を見られたくなかった。

 

ミツキは忍であるからして、普段感情を表情に出すことがない。無表情にの鉄仮面で動くのは眉くらいで、ブルマを睨みつけた時とてそこまで表情に動きがあったわけではない。

 

感情のコントロール、表情のコントロールは忍の基礎。しかし、ミツキはこの思考の間、自身がどんな表情をしているのか……コントロールできているのか自身がなかった。だからあえて誰にも見られぬ頭上を選んだのだ。

 

 

「(ドラゴンボール……)」

 

 

 ―――――どんな願いも、ひとつだけ叶えるという竜の神。

 

 

 たとえば、世界の支配だとか。

 

 たとえば、不老不死だとか。

 

 たとえば、億万長者だとか。

 

 

 願いの規模はどこまで許されるのだろうか。たとえば、たとえば、

 

 

 ―――――死人を蘇らせるだとか。

 

 

「(否)」

 

 

 もはや再び会いまみえること叶わぬお人を、うつし世に

 

 

「(それは)」

 

 

 温かいお人。優しきお方。『彼ら』が、ここに蘇り

 

 

「(―――――理を超えている)」

 

 

 『3人』……否、『4人』で暮らしていただくことは?

 

 

「(………叶うのだろうか)」

 

 

 あまつさえ、おそばに置いていただけるのなら―――――

 

 

「(許されるのだろうか)」

 

 

 ―――――もう一度、名を呼んでいただけるのなら

 

 

「否」

 

 

 つぶやいた言葉は風にさらわれ、誰にも届くことはない。

 

 

「所詮はただの自己満足」

 

 

 ゆえにその声は揺蕩い、

 

 

「道理に逆らう名分がない」

 

 

 静かに、融ける。

 

 

 

 

 

 

 出発からおよそ20分が過ぎたころ、些細なハプニングに襲われた。なんてことはない、急こう配の坂道を勢いをつけて下った結果、車体が浮き空を舞ったのだ。

 行きは上りであったためさほど意識になかっただろうが、下りとなれば支障も変わる。行きはよいよいでも帰りは恐いのだ。

 着地の衝撃にブルマは思わずブレーキを利かせ、停車する。悟空は凄い凄いとはしゃいでいるのでブルマも見栄を張って胸も張ったが、正直めちゃくちゃ肝が冷えた。二度と味わいたくないタイプの浮遊感だ。

 

 

「あ!」

「ん?」

「ミツキさんは!? 落ちた!!?」

「いいっ!?」

 

「―――――なんら支障はない………」

「ヒェッ」

「ミツキ!」

 

 

 後ろから聞こえてきたしわがれ声に、ブルマは思わず鳥肌を立てて前のめりになった。

 

 どれだけスピードを出そうと、あまりに喋りもしなければ身じろぎもしないミツキに正直存在を忘れかけていたところでの大ジャンプだ。さすがに振り落とされたのでは、と慌てたところで、返答は真後ろから来た。

 テンションが上がっている時ならともかく、いまだ慣れないしわがれ声は不意打ちで聞けばだいぶ心臓に悪い。

 

 あわあわとしているブルマを一瞥にとどめたミツキは、そっと悟空の安全を確認した。ニコニコしている。大いに元気、花丸だった。

 

 

「あ!」

「……今度は何でしょう」

「あ、お、おほほ! ちょ、ちょっと失礼するわね!」

「えっなになに! どうしたの!?」

「おしっこようるさいわね! 察しなさいよ!!」

 

 

 なんだ小便か、素直に言えばいいのに、だなんてのたまう悟空を見て、ミツキは少し考えた。

 

 

―――――思い返せばこういったデリカシー云々について細かくお教えしたことはなかった。やはり第三者がいることにより欠落が見えるものだ……転じて思えば、渡りに船。このままブルマ嬢には犠牲になっていただこう。

 

なんとも非道。要は生贄である。しかし教育にあたり『実例』を用いるのは非常に効率がいいのは明白であり……なるほど、旅のメリットがまた増えた。―――――ブルマはこれより、悟空のデリカシーのなさ、突拍子のなさ諸々に散々苦労させられる羽目になるのだが、もちろん知る由もない。

 

 

 

 

 

 

「小便するのが恥ずかしいって、変な奴だな~」

「『小便』とは、ある種、身の穢れで…ございますゆえ……。行為が、恥そのもの、ではなく、…行為を、名を、あけすけに晒すこと、が…恥とされるのです……」

「ふぅん、じゃあさ、オラも小便って言わねぇほうがいいんかな?」

「さようですね……呼び方としましては、便所、厠、トイレ、がございますが、……トイレ、が無難でしょう」

「『ぶなん』ってなんだ?」

「他を選ぶより、安全…もしくは、他よりは正しい、という意味で、ございます…」

「ふうん、便所とか、か、かわや? はだめなんか」

「便所は、品がございません……厠は、言いようが、古いので……使うものが、少ないでしょう…」

「へぇ~…ところでさ」

「はい…」

「アイツ遅くねぇか?」

「左様ですね…」

 

 

 ぽつぽつと続く会話は、はたから見れば非常に淡泊。しかしこれがブルマに会うまでの二人の基本会話ペースだったのだ。先ほどまではブルマのテンションに悟空が引きずられていた面が大きい。

 

 これは後の悟空にも見られることだが、悟空は基本的に『見て学ぶ』『経験して学ぶ』という段階の踏み方をする。その点でいえば破格の才覚を見せる。今まではゆっくり穏やかに、しかし時に挑発的な表現をする孫 悟飯に育てられてきたゆえのベースがあり、そこに長い間、話の拙いミツキと暮らしてきた会話スタイルが悟空を形作っていた。

 

 ―――――しかし、あまりに唐突に、あまりに驚異的な異分子が現れた。要するにブルマだ。

 深い山奥の穏やかな環境で育まれていた悟空の脳は、強烈な外的刺激を受けたことにより爆発的に活性化されることになる。

 

つまり現状、誰も気づいていないが今、悟空は精神的な成長期を迎えているのだ。

 

 

「 びえええええええええっ !!! 」

 

 

「………今のは」

「なんだなんだ? チンチンをヘビにでも噛まれたんか?」

 

 

 ―――――唐突に、おおよそ女の悲鳴とは呼べないような絶叫が響いた。

 確認せずともわかる。まったく帰ってこなかったブルマの悲鳴だ。ミツキと悟空は同時に駆け出した。

 しかし、一瞬ミツキの足が止まりかける。―――――悟空は今、何を言ったのかと。

 

 

「(しまった……悟空さまは、男女の性差をあまりご存じない。女のそれが男とどう違うかも、ご存じなかったのだった)」

 

 

 どのタイミングでお教えしようか。今のミツキには、ブルマの悲鳴よりそちらの方が重大だった。

 

 

 

 

 

 

「なんだ貴様はー! こいつの仲間か!?」

「あり? 誰だおめぇ、そいつん知り合いか?」

 

 

 ブルマのもとにたどり着いた悟空とミツキが見たものは、プテラノドンに酷似した喋る恐竜と、その恐竜に捕獲されているブルマだった。ブルマはあまりの恐怖に凍り付いて痙攣している。

 現れたふたりにギョッとしていた恐竜は、しかし悟空の能天気そうな声を聞いてニヤリと笑う。

 

 

「がはは! そうだ、俺様はこいつとちょっと話があるんでな、借りるぞ!」

「悟空さま、あれは、肉食獣でしょう。…ブルマ嬢を、喰らう…腹積もりかと…」

 

 

 発言は同時だった。知人を装う恐竜と、看破したミツキ。そして悟空にとって、恐竜の発言はミツキの言葉に勝る信ぴょう性を持たない。

 

 

「たっ、たっ、たっ、助けてぇーーっ!!」

 

 

 ―――――恐怖に凍り付いていたブルマがやっとのことで叫んだセリフも相まって、悟空の意識は戦闘に切り替わった。

 悟空の表情を見た恐竜は自身の作戦が失敗したことを悟る。ならばさっさとエサを持って逃げるに限る、と上空に飛び立とうとした。

 

 確かに、翼を持つ者相手に地を駆ける者が空中戦で勝ることはあり得ないだろう。しかし、恐竜がステージを空に移すには決定的な問題があった。

 それは相手が悟空やミツキでなければ些事だったかもしれない。しかし、どうあがいても相手は悟空とミツキ。ゆえにそれは決定的な問題となりえたのだ。

 

 

「棒よっ、伸びろーーっ!!」

「グギャァーッ!」

 

 

 繰り出されるは真紅の如意棒。それは悟空の言葉の通りに勢いよく伸び、飛び立とうとした恐竜を打ちのめした。

 腹部への強烈な一撃に恐竜はなすすべもなく意識を落とす。―――――問題とは、非常に単純。遅いのだ。

 恐竜が飛行するためには数度翼をはためかせてからでなくては浮けない。そこから高度を上げ空に君臨するのだ。しかし、そのタイムラグを実力者である悟空とミツキが捉えられないはずがない。といっても、ミツキは端から手を出すつもりはなかったが…

 

 吹き飛ばされた恐竜の手から零れ落ちたブルマが地面に転がり込む。それを横で見たミツキは、まあ多少は灸になっただろう、と息を吐く。ブルマは尊大な態度のくせにあまりに無防備だ。そのうち殺されそう、というのがミツキの考えである。

 ゆえに、まあ今回の経験で多少は自重すれば御の字だろう。

 

 ―――――そこまで考えたところで、新たなハプニングが起こった。

 

 

「あれ、おめぇ、」

「悟空さま。さすがに……」

 

「う、う、うわぁあああんっ! 漏らしちゃったじゃないのよぅ~~っ!!」

 

 

 ブルマの泣きじゃくる声が響く。

 もともと尿意を感じて草陰に駆け込んだブルマは、用を足す前に捕まってしまったために済んでいなかったのだ。そして一件での恐怖からの解放。気の緩んでしまったブルマは、同時に地面に転がった衝撃で―――――漏らしてしまった。

 

 指摘しようとした悟空の口をふさいでミツキが止める。流石に口に出すのは哀れだった。

 

 ミツキはひんひんと泣きわめくブルマに近づき、転がっていたカバンからカプセルが入っているケースを取り出した。

 

 

「……家の、カプセルは」

「い、いちばん~~~~うええええ~~~ん!!」

「悟空さま、お離れください……」

 

 

 カプセルを構えるミツキに、意図を察した悟空が離れる。放たれたカプセルから現れたのは一軒家だ。―――――その家をみておおよそのグレードを推察したミツキは、やはりブルマは良家の娘か、と感想を抱く。どう考えても小娘一人が所持できる金額のものではない。

 悟空はと言えば、まさか家まで出てくるとは、と呆然としていた。これで取り出したのがブルマであれば「やっぱおめぇ妖術使いだろ!」と喚いたかもしれないが、カプセルを放ったのはミツキだ。都ってすげぇんだな…という感想で終わった。

 

 

「身を清め、着替えを、済まされよ……」

「腰抜けて動けないのよバカァ~っ!」

 

 

 ミツキは沈黙したまま頭に手を当てた。だからミツキは忍なんだってば。おもらしした年頃の娘になにしろってんだ。ミツキは生まれて初めて心労で頭痛を感じた。

 

 結局、泣きわめくブルマをミツキが抱きかかえバスルームに運んでやった。シャワーを浴び終わることにはブルマも自力で動けるようになっており、汚れた服を洗濯するくらいには回復した。

 服が乾くまでの間、ブルマは自分の服の中からミツキの着れそうな服を探す。ブルマを運ぶために抱きかかえたことで、ミツキの服も汚れてしまったのだ。「洗う」といったブルマに、ミツキは「自分でできる」と譲らなかった。服にも仕込みがあるのだ。そうそう人の手に触れさせるものではない。

 

 ミツキは長身で筋肉もあるが、どちらかというとスラっとしたモデル体型だ。ブルマのロングTシャツとスキニーを7分丈履きすれば事は済んだ。ちなみにその際、ブルマはミツキの腰の細さに若干打ちひしがれた。

 

 

 ―――――家から出てきたミツキの姿を見た悟空は、キョトンとする。普段のミツキの風貌とはかけ離れていたからだ。家に入っていったふたりを見送って昼寝をしていた悟空はとんだ寝起きドッキリをされた気分である。

 

 首元にマフラーのように巻かれた布はそのまま、元々着ていた黒のハイネックインナーの上に濃い紫のTシャツを纏い、下はダークグレーのダメージスキニーだ。履いていた靴は格好に似合わないとブルマが騒いだため、裸足である。まあ、ミツキは裸足であろうと問題はないのだが……

 

 

「……町に行ったら靴、買いましょ」

「必要ありません」

「買うの。……お礼よ」

 

 

 ブルマはミツキの後ろで駆け寄ってくる悟空を見ながら小さく呟いた。その手は小さくミツキのTシャツをつまんでいて、まだ精神的な動揺が残っていることを示す。

 これが悟空だけだったならばともかく、年齢は分からないが十分『男』であるミツキの前で『おもらし』をしてしまったのだ。ショックは計り知れない。幸いにもミツキは騒ぎ立てたりせず、余計なことも言わずにフォローしてくれたのでまだ傷は浅かった。むしろ適切な対応だっただろう。実際、ブルマは精神の揺らぎをミツキで支えようとしている。

 

 そんな様子を見ながら、さすがに引き離すの酷かとミツキも許容した。正直な話、こうやって接触されることに慣れていないミツキは随分と落ち着かない気持ちはあるのだが、その感情は自分の中で黙殺した。

 

 

「ミツキー! 変なかっこだな!」

「変じゃないわよ! おしゃれなの!」

「ふうん?」

 

 

 寄ってきた悟空の言い様にブルマが即座に噛みついたが、悟空は特に気にした様子もなくニコニコとミツキを眺めた。いつもと違う姿が面白かったのだ。

 そんな悟空の様子にため息をひとつ吐いたブルマは、気を取り直す。いつまでもウジウジなんてしてられない。そういう切り替えが早いところもブルマの持ち味だった。

 

 

「よし! 出発しましょ。あと孫くん、助けてくれてありがと!」

「ん? いいよおめぇ弱っちいからな仕方ねぇさ」

「一言余計なのよ!」

 

 

 可憐な乙女が逞しくてたまるもんですか! と怒りながら家を回収しバイクのもとに向かうブルマと、それに笑いながらついていく悟空に、ミツキは案外相性が良いのかもしれない、と思い直した。

 ブルマはなんだかんだ人が良く、悟空が物を知らないと分かると文句を言いながらも積極的に教えている。悟空は本来の素直さでそれを受け入れる。なるほど相性は悪くないだろう。

 

 

 ―――――ミツキはこの旅に想定以上の収穫を予感し、ひとり息を吐いた。

 

 

 ああ願わくば、と。

 

 

 






 ミツキと呼ばれる。名を呼ばれる。
 何という幸福だろうか。

 苦労とは思わなかった。不幸とは思わなかった。
 それは当たり前のことであったから。

 しかしあれを苦難と呼ぶなら。
 ここにたどり着くためのみちしるべであったのだ。
 そんなことすら思ってしまう。

 ―――――浮かれてしまうほどに、満たされていた。

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