まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第154話 三笠と速吸

若干の不安はあるものの、彼の強い意思であることから拒否するわけにもいかないだろう。そういった理由付けで、今後時間をかけてゆっくりと行うはずだった処置を前倒しで行う指示をした。慌ただしく動き回るスタッフを眺めながらも、ここに派遣された人材は非常に優秀。何も心配することはないと確信していた。冷泉提督は、その優秀なスタッフにより、ストレッチャーに乗せられて処置室へと運ばれていった。

後は彼等に任せるしかない。数時間の内に処置は完了し、彼は出航できるだろう。

 

三笠は大きなため息を付いた。

ふと視線を感じ、そちらを見ると、給油艦速吸が立っていた。

そういえば、彼女を呼んでいたのだった。何か言いたげにこちらを見ているので

「どうかしましたか? 速吸」

と、問いかけてしまう。声を掛けられた艦娘は、ドギマギしながらも答える。

「は、はい。……何だか三笠様、いつもより楽しそうでしたので」

 

「うふふふ。……そうですね、確かに、気分がいいですね」

自然な乾燥が口からこぼれ出す。そういえば、久しぶりになんだか気分が高揚しているようにさえ思ってしまう自分がいる。それは、ある意味驚きである。

「確かに、交渉は大成功といったところですね。思った以上に譲歩させることができてしまい、ちょっと、こちらが戸惑ってしまうくらいですかね」

そう言って、普段なら艦娘には話すことがないような自分の思いまで喋ってしまう。もちろん、普通の艦娘相手ならここまで油断はしない。相手が速吸だから、いろいろと面倒な事を心配しなくてもいいからだろう。

 

三笠は、冷泉提督に対して、自らの要求を完全なまでにのませたこと。そして、駆逐艦叢雲にも要求をのませたことを語る―――。

 

冷泉提督に対しては、叢雲が鎮守府を離れたがっているという嘘の情報を与え、もし彼女が願えばそれを叶えると約束させた。さらに、戦艦金剛が舞鶴を出て横須賀で自分の実力を試したがっているという偽の情報を与え、そうすることが彼女の為にもなると信じさせ、これについても承諾させたことだ。

 

また、叢雲に対しては、彼女の意志に反して舞鶴鎮守府から出たいと冷泉に訴えさせ、その願いを冷泉提督に承認させることを誓わせた。そして、第二帝都に異動することと、二度と冷泉に関わらないことを承諾させた。……冷泉提督に想いを寄せている彼女にとっては、とても辛い事だろう。

ずいぶんと酷い事をしたように思えるかも知れないけれど、それくらいの代償を払って貰わさないと、

他の人間達から冷泉だけが優遇させていると判断されてしまうからなのだ。人とは愚かで欲深く、そして嫉妬深い。何かを得たなら、何かを失うという事実を見せておかなければならない。

 

つまり、これは仕方のない事なのだ。

 

常に我々、艦娘は中立なければならない……。

人間の中で、誰か一人に肩入れするような事になったら、人間と艦娘の共存関係に影響が出てしまうからだ。

人間達と交流を持つようになって、とにかくいろいろと面倒な事が多いのである。……そんな愚痴まで速吸にこぼしてしまうとは。ずいぶんと疲れているのかもしれない。

 

「まあともかく、あなたは冷泉提督の側にいて、彼をサポートしてあげなさい」

 

「けれど、ただでさえ艦娘たちの反乱で舞鶴鎮守府の戦力は削がれているのに、金剛さんに叢雲さんを引き抜いてしまうなんて、冷泉提督が可哀想ですよね。あ、すみません。三笠様には何か特別なお考えがあるのでしょうけれど……」

 

「ふふふ。実は、特に何も考えていませんでした。ただ、叢雲さんが冷泉提督の事を本気で好きみたいなので、少し嫉妬して悪戯したくなっただけです。それから、金剛さんの事も、横須賀鎮守府が欲しがっているのは事実なんですよ。戦艦は領域攻略戦において必須の戦力ですからね。特に金剛は、舞鶴ではどういうわけか燻ってるようですけど、本当は凄く優秀な艦娘なのですから。あの生田提督だって、喉から手が出るほど欲しいのは間違いないようです。けれど、さすがに舞鶴のエース艦なのですから、無理だと諦めているはずなんでしょうけど。それでも派遣要請をしているくらいですから、彼の熱意も本物なんでしょうね。だから、冷泉さんの弱みにつけ込んで、彼女を取り上げてあげました。これは金剛の為にもなることですからね。そして、そうすることで、あの生意気な生田提督に対するカードを手に入れることもできますからね。私があなたの望みを叶えるためにどれほどの努力をしたかをアピールする絶好のチャンスですから。そして、彼女を交換条件として、彼からも何かを取り上げる事もできそうですし……ね」

恐らく邪悪な笑みを浮かべてしまっていたはずだ。速吸がなんだか怯えたような表情になっている。慌てて笑顔を作ってみる。

 

「……えっと、それだけなんでしょうか? 」

自分は何も見てません、とアピールするように速吸が話題を切り替える。

 

「そうですね、冷泉提督にこんなことをするのは、うーん、なんなのでしょうね。本気で面白いから……はい、そうかもしれませんね。彼が困ったり、苦しんだりするところは、見ていてとても楽しいんですよね。ワクワクしてしまいます。同じように、生田さんが困ったりする姿を一度くらいは見てみたいですね。彼ったら赤城さんの轟沈した時ですら、表だっては取り乱したりしませんでしたからね。悲しんでいるのに強情です。そんな彼が泣き喚き途方に暮れる姿も見てみたいですね」

その姿を想像し、笑ってしまった。

 

「……提督は他にもいらっしゃいます。お二人以外については、興味ないのですか? 」

若干ではあるが、顔を引きつらせながら応える速吸。

 

「他のおじさま提督……よぼよぼのお爺さん、いえ狸ジジイといった方がいいですね、とか、年増の気が強いだけのおねえさまには興味が沸かないんですよね。好みじゃないし、俗物としか思っていませんから。まあ、彼等も何か裏でコソコソ企んでいるみたいなので、その成果がどうなるかは楽しみではあるのですが。いろいろと冷泉さんや生田さんに絡んで迷惑掛けそうですし……ね。うふふふ」

驚きとも呆れともいえるような表情で速吸が見ていることに気づき、あわてて三笠が否定する。オリジナル艦娘である威厳がどうも失われてしまっているかもしれない。

注意しなければ。

 

「勘違いしないでくださいね。これらすべては、私が意地悪だからというわけでは無いのですよ。すべては、【存在】のご意思のままなのですから。私はそれを受け入れ実行しているだけなのですから」

 

「そうなんですか? 」

 

「もちろん、そうですよ」

と、あっさり答える。

「とにかく、冷泉提督……彼の能力は特別すぎるのです。考えても見てください。本来、沈むはずだった加賀や長門を自らの勢力として取り込んでしまったのですよ。あの結末は、【存在】も予想していなかったのではないでしょうか? 長門については、やがてこちらに帰るしかない運命ではありますけれど、加賀はしばらくは冷泉提督の側でいるでしょうし、彼女が冷泉提督の為にって、彼女らしくなく本気になったら、わりと厄介ですから。ちょっと予定が狂っちゃいましたね。少しくらい嫌がらせしないとね。それから、……【存在】は意識しているのかは分かりませんが、冷泉提督に何かと肩入れしすぎています。

この二つの要因、それはこの世界の均衡を崩しかねないほど……。私たちは、そのバランスをとるために、彼と艦娘には試練が、過酷な運命が必要なのです。我々に理不尽にかせられた課せられた命題を解くためにも、いかなる犠牲も問える状況ではないのですから」

本当はいろいろと理由があるのだけれど、これ以上は速吸が知るべきことではない。彼女はそこステージにいないのだから。余計な情報は不要だし、知れば枷になるだろう。そう思った三笠は、一端言葉を止めるのであった。

「それに、奪うだけでは無いですよ。今後、舞鶴鎮守府には続々と艦娘が補填されることになります。血の入れ替えといってもいいでしょう。緒沢さんの呪いにこれ以上艦娘達を苦しめさせたくないですからね。初期化させられればベストです」

 

「そうですね。舞鶴の子達は本当に可哀想。だから何もかも無かった状態に戻るほうが、幸せだと私も思います」

 

「はい。けれど、冷泉提督の影響を受けた子達が素直に言う事を聞くとは思えないので、いろいろと手を回さないといけないのですよね。こういったイレギュラーな出来事は正直嫌いなのですが」

 

「そうですか? なんだか楽しそうですけど」

 

「ふふふふ。そうかもしれませんね」

 

「私は、冷泉提督のお側で何をすればいいのでしょうか? 」

 

「特に何かを依頼するつもりはありません。ただ冷泉提督のお側で彼を観察しておいてください。彼がどんな人となりか、あなたの目で見、感じてそれを報告してください」

 

「わかりました。では、冷泉提督を誘惑するような事はしなくていいんですね」

 

「したかったのですか? 」 

 

「い、いえ、そんなつもりなんてないです! あ、ありえません」

妙に顔を赤らめて否定する速吸を微笑ましく見つめる三笠。

「若いっていいですね。羨ましいです。けれど、冷泉提督を好きになるのは大変ですよ。強力なライバルがいっぱいいますし、彼と共にあることは、茨の道を選ぶことと同義になりますし。……私はおすすめしませんね。それでもそんな道をあえて選ぶ子もいるのですよね」

遠くを見つめるような表情で言う三笠。

「私もそんな経験をしてみたかったですね」

 

「ぐぬぬぬ」

ぐうの音も出ない速吸。

「叢雲さんを見てたら、冷泉提督って素敵な人みたいですから、気になっただけなんですから。それだけです」

 

「まあ、しばらくは彼と一緒にいられるのですから、よく観察し、判断すればいいのですよ。彼の行動を監視してもらうためにあなたを行かせるのですから」

 

「そ、そうなんですか? 」

驚いたように答える。

 

「そりゃそうでしょう。護衛の為だけなら付ける必要なんて無いでしょう? 護衛は表向きで、本当の任務は冷泉提督の監視および舞鶴鎮守府の状況報告です。人間達が何を考え、何を目指しているのかを定期的に報告することを命じます。……私の独断で派遣できる子があなたしかいないというのは秘密ですけれど」

 

「ひどいです。まあ、余っている艦娘というのは認めますけど」

 

「あなたの有効な運用は冷泉提督が考えてくれるでしょう。まあ、任務の為にも彼と仲良くすることも必要でしょうね。仲良くの定義についてはおまかせします」

 

「了解しました。この速吸、三笠様の期待に応え、いいえ、期待を上回るような成果を上げて戻ってきます」

そう言って敬礼をする。

そんな姿を見て、何故か微笑ましく思う三笠だった。

 

―――数時間経過。

 

冷泉提督への処置完了の報告を受け、三笠は駆逐艦叢雲が停泊している港へと向かう。

港には駆逐艦叢雲、同じく長波が停泊している。そして、すでに速吸も到着していた。駆逐艦と並ぶとその大きさがよく分かる。

今回は戦闘も想定されるため、装備を大幅に強化している。攻撃機を搭載することで戦闘においても冷泉提督をサポートできるようにだ。それから、いかなる状況であろうとも、彼女には生きて帰ってきてもらいたいという願いも込めていた。

他の艦娘と違い、速吸との交流時間は長い。彼女との思い出を自分だけしか知らないなんてことになるのは辛いから……。そんなセンチメンタルな気持ちになっている自分に僅かであるが驚いた。そして、そんな気持ちになるのも悪くないな、と思う三笠だった。

 

さて、叢雲と速吸は、出航準備を完了している。冷泉提督も車椅子に乗っているものの、ここに来た時よりもだいぶ血色も良くなっている。緊張気味な表情をしているが、これから自分の為すことの重みに耐えかねているのかもしれない。

少し心配になるが、決して表に出してはいけない。三笠は、いろいろと必要な連絡事項を彼らに伝える

「では、ご武運をお祈りしています」

最後に、それだけを告げる。

 

冷泉提督は、三笠が速吸を同行させる事に関して礼を述べ、必ず彼女を無事にお返ししますと力強く宣言した。

運命とは、すでに定まっているものかもしれない。けれど、それは私達ですら知ることのできない事。人間にはもっともっと見えないものだろう。そんな先の見えない事を、しかも、戦争に出撃する軍艦の事で安請け合いするなんて馬鹿な人間だと思うものの、恐らく、彼らならそれを実行しようと無茶な努力をするのだろうと呆れて、そして感心した。

 

「それでは失礼します」

冷泉は叢雲に車椅子を押されながら艦へと移動していった。速吸も三笠にお辞儀をすると、慌てて彼らを追いかけていく。

 

「さて、どうなりますかね」

三笠は、出港していく冷泉達を見送りながら呟いた。

それは、戦闘の結果とかそういったものを指しているのではなかった。冷泉提督と叢雲の間に微妙な距離感が、今後どのように変化していくかに興味を持ったのだ。ここに来たときには無かった、諦めにも似た感覚。自分の言葉でこの状況が作り出されたこと。そして、この先、自分が思い描いたような結末を迎えるのだろうかという不安。お互いの事を想い、そして惹かれあいながらも離れざるを運命。

三笠にとっては些細な事でしかないけれど、これがどう今後の舞鶴鎮守府に影響するのかは追跡調査する必要があるのだった。

 

 

出港すると進路を北へと取る。

何の指示もしていないが、叢雲は淡々と作業を続けている。

 

 

何も知らない冷泉達は、北回りで舞鶴を目指すこととなる。

「ふう……」

わざと溜息をついて、冷泉は隣に立ったままずっと前を見つめたままの叢雲の横顔をのぞき見る。しかし、それに気づいていないのか、彼女は真剣な表情を崩さない。普段の彼女なら、冷泉が視線を向ければすぐに気づいて「何見てるの! 」といった感じで、怒ったような、それでいて恥ずかしそうな顔でにらみ返してきていたのに。今日は、……いや、今は全然違うように感じる。

それが、叢雲の気持ちを知ってしまった事が原因なのは間違いない。そして、三笠さんがわざわざそのことを自分に告げたことからして、その件について冷泉が知っていることを叢雲も知っている……からなのだろう。

 

何て事だ……。

と、天を仰ぎそうになってしまう。

すぐにでもそれを彼女に言わなくちゃいけないのに。それが言い出せないでいる。それどころか、叢雲が反応しないことをいいことに、このまま流してしまおうかとも考えている自分がいるのだ。言いたいことがあれば、叢雲の方から言ってくるだろう……などと勝手に解釈しているのだ。

上司としてこんなんじゃあいけないんだが。

その葛藤を知ってか、叢雲だって身構えてしまって、言い出せないのかもしれないのだけれど。

 

「あのさ、叢雲」

思い切って声をかけてみる。

するとびっくりしたような表情で彼女がこちらを向く。

「な、……何か、しら? 」

明らかにぎこちない。

 

「え、えっとだな。その」

口ごもってしまう冷泉。

「そ、そのだな。そうだ、これから北回りで鎮守府に戻ることになるんだけれど、途中、大湊警備府に寄る必要があるんだ。……すまないけれど、連絡を入れておいてくれないか」

と、本題から外れた事を口にしてしまう。

 

「そうね。管轄海域を通して貰うんだから、当然の事よね」

何故だかホッとしたような表情で叢雲が応える。

 

「うん。いろいろとあそこの提督とはあったから、いろいろ嫌なことを言われるかもしれないけど、こればかりは仕方ない。礼儀を尽くすことは忘れちゃいけないことだからな。……はあ、でも気が重いな」

 

「そうね。挨拶だけじゃないんでしょ? 」

 

「そうだ。葛生提督には艦娘の派遣を依頼しなくちゃならないんだ。そうしないと、壊された鎮守府の応急処置さえできないからな。こればかりはどんなことをしてでも、俺の土下座くらいで済むんだったらいくらでもするつもりだ。なんとしても、こればかりは承諾して貰わないといけない」

ただでさえ苦手な人物。そして、過去にいざこざもあった。向こうはきっと冷泉の事を良いようには思っていない。そんな人間に、お願いをしないといけないとは。

けれどこればかりは避けて通れない道なのだ。

 

そして、この難題を解決する間は、今冷泉が抱えている直近の問題から、そう叢雲の件から目を逸らすことができるのだから。お互いが前のままの関係を維持できるのだ。

 

「大湊警備府より連絡があったわ。入港を許可するって」

叢雲が通信を読み上げた。

 

よし、この作戦を成功させよう。

すべてはそれからだ。

 

冷泉は叢雲に頷いた。

 

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