――C.E.74年。
月宙域での最後の戦闘の停止により、≪ブレイク・ザ・ワールド≫に端を発した戦乱は終わりを告げ、オーブとプラントは終戦への協議に入った。
しかしながら、世界システムの骨子を形成していた秘密結社ロゴスは壊滅、曲りなりにも新世界の道を示した≪デスティニープラン≫も頓挫し、再建の道を歩み始めたものの、世界は未だ混迷の闇の中にあった。
地球と月の重力の第四の平衡点、L4(ラグランジュ/フォー)宙域で、二隻の戦艦と六機のMSで構成された、二つの陣営が対峙している。
一方は、ナスカ級高速戦闘艦を母艦とし、ZGMF-2000グフイグナイテッド一機とZGMF-1000ザクウォーリアが二機という、現在のZAFTの戦力としてはポピュラーな組み合わせ。ただし、グフは機体全体に白いカラーリング、片方のザクの左肩には鳳仙花のマーキングが、それぞれ施されている。
対するは、同じくZAFTに所属する戦艦LHM-BB01ミネルバとZGMF-X156SインパルスMk-Ⅱからなる新インパルス・システムに加え、こちらも二機のザク。
「隊長機はオレがやる!」
最初に飛び出したのはミネルバ側のザクの一機で、頭部のブレードアンテナと両肩にシールドを持つ、上位機種のZGMF-1001ザクファントム。ナスカ級側のグフと同じく白い色を機体全体にまとい、新装備のシルエットウィザードを介して背負ったカオスシルエットには、ドラグーンシステムで操る二基の機動兵装ポッドが装着されている。
その白いザク動きに合わせる様に、ナスカ級側も白いグフが他の二機を置き去りにして前へ出て来る。
二隻の戦艦の中間地点で、二つの白の軌跡がぶつかる――かと思われたが、その直前にグフのみが減速、さらに後退を始めた。
「なっ!逃げるのかよ!?」
白いグフを追う、白いザク。その先で待ち構えていた二機のザク。
そこに追われていたはずのグフも加わり、三つの銃口が、今度は白いザクに後退を強いる。
「くそっ……!」
先行したはずの白いザクの後退により、両陣営の位置関係のバランスがミネルバ側の不利に傾く。
さらに、白いザクを囲んでいたナスカ級側のMS三機が一斉に照準を白いグフから外し、ミネルバに向かって加速を始めた。
「誰が何をやる、ですって……思いっ切り三機向かって来るんですけど!」
位置関係の不利に続いて、数の不利。
ミネルバ側のザクは瞬く間に一機撃墜され、迫り来る三機のMSに対し、母艦を守るのは早くもインパルス一機のみとなってしまう。
「させるかぁーっ!!」
意地を見せたのは白いザク。
素早い切り返しから、ビーム突撃銃と二基の機動兵装ポッドを展開して三機を同時に攻撃、二機のザクを撃ち落す。
一転して追い込まれたのは白いグフ。
背後の白いザクからの初撃はかわしたものの、前方にはインパルス。挟み撃ちにされる形になってしまった。
「いかせない!」
射撃では捉えきれない白いグフを迎え撃つべく、インパルスはサーベルを抜く。それでも、白いグフに止まる気配はない。
インパルスはサービルを横一文字に振るい、接近して来る相手の勢いも利用してその白い胴体を薙ぎ払う。
しかし――
『――ミネルバの被弾を確認。模擬戦終了。全機、帰投して下さい』
「「えっ……!?」」
インパルスのサーベルの刃が届くより僅かに速く、白いグフの腕に内蔵された四連装ビームガンの照準が、ミネルバに合わせられていた。
◆ 機動戦士ガンダムSEED CONSEQUENCE ◆
BEFORE PHASE 2 ~赤服乙女達の気苦労~
新装備のテストを兼ねた模擬戦が終了して、MSのパイロットを務めた私達はミネルバのブリーフィングルームに集合した。
いつもならここで水分補給でもしながら、一息ついてけるところなんだけど……今日はむしろ、模擬戦の最中よりも重苦しい緊張感が、部屋全体に隙間無く満ちているみたいだった。
その緊張感の発生源は、さっきから部屋の真ん中で向かい合っている二人。
「なんだその目は?」
一人は、白いパイロットスーツの胸の前で腕を組みながら、青空を映したような色の瞳で相手を見下ろす、銀髪を肩までは届かないくらいの長さに切り揃えた男性。
私達が新しく配属されたジュール隊の指揮官でありながら、さっきの模擬戦では自ら白いグフを駆り、私達が守っていたミネルバを見事に撃沈してくれちゃったパイロット――イザーク・ジュール隊長。
「くっ……!」
もう一人は、赤いパイロットスーツとちょっと乱れた黒髪の男の子。私のアカデミーからの同期で、ミネルバに配属されてからもずっと一緒に戦ってきた仲間――シン・アスカ。
その赤い瞳で見上げる先のジュール隊長を、それこそ睨み殺す気なんじゃないかってくらいの形相が、今ではもう大分見慣れた背中から容易に想像できる。
「言いたいことがあるならハッキリ言ってみろ」
私的には……というか多分、当事者を除く満場一致で、シンには黙っててもらった方が平和なんだけど……。
そんな風に思って心の中で溜息を吐きながら、少し二人から視線を逸らすと、ジュール隊長のすぐ後ろに立つ赤服の女性パイロットと目が合って、お互いそれに気付いて苦笑いする。
――シホ・ハーネンフース。
彼女とはジュール隊に配属されてすぐ、女同士だとか同じ赤服だとかパイロットだとか、そんなことよりも、似たような苦労を共感して分かち合える仲間になれるんじゃないか……なんてちょっと期待していたら、幸か不幸か本当にそんな間柄になってしまった。
多分、お互いにそう思ってるんじゃないかって気がするけど、この隊に彼女がいてくれて本当に良かった。だって、あの二人の間に立って一人でなだめ役になるとか……絶対御免だもの。
前任のグラディス艦長が戦死されて、私達残された旧ミネルバ隊のメンバーは全員、艦やMSも含めて丸ごとジュール隊へ転属になった。
確かに、私達には新しい指揮官が必要だった。でも新しい指揮官の下に配属されれば、以前からミネルバが抱えていた問題が再浮上してしまうことは必然だった。
それは、指揮系統の問題。
ジュール隊の指揮官は、もちろんジュール隊長。隊のメンバーの中で唯一、彼だけがまとうことを許された白い軍服も、そのことを示している。でも、そのジュール隊に新しく配属されたシンの赤い制服の襟元には、白い花というか翼を象ったような形のエンブレム――特務隊FAITHの証があって、これがちょっと厄介だった。
ZAFTのトップエリートであるFAITHに任命された者には、作戦の立案、及び実行の命令まで許可されていて、その権限は通常の部隊指揮官よりも上位に位置付けられる。ちなみに、ジュール隊長もFAITH。それでも、一つの隊の中で複数人がFAITHに着任していれば、当然のことながらその隊の意思統一に齟齬をきたしてしまう可能性がある。
一時期は、ミネルバ一隻に最大三人のFAITHが集まっていたことを考えれば、今の状況は人数的にはまだマシだけど……性格的には最悪だった。二人のFAITHが“頑固で短気で負けず嫌い”なんて共通点を持っていた日には、そこに衝突が生じないはずがない。
……で、実は今回の模擬戦も、案の定、頻発する事態に陥ってしまった、その衝突の延長戦でもあったりした。
>アンタには、俺への命令権は無いはずだろ<
一時間前、ジュール隊長から新装備のテストパイロットに指名されたシンの言葉。
確かにジュール隊長に限らず、FAITHであるシンに対して命令権を持つ人なんて、ほとんどいないけど……。
大体毎回こんな感じ。命令権が無いとは言っても、やっぱりどんな場面においてもジュール隊長の方が速くて正確な判断ができる。でもシンは、その判断に大人しく従うのは癪みたい。
「あんな、たかが一発……!」
呟く様なシンの声が聞こえた。
わかってはいたけど、やっぱり黙っていてはくれないらしい。
「なに……?」
「あんな、たかが一発ビームが掠ったくらいで、負けを認める気になんかならないって言ったんだよ!実戦なら、あの程度でミネルバは沈みやしないし、むしろアンタ達のチームなんか全滅してたじゃんか!」
今回の模擬戦は互いに母艦一隻とMS三機の編成で、先に母艦がダメージを受けた方が負けというルールだった。もちろんダメージと言っても、本当に艦や機体に損傷を与えるようなことはせず、仮想ビームか模擬戦用の近接武装の接触でダメージと判定される。
そのルールに従えば、確かにミネルバがジュール隊長のグフにビームを一発当てられて、私達のチームは負けた。でもシンの言う通り、実際にはMSの固定火器程度では、そうそうミネルバが沈むなんてことはないだろうし、相手の機体は全機撃墜の判定だったから、シンの不満も解らないではない。
「ちょっとシン……」
それでも一応、シンを落ち着かせようと声をかけてはみる……どうせ言っても聞かないでしょうけど。
「……たかが一発、だと?」
今度はジュール隊長がシンの言葉を繰り返した。
さっきまではシンと違って冷静に見えていたはずのその表情は、いつの間にか、いつにも増して険しいものに変わっていた。
「ユニウスセブンは、一発のミサイルで崩壊したんだぞ……!」
「「っ……!」」
そのジュール隊長の言葉を聞いて、シンだけでなく、その場にいた全員が息を呑んだ。
地球軍の核攻撃でプラントのコロニーの一つが崩壊し、地球とプラントの本格的な武力衝突の引き金になったとも言われている≪血のバレンタイン≫事件。その恐怖は今でも……いえ、もしかしたらこれから先もずっと、プラントに住む人々の中で消えることはないのかもしれない。
「レクイエムの一発のビームで、どれだけの犠牲が出たか……」
軌道間全方位戦略砲レクイエム。
地球軍が月のダイダロス基地に設置したその兵器の攻撃により、プラントは六基ものコロニーを破壊された。
「貴様はそれを解って言っているのか!?」
ジュール隊長の腕がシンに向かって伸び、その胸ぐらを掴んだ。
「隊長……!」
「ちっ……」
でもすぐに後ろに控えていたシホが、その腕を下ろすように促す。
流石に隊長という立場にありながら熱くなり過ぎたと本人も感じたのか、ジュール隊長はそれに従ってシンを解放した。
「「……」」
……たかが一発。
≪血のバレンタイン≫の核ミサイルも、レクイエムの攻撃も、プラント側からしてみれば予想外の不意打ちに近いものだった。MSの武装にしたって、たった数年前まで特殊な装備だったビーム兵器が、今では当たり前のように使われている。
流石のシンも、今回は何も言い返せないみたい。正直私も、シンと同じようなことを思っていたから、ジュール隊長の言葉がとても重く響いた。
「……MS同士の戦闘に限って言えば、確かにお前は、FAITHの名に恥じぬ力を持っているのだろう」
バツが悪そうに黙りこくってしまったシンを真っ直ぐ見ながら、ジュール隊長が言った。
「今の模擬戦も、一度抜かれた後の動きは悪くはなかった。もし、全ての戦闘がMS同士の一騎打ちで行われるならば、お前は一人で一軍に勝利をもたらすことができるかもしれん」
「ぇ……」
ジュール隊長がシンのことを風に思っていたのは、少し意外だったというか……少なくともこれまでは、そんな言葉を一度も彼の口から聞いたことはなかった。
シンも、散々ムチで叩かれ続けた後の突然のアメに、喜ぶこともできずに戸惑っているみたいだった。
「だが実際の戦場で、そんなことはあり得ん。それでも、お前の力があれば守れるモノ……お前でなければ守れないモノもあるはずだ」
そこまで言って、ジュール隊長はシンに背を向けてブリーフィングルームから出て行こうとする。
かと思ったら、フロアを移動する為の昇降機の扉の前で、その足がふと止まった。
「自惚れるな。だが自覚しろ。その力、生かすも殺すもお前次第なのだからな」
そう言い残して、ジュール隊長は今度こそ昇降機に乗り込む。
その隊長の後ろに続くシホと「そっちはお願い。こっちは任せて」とアイコンタクトを交わして、私は二人を見送った。
「……はい!」
既に閉じてしまった昇降機のドアに向かってシン。
まぁいいお返事ですこと。今後は是非、最初からその調子でお願いしたいわね。
結局なんだかんだ言って、シンもジュール隊長も、お互いの力は認め合ってるのよね。でも、二人共なかなか素直になれな……いや、この言い方はやめよう。なんか変な想像しちゃいそうだし……。
//////……と、とにかく!二人が力を合わせてくれるなら、これ以上頼もしいことはないはず!
だから、ジュール隊長の言い方を借りれば、私……いえ、私達が言いたいのはこういうこと!
いつまでも意地張ってないで、いい加減仲良くして下さい。
その力、生かすも殺すも貴方達次第なんですから!
to be continued …
『BEFORE PHASE』は残り一話になります。