永末は定期的に自分の属する組織への連絡を行っている。これは義務であり絶やすことのできないことだ。連絡については専用の端末を与えられている。もちろん専用の秘匿回線を使用するため、傍受されるという心配は無いとのことだ。主に連絡は佐野少尉にすることになる。かつての自分の階級からすれば、こんな下っ端に連絡を取ることなどまず無かったのだけれど、これが今の自分の置かれた立場なのだ。謙った物言いでご機嫌を取りながら話す事になる。
この男には何度も尋問を受け、酷い目に遭わされた過去もある。その時の情けない姿を見られているため、常に小馬鹿にしたような態度を取られている。
今に見ていろ……きっと見返してやるからな。そんなどす黒い感情を表さないように注意が必要だ。
ちなみに、彼に電話連絡するときはもちろん、彼らの組織とのやりとりにおいては、常に許可をとらずに録音をしている。連中から出された指示をすべて記録し、万が一の為に自分の身を守るための備えとしているのだ。緒沢提督の件で酷い目にあってから、の癖でやっていることである。自分の身は結局のところ自分しか守ってくれないのだから。
やりながら馬鹿らしくなる。間もなく、こんな奴の相手などする必要なくなるはずなのだから。けれども、まだ力を手に入れた訳ではない。万全を期すためにやっておくほうがいいだろうと納得させる。
永末の中では、すでに抑えきれない程の野心がむくむくと成長しており、それは決定事項となっていた。
自らの自由にできる艦娘(もちろん永末の権限ではなく、前任の緒沢提督の意志を継ぐという条件で彼女達を指導下に置くことができているだけなのだが。けれど……緒沢提督は、すでに死亡している。うまくやれば、この権限を自分の自由にできるという計算はある)を手に入れ、更には隠匿された艦娘も指揮下に置くことができる状態になった今、偉そうに命令ばかりするだけの軍部に従う道理は無いのだ。
軍に対して反旗を翻す事は永末の意志であるが、緒沢提督の意志でもあるのだ。これは明確な好機。これを利用するのだ。
ここで保身のために軍にしっぽを振り、艦娘達を引き渡すような真似をしたら、艦娘達は離れてしまうのは間違いない。確かに、正直に話して艦娘を引き渡せば、自分はこのまま今の地位にいることができるだろう。もしかすると、少しは上の役職にいけるかもしれない。
しかし、それは自分自身を否定することになり、屈辱にまみれた人生が続くだけでしかない。死んだまま生かされるようなものだ。そんな事に何の意味があるのか。やられた分はやりかえさないと気が済まない。そして、それができる力を手にすることができるのだ。そして、何よりも自分には扶桑がいるのだ。彼女がいれば何でもできる。そう思えた。そして、彼女を誰にも渡したくないのだ。
そして結論づける。利用できる物は利用する。手を汚そうとも、全てを手に入れる。みんなを見返す。恨みを晴らす。失った物を全て取り返す。今に見ていろ。
佐野は相変わらずの態度で、永末に指示をしてきた。どうせ自分の考えではなく、上司の指示でしかないはずなのに、偉そうに伝えてくる。
まずは舞鶴鎮守府に帰投し、鎮守府から取り込める艦娘がいれば強引でもいいから連れ出せとの指示だ。それについては、永末も同意見だったのであっさりと受け入れられる。戦うには数は多い方がいい。絶対に靡かない艦娘もいるだろうけれど、緒沢提督の名前を出しこちらの艦娘の説得があれば、靡く子もいるはずだ。
連れ去る艦娘について、妙に具体な指示があった。
羽黒と初風はいかなる手段を用いても手に入れよ……とのことだ。佐野の話しぶりから推測できる。軍内部の高官か政府筋か政治家か知らないが、スケベじじいがいるらしい。……ふん。まあ、それはそれで構わない。彼女達がじじい共と一晩を過ごすことで、そいつらが後ろ盾になってくれるということなのだろう。艦娘を枕に使っても別に構わないだろう。減るもじゃないから、安い物だ。そして、思考する。このツテは今後利用する価値があるかもしれない。なんとか奴らから情報を引き出す必要があるとメモする。
どうせ、艦娘は皆、緒沢提督や冷泉のお手つきなんだろうから、たいした思い入れもないし、価値は認められない。まあ連中の慰みものにされる前に味見をしてもいいかもしれないが……と余計な妄想をしてしまい頭を振る。
彼らは、その行動に併せ鎮守府において、特殊部隊を投入した破壊工作を行うとの事だ。そして、その混乱に紛れて送り込んでいた内通者を撤退させる計画らしい。永末たちは、同時に艦砲射撃にて施設を破壊し、追撃できないようにしろとの命令だ。
「はたして、艦娘に鎮守府を攻撃させられるのか? 」
という問いを発する永末。さすがに、彼女達がずっと生活をしていた鎮守府だ。顔見知りの人間も多い。そんなレベルではなく、仲間と思う人間達も多いだろう。そんな連中がいる場所を砲撃するなんて、たとえ命令であっても難しいのではないか?
佐野はあっさりと言う。
「大丈夫だよ。艦娘達がやるのは、施設を壊すだけであって、そこにいる人を殺すわけではないんだから」
つまり、砲撃による攻撃目標は、港入口にあるゲートや防波堤などであると。永末達が鎮守府を後にした際に、追撃できないように港の出入り口などを使用不可能にする事が目的らしい。流石に特殊部隊を投入しても、巨大な施設は破壊できないのだから仕方ない。
「その他についてもちゃんと考えてある。現在、冷泉は不在のため指揮系統は明確化されていない。彼の不在中においての権限を渡されている者についても誰か把握済みだ。そいつの所在先を攻撃対象としているから、確実に沈黙させ鎮守府を機能停止させることができる。これにより鎮守府の指揮系統は大混乱となるから、ほぼ反撃される事は無いだろう。君たちは悠々と撤退すればいいんだよ」
成功間違い無し……そんな感じで自慢げに語られる。
確かに成功するだろうが、それがもたらす結果を艦娘達が冷静に受け止められるか少し不安になる。
とりあえずは、この事は事前には艦娘達に話さないほうがいいだろう。流石に一緒にいた仲間が死ぬと分かっていたら、彼自分たちが攻撃する事が無かろうとも女達も抵抗感を持つだろうからな。
作戦は成功間違い無しだ。舞鶴鎮守府は暫く機能しないのは間違いない。こんな事態が発生したら、冷泉の立場も無事では済まないだろうな。成功者が没落していくのは、自分でなければ滑稽な見せ物になる。なかなか面白い余興となりそうだ。
最後にそう言った佐野の言葉については、永末も同意できた。
定時連絡を追えた後、第二艦隊は出港した。
遠征目的は適当に済ませて次に向かうべき港へとたどり着く。そこには既に佐野が準備したのだろうか、港で今後必要となる短期的資材を積み込む作業を行う。
燃料や通信機器、武器そのたもろもろの資材を目一杯積載する。これは、隠匿された艦娘達がいる秘密基地に行った際に、いろいと使用できる機材が多く積み込まれている。当然ながら、その中には佐野達が内緒で発信器を仕込まれていると予想するが、あえて放置することとする。それくらいは許してやってもいいからだ。それぐらいで済むなら許容範囲であった。
もし、工作員を搭乗させることになっていたら、さすがに何とかしないといけないと焦っただろうが、さすがに一般の人間の感覚では海は恐怖の対象でしかないのだろう。深海棲艦が跋扈する海は危険であることは変わりなく、わざわざ奴らが出張ってくることはありえない。
発信器等については、他の荷物ごと秘密基地に置いておけばいいだろう。どうせ、今、艦娘達が潜んでいる基地は、放置する予定であったことが冷静にいられる原因だ。それから、駆逐艦不知火については、偽装工作を行う。次の作戦のため、あたかも損傷を受けたかのようにだ。
その作業を見ていると、よろよろと現れた不知火が疑義を言ってきた。しかも、こんな状態でありながら何故か偉そうに……だ。
カチンときた永末は、誰も見ていない事を確認すると、すぐさま力づくで彼女をねじ伏せてる。薬物の影響下にあるせいか、想定していたより弱々しい抵抗しかできないらしい。永末は、強烈なスタンガンを彼女に押し当てて沈黙させる。情けない声を上げて失神する艦娘
「おまえは私の物になると言ったのだから、私の為に徹底的に利用させて貰うぞ。精々、私の目的の為に、利用させて貰うよ。ふふふふふ、徹底的に……いろいろと、な。安心しろ、きちんとおまえの望み通り、最後は精々派手に死なせてやるから」
とびっきり刺激の強いヤツを注射器で不知火に注入しながら永末は笑った。こんな強烈な薬物を体にぶち込まれたら、この艦娘はまともに使えるんだろうか? ビクンビクンと体を痙攣させる姿を見、一瞬だけではあるが不安になる。けれど、目的の為にはやむを得ないのだと納得させる。仮に死んでしまったら、まあ仕方がないだろう。
「や、……やめて」
意識を取り戻した不知火は、許しを請うように情けない声を上げる。
永末は、その声にますます興奮してしまう。おもわず彼女の顔をペロペロなめてしまう。こんなところを扶桑に見られたらシャレにならないなと思いながらも、興奮は収まらない。
「くくう。可愛いぞ、不知火。冷泉のお手つきじゃなかったら、本当に私のモノにしたいくらいだよ」
さて、駆逐艦不知火は、主たる不知火がラリってしまっているため航行不能になってしまっている。このため大井と村雨で曳航することになった。演技のつもりが実際になってしまったわけだが、結果オーライということだ。それでも帰投予定時間より少し早く鎮守府近海にたどり着いてしまうわけで。
第二艦隊は、沖合でいったん航行を停止する。
作戦開始だ。
まずは扶桑より鎮守府へ連絡させる。不知火が深海棲艦の攻撃により損傷を受け、航行不能状態。至急、迎えをお願いする。困惑を浮かべる鎮守府ではある。
もたもたしている所を好機と考え、羽黒、初風の二人を派遣して欲しいと指示させる。指揮系統がきっちりできていないせいか時間はかかったものの、結局のところ二人が港から出てきて、不知火に横付けする。そして二人が艦内に入ってきた。
艦橋には何故か、永末のみがいた。
どうして艦の中にすでに軍属ではない永末がいるのか混乱する二人。そんな彼女達に永末は語る。
本当の事を。
かつて戦闘において沈んだ艦娘が生きていること。それは軍によって暗殺された舞鶴鎮守府のかつての指令官であった緒沢提督の意思によるものであること。艦娘達は記憶を改ざんされ、そのことを忘れさせられていたが今、第二艦隊の艦娘達は記憶を取り戻し、提督の意思を継いで戦う意思を固めた事を。
自分たちは今は亡き緒沢提督の意志を継ぎ、舞鶴鎮守府を、日本国より離脱すると宣言。そして、羽黒達にも仲間に加わるように言う。
羽黒達は永末の語る事実を半信半疑で聞いていたものの、かすかに記憶を思い出したようだ。
しかし、羽黒は永末の申し出を怯えながらも明確に拒絶する。初風はこの状況でも生意気そうなな態度なまま、この申し出を拒絶している。
「あの……私達は、冷泉提督の指揮下にあります。永末さんのお話は、たとえどんなに正当性があったとしても、受け入れることはできないです。私達は……今は、冷泉提督の命令しか受け入れられないですから。たとえ、緒沢提督の御意思であったとしてもです」
やんわりとした物言いで、あたかも仕方が無いように言っているが、羽黒の言い様は冷泉以外の命令は拒絶していることには変わりない。
「何故なのですか。あなたたちは冷泉提督に……いや、彼は所詮傀儡にすぎないですね。軍に、日本国そのものに謀られていただけなのです。すべては、嘘だったのです。誤りだったのです。誤りは正さなければならない。そして、国家の暴挙により消された緒沢提督の無念を晴らさなければならない。正義の名の下に戦わねばならないのです。それは、緒沢提督の指揮下にあったあなた達が為さねばならないことではないのでしょうか? 」
「確かに、永末さんの仰ることは正しいのかもしれないです。けれど、私達は、今は冷泉提督の艦娘ですから。司令官さんを裏切ることだけはできません。……いえ、私個人として、裏切りたくありません。緒沢提督の御遺志を蔑ろにするとしてもです」
「私も同じだわ。提督と戦うなんて、絶対に嫌よ。もし、どちらかを選ぶというのなら、冷泉提督を選ぶに決まってるじゃない。たとえ記憶を改ざんされ騙されていたって、私は冷泉提督を信じるわ。もし、永末さんの言うことが正しいって言うんなら、まずは冷泉提督に話したらいいじゃないの。あの提督なら、あなたの言うことを真剣に聞いてくれると思うわ」
クソ生意気な小娘のくせに、冷泉の事を信頼しているらしい。物言い態度共に、何だかか腹が立つ。確保指示が出ていなかったら、不知火と同じく薬漬けにしてやるのだが。
どちらにしても二人の意思は硬く、説得などできそうもないことをすぐに悟った永末。彼女達への洗脳の効果が強すぎるのか、それとも冷泉という男が彼女達にとって信ずるに値するほどの男なのか。……正直、そんなものどっちでもいいのだが。
「そうですか、あなたたちの意思はそこまで硬いですか。すばらしいことですね。……なら、仕方ありませんね」
そう言って、永末は隠していた物を引きずり出して突き飛ばした。それはよろけながら床に倒れ込む。両手を突こうとする素振りを見せるが反応が遅く、鈍い音を立てて倒れ込んだ。
倒れ込んだ物、それは不知火だった。何かを呻くように呟く声が聞こえる。
「し、不知火さん! 」
「動かないでください」
駆け寄ろうとする羽黒を制する永末。床に倒れこんだままの不知火の髪をわしづかみにして引き起こすと、二人に彼女の顔を見せつける。
「ほーら、不知火ちゃんですよ。見て下さいよ、この子のだらしない顔。どうしましょうか? 信じられますか? この子は隠れて禁止薬物に手を出して、こんな有様になってしまっているんですよ。もう薬付けで、まともな行動なんてできない状態なんです」
そう言って彼女の顔にべったり頬を近づけてスリスリする。
「こんなことをしても文句も言わないんですよ。あの不知火が……凄いでしょう」
面白そうに彼女達を見つめる。
「いや、何てことをするの」
羽黒が悲鳴を上げる。初風も驚いたまま動けないでいる。
それを見て、いい気味だ……と思う。どす黒い感情が湧き上がる。
「ふふふ、あなたたちが私達に協力しないというなら、それは仕方ありませんね。私達はあなた方の自由意思を尊重します。無理強いはしませんよ。どうぞここから退出してください。けれど、この子はどうしましょうか? 薬物中毒の艦娘なんて前代未聞ですよね。こんな子が舞鶴鎮守府の艦娘だなんて知られたら、あの冷泉提督の立場はどうなるんでしょうね。ククククク、いやあ、面白いですね。いやいや、失礼。困ったの間違いですね。……私としては、この子を連れて行くかどうか大変悩んでいるのです。私達にとっても、足手まといにしかならないこの子は、ここに置いていきましょうかね? お手数ですが、あなた方が鎮守府に連れて帰って貰えませんかね。……ああ、駄目だ駄目だ。こりゃあ、一騒動起こりそうですねえ。ラリった艦娘が鎮守府に存在するなんて、一体、舞鶴鎮守府は、どういう管理をしていたかって非難されるでしょうね。非難なんて軽いもんじゃないでしょうね。もう大騒ぎでしょうか? 当然、指揮官は監督責任を問われて放逐かな? マスコミもこんな面白……いや、大変な事態を見逃すはずもないでしょうね。ギャーギャー大騒ぎで面白おかしく書き立てるでしょう。そうなると軍部も政府も黙ってはいられないでしょうね。……駄目ですね。不知火も解体処分されるのは間違いないでしょうね。いやあ、困ったですね。どうしましょうか? 」
「まさか、あなたが、……あなたが不知火さんをこんな目に遭わせたんですか? 」
普段は怯えたような態度の陰気くさい女が、傍目にも解るような怒りに燃える瞳で睨んでくる。普段大人しい子が本気で怒っているらしい。わりと怖いと感じるとともに、魅力的に見えてきたりする。どうやら自分にもマゾっ気があるようだと内心吹き出してしまう。
「フッ、私がどうかしたかなんて問題じゃないでしょう。こんな状態に至った結果が問題なんですって。不知火がヤク中である事実のみが大事なんですよ。ご安心ください。あなた方の返答次第で、この子は救われるかもしれないんですよ。うん、あなたたちが協力してくれるかどうかで……ね」
昔から一緒にいたから知っている。こいつら二人は、優しい性根をしている。だから、きっと不知火を見捨てたりはしない。できるはずがないのだ。そして、冷泉提督を庇うためなら何でもするであろうこともお見通しだ。
「い、いや、……やめて。私のためにそんなことしないで」
正気に戻ったのか呻くような懇願する声が不知火から漏れてくる。こんな状態でも感は鋭いようだ。見ると大きな瞳からは涙がこぼれ落ちている。まともな時に見れば、こいつは綺麗な姿なんだろうけど、薬の影響で弛緩してしまっている。涎、鼻水まで垂らしていて汚いし、実に見苦しい。正直、性的な意味においても興味が無い。
「五月蠅いなあ、君は」
そう言うと、永末は彼女の頭を掴んで床に叩きつける。ゴン! 鈍い音が響く。「ふえっ」と妙な悲鳴のような呻きのような声を不知火が上げる。
「な、何て事をするの! 」
羽黒が悲鳴を上げ、初風が飛びかかろうと身構える。
「おい、動くんじゃあないよ。おまえ達、グタグタいう間があったら、さっさと選択しなさい。私達には、あまり時間が無いんですよ。不知火を見捨てるか、私達と共に戦うかを選べ! と言ってるんですよ。何も難しい事は無いでしょうに! 」
強い口調で恫喝し不知火の頭を引き上げる。床で鼻を打ったのだろう。彼女の顔面は血に染まり、床へと血が落ちていく。
それを見てニヤリと笑った永末は再度、見せつけるように、ゆっくりとしたモーションから彼女を床に叩きつける。どうせ艦娘は人間より大幅に回復力が高いのだ。少々の怪我なんてすぐに治るだろう。女だからって手加減は不要なのだ。
「早く決めてくれないと、可愛い顔が二目と見られない事になりますよ」
怯えたような二人を見て気持ちが昂ぶり、何度も不知火の頭を床に打ち付ける。妙な悲鳴が漏れて心地よい。
「お願い、やめて! 止めてください。……もう止めて。不知火さんを助けて。お願いです。永末さんの言うことを受け入れます、何でもします。ですから、これ以上、不知火さんに酷いことをしないでください」
必死の形相で羽黒が訴えてくる。その両目からは涙がボロボロと流れ落ちている。逆に初風は射るような目で睨んでいるが、もはやその瞳に力などこれっぽっちもない。
「羽黒さんは承諾ですね。初風さんはどっちなんですかね? 」
再び床に打ち付ける。不知火がうめき声を上げ、羽黒が悲鳴を上げる。
「く……。ひ、卑怯者」
呻くように初風が声を上げる。
「卑怯者と罵られても結構です。けれどしっかりと認識しておいていただきたい。敵はそれ以上に卑怯な真似をしたのですよ。覚えていませんか? これくらいの駆け引き、敵と戦うためにはやむを得ない事だと理解してもらいたいですね。我々はあなた方を是非とも仲間に入れたいのです。そのためにはどんな手段でも執るつもりです。いくらでも憎んでいただいて結構。それくらいの事、得られる対価と比べれば安い物です。さて、どうしますか? 」
その問いかけに初風も目を逸らし黙り込むしか無かった。
「沈黙は同意と見なして構いませんね。では、交渉は成立ということですね。よかったです」
大きくため息をついて安堵の表情を浮かべる永末。
「では、我々と共に戦う意思を固めたということでよろしいですね」
その問いかけに、しぶしぶ頷く二人。
「よろしい! 」
そう言うと、永末は不知火を突き飛ばす。倒れ込む不知火を羽黒が受け止める。
「不知火さん、しっかりして」
「だめ、わたしなんかのために、うらぎっちゃ、だめ。だめなの。指令官をたすけてあげて」
ちゃんとした言葉にならない不知火の呻きが聞こえるが、所詮どうでもいいことだ。
「さて、問題は解決したね。ではでは、次のステップに移るとしますか」
独りごちると、回線を扶桑に繋ぐ。
「扶桑さん、話はまとまりました。羽黒さんと初風さんは喜んで加わってくれるそうです」
「そうですか! それは良かったです。彼女達は側にいますか? 」
と、はしゃぐような扶桑の声。
「いえ、二人はいろいろと準備をしてもらっていますので、ここにはいないんです」
「そうですか……。では、二人にお伝えください。協力してくれてありがとうと」
「分かりました。彼女達も喜ぶでしょう」
「嘘を言わないで」と不知火を介抱しながら羽黒がこちらを見てきたが、にらみ返すと怯えたように目を逸らした。
そんな姿を鼻で笑うと
「では、他に我々の仲間になってくれる艦娘がいるかどうかを確認しないといけないですね。一人でも多く、真実に目覚めて欲しいですからね」
「了解しました。緒沢提督の為に立ち上がってくれる子が、きっと他にもいるはずですよね」
生き生きとした声だ。本当に扶桑さんは素敵だ。昔より元気になっているんではないだろうか? それが自分の影響ではないかと勝手に思ってしまう。彼女のためにも、私はがんばらなければならないと思う。
「そうですね。確認作業については、また指示をしますので、準備をよろしくお願いします。では、私は彼女達と少し話す必要があるのでいったん連絡は切ります。要件が済みましたら、そちらに行きますのでよろしくお願いします」
そういうと無線を切る。
「さて、あなたたちはここで不知火の介抱でもしていてもらいましょうかね。逃げようなんて馬鹿な真似を考えているんじゃあないでしょうね? 」
疑うように三人の艦娘達を見る。
「く……。この子を置いていけるわけないわ」
悔しそうに初風が答える。
「別に連れて行ってもいいですよ。何処に逃げようとも、そのヤク中の不知火がいるかぎり、冷泉にとってはやっかいな存在にしかならない、……ということだけは覚えて置いて欲しいですけどね。きっと彼は嫌な顔をするでしょう、そいつを連れて帰ればね。それから、おまけですけどあなたたちが私の申し出に承諾した動画を記録していますので、それを送りつければ、あなたたちに対する信用もなくなるでしょうね。敵性勢力と接点のある艦娘をそうそう受け入れてくれる組織なんて無いでしょうからねえ」
二人は悔しそうな顔でこちらを見るしかできないようだ。いわゆるぐうの音も出ない……そんな間抜けな顔だ。
「しばらくはここで待っていてください。私は少し用事がありますのでね」
そして、艦橋を後にすることになる。
再び、戦艦扶桑の艦橋に戻った永末は、満面の笑みを浮かべた扶桑に出迎えられる。
「ご苦労様です、永末さん。二人の子を説得していただきありがとうございます」
「いえいえ、私には何の力もありませんよ。亡くなられた緒沢提督の人徳が、敵によって艦娘達に施された記憶操作に勝っただけなんです。私なんて何もできやしません」
こうやって緒沢提督を持ち上げておけば、みんなが納得できるのだろう。本当は自分の力によるものだと思っているけれど、そんなことをおくびにも出さない。
「謙遜されますね、永末さんは」
柔らかい微笑みを彼女は永末に投げかけてくる。明らかに好意を抱いてくれていることはよく分かる。本当に美しいし、可愛い所もある艦娘だ。この子が自分のものになりつつあることに喜びを感じる。昔から欲して求め続けていた高嶺の花だった。それが、自らの手に入るチャンスが訪れていることに、とてつもない喜びを感じている。それだけではない。大きな力さえ今の自分には手に入りそうなのだ。自分の人生を蹂躙した凶悪な力に対抗する、それどころか破壊し尽くせるほどの力が。長く長く抱き続け心の奥底で萌え続けていた復讐の炎。積年の恨みを晴らす力が手に入るのだ。それを思うだけでも興奮してしまう。
けれど―――。
これだけは間違ってはならない。常々言い聞かせている。
自分は未だ何の力も持たないということを忘れてはならない。一人では自由に動き回ることなんてできないし、緒沢提督の名を借りなければ艦娘達を動かすこともできないということを。まだまだ急いてはいけない。完全に力を手中にするまでは、慎重にいかなければならない。……ただし、あまり慎重すぎると、この座さえ奪われるかもしれないから注意は必要だが。一手一手慎重に指しながら、時に大胆に行動しなければならないのだ。
「私なんて何の力もない男です。けれど、私の微々たる力ではありますが、緒沢提督の無念を晴らし、彼が目指した世界を実現するために協力したいと考えているんです……。扶桑さん、あなたも協力してくれますね」
そう言って彼女を見つめる。
扶桑は潤んだ瞳で永末を見つめ、頷いた。
緒沢提督が目指した世界……そんなものなんて、誰も知らないだろう。秘書艦である彼女さえ知らないようだ。ならばその理想を自分の理想に置き換え、艦娘達の力を利用すれば、何でも叶うのではないだろうか? そんな野心さえ目覚める。そして、また我に返り冷静になる。
まだまだ自分とここにいる艦娘だけでは、為すべき事の半分も達成できない状態だ。利用できるモノは徹底的に利用し、利用し尽くして滅ぼすのだ。だから、まだ本性を現してはならない。愚かで臆病で御しやすい男であることを演じ続け、最後の最後でやつらを見返さなければならないのだから。だから、まだ、従順な男を演じ続けなければならないのだ。
「まずは私達に協力してくれる方々の力をお借りして、鎮守府を離脱しなければなりませんね」
そう言うと、永末は軍専用の携帯端末を操作し、通信する。すぐに繋がり、男の声がする。
「永末です。命令のとおり羽黒と初風はこちら側に寝返えさせることに成功しました。次の指令をお願いします」
「入り込んでいる同士にはすでに連絡を入れている。すでにセッティングは済んでいる。あとはゴーサインを出すだけでシナリオは動き始める」
彼等のシナリオがどういうものなのかははっきりとは聞かされていない。けれども、それが永末達の艦隊を離脱させるために役立つことだけは間違いないらしい。
「では、私は何をすればいいでしょうか? 」
永末の問いかけに、佐野は答える。