まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第157話 彼女への想い 彼女の想い

 

そして―――冷泉は、今回の艦隊編成を艦娘達に伝える事となる。

 

扶桑達の鎮守府離脱に伴い、現在、残された艦娘は少ない。

故に、総動員体制といった形にならざるをえないわけであるが。

 

編成としては、正規空母加賀、戦艦金剛および榛名、重巡洋艦高雄、駆逐艦叢雲で出撃となる。これに新たに加わった補給艦速吸が編入されることから、合計6隻の艦隊が編成できるわけだ。

軽巡洋艦夕張、駆逐艦島風は今回の出撃からは除外した。様々な事情があるものの、争乱の後、寝る間も惜しんで稼働していたため、疲労の蓄積が大きく戦闘には耐えられないと判断したのだった。二人は、特に島風は異論を申し出たが、実際、疲労困憊しているのは明らかだったから、拒絶した。

 

そして、冷泉は指揮官として出撃することを宣言するわけだが、口にした瞬間、叢雲が猛然と反対してきた。

 

「敵……ううん、敵なんて呼びたくないけど、扶桑達は、領域すら移動経路に使用する無茶な戦術を採っているのよ。普通なら、深海棲艦との交戦の危険性がある行為なんてするはずがないのに。でも、平然とそれを行っている。もしかすると、彼女達は領域を安全に航行する方法を知っている可能性もあるわけなのよ。もし、仮にそうだとしたら、戦場が領域とされる可能性もあるわけなのよ。アンタ……また馬鹿な真似をしようというの? 領域に入るという事が、人間にとってどれほど危険な事かを第二帝都東京で教えられたでしょう? 人間は居てはならない空間、人を拒絶する空間、それが領域なのよ。留まれば留まるほど、領域の未解明な瘴気に体は蝕まれていくのよ。命にさえ関わる重大な危険を伴うというのに、それでもまだ無謀な事をしようと考えているの? アンタ、何を教えられたか忘れたの? 記憶力ゼロの馬鹿なの。あれほど命を縮めるような真似をしたというのに、まだ死に急ぎたがるっていうの? 」

普段の彼女を知る他の艦娘ですら驚くような激しい口調で、叢雲は冷泉を叱責する。本気で怒っているのは間違い無いようだ。

 

「いや、そんなことは分かっているさ。けれど、扶桑達を救うためには、彼女達を説得するには俺が行かないとダメなんだ。鎮守府指令官の立場であいつらに命令して、なんとしてでも連れ帰らないといけないんだ。俺が行けば、あいつらは言う事を聞いてくれるかもしれない。だったら、何を迷う事があるんだ。それに、領域に行けば必ず死ぬというわけではないし、ちょっとくらいなら問題ないはずだ。これまでも旨く行けたんだし、……今回も大丈夫さ」

まるで他人事のように、冷泉は楽観的に答えた。

 

三笠に直接話を聞いた冷泉と叢雲以外には、理解できない会話だったため周囲はざわつく。

それはどういうこと? と口々に艦娘が疑問を言う。

 

叢雲は、状況を知らない彼女達に、事実を伝えたのだった。

領域の空気は人間にとっては猛毒でしか無く、次第に体を蝕み死に至らしめるものであることを。人間が領域に行かないのは行かないのでは無く、危険すぎて行かなかっただけなのだということを。毒素は体にどんどん蓄積され、やがては人を死に至らしめる。

 

「自分の命を大事にするのも指令官の役目でしょう? 自分の命を蔑ろにするような人間に、部下の命が守られると思っているの……」

叢雲は冷泉に訴えかける。その表情は真剣であり、怒りではなく冷泉の身を案じていることは誰にも感じ取れた。いつも以上に頑なで、事を曖昧に終わらせて引くことなど考えていないように見える。

「お願い。……もうそんなに苦しい想いをしなくてもいいじゃない。傷ついて傷ついてばかりで辛

くないの? アンタが私達みんなの為にがんばっているのは、もう十分、分かっているから。でも、どんなにがんばっても、状況はどんどん悪くなるばかりじゃないの。これ以上アンタが傷ついて苦しむだけの姿を見るのは、もう嫌なの。なんでそんなに必死になるの? もっともっと楽にしていればいじゃない。戦闘指揮だって陣頭に立たなくてもできるはずでしょう。ボロボロの体でそれ以上無理をして何になるの? 見てるこっちが辛くなるわ。本気でやめて欲しいの」

 

「……それは、俺にとって自分よりお前達の方が大切だからだよ。お前達の為に、俺にできることはしたい。俺なんかの命で、少しでもお前達の生きるチャンスが少しでも増えるのなら、このくらいの事なんてどうってことはないよ。俺には能力も経験も何もないから、これくらいの無理をしないと提督の責務を果たせないからな。だから、俺の好きでやっていることだから、お前達は何も気にしなくていいんだよ」

 

「そんな身勝手な論理で、説得なんてできると思っているの? 戦闘で死ぬというのならまだしも、ただそこに居るだけで体が蝕まれ、やがては死に至るのよ。そんなところに指令官を連れて行けるわけないでしょう? アタシは絶対に反対だわ。アンタは鎮守府から指令を出せばいいじゃない」

 

「領域に入ってしまえば、通信はほとんど不可能になるだろう? 」

 

「だったら、他の鎮守府みたいに事前に行動計画を示していればいいだけじゃない。後はアタシ達が考えて行動するわ」

 

「それでは臨機な対応ができない。圧倒的戦力で押すっていうのなら問題無いだろうけど、今回は対象の規模が不明なんだ。確実に臨機な対応が要求される」

 

「そんなの旗艦の加賀か金剛かしらないけど、どちらかに任せればいいじゃない。全部にアンタが口を出さないと何もできない艦娘って評価しているのなら別だけれど」

 

「そうは言っていない。戦闘での指揮の件については、加賀に任せても問題ないと思っている」

冷泉は加賀の方を見る。何故か照れたような表情をする加賀。

「しかし、今回は相手が相手なんだ。できることなら、戦闘は避けたい。本当の目的は、扶桑達を連れ戻すことだと俺は考えている。今、彼女達は詳細は不明な敵勢力の影響下にある。彼女達をどうやってか不明だけれど、支配下に置くなんらかの力を持つものが指揮官になっているのだろう。それは急に現れた訳では無く、ずいぶん前から準備をしていたんだろうな。これまで舞鶴鎮守府にいて戦いに殉じたと思われた艦娘も取り込んでいるらしいから。周到に準備を整えた敵勢力に取り込まれた扶桑達を艦娘であるお前達が説得できる可能性はほとんど無い。だけど、鎮守府指令官である俺ならば、俺が命令したならば、彼女達を捉えた拘束力から解き放つ可能性があるかもしれないんだ。その可能性に賭けたいって俺は思っているんだ」

 

「フン。そんなに旨く行くなら、最初から扶桑達が鎮守府を出るような真似をするわけないでしょう。鎮守府に向けて砲撃なんてできるはずが無いわ。そして、あれだけの被害が出ている鎮守府を見捨てて、去るような事ができるはずがないわ。もう彼女達はこれまでの彼女達じゃないのは明らかよ。みんなも覚えているでしょう? 扶桑が言っていた事を。自分たちは記憶を操作され真実を見誤らされていた。冷泉提督は、緒沢提督を殺した敵の一味にすぎない。戦うべき敵だと言い切っていたわ。そこまで言わせるまでになってしまった彼女達と和解なんてありえない」

 

「……俺が、扶桑達の敵勢力の一味だって所は、訂正したいところだが。あいつ達がどう俺の事を思っていようとも、俺は行かなければならない。あいつ等の目を覚まさせてやらないといけないんだ」

 

「説得すると言ったって、相変わらず何の計画も無いんでしょう。情に訴えかけて効果があるとでも思うの? 彼女達は、自分たちがずっと敵の手によって記憶を操作されて騙されたって、本気で思っている連中なのよ。扶桑達がアンタの言う事を聞かなかったらどうするの? 攻撃を仕掛けてきたらどうするつもりなの? 」

 

「そ、そんなの、やってみないと分からないじゃないか」

思わず口ごもってしまう冷泉。

 

「ハン! やってみないと分からないなんて、ホントに馬鹿じゃないの。説得できるあてなんて無いまま、行動しようなんて考えているんでしょう。そんな無計画な作戦に付き合わされるなんて、とんだ災難だわ。戦闘において先手を取られたらどれだけ不利になるか分からないほど馬鹿では無いと思っているんだけど。艦娘同士の艦隊戦なんて今まで行われた事は無いから、それがどういった事になるか誰も分からない。そんな中で先制攻撃を受けたらどれだけんの損害が出るか分かっているの? 」

 

「それは理解しているつもりだ。けれど、最初から攻撃するつもりで、あいつ等の前には立てない」

 

「呆れた。何の手立てもなく、ただ自分が扶桑達の前に立って説得すれば何とかなるって思っているだけなのね。信じられない。そんな馬鹿な人間が指令官だなんて。そんな奴にこの命を預けなければならないなんて、ありえない。……わざわざ裏切り者に殺されに行くなんてごめんだわ」

 

「叢雲。さすがに、それは言い過ぎだぞ。提督のお気持ちが分からないお前では無いだろう? 自重しろ」

黙って聞いていた長門がたまりかねて注意する。

 

「私はみんなの本音をこいつに言ってやってるだけじゃない。自分の命を投げ出してでも扶桑達を救って見せる。……何の根拠も無い、馬鹿なヒロイズムに浸ってるだけの変態ナルシストで無能な指令官のせいで、アタシ達は命を投げ出さなければならないのよ。あーあ、どうして私達ってこんなに不幸なのかしら」

挑むような視線を冷泉に向ける叢雲。

 

「それ以上……」

そう言いながら一歩前に踏み出す加賀。肩は震え、その瞳は怒りに満ちあふれているように見える。

 

「待て、加賀」

冷泉は加賀の腕を掴んで引き留める。

「これは、俺の為すべき事だ」

振り返り不平を述べようとする加賀に頷く冷泉。彼女は冷泉の見、ため息をついて静かに頷いて下がる。

 

「叢雲、お前の言う事は最もだと思う。けれど、お前の言う事は聞けないし、聞くつもりもない。俺は例え領域であろうともみんなと共に乗り込み、艦隊の式を執る。そして、扶桑達の説得を試みるつもりだ。そして、その結末のすべてに責任を負うつもりだ」

 

「助ける助けるって喚いているけど、はっきりさせておきたいんだけど、いい? 」

叢雲の問いかけに頷く冷泉。それを確認すると彼女は言葉を続ける。

「軍令部からは、扶桑を連れ戻すように指令が出ているけど、あれは明確に排除命令でしょう? 」

 

「……そうだ」

事実をあっさりと認める冷泉。

 

「だったら、軍人であるならば命令に従うべき。愚かなロマンティシズムなんて起こさないで、任務に忠実であるべきでしょう。私達に命令し、扶桑達を討伐させるべき。そしてアンタは鎮守府でその結果を待っていればいいだけじゃないの」

 

「絶対にいやだ。……それはできない、受け入れられない。俺は出撃する。俺が鎮守府の最高責任者だ。すべては俺が決めることだ」

 

「アタシは反対よ。指令官が命の危険を冒してまで、戦線に出る必要なんて無い」

 

「叢雲、それ以上言っちゃダメ」

慌てて金剛が叫ぶ。しかし、叢雲は聞く耳を持たない。

 

「自分の命を無駄に捨てるような指令官なんて、指揮官として失格よ。そんな馬鹿は、今すぐ辞表を書いて、ここから出て行ったらいいのよ」

 

「……叢雲」

重々しい沈黙の後、冷泉は言葉を発する。

 

「何よ」

少しひるむが、負けてたまるかといった感じでにらみ返す。

 

「はっきり言うぞ」

冷泉は大きく息を吸い込んだ。

「今回の作戦は、俺が決めた事だ。いろいろと考えた結果、こうすべきだと決めたんだ。安易に勢いだけで決めた事じゃない。だから、俺の命令に従えないというのなら、……もういい。お前は今回の作戦には、出撃しなくていい。……お前は舞鶴に残り、鎮守府の防衛の任に付け」

それは明らかな戦力外通知だった。舞鶴の警護には大湊鎮守府の艦隊があたっているし、夕張と島風もいる。この状況では叢雲は余剰戦力にすぎない。それでも任務を命令された。

 

「提督、しかし、それでは艦隊編成に支障が……」

まさかそこまで言うと思っていなかった、慌てて加賀が冷泉を諫めようとする。

 

「これは、……決定事項だ」

と冷たく突き放す冷泉。

 

「けれど、駆逐艦無しでの出撃は、敵戦力の不明な状況においては危険では」

 

「指揮官の命令に反する者が、戦いに同行する事の方が皆の戦意を削ぐ。不穏分子が紛れ込んでいたら、どんな事態が発生するか想像できない。そんな馬鹿な奴は、しばらく頭を冷やしていたらいいんだ。他の艦娘にそんな感情が伝染したら、戦闘どころでは無くなってしまうからな」

秘書艦の助言をいつにない強硬な姿勢で拒否する冷泉。

 

「……」

唇を噛みしめ冷泉を睨み、黙り込む叢雲。

 

「叢雲、提督に謝れ。今すぐ謝るんだ」

長門が取りなそうとあたふたとする。

「提督もそんな極端な考えをせずに、もうすこし柔軟になってもらえないか」

 

しかし、冷泉は何も答えず、ただ黙り込んだままだ。

 

「ば、……馬鹿ああああああああああああああああああ」

突然、叢雲が叫ぶと同時に冷泉の側に駆け寄り、車椅子を力任せに蹴飛ばした。衝撃で車椅子はくるくると回転し、遠心力により冷泉は床に転げ落ちそうになるが、素早く加賀が支えたため、なんとか助かった。

 

「叢雲、危ないじゃないの! 」

加賀が思わず叫んでしまう。

 

「て、提督なんて……もう知らない。勝手に自分の妄想に填まって死んでしまえ! 」

そう叫ぶと、叢雲は涙目で冷泉を睨むと、そのまま走り去っていく。

 

「ちょ、ちょっと叢雲」

引き留めようと叫ぶ加賀の声も聞こえないのか、大きな音を立てて扉が閉められた。

ダメだこりゃ……といった感じで肩をすくめると加賀はため息を付く。そして冷泉を見ると

「提督、後で私から彼女に言い聞かせておきます。ですから、彼女を編成から外すことは再考してもらえませんか? 」

と、懇願してくる。

 

しばらくの間、目がまわっていてきちんと反応できなかった冷泉であったが、何とか回復し、

「そ、……それは認められないよ、加賀。これは、すでに決定したことだ。覆すことはできない。駆逐艦叢雲は、鎮守府において待機を命じる……以上だ。出撃は明朝10時とする。みんなは出撃に備えてくれ」

それ以上の説得も反論も意見もすべてを遮断するように、冷泉は話を終えた。

「俺も少し作戦を練りたいから、一人にしてもらうよ」

そう言って、一人で電動車椅子を稼働させる。叢雲に思い切り蹴飛ばされたが、故障はしていなかったようで、きちんと走行する車椅子。

ドアに近づくと、少し怯えたような表情の速吸が扉を開けてくれる。

「速吸、来て早々の出撃となるが、よろしく頼むよ」

冷泉は彼女に一声かけると、そのまま部屋の外へと出て行った。

 

 

背後の扉が閉められた事を確認すると、冷泉はほっとしたように息を吐いた。車椅子を動かし、エレベータに乗り込み扉が閉まると目を閉じて天を仰いだ。

 

ふう、……なんとかいけたかな?

 

自分の演技が上手くいったか気になるが、結果はしばらく分からないだろう。けれど、今頃部屋の中ではざわついているだろうなということだけは間違い無い。彼女達を心配させてしまった事は悪いと思うが、今回だけは許して貰うしかない。

 

冷泉は降下していくエレベータの中で目を閉じると、感覚を研ぎ澄ます。体内で波紋を発生させ、それを次第次第に外へ外へと広げていく感覚。波紋は次第に広がっていき、エレベータを満たし、建物を満たし、そして外へと広がっていく。どんどんと広がる波紋はついには鎮守府全体を包み込む。

そんなイメージを頭の中で展開させていくのだ。

 

今回は索敵する対象が決まっているため、探査エリアは鎮守府内で十分だった。

 

探す対象は、叢雲だった。

 

すぐに反応が返ってきた。怒りと後悔の入り交じったものが冷泉へと跳ね返ってくるのが感じ取れた。自分の感情を制御できていないのか、その反応は明確に捉えることができた。方角は港の方だ。場所が特定されたところでちょうどエレベータは1階に到着し、扉が開いた所だった。冷泉は車椅子を港へと向かわせた。

 

 

港は作業用車両が目まぐるしく行き来して、出撃準備を行っている。時折、貨物船が入港し、復興用の資材を下ろしたりもしていて、慌ただしい雰囲気になっている。

冷泉は、作業を行う人々の邪魔にならないように移動していく。

 

賑やかさは港の端の方まで行くと、さすがに人の気配が無くなり、シンとしている。作業員達は船の係留された辺りに集中しているため、この辺りには誰もいないようだ。

そんな港の片隅の小型船を係留する舫い杭に、一人の女の子がぼんやりと座っているのが見えた。

 

―――叢雲だ。

 

冷泉はゆっくりと車椅子を進ませると、声を掛けようとする。

 

「なんで追いかけてきたの? 」

と、振り返ることもなく叢雲が呟く。

 

「あ……近づいて脅かしてやろうと思ったんだけどな、無理だったか」

わざとふざけたような調子で冷泉が答えた。

「なあ、隣に行ってもいいかな? 」

 

「別に……。提督に反抗したアタシを叱りに来たって訳……じゃ、無いみたいね」

素っ気なく言葉を返される。冷泉は苦笑すると、車椅子を叢雲の隣に移動させた。

 

「少しやり過ぎたかなって、反省はしている。たぶん今頃、加賀達が心配してるんだろうなあ。速吸なんて怖がっていたからな。ちょっとやり過ぎたかなって心配」

 

「フン。らしくなく怒っていたから、どうしたのかって思ったわ。……やっぱり、演技だったのね。なんでそんな馬鹿な事をしたの? 」

 

「……なあ、叢雲」

 

「なによ」

 

「真面目な話をして、いいかな? 」

そう言う冷泉を驚いたような表情で叢雲は見返す。そして、少し怒ったような仕草を見せると、

「……勝手にしたら」

と答えた。

 

「お前、今の状況に満足しているか? 」

 

「はあ? 何それ? 何の事を言っているの? 抽象的すぎて意味わかんない」

 

「艦娘として、お前が舞鶴鎮守府にいるという事自体を、どう思っているのかなって思ってさ」

 

「そんなの当たり前の事でしょ? 艦娘は人類の脅威となっている深海棲艦と戦うために、創造され遣わされた存在。そんな艦娘が人類の戦略拠点となる鎮守府にいるのは、当然のことでしょう? 」

 

「では、敵と戦う事についても……か? 」

 

「だから、戦うために生まれたのが艦娘なんだから、そんなの当然のことでしょう。生きていると同じ意味って言ってもいいくらいじゃない」

そう言いながらも、次に冷泉が何を言うのか、探るような目で見つめる。

 

「まあそう言うのは当然だろうな。けど、お前、本当にそう思っているのか? ……少なくとも、俺はそうじゃないって思っているし、そうでないということを知ってしまったんだよ。お前が戦う事……そのものに嫌気がさしていることをね」

 

「な、何を言ってるの。また馬鹿な妄想でも出たの? 」

否定しながらも慌てたような口調となる。その事に気づいたのか、わざとらしく毒づく。

 

「ごめん、試すような事を言ってしまったな。残念だけど……別に俺が気付いた訳じゃないんだよ。本当なら、俺が気付かないといけないことなんだけど。気付いてやれなくて、……済まなかった。でも、この前、三笠さんから聞いてしまったんだよ」

 

「! 」

その表情は、まさに驚愕といった感じだった。これほど驚いた表情を冷泉は見せたことがなかった。しかし、すぐに平静さを装うように表情を消し去る叢雲。装ったというよりは、どこか分かっていたかのような素振りにも見えたが、気のせいだろう。そう冷泉は思った。

「そ、そうなの。うん、そうなのよ」 

何か取り繕うように話す叢雲。

「アンタに気づかれてしまったんなら、隠したって仕方ないわね。……そうよ、アタシは戦う事にもう耐えられないの。仲間が戦いで死ぬことも、自分が死ぬかもしれないって事も。何もかも嫌なの。何度も何度も死を間近に見てきたわ。次はいつ自分の番になるのかって想像したら、眠れなくなることも何度もあった。そして、深海棲艦を倒す事も……たとえ敵だと分かっていても、自分たちを殺そうとしている存在だと分かっていても攻撃することに嫌悪感を感じてしまう。斃してしまった時の嫌な手応えを思い出すだけでも吐き気がする。仲間が死ぬことも、敵を倒すことも、どっちも嫌だった。けれど、それを何度も繰り返し続ければ、恐怖や悲しみ、嫌悪感をきっと乗り越えられる。何も感じることなくって信じて来たのよ。でも、何も変わらなかった。こんな嫌なことを繰り返すなんてもう嫌だった。この状況から逃れるには、死ぬしか無かったけど……それは怖くて考えられなかった。だから、生きるために必死に戦わなきゃならなかった。そして生き残った悲壮感と嫌悪感で頭の中が一杯になる。そして、次も同じ事を繰り返さなきゃならないって考えると、本当に何もかもが嫌になった」

吐き出すように叢雲が答える。

「自分の存在価値は戦う事にある。そんな事分かり切っているのに、どこでどうやってこんな事になったのか、わからない。けれど、どうしようもないの。艦娘として生まれ、鎮守府に派遣されたら戦うのは当たり前なのにね。分かっているのにどうしようもないの。……馬鹿でしょう? アタシって」

 

冷泉は涙を浮かべて告白する叢雲をじっと見ていた。

そして、告げる。

「お前の気持ちは分かったよ。だったら、叢雲は、どうしたいんだ? お前が本当に望むことを伝えてくれ」

 

艦娘は冷泉を見、そして俯く。そして、また冷泉を見つめる。

「わたしは、……ここを」

何かを求めるような表情を浮かべ、覚悟を決めたように口を開こうとする。しかし、次の刹那、顔をしかめると唇をぐっと噛むような仕草を見せた。

「……わ、わたし、この鎮守府を出たい」

吐き出すように、叢雲は言った。

 

「舞鶴を離れて、何処に行くんだ? 」

 

「場所なんてどこでもいい。戦争のある場所からとにかく離れたいの。とにかく今すぐに」

叢雲の言葉は、彼女の真なる願いの筈なのに、どこか空虚で熱意の感じられない口調だった。けれど、彼女の置かれた状況や性格からして、そんな素っ気ない言い方にならざるをえないのだろう。どんなに嫌だろうとも、他の艦娘達も同じ環境で戦っているのだから。叢雲の気持ちも何となく理解できたから、それ以上考えなかった。

それ以前に、これほど苦しんでいた叢雲の気持ちに気づいてやれなかった事のほうが辛かった。

 

「そうか、辛かったんだな。……叢雲、だったら、第二帝都東京へと異動してみないか。実は、この前行った時に、彼女から艦娘を一人、派遣して欲しいと依頼されていたんだ。人選については、俺に任せるということだったから、ちょうどお前が適任かと思うんだけど」

 

「! 」

大きく目を見開き冷泉を見る叢雲。驚きの後、何かに気づいたように目を伏せた。

暫く沈黙を保った後、彼女は答えた。

「冷泉提督、……是非、お願いします。私を第二帝都東京へ、移動させて下さい」

彼女は立ち上がると、深々と頭を下げた。

 

「おお、受けてくれるか。……よかった」

冷泉は喜びの表情を浮かべた。

辛い想いをずっとさせていた叢雲だけど、その気持ちに遅ればせながら気づくことができ、やっと彼女の望む場所へと行かせる事ができるのだから。彼女の性格からして意地になって行かないなんて言われたらどうしようかと思っていたのだ。

 

良かった。

 

それが正直な気持ちだった。

「よし、じゃあ、すぐにでも話を進めるように手はずするからな」

その言葉に頷く叢雲。

 

「あ、そうだ」

と、冷泉。

彼を見る叢雲。

「さっきは酷い言い方をして済まなかったな」

 

「何のこと? 」

 

「お前が俺のことを心配してくれていたのに、ずいぶんと酷いことを言ってしまった。けど、あれは本気じゃなかったんだからな。お前を戦場に連れ出さないで済むようにするための、大事な演技だったんだ。だから、謝っておこうと思ってね。けど、……あれくらいの剣幕でお前に言ったら、出撃メンバーから外しても、誰も不思議がらないだろう。まあ、うまく騙せていればいいんだけれどね」

 

「フン……大根ね」

 

「まあプロじゃないからな」

わざとらしくおどけてみせる。

「では、俺は準備に戻るよ。しばらくは休養して、第二帝都東京へ行く準備をしておくんだ。いろいろと準備もあるだろうし」

そう言うと、冷泉は車椅子を反転し、戻ろうとする。

 

「……ねえ、提督」

背後から叢雲が問いかける。

 

「なんだ? 」

声を返すが、返事は返らない。車椅子を回転させ、振り返って叢雲を見る冷泉。

目があった彼女は、目を逸らす。そしてまた黙り込む。まるで、意図せずに声を上げてしまったかのように。

「どうしたんだ、お前らしくない。言いたいことがあるんなら、はっきり言ったらどうなのかな? 」

 

「……私、この鎮守府に必要じゃないのかしら? 」

またしばしの間の後、叢雲がなんとか口にする。

 

「えっと、意味が分からないな。でも、……言えることは、ここにいるみんな全て、俺にとってはかけがえのない存在だよ。それだけは、これまでも、このから先も、ずっと変わらないさ」

それだけ言うと、冷泉は戻っていく。

 

語りかけたい言葉がある。

伝えたい想いがある。

けれど、それを口にしてはならない事もあるのだ。

伝えなければ伝わらない。それでも、伝えてはならないこともあるのだ。

 

冷泉は、その想いを胸の奥底に沈め、苦悩する。

 

行くな。ずっと俺の側にいろ。

なんと自分勝手な言葉だろうか。

けれど、その言葉を伝えることができるなら、どれほど自分は幸せなのだろうか。

 

否、自分だけは……なのだろう。

 

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