アテンダント   作:雄良 景

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 幸福が永遠だと、いつから勘違いしていたのだろうか。
 ―――――たのんだ、と、言われてしまった。
 そう言われれば、私に否とは言えません。

 腕の中のぬくもりを抱きしめる。どうか勘違いであってほしいと。
 ああ、お守りしなければ。ああ、私が、このミツキが、必ずお守りいたします。
 彼らがあなたをお迎えに来られるまで、我が身に代えても。





4話

 

 

 

ブルマ復活後、一行は再び西を目指しバイクを起動する。

しかし、1200kmとあれば先はひたすらに長い。―――――ちなみに、悟空は恐竜を倒した後30分ほどで眠たくなってしまった。バイクに慣れ、受ける風に心地よくなってしまったと思われる。

 

うとうとし始めた悟空に焦ったブルマとミツキ。寝たままバイクから転げ落ちればいくら悟空でも一大事だ。ブルマは運転で手が離せないのでミツキがどうにかするしかない。しかしさすがに悟空を抱えたままバイクの上に乗るのははばかれる………結局、寝落ちた悟空がバイクから落ちないようにミツキが悟空を支えることにしたのだ。

 つまり、悟空を抱いたミツキがブルマの後ろに乗る体勢になる。

 

小型バイクのシートは狭い。いくら身をよじろうとも、ブルマとミツキは悟空を挟んで密着する羽目になった。

 結局密着することになった成り行きに、ブルマはそれなりに動揺した。けれど、当初ほどでもないのは少しずつミツキに親しみを感じ始めている表れだろう。

対してミツキは、普段から人との身体接触が少ない分ずいぶんと違和感を覚えていた。悟空ですら抱きあげたことなど、必要に駆られた時くらいしかないのだ。それを長時間抱きかかえて、さらにはブルマとの密着である。顔にも態度にも出さないが、精神的疲労は大きかった。

 

 

 

 

 

 

悟空はバイクの乗り心地が気に入った。ずっと座っているのでお尻は痛くなるが、バイクのカバーとブルマ越しにあたる風が気持ちいいのだ。ビュンビュンと動く景色もおもしろい。

うとうとし始めたのは速さにも慣れたころだった。ブルマの人肌と程よい風に気持ちがよくなってしまったのだ。

 

ふと、意識が途切れて―――――戻った時、悟空は妙な窮屈さを感じる。挟まれている感覚。身動きが取れない。…でも、さっきより温かくていい気持ち。寝ぼけた悟空は小さく唸った。

 

 

「悟空さま……お目覚めに、なられましたか」

 

 

 頭の上から聞きなれた声が聞こえてくる。―――――ああ、ミツキの声だ。途端、目の前から強くミツキの匂いがすることに気が付いた。反射的に思い切り鼻で息を吸う。……ほとんど無臭の、それでもわずかに感じる、悟空のたった一人の家族の匂いだ。

 

 

 ―――――わかったぁ、ミツキ、オラんこと抱っこしてんのかぁ……

 

 

 ふわふわとした思考が導き出した答えに、悟空の頭の中はもっとふわふわし始めた。

 

 

「ん………ミツキ…?」

「ええ、……御身を、抱えさせて、いただいて、おります……ご容赦を、」

 

 

 しわがれ声は抱えられている悟空には届きにくい。けれど、ミツキの声が聞こえる。悟空はそれだけで悟空は満足だった。めったにないミツキとの密着を堪能しながら、二度寝に入る。

 ―――――今度はもっとよく寝れる気がした。

 

 

 

 

 

 

 二度寝に入った悟空が起きたのはおよそ1時間後。狭いから降りろと言うブルマと、ミツキに抱えられた状態が気に入っている悟空が拒否する騒ぎ声が響く、なんとも騒がしい一行はそれからさらに2時間ほどして足を止めた。

 

先は長くとも1日は24時間。結局この日は移動で1日が終わることとなった。

 

 

「日も暮れてきたし、今日はここまでにしましょ」

「まだ明るいじゃねぇか」

「あんたは寝てたから気にならないでしょうけど、わたしは運転しっぱなしなのよ! 明日も移動するんだから、しっかり休まないと」

「じゃあオラが変わってやろうか?」

「ジョーダンじゃない! まだ死にたくないわ」

 

 

 ミツキの腕の中で不満そうする悟空を、ブルマは一刀両断した。会話を片手間にバイクから降りカプセルケースを取り出す。どうせミツキが窘めるだろうと思ったから、無駄に相手をする必要がないと判断したのだ。ブルマの見立てでは、ミツキは慇懃無礼に見えて非常に常識的で合理的だ。不思議な男だけれどそこまでは分かった。

 

 

今日の移動はここまで。ならすべきは、寝泊まりの準備だ。―――――手に取ったカプセルは1番。……思わず苦い顔になったブルマを横目で見たミツキは、しかし何も言わずに抱えていた悟空を窘めながら地面に下ろす。

 

 

「絶対一生忘れないわよねあんなの……人生の恥部よ……」

 

 

 心なしかげんなりとした声でカプセルを投げれば、昼にも見た一軒家が出る。

 

 

「ほら! 早く入って。ご飯食べないの!?」

「えっ、メシ!? 食べる食べる、なあミツキ、メシだって!」

「ええ、聞こえて、おります……」

「わたし、夜は軽くパンとサラダとコーヒーだけど、ふたりとも好き嫌いある?」

「ぱ…?」

 

 

 きょとん、と悟空は虚を突かれたような顔をした。パン? サラダ? コーヒー? なんだそれ。それらは悟空が今まで一度も聞いたことのない名前だった。

うーん、でも、メシの名前だよなぁ多分。じゃあ食えんのかな? そんなことをぼんやりと考えた。

 対してブルマも、当たり前のことを言ったはずなのにそんなリアクションをされたものだからきょとんとしてしまう。さすがにこの数時間で悟空の俗世離れレベルを把握しきるのは難しかった。都会育ちのブルマには、こんなことも知らない人がいる、という発想がなかったのだ。

 場に奇妙な沈黙が落ちる。

 

 唯一両方のリアクションを理解できるミツキだけが、小さく息を吐いた。

 

 

「……ブルマ嬢、悟空さまは、育ち盛り。…それだけ、では……足りますまい。…なにより、今日は、昼を召し上がって、いらっしゃらない、ゆえに」

「え、あ、そっか、男の子だしね」

「……食料の、蓄えは」

「うーん、そこそこあるけど…途中で補給した方がよさそうね」

 

 

 ブルマは手持ちの食料を思い出しながら唸った。何度も繰り返すが一人旅の予定だったブルマは、自分の好きなものしか持ってきていない。悟空がどれほど食べるかはわからないが、ミツキと悟空の二人分を賄えるとは思わなかった。

 

 

「金子は、必ず、返しましょう…」

「きんす…? あ、お金のこと? 良いわよそれくらい」

 

 

 律儀なことを言うミツキに、ブルマは胸を張った。なにせ世界的な大企業の一人娘だ。旅をするにあたり手持ちのお金は多ければ多いほどいいと、抱えるくらいは持ってきた。今は食料が足りないが、お金がない訳じゃない。男と子供ひとり養うくらいなんてことはないのだ。

 しかし、ミツキは緩く首を振る。

 

 

「覚えて、いるかは……分かりませんが。パオズ山で……悟空さま、が…抱えていた魚。―――――あれはほぼ、悟空さま、おひとり分の…食料。……いち度分の、です」

「え、魚って………え!? あの大きいやつ? 一人で食べるの!?」

 

 

 ―――――ブルマは急に不安になった。学校の休みを利用した旅のつもりだから、残り日数はおよそ50日ある。……50日分を、この手持ちで賄えるだろうか。抱えるほどのお金がありながら、心もとなくなってきた。

 

 

「あの……ミツキさん……あ、あたしお金はけっこうあるけど、足りるかしら……」

「……食料は、なるだけ、こちらで…調達しましょう。………調理場を、借り受けたい」

「う、うん、それくらいなら………」

 

 

 神妙な顔つきの二人を首をかしげて眺める悟空だけが、能天気な顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

「あ! ねえちょっと、ミツキさんが帰ってくる前に前にあんた風呂に入っちゃいなさいよ。あんたけっこう臭うわよ………あれ、風呂は知ってるわよね?」

「風呂? そんくらい知ってるぞ、あのドラム缶とかゆー奴だろ?」

「ドラム缶風呂? 古臭いわね~…ま、いいわ。都会のお風呂ってのを教えてあげる」

 

 

 ミツキが食料を調達に行ってすぐ、ブルマと悟空はハウスの中に入った。ハウス自体は昼にも見た悟空だが、内装は知らなかったためにまず「夜なのに明るい」だのと騒ぎ、それを面白がったブルマにテレビだのラジオだのの文明の利器を見せつけられて大騒ぎすることとなった。

 しかしバイクすら『ヘンテコ』だと思っていた悟空からしてみれば『ヘンテコ』なものに囲まれたハウス内はまさに摩訶不思議。興奮気味にあっちこっちを覗きまわり散らかすので、ブルマは揶揄ったことを後悔する羽目になった。

 

そして一通り満足したところで、ブルマは悟空を風呂場に放り込んだ。子供というのは代謝がよく汗をたくさんかくものだ。悟空も例外ではない。もちろん悟空の身体能力や体力はけた外れなので、そうそう汗だくになることはないが、なにせバイクの後部座席で爆睡していたのだ。寝ている間にかいた汗がある。

 

 わずかに匂うそれと、走り回っていた森の土臭さなどを感じ取ったブルマは、食事の前に身を清めることを思いついたのだ。

 

 

「ほら、ここで服脱いで! その服も臭いわね、洗っちゃいましょ!」

「わわ、引っ張んなよ~!」

「チンタラしないの! で、ここがお風呂場よ。浴槽に入って! そこよ、そこ……そうそう。で、―――――今からシャワー出すけど、暴れないでよ」

「しゃわ?」

「いくわよー」

 

 

 キュキュッ

 ジャーーーーっ!

 

 

 向けられたシャワーノズルを見て不思議そうにしていた悟空は、突如そこから噴出した水に驚いて飛びのいた。

 

 

「うわわーっ! なんだそれ!」

「あ、ちょっと!」

 

 

 ―――――しかしここは風呂場である。そして悟空の立っていたところは浴槽だ。濡れた浴槽はよく滑る。…悟空は飛びのいた拍子に足を滑らせ、ひっくり返った。

 

 

 ゴンッ!

「い゛っ!」

「ちょっと危ないわよ!」

「おーぃちちちち! いってぇ~」

「いい? これはシャワー。水とかお湯が出てくるの! もう、だから暴れないでって言ったのに」

 

 

 どう考えてもブルマの説明不足のような気がするが、当たり前のように上から言うブルマに悟空はぶつけた頭を撫でさすりながら何も言い返さなかった。

 ブルマは「もう!」と少しいらだった様子で、ふと、悟空の尻尾に気づく。

 

 

「ちょっと、全部脱いでって言ったじゃない! ほんとに人の言うこと聞かないわね」

「ん? オラちゃんと服脱いだぞ」

「これよこれ、この尻尾のアクセサリー! 変な風に色気づいちゃって、おしゃれの方向性間違ってるわよあんた」

 

 

 ―――――そう言って、その尻尾を取り外そうと握りしめた。

 

 

「」

 

 

 瞬間、響く悟空の絶叫! 唐突なそれに、ブルマは驚いた。

 

 

「えっ、な、なによ!」

「い、痛ってぇなー! 尻尾握んなよ、オラ尻尾弱いんだからよーっ!」

「い、痛い? このアクセサリーが?」

 

 

 初対面の時の剣幕に近い勢いで怒られたブルマは、しどろもどろになった。自分は悟空のアクセサリーを外しただけ。なのに、痛い? 尻尾は弱い? どういうこと???

 なんとなく浮かんできた結論は、さすがに常識に阻まれて答えにならない。―――――しかし、悟空の尻尾が、ブルマの目の前で不満を訴えるように地面を叩く。意志を持って動く姿を見てしまった。

 

 

 ―――――まさか、まさか、まさか、まさか!?

 

 

「」

 

 

 先ほどの悟空より大きな絶叫が響いた。

 

 

「―――――何事だ、いったい……」

 

 

 浴室の入り口で、帰ってきたミツキが困惑していた。

 

 

 

 ■

 

 

 

「じゃ、じゃああんたのその尻尾、本物なの?」

「そうだってば。男には生えてんだぞ知らねえのか?」

「ご、悟空さま、それは」

「う、うそ…生えてるのは前だけだと思ってた……」

「ブルマ嬢」

 

 

 シャワーノズルを落とした手で悟空を指さし、わなわなと震えながら問うブルマに、悟空は全裸のまま尻尾を動かしつつあっけらかんと答えた。もちろん男全員に生えてなどいない。しかしミツキが訂正する前にブルマはすっかり信じてしまった。目の前で実際に生えているのを見たショックが後押ししたのだろう。しかしあんまりな言い方である。ミツキは咎めるが、ブルマにはもう聞こえていなかった。

 

 

「あ、でもじいちゃんにもミツキにも生えてなかったよな~」

「!!! そ、そうよね! やっぱ生えてないわよね!!?」

「でもふたりともちょっと変わってっからな~」

「変わってんのはあんたよあんた!!!!」

 

 

 ハ、とミツキの呼吸が止まる。『変わってる』―――――それは、ミツキの懸念そのものだった。悟空はブルマに親しみを感じ始めている…そう思っていたミツキにとって、ブルマが悟空を否定することによって起こる悟空の感情の揺れは想像ができなかった。

 

 

「ええ~~……ま、いっか」

 

 

 それはどういう意味なのだろうか。悟空は単純そうに見えて、心の内が読めない。いまの『ま、いっか』に込められていた感情を、ミツキは測り切れなかった。

 

 悶々とするミツキを置いて、けれどブルマはブルマで、悟空は悟空だった。

 

 

「って、ミツキさんもう帰ってきちゃってんじゃないのよ! まだお風呂終わってないのに…」

「おめぇが尻尾つかむから悪いんじゃねえか」

「おだまり! あ、そうだ! せっかくだから、ふたりでお風呂入れば?」

 

 

 きゃんきゃんと言い合うブルマと悟空は、尻尾の件の前とどう変わったのだろうか。悩んでいたミツキはブルマの急な提案にすぐ反応できなかった。

 

 

「ミツキ一緒に入れんか!?」

「、え……」

「じゃあお湯溜めましょ。孫くんちょっとそこから出てよ」

「ん! やった、ドラム缶はさ~狭めぇから、一緒に入れなかったもんな!」

 

 

 ―――――ああ、あのように喜ばれて、誰が否と言えようか。

 

 

 







 誰にも届かぬ声で言いましょう。彼らへの裏切りを呟きましょう。

 ―――――最期だというのなら、私も共に消えてしまいたかったのです。


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