秘書艦の加賀とそんなこんな話を続けている間に、長門が執務室にやってきた。
艦を失った彼女は、任務に参加できない。このため、普段から特にすることが無いため、基本的にいつも冷泉に執務室にやって来て、過ごすことが当たり前になっていた。
長門に対して、冷泉はしばらくの間は休養も兼ねて、好きなようにしてたらいいぞと伝えたものの、かつての横須賀鎮守府の旗艦という地位にあっただけに、彼女は普段から多忙な生活を送っていたはずだ。そんな彼女にいきなり何もせずにいていいなんて言ったところで、逆に困ってしまうんだろうなと心配もしていた。
冷泉の予想どおり、彼女は「何もせずにいろと言われても、何もせずに過ごす術を知らぬ我が身にとって、そう命ぜられることのほうが山のような仕事を押しつけられるよりも困るのだが……」とぼやくのだ。
「まあ、そうだろうなあ。ずっと最前線で戦ってきたんだ。いきなり何もしなくていいって言われても困るのは理解できる。うん……そうだなあ、じゃあ、とりあえずは今までしたことの無かったこと、してみたかったけれど仕事に追われてできなかった事をしてみたらどうだろうか? 」
と冷泉が提案。
「うーむ。日々常に戦うことばかり考えてきた私に、他のことができるとは思えないんだけれど」
そう言って考え込んでしまう長門。
困っている彼女を助けてやろうと冷泉は、
「大丈夫だ。そんなに深く考える必要は無いさ。なんとなくでもいいんだよ。お前がしてみたいことをを思い浮かべるんだ。それで、やってみてしっくりこなければ、それを止めてまた考えればいい。何にしても、気楽にいけばいいよ」
小首をかしげ何かを考えていた長門であったが、何かを思いついたようだ。
「うむ……。してみたいことなら、……確かに無いことはないんだが」
「ほうほう」
身を乗り出すような……実際にはそんなことはできないが、冷泉は興味を示す。
「いや、……けれど、そんなこと恥ずかしいな」
「へえ……戦艦のお前が恥ずかしがることなんて、なんか女の子っぽいことなのかな。是非是非、教えてくれ」
彼女の態度にますます興味を示す冷泉。無意識のうちに若干ではあるものの、口調がスケベ親父っぽくなる。
「提督、長門に失礼ですよ」
加賀が呆れたように窘める。
「笑わないだろうか? 」
真剣な表情で二人を見つめる長門。
「何を望んだって、笑わないさ。お前もそうだろ? ……なあ、加賀」
「はい、もちろん」
一瞬だけ困った表情を見せた秘書艦であったが、すぐに頷いた。
「戦艦であった私が、こんなことを望んでも、……提督は怒らないのか? 」
「怒るわけ無いだろう? 何も心配することなんてないぞ」
「本当に認めてくれるだろうか? あなたは、本当に許してくれるだろうか? 」
「もちろん、もちろん」
「提督は、応援してくれるだろうか?」
戸惑うような表情で、見つめてくる。
「当然だよ。……お前が何か新しい目的を見つけてくれるのなら、それは俺にとっても嬉しい事だ。応援するぞ! 俺にどんと任せろ」
「本当に本当なのか? 後でやっぱりそんなのは認めないなんて、提督は言わないだろうか? 」
「そんな事言うわけ無いよ。男に二言は無い。それから、忘れてるかもしれないけれど、俺は、この鎮守府の最高責任者だ。その俺が認めるんだから、鎮守府内のことであるのなら、すべてOKだ」
「約束してくれるか」
しつこいくらいに念を押してくる長門。
「もちろんだとも」
自分の胸をドンと叩いて宣言する。
「ちょ、ちょっと、提督。待ってください」
何か異変を感じたのだろうか。加賀が少し慌て気味に口を挟んでくるが、はいはいと軽く聞き流す冷泉。
「提督、あなたを信じていいのだろうか? 」
「そんなに心配しなくても大丈夫。俺はお前の上司だぜ。安心しろ、信じて問題無い」
「本当にいいのだな? 」
「おう! 」
「男に二言は無いということは、事実でよろしいか。天に誓って約束してくれるのか」
「ああ、……もうしつこいなあ。もちろんだ。だから早く教えてくれ」
少し苛立ちながら、冷泉は大きく頷く。
「では、私の願いを今から言う。……私は、冷泉提督の側に、何時いかなる時も……つまり24時間いることにした。朝起きる時も、寝る時も、常にこの身は、誰よりも提督の至近にあることを私は望む」
鼻息荒く、宣言する長門。
「は? 」
「え? 」
冷泉と加賀が同時に声を上げてしまう。
「ちょっと、長門。……あなた何を言っているのかしら? 」
少し呆れ気味に、そして、それ以上に苛立ちながら問いかける加賀。
「そもそも提督の所有物となった私が、提督の側にいたいと願うことに何の問題があるのか? 確かに、提督には思い人が幾人もいるようだ。けれど、それはそれだ。今、提督は私の願いなら何でも聞くと仰られた。……そのことは、加賀、お前もしっかりと聞いたな」
そう言われて加賀は、ぐぬぬと黙り込む。そして、冷泉を睨むと
「提督の馬鹿」
と呟く。
「提督も、もちろん依存無しで良いな? 」
「いや、あの。しかし……だな。けど、ちょ、待てよ。年頃の男女が24時間一緒にいるなんてだな……ちょっと不味くない? 確かに、俺の体はこんなだから、何も無いのは間違いないけど、余所様にいらぬ誤解を招いてしまうだろう? 世間とは下世話な話が大好きだからな。そんなことになったら、長門、お前が嫌な思いをすることにな……」
「否! 提督、男に二言は無いと宣言したことは嘘だったなんて言わせないぞ。そして、私が世間から後ろ指を指されるかもと心配しているようだが、そんなの心配無用だ。愛する人と共に居られるのだ。世間がどんなことを言おうとも、何も感じぬよ。否、後ろ指を指されるなんて、むしろ興奮してしまうじゃないか! 」
鼻の穴を膨らませ、興奮気味に語る長門。
「駄目だ……」
冷泉はうな垂れてしまう。どうやら、どMスイッチが入ってしまったようだ。冷泉の前で、長門は恍惚とした表情で身もだえしている。もはや、いかなる説得も聞き入れないだろう……。
本当に横須賀鎮守府の旗艦だったのか? このポンコツは。
そんな彼女を呆れたように見つめる冷泉と加賀だった。
……と、そんなやりとりがあって、長門は秘書艦でも無いのに、冷泉の側にいることを認められたのだった。
ただし、身の回りの世話については、神通が行うという先約が入っていたし、執務中は現在の秘書艦である加賀がすべてを取り仕切る決まりだ。
そして、みんなが帰った後の夜間については、なんとか長門を説得して宿舎に帰るように説得することができた。
長門みたいな子が添い寝してくれたら、それはそれで嬉しいんだけれど、長門のような魅力的な女性が手の届く所にいるのに、動かない体の冷泉は何もできない。そんな蛇の生殺し状態に毎夜されるのだったら、とても精神が保たない。だから、それは勘弁してくれと懇願した成果だったのだろうか。わりとあっさりと長門が引いてくれた。
「確かに、私と提督が結ばれてしまうことがあると、悲しむ艦娘も多いだろう。それどころか、提督の不貞を許さない者も出てくるかもしれない……。本命の艦娘を手篭めにして、他の子にも手を出すような積極性が提督にあれば、そんな事もないんだろうけれど。今の提督だと、本当に嫉妬に狂った誰かに殺されるかもしれぬし……。くう、嘆かわしい」と、加賀をちらちら見ていたのは、意味が分からなかったけれど、
それでも、四六時中べったり張り付かれることを免れた冷泉としては一安心だった。
「まあ、たまになら添い寝してもいいんだけど」
と思わず冗談めかして言ったら、どういうわけか、加賀が睨んできた。
―――。
「では、仕事を始めよう」
冷泉の言葉を合図に、加賀は自分の席に戻ると、書類を確認し始める。長門も加賀の隣にわざわざ設けさた机……最初は冷泉の隣に机を持ってこようとしたが、加賀が無理矢理自分の隣に設置させたのだが、で仕事を始める。
書類をめくる音、パソコンのキーを叩く音だけが室内に聞こえる。
冷泉は、机の上に置かれた決裁文書に判子を押しながら、ぼんやりと二人の艦娘を見つめる。
仲良く二人並んで腰掛け、真剣な表情で仕事をしている。考えるまでもなく、二人の艦娘は日本国最強、そして最良の鎮守府である、横須賀鎮守府にいたエリート中のエリートなのだ。そして、その中でさらに彼女達はナンバー1,ナンバー3の地位にあった、とてつもなく優秀な艦娘だったのだ。
そんな二人が、なんやかんやあって、冷泉の元にやってきて、現在、鎮守府の仕事を手伝ってくれている。
彼女達がとても優れていることは、少し仕事ぶりを見ただけで分かる。これは凄いことだよなと思うと共に、こんな優秀な二人を奪われた横須賀は、今頃大変なんじゃないのかって心配になる。おまけにあそこはナンバー2だった赤城も戦闘で失われているんだから、他人事ながら心配して当然だ。
まあ、その分、あそこの司令官は優秀だから、回せていけるんだろうけれど。
その点については、少し嫉妬してしまう。
もう少し自分の才能があれば。少しでも……実力が伴えば舞鶴鎮守府の現状も、もう少しはマシになるんだろうけどな、と。無い物ねだりをしても仕方が無いことは分かっている。けれども、艦娘達に迷惑をかけてばかりの冷泉にとっては、とても辛いことだったのだ。才能の無い人間の下についた彼女達は可哀想だと。
「提督よ。さっきから、いやらしい目で私の体をなめ回すように視ているようだが、自重してくれないだろうか? 流石に少し照れてしまうぞ。……いや、視られることが嫌なわけでは無いのだよ。そこは勘違いしないでくれ。恥ずかしくて体がほてって、変な気持ちになってしまうというデメリットはあるのだが、それはそれで興奮するし、嫌な気分では無いから別に構わない。ただ、同じ部屋に加賀もいるのだから、少しで構わないから彼女に配慮して貰えないだろうか? 」
顔を赤らめ瞳を潤ませながら、長門が訴えてくる。
やれやれ、何を訳の分からないことを言っているんだろう、この女は。
「はあ? 提督、そんな嫌らしい目で長門を視ていたのですか? ……長門が露出の多い服を着ているのがいけないのよ。視てくださいって言ってるような格好だもの。確かに、もう少し恥じらいを持ったらってずっと思っていたわ」
「露出は別に多くないと思うが。それに、横須賀でも同じだったんだがな。あそこではそんなことは言われたことも無かっただろう? 何の条件も変わっていないはずだぞ。なのに、舞鶴ではそんなことを言われるなんて侵害だ」
長門が反論する。
「私はずっと思っていました。もう少し恥じらいを持つべきだって」
「本当か? お前とはずっと一緒にいたけれど、そんなこと一度も言ったことが無いだろう? どうして急にそんなことを言い出すのだ? 私には分からないよ」
「そ、それは……。露出の多い格好でうろうろされたら、じろじろ見てしまう変質者が一人ここにはいるんですから。ずっといやらしい目で見られてたら、長門が困るでしょ」
どういうわけか消え入るような声で加賀が反論する。
「はっはーん。やっと分かったよ、加賀」
「何がですか? 」
「横須賀と舞鶴で何が違うかが分かったってことだよ。それすなわち、提督とお前の関係が全然違うってことだ。お前が冷泉提督の事をだ……ふがふが」
何かを言いかける長門に、飛びかかるように襲いかかった加賀は、彼女の口を強引に塞ぐ。フガフガと何かを言おうと藻掻くが、思った以上に加賀の拘束は強い模様。
「それ以上の無駄話は却下です。馬鹿話を続けることは、業務に支障が生じます。これ以降の私語は禁止です。いいですね」
キッとした目つきで睨まれた長門は、苦笑いを浮かべると諦めたように頷いた。
冷泉としてはその続きが聞きたかったものの、どうやらそういう雰囲気でもないので諦めた。
そして、しばらくの間だが、静かな時間が流れる。
唐突にその沈黙を打ち破ったのは冷泉だった。
「加賀……いいかな? 」
「何でしょうか? 真面目な話ですよね」
「おいおい、当然だろ。ちゃんとした仕事の話だよ」
「提督にしては、珍しいですね。ではお聞きしましょう」
わりときつい事を言うな。そんなことを思いながら隣を見ると、長門がにやけていた。
「実はだな……」
冷泉はずっと考えていた事を口にする。それは鎮守府の戦力強化に関する事と、今後の運営のことだった。
「現在、新たな艦娘の増員要求をしているわけだけれども、それだけでは足りないと考えているんだ。平行して行うべきことは現有戦力の強化だ。つまり、艦娘の改装を行う必要があると考えている」
「まあ、それはそうですけれど。……改装を行うには規定の経験を得ていたり、練度を上げておく必要があることはご存じですよね」
「うん」
「しかし、改造を行える条件は艦娘事に異なりますし、明示されていません。また艦娘が現在どれくらいの成熟度があるか、数値化されているわけではありません。成熟度が不足していた場合は、改造は失敗に終わり、そのために資材と時間が無駄になります。ゆえに、改造を行う場合は規定値より多めの鍛錬を行ってから実施することになります」
ゲームと異なり、艦娘のレベルは数値化されない。このため、対象となる艦娘が現在のレベルがいくつかというのは分からないのだ。それまでの戦闘経験、遠征数、訓練時間などと過去からの実績をもとに判定するしかないのだ。このため、実際より多めの鍛錬を積んで後、改造作業が実施されている。艦娘がブラックボックス化されている部分の一つである。
「うちの鎮守府はまだまだ資材が不足しています。改造失敗は、わりと運営に応えますよ」
秘書艦の心配はもっともであるが、冷泉は艦娘のレベルが分かるという特殊能力を得ている。これは誰にも言っていない事であるから、当然加賀も知らない。説明しようとしても、たぶん理解してもらえないだろう。だから、司令官の権限を利用して命令するしかないんだよな。
「うちの鎮守府の艦娘は全員が改造可能だと俺は考えている。皆が戦闘や遠征、訓練で練度を相当に上げているからな。とはいえ、全員を改造する資材があるわけもないし、確か……改造にはそれなりの設備のある施設に入れないといけないんだろう? 」
「はい。艦娘ともども改装施設に行く必要があります」
「なので、順次改造は行っていく必要があるわけだが、すでにそれについては決めているんだ」
「なに、それは誰なのだ? 提督のお気に入りは誰なのだ」
何を勘違いしたのか、長門が興奮気味に聞いてくる。
「いや、そういう事じゃなくてだな……まあいいや。今考えているのは、神通、それから祥鳳……そして扶桑だ」
練度と改造期間中の代替要員を考えるとこのメンバーになる。駆逐艦娘も該当者はいるのだけれど、順番が下になってしまう。
「それから、神通については改二レベルの改造を行う」
その言葉を聞いた途端、二人の艦娘が驚きの表情を浮かべたのが分かった。
「そんなことできるのですか? 一気に二段階も改造を行ってしまうなんて。そもそも、改二とは生まれ変わりに近い程の変革を生じるもの。相当な鍛錬を行わなければ条件を満たすことはできませんし、そのために膨大な資材を使うことになります。失敗による損失は改造の比ではありませんよ。それを分かっていて一足飛びにそんなことを行うというのですか? 資材だけではありません。艦娘にだって失敗したときには、どれほどのダメージがあるか冷静に判断して下さい、流石に無茶です」
真面目な顔で加賀が諭してくる。
レベル20で神通改。レベル60で神通改二となるってことは知っている。そして、現在の神通のレベルは62だ。楽勝で条件をクリアしている。僅かな期間で一気にレベルを上げた彼女がどれほど過酷な鍛錬をしたのか、冷泉は知っている。それに答えてあげたいという気持ちもあるし、鎮守府にとっても必要なのだ。
「それについては全く心配していない。神通の成熟度は最早、改二レベルに到達しているのは明らかだ。それについては俺が保障する」
「しかし、そうは言っても……」
いきなり保障すると言われても何の実績も無い冷泉に言われても、さすがにそうですねとは言えないのだろう。困惑の表情を浮かべる加賀。
「提督……」
突然、長門が口を挟んでくる。
「私はあなたの言うことはどんなことでも信じたいと思っている。けれど、こんな話は今まで聞いたこともない。何事にも順序というものがあって、まずは改造を行い、その後様子を見ながら改二レベル到達を見極め、それを行うというのがこれまでの常識だと思っている。……改二というものが設定されていない艦娘もあるのだから。もう一度考え直して貰いたい。リスクを承知でそれを為す? 本当にそれでいいのですか」
確実にできるのは冷泉だけが分かっている。しかし、それを説明する根拠は何も無い。けれど、絶対に大丈夫なのだ。
「考えに変更は無い。しかし、絶対成功する。……司令官たる俺が言うんだ。お前達を納得させる説明はできないんだけど、俺を信じろ……としか言えない。すまん」
そう言うしか無かった。
少し考えた後、
「うむ。提督がそう明言されるのなら、私は提督を信じるぞ」
「え? 長門、本当にそれでいいの? 提督は何の説明もしていないのよ」
呆れたように反論する加賀。
「問題ない。冷泉提督のこれまでの私達への対応を振り返ってみればいい。何時いかなる時も提督は艦娘の事を思い行動している。提督は常に正しい。故に私は提督を信じる。それだけだ。お前だって、提督を疑うような気持ちなど持っていないだろう? 私達はただ提督を信じればそれだけでいいんだ」
決定すれば即行動……。迷いなど一切無い。すごくまっすぐな性格なのだな。冷泉は長門の性格を再確認する。
「……わかりました。提督が決定された事なら、仕方ありません。いろいろ疑問はありますが、司令官の判断に従います」
しぶしぶといった感じで加賀も承諾した。
「手続きについては事務方を通じて進めていきますね。神通の改二への改造、祥鳳、扶桑の改造の手続きを申請しておきます」
「いや、ちょっと待って」
「何か他にあるのですか? 」
怪訝な表情で加賀が見る。
「改二申請についてだけど、神通だけじゃないよ」
「何? 他にも対象者があるのか」
驚いた反応を示す長門。加賀も同様だ。
「扶桑も改二に改造するよ」
冷泉は軽く発言したつもりだったが、二人の艦娘には衝撃だったようだ。