「うむ、そうだな……。まずは、舞鶴鎮守府の艦娘に連絡をさせるのだ。扶桑たちの口から直接に、艦娘達に伝えさせるのだ。ここにある第二艦隊は、舞鶴鎮守府の指揮下を離脱すると。そして伝えよ! 彼女達が、これまで海軍によって洗脳され、記憶を弄られていたことを知らしめるのだ。今、舞鶴鎮守府指令官である冷泉提督は、本当の提督では無く、自分たちが付き従うべき提督が別にいたことを自分たちは忘れさせられていたのだ! ……とな。施された洗脳から解放され、真実を知った今、元いた場所に帰るべきなのだ……偽りだらけの場所になど戻ることなどできない。故に本来あるべき場所、志半ばで斃れた緒沢提督の意思を継ぐために、自分たちは立ち上がることを決定した……と。そして、我々は日本国さえをも離脱すると宣言するのだ。そして、かつて同士だった艦娘達に問わせるのだ! 今、おまえ達がいる場所は本当にいるべき場所なのかと。いま行っていることがおまえ達が真に心から欲している事なのか? と」
あまりにも仰々しい内容ではあるが、まあ、間違ってはいない。どういうわけか、佐野はいつもと異なり興奮気味に話している。さて、普段からこんな調子だったかどうかは思い出せないが、彼を興奮させるだけの事実があるというのだろう。
―――正直、どうでもいいことだが。
かつて、舞鶴鎮守府には緒沢提督という人物が存在し、艦娘達は彼の指揮下にあった。
彼は反乱を企んでいたとして、……明確な証拠は何一つ無かったのであるけれど、状況証拠だけで軍部により排除された。鎮守府に残された緒沢シンパと疑われた永末達に対して、憲兵隊が法に触れるほど厳しい取り調べ等を行うことで躍起になって証拠を手に入れようとしたけれど、結局何も見つけることができなかったらしい。
永末も、部下としてすぐ側で緒沢提督を見ていたこともあり、本当にあれは冤罪だったのでは? と思っていた。何らかの勢力の陰謀により、陥れられたに違いないと結論づけていた。とばっちりで自分が酷いめに遭わされたことには、はらわたが煮えくりかえる思いではあるものの、緒沢提督だってこれからというところで殺されたのだから、彼に対する恨みはそれほど抱いていなかった。もちろん、原因者であるのだから、まったく何も感じないわけではないけれど。
しかし、新たに判明した事実。
……意図的に艦娘の轟沈を偽装し、艦娘達を密かに隠匿していたことが判明していることから、軍部の抱いた緒沢提督に対する疑念は間違ってはいなかったわけだ。そうなると、やはり彼が原因で永末の転落人生が始まったといえるわけだから、釈然としない。
しかし、……もう済んだ事であるし、これからの事を考える方が自分にとっては大事だとすでに気持ちを切り替えている。ピンチをチャンスに……だ。失ったものは取り戻す事はできない。けれど、今、その失ったもの以上のものを手に入れるチャンスが見えているのだから。過去に執着する理由など、何一つない。奪われたものは取り戻すし、それ以上のものも手に入れてみせる。逆転のチャンスが今ここにあるのだから。
「では、その任を誰にさせましょうか? 」
内にある感情を悟られぬよう、努めて冷静に答える
「ふっ、考えるまでも無かろう。第二艦隊旗艦である扶桑にやらせればいい」
「い、いや……しかし、彼女は、そういった演説は得意ではないのですが」
人前に立って話す事があまり得意でない事をよく知る永末は、思わず口にしてしまう。積極的に前に出るような真似を彼女がするだろうか? 控えめ過ぎて自己主張が少ないところが美点であるのだけれど。
思わず声を上げてしまった永末を不思議そうに扶桑が見ている。慌てて笑顔を作り彼女に答えると、不自然さを悟られないように艦橋を出て行く。
「少しお待ちください」
そう言って艦内を移動し、扶桑に聞かれない場所にまで移動する。
「すみません、お待たせしてしまいました」
「うん、まあいいだろう。続きだが……騙されている艦娘の目を一人でも多く覚まさせようとは思わないのかとでも言えば、それくらいするだろう? まあやってみる価値はあるはずだ。鎮守府にいる艦娘が一人でも寝返ってくれたら御の字というだけで、誰も来なくても問題は無い。扶桑にも軽い気持ちでやればいいと伝えてやれ。……本当の目的は別にあるのだからなら」
そう言って、かすかに笑い声が聞こえた。
この男は、何を考えているのだ?
「私達は、どうすればいいのでしょうか? 」
従順な部下を装い、愚かさを出しながら問いかける。
こんな情けない所は扶桑には見られたくない。話の内容もそうだが、実際には扶桑に格好悪い姿を見せることは絶対に耐えられない自分がいるのだ。彼女にだけは、限りなく彼女の理想に近い男になりたいと考えているからだ。何を? と笑われるかもしれないけれど、こればかりは男だから仕方ない。
……いろいろ考えても仕方が無い。今は主導権は、佐野達にある。その間だけは、彼等のしたいようにさせるしかないだろう。彼が何を考えているのかはよく分からない。しかし、少なくとも、永末の行動の邪魔にはならないと予想できたからだ。だったら、今だけは好きなようにやらせてやればいいのだから。
「では、君にやってもらうことを説明しようかな」
もったいぶるような口調で、彼は話し始める。
作戦はシンプルだ。
扶桑による鎮守府への暴露。それにより鎮守府艦娘達に動揺を与える。あわよくば舞鶴から数人でも艦娘がこちら側に来てくれれば御の字だ。その後、艦隊の艦砲射撃により港入口のゲートを完全破壊し、艦船の出入りを遮断する。直すにしてもすぐには無理だ。なんとか移動させたとしても駆逐艦程度しか出られるような隙間は作れないだろう。
そして、それに連動しての作戦。こちらが本命だ。現在、舞鶴鎮守府に潜り込んでいる同志達が今日までコツコツと仕掛けた爆弾を一斉に起爆させるのだ。これは、そのどさくさに潜入した同志を撤収させる目的もある。流石に厳重な警備がしかれた場所は破壊できないだろうが、それなりの損害が出るだろう。同時に、甘言で騙し金で雇った街の半グレ集団に鎮守府に攻撃をさせる手はずになっている。ただの街のチンピラに過ぎない連中に何ができるという意見もあるだろうが、彼らには最新の重火器を与えている。最初はびびっていたようだが、武器を手にしたこと、そして艦娘を手に入れられるチャンスという餌をちらつかせたら、二つ返事で食いついてきたそうだ。
確か、加賀と榛名の画像を見せたらしい。
あの二人は艦娘の中でも格別に美しい。……そうでなくても、艦娘のその美貌は人々にとっては憧れであるし、艦娘を捕らえることができれば、美貌の女性を手に入れられるだけでなく、彼女とリンクしている軍艦が手に入ることになる。それは膨大な価値を持つ宝であることは考えるまでもない。一攫千金なんてレベルの話ではない。誰しも一度は考える妄想でしかないことは誰もが知っている。彼女達のいる基地は、重武装の陸軍兵士に護られていて、入ることなど叶わぬ聖地といってもいい。しかし、この度、そこへの入口が開かれ、なお武器まで与えられるのだ。一攫千金の大チャンスと考える奴らがいてもおかしくない。自分たちの力を過信した連中が存在すれば!
実際のところは……全くの馬鹿なんだが。
もちろん、その馬鹿どもが夢に向かって行動できるように、鎮守府外周を防衛している陸軍は買収済みだ。
そんな話が通じたのも陸軍が基本的に海軍を嫌っていることが理由になる。それほど根深い確執のようなものが両者の間にはあるのだ。
まさか?と思われるような話だけれど、そんなことを認めたのは、彼等が、ちょっとした穴からネズミが入り込んだとしてもそれほど大事にはならないと信じていたからだ。確かに、陸軍の武力があれば、鎮圧は一瞬できると考えるだろう。海軍に対する嫌がらせもできるし、ちょうど良い軍事訓練になるとでも考えたのかも知れない。やはり、ダミー弾を使っての演習ではなく、本物の人間を実弾で撃つ方が効率がいいからだ。
―――まさか最新鋭の武器で武装した連中だとは思ってはいないだろうけれど。
どちらにしても、佐野達が買った連中は、慌てた陸軍の猛反撃に遭い皆殺しにされる運命でしかないのだけれど、彼等は佐野達の仲間を逃がすための餌のようなものなのだ。可哀想でもあるし、馬鹿でもあるが、どうせ社会の屑として夜の街に澱んでるだけの連中、死んだところで何も感じない。どうでもいいことだ。
こんなずさんな作戦で殺し殺されあいが始まってしまうのだから。どちらにしてもドンパチが始まって、鎮守府内は大騒ぎだということだけは確実であり、かつて捕らえられた永末を助ける努力すらせず、ただただ裏切りモノ非難した連中が、今回の事件でそれなりの数の人間が死ぬ事が予想され、胸がスカッとする気がしているのは事実だ。
それが作戦の全貌だ。
正直なところ……。彼の立案した作戦は、成功するか失敗するか判断しかねる作戦ではあったものの、鎮守府が大混乱するのは間違い無く、永末達がこのエリアから無事に逃げるだけの時間は確保できる事だけは理解できた。運が良ければ、舞鶴鎮守府は深刻なダメージを受け、しばらく永末達を追撃することもできなくなるかもしれない。そうなれば、隠匿された艦娘達を加えて編成のやり直しを行う時間もある。なにをするにとっても永末達にとっては、しばらくのところは良いことずくめであることに間違いない。どうやら物資だけでなく情報面などでも援助してもらえそうだ。軍部からのサポートは今は非常に大事である。【今は】……という限定が突くわけであるけれど。
それにしても……、舞鶴鎮守府にとって、最大の厄災が訪れる日の始まりだな。
……思わずにやついてしまった。
「承知いたしました。すべて、ご指示どおりに行動します。しかし……」
「うん? どうしたのかね? 」
「いえ、冷泉提督にとっては、これほどの厄日は無いんじゃないでしょうかって思ったもので」
思わず本音が出てしまう。舞鶴鎮守府の提督になってから、あの男はろくな目に遭っていないと可哀想になる。査問委員会に招集され解雇寸前まで追い込まれたり、今じゃ役立たずの艦娘を押しつけられて、そいつの為に全身麻痺になってしまっている。現状でもかなり悲惨だが、今回の件が現実の物となったなら、彼の責任問題に発展するのは間違い無い。そして、彼は逃れる術はないだろう。もはや、これまで見せてきたようなミラクルはあり得ない。
あんな体で軍を追われたら野垂れ死には間違いないな。……可哀想に。心から同情できた。同情しただけだが。
「なあに、あいつには我々とは異なる勢力がバックにいるようだ。そいつらをあぶり出すきっかけにでもなれば、我々としては嬉しい。敵がどの程度の連中か、今は見えないからな。少しでも知ることができればいいのだがね。まあ、何もなければそれはそれで構わんのだがな。あいつは目障りだとみんなが言っている。自業自得だろう」
そういって軽やかに笑う。この笑い、永末を拷問しているときに何度も聞いたものだ。あの時を思い出し、背筋が寒くなるのを感じる。そして、ずっと心の奥底に燃え続けていた黒い感情が蘇ってくるのを感じた。
「私はあなたの指示通りに動くだけです。おまかせください」
「うむ。上手くやり抜けたら、私は昇進できるだろう。……ふむ。そうすれば、おまえも少しは上に引き上げてやれるかもしれんな。ただし、あまり期待しすぎないように。精々尽力するがいい」
「はい! ありがとうございます。しかし……」
むかむかする気持ちを抑え込み、愛想笑いをする自分に猛烈に腹が立つ。今に見ていろという感情を悟られないようにしなければ。
「どうかしたのか? 」
「これから鎮守府に起こることは、扶桑さん達には内緒にしておいてよろしいでしょうか。……でないと、彼女達も動揺するでしょうから」
どれだけの事態が鎮守府に訪れるか、今ひとつ読み切れない。最悪の事を想定し、極力彼女達には知られたくなかった。犠牲者は絶対に出る。そうなることが分かっていて、是とするような事は艦娘にはできないだろうからだ。特に誰よりも優しい扶桑さんは……。
「まあそうだな。どういった事態が発生するか、艦娘では想像もできないだろう。けれど自分たちの行いが大きな厄災を招いたという感情を植え付けることができれば、我々としても御しやすくなるからな。二度と元には戻れないとしっかりと認識させてやらねばならない。そのためには、ショックは大きければ大きいほどいいからな。緒沢提督などという亡霊に心酔させたままでは、運用がしにくいからな。その辺はしっかりと調整するのを忘れるなよ」
「は! 了解です」
「では、指示に従い行動しろ。何かあればまた連絡をする。……成功を祈る。すべてはおまえの行動にかかっているといっていいからな。上手く艦娘達を操縦しろよ。それから……」
「それから? 何でしょうか」
「ふふふっ。……くれぐれも愚かな考えを持つような真似をしないことだ」
下卑た蔑みを含んだ声だ。
永末は複雑な感情が心の中で蠢くのを感じ、その衝動を必死に押さえ込む
「何を仰いますか。今の私がこうしていられるのは、あなた方のおかげなのですから」
「うん。それを理解していたらいい。艦娘という力を手に入れたといっても、所詮はおまえの力では無い事を忘れぬようにな。身の丈にあった生き方をできない人間は、報いを受けることになる。おまえも緒沢提督のようにはなりたくないだろうし、それ以前に、またあんな目に遭うのもこりごりだろう? 」
そう言って、ケタケタと笑う。
瞬間、猛烈に感情が乱れる。人として見られたくもない痴態を何度も見られている羞恥の感情が蘇り、思わず悲鳴を上げそうになる。拳を握りしめ耐える。声も出さず必死に耐える。
「と、とんでもありません。私などがそんな事をできるはずもなく。私は、今の立場ですら恐れ多いくらいなのです。あそこまで落ちぶれた私を拾ってくださった恩を忘れるはずがありません。今出も十分過ぎるくらいの地位に居させていただいております。これ以上、何を望みましょうか」
そう言って必死に取り繕う。間抜けさを適度に出してみる。上手くごまかせただろうか?
「まあいいや。とにかく、まずは目の前の作戦をきっちりと成功させることだ。すべてはそれからだ。……おまえの連絡を合図に舞鶴鎮守府にいる配下の者が行動を起こす。そこから先は上手くやるんだぞ。当然ながら、失敗すればおまえはお終いなのだからな。心してかかれ」
「了解しました。この命に替えてでも作戦は成功させます」
「まあ期待している」
そして通信は切れた。
ついに時は来た。
これから先、自分が再び表舞台に出られるかどうかが決まる時だ。