まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第161話 終焉の幕間

出撃の準備をするよう指示を出したものの、しばらくの間は榛名からの出される質問に答えることとなった。艦娘の居場所が分かるといったことがなかなか納得できなかったようで、繰り返し説明をすることとなった。普段の彼女とは様子が違っていて戸惑ってしまったものの、まあ、なんとか納得したようだ。

聞くだけ聞くと満足したように執務室を出て行ったし……。

 

執務室には、冷泉と加賀だけが残されることとなった。加賀は立ち上がると、すぐにお茶を入れてくれた。

 

「お疲れさまでした」

それだけ言うと、彼女は再び冷泉の前の席に腰掛ける。そして、俯いたまま黙りこんでしまう。

何か言いたいことがあるのだろうけど、冷泉を気遣ってだろうか、口に出せないのだろう。最近では、彼女が何を考えているかを冷泉は何となく想像できてしまう。……そして、だいたい思ったとおりだということに驚くわけであるが。

 

冷泉が話すまでは、聞くつもりはなさそうだ。このまま黙ったままやり過ごすという手もある。そうする方が、お互いに楽じゃないかと思う。何も知らない方が、加賀にとっては幸せということもあるのだから。

 

しかし、冷泉は話す事を決意した。

「加賀、……俺の話を聞いてくれるか? 」

ほっとしたような表情を見せた艦娘は、静かに頷く。

 

「俺は……」

ついに冷泉はすべてを語る。

ありのままのすべてを。

 

自分が異世界からやって来たこと。そして、どういった経緯かは本人すら理解できないまま、いきなり鎮守府指令官にされたこと。なんの経験も無く、そういった能力も無いというのに。

 

冷泉はFランクの大学になんとか入れる程度の成績だったし、就職活動を必死にやっても面接にさえ呼ばれず、それでも必死になってなんとか採用された企業が超絶ブラック企業だったという悲惨な現状だったことも語った。あの頃の不安な日々を思い出して、思わず泣きそうになる。

 

「Fランクって何ですか? ブラック企業ってなんですか」

と真顔で尋ねられ、説明に困窮してしまった。

 

「まあとにかく、頭のできが悪くてまともな大学に入ることもできず、当然、入りたい会社からは面接にさえ呼ばれることもなく……妥協の産物で入社した会社がとんでもなく労働条件の悪い悪徳企業だったってことだよ。俺のこの世界での経歴なんて、自分でも驚くほどのとんでもない経歴詐称だよ。公表されているようなあんな超名門大学を出ているわけもなく、その正体は、何の才覚もない平凡以下のサラリーマンでしかないんだよ。……薄々は感づいていたかもしれないけれど、今まで嘘をついて済まなかった。いつか言おう言おうと思っていたけど、言えなかったんだ。……ごめんな」

自分ってなんて情けない境遇だったんだろうと恥ずかしくなってしまう。

加賀は、冷泉を真っ直ぐに見つめ、黙って聞いている。

 

「そもそも、俺が無能のくせに提督という地位に居座り続けたから、結果、こんな事になってしまっているんだ。すべては、俺の責任なんだ。本当なら何の資格も資質もない俺が、これ以上、ここにいちゃいけないのは分かっている。けれど、自分の失敗はなんとか挽回したい。いや、俺の失点なんてどうでもいいことだ。俺がまだ鎮守府提督として権限があるうちに、自分でどうにかできる力があるうちになんとかしたい。扶桑達を連れ戻し助けたいんだ」

 

「勝算は、あるのかしら? 」

 

「やってみないと……分からないとしか言えない。これまでの経緯を考えると、扶桑達の意思は相当に固そうだ。彼女達を連れ戻すことは、できないかもしれないな。もし、もしもそうだとするならば、彼女達を救うことはできないかもしれない。……最も、救うっていうのは俺達の理屈を押しつけているだけで、扶桑達にとっては迷惑この上ないものかも知れないんだけれどね」

 

「扶桑は、永末さんにそそのかされているだけに違い無いわ。他の艦娘達だって、きっとそう。けれど、反逆の疑いで処断された緒沢提督という存在が話をややこしくしている。扶桑達は、彼が冤罪で殺されたと思い込まされている。軍の艦娘に対する記憶操作や、緒沢提督に代えてあなたを提督に据えたこと……いろんな事が彼女達に不審感を与えてしまった。永末さんは、そこを上手く利用して彼女達を誘導しているのよ。彼の構成する論理を突き崩さないと、確かに解決は困難かもしれないわ。時間さえあれば、説得の可能性はあるけれど、軍からの討伐司令が出た今、もはやそんな時間すら残されていないし」

淡々とした口調で解説されてしまう。

 

「……ああ。難しいのは承知の上だ。説得は失敗するかもしれない。だから……せめて、あいつを……不知火だけでも助けたいんだよ。たとえ間違っていようとも規則を最優先する性格だ。どんなことがあったって、それを逸脱するような事はしないし、できないんだよ。だから、あいつは、無理矢理連れ出されているのだけは、間違いないから」

声が呻くようになってしまう。

「加賀、俺に協力してくれないか? 虫のいい話かもしれないけど。俺は、本来ならお前達の提督なんかになれるような男じゃない。そんな能力も資格も何もない男だ。そんな奴がなんとかするって言われても、信じるなんて無理かもしれない。けれど、このまま終わらすなんてできやしない。……たのむ」

そう言って頭を下げる。ずっと隠していた事を話したせいで、たがが外れてしまったかのようだ。

 

「提督、どうしてそこまで話してくれるのですか? 」

静かに艦娘は声を出す。

 

「お前になら話してもいいかなって思ったからだよ。こんな荒唐無稽な話でも、お前なら信じてくれると思ったから……かな」

すべてを誰かに話しておきたかった。誰にも伝えることなく、このままいなくなるかもしれない事が怖かったのかもしれない。もちろん、話す相手は誰でも言い訳じゃない。

 

「どんな話だとしても、あなたが信じろというのなら、私はそれを受け入れます」

ゆっくりとだけれどしっかりと加賀が答える。

「そして、あなたの願いを叶えるためなら、何だってできる気がします」

そして、微笑んだ。

 

ああ、なんて可愛くて綺麗で優しい笑顔なんだろう。……と冷泉は思った。今の加賀なら、何でも受け入れて、優しく包み込んでくれそうにさえ思える。

すべてを諦めたような冷たい態度で、誰も受け入れようとしないで、いつも斜に構えていたあの頃が嘘のようだ。どちらが本当の彼女なんだろうか……。きっと、今の加賀が本当の加賀なんだろうな。

ふと、そんなことを考えてしまう。

 

彼女を置いてこの鎮守府を去なければならないかもしれない、という未来が見えて本気で恐怖した。

自分に訪れる未来に不安を感じたのはもちろんだけれど、それ以上に、自分を信じてくれている彼女を置いていくことに心が軋む。

 

本気で「嫌だ」と思った。

 

駄目だ駄目だ。

何も始まっていない時からこんなマイナス思考をしたら、それが結果に繋がってしまう。常にプラス思考でいかないといけない。扶桑達の説得に成功するイメージを常に持たないといけない。それ以外の結果など考える必要はない。

 

余計な事を考えている暇はない。

集中だ集中。

マイナス思考にばかり走ろうとする想いを封印するため、必死になって違うことを考えようとする。

 

冷泉は、戦術に意識を集中する。勝つための方策を考えるのだ。

 

扶桑達の潜むメガフロートは、領域に近い位置にある。深海棲艦の襲来に対処できるよう、通常なら領域より極力離れたくなるはずなのに、だ。

 

この事実からも、もしかすると敵は領域を利用した戦法を採る可能性があると考える。なぜなら、舞鶴を離脱する際、敵は領域に一度飛び込み、追跡を逃れているからだ。また、領域から出てしばらく通常海域を航行していたなら探査網に掛かる可能性が高いはずなのに、そんなことは無かった。→なお、永末はメガフロート基地の場所も知らなかったし経路についても扶桑のデータに潜まされていた航海図に従って動いただけなので。どういうわけか深海棲艦からの攻撃を受けずに済んだことは謎であるが……。

冷泉はよく知らないが、永末という男、もしくはその背後にいる何者かが領域について、まだ人類の知らない何かを掴んでいる……のかもしれないと勘ぐってしまう。

 

可能性があるのであれば、その対処を考えておかねばならない。よって、今回の出撃艦隊には領域用の武装を必須とせざるをえないのだ。正直なところ、できれば通常海域装備のみで行きたいのだけれど……これはあまりに自分勝手な思考だろう。

 

通常海域での戦闘となれば、全ての艦は対潜水艦兵器があるので対応可能なのだ。

空母は艦載機を使用しない。ミサイル母艦として使用することになる。それは、一定高度を飛行する存在に対しては、領域に潜む深海棲艦および基地より対空ミサイルが射出されることとなり、あらゆる航空機は、生存できないという現実があるのだ。

そんな日本全域をカバーするようなミサイル攻撃網を持っている敵勢力が何故本格的な侵攻をしないのかは、まるで謎のままであった。遊ばれているのかもしれないし、他に理由があるのかもしれない。領域から発射できるミサイルがあるのなら、領域内での戦闘で使用することも可能なはずなのに、敵はそれを行わない。これも謎のままだ。

けれどこれら事象の理由を人類は知ることはできていないし、艦娘たちも知っているのかさえ分からないのだ。

 

どちらにしても、ミサイルは領域より来る。その元凶を根絶しないかぎり、かつてのように航空戦力の時代は来ないのだ。これをたたける時代がくれば人類の勝利なのだろうけれど。

 

冷泉は、加賀と会話をしながら、出撃艦隊の説明を行う。もう、彼女にはすべてを伝えておこうと考えていたからだ。

 

編成としては、すでに確定ずみだけれど。新たに輸送されてきた烈風、震電改や流星改を積載した加賀。流星改と強風改を搭載した速吸。金剛、榛名、高雄には対艦戦闘装備を重視する。この陣容、正攻法なら負けないと考える。

 

唯一の不安は、対潜水艦戦闘となった場合である。敵に潜水艦の存在が予想されるが、あえてそれを無視せざるをえない。

叢雲を連れて行ければ……。そんな考えを否定する。彼女は戦う事を拒否している。そんな彼女を連れて行くわけにはいかない。第二帝都東京で新しい人生を歩ませるんだ。今回の戦いで犠牲が出ないという保障は無い。そんな所に連れて行くわけにはいかないのだから。この…については加賀にも指摘される話ではあるが、それでもそれは絶対に認められないのだ。

 

交渉に失敗し、戦いとなったら艦隊は撤退するしかない。

扶桑達を連れ戻すか、撃沈することが軍より課せられた任務。説得に失敗したらそれで終わりだ。その結果、間違い無く冷泉の処分は確定するだろう。……けれど、それはやむを得ないと考えている。自分のために艦娘を散らすわけにはいかない。

 

そして、永末達の擁する勢力を分析する。

 

予想される敵総数最低でも、軽巡洋艦北上、軽空母千歳、重巡洋艦最上、重巡洋艦衣笠、重巡洋艦加古、軽巡洋艦那珂、駆逐艦大潮、潜水艦伊8あたりの艦娘が緒沢前舞鶴鎮守府提督の手により、日本国より離脱され、隠匿されたと予想されている。これはあくまで想定でしかなく、どの時期から緒沢提督が将来を見越した行動を取っていたかによって、艦娘数が変動する。

これに、今回舞鶴から離脱した扶桑、羽黒、祥鳳、不知火が合流することとなる。この質と量で来られたら、まともにぶつかった場合、厄介なのは間違い無い。

 

「結局、扶桑達の説得に成功しないと、戦闘になったとしても作戦は失敗するしかないんだよな。全面戦闘となったとしたら、仮に俺たちが勝てたとしても損害は甚大となるだろう。もっとも艦娘同士で殺し合うなんて、俺はさせたくなんてない」

と、本音を打ち明ける。

「まあそういうことだから、この航海を終えたとしたら、恐らく今回の事案の責任を問われることとなるだろう。どうなるにせよ、しばらくは鎮守府を離れる事になると思う」

 

「もちろん帰って来るのでしょう? 」

不安げに視線が定まらない。

 

「ああ、もちろんそのつもりだよ。けど、今回ばかりはどうかな。あまりにも犠牲者が出すぎた。艦娘も失った。誰かが責任を取らないといけないよな。そして、取るとするなら、俺が適任となるだろうなあ。俺を排除したい連中には最高の口実なんだろうけど」

あえて他人事のように軽く口にする。

 

「だから、叢雲にあんな態度を取ったわけね」

 

「ばれていたのか。そうだよ、自分が権限を持っているうちに、できることはしておきたい。せめて残されたみんなが、少しでもましな待遇になるようにやれることはしておきたいんだ」

 

「帰って来てください。私は、提督が戻る事を信じていますから」

 

「も、もちろん、そのつもりだよ。必ず帰ってくる」

少しだけ冗談めかして言う。

 

「本当に信じていいんですね? 提督、本当の事を教えてください」

冷泉を見つめる加賀の表情は真剣だ。適当な言葉を連ねて誤魔化すなんてできそうもない。

 

「……」

 

「黙ったままでは、わかりませんけど」

不安げな表情を見せる加賀。

 

「ごめん、わからない。もしかすると無理かもしれない……かな」

思わず本音が漏れてしまう。加賀の表情がみるみる曇っていくのが分かり、なんとか誤魔化そうと試みるけど、失敗したようだ。

 

「いや! 」

突然、彼女が思い詰めた表情で立ち上がると、冷泉に歩み寄り、いきなりしがみついて来る。

「いやいやいや! 」

感情を制御できないかのように、冷泉の胸に顔を埋めてくる。その体は小刻みに震え、やがて嗚咽が漏れてくる。

 

「か、加賀、どうしたんだ」

どうしていいか分からず、冷泉はあたふたするしかない。

 

「嫌、嫌なんです。せっかく、あなたの事を信じることができて、ずっとあなたの側にいたいと思っているのに、いなくなるなんて嫌なの。どうしていなくなるの! いつもそう……みんなみんな私を置いてどこかに行ってしまう。嫌。そんなの、もう耐えられない。そんな想いをするのが嫌だったから、みんな拒絶していたのに! 提督は、酷い。酷すぎます。私を置いていくなんて言わないで。ずっと側にいてくれるって言ってください。でないと、私は耐えられない」

あふれ出す涙を拭き取ること無く、冷泉を見上げながら彼女は訴えて来る。

捨てられるのを恐れ、必死に縋るようだ。

 

そんな彼女が愛おしく切なくて……冷泉は苦しくなる。

 

冷泉はまだ自由に動かす事ができない腕を使い、彼女を強く抱きしめる。そして、背中をできるかぎり優しく撫でる。そして、耳元で語るのだった。

「大丈夫だ、加賀。きっとなんとかする。いや、なんとかできるさ、してみせるさ。そして、ずっとお前の側にいるから。っていうか、俺の方が側にいて欲しいくらいだよ。……だから、もう泣かないで。お前が泣いていると俺まで悲しくなってしまうんだから。出撃を前にそんなんじゃあ、上手くいくはずの作戦だってダメになってしまうかもしれないだろ? 大丈夫大丈夫。きっと俺が、そしてお前達の力がすべてを成功させるさ」

本気では思ってもいない言葉が次々と出てくる。それは、明らかな嘘だ。この言葉は彼女を騙す結果になるかもしれない。けれども、それでも構わない。ほんの一時でもいいから、彼女の涙を止められさえすれば。

 

「本当に信じていいのですか? 」

 

「ああ、もちろんだとも。俺がお前に嘘を言ったことなんて無いはずだぞ」

あえて自信たっぷりな表情を作り答える冷泉。

その言葉に安心したかのように微笑むと、再び彼女は冷泉の胸に顔を埋めた。

 

「あなたが死ぬ時、それは私も死ぬ時です。あなたがいない世界には、何の価値もありません」

彼女の言葉を聞きながら、胸が苦しくなるのを感じた。

 

「大丈夫だよ、加賀。俺は死なない。どこにもいかないさ。あ……愛しているよ加賀」

 

「……はい」

幽かに彼女の返事が聞こえた。

恐らく、加賀も冷泉の言葉が本当だとは思っていないだろう。それを承知の上で、それを受け入れたのだ。

来るべき現実から目を逸らし、一時の安らぎを得るために。

 

それは、罪なのだろうか。

 

 

 

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