まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第126話 神通

舞鶴鎮守府―――。

 

時間は、午後9時を回ったくらいである。

 

 

「冷泉提督……それでは我々は帰りますが、何かありましたらすぐに枕元のボタンを押してくださいね。5分以内に駆けつけますので」

白髪を後ろで綺麗にまとめた女性が、ゆっくりとした口調で微笑みながら話す。それなりに年を重ねてはいるが綺麗な年の取り方の見本のような人だと冷泉は感じる。若い頃はさぞかし綺麗だったんだろうなあって想像してしまう。

そんなナース姿の彼女が冷泉の介護担当チーフである峰辻さんだ。すでに退官してもおかしくない年齢のはずだが、深海棲艦との戦争の長期化による人材不足の為、未だに現役で働いている。本人はこんなおばあちゃんが提督のお世話する事になってごめんなさいねと冗談めかして言っているが、冷泉としては、彼女が看護担当で良かったと思っていた。もし、若い女性看護師だったなら、年頃の冷泉は恥ずかしくて死んでしまっているかもしれない。

彼女の背後には、3人の介護服の上からも分厚い筋肉が分かる男が立っている。主に彼らが力仕事を担当してくれている。少し緊張した面持ちで直立したままだ。

 

軍隊においては戦闘による負傷者は絶える事がない。敵が深海棲艦となってからも、負傷者が絶えることは無い。海戦を行うのは艦娘達であるものの、戦場が常に海上であるわけではなく、当然、地上への攻撃も散発的ではあるものの頻繁に発生する。また、敵は深海棲艦だけではない。人類が一つになって戦わねばならない時でも、敵対勢力は存在し、またそれに援助を行う勢力も存在する。そういった輩の中に自分と同じ組織に属する者が多数いることも、何となくは認識しており、それが兵士達の士気を落とす原因の一つにもなっている。

内外に敵を抱えた兵士達は、常に危険と隣り合わせであり、負傷は絶えない。重篤な負傷を追うものも少なくなく、軍属の病院が暇をもてあますことは、ほぼありえない。

 

そんな多忙な状況であるものの、最高レベルの介護チームを編成して、冷泉の介護に当たってくれている。

完全介護をされるようになってからだいぶ時間が経つものの、未だに彼女彼等の献身的介護には慣れていない。首から下が全く動かないため、いろいろと見られたくないものを彼等にゆだねないといけないという恥ずかしさが常に冷泉の心にある。それでもプロ意識の塊のような彼等の看護は献身的であり、冷泉の日常生活の不具合を完璧にカバーしてくれている。自分一人ではほとんど何もできない冷泉からすると、彼等に感謝してもしきれないほどだった。

 

「ありがとうございます。いろいろとご迷惑をおかけして、申し訳ない」

ベッドに横にされた冷泉は、彼女達に済まなそうに語りかける。微妙にしか頭を動かせないから、お辞儀しているようにも見えないかもしれない。

隣で座っていた神通が慌てて立ち上がり、冷泉の代わりに謝意を示すように深々と頭を下げた。

介護チームはそんな神通の行動に微笑むと、部屋を去っていった。

 

「さて、もう夜も遅い。俺は大丈夫だから神通、お前も宿舎に戻っていいぞ」

と、冷泉は彼女に声をかける。

数日前から加賀に変わって、神通が冷泉の身の回りの世話をすることになっていた。

何だかよく分からないけれど、彼女は交代することとなった日の朝早くからやって来て、夜遅く……冷泉が寝付くまで、ほとんど休むこと無く、甲斐甲斐しく世話をしてくれている。

 

休む事なく忙しそうにいろいろと動き回っている彼女を見て、「これじゃあ休養にならないだろう? 遠征で疲労が溜まっているんだから、少し休んだらどうだ? 」と提案したものの、「提督のお世話ができる今が最高に充実しているので、全然平気です。むしろ、元気に溢れているくらいです。それに……提督には返しきれないご恩があります。この程度のことで、お返しできるなんて思ってもいませんけれど、少しでもお返しさせてください。だから、全然気になさらずに、むしろ、いろいろとご命令ください。それが私にとっては最高の幸せなのですから」

そう言われたら、もう何も言えなくなる……。

 

なんでそこまで献身的に尽くしてくれるんだろうか? 謎は尽きない。

 

つい最近の事だけど、なかなか寝付けない日があった。軽い気持ちでつい、神通に「俺が寝付くまで手を握っていてくれないか? 」なんてお願いしたら、そのまま寝てしまったらしい。朝、目が覚めると彼女がずっと冷泉の手を握ったままで側でこっくりこっくりと船を漕いでいたこともある。

「さっさと帰って良かったのに……ごめんな」と謝ったら、「全然平気です。私がこうしていたいと思ってやったことですから、謝らないでください。提督のお側で、こんな私なんかでも少しはお役に立てているって思うと、とっても元気になれますし、私……幸せなんです」と瞳を潤ませて言われてしまった。

冷泉の介護においては、オムツ代えてもらったり、お風呂入れられたりと、部下の艦娘には見られたくない恥ずかしい事がある。そんな姿を見られたくないから、彼女席を外すように伝えたけれど、

「大丈夫です! 提督がどんなに恥ずかしい事になっていても、例えどんなに格好悪い姿を見せられたとしても、それは所詮、上辺だけの事でしかありません。どんなマイナス要素があったとしても、提督の素晴らしさは全く揺るぐことなどありませんから」と宣言されたし。どれだけ好感度MAXなんだ?

 

とはいえ、流石に毎日毎日遅くまでつきあわせるわけにはいかない。部下の健康管理も大切な上司の仕事だ。まだまだ話したいこともあるけれど、無理はさせられない。

 

「も、もう少しだけ、あの……お、お側にいさせてもらって構いませんか……」

縋るような瞳で訴えかけられると、それ以上強く言えなくなってしまう。何か、普段からあまり自己主張なんてせず、怯えたような表情を見せる神通がこんなに自分の意見を言うのも珍しい。特別扱いなんかをしちゃいけないけれど、こんな時くらいしかゆっくりと艦娘と話す時間が取れないのは事実なんだよなあ。

基本的に、提督の周りは戦艦や空母、あとは重巡洋艦が常にいる事が多い。つまり、舞鶴鎮守府においては、長門、金剛、扶桑、加賀、高雄、あまり会話には加わって来ないが羽黒。……こういった艦娘たちがいることが多く、軽巡洋艦や駆逐艦の艦娘と長時間に渡って冷泉と会話することはあまりないのだ。秘書艦の持ち回り制度を導入して、いろんな艦娘との会話の時間を持てるようにはしているものの、やはり時間が少ないのは事実。

少しくらいなら、いいかな。そう思った冷泉は上手くできなかったけれど、頷いた。意志が伝わったのか、心配そうな顔をしていた神通の顔が一気に華やいだように見えたのは気のせいだろうか。

「じゃあ、少しだけお話しようか。まあ、立っているのも何だし、座ったらどうだ」

と、冷泉は切り出す。

促され神通は側の丸椅子に腰掛けた。

「神通は、駆逐艦達の面倒をよく見てくれているみたいだよな。お前のおかげで彼女達の熟練度が高まっているのは知っているぞ」

まずは仕事の話かな。冷泉は最近、感じている駆逐艦娘達の成長具合についての感想を述べた。朝から晩までわりとスパルタで彼女達を鍛えているのは知っていた。遠征中でもいろいろと課題を与えて、精神面も鍛えているらしい。目の前にいる気弱そうな少女がそんな事ができるとは思えないけれど、事実は事実なのだ。そして、そんな厳しい訓練に誰一人文句を言うことなくついて行っていっている事にも驚きを感じる。それどころか、駆逐艦娘たちは皆が皆、神通のことを尊敬し信頼しているらしい。

 

駆逐艦娘たちのレベルを調べてみると、冷泉が鎮守府にやって来た時と比べ、明らかに上昇していた。なんと、ほとんどの子が改造レベルに到達しているのだ。どういった訓練を行えば、あの成長ができるのか聞いてみたいくらいだ。出撃による成長度とほとんど変わらないか、もしくは上回っているかもしれない。

 

「みんな素直で良い子ばかりですから。へたくそな私の指示にも従ってくれて、いつも助けられてばかりです……。もっと上手く教えられたらいいんですけど、私なんかではとてもとても……。彼女たちばかりが成長して、私は置いてけぼりです。どちらかというと、彼女たちに教えられてばかりです」

謙遜して話すが、冷泉も知っていたし、高雄達からも聞いていた。

部下の艦娘を鍛えるだけでなく、その後、みんなが帰った後、夜遅くまで一人、更に厳しい訓練を行っていたことを。遠征を休み無く繰り返す上にそんなハードなトレーニングを行っていたら、疲労など取れるはずもない。何が彼女をそこまで駆り立てるのだろうか。

 

「部下を鍛えるだけでなく、その合間に自らに過酷な課題を与えて朝早くから夜遅くまで訓練をしていただろう? 明らかにオーバーワークだ。……お前、無理しすぎだぞ。なんでそこまで無理をするだよ」

ブラウザゲーム艦これと異なり、この世界では訓練を強いれば強いるほど効率は悪くなるものの成果はきっちりと出るようだ。もちろん、やり過ぎは怪我の元だし、疲労が高いまま戦場に出たら、まともに戦えないこともあるだろう。神通のレベルを見てみて、冷泉は驚かされた。すでに改二可能レベルまで上がっているのだから。改二へはどうやって行うのかは調べてみないといけないけれど、短期間でここまで自分を鍛え上げた神通の根性には驚かされる。

 

「あの、私……、何の取り柄もない艦娘ですし、実戦でお役に立てるような戦闘力もありません。……あの時、私の能力が足りないばかりに、提督のお命を危険にさらしてしまいました。司令官を危険な目に遭わせてしまうなんて、本当に艦娘失格です。どうしようもないくらい最低です。だから、もう、あんな辛い思いを……怖くてそれ以上に悔しい思いをするのは、絶対に嫌なんです。もし、今度あのような場面に居合わせることになったら、今度こそは提督をお守りできるような艦娘になりたいって思ってるんです。もちろん、軽巡洋艦なんかでできる事なんて、たかがしれています。けれど、あの時みたいに何もできない無力さを感じるのは、嫌なんです。だから、まだまだ力足りないですけれど、こんな私なんかでも、ほんの少しでもいいから、提督のお役に立てるようになりたくて、きっとできるはずだって信じて、……その想いだけでやっているだけなんです」

真剣な眼差しで神通が訴えてくる。あの時……。神通が大破して、死を覚悟して取り残される事になった神通に、冷泉が乗り込み領域を脱出した時のことか。あの時の事がずっと彼女の心の枷となっていたんだな。

「とはいっても、毎日必死でやってますけれど、まだまだ全然力及ばずです。全然強くなれません。あの程度では鍛錬がまだまだ足りないみたいです。本当、自分の力の無さが辛くなります。ちっとも強くなっていませんから。けれど、諦めません。絶対、提督のお役に立てるようになってみせます」

それ以上頑張ったら、壊れてしまうぞ。冷泉は口に出しそうになって思い止まる。自分に自信を持てない彼女になんとか自信を付けさせてやりたい。……そんな彼女に無理はするななんていうことは言っちゃいけない。彼女の努力を冷泉が否定してしまうことになってしまうからだ。どういうわけか、彼女は冷泉の言葉を絶対視しているところがある。そんな立場の冷泉が、無理をするななんて言ったら、「お前はそれ以上何をやっても無駄だ」と存在を否定されたと思ってしまうかもしれないからだ。

 

改二レベル……神通だとレベル60。それにしても、驚くほどの成長速度だ。……彼女と出会った時は、レベル20だったのに。どれほどの想いが彼女を突き動かし、どれほどの努力でここまで成長したのだろうか。それを想像すると、感心するしかない。

その想いに応え、彼女の努力の成果を与えてあげる必要がある。なるべく早くに。

うん、急いで調べないといけないな……。冷泉はそう思った。

 

「お前のその努力は、そう遠くないうちに成果として現れるはずだよ。それは俺が保証する。だから、この調子で焦らず着実に鍛錬していけばいいんだ。決して焦って無理をしてはダメだぞ。……お前が頑張っている事を、俺は知っているんだからな」

冷泉は彼女を見つめながら、極力声を和らげて想いを伝える。そして、精一杯手を伸ばし神通の頬に触れ、そっと撫でる。

 

「て、提督」

神通は目を閉じて、頬を赤らめながら為されるがままでいた。

「ありがとうございます。私、本当に……幸せです。艦娘として生まれた事が、そして、提督の部下でいられることが、本当に。これからも提督のお側に、末席で構いませんからいさせて下さい。きっとお役に立って見せます」

健気な言葉に、彼女の想いに胸が熱くなるのを冷泉は感じる。こんな体で無かったら、きっと彼女を抱きしめてしまうんだろう。実際にそうしたいと思った。

 

けれど、それは叶わぬ事。詮無き想いでしかない。

ただ冷泉は、艦娘の頬に触れているしかできなかったのだった。

 

そして、しばしの時間が流れた。時計をみると、11時を越えていた。

 

「……もうこんな時間だな」

と、呟く。

 

「はい」

 

「済まなかったな、こんな時間まで付き合わせて」

 

「いいえ、とんでもありません。提督といられることは、とても楽しいですから」

ニコリと微笑んでくる神通。その言葉に嘘は無いだろう。

 

「そうか。そう言ってくれると嬉しいよ。けれど、明日も早いんだろう? 」

神通は頷く。

恐らくは早朝から旗下の艦娘と朝練を行うのだろう。そして、それよりも前に一人での訓練を行うのだろう。それらが終わった後、冷泉が起きる頃にここにやって来るのだ。

 

「じゃあ、今日はここまでだな。早く宿舎に帰って明日に備えないとな」

 

彼女は頷くと

「今日もお疲れ様でした。また明日も来ます。今日は、いつもより長くお話できて嬉しかったです。……それでは失礼します。提督、お休みなさい」

と言うと、立ち上がる。

 

「ああ、お休み」

そして、部屋を後にしようとする彼女に

「あまり無理をするんじゃないぞ」

と念を押す。

 

「はい、了解です」

そう言うと敬礼をし、彼女は部屋を去っていった。

 

部屋に一人となった冷泉は枕元に置かれたスイッチを押し、消灯する。暗闇に包まれると、今日一日の事を思い返す。

 

そして、意識が遠征チームの事へと向けられる。

遠征に行った扶桑達は、今頃は中継地で休息中だろうな。確か、軍の警備もきちんと入っていない港だから、治安は保証できないから、外に出ることもできないだろう。すると艦の中で缶詰なんだろうな。明日からは護衛任務となるから、ずっと丘に上がることもないのかもしれないのか……。遠征に慣れていたら何ともないかもしれないけど、ストレスが溜まったりしないだろうか? 特に扶桑の事が心配だ。戦艦である彼女は、遠征なんてほとんど行ったことが無いはず。慣れない環境の中で慣れない任務をこなさないといけない。おまけに大井や不知火、村雨たちをまとめないといけないから、あいつ……大丈夫かな。ただでさえ最近、不安定な感じがしていたからな。少し気になる……。明日、タイミングが合えば、彼女と通信してみないといけないな。

 

いろいろ考えながら、冷泉は眠ってしまっていた。

 

 

 

 

―――。

 

 

ふと風を感じて、目が覚めた。

時計を見ると、深夜2時を回っている。

 

ベランダに出る窓は、峰辻さんたちがきちんと施錠したはず。空調も切っているはずだから、……空気の流れが生じるはずがないのに。

冷泉はなんとか窓の方へと首を向ける。

 

きちんと閉められた筈のカーテンが少し開かれ、青白い月明かりが部屋に入り込んできている。外からの風にカーテンが揺らめいている。

 

そして、カーテンの側に人影を視認した。

 

「だ、誰だ? 」

冷泉は侵入者に驚きの声を上げる。

鎮守府の警備は完璧のはず。外周は陸軍の兵士により、内部は海軍鎮守府兵士によって警備されている。あちこちに監視カメラやセンサーが設置されているから、侵入なんてほぼ不可能。そして、冷泉の宿舎は特に警備が厳しく行われているはずなのだ。そして、それだけじゃない。艦娘達によって、冷泉の宿舎は警備されているのだ。故に、そう簡単に、おまけに部屋の中まで入ってこられるはずがないのだ。

それができるとしたら、相当に警備に精通し、協力者を複数抱えていなければ不可能なはず。そんな力を持つ者がいるとは思えない。けれど、今、侵入者が来ているのだ。その事実だけは変えられない。

 

人影は、冷泉の問いに何も答えない。

 

月明かりを背にしているために、侵入者の顔までは識別ができない。長い髪の毛が風に揺らめいているだけだった。

 

 

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