まいづる肉じゃが(仮題)   作:まいちん

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第185話 真実

―――大湊警備府

 

「はあ……。どうして世界はこんなに理不尽で、不幸なのでしょうか? 」

停泊している船の艦橋から一人外を長めながら、思わず山城は愚痴を言ってしまう。

 

分かっている。

自分の言っていることが間違っていることなんて。そんなの言われなくても分かっているのだ。

 

「けれど、……どうしてあんな奴の為に、あんな奴の為に私達が協力しなくてはならないのですか! 」

 

あんな奴……。

それは、舞鶴鎮守府司令官冷泉朝陽の事だ。

何よりも大切な、この世界で最愛の姉である扶桑を見捨てた男。絶対に許せない存在。

山城の中では、冷泉に対する評価はそれで確定している。

 

世間では、永末某という、かつて舞鶴鎮守府に所属していた男と恐らくはその背後にある組織が策略を巡らせて反乱を起こしたとされている事件。あろう事か、姉である戦艦扶桑もその反乱の一端を担う……いや、永末に付き従い、積極的に主たる役目を果たしたと言われている。永末と密通し、舞鶴鎮守府に策謀を巡らせ、艦娘達を分裂させて離反させた。そして、途中で翻意した不知火を自らの手で沈めたとまで言われている。

 

あんなに優しかった扶桑姉様が、そんな大それた事をするなんて信じられなかった。けれど、ありとあらゆるものが姉の反乱の事実を証明していた。兵士の証言、艦娘の証言、そして動画による記録……。言い逃れようのない事実の積み重ねが、姉の有罪を証明していた。

 

それでも、山城は彼女の罪を信じることができなかった。……正確には信じたくなかった。

きっと何か訳があったんだ。きっと扶桑姉様は仕方なく裏切るような真似をするしかなかったんだ。その原因を追い求め、そしてたどり着いた結論が冷泉だったのだ。

 

彼がきっと扶桑姉様を追いつめ、それが為に永末という悪党に取り込まれてしまうような結末を迎えてしまったに違いないと。

 

今、諸悪の根源たる冷泉は司令官としての責任を問われ、身分を一時凍結されて留置されていると聞く。そして、軍法会議での結論が出るまでの間、舞鶴鎮守府の艦娘達をここ大湊警備府の指揮下に置くことになったという……。

 

「何で、冷泉なんかの子飼いの艦娘達の面倒を、見てやらないといけないのですか」

彼女達は、扶桑姉様が苦しみ思い悩んでいた時に何の手も差し伸べず、見捨てた連中でしかない。姉様の悩みや苦しみを知ることの出来る立場にありながら、何もしなかった冷酷で無責任な連中でしかない。そして何よりも憎き冷泉の息がかかった存在。そんな奴らの世話をするなんて、それどころか同じ空気を吸わなければならないなんて。とてもじゃないけれど、耐えられない。自らの奥底にある怒りの感情をコントロールできる自信が無い。

 

艦娘は、仲間。かけがえのない存在。同じ目的の為に戦う存在だ。だから、憎み合うなんて事したくない。

だから、当然のように山城は葛生提督に直訴した。

舞鶴鎮守府の艦娘を受け入れないように。そして、その理由を伝えた。

 

すると、提督は哀れむような瞳で見ながら仰った。

「大切な姉を失った悲しみは分かります。けれど、これは日本国にとっても、大湊警備府にとっても大切な事なのです。だから、私情は捨てなさい」

 

「しかし、私は耐えられそうにありません。姉様を殺した奴の部下と一緒に何て居られる自信がありません」

そう言って提督に迫った山城だったが、すぐに止められてしまう。

 

鎮守府秘書艦陸奥だった。

「山城、それ以上の妄言は止めなさい。あなたの言うことは、何ら根拠も無いことでしょう? これは、提督が決められた事です。そして、大湊としての決定事項です。一艦娘がどうこう言える事ではありません」

言葉以上に彼女の口調は厳しく、そして突き放すようなものに聞こえた。それだけではなく諭すように詰るように、宥めるように説得された。何度か反論を試みるものの、陸奥の論理を覆す程の反証を上げることのできなかった山城は、しぶしぶ引き下がるしかなかった。

 

けれど、納得した訳ではなかった。

陸奥は、自分が私情に流されて話しているだけだといった。しかし、それは彼女も同様だった。いや、彼女の方がより酷かったと感じ取れた。

 

何故なら、舞鶴鎮守府からやってきた艦娘の中には、彼女の姉妹艦である戦艦長門がいたからだ。

長門は戦いで艦は沈没したものの、冷泉提督によって艦娘の部分のみ救い出された。

 

それが何を意味するか……戦艦クラスの艦娘であれば皆が知っている事実だ。艦を失った艦娘には存在価値は無い。鎮守府艦隊から外され、廃棄されることになる。それは、「実験場」と呼ばれる施設に送り込まれ、薄汚い人間によって弄ばれ弄られ解体される運命を意味する。

 

冷泉提督が何を思って長門を助けたかは不明であるものの、長門の立場は今、とても不安定な状態であることは間違いない。大湊に預けられるということは、長門の身もとりあえずは安全ということであり、陸奥としてもそれを維持したいだろう。大切な姉を悲惨な未来から守りたいと思う気持ちは山城にだって分かるからだ。

しかし、だからといってそれを条件に全てから目を逸らすような事があっていいのか? 普段は聡明な秘書艦である陸奥でさえ、身内が人質となればその瞳も曇らせられるのだろう。

 

とにかく、今は耐えるしかない。真実を究明し、証拠を集めるしかないのだ。

 

 

そうこうしているうちに、舞鶴鎮守府の艦隊が大湊警備府を訪れる日が来た。大湊の艦娘達みんなで出迎えをする。

戦いで傷ついた舞鶴艦隊の艦は、すぐにドッグへと曳航されていく。しばらくはドッグはふさがれてしまうため、こちらの出撃や遠征にも影響が出るのは間違いない。

迷惑な話だ。彼女達が協力してくれなくても、大湊警備府の戦力は十分なはずだ。

 

それでも、葛生提督はどこか満足げだ。

自分の麾下に一時的とはいえ舞鶴鎮守府の艦隊が属したからだろうか? 確かに正規空母加賀、戦艦榛名の着任は戦力的にずいぶんと大きいだろう。巡洋艦神通を勇猛で強力だと聞いている。補給艦速吸の存在も大きいんだろうな。

恐らく、提督はずっと先を見据えた行動をしているんだろう。彼女は女性という不利な立場にありながらも鎮守府司令官にまで上り詰める程の人だ。そして、もっともっと上を目指している。きっともっともっといろいろな策略を巡らせているに違いない。

 

大湊警備府と舞鶴鎮守府の艦娘が一堂に会した。歓迎会というにはささやかではあったものの、艦娘達が集まっての夕食会が開かれたのだった。

いくつかのテーブルを囲んで会話が弾んでいる。

 

山城は、陸奥と長門が仲良さそうに話している姿を見て、自分の隣に扶桑がいない喪失感がより大きく感じられ泣きそうになる。けれど必死になってそれを堪えた。泣いたところで何も変わらないのだから。そして、彼女は一人の艦娘の前に歩み寄っていく。

 

「少し、いいでしょうか? 」

 

「はい? 」

巫女服の少女は、驚いた表情で山城を見る。大きな瞳でたじろぐこと無く見返してきた。

 

「榛名さん、教えて下さい」

 

「えっと、……私でお答えできることでしたら、何でも」

不思議そうに小首をかしげる仕草を見せながらも誠実そうな口調で話す榛名。

 

「あなたが、……あなたが最後に姉様と、戦艦扶桑と対峙したんですよね」

 

「はい、そうです」

 

「教えて下さい。扶桑は投降すると言ってきたと聞いています。けれど、どうして最後の最後で心変わりをしてしまったんでしょうか。どうして、傷ついた状況だというのに去っていったのでしょうか? 」

ずっと聞きたかったことを口にする山城。どんな罪を問われようとも、どんな罰が待っていようとも、どんなに屈辱的であったとしても……山城としては扶桑に生きていてほしかった。死ぬなんて選択肢を選んでほしくなかった。だからこそ、せっかく降伏しようとしていたのに、最後の最後で翻意してしまったのかを知りたかった。榛名が知っているかは分からないけれど、最後に扶桑と会っていたのは彼女だ。だから、何らかの手がかりでもあるのではないかと思ったのだ。

 

「どうして扶桑さんがあんな対応をされたのかは、私には解りません。私に言えることは、扶桑さんが突然、砲撃をしてきて、そのまま逃走したという事実だけしかありません。扶桑さんとのお付き合いが短かった私では、扶桑さんが何を考えその結論に至ったのかは想像もできませんでした。すみません、こんな事しかお応えできなくて」

本当に済まなさそうな表情で榛名が答えた。

 

「本当にそれだけですか? 榛名さんは姉様と言葉は交わしたりしなかったんですか? 」

知らず知らず詰問口調となってしまう。

「あなたは提督に、冷泉提督に何か命じられていたんではないですか? 」

 

「え? それはどういうことでしょうか」

 

「そんなの決まっているでしょう? 姉様は降伏を望んでいた。そんな姉様がどうして榛名さんを攻撃なんてするんですか? 何らかの事情がないとそんなことするわけが無いでしょう」

声が大きくなっていたのだろう。多くの視線を感じる。しかし、そんなものどうでも良かった。事実を知らなければならないんだから。

 

「山城! 」

背後から声がした。

振り返るといつの間にか陸奥がやって来ていた。

「あなたは、自分が何を言っているか理解しているの? 」

 

「当然、理解しているわ」

挑むような視線を彼女に向けてしまう。

 

「山城、……あなたが辛い想いをしているのは理解しています。けれど、事実が気にくわないからって自分の望む結末が真実だと思いこんで他人を巻き込むのは止めなさい。それは、あなたにとっても不幸でしかないのだから」

諭すような口調で陸奥が言ってくる。けれど、山城からすれば彼女の言葉など何の意味も持たない。

 

「陸奥、あなたはいいわね。大切な長門が生きているんだもの。……冷泉提督のおかげでね」

 

「山城! 」

声を荒げ、陸奥が一歩歩み寄る。怯まず山城も前に出る。

 

「待って下さい」

と、榛名が割って入る。

「落ち着いて下さい、お二人とも。……山城さん、良く聞いて下さい。私は冷泉提督からは必ず扶桑さんを連れ戻すように言われていました。必ず助けてやってくれと言われていました。しかし、最後の最後で扶桑さんは、去って行かれた。ただそれだけなんです。それ以外何も無かったんです」

訴えかける榛名の表情に瞳に言葉に嘘は感じられなかった。

 

「そ、そうなの。……分かりました。陸奥、ごめんなさい」

山城はそう答えるしか出来なかった。そして、会合は何事もなかったように、その後も続いたのだった。

 

 

深夜。

 

眠れない―――。

艦娘は眠らなくとも問題は無いのだけれど、人間に合わせた生活リズムを作っておく必要があるため、きちんと就寝するようになっている。

けれど、榛名との会話の影響か、眠れずにいた。

 

姉の突然の翻意の理由が分からないままとなってしまった。これは永遠に謎のままなのだろうか。

 

どうして、姉様は死を選んだのですか?

それすら分かってあげられない自分は、妹失格だ。あれほど大切にしてもらっていたのに、いっぱいの思い出ももらったのに、何も返すことができなかった。姉様の気持ちを少しも分かって上げられなかった……。

 

それが辛かった。

 

―――トン、トン、トン。

唐突にドアをノックする音。

今、一体何時だと思っているんだ? こんな時間に訪問者なんて誰だというんだ?

 

提督が男性であれば、こんな事もあるのかもしれないけれど、葛生提督は女性。そういった夜這いめいたものなどあるはずもない。

敵襲ならばサイレンが鳴る。

 

はて?

 

「誰かしら……」

ゆっくりと起きあがり、扉へと向かう。そして、ゆっくりと扉を開く。

 

そこには、巫女服を着た少女が立っていた。

唐突な状況に一瞬たじろぐ。

「……一体、どうしたんですか、榛名さん」

声をかけてみるものの、榛名は答えない。どこかぼんやりとした瞳でこちらを見ている。いや、見ているようで見えていない感じがする。

まるで夢遊病者みたい。

 

「ねえ、榛名さん」

山城は榛名の肩に手をかけた。

「こんな時間に、一体どうしたっていうの」

 

「や、山城さん……一つ言えなかったことがあって……。どうしても、言わなくちゃいけないって思って、こんな時間に来ました」

ぎこちない口調で、詰まりながら榛名が話す。

瞳孔が開ききったような、光を失ったようにさえ見える瞳を見てしまい、背筋が寒くなるのに必死に耐える山城。声が出てこない。

 

「みんながいた場所では、……言えませんでした。けれど、今なら二人きり。言うことができます」

 

「……言えなかった? 一体何を言ってるの」

どこか尋常ではない雰囲気の艦娘にこれ以上付き合うのは良くないと警告が聞こえてくるのを感じる。けれど、今から榛名が語る事はとても大事なんじゃないかという好奇心も起こる。

 

「うふふふ」

突然、榛名が嗤った。それは、昼間の彼女とは真逆のような妖艶なものだった。頬が上気してピンク色になる。

「扶桑さん……。どうして彼女があんな事になったか……山城さんは知りたがっていましたね」

 

「え! あなた、知っているの」

思わず彼女の両肩を掴んでしまう。

 

「降伏するって彼女の連絡を受けた提督。……私は山城さんに言いましたよね。扶桑さんを助けるように」

 

「ええ、そうね。そう言っていたわね」

 

「確かに私は、彼から命じられました。でも、あなたに言ったのは全くの嘘です」

 

「な、何? どういう事なの。ちゃんと言いなさい。冷泉提督は何と言ったの? 何を命じたのよ」

 

「うふふふ。提督は私に命じたんです。……扶桑を殺せと」

一瞬、思考が停止する山城。

 

「必ずあの女を沈めろって冷泉提督は仰ったんです」

とどめを刺すかのように、榛名が言葉を続け、そして嗤った。

 

 

 

 

 

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