まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第107話 鎮守府執務室

幸いな事に、敵艦隊は冷泉達を追尾してこなかった。

遥か彼方に姿を現した敵は、追跡するような素振りだけは見せたけれども、すぐに諦めたようだった。

 

ただ、……音声メッセージだけの通信がノイズに混じって送られてきた。聞いたときはほとんど聞き取ることができなかったが、録音したものを解析してやっと、その内容が分かったというものだったけれど。それは以下の物だった。

【許サナイ。一度ナラズ、二度ニワタリ、我ラノ作戦ノ邪魔ヲシタ愚ナ奴メ。ソノ罪、許サレル事ナシ。裏切リ者ニハ、……罰ヲ! 必ズ、オ前モ我ラノ側ヘト取リ込マレルマデソウ遠クナイ……。忘レル事ナカレ】

 

声色はまさに怨嗟怨念といったものが籠もったかのような地の底から聞こえてくるといった表現が相応しい異様な物だった。はっきり言うと、冷泉は内容を知ったとき、背筋に寒気が走った。

しかし……もしかして、これが深海棲艦の肉声なのだろうか? だとしたら凄く嫌な声だな……冷泉はそう思った。

 

恐らくは、加賀に続いて長門を救出することに成功した鎮守府司令官である冷泉に対する激しい憎しみの言なのだろうけれど、その言葉の意味する内容がよく分からないままだった。そもそも、人間である冷泉を取り込んでどうするつもりなんだろう? とはいえ、深海棲艦の思考を人間なんかがが理解できるはずもないだろうし、必要以上に考えたり内容について怯えたりしたところで何も変わらないだろうし、意味が無いだろうということで、冷泉自身もそれ以上は深く考えなかった。

とりあえず、今のところは上に報告しておくだけでいいだろう。

 

そんな変な事もあったけれど、無事、舞鶴鎮守府へと冷泉達は戻ることができたのだった。

今回の旅路の中で、冷泉の体は僅かながら身体機能の復活への兆し? のようなものを感じ取る事ができたので、わりとご機嫌だった。

ほんの僅かではあるだろうけど、光が見えたような気がしたんだ。もしかしたら、体が元のようにに戻るかも……それは冷泉にとってはとてつもない喜びであった。なにせ、体のほとんどが動かなくなっているわけで、着替えや入浴といったことだけでなく、支え無しでは座っている事もできないわけで、あらゆることで誰か外の人に頼るしかなく、それどころか、排便排尿も自力ではできない。動かなくなっているということは感覚すらなくなっているわけで、自分が便意や尿意をもよおしていることさえ認識できないのだから、これはとても辛いことだった。選ばれしプロ意識の権化のような、そして完璧に業務をこなしてくれる職員とはいえ、全くの他人に世話をして貰っているということで、看護師である彼ら彼女らは何も思っていないとは分かっていても、そういった恥ずかしい所を人に見られても恥じらいを感じないほど達観しているわけでもなかったのだ。はっきり言うと恥ずかしくて、毎日死にたい気分だった。……よって、自分の事は自分で出来る可能性があるというだけで冷泉は希望を持てたのだった。

 

ご機嫌で帰ってきた彼ではあったが、鎮守府に戻るなり、複数の看護師達の手によって……勝手に彼らの元から逃走した冷泉に対して思うところのある彼らに、問答無用で拿捕されると、衣服を剥ぎ取られ、恥じらいの中、排泄行為と入浴を強制させられたのだった―――。

 

風呂上がりのために体がまだ暑いままの冷泉は、少しぼんやりした表情で提督執務室の椅子に腰掛けている。

あまり広くない部屋には、鎮守府の艦娘達が整列して集合しており、ざわついてはいるものの、女性ばかりの華やかな雰囲気に包まれている。

 

冷泉の右隣には秘書艦の任についたままの加賀が立ち、左側には冷泉が連れ帰った長門がいる。

 

「お待たせしました……」

咳払いをした後に加賀が話し始める。

「この度、我が艦隊に新しい仲間が増えることになりました」

 

「その前に……ちょっといいでしょうか」

突然、高雄が声を上げる。彼女の表情は普段と変わらず穏和なものだったけれど、声には少しだけ苛立ちの成分が含まれているように感じられた。

 

「はい、何でしょう? 」

淡々とした口調で加賀が反応する。おおよそ彼女が何を言おうとしているか知っているのに、いつもと変わらない。加賀の態度が高雄を更に苛立たせ、感情を硬化させたように見えた。少し怖い目つきになる。

 

「た、高雄……さん、何かな? 」

慌てて冷泉が作り笑いを浮かべながら問いかける。おいおい、二人とも喧嘩は止めてくれよ。

 

「提督、無事に戻られて本当に良かったです。……けれど」

 

「けれど? 」

 

「立場をわきまえていただけませんでしょうか? 」

 

「えっと、それはどういうこと……なのかな」

 

「提督、あなはたこの舞鶴鎮守府の艦娘を含めたたくさんの部下を持つ、司令官というお立場であることを忘れてしまっているのではないでしょうか? 司令官たるもの、常に鎮守府にドーンと構えて部下に指示するものだと私はずっと思っていました。もちろん、出撃に際して同行していただき、私達を励まし指揮してもらえるのは本当に心強いですし、嬉しいです。でも、でも……ここ最近の提督の行動はあまりに常軌を逸しています。何度生死の境を彷徨っているのでしょうか? 私達のためにやっておられる事だということは理解できます。けれど、けれど、いつもいつもこんな事をされていたら、いつかは提督の身にもしものことが起こるんじゃないかって、本当に心配で仕方がないのです。今回だって、また無茶をされたみたいですよね。ただ、助けに行くだけだから、戦闘はまずない、危険は無いってあれほど仰っていたのに! 何ですかこれは! 私達はお側にいられないから何もできず、ただ待って心配するだけしかできなくって。もう、どんなに辛かったか。提督に何かあったら、提督がお考えになっている以上に多くの人達に影響がでるんですよ。私達だって、とっても悲しい想いをするんですよ。分かってます? ……いい加減にしてください! 」

最後の方はもう涙を浮かべながら訴えてくる高雄。その勢いに思わずたじろいでしまう。

 

「私もそう思うネー! 提督は後先考えずに行動しすぎなんだヨネ。提督にもしもの事があったら、私達はどうしたらいいネ? せっかく思い人に出会えたっていうのに、私の気持ちは何処に持って行けばいいっていうネ。目の前の救わなければいけない子の事も大事だケド、残された私達の事も考えて行動して欲しいネー! 」

金剛も同意する。

 

「そうよ、そうよ」

どこからか、それに合わせてるように他の艦娘達も騒ぎ始める。ほとんどは冷泉の無鉄砲さを批判するものであった。

まあ、確かに勝手な行動ばかりして、彼女たちに意見を求めず、心配させているのは事実なんだろうなと反省する。

 

パンパン!

「はい、そこまで」

落ち着いた声で加賀が発言する。ざわついた雰囲気が収まり、皆が加賀の方を向く。

「みなさん、口を謹んで下さい。仮にも冷泉提督は私達の上司なのですよ。いろいろと思うところはあるかもしれませんが、言葉に気をつけて下さい。これ以上の批判は秘書艦として、許しませんよ」

と、わりと冷たい口調……彼女としては普段通りの話し方なんだけれど、でみんなに伝える。

一瞬だけ息をのむような雰囲気が漂う。お前が言うな的な視線がいくつか加賀に突き刺さるのを感じた。少し険悪な雰囲気になっていてドキドキしてしまう冷泉。

「それに……今回の件については、すべて私が提督にお願いした事が原因なのです。私が長門を救って欲しいとお願いしてしまったのがいけないのです。すべては私が悪いのです。なので、提督を責めるのであれば、それは全くの見当違いです。批判するのであれば私を批判してください。提督は何も悪くはないのですから。……ですよね、提督」

 

「は? 」

いきなり話を振られて、驚きの声を上げる冷泉。

 

「ちょ、ちょっと待つネ。何なの何なの? 今の加賀の言いぶりは聴き流すわけには行かないネー。私の聞き違いだったかも知れないんだケド」

 

「そうです。今の言い方はまるで可笑しいです。加賀さんのお願いした事だから提督が危険を覚悟でも行動したように聞こえてしまいますよ」

と、高雄も同調する。

 

「そうね、まるでアンタが頼めばコイツがなんでも言うことを聞くように聞こえたんだけど? それってどういう事? 何なのソレ、変な物でも食べたのかしら……ぎゃ!」

後ろのほうで言っているのは叢雲か。すぐゴンっという打撃音がして「提督の事を汚い言葉で罵るのは、何人たりとも絶対に許しません」という少し低い声が聞こえた。声色から神通らしいけれど。

 

「も、もしかして司令官さんと加賀さんは……おつきあいしているってことなんです? 上司と部下の間柄なのに……ふ、不潔です」

何か穢い物を見るような瞳で羽黒がこちらを見ている。

 

「えー! 私というものがありながら、浮気……ゆ、許さないネー! 」

 

「提督、はっきりしてほしいです。でないと提督の生態について再分析が必要かも」

腕組みをして意味不明な発言をする夕張の姿もある。

皆それぞれが口々に不平や疑問を言い始めて収集がつかない状況になってきた。

 

「……提督、あなたから説明したほうがいいみたいね」

混乱を我関せずの態度で受け流し、加賀がこちらを見る。

引っかき回した本人が丸投げか! 

 

「えーとだな……」

仕方なく冷泉は言葉を発する。頭を少しだけ起こして周りを見る。騒いでいた艦娘達がこちらを黙ってみている。

いろいろ考えたけれど、正直に自分の気持ちを伝えておいたほうがいいだろうな。

「今回……いや、その前も、それからその前も。うーん、つまりずっとかな。何かとお前達に心配をかけてしまってすまないと思っている」

見回すとみんなが「その通りだ」とばかりに頷いている。特に高雄と扶桑が……。

「過去のことはみんな知っての通りだから、今回の事を説明するよ」

冷泉は横須賀鎮守府の長門が旗艦の座を外れた事。それによる彼女の葛藤。彼女の処遇。彼女のプライド。様々な要素が絡み合い、結局のところ、囮となり敵艦隊を惹きつけることにより横須賀鎮守府が最近苦戦していた海域攻略の捨て石となり死を選ぶ選択をした事を説明した。そしてそれを聞いた親友である加賀が苦悩していたことも知る。二人の艦娘を救うため、冷泉は行動した事を。

「俺は人類の為に戦っているお前達の苦悩を少しでも和らげることができればと常々考えている。俺ができることがあるのであれば、あらゆる困難を排してでも実行しようと考えているんだ。それでお前達の働きに報いることができるなんて思っていない。けれど、貰ってばかりの俺が、何か返すことができるのならって思っているんだ。後先を考えない愚かな行動だと思うかもしれないけれど、何かをせずにはいられないんだよ」

そう言った後、再び冷泉はみんなの顔を見回す。

涙ぐむ者、疑った視線を送る者、呆れている者……いろんな顔があった。けれど、みんなが冷泉が本心を語っていないとは認識しているようだった。彼女たちの視線は、本当の事を言えと言っているようだった。

「分かりました。本当の事を言います。……俺は可愛い艦娘のお前達が悲しむ姿なんて見たくないんだ。俺はお前達が大好きだからね。ここの子みんなを俺の彼女にしたいくらいだ。おまけに、あわよくば余所の鎮守府の艦娘も自分のものにしたいって考えている。だから、困っている艦娘を見てしまったら知ってしまったら、後先なんて、なーんも考えずに行動してしまうんだ。それだけです、スケベですまん」

ああ、言ってしまった。言ってから後悔してしまった。ただのスケベ心も行動原理の一つであることを公の場で言ってしまった。……けれど、後悔はあまり感じなかった。すがすがしかった気もする。

 

「はあ……」

呆れたようなため息が執務室を包み込む。

けれども誰も怒っていないというかなんだか安心したような顔をしている。どうしたんだろうか。

 

「……まあ、すけべ提督の言い訳はこれで終了ですね。みなさん、これで納得されましたか? 納得するとかそういうものでは無いでしょうけれど」

少し怒ったような口調で加賀が艦娘達に確認をする。

特に誰からも異論は無いようだ。

「では、今日本来の目的である、新しくこの鎮守府に着任した艦娘の紹介に移りますね」

そう言うと、長門を見る。

長門は目で頷くと、一歩前に出る。

 

「知っている人いるかもしれないが、私は長門という。訳あって横須賀鎮守府からの異動となった。まだ書類上の手続きはできていないようだが、それも間もなく整うと思う」

一度、言葉を切って、長門は艦娘のみんなを見やる。

知っているも何も、戦艦長門を知らない者は艦娘にはいないだろう。不思議な自己紹介の仕方だな、とみんなが思っているのがよく分かる。

 

さて、彼女は何を言うつもりなんだろう?

冷泉はなんとなく不安を感じた。

 

 

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