どうしてウツロイドと合体しないんだ……? 作:GT(EW版)
私には難易度が高すぎて書けませんが。
「なぜ負けたのかわかるか? それはお前がポケモンたちへの信頼と愛情を忘れているからだ」
レッドに二回目の敗北を喫したムーンに向かって、彼らの試合を観戦していた男が厳しい口調で指摘する。
男の名はグリーン。カントー地方出身のポケモントレーナーであり、レッドの幼馴染でもある男だ。さらにレッドと同じくセキエイリーグ殿堂入りトレーナーの一人であり、現在はジムリーダーを務めているイケメンだった。
そんな彼はリーグチャンピオンの先立ちとして、ムーンを導くように彼のバトルを酷評する。しかしその言葉はいずれも、今のムーンにとっては解せないものだった。
「いや、どう考えてもそれは関係ないでしょう。なんですかあれ? 確率論仕事してください」
「フッ……確率などと言うちんけな数字に囚われているから駄目なんだ。それではどんなに頑張ってもトップには立てんぞ」
「えぇ……」
二度も続いた敗北の原因はポケモンたちへの信頼や愛情とは一切関係ないと思うのだが、グリーンから見れば関係大ありらしい。
正直言って彼の意見は納得できなかったが、相手は天下のセキエイリーグ殿堂入りトレーナーである。
忠告として小耳に挟んでおく程度には、ムーンはこの男のことを尊敬していたし評価もしていた。
……が、しかし、彼の言うことにはやはり納得できない。どう考えてもアレはそういう次元のバトルではなかったではないかと。
そんなムーンの心情を見透かしたように、グリーンが嘲笑を浮かべる。
「一つ言っておくぜ。アイツに勝つ為には雑念を捨てろ。それどころか雑念と向き合うこともしない今のお前は、戦いに怯えた負け犬だ!」
「ま……っ、負け犬だと!?」
「ああ、負け犬だ。チャンプである俺たちがトレーナーの精神状態を見抜けないとでも思ったか?」
「……! チャンピオンだからか……」
「そうだ! チャンプだからだ!」
彼は見抜いていたのだ。ムーンの心に未だ燻る感情を……雑念を。
それは、リーリエとの別れによって傷つき、その痛みを忘れる為に戦っていた不純な感情である。
ジムリーダーともなればその心を見抜くことは容易いものだと、グリーンは当然のように言い捨てる。
「目の前のバトルに集中もできない半端者では、アイツはおろかこの俺にも勝てはせん!」
「っ、言ってくれるじゃないですか! それがどうか試してみるか!?」
精神状態が不安定だった上に元来気の長くないムーンは、その言葉にカッと熱くなり、目上の相手だということも忘れて食ってかかる。
人は図星を突かれた時ほど、動揺を隠せないものだ。いかにムーンが完成されたポケモントレーナーであろうと、そこはやはり十一歳の子供。行き場のない感情を冷静に処理することはできなかった。
そんな彼は、グリーンへの反発心から売り言葉に買い言葉で野良バトルを行うこととなった。
ルールはバトルツリーと同じ三対三のシングルバトルだった。
しかし、そのバトルは儚くもムーンにとって、今しがた言い放たれたグリーンの発言を決定づける結果となった。
「そんな……馬鹿な……!?」
「それ見たことか! どんなにポケモンを強く鍛え上げようが、一方通行の信頼関係では話にならん! やめだやめだ! これ以上は時間の無駄だ。バイビー!」
結果は最後まで続ける価値なしとばかりに切り捨てられた、バトル中止である。
事実、これ以上続けてもムーンのポケモンが傷つくばかりだっただろう。それほどまでに、圧倒的な内容だったのだ。
――ムーンはグリーンの先頭であるピジョットに、1ダメージも与えられないまま二体のポケモンを倒されたのである。メガシンカも使っていない、普通のピジョットを相手に。
決まり手は「すなかけ」である。野生のポッポでも覚えているその技を受けたムーンのポケモンたちは、先のレッド戦の再現のように一発も攻撃を当てることができずに敗れ去ったのである。
「馬鹿な……っ、そんな、馬鹿な……」
《ムーン……》
それは、彼にとってはありえないことだった。
まるで天運に見捨てられたように確率論が息をしていない。こんなことは、もちろん初めてである。
考えられない実質的な敗北を前に、ムーンは愕然と項垂れるばかりだった。
『なぜ負けたのかわかるか? それはお前がポケモンたちへの信頼と愛情を忘れているからだ』
グリーンから告げられた言葉が、ムーンの脳内に絶えず響き渡る。
全くの的外れだと受け取っていたその言葉が、本当に的外れだったのか……今のムーンには、それがわからなくなっていた。
しかし、バトル中の自分の心に雑念があったという事実だけは、認めざるを得なかった――。
実質的な三連敗。かつてない経験に打ちのめされたムーンは、その後数日間バトルから一旦距離を置くことにした。
趣味のケンタロスライドでポニ島の道路を疾走しながら、ムーンは頬に当たる冷たい風でその頭を冷やす。
(敵わなかった……何一つあの人たちに)
屈辱的な敗北だった。
レッド戦の敗北は今でも正直意味不明だが、グリーンとの野良バトルに関しては完全に頭に血が上っていたが故のムーンの失態だった。
ポケモンたちが悪いのではない。前回の敗北は自らのミスだと振り返れるほどには、数日経って彼にも冷静さが戻っていた。
――だが、このままで終わるつもりはない。
寧ろムーンは、かつてない強敵との出会いに打ち震えてすらいる。このアローラではもはや敵なしというレベルにまで昇りつめたムーンだが、世界にはまだまだ上があることがわかったのだ。
(正直、ワクワクしている……こんな気持ちになったのは、随分久しぶりかもな)
ケンタロスに乗って山道を走りながら、ムーンは自らの心に蘇った懐かしい感覚に笑みを浮かべる。
アローラ初のポケモンリーグチャンピオンにムーンはなった。その立場に慢心していたつもりはなかったが、驕りがあったこともまた事実だった。
今までと同じやり方を続けていれば、いつかは世界最強すら目指せる気でいた。
そんな時に出会ったのが、あのレッドとグリーンだ。
ポケモントレーナーとして自分には、まだまだ上があることを知った。
ならばどうする?
決まっている……
「リーリエ……」
向き合わなければならないのだろう。
この心にくすぶり続ける雑念と。
心の痛みを。
(俺は、あの子の笑顔を見たかった……その為に強くなろうとしたし、チャンピオンにもなった。ルザミーネさんやウルトラビーストとだって戦えた)
天才トレーナー・ムーンがここまで強くなる最初のきっかけは、リーリエという少女との出会いだった。
――ぶっちゃけ一目惚れだった。
その気持ち、まさしく愛だった。
旅に出た当初は正直言ってここまでトレーナーとしての強さを求める気はなかったし、ハウ少年のようにポケモンたちとの出会いを楽しめればそれでいいという感覚だったのだ。
それが旅の中でリーリエと出会い、共に行動することで次第に変わっていった。
多くの危険が彼女と「ほしぐも」ちゃんを襲ったが為に、そんな彼女らのことを守る為にムーンは誰よりも強くなることを望んだ。
誰にも負けたくないと。彼女の騎士のように。
ムーンの強さの裏には、常に守りたいと思った彼女への恋心があったのだ。
そのきっかけは、動機として不純ではあるのだろう。しかしそれこそが、ムーンにとっての原点だった。
「無様だな……」
こんな姿、あの子には見せられないな。そう思い、ムーンは自嘲の笑みを浮かべる。
初恋の少女の為に強くなった筈が、その少女には結局気持ちを伝えられないまま遠くへ逃げられてしまった。
仕舞いにはこの始末。実に空虚な人生だ。
アローラチャンピオンともあろうものが、ムーンにとって本当に欲しかったものは何一つ手に入れられなかったのである。
彼女と別れることになって、一体自分が何の為に戦ってきたのか……正直言って、わからなくなっている。
そんな自分から逃れる為に、ムーンは修羅のように激しいバトルを求めてきたのだが……その程度の心では、より強いトレーナー達の前には通用しないようだ。
……さて、どうしたものか。
見晴らしの良い山の高台でケンタロスに停まってもらうと、ムーンは休憩がてら自らの手持ちポケモンたちをボールから解放し、バトルとは関係ないところでゆっくりと羽を伸ばしてもらった。
ガオガエン。
クワガノン。
ギャラドス。
ルガルガン(昼)。
ジャラランガ。
そして――ルナアーラ。
その六匹はムーンがポケモンリーグを制覇した時のメンバーであり、共に島巡りを行った仲間たちだった。
いずれも今ほど育成のノウハウを持っていなかった頃の手持ちポケモンであり、前回バトルツリーに挑戦した顔ぶれと比べれば幾分能力は劣っている。
しかしムーンにとって彼らは誰もが特別なポケモンたちであり、大切な仲間だった。
「悪いなほしぐもちゃん……俺、三回も負けちまった……」
「るー?」
ここのところ旅に連れていなかった彼らを外でリフレッシュさせながら、ムーンはルナアーラに話しかける。
ルナアーラ――ニックネームは「ほしぐも」。彼の初恋であり親友リーリエから託された、絆のポケモンだった。
残念ながらその高すぎる能力故にバトルツリーでは参戦を認められていないルナアーラだが、ムーンにとってはいつまでも変わらない無二の友だった。
そんな友の前で、ムーンは懺悔の言葉を吐く。
「あの子の為に絶対に負けないって誓ったのに、ああもいいようにやられるなんてな……自分が情けないよ、俺は」
「るー……るー!」
「はは、なんだよ? 励ましてくれるのか?」
誰よりも彼女と共に居たルナアーラにとって、彼女のことでいつまでも落ち込んでいる今のムーンの姿は見るに堪えなかったのだろう。
しかしそれでも、彼はムーンのことを見限らず自らのトレーナーとして受け入れてくれていた。
そしてそれは、ルナアーラだけではない。
「お前らも……」
「ガオ」
ガオガエンたちもまた、ムーンの心を励ますように寄り添ってくれたのだ。
みんな進化して随分たくましくなってしまったが、主思いの健気な姿は出会った頃と何一つ変わっていない。
ただ一人、ムーンだけが変わってしまったのかもしれない。
そのことを気づかせてくれた彼らに、ムーンは潤んだ目で言い放った。
「……ありがとな」
ポケモンへの信頼と愛情が足りていない。
――確かに、そうだったのかもしれない。ムーンにとって今までの戦いは全てリーリエの為にあり、その次がポケモンたちの為にあった。
確かにポケモンのことを大事には思っていたが、ムーンにとっての一番ではなかったのだ。だからいつまで経っても雑念がなくならず、グリーンに見抜かれ指摘された。
「向き合わなきゃいけなかったんだ……心の痛みから、逃げるんじゃなくて」
《久しぶりにいい顔になったロトね。世話が焼けるムーンだロト》
「言うなよロトム。だが、お前にも気を遣わせて……いや、お前には気を遣われてなかったな!」
《酷いロト! ロトムも心配していたロト!》
「ははは、冗談だよ」
今ここにいない他のポケモンたちも同じで、皆が今のムーンを気遣ってくれている。
そう、ポケモンはデータではない。皆、生きているのだ。
だからこそ感情があり、時にはボタンを掛け違えることもある。それは島の守り神たるカプたちも同じなのだろう。
雑念があったのはムーンだけではなく、ムーンを思うポケモンたちもまた同じだったのだ。だから些細な確率変化などに踊らされ、あのような敗北を喫してしまったのだと、ムーンは思うことにする。
結局、余計な気を遣わせて本来のポテンシャルを引き出せてあげられない自分のせいだった。
「心配かけて悪かった。もう大丈夫だ!」
ムーンは久しぶりに歳相応な曇りのない笑顔を浮かべながら、彼らに言い放つ。
リーリエのことは今でも悲しいが、それでももう引き摺ってはいられない。
この痛みを忘れることはできないが、信じて受け止めることにしたのだ。
ポケモンバトルでの敗北と同じように、自らの人生におけるかけがえのない財産として。
――そして天才トレーナー・ムーンは、一つ大人の階段を上った。
数日後、ムーンの姿は再びバトルツリーにあった。
こともなげに十九連勝を達成した彼は、バトルレジェンドのレッドと三度目の会遇を果たす。
「やはり来たかムーン! 待っていたぜ」
「ええ、今日こそ貴方に勝ちます!」
彼が再び挑戦することを心待ちにしていたのか、堂々たる佇まいで現れたレッドはムーンの顔つきを見てさらに闘気の笑みを深める。
前回までのムーンとは明らかに変わった雰囲気を、その目に読み取ったのだろう。レッドは彼とのバトルを快く引き受けた。
「いいぜ! お前の持ちうる最高の戦術で挑んできな! バトル開始の宣言をしろ! 受付ぇ!」
「はい! バトル開始ー!」
三度目ともなれば役員の女性の対応も慣れたものであり、今ここにムーンの挑戦が始まった。
「いけ、ラプラス!」
「暴れてやれ、クワガノン!」
両者共に一体目のポケモンを繰り出す。
レッドのポケモンは以前までと同様ラプラスであったが、ムーンのポケモンは大きなハサミ型の顎を持つくわがたポケモンクワガノン。リーグチャンピオンになった後はしばらく実戦から遠ざかっていた、ムーンが育てた初期メンバーの一員だった。
そんなクワガノンは特に性格や個体値など気にすることなく、島巡りを初めて間もない頃の彼が初めて捕まえたポケモンでもある。
アゴジムシからデンヂムシへ進化させた後、クワガノンへの進化方法がわからずうっかりレベル60になるまでデンヂムシ時代を過ごさせてしまったのは今となってはいい思い出だ。
そんなクワガノンがフィールドに現れると、彼はまるで主人からの命令を最初からわかっているかのように動き出した。
――しかし、それよりも速くラプラスの爪が光る。
「せんせいのツメを発動! 絶対零度!」
当然のようにせんせいのツメを発動させたラプラスが、これまた当然のように直撃コースで一撃必殺技を放つ。
もはやお馴染みとなったレッドのラプラスが繰り出す瞬殺のコンボに対して――今度のムーンは動じなかった。
――瞬間、クワガノンのいたフィールドが絶対零度の冷気に襲われる。
ジバコイルのように特性が「がんじょう」でもないクワガノンでは、何もしなければその攻撃になすすべもなく倒れていたところだろう。
しかし白煙が晴れた時、そこには自らの健在をけたたましい鳴き声でアピールする無傷のクワガノンの姿があった。
「俺のクワガノンは防御技「まもる」を発動していた!」
ムーンは事前にレッドがせんせいのツメ零度を発動することを計算に入れた上で、せんせいのツメよりも優先度の高い「まもる」を命令していたのである。
「まもる」はZ技や「フェイント」等の技以外、あらゆる攻撃をノーダメージで防ぐことができる万能な防御技だ。
この技ならば先んじて絶対零度を防ぐことができる為、ムーンはこの戦いの為だけに技マシンで覚えさせていた。
「防いだか……だが俺のラプラスは何度でもせんせいのツメを発動するぜ! さあ、次はどう出るムーン!?」
初撃を防がれることは想定の範囲内だと言った様子のレッドが、期待を込めた眼差しでムーンに問い掛ける。
確かにまもるであればラプラスのせんせいのツメ零度を凌ぐことができるが、いつまでも続けられるものではない。まもるは連続で使用すればするほど失敗しやすくなる一時しのぎの技だ。このバトルで絶対零度の技ポイントを0にすることもまた、現実的な対抗策とは言い難かった。
しかし。
今のムーンの心に、レッドの理不尽戦術への動揺はなかった。
「俺はもう迷わない……俺を信じてくれるコイツらがいる限り、見果てぬ先まで続く戦いのロードが待っている!」
彼は、思い出したのだ。
確率や能力値、完璧な育成理論ではない。
もっと根本的な、ポケモンバトルに対する重要な心構えを。
ただ純粋な心のままに目の前のポケモンバトルを楽しもうとする初心を――彼は取り戻したのである。
「今わかった……なぜリーリエと別れることになったのか……それは俺たちの絆を確かめ合う為! 巡り会った仲間ともう一度出会う為だ!」
今の彼の心に、雑念はない。
この胸にあるのは目の前のバトルを純粋に楽しみ、そして最強のライバルを倒すことだけだ。
リーグチャンピオンとなったムーンは、本当の意味でチャレンジャーとなってレッドに挑む!
「俺は信じるぜ! 今もこれからも! リーリエやポケモンたちと歩んでいく未来のビジョンを!」
そして彼は、このバトルに登録していたものではないモンスターボールの中から一体のポケモンを繰り出す。
クラゲのような姿でフワフワと宙に漂う新種の存在――ウルトラビースト「ウツロイド」。どこか彼の想い人に似たシルエットを持つそのポケモンは、何かを求めるようにムーンの前に降り立った。
「本当の力を見せてやる!」
「なに?」
そして、ムーンは走り出す。その足で!
何も恐れずにフィールドを駆け抜けていくムーンと並走していくように、ウツロイドもまた全力で疾走した。
「いくぞ、ウツロイド!」
「ポポポポ」
跳躍――ッ!
全速前進の加速を入れて跳び上がったムーンの姿に、折り重なっていくようにウツロイドが密着していく。
そしてムーンの上半身が透き通ったウツロイドの頭部に埋まるように吸収されていき、一人と一匹は今、一つの存在へと生まれ変わった。
「はあっ!」
――合体完了――。
ウツロイドとその身を一つにしたムーンはこちらを呆然と見上げるラプラスとクワガノン、そして役員の女性の姿を見下ろしながらカッコいいポーズを決めた。
「見ろ! これがポケモンバトルの最終進化形態だ!」
常識を超越するレッドのバトルに対抗するには、常識に囚われていては駄目だ。
そう考えたムーンが辿り着いたのが、かつてリーリエの母ルザミーネが至ったこの姿だった。
ウルトラビースト「ウツロイド」との合体。それが彼のたどり着いた未来への答えである。
ムーンのその姿から、尋常ならざる覚悟の程を読み取ったのだろう。バトルレジェンドのレッドが、喜悦の笑みを浮かべて対峙する。
「面白い……それがお前の本当の姿か!」
「いくぞ! レッドさん!」
「来い! ムーン!」
ここからが本当の勝負ッ!
チャンピオン同士による新次元のポケモンバトルを前に、審判を務める役員の女性が切実なる思いを胸に一人呟いた。
「……なに、これ……」
二人の戦いは続く。
続くったら、続く――。