血の繋がらない妹がひたすら甘えてくるだけの小説 作:午後12時の男
スーツというのは、どうにも堅っ苦しいし肩が凝るしで、正直あまり好きじゃない。
割のいい臨時のバイトがあるからと飛びついてみたが……これはちょっと失敗だったかもしれないと、現場に入って30分もしないうちに、俺は早速後悔していた。
仕事内容は、通っている大学で開催される国際フォーラムの受付兼雑用係。
拘束時間は約3時間。
動きにくいスーツで机や椅子をあちらこちらに移動したりと会場の設営までやらされて、なんだか必要以上に無駄に体力を消耗してしまったような気がする。
バイト代が出てるからいいものの、そうでなければ一目散に脱走していたところだ。
「でもさぁ。就職して社会人になったら、こういうの日常茶飯事なんだろうなー」
「考えたくもねーわ……一生大学生のまま親のスネをかじっていたい……」
同じバイトに出た友人と、そんなクズ極まるボヤキを入れつつ、それでもなんとかお仕事終了。
LINEで妹の春菜に『そろそろ帰る』連絡を入れると、殆ど間髪入れず『おっけー☆』という返事がスタンプ付きで帰ってきた。
『じゃあじゃあ、あたしもそろそろ終わるからさ、せっかくだし一緒に帰ろーよ』
『ちょっとそっち待つだろうし、先に帰っててもいいんだぞ』
『その提案は棄却させていただきます(๑•̀д•́๑)カッ』
……棄却ってなんだ棄却って。15歳のくせにヘンに仰々しい言葉を使いやがるな。
昔からそうだが、春菜は、こんなちょっとしたやりとりでも、いちいち覚えたての難しい言葉を入れたがる。
カッコつけてるつもりかもしれないけれど、兄貴としては、厨二病になりきれていないところが初々しくて、むしろ愛いヤツめとしか思えない。
苦笑しながら『まあいいけど。駅に着いたらまた連絡する』と返信し、これから飲みに行く大学の友人たちの誘いを断って、俺はそそくさと家路に就くことにした。
家と言っても、今俺が住んでいるのは2DKの小さなアパートの一室だ。
大学に進学して地元を離れ、一緒についてきた妹の春菜と二人暮らしなのである。
ちなみに、そんな我が家の最寄り駅は、大学から各駅停車で五駅先。春菜が通う高校の最寄り駅でもあり、家から歩いて15分くらいの距離にある。
どう考えても俺を放っておいて先に帰った方が早いのだが……何故か春菜は、なにかにつけて一緒に帰ろうとねだってくる。
……いや何故か、という表現はおかしいか。
何てったって、理由なんて、とっくりにわかりきっているわけで。
「仲良きことは美しきかな……とは言うけど。限度があるような気もするんだよな……」
そんなことをぼんやりつぶやきながら、電車に揺られること約20分。
取り立てて何が起こる訳もなく、無事に最寄駅にたどり着いて、改札を出て。
早速LINEで連絡を入れようとしたところで、券売機から少し離れたあたりで春菜がぶんぶん手を振っているのに気が付いた。
どうやら校門の前で待っているのに我慢できず、ここまで来てしまったらしい。
「兄ちゃーん!」
どころか、大声でこっちを呼び掛けてきたりして。
周りの目も気にせずそんなことをするもんだから、正直俺としては、ちょっと恥ずかしい。
兄貴としてこっちはいい加減見慣れたものだが、春菜の見てくれはとにかく目立つのだ。
ウチは母親がロシア系の二世で、両親が再婚したとき母側の連れ子だった春菜は、その血を色濃く受け継いでいる。
背はあんまり高くないが、やたらと足は長いし目鼻立ちは整っているし、なにより青い瞳とつややかな銀の髪が美しい。
兄貴のひいき目なしに断言させていただくが、見た目でいえば文句なしのロシア美少女なのである。
当然、血もつながっておらず、完全無欠に日本人顔な俺とは全然似ても似つかない。
とはいえそんな春菜は、見た目に反して生まれも育ちも日本で、中身は完全無欠に日本人のそれだったりするのだけれど。
ちなみにそんな春菜が身につけているのは、当然高校から帰りと言うことで、学校指定のセーラー服である。
似合ってはいるのだが、中身はともかく見た目が完全に白人美少女なコイツがそんな格好をすると、なんかこう……いかがわしいグラビアアイドルのコスプレみたいな雰囲気が微妙に醸し出されているような気がしなくもない。
「兄ちゃん! 兄ちゃーん! こっちこっち!」
「だあもう、わかったから。お前目立つんだしそんなに大声で呼ばんでいいから」
もうこの春から高校生だというのに、小学生みたいなはしゃぎようである。
足早に近づいてちょっと小声でたしなめても、まあいつものことなので堪えた様子はまったくなく、えへへへへー、と満面の笑みでぴょんぴょんしている。
なんとなく、春菜のおしりでぶんぶん尻尾が降られているのが見えるような気がした。
ほんとこいつ、こういう時、犬みたいなヤツだよな……
「てか、校門の前で待ってりゃいいのに。歩く距離増えるだけだろ」
「はあ? 何言ってんの。駅までくればその分兄ちゃんと帰る時間が増えるでしょーが」
「……さいですか」
さも当然! といった顔で、春菜はドヤ顔まで決めていってくる。
まあ……はい。
もうここまで来たら一目瞭然なので、いまさら改めていうことでもないかもしれませんが。
そう。
ブラコンなのです、うちの妹君さまは。
それも、まわりがちょっとドン引きするレベルで。
こうして何かにつけて一緒に帰りたがるなんてのは、もうホントに、ほんの序の口で。
もう15歳になるのに、隙あらばいっしょの布団で寝たがるし、あろうことか風呂にまで時々乱入してくる始末。
俺が大学受験を機に実家を出ることを知った時の行動力なんか特にすさまじく、俺がどこの大学を受けるか全部聞き出した上で、その近くにある高校をすべて受験し見事合格。さらに「近い学校に通うんだったら当然同じ部屋に住む方がいろいろ便利だよね!」と両親に進言し、合法的に俺と同居する環境を整えてしまうという偉業……異業?を成し遂げたりしている。
なんというか……うん。
どうよ?
いや、懐いてくれるのは、悪い気はしないけど。
さすがにそこまでされると結構怖いっていうか、正直引くって言うか、もうちょっと兄離れしてくれてもいいんじゃない? とか思うのですが、いかがでしょう。
というか、高校受験だって結構その後の人生左右するだろうに、そんな基準で受験してホントに良かったのかと本気で問い詰めたい。
うちの両親なんかはそんな春菜の奇行の数々に完全にあきらめモードになっていて、今の部屋に引っ越す当日、「まあ……お前ら血はつながってないから何が起きてもそんな問題にはならないけど……あまり羽目を外すなよ」「骨は拾ってあげるわね」と何かを悟った様子で揃って俺の肩を叩いてきたりする始末である。
親父はともかく、「骨は拾う」ってなんすかお母さま。自分の娘を何だと思ってるんですか。
ともあれさておき、幸いというかなんというか、同居生活を始めてからはや1か月、一線を越えるような事態に陥ってはいない。
最初のころはいつ襲われるかと内心かなり警戒していたのだが、本当に単純に、春菜は俺と一緒にいるだけで満足してくれているらしい。
よく分からん妹君である。
「今日、夕飯どうしようか」
「んー、今から何か作ると遅くなっちゃうよね。どっかで適当に買って帰る? お弁当とか」
「マルセーの肉ナス弁当とか? お前好きだよなあれ」
「兄ちゃんもでしょ」
「うまいし野菜多めだしな。マジ助かるわ」
そんな世間話をしながら駅を出て、のんびりまったり家へと歩く。
時計を見ればもう6時。とっくの昔に茜色に染まった空は、だんだん闇色を帯びて夜の気配を漂わせてきている。
よそはどうだか知らないが、ウチの兄妹にとっては、この夕焼け時はちょっと特別な時間帯だ。
もっともっと子供の頃。
公園へ行けば同年代のよその子供と遊ぶことも良くあったけれど、そんな日だってこの帰る時間だけは、いつも一緒にいたのである。
だから何というか、時間帯に春菜と一緒に家に帰ると、その当時を思い出して、なんとなく懐かしい気分になってしまう。
春菜がこうして、この歳になっても一緒に帰りたがるのも、そんな懐かしさを感じたいという面もあるのかも知れない。
「……ねえ兄ちゃん」
「何?」
「手、繋いでいい?」
「甘えん坊か」
「いいじゃん別に。懐かしい気持ちになっちゃったのっ」
言いながら春菜のヤツは、こっちが何か言うのも待たずに勝手に手を繋いできやがった。
ってか、痛い、痛いから。
ちょっと意地悪な言い方をしてやったしかえしか、強めにぎゅっと握りしめながら、舌をべ、と突き出してくる。
……いやいいんだけどさ。
こっちも懐かしい気分になってたし。
なにより手ぇ繋いだ途端にやたら上機嫌になってたりして、これじゃ無理のふりほどくのもかわいそうな気がしてくる。
とはいえ……なんというか、いいのかね、こんな有様で。
この辺りは普通に春菜の高校の近くだし、同級生とかに見られる可能性だってかなり高い。
恥ずかしくないのかとか突っ込みかけたけど……まあ、今更といえば今更か。
「てかさ兄ちゃん、なんでスーツとか着てんの」
「お前、今更それ聞くか? 出かけるとき言ってなかったっけ。バイトでこういうの着る必要があったんだよ」
「ふーん。なんか新鮮」
「言うなって。馬子にも衣装感出てるのは自分でも分かってるし」
「そうは言ってないじゃん。いいじゃんちょっと大人っぽくて」
で――言いながら、なにやら春菜は、こっちをまじまじと見つめてくる。
上から下までじっくり眺め、「ふむ」と何だか神妙そうに頷いたりして……一体何考えているのやら。
「……何だよ」
「いや………何かね、ちょっと思ったんだけどさ」
そう言ってから、今度は急に、ちょっと恥ずかしそうに目を伏せて。
ちらりちらりとこちらに時々視線を送りながら、妙に言いにくそうにまごまごしはじめた。
春菜は基本、とにかく元気なお子ちゃまだ。
こんな表情をするのは、それこそ、なんだか新鮮な気持ちになってしまう。
「その……さ。なんていうか……」
しゃべっているとうるさいだけだが、こうしてしおらしい表情をしていると、途端に春菜は、美少女っぷりが際立ってくる。
目を伏せがちにしていると、なんだかその仕草が妙に大人っぽくも見えて、見とれそうにもなってしまう。
その白い頬に、ほんのすこし朱が差しているように見えるのは、はたして夕日のためか、それとも他に理由があるからなのか。
「今のさ、あたし達って、さ……多分、他の人から見ると、さ……」
言いよどみ。
目を逸らし。
それでも何か意を決したように、改めて春菜はこっちを真っ直ぐ見つめてくる。
何か意を決したような、思い詰めたような、そんな顔だった。
「今のあたし達ってさ、他の人から見ると、多分完ッ全にエンコーとかパパ活の現場だよね!」
…………
うん。
まあ。
はい。
なんか………ごめんなさい。
こいつ、こういうヤツなんです。
見た目はそれこそ妖精かって感じの美少女なのに、発想がことごとくこんな感じなんです。
育て方間違いました。全てわたしの不徳の致すところです……
「エンコーとかパパ活の現場だよねっ!!」
「リアクションないからって二度繰り返さんでいいわ!」
こういう台詞を突っ込み待ちのどや顔で言うの、ほんとにどうかと思う。
思わず喚くような口調で反論したが、ある意味こういう応酬だっていつものことで。
なので、それで春菜がめげるはずもない。
「ええー、でもでも、思わない? 兄ちゃん今日は大人っぽい格好してるしさ、てかスーツだしさ。セーラー服着てるあたしと手ぇ繋いでたらやばいっしょこれ。近くにラブホもあるしさ、明日噂になって兄ちゃん捕まったりして」
ぐふふ、と拳に手を当て下品に笑いかけてくる。
自分から手を繋ぎたいとか言っといてその言いぐさは本当酷い。
「……お前今日夕飯抜きな」
「わ、わっ!? 酷いよ兄ちゃん! ちょっとふざけただけじゃん!」
「毎度毎度言ってるけどな! お前の冗談下品で生々しすぎて笑えねーんだよ!!」
「兄ちゃんは女の子に幻想持ちすぎ! 友達だってこんくらいの冗談普通に言うもん!」
「よそはよそ! うちはうち!」
「もーこれだから童貞は(ぼそり)」
「……そんなこと言ってるともう二度と手を繋いでやらんからな」
「わ、わ、わー! ごめんてばー! 謝るから! 言い過ぎたってば! だから許してよー!」
まあそんなことを言い合いつつも、ぶっちゃけこんなやりとりだって、いつもどおりだったりする訳ですが。
まあ――なんといいますか。
つまるところ、要するに。
こんなじゃれあいが、俺たち兄妹の日常だったりするのです。
「あ、そういやもう家に着くけどさ兄ちゃん、お弁当とか全然買ってないじゃん」
「あ……忘れてた」
マルセーというお弁当屋さんは実在します。
お世話になりました。