まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第136話 焦りと嫌悪

提督の執務室を出ると、意識せずとも早足になってしまう自分を必死になって制御する。

少し俯き加減になり、ゆっくりゆっくり……そう心の中で何度も言い聞かせながら、歩みを進ませる。何処で誰が見ているかも知れない。絶対に動揺している自分を見られてはいけない。

 

「ふう……」

思わず大きく溜息をついてしまう。

幸いな事に、誰とも会うことなく自分の部屋に戻ることができた。なんという幸運なのだろう。もし、誰かに出会っていたら、自分の動揺を悟られて原因を問われていたかもしれない。もし、そんなことがあったとしたら、秘密を守り通せることなんてできるだろうか? ……はっきり言えば、自信がなかった。

 

提督を、艦娘のみんなを、そして鎮守府を裏切っている自分。たとえ、それが正しい事だとしても、誰かを犠牲にし、みんなを裏切っていることに不安を感じている自分がいるのだ。最終的にみんなと敵対する未来に到達したくない自分がいて、誰かに止めてもらいたがっているのだろうか。

自分は、不幸だとずっと思っていた。必死に秘密を隠そうとすればするほど墓穴を掘り、がんばればがんばるほど報われない。それがこれまでの人生だった。そんな自分が、秘密を隠し通せるはずが無い。ついつい弱気になってしまう。

 

……これも洗脳の影響がまだ残っている証拠なのだろう。きっとそうだ、そうに違いない。どうしても悪い方へ悪い方へと考えてしまうから、不幸がやって来ていたのだ。今度こそ大丈夫。運気が自分に向いているに違いない。このまま秘密を守り通し、きっと真実を掴むのだ。負ける訳にはいかない。今回だけは、絶対に負けてはいけないのだ。

 

お慕いしていた緒沢提督の意志を継ぐためにも―――まだ倒れるわけにはいかないのだから。

 

そして、先程の提督とのやり取りを思い返す。なんとかやり過ごすことができた自分に胸をなで下ろす。

 

冷泉提督から、改装の話を聞いた時のとてつもないレベルの衝撃。

あのタイミングで言ってくるなんて、なんと恐ろしい人だと思ったことか。この人は知っている……扶桑達の企みが、彼にすでにばれてしまっているのではないかという焦り。それはある意味、恐怖と同じ次元のものだった。何故なら、改装を行うということは、扶桑はドッグに入らなければならない事になる。そうなれば、艦だけの確認で済むはずが無いのだ。間違いなく艦娘の検査も行われることになる。身ぐるみ剥がれて、調べ尽くされるだろう。それだけじゃない、敵勢力に記憶操作を行う口実を与えてしまうことになる。それくらいで済むのなら、まだマシだ。記憶を弄られるだけではなく、扶桑の記憶を調べられる事にでもなったら、永末さんやせっかく仲間になった艦娘達のことも露見してしまう。そうなったら、すべてがお終いだ。それだけは、絶対に避けなければならないことだから。

 

提督は、すでに扶桑達の企みを知り、それを阻止するために改装という話を持ち出したのではないか? と、思って当然だ。そして、それだけではなかった。彼から、祥鳳も改装とするいう話が出たからだ。

扶桑達は、次は祥鳳を仲間に引き入れる予定にしていた。それを先回りされたのではないかという疑念だ。そうやって、自分はすべて知っている。次は、どうするんだ? と挑戦してきているのだろうか。それ以上に、秘密を知られて焦り怯える扶桑を、面白そうに見ていたのではないか。

なんという恐ろしいサディストなんだろう、とまで思ってしまった。

 

けれども、強く主張しただけで、やり過ごす事ができた事から推測すると、……実は、提督は気づいていないのかもしれない……。ほっとした。拍子抜けした。何だ、思い過ごしか……と。いや、提督はわざと泳がせているだけかもしれない。揺さぶりをかけて、油断させて、焦って暴走するように仕向けているのかもしれない。自重しなければならない。迂闊な行動は避けて、注意することが必要だ。自分一人で判断しては、絶対にいけない。

 

本来なら、永末さんに相談しないといけないのだけれど、こちらから連絡を取ることはできないし、できたとしてもそれは危険すぎる。鎮守府内で目立った行動はできない。何処に敵の目が耳があるかもしれないからだ。自分にできることは、遠征を設定決定し、その作戦を鎮守府に入り込んでいる内通者より永末さんに伝えて貰うことだ。そして、軍の目の届かないセキュリティの弱い遠征先で、彼と連絡を取るのが最良の方法なのだ。

 

追い詰められながらも、なんとか遠征を入れてそれを冷泉に承諾させることに成功したが、のんびりしている暇は無い。とにかく行動を急がなければならない。冷泉を手先としている敵勢力に先に手を打たれる前に、同志となってくれる艦娘の数を増やさなければいけないのだ。味方にする艦娘は、多いほど喜んでくれるはずだから。

 

緒沢提督、きっと貴方の意志は継いで見せます。あなたの無念をきっと晴らせてみせますからね。……永末さんと私の力で。

強く強く思う扶桑だった……。

 

行動は急がなければならないという事だけは明白だ。

最早、手段を選んでいられないのかもしれない。

それすら検討する必要があるのだろう……。

訪れる選択を避けたいと思うけれども、運命には逆らえないのだろう。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

一体、どうしたのだろう? 

叢雲は疑問を感じるしかなかった。

 

疑問に感じているのは、遠征に帰るなり部屋に閉じこもってしまった不知火の事だ。遠征に出る前に珍しくあの子から、相談したいことがあるからと言われたから待っていたというのに、顔を合わせても、逃げるように去っていったのだから。……まったく、どうしたのだろう。

 

一緒に遠征に行っていた村雨や大井さんに聞いても、特に問題が無いように言われたけど、ちらっとみた時の疲れ切った表情は普通では無かったように思う。どういうわけか胸騒ぎがして、気になる。それに、村雨たちもなんだかよそよそしい態度だったのも気になった。

 

不知火の部屋に行ってみたけれど、ドアをノックしても彼女は反応をしなかった。うっすらとした灯りが漏れてきているが、物音もしない。何かをしているのか、とても気になった彼女は、ドアノブに手をかける。すると、ドアの鍵は掛かっていなかったようで、あっさりと扉が開く。鍵が掛かっていないのは、実は珍しい事では無い。鎮守府内はセキュリティは万全だから、外部からの侵入者などありえない。中にいるのは気心知れた艦娘だけだ。だから、鍵をかけなくても大丈夫なのである。艦娘達の寮と知って進入してくる馬鹿は、まずありえない。

 

ただ一人、冷泉提督を除いてはという限定があるけれど。……彼は、鎮守府司令官の立場であるから、あらゆるセキュリティの解放権限を持っているのだ。ゆえに、彼に掛かれば鍵を掛けたところで無意味になってしまうのだ。それが良いのか悪いのかは別問題。

とはいえ、彼は全身麻痺となっていて、艦娘にエッチな事は絶対にできない体だから、安心といえば安心なのだけれど。それはそれで可哀想に思うし、この先の彼の未来を思うと、不安になってしまう。鎮守府司令官である限りは、十分な看護が約束されているものの、退職したら年金だけでやっていかないといけないらしい。その金額がどれほどなのかは知らないけれど、何人もの看護師の手厚い介護を得るには、全然足りない事だけは間違いないだろう。

 

……可哀想だから、私が彼の看護をしてあげないといけないのだろうか? 一応、いろいろと世話になっているし、それくらいの事はしてあげてもいいかもしれない。他に身よりもなさそうだし、これも運命だと諦めるしかないんだろうな。あんなヤツだけど、のたれ死ぬのは可哀想だ。退職したら、提督はただの人。みんなからすれば、他人にすぎない。せめて、自分くらいが面倒見てあげてもいいだろう。そんなことを考える自分にはっと気づき、驚いてしまう。

 

部屋の奥でカタン、と音がした。

そこでハッと我に返る。今は妄想に浸っている場合じゃない。どういうわけか慎重に、音を立てないように気をつけて不知火の部屋に入る。薄明かりの中、人影が見える。そこには、呆然とした表情でソファにもたれかかる不知火がいたのだ。目も虚ろにして、気が抜けたようなぼんやりとした表情で遠くを見ていた。その表情は、普段の凛とした表情にからは、ほど遠い。

そして、すぐ側の机の上には、注射器が転がっている。彼女の表情とそこにある機材で嫌な予感が的中したことに衝撃を受ける。ただのビタミン注射なわけがない。

 

「アンタ、なにやってんのよ! 」

思わず声を荒げて部屋の中に入ると、問いつめる叢雲。

「何、惚けてるの? しっかりしなさいよ。それより、何なのこれは」

そう言って、両手で揺さぶる。

しばらくは自分が自分でないような感じで、ぼんやりしていた不知火だったが、やがて自分を取り戻し、叢雲に見られたことに衝撃を受ける。驚きから動揺、そして恐怖へと表情が目まぐるしく変化していく。

 

「お願い! 」

突然、声を荒げる

「今見たことは、絶対に誰にも言わないで。……お願いだから、何も見なかった事にして、ね、ね」

叢雲の体に縋りつきながら、喚くように不知火が訴えてくる。それは、プライドをかなぐり捨てたあまりにも情けない態度だった。感情の起伏があまりにも激しい。瞳から大粒の涙を流し、鼻水まで垂らして懇願してくる。それに叢雲が反応しないと分かると、床に頭を擦りつけて土下座までしてきた。頭を何度も床にぶつけながらの土下座だ。

 

「……その前にはっきりしなさいよ。……これは何なの? 不知火、アンタ、何を注射してたの?」

問い詰める叢雲に、何も答えない不知火。ただ、額を床に擦りつけたままだ。

「……これって、違法薬物よね。言いなさい、何処でこんなもの手に入れたの? 何でアンタがこんなものを使っているの? それから、理由を言いなさいよ。なんでアンタがこんなことをしているのか? それをみんな嘘偽りなく言いなさい。まずはそれが先よ」

怒りにまかせて問い詰める叢雲だったが、不知火は頑として答えない。それがますます苛立たせる。

不知火は常に規範を守る艦娘だった。頭が固すぎると言われるまでに、法律を、規範を、規則を守ってきた。すべてに対して真面目に取り組むその姿は、自分にはできないことだと憧れさえ感じていた。叢雲は、そんな彼女に裏切られたような気持ちになり、怒りを抑えきれない。

 

「お願い、このことは黙っていて……。おでがいだがら……」

叢雲の右足に縋り付き、上目遣いで懇願してくる。

何だ、この情けない艦娘は。いつもの不知火ではなく、本当に、本当に惨めで無様で情けない姿だった。

プライドをかなぐり捨て、自分の情けない姿を見せることで、許しを請おうとしているのか?

 

「どんな理由があったとしても、こんな事、認められないでしょ? 何を考えているの。アンタがこんなものに絶対に手を出すはずが無いわ。なのにどうして、こんな事になったの? 何を考えているの。とにかく理由を言いなさい。……どうしても言わないのなら、提督に相談するしかないわね」

その瞬間、不知火が飛びかかってきた。いきなりの出来事に対応しきれない叢雲。不知火は力尽くで叢雲を押し倒し、馬乗りになると叢雲の首に両手をかけて絞めようとする。

 

「な、何をするの! 」

不意を突かれて押し倒されたとはいえ、動揺から立ち直り、冷静になれば何のことはない。薬物の影響下にある不知火の力は、普段の艦娘の状態からは大幅に弱体化している。逆にあっさりと叢雲に押さえ込めてしまう。

 

「……こ、殺して」

消え入るような声で不知火が訴えてくる

「叢雲、……お願いだから、私を殺して。こんな私なんて、生きている価値が無いから」

出てきた言葉はそれだった。興奮から冷めたのか、すべてを諦めたような表情で、投げやりな言葉を発する不知火。

「提督にこの事を知られるくらいなら、いっそ死んだ方がマシだわ。私を可哀想に思うなら、殺して頂戴」

縋るように訴えてくる。

 

「何を言ってるの? 艦娘が艦娘を殺すなんてことできるわけ無いでしょう? そんなことさえ忘れたの? いいえ薬のせいで何もかも分からなくなってるというの? ……そんなこと、今はどうでもいいわ。さっさと理由を言いなさいよ。提督に言う言わないは別として、どうしてアンタがこんなことになっているのかを、教えなさい」

強い口調で責めてしまう。すると、不知火は目を逸らして黙り込んでしまう。ぐすぐすと鼻をすする音だけが聞こえてくる。

 

何を言っても、この繰り返しでしかないのだろう。結局、諦めるしかないのか。

 

「ねえ、叢雲。提督には、絶対に迷惑をかけないようにするから。だから、今は、今だけ見逃して……。何も見なかった事にして。この事が提督に知られてしまったら、鎮守府全体が大変なことになるのよ。冷泉提督に迷惑をかけてしまう。それだけは、嫌。私がこんなことになってしまったたのは、全部、私のできが悪いせいなの。本当に自業自得なの。自分の力でなんとかするから、お願い、今は黙っていてちょうだい。とにかく、今は見逃して。あなたが……私を殺してくれないのなら、できないのなら、言うことを聞いて頂戴」

あまりにも必死の懇願だった。何の担保もなく、ただ情に訴えるだけのものでしかない。

 

不知火とは付き合いが長い。彼女がどんな性格の艦娘なのかは知っている。正義をよりどころとして、すべて悪事を憎んできた性格だった。それは、あまりに愚直で頑なな想いだった。絶対的な信頼を寄せるべき提督が相手であっても、仮に彼が軍規を犯せば、彼女は彼を否定するだろう。それほどまでに法規範最優先で生きてきたのだ。そんな彼女が、自ら違法と分かっている薬物に手を染めている事、事態がありえないのだ。こんな事になったのは、きっと何か大きな事情があるのだろう。そう思うしかなかった。

 

「何が原因かを教えて頂戴。一人で抱え込まずに私を頼りなさい。一人より二人で考えた方が何か解決方法が見つかるかもしれないから」

 

「無理よ……」

あっさりと否定される。

「自分の不始末は自分でけりをつけるから。だから、全てを忘れて。これ以上知っても、あなたには良いことは一切ないのだから。そして、忘れることがあなたの為でもあるのよ。……私は、自分のせいで誰かに迷惑なんてかけたくないから」

自らに言い聞かせるように言う不知火。

 

叢雲にできることは何も無い。口だけでは一緒に考えようと言ったけれど、どうすることもできないことは分かっていた。そして、彼女の言うように、この事実を忘れるしかない事も。知ったところで何もできない。それどころか、より詳細に知ってしまえば、叢雲さえもがこの事件に巻き込まれてしまう。それを不知火は言っているのだ。

 

「けれど……」

それ以上何も口からは出てこなかった。何もできない自分に空しくなるけれど、どうしようもない。不知火のその言葉を信じるしかない。

 

本来なら、すぐにでも提督に伝えなければならない事だ。けれど、そんなことをしたら、提督はすべてを投げ打ってでも、不知火を助けようとするだろう。いつもは惚けているし、スケベな事しか考えていないけど、艦娘の事になると人が変わったようになる。後先考えない行動をまた取るのだろう。

 

けれど、今回は彼でもどうにもならない。何をしようとも、結果は目に見えている。部下の不始末は上司の責任でしかない。

敵が多い提督を放逐する絶好の材料だ。彼は解雇され、不知火は解体となるだろう。そんな未来は見たくない。このまま放置しても結果は良い方向へとは行かないと思うけれど、すべてを自分の手で終わらせる選択は、叢雲には選べなかった。ただの自己保身でしかないことは、事部自身分かっているものの、それ以外に選択できなかった。

 

取るべき手立ては、何も浮かばなかった。一番頼りにできる神通に相談したとしても、結果は同じだろう。彼女は、部下や仲間の事を本気で考えるタイプの艦娘だから、必死にいろいろと動いてくれるだろう。だがしかし、それでもどうすることもできないと分かったら、提督を護る側につく。あらゆるものより提督を優先するほどの信頼を彼に寄せている彼女だからだ。そして、今の不知火の状況はどうすることもできない状況だ。

 

そして、叢雲にできることは、今は何もない。

彼女に対して、結局、あいまいに頷くしかできなかった。

 

ここで事を荒げても何も良いことはない。きっと何とかなる……かもしれない。そんないい加減な期待をするしか、何もできなかったのだ。

 

卑怯者だわ……。

自己嫌悪に陥るしかなかった。

 

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