まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第121話 それは、唐突な提案

突然の来訪者に、加賀は黙り込んでしまった。

昨夜の榛名の件について個人的に何かを言おうとしていたようだけれど、扶桑には聞かれたくない話らしい。そして、促すように冷泉に目配せをしてくる。

 

ん? ……つまり、扶桑との会話を進めろってことか? 

そう目で訴えかけると、彼女は頷く。

 

加賀と出会ってからまだそれほど時間は経っていないけれど、冷泉の考えている事を彼女は何もは言わなくても、察してくれることがよくある。テレパシー的な能力を艦娘が持っているのか、それとも冷泉の思考が単純だからなのかはよく分からない。ふと気になって彼女に尋ねたら、頭の中にエッチな妄想しか無い単純な提督の思考を読むのは、簡単だと馬鹿にしたように言われて、ショックを受けた記憶がある。

 

しかし、二人きりでいる時は割と辛辣で毒舌だよな、加賀は。……さすがに他の艦娘や人がいるときはそんな酷いことは言わないけれど。一応は上司であるから、普段は立ててくれてるらしい。

そんな事を考えながら、現在の秘書艦である加賀を見る。

他の誰かがいる時は、意図しているのかどうかは分からないけれど、感情を抑えてツンとした感じでいる。少々の事では驚いたりしないし、慌てたりすることもまず無い。おまけに言葉使いも淡々としているし、つっけんどんな所も多々ある。知らない人が見たら、ちょっと取っつきにくい感じがするんじゃないかって心配してしまう。たまには笑ってみたりして、もう少し感情を表に出した方がいいんじゃないかって忠告した事があったけれど、「生まれついての性分ですから、どうしようもないです。今更努力したって治るわけありませんから」と、あっさり拒否された。

けれど、そんなことは全く無いと冷泉は知っている。

なぜなら、冷泉のちょっとした言葉や態度に、すぐ照れたり動揺したり、怒ったり拗ねたりして、わりと可愛いところがあるんだ……。そういた所をみんなにも普段から見せたら、もっと取っつきやすい性格だと分かるんだけれどなあ。実に勿体ない。普段の態度で誤解されたりすることも多いだろうし、損をしているのは間違いないのだから。

 

照れとかそういった感情があるのだろうか? 冷泉とは生死の境を共にくぐり抜けた関係でもあるから、少しではあるけれど心を許している? から、割と素を見せても平気になっているのかもしれないけれど。

 

「提督……よろしいですか? 」

伺うような声に、ハッと我に返る。

執務室の机の向かい側に扶桑が立ち、少し戸惑ったような表情でこちらを見ていた。

 

「お? ……ああ、すまない。少しぼーっとしてしまった」

動揺を隠すように、冷泉は答える。

扶桑の件について、いろいろ考えていたのだけれど、結局何の結論も出ないままでいた。彼女が何か悩みを抱えているのは分かるのだけど、それが何かは全く想像もできない状態のままだ。相談してくれればいくらでも話は聞くし、解決に向けて全力を持って当たるつもりでいるのだが。さりげなく他の艦娘に尋ねてみたりしたが、誰も心当たりが無いようだった。そうなると、冷泉では全く推測すら立たない。相談しないということは、冷泉に相談するような内容では無いということ何だろうけど、他の艦娘の誰にも相談していないということは、あまり良い傾向では無い。悩みは一人で抱えていては解決しない。自力で解決できることならそれでもいいけれど、一人で解決が難しい案件であるなら、誰かに相談することで気持ちだけでも楽になる事ができるはずだ。一人で悩んだってロクな事がない。そして、何か悩みがあるなら、きっと自分に相談してくれると勝手に思い込んでいた事で、冷泉は少しショックも受けていたのだ。

そんな事があったせいか、扶桑と向き合った時、何だか緊張気味でもあった。

「さて、朝から俺の所に来るということは、何か問題が生じたんだろうか? 」

 

「いいえ、問題が生じたわけではありませんわ」

静かに彼女は答える。

冷泉は、ふと感じる。それは違和感といってもいいものだった。彼女から漂っていた後ろ向きな感情といったものが感じられなくなっていたのだ。この前、話した時とは違い、迷いとか焦りといったものが彼女から消えていた。それはある意味、劇的な変化といっても良かった。……僅かな時間の間に、彼女の心境にどういった変化があったのだろうか。あの時は相当に憔悴しきっていたように見えたんだけど、今はまるで違うようだ。何というか、あの時とは違い迷いといった物が感じられなくなっている。問題が解決したんだろうか?

 

「だったら、何かあったのか」

 

「はい、今日は提督に進言したい事があり、来ました」

いったん言葉を切り、冷泉を見つめる。

「第二艦隊が遠征から帰って来たのを見ましたが、提督はお気づきになりましたか? 」

 

「ん? 」

急な問いにすぐには回答できずにいる冷泉。

 

「神通の率いる第二艦隊なんですけれど、これまで遠征から帰っても燃料や弾薬を補給するだけで、ほとんど休むことなく再度出撃しています。しかも、それをずっと続けています。私が見た限りでも、彼女達の疲弊具合は相当進行しているように感じたのですが、提督はこのことについて、どうお思いなのです? いえ、どうお考えなのですか」

その事については、冷泉もずっと感じていた事であり、扶桑の意見に反論することは無い。実際にほぼ休み無く遠征を繰り返している。ただ、戦闘を行っているわけではないので、出撃ほどの疲労は無いものの、それでも看過できないレベルになるのは時間の問題だった。

 

「ああ、それは知っているよ。神通が一生懸命やっているのは知っている。彼女に引っ張られるように駆逐艦娘達もがんばっているようだけれど。……確かに働きすぎとは思っている」

ブラック鎮守府とまではいかないまでも、第二艦隊については、冷泉がいた世界なら労働基準監督署が踏み込んで来てもおかしくないレベルの労働環境といってもいいだろう。もっとも艦娘は国家公務員といってもいいわけであるから、労働基準法は公務員には適用されないのだけれど。……艦娘が法律上、人なのか艦船なのかは別問題であるのだが。

それはともかく、流石に気になって何度か神通に聞いたが、「はい、全然大丈夫です」と笑顔で答えられてしまうとそれ以上何も言えなかった。彼女達の遠征のおかげで鎮守府の資材も潤っている現実があり、それに甘えてしまっていた部分があったのは否定できない。

「そろそろ休ませようと思っていたんだけどな。……神通が俺の言うことを聞いてくれるかっていう問題点はあるんだけど」

少しぼやくように呟く。実際に、冷泉が言ったところで、彼女が言うことを聞くかどうかは分からない。

 

「確かに、神通は鎮守府の資材不足を本気で心配していましたね。出撃の機会があまり無い軽巡洋艦の自分がやらなきゃって、責任を過剰に感じていた節があります。……それは少しでも、鎮守府の役に立ちたいっていう気持ちが強いせいなんでしょうけれど」

と、加賀が補足する。

 

「ふふふ……いいえ、それは見当違いよ、加賀。彼女の責任感は、提督のお役に少しでも立ちたいっていう女心が出発点なのだから」

遮るように扶桑が言葉を挟む。どこか訳知り顔をしている。

「もちろん、鎮守府の事を考えていないわけでは無いでしょうけれど、彼女の価値観の中心にあるのは、常に冷泉提督だけですよ。彼女は提督に助けてもらって以降、何としてでも提督の役に立ちたい、ご恩に報いたいと本気で考えているようです。だから自分の限界を超えていようとまるで気にしていない。体が壊れても厭わないレベルで行動しています。けれど、そんな無理が何時までも続くわけがないわ。……やがて破綻するに決まっている。彼女が壊れたとしても、彼女は提督の為にやった事だから報われるのでしょうけど、それに巻き込まれる他の艦娘達にとっては不幸でしかないわね。けれど、誰も文句を言わない。それだけ神通を信奉、……いえ盲信しているんでしょうけど。私だったら、とても耐えられそうにないわ……」

どこか突き放すような物言いに、冷泉は少し唖然としてしまう。扶桑がこれほど誰かに対して批判的な事を言うのを見たことがなかったからだ。どちらかといえば控えめで、駆逐艦娘に対しても気を遣うようなタイプだったはずなのだが。

 

「扶桑、それは言い過ぎではないですか? そんな事、神通だってきちんと考えているはず」

加賀が戒めるが、扶桑はまるで聞こえないような素振りをしている。

 

「提督、神通の好意に甘えるのは構いませんが、どこかで歯止めをかけておかないと、今後、大きな問題が生じるのではありませんか? 何かあってからでは遅すぎますからね。ここはきちんと司令官としての威厳を見せて貰わないと」

 

「神通達を休ませる事には異論はない。俺から彼女達に言って、しばらくは休ませるつもりだ」

明確に冷泉を批判してくる扶桑の口調に少したじろいだ冷泉ではあったが、扶桑の意見ももっともな事であるし、冷泉も気にしていた事だ。この際、思い切って休ませるのもいいかもしれない。ただ、問題が生じるとしたら、遠征による資材の供給が止まる事くらいだ。それはそれで傷手ではあるが、彼女達の事を考えればやむを得ないだろう。

 

「しかし、鎮守府の経済状況からして、ただ遠征を止めるというだけでは駄目です。彼女たちが得てくる資材は今の舞鶴には重要ですから」

と、加賀が口を挟む。

「そうなると、新たに遠征用艦隊を編成する必要がありますね。しかし……」

 

「確かに……。しかし、誰を選ぶか考える必要があるな……」

加賀も同じように考えているらしい。神通率いる第二艦隊を休ませるのはともかく、その変わりになる艦娘が現在の舞鶴鎮守府にはいないのだ。遠征に回せるといえば、大井、村雨くらいとなってしまう……。流石に二人では無理だ。そうなると交代で他の駆逐艦娘に行ってもらうしかないわけだが。

 

「それならば、私に考えがありますけれど……」

冷泉の言葉に被せるように扶桑が言葉を発する。

 

「それは? 」

そう言って、冷泉は扶桑を促す。彼女は頷くと、

「遠征艦隊には、現在は待機中の大井、村雨……そして、私を中心として編成し、不足する分は不知火、叢雲のどちらかを編入するという形で進めるべきだと考えます」

 

「し、しかし、それでは」

 

「そうです、提督の懸念するとおり、第一艦隊の編成に支障が出るという懸念があります。戦艦であるあなたが、遠征でいなくなったら……」

と、加賀が冷泉の言葉を補足する。

 

「それについての問題は解決したではありませんか」

扶桑はニコリと微笑んで冷泉を見つめる。

「戦艦榛名が舞鶴に着任した今、第一艦隊編成について私が抜けたとしても、支障は無いはずですよ」

確かに、榛名が加入したことで第一艦隊は加賀、金剛、榛名、羽黒、高雄、祥鳳で編成することが可能になっている。故に、扶桑が抜けたとしても、支障は無い。

 

「確かにそうだけれど……」

 

「第一艦隊の艦娘は領域攻略しかできないといった決まりは無いのですよ、提督。臨機に対応しないと鎮守府運営は成り立ちません。人手が足りないときは、どんどん使って下さいな」

冗談めかして扶桑が笑う。

冷泉は少し考え込んでしまう。……扶桑の申し出は理にかなった物であることは理解している。遠征によっては戦艦が必要な任務もある。そして、リスクの割に見返りの大きい遠征がある事も知っていた。けれど、今まではそれができなかった。理由は簡単。戦艦の数が足りないからである。しかし、その問題も榛名の着任によって解決された。艦娘をローテーションさせることによって疲労の蓄積も抑えられ、一石二鳥であることは間違いない。けれど、扶桑の立場をおもんぱかると、すぐには決定できない。新しく榛名が来たから、扶桑は余剰戦力となったように周りに思われるのが嫌だったからだ。彼女はこれまで舞鶴鎮守府の、……否、冷泉の為に戦ってくれた。その功績をあっさりと無視して榛名にすげ替えるような事は人としても司令官としてもできない。けれど、このまま神通達に負荷をかけ続けるわけにもいかない。

司令官としての決断を求められているのは理解しているのだけれど、即断はできずにいる。

 

「提督……私の事を想って悩んでいるのでしたら、それは無用ですよ。時に司令官は冷徹な決断をする必要があるのです。今の私と榛名を比較したら、榛名のほうがより戦力となるのは明らか。だとしたら、何を悩む必要があるというのですか。私の事を想ってもらえるのはもちろん嬉しいですけれど、あなたは一人の人間である前に、私達、舞鶴鎮守府の司令官なのです。司令官が私情に流されてどうするというのですか。遠征を長期に止めることは今の舞鶴には許されません。疲労の蓄積している艦娘を休ませ、遠征も行う……。そのためには私を遠征艦隊に編入するしかないのです。仮に私と榛名の性能が互角だとしても、榛名は入渠中でしょう? だとするなら、私が行くのが相応しいです。何の心配もいりませんよ」

 

「だか、しかし」

 

「提督が命令してくだされば、私はすぐにでも出撃できます。お願いします。私を舞鶴鎮守府のため働かせてください」

そう言うと扶桑は深々と頭を下げる。

 

「……」

冷泉は考え込む。

「分かった。お前の好意に甘えさせて貰う。……扶桑、よろしく頼む」

 

「お任せ下さい」

 

そして、遠征艦隊が編成されることとなる。

 

冷泉には、もう一つ、仕事が残されていた。それは第二艦隊旗艦の神通の説得だった。艦隊を一度解散させて全員を休養させるという冷泉の案に、彼女は頑強に反対をした。遠征によって資材資源をもたらすことが鎮守府の為に必要……つまりは冷泉の役に立てる。それは彼女の最優先事項。それを止められるということは彼女にとって自分の存在意義を揺るがすような出来事と思えたらしい。この世の終わりが来たかのような勢いで涙を流し、命令撤回を必死に懇願する彼女に、本気で困ってしまった冷泉だったが、加賀の助言による代替案を示すことで、何とか納得させることができたのだった。

 

それは、冷泉の身の回りの世話を行わさせるということだった。どういうわけか、それを聞いて彼女は嬉々として承諾した。常に冷泉に付き従い、冷泉の日常生活を補助するということがどうして神通を納得させたかは不明ではあったけれども。まあ、どちらにしても、食事や下の世話は看護チームが行うわけであるから、冷泉にはそれほど影響が無いため、反対はしなかったが。

看護されるときの恥ずかしい所を見られることについて、看護師達が見るのは何とか慣れたけれど、自分の直属の部下である艦娘に見られたりしたら、恥ずかしさのあまり死にたくなってしまうだろう。それさえなければ、まあ問題なしだ。今だって加賀が似たような事をしているんだから。

 

そんなやり取りがあったものの、なんとか物事は進み始める。

 

二日後、戦艦扶桑、軽巡洋艦大井、駆逐艦村雨。そして、一番疲労度の少なかった不知火が第二艦隊より選出されて、新たな艦隊編成が行われた。燃料弾薬を積み込んだ扶桑達は、出撃していくこととなった。

 

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